具体的に言うと、元々一つの話の予定が前半部分が思ったより長くなったので分割しました。
というわけで今回は次女の話になります。
「参ったな……」
「困りましたね……」
放課後の教室にて、俺と四葉は揃って腕を組んで首を捻った。
目の前の黒板には、たこ焼きとパンケーキの文字がデカデカと存在を主張している。
その横に添えられた『正』の字は、二つの案にそれぞれどれだけ賛同者がいるかを示している。
奇しくもその数はぴったり同じだった。
「今日も平行線だったな。流石にそろそろ決めないとヤバいか」
学園祭の屋台のメニューを決める放課後の話し合いは、発案までは順調だった。
しかしその後、案を絞る段階で問題が生じた。
主に男子が推すたこ焼きと、主に女子が推すパンケーキでクラスが二分してしまったのだ。
それ以降、数日に渡って状況は膠着している。
日本人らしく民主的な多数決という解決法も、票が同数では意味がない。
そうなれば残るはひたすら話し合うしかないのだが、どちらも退かずに今日に至る。
「二乃の言うとおり、どっちもやるしかないんですかね」
「一応、それは可能みたいだが……」
『あーもう! こうなったらどっちもやるしかないわ!』
先程の話し合いは二乃の宣言によって締めくくられた。
いっこうに歩み寄らない男子と女子に業を煮やしたのだろう。
二乃自身は発案者のためたこ焼きへの支持を変えるわけにはいかず、旗頭の様に扱われていた。
一方パンケーキ派は同じく発案者である三玖を担ぎ出しているため、まるで二人が対立するような構図になってしまっている。
今更こんな事で姉妹仲が悪化するとは思えないが、心配は心配だ。
「なんにしても、俺達はどう転んでもいいように準備しておくぞ」
「了解です!」
どちらかに決まるならそれで良し。
両方やる事になったとしても、予算は絞られるが対応可能だ。
初動が遅れている分、決まった後にすぐ動けるように手配が必要だろう。
それは他ならぬ俺達学級長の仕事だ。
「あの、上杉君」
「ん、なんだ?」
遠慮がちに話しかけてきたのは五月だ。
続きを待つが、中々次の言葉が出てこない。
このタイミングで話しかけてくるという事は、学園祭に関する話題かもしれない。
形式として五月はパンケーキ派にいるが、他の女子ほど強硬姿勢ではない。
食べ物に関してこだわりがあるこいつが働きかけてくれれば、女子の態度も和らぐだろうか。
「その、実は――」
「上杉君、ちょっといい?」
ようやく口を開いた五月だったが、折悪しく別に話しかけてくる女子達がいた。
その三人の姿に見覚えはあるが名前が浮かんでこない。
ただ、二乃の事を面白くなさそうに見ていた事は印象に残っていた。
「悪い、五月の方が先だ。ちょっと待っててくれ」
「いえっ、私は全然後でも構いませんので!」
さっきまでのモタつきが嘘だったかの様に、五月はそそくさと去っていった。
話しかけてきた女子達も、少々気まずげにしている。
邪魔をしてしまったとでも思っているのかもしれない。
「ごめん、タイミング悪かったかな」
「いや、いい。それよりも話は何だ?」
「ここじゃちょっと……」
三人は周囲を、というより四葉を気にしていた。
とりあえず場所を変えたほうがよさそうだな。
「四葉、悪いが後は任せていいか?」
「私は大丈夫なので、お気になさらず相談に乗ってあげてください」
むしろ笑顔で送り出されてしまった。
それは結構なのだが、しきりに感じ入るように頷いているのが気になる。
俺がこうやって相談を受けるのがそんなに珍しいのだろうか。
……うん、実際珍しいな。
新年度に入った直後は、中野姉妹を見分けられるという事でそれなりに声をかけられていたのだが、クラスが変わってもう半年弱だ。
流石に姉妹の見分けがつかなくなるやつはほぼいなくなっていた。
顔じゃなくてアクセサリーを見ろと、俺が散々言ったのが功を奏したのだろう。
これが互いの変装を始めたら話は別だろうが、今の所そんな面倒な事態は起こっていない。
そうなれば人望のある、もとい取っ付きやすい方に流れていくのが自然というもの。
四葉は晴れて頼れる学級長として活躍しているというわけだ。
なので、俺がこうやって名指しでクラスメイトに声をかけられるのはレアケースなのだ。
頑張ってください、などと声をかけてくる四葉を背に教室を後にする。
お前は俺の保護者か。
「ここらでいいか……で、俺に話とは?」
「うん、学園祭の事なんだけど――」
人気のない校舎の外れの昇降口。
そこに陣取って三人と向かい合う。
学園祭の事という切り出しだったが、要するに問題にしているのは二乃の事だった。
俺に声をかけたのも、姉妹である四葉に対して言うのは気が引けたからだろう。
「女子なのにあんなにたこ焼きを支持してるのって、何か理由があると思うんだけど」
「あいつも言いだしっぺだからな。自分の言った事に責任を持ってるのが一番だと思うが」
「本当にそれだけなのかな?」
思った事をそのまま伝えたが、それで納得はしてもらえなかった。
それにしても歯に何かが挟まったかのような物言いだ。
もしかすると、自分達の中である程度疑惑が形になってるのかもしれない。
それを引きずり出してもいいが、藪をつついて蛇が飛び出してくる場合もある。
今のデリケートな状況を考えると、なるべく穏便に済ませておきたいところだ。
「わかった。二乃の方にはそれとなく話を聞いてみよう」
「ごめんね、忙しいのに時間取らせちゃって」
「気にするな。これも学級長の仕事だ」
事態の解決ではなく、とりあえずの引き伸ばしといったところか。
しかし下手にこじらせて正面衝突されても困る。
なんせ二乃は直球勝負を得意としているので、相手が真正面からぶつかってきたらそれ以上の力で対抗するだろう。
創作では殴りあった結果友情が芽生えるなんて展開もあるらしいが、それを期待するのは楽観に過ぎると言わざるを得ない。
大抵の場合は確執が深まっておしまいだろう。
本音を互いに吐き出してぶつかり合うのは、色んな意味で最終手段なのだ。
ここは言った通り、二乃の考えも確認しておくべきか。
あいつの事だから、話し合いの場で言った以上の思惑はないと思うが。
三玖との事も気になるので、早いうちに声をかけておきたいところだ。
さて、まだ校内にいるだろうか。
「妙な事になったわね……」
「うん、本当にね」
校内にあるトラック外周の観戦席に、二乃と三玖は並んで座っていた。
話題は未だに決まらない屋台のメニューについてだ。
クラスはたこ焼きとパンケーキで二分され、二人はそれぞれの旗頭に担ぎ上げられていた。
互いに言いだしっぺなので仕方ないと受け入れているが、当然本意ではない。
なんだったら後悔すらしていた。
「ごめん、私がパンケーキなんて言い出さなければ……」
「全くね。なんであんなこと言い出したのよ」
「フータローがね、私のパンを食べてお母さんのこと思い出したって言ったんだ」
「なるほど、それでパンケーキ」
風太郎が言うところのお袋の味は、中野姉妹にとってはパンケーキになる。
もちろん、それは二乃もよく覚えている。
むしろ、そのパンケーキが今の二乃の原点と言っても過言ではない。
「でもアレ、ふわっふわに作るの本当に難しいんだから」
「やったことあるんだ」
「パパにパンケーキ食べに行きたいって言っても連れて行ってもらえなかったしね」
「でも、それで自分で作ってみるってなるのはすごいかな。さすが二乃って感じ」
「……まぁ、そうね」
しかし実のところ、二乃がパンケーキ作りに着手できたのは、家に器具や材料、レシピ本も含めて全てが揃っていたからだ。
それも自分で用意しなければならないとしたら、きっと二の足を踏んでいただろう。
「それにしても、さっきの話し合いでは随分きっぱり言ったね」
「陰でコソコソするよりマシでしょ」
「でも、面白くなさそうに二乃を見てる子もいたし」
「ま、恨み言の一つや二つは言われるかもねー」
三玖の言う事には心当たりがあった。
二乃の頭に三人の女子の姿が浮かぶ。
理由はともかくとして、男子の側にいる二乃が気に入らないようだった。
なんにしても直接文句を言ってくるのなら対抗するだけ。
二乃の答えは単純明快だ。
「お、ここにいたか」
「フー君!」
「フータロー!」
自分の想い人の姿を認めた二人の動きは素早かった。
すかさず駆け寄り、同時に胸に飛び込む。
風太郎は苦しそうな声を上げたが、どうにか倒れずに二人を受け止めた。
「お前らな、少しは加減してくれ」
「いやよ」
「やだ」
「なんでこんな時ばかり意見が一致するんだよ……」
左右の腕に抱きつかれて風太郎は困り顔だ。
しかし、その頬に赤が差しているのを二人は見逃さなかった。
気を良くして腕を抱く力をさらに強める。
色々と柔らかい感触に内心悶えていた風太郎だったが、顔を上にそらしてどうにか耐え抜いた。
その代償として、二人が満足して解放される頃にはすっかり疲弊していたのだが。
「まぁ、お前らが仲違いしてないようでとりあえず安心した」
「なんでそんな話になるのよ」
「私と二乃がリーダーみたいになってるからでしょ」
「ああ、そっか」
二乃は手を打って納得した。
周囲がどうだろうと、担ぎ上げられた当人たちの間には対立意識は毛ほどもなかった。
互いに面倒な事になったとは思っているが、それだけだ。
そんな事よりも、わざわざ心配して様子を見に来てくれた事の方が重大だ。
夏休みからめっきり軟化した風太郎の態度は、中野姉妹の心を揺さぶってやまないのだ。
「お前が一人で男子の側にいるのも気になるしな」
「あら、もしかして嫉妬? 嫉妬なのかしら!?」
「アホ言うな」
「フータロー、大丈夫だよ。二乃が他の人を好きになっても私がいるから」
「ちょっと、何しようとしてるのよ!」
「キス、せっかくだし」
ヒートアップしそうな気配を感じて、風太郎は二人から距離をとった。
このまま二人の好きにさせていてはどうなるかわからなかった。
決して心情的に嫌というわけではないのだが、誰かに見られるリスクを考慮した。
「それじゃ、俺はバイトがあるからそろそろ」
「あ、そうだった。二乃、それじゃ」
その場を離れようとする風太郎の後を追って、三玖も階段を上がっていく。
今日は二人揃ってパン屋のバイトなのだ。
取り残された二乃は、自分も帰宅するために荷物を取りに教室へ向かった。
「にしても、たこ焼きとパンケーキでこんなに揉めるとはな」
「正直、ちょっと困ってるかな」
「言いだしっぺとはいえ、あんなに担ぎ上げられちゃな」
「私はともかくとして二乃はあんな性格だし、責任も感じてると思う」
「だよなぁ」
二乃の様子からは、やはりそんな深い事情があるようには思えなかった。
あの三人の心配は杞憂という事になるが、それを伝えたところで納得してもらえるだろうか。
武田や四葉のように、周囲の信頼を得ているやつの言葉なら信用するのかもしれないが……
これも長年周囲との関係を絶ってきた弊害というやつか。
「例えばだが、女子が一人で男子の集団の中に紛れていたら、それはどんな目的だと思う?」
「二乃のこと?」
「例えばと言ったんだが」
三玖は当然のように見破ってきた。
まぁ、例え話とはいえ、内容がストレートかつタイムリーなので仕方ないか。
「うーん……男子にちやほやされたいと思ってる、もしくは好きな人がいるから、とか?」
「違うな」
「うん、違うね」
一旦二乃という要素を省いて考えてくれたが、どちらも見当違いに思えた。
二乃は好きな相手にならともかく、不特定多数に媚を売るタイプじゃない。
そこらへんは十分に身にしみている。
好きな相手がたこ焼き派の中にいるというのもありえない。
何故なら俺は学級長で、どちらにも投票しない中立的な立場だからだ。
自惚れと取られるかもしれないが、二乃が俺に向ける感情に関してはこれまでで十分に、それこそあいつが体を張る事で分からされてきた。
「そんなに心配?」
「それもあるが、クラスの女子から相談されてな」
「むっ」
「やめろ、そういうのじゃないから」
三玖があらぬ疑いをかけてくる前に、とりあえず否定しておく。
むくれられたら機嫌を直すためと称して何を要求されるかわかったもんじゃない。
こと男女関係に立ち返れば、今の俺の立場は非常に弱いのだ。
「でも納得。女子だったら、たしかにそういう風に見る子もいるかも」
「そういうもんか」
「もし男子の中に気になる相手がいるなら、心配にもなるかもね。だって、二乃かわいいし」
ちなみに一卵性の五つ子という事情から、この発言は自画自賛につながってしまう。
顔が同じなので、姉妹をかわいいと褒めれば必然的にそれが自分に返ってくるのだ。
三玖は姉妹より自分を低く見がちだから、そんな意図がない事はわかっているが。
もしそれを指摘してやったらどんな反応をするだろうか――そんな悪戯心が湧いてきた。
ここ最近、中野姉妹の上三人にはやり込められているので、鬱憤が溜まっているのだ。
それを少し晴らさせてもらうとしよう。
「もしお前と二乃の立場が逆でも同じ心配をされてたろうな」
「そうかな?」
「そうだろ。だってお前もか、かわいいからな」
「――っ」
いかん、からかってやるつもりが照れが出てしまった。
一花が相手だったらカウンターを決められて終了だろう。
やはりこういう方面ではあまり口を出さない方が良いのかもしれない。
三玖は顔を真っ赤にしているが、してやったという気分にはならなかった。
「――ねぇ、フータロー」
「な、なんだ?」
「今日のバイト終わったらさ……しよ?」
そしてどうやら変なスイッチを入れてしまったらしい。
さて、ここは鋼の理性とやらの出番だろう。
こちらの手を掴んで上目遣いを駆使する三玖に対抗すべく、俺も気合を入れるのだった。
「で、入試判定が悪かったと」
「はい……全力で取り組んでいるはずなのですが、結果が思うようには出ませんでした」
二乃と五月は校内のベンチに並んで腰をかける。
二人は学校の玄関ではち合わせたのだが、そこで先日返ってきた入試判定の話になり、二乃の結果を聞いた五月が唸るだけの生物と化してしまったのだ。
それを落ち着かせるために、こうして移動してきたという次第なのだが……
「やっぱり、私には学校の先生なんておこがましいんでしょうか」
「フー君には?」
「相談しようとしたのですが、タイミングが悪くて」
「そ、なら早いとこ言っておいたほうがいいわよ」
勉強関連の話となると、二乃には的確な助言はできない。
ここは素直に風太郎を頼るのが正解だ。
しかし五月の歯切れは悪かった。
「まぁ、忙しそうにしてるし、言いづらいのはわかるけど」
「それはそうなのですが……なにより申し訳なくて」
五月の成績に対する評価は、風太郎の家庭教師としての評価につながる。
生徒がダメならば教師の方も失敗したという烙印を押されてしまう。
もちろん五月自身はそんな風には考えていないが、周囲や風太郎がどう受け取るかはまた別だ。
考えれば考えるほど、言い出しづらくなっていくのだ。
「とは言っても、他に誰に相談するのよ」
「先生からは一度親と相談したほうがいいと言われました」
「それこそありえないでしょ」
「そうは思いませんが、これ以上の心配をかけるのは気が引けるんです」
「は? 心配? あの人がそんな――」
二乃は思わず絶句した。
母を亡くした姉妹を引き取ったものの、無関心で不干渉。
会話も事務的なものばかりで、それこそ親子らしい会話をした覚えはなかった。
そんな二乃の父親に対する印象と、五月が言う心配という言葉は天と地ほどにかけ離れている。
「お墓参りの時に供えてあった花は、間違いなくお父さんのものです」
「そんなわけ……」
「目に見えなくても、ずっと私たちが小さい頃から気にかけてくれていた……最近そう思えるようになったんです」
「……」
否定したくとも否定しきれなかった。
二乃の頭の片隅に、なにか引っかかるものがあった。
何か大切な事のような気がするが、それが何かは判然としなかった。
「判定の方は、お世話になっている塾講師の方に相談してみようと思います」
「ちゃんとフー君にも言いなさいよ」
「うっ……わ、わかってますよ」
『なるほど、なんだか大変そうだね』
「そっちは? というか電話しちゃったけど大丈夫なんでしょうね」
『大丈夫だよ。残念ながら今日はフータロー君も来ないし』
その日の夜に、二乃は一花に電話をかけた。
近況報告という名目だが、誰かに話して気持ちの整理をつけたいところもあった。
直接話せれば良かったのだが、今日は帰って来れなかったらしい。
ホテルでゴロゴロしているという一花の声は、疲労を滲ませながらもリラックスしていた。
『それにしても、二乃がこうして電話をかけてくるとはねぇ』
「別にいいでしょ」
普段から顔を合わせているため、こうして電話での長話は珍しい。
なんだかんだで姉妹に頼られる事が多い一花だが、二乃には逆に世話になっている事が多い。
それは一花自身のだらしなさと、二乃の中野家のオカンとしての立場からくるものだろう。
中野姉妹は五つ子なのだが、一花と二乃はその中でも文句なしに姉にカテゴライズされる。
それゆえか、二乃が一花を頼るというのはあまりない。
『それで、二乃は何に悩んでるのかな?』
「……」
だから、近況報告が前置きであるという事には一花も気づいていた。
わざわざ電話をかけてきたのにはそれなりの理由があるのだと。
「……ちょっと、よくわからなくなったの」
二乃は父親に対する思いの丈を吐き出した。
引き取って不自由のない暮らしを与えてくれた事への感謝。
でもそれは、ただ体面を保つためだけにそうしていたのではないのかと。
姉妹に対してはあくまで無関心で、そこに家族としての情はないのではないかと。
「でも、五月はパパが私たちのことを気にかけてるって」
『うーん、私も五月ちゃんの言うことに賛成かな』
「……わからないわ。どうしてそう思えるのよ……!」
二乃は声に苛立ちを滲ませた。
それは一花や五月の意見を否定しきれないからだ。
そうできればこうして思い悩む必要もないのだが、何かが最後のところで引っかかっている。
それがわからないもどかしさが、こうして二乃の心を揺らし続けていた。
『学校を辞めることを話した時さ、最初に高校は卒業しておくべきだって言われたんだよね』
「そんなの、世間一般がそうしてるからとかそんな理由でしょ」
『そうかもしれないけどさ、その後に色々と聞かれたのがなんというか、まぁ――』
最終的には納得したものの、ただ黙って一花の退学を認めたわけではないらしい。
その理由と、したとしてこれからどうするのか。
現在の収入と、学校の時間を仕事に充てたとして収入がどの程度増えるのか。
有無を言わさぬ圧で、まるで面接みたいだったと一花は語った。
『あれってさ、結局のところ私を心配してくれてたのかなって思うんだよね』
「……」
『それとさ、フータロー君が私を雇うために用意したお金、あれってほとんどお父さんが出してくれたみたいなんだよね』
「え……?」
夏休みの後半、風太郎が資金を集めていたことは知っていた。
もちろん二乃も協力したし、それ以外にも様々なところから資金を借りたのも知っている。
しかし、自分の父親がそれに協力していたのは初耳だった。
『フータロー君には今までのボーナスだから好きにしろ、って感じだったみたいなんだけどさ』
「なによそれ、まわりくどい」
『あはは、だよね。なんかもう、めんどくさいよね』
そう思ったのは一花も同じなようで、面倒とまで付け加えていた。
二乃にしても、そうやって陰でコソコソするような理由がわからなかった。
そしてそれがまた気に入らない。
もっと堂々と、父親らしくしていて欲しかった。
『でもそういう不器用っていうか、素直じゃないとこ……誰かに似てると思わない?』
「……知らないわよ」
『ふわぁ……じゃ、私はそろそろ寝るね』
「一花」
『なぁに?』
「ありがと……おやすみ」
「むむむ……今回も進展なし」
「マズイな、そろそろ決めないと準備時間が心もとない」
今日も今日とて話し合いは平行線で、たこ焼きとパンケーキの票数に変化はない。
もう学園祭までの期間は二週間を切っている。
ここまで決まらないのならば、二乃の言うとおり両方やるしかないのだろうか。
予算も人員も二分されるが、ただ手をこまねいているよりは良いのかもしれない。
しかし、今のクラスの空気は少し問題か。
男女の間で隔意があるように思える。
全員が全員というわけではないのだが、見回せば目につく程度には明らかだ。
ほら、現にあの女子三人も――
「やべっ、忘れてた」
「はい?」
「ああいや、なんでもない」
女子三人には見覚えがあった。
先日二乃の事で相談を持ちかけてきたやつらだ。
あれから忙しさにかまけてすっかり忘れていた。
三人の視線の先には、やはりというか二乃がいる。
痺れを切らしてしまったのかもしれない。
首を傾げている四葉には悪いが、一旦抜けさせてもらおう。
「三人とも、少し時間いいか?」
声をかけると、全員頷いて応じてくれた。
さて、話をするにはどこがいいだろうか。
「四葉、フー君は?」
「えっと、ついさっき教室を出てったみたいだけど……あ、そういえば招待状どうする?」
「……ちょっと保留」
「私はいいと思うんだけどな、お父さん呼ぶの」
学園祭の招待状は学級長に頼めば必要なだけ用意してもらえる。
二乃も父親に送るために、前々から四葉に言い含めていた。
しかし時間が経つにつれてその決心も鈍り、どうせ来ないのならと結論づけようとしていた。
そんな矢先に先日の一花と五月の言葉である。
心を揺らされた二乃は、どうするべきかわからずにいた。
目標地点が定まってさえいればただ走るだけなのだが、今はそれが霞んでしまっている。
後一つ、何かの後押しがあれば答えが定まる。
そんな予感だけはあった。
「学級長、ちょっといいかー?」
「はいはーい!」
四葉は誰かに呼び出されて行ってしまった。
招待状の件はとりあえず後回しにするしかない。
それよりも今は風太郎の事だ。
先ほど例の三人と話しているのはしっかりと把握している。
二乃は教室の外に顔を出して廊下の様子を伺う。
廊下の向こうに見覚えのある後ろ姿――風太郎だ。
女子三人を伴ってどこかに向かおうとしていた。
三玖とは違い、二乃は風太郎が他の女子にうつつを抜かす可能性を心配していない。
自分達姉妹に言い寄られているのだから、他に目をやる暇なんて無いだろうと。
その程度には自分の容姿に自信があった。
しかし、あの三人は事ある毎に二乃を睨みつけてくる女子達である。
これがただ遠巻きに見ているだけなら無視するだけなのだが、風太郎を巻き込むのならそれは二乃にとっても看過できない事態だ。
陰でコソコソとされるのにも飽きたので、ここらで一言だけ言ってやろうかというわけだ。
無論、それが一言で済む保証はどこにもないのだが。
「それで、この前の件なんだが――」
校舎の外れの昇降口に陣取って、風太郎と女子三人は話し始めた。
この口ぶりだと風太郎の方から連れ出したようだ。
二乃はとりあえず様子を見ることにした。
「結論から言おう……二乃に他意はない。発案者だからたこ焼きを支持してるだけだ」
「でも、口ではなんとでも言えるよね」
「じゃあ逆に聞くが、一体お前らは何の心配をしてるんだ?」
「そ、それは……二乃ちゃんが男子の誰かを狙ってるんじゃないかって」
三人の内、長い髪の一部を後頭部でまとめた女子。
恐らくは、この件に関しては彼女が主体なのだろう。
二乃はやっぱりと内心でため息をついた。
それは自分が男子達の中にいて、どう見られているかをある程度理解しているからでもある。
要するに、気になっている相手が取られてしまわないかと心配しているのだ。
「もしそれが祐輔だったら、私に勝ち目なんてないよ……」
「俺は武田となら多少付き合いがある。それから言わせてもらうと、その心配はない」
祐輔に武田というと、もしかしなくてもこの春に風太郎に突っかかってきたあの男だ。
自分達から風太郎を奪おうとしたという認識があるため、二乃の武田に対する印象は良くない。
しかしクラス、というか学年の人気者であるのも事実なのだ。
よって彼女のように想いを寄せる女子も多いのだろう。
「え……わ、わかんないじゃん、そんなの!」
「それと、そもそもが勘違いだ。あいつの意中の相手はたこ焼き派にはいない。それは保証する」
「信じられない! なんで上杉君にそんなことがわかるの!?」
「学級長は中立だからな。投票権がないんだ」
「はぁ? 何それ意味わかんない!」
いまいち要領を得ない説明に、女子がヒートアップしていく。
ここらが潮時だろう。
このままうっかりいつものデリカシーのない発言が飛び出したら、暴言や拳が飛びかねない。
それはそれで風太郎の自業自得なのだが、それを冷静に見守れるかと言ったら話は別だ。
二乃は割って入るために身を乗り出そうとしたが、その前に風太郎が口を開いた。
「俺!」
「いや、だから何言って――」
「二乃の好きな相手は……お、俺だって事だ!」
女子三人が固まった。
二乃もついでにフリーズした。
周囲に隠しているつもりはなかったが、本人の口からこうもはっきりと言われてしまうとは。
風太郎は申し訳なさそうな顔をしているが、言いふらしてしまったと思っているのだろう。
たしかにもっと言い方があっただろうにと思わなくもない。
しかし、そんな不器用さが二乃は大好きだった。
『でもそういう不器用っていうか、素直じゃないとこ……誰かに似てると思わない?』
不器用で素直じゃなくて、娘ともどう接したらいいのかわからない。
それでも不器用なりに、気にかけていてくれたのだとするのなら。
たしかに一緒にパンケーキ屋に入ってはくれなかった。
しかしその後日、何故かリビングのテーブルに材料と道具一式、レシピ本が置いてあった。
ずっと引っかかっていたものが、ようやく取れた気がした。
「だからあいつとは仲良くしてやってくれ」
「う、上杉君……その、妄想は――」
「ちょっと待って! じゃああの噂って本当ってこと?」
「ああ、たしか学級長が五つ子全員と付き合ってるってやつ」
三人が一斉に風太郎を見て、そして距離を取った。
まるで女の敵を見るかのような目だった。
風太郎は頭を抱えていた。
「フー君!」
「に、二乃――んむっ」
二乃は風太郎に駆け寄ると抱きつき、有無を言わさずキスをした。
それも見せつけるように長く、深く。
論より証拠、百聞は一見に如かずということだ。
「悪いけど、こういうことだから」
「お、お幸せに……」
三人は退散していった。
これで少なくとも二乃に対する邪推は消え去るだろう。
その代わり学級長に関する噂の一部を補強してしまったのだが。
「おい、なんて事してくれたんだ」
「いいじゃない、別に」
「俺のイメージが崩れるんだが」
「崩れるほどいいイメージがあったと本気で思ってる?」
「ぐっ……」
人望のない学級長がその言葉を否定するのは難しかった。
周囲の風太郎に対する印象は、勉強ばかりしている変人、といったところだろう。
今ではそこに多少毛が生えた程度はプラスになっているかもしれないが、大きくは変わらない。
四葉に人気が集中していて、あまり目立っていないせいかもしれない。
「ね、今日のバイトは私と一緒だったわよね?」
「たしかそうだったな」
「ふふ、楽しみね」
バイトの時間と、その後の事を考えて二乃は笑みを漏らした。
次の日は休みではないとか、そんな言い訳はどうだっていい。
この炎を燃え上がらせたのだから、風太郎にはその責任を取ってもらわなければならないのだ。
「ねぇ、フー君……もう一回」
目を閉じて、キスの催促をする。
周囲に誰もいない事を確認すると、風太郎はそれに応じた。
学級長の噂は、尾ひれや背びれや事実がくっついて大変なことになってそうですね。
次こそは五女メイン……のはず。