面白いけどクソ長いのに出会ってしまったら時間を取られちゃいますね。
放課後の校内は校舎の内外問わずに活気があった。
そこにはいつも部活動に精を出す生徒はもちろん、普段は帰ってしまう生徒の姿もある。
常とは違う賑わいには当然理由がある。
十月の半ばに執り行われる旭高校の学園祭――日の出祭の準備が始まったのだ。
「放課後なのに賑わってるねー」
「まだ一ヶ月以上あるのに、随分な気合の入れ様よね」
「でも楽しみ。去年は準備に参加できなかったし」
中野姉妹は外で看板等の制作に着手する生徒を窓から眺めていた。
フルメンバーではなく、二人が欠けた三人の状態だ。
休学中の一花は当然おらず、五月は放課と同時にどこかへ行ってしまった。
「あーあ、これであれさえなければね……」
「そうだね、あれさえなければ……」
ため息を吐く二乃につられるように、四葉も微妙な顔をした。
二人の頭に浮かんだのは大学の入試判定。
一学期のものがもうすぐ返ってくるはずだった。
大学に行かない三玖からしたら、ご愁傷様という意見しか出てこなかった。
「二乃は結局大学行くんだ」
「そーねー、フー君とのキャンパスライフとか憧れちゃうわ」
「「それは絶対にない」」
三玖と四葉は口を揃えて言った。
風太郎と自分達では学力に差がありすぎて、同じ大学に通うなど夢のまた夢だ。
二乃は二人のツッコミに顔をしかめたものの、噛み付くことはしない。
非現実的な話だとは言った本人がよくわかっていたからだ。
「……学祭が終わったら受験まっしぐらなのね」
声には名残惜しむような響きがあった。
受験が終わる頃には、きっと姉妹の道も分かたれる事になる。
そう考えると、学園祭までの日常こそが残された猶予期間なのかもしれない。
「そういえば、うちのクラスって何やるのよ」
「どうなの、学級長?」
「うーん、どうなってるんだろ?」
クラスの取りまとめ役が何も知らないのであれば、それは何も決まっていないのと同義である。
学園祭の出し物について話し始めた三人に、廊下の向こうから歩み寄る人影。
「あ、ここにいたか中野――の四女!」
三年一組の担任だった。
苗字だけ呼ばれて疑問符を浮かべていた三人だが、直後の追加から用事は四葉にあるらしい。
とりあえず職員室に来てくれとの事だった。
学級長という立場上、こうして呼び出されるのも珍しい事ではない。
四葉は二人に別れを告げると、担任の後について職員室へ向かった。
そこでの話の内容はタイムリーなもので、学園祭についてだった。
学級長二人が中心になって話を進めてほしい、担任はそう締めくくって話は終わった。
「「失礼しました」」
四葉と同時に職員室を出る生徒がいたようで、退室の声が重なった。
職員室の入口は二つあり、四葉がいる方とは反対側のドアから出てきたのは五月だった。
姿が見えないと思ったら職員室にいたらしい。
「五月も職員室にいたんだ」
「ええ、授業でわからない箇所があったので」
「私は学園祭のこと! 学級長が中心になって色々決めてくれって」
「そういえばまだ何も決まってませんでしたね」
学祭の出し物となると、教室での展示や発表以外では模擬店が主流だろうか。
焼きそば、たこ焼き、フランクフルトにからあげ――
五月の頭に浮かんだのは食べ物ばかりだが、学祭といえば屋台なので間違いではないのだ。
溢れそうになるよだれを抑えつつ、ふとある事に気づく。
「あれ、学級長といえば上杉君もですか?」
「あー、こういうイベントって上杉さん的にはどうなんだろうね」
なにしろ青春の大半を勉強に費やし、それ以外を切って捨てるような言動の持ち主だ。
それを考えれば、学祭前の浮き足立った雰囲気に苦言を呈しそうではある。
しかし、最近になってその風太郎が変わりつつある事を五月は知っている。
そうでなければ、自分から遊びに誘おうとするはずがないのだ。
「大丈夫、きっと彼も楽しんでくれますよ」
「そっか……うん、そうだね!」
「じゃあ、私はこれで失礼します。もうすぐ塾のお手伝いなのです」
「頑張ってねー!」
五月を見送った四葉は、クラスメイトの意見を聞くために教室に向かった。
しかし教室からは話し声の一つもなく、静まり返っていた。
もうみんな帰ってしまったのかもしれない。
覗き込むと、他に誰もいない教室に一人、机についてノートを広げる風太郎の姿。
傾きつつある日の光に照らされたその横顔は、四葉の胸を締め付けた。
『四葉は四葉の幸せを見つけなきゃ』
一花の言葉が頭に浮かぶ。
姉妹の幸せが自分の幸せ。
そのはずなのに、四葉が幸せについて考えるとどうしても風太郎の顔が浮かんでしまうのだ。
「四葉、何やってるんだお前」
「――っ」
ドアの陰に身を隠していたつもりだったが、リボンが窓の部分から飛び出ていた。
頭隠してリボン隠さずというやつである。
観念した四葉は、おずおずとドアの陰から姿を現した。
「何か用か?」
「えっと……」
担任からは、学園祭については学級長二人が中心になって取り組むように言われている。
それでも、放課後に居残って勉強をする風太郎の邪魔をする事は気が咎めた。
迷惑をかけるぐらいなら、このまま自分だけで話を進めた方が良いのかもしれない。
四葉の頭にそんな考えがよぎった。
『大丈夫、きっと彼も楽しんでくれますよ』
しかし先程の五月の言葉が背中を押してくれた。
夏休み中にも、風太郎は海にプールに花火にと、以前なら避けていた事にも参加している。
それならば、この最後の祭りも楽しんでくれるはずなのだと。
「実は、学園祭のことでお話がありまして」
「ああ、先生から聞いたか。なら早速行くぞ」
「はい?」
「今は少しでも時間が惜しいからな」
ああ、やっぱりと、四葉の心中は申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
風太郎はやはり勉強を優先しているのだと。
他の事に割く時間を惜しんでいるのだと。
受験生なので当たり前だし、非難する正当性はない。
わかっていたはずの事ではあったが、少し悲しかった。
「そういうことならば私にお任せを! 上杉さんはどっしり構えていてください!」
「は?」
「それでは、私はこれで――」
この場から立ち去ろうとした四葉だったが、それは叶わなかった。
逃がすまいと、風太郎がその手をしっかりと掴んでいたのだ。
今までの経験からだろうか、その動きは迅速だった。
「待て、勝手に話を進めるな」
「心配しなくても、準備の方は私が――」
「いいから聞け!」
その一喝に四葉は口をつぐまざるを得なかった。
逃げ出す意思がない事を確認すると、風太郎は手を離して語り始める。
「これは俺達にとって最後の学校行事だ。だからこそ精一杯、徹底的に楽しむと決めた!」
「無駄になんかしてたまるか。そのための時間はいくらあっても足りないんだからな」
ここに至って、四葉はようやく風太郎の言葉の意味を理解した。
風太郎が惜しんでいるのは勉強のための時間ではなく、学園祭の準備に充てる時間なのだと。
少し照れくさそうにしている横顔に、暖かい感情が心を満たしていく。
「早速だが聞き込みに行く。頼りにしてるぞ、四葉」
「任せてください!」
緩んだ心の蓋から漏れ出る想いのまま、四葉は笑った。
「とまぁ、今日はこんなところか」
「じゃあまた後日ですね。みなさん、次もよろしくお願いします!」
俺達学級長の言葉で、放課後の集会は締めくくられた。
黒板には先日四葉と共に調べた人気メニューと、それを叩き台に発案されたメニューが並ぶ。
クラスの反応を見る限り、有力そうなのは二つ。
二乃が推す不動の人気一位のたこ焼きと、三玖が発案した前例のないパンケーキ。
前者は男子、後者は女子に受けが良かった。
ここまで意見が出揃えば、初回としては上々だろうか。
「中野さん、ちょっといいかな」
「私も聞きたいことがあるんだけど」
「うちの部でこんなの出したいんだけど、大丈夫かな?」
終わった途端、四葉はクラスメイトに集られていた。
学園祭に向けて音頭を取る学級長という立場を考えれば無理からぬ話か。
それはそうと、俺のところには誰も聞きにこないのが疑問でならないが。
「人望ね」
「人望だと思う」
「おい、俺は別に何も言ってないんだが」
いつの間にか左右に立っていた二乃と三玖が声を揃えて言った。
なんでこいつらは俺の考えている事を見透かしてくるのか。
悩みの大半が食べ物関連な五月ならともかく、そんなにわかりやすいはずがないのだが。
「それよりも二乃、ちょっと近すぎ」
「どの口が言ってるのよ。あんたこそ離れなさい」
「やめれ、お願いだからやめれ」
俺を挟んで火花を散らす二人と、ここにはいない一花にはある共通点がある。
それは俺の口から語るのは憚られるような内容なのだが、夏休み中のある出来事によってそれが三人の間で露見して以来、俺は若干……いや、かなり肩身が狭い思いをしている。
自業自得と言ってしまえばそれまでなのだが、だからと言って三人が離れていくわけではないし、愚かしい事に俺もそれを望んでいない。
この関係にどう決着をつければいいのか……それがいまいち定まらない進路と並ぶ俺の悩みだ。
それ以外にも五月の事だってある。
上三人との関係が示す通り俺はもうどうしようもないやつなのだが、それを理由にあいつを突き放そうとしても修学旅行でのやり取りが繰り返されるだけだろう。
あるいは限度を越せば五月も俺を見限るのかもしれないが、それを確かめる気は起きなかった。
いっそあいつの事も……いかんいかん、何を考えている。
「そういえばフータロー、今日はどっちのバイト?」
「ご愁傷様、今日は私とよ」
「む~~」
「……」
先に述べた通り、この問題に関しては俺の発言権、というかその有用性は著しく低い。
諍いの元凶が口を出そうとしたところで、どの口案件なのである。
よってちょっとした制止じゃ二人は止まらず、一部のクラスメイトの視線が痛くなる。
……俺に人望がない理由の一端はここにあるのかもしれない。
「ふー、おまたせ」
「お疲れ様」
「ちょっと働きすぎなんじゃない?」
しかし切り替えは早いので、あまり後には引きずらない事はありがたい。
二人の関心は、ようやくクラスメイトから解放された四葉に向いた。
こんな関係になっても、姉妹を思いやる気持ちは健在なのだろう。
「最後のイベントですもんね」
四葉がこちらを見上げて微笑む。
その言葉は、きっと俺が先日こいつに語った事と無関係ではない。
きっとこいつは純粋に俺が楽しむ事を望んでくれているのだ。
「一ミリも悔いの残らない学園祭にしましょう!」
だからその言葉に若干の照れと安らぎを感じても仕方がない……という事にしておこう。
「というわけで、うちのクラスも学園祭へ向けてようやく動き出したところだ」
「へぇ、受験近いからって消極的な子もいそうなものだけど、案外大丈夫そうだね」
「気にしてるやつもいないわけじゃないけどな。五月とか」
「ところでフータロー君は?」
「実は一学期の入試判定が返ってきたんだが……」
「あー、はいはい。いつものパターンね」
「ちっ」
俺の手口はもう中野姉妹には通じないようだ。
国公立の難関大学を想定した判定は文句なしのAだった。
一花の呆れた視線は気になるが、これは同じ事を繰り返しすぎた俺の落ち度だろう。
「それにしても、ちょっと抱えすぎじゃない?」
「どの口が言ってやがる。それはお前も同じだろうが」
自分の勉強に加え、家庭教師にその他のバイト、一花との撮影に学祭の準備。
過積載な自覚はあるが、それぐらいやってのけなければこいつの覚悟とは釣り合わない。
共に歩むと決めた以上、妥協する気はなかった。
「ふふ……一緒に地獄を、かぁ」
「なんだよ」
「あれってある意味プロポーズみたいじゃない?」
「……馬鹿言ってないで先進めるぞ」
「あ、思い出し照れ?」
「うるせー」
例によってニヤニヤしだした一花だが、教科書を丸めて叩いてやるとすぐに勉強に戻った。
切り替えが早いようで結構。
「そういえば四葉とは?」
「何故ここであいつの名前が出る」
「えっと、同じ学級長だしどうなのかなーって」
「そんな心配しなくても特に問題はねーよ」
「ふーん……問題なし、ね」
こいつの心配がどこにあるのかは分からないが、四葉はうまくやっている。
率先して動くし、クラスメイトとの関係も良好だ。
そのコミュニケーション能力を少し勉強に割り振って欲しいとは常々思っているが。
「お疲れさん。今日の撮影は終了だ」
「終わったぁ~」
タイマーが鳴ると同時に一花は机に突っ伏した。
まだ交通機関が動いているので、俺も早く帰りたい。
しかし、本当の正念場はここからなのだ。
一花の手が、部屋から出ていこうとする俺の手を絡め取るかのように掴んだ。
「ねぇ、せっかくだしもう少しだけ話さない?」
頷けば最後、俺は帰れなくなる。
ここに俺と一花の攻防が始まった。
「というわけで、デートに行きましょう!」
「は? 駄目だが」
次の日の放課後の事だ。
人もまばらになった教室で、四葉がそう切り出してきた。
なんだか懐かしさを覚えるやりとりだった。
つい反射的に返答してしまったが、俺の予定を考えるとこれが正しい。
何故なら今日は久々のボーナスタイムなのだ。
家庭教師もバイトもなく、一花との撮影もない。
学園祭についての話し合いは、参加できないという者が多かったため今日は見送った。
つまり、久々に自分の勉強だけに打ち込める……!
俺の容赦ない切り返しに唖然としていた四葉だったが、立ち直るとそそくさと離れていく。
そして教室の出口で二人の女生徒と何やら話していた。
あの二人、たしか椿と葵だったか。
まとまっている事が多いので、もうセットで覚えてしまっていた。
「えー、本日はお日柄もよく? つきましてはおデートなどいかがでしょうか?」
「いや、駄目だが」
今度は謎に口調が変化していた。
おデートってなんだ、おデートって。
雑に頭に『お』を付けただけで敬語のつもりらしい。
というか途中に疑問符を挟むんじゃない。
ハテナを浮かべたいのはこっちの方だ。
またしても俺に撃退されて、四葉はあの二人のところに逃げ帰っていった。
まさかとは思うが、変な事を吹き込まれているんじゃないだろうな。
「えーっと、ちょっと説明不足でしたかね?」
「いきなりというわけでとか言われて、事情を把握できるやつは少ないだろうな」
「たしかに!」
納得してくれたなら結構。
荷物をまとめて教室を出ようとしたが、四葉がなおも立ちふさがった。
「上杉さん!」
「なんだよ。デートなら行かないぞ」
「実は、学園祭のことで少し相談が……」
「……わかった。帰りがてら聞こう」
どうやらやっと本題らしい。
何故あそこまでデートという言葉に拘っていたのかはわからないが。
ともかく、俺は四葉を伴って家路につくのだった。
「なるほど、要はリサーチか。それを先に言え」
「すみません……」
事の発端はクラスメイト――椿と葵の二人との会話だったのだという。
女子同士の会話など俺の想像の及ぶところではないが、今は学園祭の準備期間だ。
当然話題もそっちに流れていったのだろう。
『学級長! うちのクラスのメニューはどうなるの?』
『候補は絞れたけど複数あるし……うーん、やっぱり最後は投票かなぁ?』
『多数決かー、どうせならリサーチしときたいよねー』
『あ、わかる。せっかくだし美味しいお店のを参考にしたいよねー』
という流れだったらしい。
それならばあの二人と行けばいいと思うのだが、折悪しく用事があったのだとか。
そこで白羽の矢が立ったのが同じ学級長である俺。
『ええっ、上杉さんを誘うのは恐れ多いというか、忙しいのに時間を割いてもらうのは……』
『大丈夫! これも立派な学級長の仕事だからさ』
『そーそー、きっとわかってもらえるよ!』
『……そうですね! なんだかいける気がしてきました!』
『その意気だよ!』
『じゃ、デート頑張ってー』
『へ? デート?』
『うん、デート』
『あー、確かにデートだね』
『あわわわわ……』
『『デート、デート!』』
その後は、デートを連呼されてなんだか頭に焼きついてしまったのだとか。
うんまぁ、単純なこいつらしいとは思うが、後であの二人には文句を言っておこう。
それはともかくとして、事前のリサーチの必要性については一理ある。
俺達学級長は中立のため投票権がない。
だからといって、座して構えているだけで良いという話ではないのだ。
どのメニューに決まってもいいように準備しておけば、その後の進行もスムーズになるだろう。
早い話が予習だ。
「よし、ならどこから行く?」
「え、一緒に来てくれるんですか?」
「徹底的に楽しむと言ったはずだぞ」
「でしたね! じゃあ行きましょう!」
言うや否や、四葉は俺の手を掴んで走り出す。
その後ろ姿に、六年前のあの子の姿がダブった、
その事に少し安心する。
時が経っても変わらないものはあるのだと。
「はぁ、はぁ……四葉、お前、俺を殺す、気かよ……」
「すみません、ついうっかり我を忘れてしまいました……」
ついうっかりで駅一つ分の距離を走らされては堪ったもんじゃない。
しばらく膝に手をついて息を整える。
どうにか落ち着いたので顔を上げると、とある店の看板が目に付いた。
デフォルメされた赤い八本足の軟体生物。
その足の一本に、茶色い液体がかかったきつね色の球体を爪楊枝に刺して持っている。
平たく言えばたこ焼き屋だ。
「四葉、ここは?」
「ここら辺でおいしいたこ焼きといえばこのお店なんだとか。このクチコミを参考にしました!」
高々と掲げられたスマホの画面を確認すると、何やら見覚えのあるハンドルネーム。
『M・A・Y』
……要するに、五月のお気に入りの店らしい。
まぁ、あいつの評価なら間違いはないだろう。
「この方のレビューはこの付近のお店のものが多いんですよ。案外ご近所さんなのかも」
ご近所さんどころか、同居している事を知らせてやったらどんな顔をするだろうか。
それはともかくとして、まずはこのたこ焼き屋だ。
リサーチが目的なので何かを注文しなければならない。
「いらっしゃいませー」
店内に入りメニューとにらみ合う。
オーソドックスなソースたこ焼きはいいとして、ここで見るのはそのアレンジだろう。
見ればネギを散らしたりチーズをかけたりと、俺にとっては未知の世界が広がっていた。
鰹節をうねうねさせるだけでは時代遅れだという事だろうか。
「上杉さん、どれにします?」
「じゃあこの明太マヨってので」
「あ、じゃあ半々でセットになってるやつの明太マヨとネギ塩でお願いします」
数分待つと出来たてのたこ焼きがパックされて出てきた。
店を出て移動しがてら、俺と四葉は同時に明太マヨたこ焼きを頬張る。
そして火傷しないように空気を取り込みながら咀嚼。
「なんつーか、シンプルにうまいな」
「んー、明太子のプチプチがアクセントになってますね。辛味とソースの甘味がマヨネーズでマイルドに調和していい感じです!」
語彙の差が酷かった。
なんなら俺の感想は小学生の作文じみていた。
というかこいつはなにか、食レポでも生業としているのだろうか。
勤労感謝の日に一緒に入ったレストランでも思ったが、普段よりも知性が数段アップしているような気がする。
次に、ネギ塩たこ焼きを口に放り込む。
「なんかよくわからんがうまい!」
「こちらはネギのシャキシャキの食感がいいですね! 辛味とごま油の風味が合わさって爽かな仕上がりです!」
なんかもう完敗だった。
別に勝負をしているというわけではないのだが、俺の感想が参考になるとは思えなかった。
こんな様ではリサーチという観点で足を引っ張りかねない。
これは明らかな人選ミスだ。
「上杉さん」
「ん、なんだよ」
「まだまだ行きますよ!」
「……そうだな」
それでも、笑顔一つでどうでも良くなってしまうあたり、俺はなんとも現金な人間だ。
「あんこにクリームチーズ……ありですね!」
「まぁ悪くない」
「ん~、このタピオカのモチモチがたまりませんね!」
「んぐっ、下手に飲んだら喉に詰まらせそうだな……」
「このフランクはお肉の挽き具合が絶妙ですね!」
「うめぇ」
「ちなみに上杉さんは、焼きそばはソースと塩とあんかけのどれ派ですか?」
「うまけりゃどれでもいい派」
という具合にたい焼き、タピオカティー、フランクフルト、焼きそばと色々回った。
全て某有名レビュワーのおすすめの店である。
……もう五月に全部感想を聞いた方が早いのでは?
などと思わなくもないが、あいつはあいつで勉強を頑張っている。
水を差すのは野暮ってやつだろう。
「時間的に次で最後だな」
「うーん、押印矢の如しというやつですね」
「光陰だ光陰。判子押してんじゃねーよ」
ついでに言えば光陰矢の如しとは、もっと長い目で見た時間の経過に対して使う言葉だ。
決して一日の範囲で収まる時間経過に使うものではない。
「着きました!」
「この店は?」
「専門店ではないんですけど、パンケーキのメニューが充実しているそうなのです」
最後に訪れたのはとある喫茶店だ。
三玖発案のパンケーキは俺達が調べたデータにはなかったため、どんなものがあるかメニューだけでもしっかりと確認しておく必要があるだろう。
テーブルに着いてメニューを開くと、パンケーキの項目は数ページに跨っていた。
看板メニューというやつなのだろう。
トッピングの違い、生地の違い……とにかくバリエーション豊かだ。
「……」
「どうした?」
「いえ、少し懐かしくて。昔よくお母さんが作ってくれたんです」
中野姉妹が母親と貧乏なアパート暮らしをしていた時、よくおやつとして出てきたのだという。
こいつらに言わせれば、それがお袋の味というやつなのだろう。
三玖もそれを思い出してパンケーキという案を出したのかもしれない。
思う所があるのか、この時ばかりは四葉の食レポも控えめだった。
「今日は充実した食べ歩きでしたね!」
「まったくだ。充実しすぎて財布の中身が瀕死だぞ」
店を出る頃には、空が暗くなり始めていた。
参考書や問題集を買う代金から捻出した資金も底をつき、いよいよ帰り時だ。
「今日はありがとうございました」
「いい、これも学級長としての仕事の範疇だろ」
だからデートではなかったのだと、自分に言い聞かせる。
そうしないと心が浮き足立ってしまいそうだった。
そんな精神状態では、何をしでかしてしまうかわからない。
他の姉妹ならともかく、こいつには間違っても手を出すわけにはいかないのだ。
「……楽しい学園祭になるといいですね」
「なるといいじゃなくて、俺達がそうすりゃいいんだよ」
「ふふっ、ですね」
だから、そんな風に穏やかに笑いかけないで欲しい。
夕日に照らされた四葉の笑顔は、俺の心をどうしようもなく揺さぶった。
そして気がつけば、自然に四葉の手を取ってしまっていた。
「あの、上杉さん……これは?」
「いや、その……なんだ?」
離れたくない、帰したくない。
俺の中で青臭い衝動がそう騒ぎ立てる。
これを素直に吐き出せればどんなに楽だろうか。
「せっかくだし、最後にあそこに寄らないか?」
「なるほど、いつかのリベンジというわけですね!」
高台の公園で、二人並んでブランコを漕ぐ。
勢いをつけたブランコから飛び出して、どちらの飛距離が勝っているか。
口実としてはなんでも良かったのだが、四葉の言うとおりリベンジというのも悪くない。
そうと決まれば、重心の動きを利用してブランコを加速させていく。
以前は勢い余って一回転してしまったが、今の俺は違う。
十分にスピードに乗ったブランコから飛び出して着地する。
少々たたらを踏んでしまったが、飛距離は十分。
「――っとと……どうだ!」
「やりますね! でも私も負けませんよっ――」
勢い良く四葉がブランコから飛び出す。
さすがの運動神経だ。
飛び出した瞬間、俺は自分の負けを察してしまった。
つーかなんだあいつ、鳥人間かよ。
いくらなんでも飛びすぎ――
「――馬鹿っ、四葉!」
「え? あっ――」
ブランコの正面は柵で区切られており、その向こうに足場はない。
もし勢い余って飛び越えてしまえば、軽い怪我では済まないだろう。
そんな事をごちゃごちゃと考えながらも、体は動いていた。
飛び込んでくる四葉を受け止めるために、柵の前に陣取る。
「ぐっ――」
どうにかキャッチしたはいいが、柵に背中を強かに打ち付けてしまった。
痛みで声が漏れる。
四葉は……無事か。
「だ、大丈夫ですか!?」
「この馬鹿、怪我したらどうする」
「うっ……ご、ごめんなさい」
「俺はちょっと打っただけだ。怪我は?」
「私はなんとも……あの、本当になんともないんですか?」
「だから大丈夫だって」
「良かった~~」
良かったと言いたいのはこちらだ。
安堵のあまり強く抱きしめていたらしい。
気づいた時には、四葉は俺の腕の中で押し黙っていた。
やってしまったと思う反面、これでいいのだと思う自分もいた。
俺がどんなに心配したか思い知らせてやるのだと。
自分の事を顧みないこいつには、これぐらいで丁度いいのだ。
「風太郎、君」
だから、耳元のか細い声も聞こえなかった。
……そういう事にした。
「それでは私はここで失礼します!」
「ああ、明日からもよろしく頼むぜ」
風太郎と別れた後、四葉は家路の途中で立ち止まり、空を見上げた。
赤色は徐々に薄らぎ、星より一足先に月が顔を出している。
胸の奥では心臓が未だに騒いでいる。
それを抑えようと胸に手を当て、しかしすぐに手を下ろした。
「もう、無理だよね」
学園祭のためのリサーチ。
そこに間違いはなかったが、同時にただの口実に過ぎない事はもう誤魔化しようがなかった。
食べ歩きの最中、四葉の頭の中から姉妹の事はすっかり消えていた。
もちろん、それを責め立てようとする者はいるはずもない。
ただ一人、本人を除いては。
しかし今の四葉にはそれができなかった。
『四葉は四葉の幸せを見つけなきゃ』
「……私の、幸せ」
思い浮かべた光景には、風太郎の笑顔があった。
他の姉妹の幸せと相反する事は間違いない。
それを押しのけてまで自分の想いを貫く覚悟があるのか。
「……よし、頑張ろう!」
自問自答の末に、四葉は答えを導き出した。
スタート地点は遅れてしまったかもしれないが、もっと頑張って――
頑張って頑張って頑張って頑張って頑張って――
そして、誇れるような自分になった時にこの想いを伝えるのだと。
あの日交わした約束から少し形が変わってしまうかもしれないが、今まで頑張り続けていた風太郎の隣に並べるような人間になるのだと。
そうしたらきっと、姉妹にも認めてもらえるはずなのだ。
「学園祭、絶対成功させなきゃね……うん!」
心に蓋をしている暇なんてない。
情熱を糧にして前へ前へと走り続けるのだ。
「風太郎君……待っててね」
――その果てにある自分の幸せへと。
四葉! 食べ歩きデートとかいう妹の領分を奪う悪い姉!
というわけで、色々フラグを撒きつつの四女とのデートでした。
最大の山場はもうちょい先なんでまだ色々あるかなと。
今回お株を奪われた五女は次あたりで出番があると思います。