「デートに行くわよ」
「は? 駄目だが」
ケーキ屋のバイト上がりのことだった。
シフトが被っていた二乃と同時に店を出たのだが、いきなりこれだ。
もちろんきっぱり断ったが。
「そ、じゃあ行きましょ」
「おい待て、今確かに断ったはずなんだが」
「そんなの却下よ。どうせ何も予定ないんでしょ」
「用事がある。家にまっすぐ帰らなくちゃならん」
「そう? ならしかたないわね」
意外にも二乃はあっさり引き下がった。
いつもなら、昨日の一花よろしくもっと踏み込んでいるはずなのだが。
おっと、思い出したら目眩がしてきたぜ……
あの後無事に帰れたのはいいが、疲労で今朝は大寝坊だ。
なんとか遅刻だけは免れたが、おかげで余計に疲労がたまってしまった。
加えて地味に筋肉痛も尾を引いてるため、バイト中は店長から心配されまくってしまった。
今日はバイトで勉強会がなかったのがラッキーと言わざるを得ない。
「ちょっと、なんでそんなに離れて歩くのよ」
「い、いつもこれぐらいじゃないか?」
「明らかおかしいでしょ」
たしかに二乃の言う通り、今日の俺は中野姉妹から必要以上に距離をとっていた。
実を言うと、寝坊をかましたために朝の日課ができなかったのだ。
そんな状態で不用意に近づけばどんな醜態をさらしてしまうことか。
こいつには一度見られてはいるが、だからと言ってもうどうでもいいという話にはならないのだ。
「……ところで、お前らの家ってこっちだったか?」
「さぁ、どうだったかしら」
「かわいそうに……ついに自分の家の場所まで……」
「はっ倒すわよ」
キッと睨まれてしまった。
ツンツンしている様は見られなくなって久しい二乃だが、だからといって元々の性格が消えてしまったわけではないのだ。
しかしそうなると、こうして俺についてくるのが不可解でならない。
一花のように脅迫じみたやり方で連れ出そうとしているわけでもないし。
「良かったら家まで送ろうか」
「嬉しいけど、それは最後でいいわ」
「最後?」
「そ、最後」
最後ということは、二乃はまだ俺と行動を共にするつもりらしい。
デートの件はきっぱり断ったはずなんだが。
まさか、俺がこれからどこかにこっそり出かけるのだと思っているのだろうか。
「俺、これから帰るんだが」
「知ってるわよ」
「じゃ、そういうことだから」
「ええ、行きましょうか」
「……どこに?」
「あんたの家」
なるほど、俺の家に行く気だったのか。
それならこちらについて離れない二乃の行動にも納得がいく。
こうして疑問が氷解して俺はすっきりとした気持ちで――
「って、なんで!?」
「お世話になってるし、一度はちゃんと挨拶しておきたいじゃない」
思ったよりも真っ当な理由だった。
うちの家族と特に関わりが深いのは四葉と五月だ。
他の連中はらいはとは花火大会や正月の時に一緒に行動したが、親父とは家族旅行等で軽く顔を合わせただけだったか。
それなら強硬に断る必要はない、のだが……
「だからなんで離れるのよ」
「いやぁ、ははは……今日はちょっと汗をかいたしな」
「そう? いつもとそんな変わらないと思うけど」
二乃が俺の胸元に顔を近づける。
フワッとした甘い匂いが鼻をくすぐる。
そして唇に目が行き、模試の時の諸々の記憶が呼び起こされる。
たまらず飛び退いた。
いかん……色々と鋭敏になっている。
「と、とにかく今日は駄目だ。そもそも用事あるって言ったろ」
「どうせ勉強でしょ。違うならなんの用事か言ってみなさいよ」
「そりゃもうあれだよ。うん、あれだ」
「つまり何もないのね。勉強するだけなら邪魔はしないから安心しなさいよ」
安心できる要素がなかった。
決して二乃の言葉を疑っているわけじゃない。
ただ、家族以外の人間が家にいると落ち着かないというのはあるし、単純に今の状態ではこいつを意識から除外するのが困難だ。
まさかいきなりトイレに閉じこもって発散するわけにもいかない。
そうしたら確実にらいはが不審がるだろう。
俺は勉強したい、二乃は挨拶がしたい。
だが俺が勉強するためには二乃を遠ざけなければいけない。
ん、遠ざける……?
「その手があったか!」
自分の閃きに戦慄した。
そう、遠ざけられないのなら遠ざかればいいのだ……!
つまり、二乃を家に招いて俺は外に出る。
親父達に思う存分挨拶すればいいし、俺は公園の街灯の下で気兼ねなく勉強だ。
この時期ならば寒さで死ぬなんてこともない。
パーフェクトプランに笑いが止まらなかった。
「ふ、ふふふ……いいぜ、来いよ」
「いきなり素直ね……大丈夫?」
「ああ、思う存分たっぷり相手してやるよ」
親父達がな!
「ただいまー」
「お邪魔しまーす」
だがしかし、家は無人だった。
外から見て明かりがついてない時点でおかしいと思ったのだが、何があったのだろうか。
電気を付ける。
もしかしたららいはが寝てしまっているのかとも思ったが、それも違った。
「誰もいないじゃない」
「おかしいな」
メールをチェックすると、親父から一通来ていた。
内容は『遅くなるから戸締まり頼む』の一行。
シンプルイズベスト、簡潔でわかりやすくてなによりだ。
しかし、それだとらいはがいない理由まではわからない。
もしや下校途中で何かあったのでは……?
不安に駆られて急いで電話をかける。
コール音がやけに長く感じられてもどかしかった。
早く、早く出てくれ、らいは……!
『もしもーし、どうしたのお兄ちゃん?』
「らいは! 良かった……い、今どこにいるんだよ」
『どこって、お友達の家でお泊りするって昨日言ったよね?』
言われてみればそんな気がしてきた。
あまりに疲弊していたため、昨夜の記憶はいまいち曖昧だった。
なんにしてもらいはが無事で本当に良かった。
『もー、しっかりしてよ! 今日はお夕飯だって用意してないんだからね?』
「ああ、こっちは適当に済ます。楽しんでこいよ」
『うん! お兄ちゃんも私がいないからって夜更かしして勉強しちゃダメだよ?』
電話が切れる。
心配され通しだったが、元気な声を聞いて安心した。
そうなると今度は腹の虫の主張が強くなる。
もう結構な時間だが、食事の用意は全くない。
買いに行くとなると出費になるし、俺には自炊する能力がない。
今日の晩御飯は白米か食パンの、極めてシンプルなものになりそうだった。
「お父さんと妹ちゃんは?」
「親父は遅くてらいはは泊まりだ。無駄足踏ませちまったな」
「気にしないで。それはそれで好都合だし」
二乃は俺の横を通り抜けて部屋の中へ。
そして何を思ったか、台所を覗き込んでなにやらキョロキョロしている。
うちにそんな物珍しいものはないと思うのだが。
「うちの台所を漁るなら不毛だぞ」
「まったくね。質素すぎて昔を思い出しちゃうじゃない」
そう言って上着を脱ぐと、二乃は手を洗い始めた。
こいつは何を始める気だ?
そんな俺の疑問に応えるように、包丁まな板フライパン――調理器具が並べられていく。
「せっかくだし、ご飯作ってあげるわ。お腹空いてるでしょ?」
そんなつもりで連れてきたわけではないのだが、空腹には抗いがたい。
いい加減腹の虫もうるさいので、俺は食卓について二乃の料理を待つのだった。
「それじゃあ、残りは明日の朝にでも食べてちょうだい」
「ああ、なにかと悪かったな」
そして夕食はつつがなく終わり、残ったおかずは冷蔵庫の中へ。
その後の片付けもサッと済ませてしまった。
わかっていたことだが二乃の料理スキルは高い。
例によってうちは冷蔵庫の中も質素なのだが、それを苦にせず手際よく作ってしまった。
やはり母親と暮らしていた頃の生活も関係しているのだろうか。
「じゃあ、ご飯も食べ終わったことだし」
「送ってくぞ」
「え、まだ帰りたくないんだけど」
「え、なんで」
「せっかくの二人きりじゃない」
「……そう、だったな」
二乃は帰り支度をするどころか、隣に座って手を重ねてきた。
手を通して伝わる体温と、柔らかく甘い香り。
その何かを期待しているかのような瞳から目をそらす。
まともに正対していたら耐え切れなくなる自信があった。
率直に言うと油断していた。
食事の前は空腹で性欲が紛れていたからというのもある。
食欲が満たされ、ここでその主張が強まってきていた。
やはり家に連れてくるべきではなかった。
「に、二乃っ! そろそろ帰らないと五月あたりが腹空かせてるんじゃないのかっ?」
「バイトで遅くなるから今日は晩御飯なしって伝えてあるわ」
「う、うちにいたって何もないぞ? テレビだってないしな!」
「フー君がいるじゃない」
「あーうん、それね。ちょうど今切らしててな」
「何わけわかんないこと言ってるの、よっ」
「うわっ――」
二乃に体重をかけられると、俺はいとも簡単に押し倒されてしまった。
我が事ながらなんてか弱いんだ……
天井を見上げるような格好になった俺の上に二乃が覆いかぶさる。
マウントポジション――舌なめずりが艶かしかった。
「とりあえず落ち着け!」
「無理。こんなシチュエーションで冷静でいられるわけないじゃない」
それを示すように二乃の頬は上気して赤く、瞳は熱を帯びたように潤んでいた。
たとえ目を塞いでも、その荒い息遣いが俺の中の青い衝動を刺激してくる。
「ずっと期待してたんだから」
「ま、待てっ」
「イヤよ、待ってあげない」
「むぐっ」
唇を唇で塞がれる。
模試の時以来のキス。
あの時と決定的に違うのは俺が正常な状態であることと、口内に侵入してくる異物の存在だ。
二乃の舌は俺の舌を絡め取って、二度と離さないとでも言うように吸い付いてきた。
同時に擦り付けられる体の柔らかさが、理性の防壁を容易く破壊していく。
「あ、大きくなった」
「――っ」
声に喜色を滲ませて二乃は俺のアレに手を回した。
剣は既に臨戦態勢。
服越しだが、触れられると意に反してビクッと跳ねてしまう。
朝の日課を怠ったせいか、いつもより敏感になっていた。
腰を引きたかったが、床に接地していてそんなスペースはない。
このままでは敗北は目に見えている。
流れを変えるためには――
「二乃! 避妊具がない!」
「それなら私が持ってるわよ」
「なっ――」
自分のバッグを引き寄せると、二乃は中から小振りな箱……のさらに中から四角く薄い包装を取り出した。
間違いなく近藤さんだった。
なんでこんなもん持ってんだこいつ……!
アイテムがないからまた今度、もしくは買いに行く間に頭が冷えるという計画は頓挫。
打つ手がなくなった俺は、苦肉の策を取った。
「シャワー、浴びよう!」
狭い浴室内に水が跳ねる音が響く。
冷たいシャワーのおかげでいくらか頭は冷えた。
しかし中々に俺の剣は臨戦態勢を解こうとしない。
やはり朝の日課を怠ったのが響いている。
「……どうする?」
多少冷静になった頭でこの場を切り抜ける方法を探す。
シャワーを浴びるという名目で先延ばしには成功した。
しかし何もせずにいたら結果は同じだ。
俺の後には二乃がシャワーを使う。
それが終わるまでに逆転の策を導き出さなければならない。
「いや、待てよ?」
よくよく考えれば、二乃がシャワーを浴びている間は俺は自由になる。
その間にいくらでも取れる手段があるのでは?
……良し、運が向いてきた。
苦し紛れに逃げ込んだ浴室だったが、その実最適解であったとさえ思えてくる。
「入るわよ」
「二乃!?」
「あんたと私だったら裸の付き合いもお手の物でしょ」
浴室に乗り込んできた二乃は何も身につけていなかった。
顔は真っ赤だというのに、隠す素振りは全くないのがいっそ清々しい。
せっかく冷えてきた頭に再び熱が蓄積されていく。
ここに逃げ込んだようで、実は追い詰められたのだと悟った。
慌てて背中を向けたが、しっとりと柔らかくて張りがある何かを押し付けられた。
「ねぇ、フー君。せっかくだし、洗いっこしない?」
逃げ場のなくなった俺に抗う術はない。
その後の展開は語るべきではないだろう。
場所が場所だけに、血やら何やらの処理は楽だったとだけ言っておこう。
なお、最初は胸で挟んで舐めるなどして攻めの姿勢を見せていた次女ですが、いざ本番となると経験があるフー君に主導権を奪われた模様。