フー君が思春期の青い衝動に振り回される話   作:kish

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休み前に投稿っ!


君と歩むただ一つの道

 

 

 

 一花が退学の申し出をしてから数日。

 今日も夏休み中ではあるが、仕事やらバイトで現在家にいるのは二人だけ。

 ソファーで携帯を弄る二乃の横では、五月がテレビを見て黄色い声を上げていた。

 釣られて目を向けると、一花が出演するCMが流れていた。

 

「騒ぎすぎよ。一花だったら飽きるほど見てるでしょ」

「でも、やっぱり画面の中の一花は輝いて見えます。やりたい事をやってるからでしょうか」

 

 一花と他の姉妹の関係は表面上は落ち着いている。

 先日、三玖を通して一花以外の姉妹を集めた風太郎は、全員にある頼み事をした。

 一花への心配は相変らずだが、その頼み事のおかげで二乃も平静を取り戻すことができた。

 十全な結末とまではいかなくとも、風太郎が示した道は姉妹が乗るのに十分なものだった。

 逆に風太郎への心配が増えたのだが、本人がやると言っている以上やり遂げるのだろう。

 その程度には姉妹は風太郎の事を信頼していた。

 

「……私だって一花にいなくなってほしくないです」

「当たり前でしょ」

「でも、二乃がなんと言おうと一花を応援する気持ちは本当です」

「……そう」

「では、私も一花を見習ってお仕事頑張ってきますね」

 

 五月を見送った二乃は、手元の携帯で一花の事を調べてみた。

 まだまだ駆け出しで、注目され始めたのはそれこそ最近だ。

 インターネット上の百科事典でもまだ個別記事はない。

 でもこれから先は誰かがページを作って、そこに女優としての一花の軌跡を記すのだろう。

 変わっていく事は辛い事だけど、きっとそれだけじゃない。

 二乃はかつて、四葉にそんな言葉を贈ったことを思い出した。

 蟠りはまだ消えない。

 それでも、一花が変わっていく事を自分達が祝福しないで誰がするというのか。

 

「……とりあえず、こっちをなんとかしなきゃね」

 

 財布を取り出して、二乃はため息をついた。

 生活費は父親が出してくれているので問題ない。

 しかしバイト先が休店するなど、色々な事情が重なってお小遣いが心許なかった。

 貧乏暮らしには慣れているが、女子高生は何かとお金がかかるのだ。

 そちらも言えば出してくれるだろうが、そこまで頼るつもりはなかった。

 風太郎も新しいバイトを始めたと聞くので、自分も探してみるべきかもしれない。

 

 

 

 

 

「こ、こうか……?」

「うん、もう少し強くても大丈夫だよ」

 

 三玖の指導の下、麺棒でパン生地と格闘する。

 こいつから教わるのはなんだか妙な気分だが、ここでは俺が後輩だ。

 このパン屋の店長に紹介してくれたのも三玖なので、世話になり通しだ。

 先日の頼み事も含めて受けた恩はいつか返すとして、ここは思い切り胸を借りよう。

 

「しかし、あの店長はずっとこっちを見ているんだが……」

「心配してるんだと思う。私も出来るようになるまで散々迷惑かけたし」

 

 あるいは、俺が向かいのケーキ屋の従業員だとバレたのだろうか。

 入院中の店長もこの店を目の敵にしていたから、こちらも同様なのかもしれない。

 なんだか涙を流しているようにも見えるが、情緒は大丈夫なのかと心配になってくる。

 ケーキ屋が休店している影響で客足が伸びているようで、俺が雇われたのもその流れだ。

 となると、あれは背に腹は代えられないと涙を飲んで耐えているのだろうか。

 なんにしても雇ってくれたのは確かなので、俺は精一杯働くだけだ。

 

「一花が退学を選んだ理由、知ってるか?」

「それは……全部聞いたわけじゃないけど、フータローを心配させたくないんだと思う」

「……あの馬鹿が」

 

 心配させまいと取った行動で、さらに心配させていてはどうしようもないだろうに。

 しかし、それ以上にどうしようもないのは俺の方だ。

 あいつが抱え込む癖があるのは分かっていた。

 

『ねぇ、フータロー君……私、どうしたらいいのかな?』

 

 それでもあの時、確かに俺を頼ろうとしていたのだ。

 過ぎた事はもう変えることはできない。

 だが、俺が震える一花の手を握れていたならと、そんなもしもを考えてしまう。

 あいつが馬鹿なら、俺は大馬鹿だ。

 

「フータローはなんで一花を引き止めようとするの? ……好きだから?」

「それだけで片付けられるほど簡単な話じゃないな」

 

 誤魔化さずに言ってしまえば、あいつに対してそういう感情があるのはもう否定できない。

 修学旅行でも色々あったし、意識しない方がどうかしている。

 だけど決してそれだけじゃない。

 俺がこうして動く理由の少なくない部分に、意地が混ざっている。

 姉妹全員笑顔で卒業という目標を諦めるわけにはいかない。

 そして、こうして落ち着いて振り返れば、埋もれていた理由も見えてくる。

 

「そうだな、あえて発端に言及するなら……感謝しているんだと思う」

「感謝?」

「まぁ、色々とな」

「ふーん……好きってところは否定しなかったね」

「……さ、仕事に集中しようぜ!」

「む~~!」

 

 むくれた三玖の視線から逃れるようにパン生地に集中する。

 このあと少々指導が厳しくなったが、まぁそんな事もあるだろう。

 

 

 

 

 

「お疲れ様です、旦那様」

「済まないね、こんなに遅くなってしまって」

「いえ、お気になさらず」

 

 マルオが病院での仕事を終えて院長室に戻る頃には、日はすっかり沈んでいた。

 秘書である江端を待たせるつもりはなかったのだが、仕事柄イレギュラーな事態が多い。

 これから病院を発たなければならないが、なにか問題があったら引き返す事になるだろう。

 

「まだ少々余裕がございます。一息つかれてはいかがでしょうか」

「いや、構わない。休憩は移動中でもできるからね」

「まあ、そう仰らず。三玖様がお話があると病院までお見えになっております」

「……そうか。済まないが何か飲み物を用意してくれ」

 

 娘達との直接的な関わりは避けがちなマルオだが、気にかけていないわけではないのだ。

 医者という職業ゆえに仕事が優先だが、空いた時間程度なら娘のために使う事を厭わない。

 江端が飲み物の用意のために席を外したのを見送ると、これからする事になるであろう話の内容に嘆息した。

 恐らくは一花の事で間違いないだろう。

 マルオ自身の考えとしては、進学はせずとも卒業はしておくべきだという回答になる。

 しかし一花は既に女優という仕事で収入を得て、自分の道を歩いている。

 少し前まで入居していたアパートの費用や五人分の生活費を、年度が変わるまでは一花が負担していたのだという。

 それだけの収入があれば、独立するのだとしても問題はない。

 これが半端なようならマルオも口を出しただろうが、結果は示されている。

 その上で選んだ道ならば、見守りはしても止めるつもりはなかった。

 もちろんそれが娘達の納得のいくものではない事は、先日の二乃の件で十分に理解している。

 ノックの音が響く。

 江端が戻ってきたか、それとも三玖が来たのか。

 

「入りたまえ」

 

 入室を促すとドアが開いた。

 入ってきた人物に、マルオは表情には出さずとも困惑した。

 

「どうも、娘さんの代理で来ました」

 

 上杉風太郎――マルオが雇っている娘達の家庭教師である。

 代理で来たという言葉を信じるのなら、何かしらの事情で三玖が来られなくなったのか。

 追い出したい気持ちは少なからずあるが、それは私情だ。

 早く話を終わらせるためにマルオは風太郎の言葉を待った。

 

「実は一花さんの事でお願いがあります――」

 

 内容は予想に違わないものだった。

 先日電話した時と違って、声には覇気があった。

 驚いたのは、マルオに対する要求だった。

 ただどうにかして欲しいと頼みに来たのではなく、自分達でどうにかするから協力して欲しいという内容だった。

 深々と頭を下げるその姿から心意気は伝わってきた。

 風太郎なりに一花の事を考えているというのもよくわかった。

 だが、その上で――

 

「悪いが、その案には乗れないね」

「――っ」

「まず、不確実にすぎる」

 

 言ってしまえばこれは相手の対応に依ったところが大きい。

 向こうが突っぱねてしまえばそれまでなのだ。

 それをどうにか出来るだけの交渉術があれば話は別だが、風太郎にそんなスキルはない。

 協力したとして、無駄足になる可能性は低くない。

 

「待ってくれ! あいつだって学校を辞める事は望んでないはずなんだ」

「それは、君が直接彼女に確認したのかい?」

 

 その指摘に、風太郎は言葉を詰まらせた。

 退学すると電話越しに打ち明けられた時、マルオも黙っていたわけではない。

 その理由と、したとしてその先はどう生きていくのかぐらいは本人の口から聞いていた。

 それに一定の納得を得たからこそ、本人の意思を尊重するという立場をとっているのだ。

 

「話は終わりだ。用が済んだのなら帰るといい」

「……失礼しました」

 

 マルオは冷徹な態度を崩さなかった。

 その視線に射竦められ、風太郎は退室していった。

 ドアが閉まるのを確認して、自嘲的な笑みを浮かべる。

 

「直接確認……僕が言えた事ではないね」

 

 家に帰らず、娘達と直接話す機会もほとんどない。

 仕事が忙しいのは事実だが、意図的にそうしている部分もあった。

 風太郎への言葉はそのまま自分にも突き刺さる。

 きちんと向き合おうとしない人間が何を言ったところで、空々しいだけなのだと。

 

「お待たせしました」

「江端……わかってて彼を通したね」

「申し訳ありません。どうしてもと三玖様たってのお願いでしたので」

「いや、いい。とやかく言うつもりはないよ」

 

 コーヒーを受け取って口を付ける。

 少し考えたい事があった。

 

「彼に頼んだ家庭教師の業務は週二回、それぞれ二時間だったかな」

「はい、その通りでございます」

「仮に、彼が時間外で娘達に勉強を教えていたとしたら、僕はどう対応するべきなんだろうね」

「それは旦那様の裁量次第かと」

「そうかい」

 

 携帯電話を取り出す。

 電話帳を開き、なんだかんだで縁が切れない知人の名前を選択する。

 極力連絡を取りたくない相手だが、今はその必要があった。

 

 

 

 

 

「くっそー、駄目だった!」

 

 自宅にて、ペンをノートに走らせながら先ほどの失敗を噛み締める。

 三玖にした頼み事の一つ、中野父との面会は一蹴されて終わってしまった。

 姉妹から聞く父親像はあまり血の通ったものに聞こえないが、俺の印象は違う。

 あんな鉄面皮でも、娘達に対する心配や気遣いは本物なはずなのだ。

 だからこそ協力を要請したのだが……結果はこの通りだ。

 これは手順を間違った俺のミスだろう。

 一花の選択を尊重するというスタンスの中野父を説得するなら、まずは一花本人から学校を辞めたくないという言葉を引き出す必要があったのだ。

 

「だとしたらもっとバイトを増やして……いや、これ以上は勉強時間がなくなる。こうなったら、もういっそ先に一花をとっ捕まえてなんとか話を――」

「お兄ちゃん!」

「ん……なんだらいは?」

「考え事するかお勉強するか、どっちかにしなよ」

 

 ペンを止めて、思考も止める。

 ノートに目を戻すと、数式が端を越えて卓袱台にまで進出していた。

 はみ出た部分を消しゴムで擦る。

 最近になって勉強しながら考え事をするという新境地に開眼した俺だが、やはり手元のコントロールは少々疎かになってしまうようだ。

 後ろに倒れこんで天井を見上げる。

 先に考えをまとめたほうがいいのかもしれない。

 中野父に、卒業までの家庭教師代――つまりは給料の前借りをするというのは失敗。

 別の方法で資金を集めなければいけないだろう。

 うちの貯金から俺の裁量で持ち出せる分は使わせてもらうとしても、後で補填が必要だ。

 あれこれやって出来る範囲で金を集めてみたが、やはり決定打に欠ける。

 パン屋のバイトの給料もいくらかは足しになるだろうが、それだけでは心許ない。

 再度中野父にはアタックしてみるとして……いや、それだったら一花と話す必要が――

 

「……ここはやっぱり内蔵を売る事も考慮して――」

「ストーップ!」

「ぐはっ」

 

 怪しい事を口走ったせいか、らいはにどつかれてしまった。

 さすがに内蔵云々は冗談なのだが。

 うんまぁ、最終手段として考慮するぐらいだ。

 

「難しいことばっか考えてないでさ、五月さんたちとはどうなのさ」

「またそれか」

「お兄ちゃんがちゃんとやれてるか気になって、夜しか眠れないんだからね!」

 

 つまりは健康な事この上ないと。

 らいはが元気なようで安心だ。

 とりあえず一花の事をどうにかしなければ、今はそれだけなのだ。

 一花を除く姉妹には頼み事と引き換えにとある権利を渡してしまったのだが、それを深く考えると頭が痛くなりそうなのでやめておく。

 

「おう、帰ったぞー」

「あ、おかえりー。遅かったね」

「急に呼び出されちまってよ」

 

 親父が帰ってきたようだ。

 仕事道具の撮影機材を置くと、こちらに来て寝転がっている俺の腹の上に何かを乗せてきた。

 手に取ってみると、それは厚みのある封筒だった。

 給料袋に使われるようなサイズだ。

 

「お前にボーナスだってよ」

「ボーナス?」

 

 封筒を開いて中身を出すと、諭吉さんの束が出てきた。

 いきなりの事態に頭の中が真っ白になる。

 加えてこんな大金を手にした衝撃で手の痙攣が止まらなかった。

 一体誰がこんな大金を……?

 再度封筒を見てみても、特に何も書かれていない。

 しかし諭吉さんの束の他にも何かが入っていたらしく、その端がはみ出ていた。

 縦に二つ折にされた紙……開くとそれは給与明細だった。

 記載されているのは時間外労働手当の項目のみ。

 そして明細の検印欄には……

 

「それはお前の仕事に対する正当な報酬だ、だそうだ」

 

 時間外手当――つまりは普段の勉強会やらを家庭教師の仕事とみなした結果なのだろう。

 素直じゃないとは思うが、俺もあまり人の事は言えない。

 これはあの人からの後押しなのだと考えよう。

 なんにしてもこれで準備は整った。

 後は直接向かい合うだけだ。

 

 

 

 

 

「よう、久しぶり」

「……フータロー君、どうしてここに」

 

 織田芸能プロダクションのソファーに腰掛ける俺の姿を見て、一花は驚いた顔を見せた。

 隣りで慣れない雰囲気に萎縮している三玖は、俺が頼んで着いてきてもらった。

 社長と目を合わせて頷き合う。

 何の事はない、この状況は社長に頼み込んでセッティングしてもらったものだ。

 これだったら一花が逃げ出す事は出来ないだろう。

 

「三玖まで……遊びに来たってわけじゃないんだよね」

「うん。やっぱりこのままじゃいけないと思ったし」

「でも、私はもう……」

 

 ならそれをきっぱりと言えばいい。

 その逡巡に、俺はまだ説得の余地がある事を確信した。

 

「単刀直入に言おう……一花、退学を考え直してほしい」

「……」

「学校を辞めずとも休学という手段がある。出席日数と一定の学力を示せば、復学して卒業までできるそうだ」

 

 一花を追って学校に向かった時に先生から聞いた事だ。

 墓参りの時にすぐこの答えを出せていたらと後悔が募る。

 だが遅きに失したとはいえ、俺はこれが唯一の道だと断言しよう。

 

「一花ちゃん、僕の考えは既に君にも彼にも伝えてある。酷なようだが、あとは君次第だよ」

「……一定の学力って、ただでさえ時間がないのにそんなの無理だよ。ほら私、バカだしさ」

「それは俺が対応する。お前の都合がつく時にマンツーマンで教えよう」

「そっか……うん、たしかにそれならできるのかもしれないね」

「なら――」

「でも、それってフータロー君が無理するってことでしょ?」

 

 こちらと目を合わせないまま、一花は首を静かに横に振った。

 事ここに至って、自分の心配ではなく俺の心配をしていやがった。

 その指摘は正しい。

 確かに俺の負担が増えるし、それが卒業まで続くとなれば受験にも影響も出てくるかもしれない。

 

「みんなと卒業するのは大事だけど、フータロー君の人生を台無しにしてまでじゃないよ」

「……それがお前の答えか」

「うん……今までちゃんと言えなくてごめんね」

 

 目を閉じて深く息を吐き出す。

 吐き出す息が震えていたのは、思い通りに事が運ばない苛立ちか。

 苛立ち……そうだ、俺は確かに一花に苛立っている。

 散々人を振り回しておいて、いざとなったらいなくなる……ふざけるな。

 あの時、俺の頬を張った五月の気持ちがわかる気がした。

 説得を聞き入れないのなら、こちらにも考えがある。

 厚みのある封筒を取り出してテーブルの上に置く。

 用意していた最終手段の出番だ。

 

「それなら、逆に俺がお前の時間を買おう」

「私の時間を?」

「この金で俺が女優としてお前を雇う」

「――!」

 

 このために家族に頭を下げた。

 一花以外の姉妹にも頼み込んで、俺が借りるという形で資金を出してもらった。

 バイト先のパン屋では、無理を言って今日まで働いた分の給料をもらった。

 そして一番大きかったのは、中野父からのボーナスだ。

 あれがなかったら、この封筒の厚みは半分以下になっていただろう。

 

「自主制作映画を撮ることにした。と言っても予算の問題で出演は教師役と生徒役のみだ」

「撮影は週二回、三時間ぶっ続けでカメラの前でひたすら勉強を教えるシーンを撮る」

「監督と教師役はもちろん俺。生徒役をお宅の中野一花さんにお願いしたい」

 

 勉強する時間を取れないのなら、女優としての時間で勉強をしてもらう。

 それが俺が女優と勉強を両立させるために考えた最終手段だ。

 他の姉妹にはちゃんと説明してある。

 こうして三玖に来てもらったのも、その見届けという意味合いもある。

 

「フータロー君……なんでそこまでして」

「なんでだと? ふざけんなよお前」

 

 抑えてた苛立ちが溢れ出す。

 この感情は俺の身勝手なものでしかないが、吐き出さずにはいられなかった。

 

「家を出てまでして俺を家庭教師に引き戻しておいて、お前は勝手に降りるってか?」

「それならお前らに揃って笑顔で卒業してもらうって俺の目標はどうなる」

「何でもかんでも抱え込みやがって。それなのに俺の心配とかおこがましいんだよ!」

 

 一度噴出してしまったらそう簡単には止まらない。

 ドロドロとした感情に逆らうことなく声を荒げてしまった。

 目を見開く一花にさらに言い募ろうとして、しかし冷静な声がそれを止めた。

 

「そうじゃないでしょ、フータロー」

 

 水を差された事で、多少の冷静さが戻ってきた。

 実を言うと、三玖を連れてきたのは俺の暴走を止めてもらうという役目を期待したからだ。

 他の三人では俺と一緒に熱くなってしまう可能性が高い。

 もう一度目を閉じて深く息を吐き出す。

 今度は震えはなかった。

 

「悪いな、三玖」

「大丈夫? ちゃんと伝えられる?」

「お前は俺の親かよ。……心配するな」

 

 頬を張って気合を入れなおす。

 一花と社長がまた困惑しているが、もう少しだけ付き合ってもらわねばならない。

 自分の気持ちを素直に吐き出すというのはハードルが高いが、それでもやるしかないのだ。

 

「……お前が仕事をしていなければ、あの時家を出るという選択もできなかっただろうな」

「俺が家庭教師を続けてこられたのは、お前のおかげなんだよ」

「だから、今度は俺がお前を引き止める。それが俺にできるせめてもの恩返しだ」

 

 俺の去就に関わるいくつかの転機……その中でも一番大きなものがあのクリスマスの日だ。

 家を出るという提案をしたのは一花なのだという。

 そしてそれからしばらく、こいつは一人であの場所を支えてくれた。

 俺に家庭教師としての居場所を与えてくれた。

 

「……今更そんなこと言ってくるなんて、ひどいよ」

「重々承知の上だ」

「それに乗ったら、今まで以上に私もフータロー君も苦労するんだよ?」

「その通りだ」

「そんな思いをしてまで学校に行く意味ってあるのかな?」

「ある!」

 

 たとえそれが苦難の道でも、それだけの価値があると俺は断言できる。

 もう小細工はいらない。

 中野姉妹に倣って、俺も全力投球をするのみだ。

 

「クラスの奴らと海で馬鹿騒ぎしたり、お前らとプールで遊んだり……今度こそ足並み揃えて花火を見に行くのだって悪くないし、それに夏休みが終われば学校祭も控えている」

「どれもこれも俺が切り捨ててきたものだが、そんな事ができるのはきっと今しかない」

「そしてそれをするなら俺はお前らとしたい。お前だけがいないなんて我慢ならない」

「要するにあれだ、その……お、俺と一緒に青春をエンジョイ……しないか?」

 

 当時は一花の同じ言葉をバッサリと切り捨てた俺だが、今となってはすっかり当事者だ。

 そんな日々を悪くないと思えるようになったあたり、やはり中野姉妹の責任は重い。

 だからこの手は離してなんかやらないのだ。

 

「断言しよう、これは間違いなく苦難の道だ。生半可な覚悟ではやっていけないだろう」

「だけどもし、学校に未練があるのなら……俺の言った事に少しでも価値を感じるのなら」

「この金で俺に雇われてくれ。そして一緒に地獄を見ようぜ」

 

 封筒を差し出す。

 受け取らないまま一花は封筒に目を落とす。

 そして数秒の沈黙の後、傍らの社長に目を向けた。

 

「ねぇ、社長」

「……正式な仕事の依頼であれば、事務所としても考慮せざるを得ないね」

 

 社長は嘆息すると俺の手から封筒を受け取った。

 そして中身を取り出してざっと数える。

 お金を扱う事に慣れているのだろう。

 大金を手にした途端に震えだす俺とは大違いだった。

 

「むっ、微妙に足りない」

「えっ」

「マジかよ!」

「ど、どうしよ、フータロー」

「おお、おち、おちおち落ち着け!」

 

 一番落ち着いていないのはどう見ても俺だった。

 つーかウソだろ、あんな大金積んだというのに……!

 嫌な汗が背中を伝うのを感じた。

 

「もぉ、しかたないなぁ。じゃあ不足分は私が貸してあげるよ」

「……本人に借りるとかどうなんだよ」

「どうなんだろうね? まぁ、別に返してくれるならどんな形でもいいよ? どんな形でもね」

 

 一花の目が細まる。

 俺を煽ろうとする、挑発的な笑み。

 すっかりいつもの調子を取り戻していた。

 これを材料に一花が何を要求してくるかは目に見えている。

 頼っていいものか……しかしそんな逡巡の間がない事も確かだった。

 

「いや、それには及ばないよ。君には頼みたい仕事がある。それで補填してもらおう」

 

 ここで助け舟を出してくれたのは社長だった。

 もちろん、俺は一も二もなくそれに乗った。

 頼みたい仕事とやらが何なのかは分からないが、これでどうにかなりそうだ。

 せめてその内容が演技関連じゃない事だけ祈ろう。

 一花への大きな借りが回避できたのは素直にありがたい。

 思い通りに事を運べなかった本人はむくれ顔だが、とにかく契約は成立した。

 

「それにしても、こんな情熱的に引き止めるなんてフータロー君、私のこと好きすぎだよね」

 

 しかしただでは起きないのがこの一花だ。

 隣の三玖の視線が鋭くなり、社長は訳知り顔で頷き始めた。

 少し離れたところで、事務員がヒソヒソと話しているのが見える。

 さて、こんな状況で俺の弁明にどれだけの効果が期待できるだろうか。

 無論、答えは皆無である。

 

 

 

 

 

「うわぁ、このブランコすごいギコギコいってる……大丈夫かな?」

「あはは、大丈夫だよ」

 

 夕暮れ時の高台の公園で、一花と四葉は並んでブランコを漕いでいた。

 控えめに座って漕ぐ一花に対して、四葉は余裕の立ち漕ぎだ。

 このブランコはサイズ的に明らかに子供が使うことを想定している。

 金属が軋む音が、一花にはブランコが上げる悲鳴に聞こえてならなかった

 

「それにしても、一花も一緒に卒業できそうでホント良かった~」

「それもこれから次第なんだけどね。ま、やるだけやってみるよ」

「ししし、上杉さんには感謝だね!」

 

 今日はもう夏休みの最終日。

 新学期が始まると同時に一花は休学となる。

 長期ロケの撮影や稽古、それに加えて風太郎との撮影とは名ばかりのマンツーマン授業。

 受験に身を投じる事になる他の姉妹と単純な比較はできないが、多忙である事は一緒だ。

 そうなる前にと、一花は今日四葉を誘った。

 

「四葉は覚えてる?」

「前にブランコ乗ったときのこと? 私は結構最近だけど」

「そうじゃなくて、フータロー君のこと」

「……」

 

 勢い良く揺れていたブランコの振れ幅が小さくなって、やがて止まった。

 口に出さずとも、その反応だけで十分だ。

 そもそも前々から察していた事ではあるが、こうして尋ねてみるのは初めてになる。

 

「……一花もやっぱり覚えてたんだ」

「思い出したのはしばらく経ってからだけどね」

「あはは……昔と全然見た目変わっちゃっててビックリしたよ」

 

 言い出さなかった理由は判然としないが、四葉は最初から気づいていた、と一花は見ている。

 だとしたら、自分達と風太郎が仲を深めていく様子に、四葉はどんな想いを抱いていたのか。

 

「ならまず最初にこうしておくべきだったよね……ごめん」

「えっと、なんで謝られてるのかな」

 

 この期に及んで四葉はわからないふりをした。

 たしかに一花に謝られる心当たりは、部屋の掃除の件も含めていくつかある。

 それでもこの場で該当するものは一つしかない。

 認めてしまうわけにはいかなかった。

 もし認めてしまって心の蓋が外れてしまえば最後、自分で自分を抑えられなくなる。

 そんな確信が四葉の中にあったからだ。

 そして一花もそれ以上つつく事はしなかった。

 

「とにかく、私もこれからは全力投球だから」

「うん、お仕事頑張ってね!」

「もちろんそれ以外もね。だから、四葉の背中はもう押してあげられないかな」

 

 その言葉で四葉はこれまでの一花の不可解な行動にようやく納得した。

 一緒に班を組もうと言い出したのも、修学旅行中に風太郎と二人きりにさせたのも。

 全ては自分と風太郎を……

 

「なんで、一花がそんなことを気にするの?」

「どうしてだと思う?」

「わからないよ。だって一花は風太郎君のことを……」

 

 一花も二乃も三玖も五月も、みんな真っ直ぐに自分の想いを風太郎にぶつけている。

 それに対して自分は真実を晒す勇気がないままだ。

 だからこそ姉妹の背中を押すのだと決めたのだ。

 間違っても背中を押されていい立場ではない。

 

「私にそんな権利はない。けどみんなならきっと幸せに――」

「もうやめようよ、そういうの。四葉は四葉の幸せを見つけなきゃ」

「みんなの幸せが私の幸せだよ」

「本当に?」

 

 頷こうとして頷けなかった。

 頭によぎったのは、結婚式場での写真撮影だ。

 出来上がった写真は四葉のもとに送られてきている。

 姉妹の想いを考えれば大事にするべきではない……頭ではわかっているつもりだった。

 結果として、机の引き出しを開ければすぐにでも見られる位置にその写真は安置されている。

 

「もう夏休みも終わりだね」

 

 一花は暗くなりつつある空を見上げて呟いた。

 夏休み前と比べれば、日が落ちるのも随分と早くなった。

 夏が終わり、じきに秋がやって来る。

 

「高校生活も残り少ないけど、悔いのないようにしたいよね」

 

 一花は四葉に、あるいは自分に言い聞かせるように言った。

 それは事あるごとに四葉が風太郎に対して言っている言葉と同じだった。

 

 

 

 

 

「三玖、あれやってよあれ」

「えー、やりたくない」

「一度やってくれたじゃないですか」

「私も見たいなー」

 

 九月に入り、二学期最初の登校日。

 いつもと同じように中野姉妹は通学路を五人で歩く。

 違う点を挙げるとすれば、一人だけ制服を着ていない事だ。

 前を歩く姉妹を、正確には一花を後ろから見つめる。

 自分のCMを真似て見せた三玖に感心の声を上げていた。

 三玖は姉妹の真似に関しては職人的なこだわりを持っているため、そのクオリティも納得だ。

 そしてついでと言わんばかりに代返を頼んで断られていた。

 退学は取り下げた一花だが、仕事の都合で今日から休学という扱いになっている。

 今こうして一緒に歩いているのも、道が途中まで重なっているからに過ぎない。

 駅に着けば、一花はそのまま電車で仕事場へ向かってしまう。

 ならばせめてと、二乃は一花がいる光景を見逃さないようにしたかった。

 

「それじゃ、私こっちだから」

「ええ、頑張ってください」

「気をつけて」

「帰ったらお話聞かせてね」

 

 駅に着くと、一花は一人改札へ向かう。

 各々がしばしの別れに言葉を交わす中、二乃は話しかけられずにいた。

 応援すると決めた今でも、引き止めたい気持ちがある。

 口を開けばそれが出てしまうかもしれない。

 今更、一花の決心を鈍らせるような真似はしたくなかった。

 

「じゃあ、皆も頑張って」

 

 背中が遠ざかっていく。

 小さくなっていく後ろ姿に、いなくなった人の姿が重なった。

 

「一花っ!」

 

 たまらず駆け出して、後ろから抱きついていた。

 一花は最初こそ驚いたが、二乃の手に自分の手を重ねると優しく握りしめた。

 

「まさか二乃に甘えられるとはね」

「うるさい、そんなんじゃないから」

 

 そう、こうして抱きついたのは甘えるためでも引き止めるためでもない。

 背中を押すためだ。

 

「体調、気をつけなさいよね」

「……うん、行ってきます」

「あと……頑張ってね」

 

 体を離して背中を軽く押してやる。

 二乃は涙を浮かべながらも微笑んで見送った。

 一花は振り返ると同じように微笑んで、改札の向こうへと消えていった。

 

 

 

 

 

「おいこら、あと少しなんだから寝るな!」

「もう無理だってばぁ~」

 

 とあるホテルの一室。

 長期ロケの最中、自宅に帰れない時のために用意されたものなのだとか。

 今日はここが俺の自主制作映画の撮影場所だ。

 カメラと向かい合って、ひたすら勉強を教えるシーンを撮る。

 あくまでも名目に過ぎないのだが、立派な契約なので形には残しておかねばならない。

 

「いいから起きろ! このままじゃ授業に追いつけねーぞ」

「え~? じゃあ元気をチャージしてよ、ほら」

 

 一花は自分の唇を指し示した。

 その瑞々しさは、眠たげな表情も相まって非常に蠱惑的だ。

 しかし俺は騙されない。

 傍らのエナジードリンクにストローを刺すと、口に差し込んでやる。

 一花はものすごく不満気だったが、飲み干すと再びノートに向かってペンを握った。

 

「よし、今日はこんなとこか」

「ん~、疲れたぁ」

 

 あらかじめ設定しておいたタイマーが、撮影の終了を告げた。

 終わるや否や、一花は早速ベッドにダイブ。

 このまま寝られるのかと思うと少しだけ羨ましい。

 俺はこれから帰らなければいけないので、休むのはしばらく後だ。

 自分の勉強は移動中にある程度済ませてしまうとしよう。

 

「じゃあ、俺は帰るぞ」

「えー? もう帰っちゃうの?」

「お前も疲れてるんだからさっさと休めよ」

「さっき誰かさんに口に無理やり突っ込まれたせいで、眠気が覚めちゃったんだよね」

「おい、その言い方やめろ。目的語を省くんじゃない」

 

 無理矢理は否定しないが、突っ込んだのはストローの先っぽである。

 要するにエナジードリンクで目が冴えているということだろう。

 こいつの事だから、放っておけばその内勝手に寝てしまいそうなものだが。

 

「とにかく、今日は社長に送り迎えしてもらってるんだ。待たせたら悪いだろ」

「いやー、まさかここまでしてくれるとはね」

 

 正式に契約を結ぶにあたって、問題となったのは一花のスケジュールだ。

 稽古や撮影がない時間とはいっても、当然そこには休養に当てるべき時間も存在する。

 それを食いつぶしてしまっては撮影に影響すると考えたのか、調整は事務所側でしてくれた。

 ただ、どうしても帰れない時もあるため、そこは俺が動き回る事になる。

 元々一花の時間に合わせると決めていたので、その事に関して特に異論はない。

 問題があるとすれば、それは移動手段だろう。

 俺はこの一件でただでさえ金がなく、帰る頃には交通機関が終了してる場合もある。

 今日なんかもそのパターンだ。

 タクシーは財布に優しくないので最終手段だ。

 バイクでも買うべきかと考えたが、貯金を吐き出したこのタイミングでそんな余裕はない。

 そこで送迎を買って出てくれたのがあの社長だ。

 もちろん毎回とはいかないが、それでも破格の待遇だろう。

 

「そういえばさ、社長に頼まれた仕事って何だったの?」

「まぁ、一言で言えば……子守りだな」

「ああそっか、菊ちゃんね」

「お前や三玖にも会いたがってたぞ」

「わぁ、嬉しいな」

 

 社長には月に一度でもいいから菊と遊んで欲しいと頼まれている。

 それで金額の不足分が埋まるなら断る理由はなかった。

 そして新学期が始まって早速社長宅に招かれたのだが、相変わらずの生意気っぷりだった。

 まぁ、多少は甘える姿勢を見せるようになったのは微笑ましいと言えなくもない。

 一花と三玖のどっちと結婚するのかと尋ねられて全く笑えなくなったのだが、それは置いておこう。

 あのマセガキめ。

 

「つーか帰るからな」

「え、社長来ないけど?」

「は? いやいや、そんなわけないだろ」

「もう遅いし、フータロー君も泊まってくって連絡しちゃったもん」

 

 一花が見せたスマホの画面には、確かにそんな内容のメールが表示されていた。

 驚くべきことに、送信された時間は撮影を開始する直前。

 つまりは、こいつは最初からその気だったという事だ。

 

「お前……やりやがったな」

「明日お休みでしょ? ならこっちで寝たって問題ないじゃん」

「なるほど、確かに――ってんなわけあるか!」

「まぁまぁ、たまにはゆっくり話そうよ」

 

 一花の言うとおり、明日は休みで朝からの予定は特にない。

 強いて言うなら勉強が予定といえばそうなるが。

 今更社長を呼び出すのもアレだし、既にバスや電車は止まっている。

 タクシーを呼ぶ手もあるが、そうまでして帰るほどの事態でもない。

 ちゃんと断らない、あるいは断れないラインを見極めているあたりが、本当に一花らしい。

 いやらしい事この上ないけどな!

 もうどうしようもないので、一花の寝転がるベッドに腰をかける。

 

「あーもう……ってかよく社長が許可したな」

「アオハルもいいけど、ほどほどにね……だってさ」

「ちょっと待て、あの社長なんか勘違いしてないか?」

「んー、どうだろ?」

「お前、なんか変なこと吹き込んでないだろうな?」

「疑うなんてひどいなぁ。ちょっとキスしたりする仲だって言っただけなのに」

「完璧原因それじゃねーか!」

 

 しれっと言い放つ一花に震えが止まらなかった。

 なんて事を言ってくれたんだこいつ……!

 しかもそういった行為があった事は事実なため、容易に否定できないのがタチが悪い。

 絶対パートナーって言葉の意味誤解されてるだろ。

 

「なら、いっそ本当にしちゃえばいいんじゃないかな?」

「んなアホみたいな流れで決められるかよ」

「まあ、だよねぇ」

 

 そんな事で一花を選んでしまっては、流石に他の姉妹に申し訳が立たない。

 というより、理由が理由だけに一花ともども吊し上げを喰らいそうだ。

 社長とは今後話していく中で、ゆっくり誤解を解いていくとしよう。

 

「はぁ……君とまたこうしていられるなんて、なんか夢みたい」

「あんな大金払ったんだ。夢で片付けられちゃ困る」

「ホントよく用意したよねぇ。二乃たちからも借りたんでしょ?」

「……頼んだら頼んだであいつらも有り金全部出そうとしてな。条件をつけて俺が借りるって形でどうにか宥めたんだよ」

 

 ちなみにその条件とは……俺がなんでも一つ言う事を聞く権利だったりする。

 あいつらが何に興味を惹かれるかと考えた結果だが、やはり早まったかもしれない。

 

「あとは俺の親父やお前の親父さんに頭下げたりだ」

「お父さんにも?」

「感謝しとけよ。あの金の大半は親父さんからだからな」

「……そうだったんだ」

 

 一花が礼を言ったとして、あの人が受け付けるかどうかは別問題だが。

 俺へのボーナスという名目がある以上、俺が勝手にやった事で済ませるつもりだろう。

 まったく、本当に素直じゃない。

 俺も人の事は言えないので、そこは改善していくとしよう。

 せめて、ぶつけられる気持ちに対しては素直でいたいと思う。

 

「でもやっぱり、私には君がそこまでしてくれた事が嬉しいよ」

「……恥も外聞も二の次だ。お前の手を取っていられるならな」

 

 結局のところはそこに帰結する。

 それらしい理由を上にくっつけても、俺はまだまだ一花と一緒にいたかっただけなのだ。

 最近自覚した青臭い衝動が、胸の中で鼓動という形をとって暴れまわっている。

 顔は赤くなっていないだろうか……いや、きっとなっている。

 それでもこの感情は抑えられそうになかった。

 

「……フータロー君、ダメだよ」

 

 一花の手が俺の頬へ伸びる。

 ひんやりとした感触が気持ちよかった。

 そして顔を寄せると、唇と唇が触れ合った。

 

「私そんなつもりなかったのに、もう我慢できないよ」

 

 ベッドに押し倒される。

 一花の目は熱情に潤んで、それが俺の理性の大部分を削り取っていった。

 泣けなしの部分が抵抗を試みる。

 

「……ゴムなんて持ってないぞ」

「大丈夫、私持ってるし」

「なんでお前も持ってるんだよ……」

 

 二乃といい、最近の女子高生の間では持ち歩くのが流行しているのだろうか。

 なんて誤魔化してみるが、どう考えても俺とすることを期待していたのだろう。

 そんなつもりなかったとはどの口で言っていたのやら。

 そう認識してしまったら、いよいよ体が熱くなってくる。

 

「せめてシャワー、浴びないか?」

「うん、じゃあ一回終わってから二人で入ろっか」

 

 どうやら二回以上するのは確定らしい。

 もう馬鹿らしくなってきたので、俺は考える事を放棄した。

 一花を抱き寄せて口付ける。

 本能に、あるいは感情に身を任せれば難しい事は何もない。

 互いに互いを感じ合う、ただそれだけなのだから。

 

 

 




ぅわちょぅι゛ょっょぃ

もうこのまま長女エンドでいいんじゃないかな……
というのは冗談でまだ続きます。
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