意識して場面を抜いていますが、その補足は後に別視点でやる予定です。
『学園祭初日15時に教室に来てくれ』
メール作成画面に表示された本文の内容。
宛先のアドレスは五つ。
後は送信を選択するだけで用は済む。
しかし俺の指は中々動こうとしない。
六人で集まるなんてのは、今でこそ機会は減ったが決して珍しい事じゃない。
それなのにこんなに躊躇ってしまうのは、そこにいつもと違う意味合いがあるからだ。
俺はあいつらに、自分の想いを告げなければならない。
いつまでもこのままの関係ではいられないというのは、俺自身がよくわかっている事だ。
学園祭が終われば、いよいよ受験に向けて忙しくなる。
その前に何とかしておきたいと考えたのだ。
こんな半端な気持ちを抱えたままでは、受験勉強に身が入らない可能性がある。
あるいは、それでいいと開き直ってしまえば話は別なのかもしれないが。
とにかくずっと答えを待たせている身なので、どうにかしなければならない。
「……」
その思いはあるはずなのだが、やはり指が動いてくれない。
答えを出す――つまり、あの五人の中からたった一人を選ぶ。
選ぶなんて行為自体が傲慢なのかもしれないが、現にそういう状況になってしまっている。
頭の中に五人の顔が浮かんでは消える。
それに付随して呼び起こされる体の感触は、どうにか締め出しておいた。
「お兄ちゃん、どしたの?」
「うわっ」
不意に声をかけられて、メールが送信されてしまった。
いや、これでいいのかもしれない。
あのままでは、いつまでも送れていなかっただろうからな。
踏ん切りをつけてくれたらいはには感謝しておこう。
これで残る問題は一つ。
それは、ここに至って答えが全然定まっていない事だ。
……いや、本当にどうしよう。
『第29回、旭高校「日の出祭」開会式を執り行います』
体育館に設置されたスピーカーが学園祭の始まりを告げる。
まず手始めにオープニングセレモニーのため、ステージの幕が上がっていく。
照明とスモークの演出、その中から色違いの衣装をまとった女子五人が姿を現した。
音楽に関しては門外漢なのでよくわからないのだが、今時っぽい曲に合わせて歌い踊っている。
俺と四葉は会場の設営を手伝っていた関係から、舞台袖からそれを見守っていた。
「わー、二乃かっこいい!」
「あいつよく参加したな……」
女子五人ユニットのセンターは二乃だった。
どういうわけかアイドルのようなことをしていた。
オシャレ好きでも、目立ちたがりではなかったはずなのだが。
俺達は事前に知っていたが、五月や三玖は驚いているだろうか。
「ついに始まりましたね」
「ああ、なんとかここまで漕ぎ着けたわけだ」
「三日間、精一杯頑張りましょう!」
四葉の屈託のない笑顔。
今更ながら、これに支えられてきたのだと自覚する。
かつても今も、俺はこいつから大きなものを受け取っている。
それこそ、多少勉強を教えた程度では返しきれないほどに。
「それだけじゃねーだろ」
「はい?」
「精一杯、楽しもうぜ」
拳を突き出す。
四葉は晴れやかに笑うと、同じように拳を出して突き合わせてきた。
それが最後の祭りの始まりだった。
他の学校ではどうなっているのかはわからないが、この学校では学級長が学園祭の実行委員だ。
よって仕事は多く、クラスの手伝いができない程度には忙しい。
今も与えられた仕事を抱えて歩き回っている最中だ。
各屋台の安全点検――展示と違って調理は火を取り扱うため、チェックは欠かせないのだ。
「あ、上杉君だ」
うちのクラスの屋台から声がかかる。
こちらはパンケーキ、つまりは女子側の屋台だ。
三玖がパンケーキ焼きを他数人の女子にレクチャーしていた。
「安全点検だ。悪いが邪魔するぞ」
「どうぞどうぞ……ところでさ」
「ん、どうかしたか?」
「上杉君て三玖ちゃんとはどうなってるの?」
もう十月なので、気温は冬に向けて下がりつつある。
だというのに、何故だか汗が吹き出してきた。
見ると、三玖の方もフライ返しを持ったまま固まっている。
その様子を見て女子達は勝手に何かを察したようで、三玖の肩に手を置きなにやら慰めていた。
「上杉君、いくらなんでもそれはないよ」
「そーだよ、二乃ちゃんや四葉ちゃんのことだってあるのに」
そしてこちらには非難がましい視線が飛んできた。
しっかりと根拠があるので実に痛い。
唯一四葉の件に関してだけは異議を唱えられそうなものだが、焼け石に水な事は明白だ。
下手に否定して突き上げをくらう未来しか見えなかった。
思わず頭を抱えていると、香ばしいを少々通り越した臭いが漂ってきた。
「……おい、なんか焦げてないか?」
「そんなことじゃごまかされない……ってホントだ!」
「三玖ちゃん、焦げてる焦げてる!」
「わっ、わっ」
焼き色が過剰なパンケーキの出来上がりだった。
失敗を受け止めてか三玖は肩を落としている。
焦げた料理と並べると、なんとも懐かしい光景だ。
慰めるべきなのだろうが、思わず笑みが漏れてしまった。
「これ、いらないのか?」
「売り物にはできないし、もう捨てるしか――」
「じゃあ貰ってくぞ」
廃棄しようとした女子の手に先んじて奪い取る。
うん、焦げてはいるがパリパリとして結構うまい。
上杉家的には全然アリな範囲だ。
「ごちそーさん、うまかったぞ」
「あ、ありがと……」
礼を言うのは結構だが、顔を赤くするんじゃない。
他の女子の何か言いたげな視線がビシビシ刺さってくるんだよ……
ここで時間を取られるわけにはいかないので、会話もそこそこにその場を離れる。
効率よく仕事を消化していけば約束の時間には間に合うだろう。
一通りチェックを終えて校舎に入る。
早速次の仕事が控えているのだ。
集合時間には余裕を持って臨みたいので、タスクは早めに消化するに限る。
しかし食堂を通り抜けようとしたところで、見知ったアホ毛を発見。
いつもと比べると閑散としたこの場所で、五月が一人問題集を広げていた。
「お前、まさか学祭中も自習か?」
「あ、上杉君。お仕事中ですか?」
「勉強ばっかで大丈夫か?」
「あなたがそれを言いますか」
「一緒に回る友達がいないのか? 悩んでるなら相談乗るぞ」
「もうっ、私をからかいにきたんですか?」
これ以上言うと機嫌を悪くしそうなので、ここらでやめておく。
このように心の機微に聡くなった今、ノーデリカシーの不名誉は返上してもいいのでは?
「冗談はさて置き、大丈夫なのか?」
「当番は明日なので」
「せっかくのフリーの時間がこれでいいのかって事なんだが」
「じゃあ、あなたが一緒に回ってください」
「普通に忙しいから無理だ」
「わかってます。冗談ですから……三割くらい」
つまり、大半が本気という事になる。
俺だってそういう気持ちがないわけじゃないが、時間的な余裕がない。
あれ? 最後の学園祭がこれでいいのだろうか?
などと思わないわけではないが、裏方には裏方の楽しみもあるだろう。
「埋め合わせと言ってはなんだが、後で何か持ってきてやるよ」
「え、いいのですか?」
「生徒が頑張ってんだ。教師としてそれぐらいはする」
「本当ですね? 約束ですよ!?」
五月はより一層やる気が出たようだった。
わかりやすくて結構な事だ。
俺自身、懐に余裕があるわけではないが差し入れ程度なら問題ない。
なにより、俺はこいつの何かを美味しそうに食べる姿が、なんだかんだで気に入っているのだ。
「か、軽く、死ねるな……」
順調に割り当てられた仕事を消化出来ているはずだったのだが、何故だか雑用に追われていた。
今もこうやってガスボンベを抱えて運搬中だ。
どこぞの屋台が切らしそうになっているらしい。
学園祭は盛況なようで、騒がしくも活気にあふれている。
少しばかりそのエネルギーを分けてもらいたいところだ。
目を向けた先には有名人でもいるのか、人だかりが出来ていた。
まぁ、トラブルでもないのなら介入する必要はない。
素通りして日陰に入り、羽織っていたブレザーを脱ぐ。
いくら秋とはいえ、こうも動き回っていたら熱くもなってくる。
下は半袖のTシャツだが、それでも十分な程度には体が温まっていた。
壁に身を預けて一息つく。
体力的にキツイが、この後の約束もある。
仕事は余裕を持って終わらせておきたいところだ。
ほんの一瞬の休憩を終えて動き出そうとしたところ、目の前を見知った誰かが横切る。
肩にかかるかかからないかぐらいの長さの髪に、蝶を模した一対のリボン。
言うまでもなく二乃の特徴だが……いや、こいつは――
「こっちだ」
「あっ」
「これ被ってろ」
手を取ってこちらに引き込み、頭にブレザーを被せてやる。
どうでもいい事なのだが、こうしているとパトカーに連行される逮捕者に見えるな。
「あれ? 二乃先輩は……」
「広場の方に走っていったぞ」
「ありがとうございます!」
追手は見当違いの方へ駆けていった。
ブレザーを被せられた大嘘つきは、困惑顔でこちらを見上げている。
「そんな格好で何してんだ、一花」
「いやぁ、変装のつもりだったんだけどね」
一花はウィッグを取ると困ったように笑った。
正体を隠そうと妹に変装したところ、何故か追い回されたらしい。
何やってんだ、この大女優様は。
「私がいない間に二乃に一体何が……」
「ならあれだな、オープニングセレモニーの」
二乃なら今朝はステージ上で歌い踊っていた。
それが好評を博したようで、局所的に人気者なのだ。
この学園祭というフィールドにおいては、恐らく一花より人目を引くだろう。
「なるほどねぇ、四葉にしとけば良かったかな?」
「それはそれで多分声をかけられると思うぞ」
四葉はこの学園祭に向けて精力的に動いていたので、学校の人間からの覚えがいい。
あいつ自身仕事を引き受けまくっているため、大いに頼られているのだ。
そんな四葉の格好をしていたら、下手をすれば仕事を押し付けられる可能性がある。
「つーか、なんだかんだで来たんだな」
「まぁ、君がせっかく誘ってくれたし」
昨日のメールの返信は、行けたら行く、みたいな内容だった。
仕事がたまたま空いたのか、それとも無理に空けてきたのか。
どちらなのかはわからないが、来てくれた事は素直に嬉しい。
「せっかくの機会だ。また六人で集まりたいと思ってな」
「ん? ちょっと待って。もしかしてみんなにもメール送ったの?」
「ああ、一斉送信でポチッとな」
「……ふーん」
一花は笑顔のまま俺の頬を抓ってきた。
理由はよくわからないが、不満があるようだ。
「で、みんな集めて本当は何しようとしてるのさ」
「本当も何も、さっき言った事が全てだ」
「それだけ? 私はてっきり前人未到の複数人プレイに踏み切るのかと」
こいつは何を言っているのか。
間違っても、こんな日が高いうちから発していい言葉ではない。
今すぐにでも口を塞いでやりたかったが、強引にキスでもしたら黙ってくれるだろうか。
……いや、やめておこう。
それはそれでこいつのペースにハメられそうだ。
そもそもの話、そんな手段が思い浮かぶ時点で大概俺の頭もどうかしてきている。
「お前は俺をなんだと思ってるんだ」
「え、聞きたいの?」
「正直あまり聞きたくない」
「だよねー、いつの間にか五月ちゃんにも手を出してるし」
「い、色々あったんだよ」
「あんなに初々しかったフータロー君はどこ行っちゃったのかなぁ」
「うるせー、そんな事ばっか言ってると無理矢理その口塞ぐぞ」
「はいどーぞ。キスも慣れたものだもんね」
顔を少し上に傾けて、一花はいわゆるキス待ちの姿勢に入った。
くそっ、舐められてやがる。
その口元がほくそ笑んでいるように見えるのは、決して気のせいではないだろう。
俺には出来るわけがないと踏んで、こんな挑発に踏み切ったのだ。
しかしこいつは忘れている。
俺が羞恥心を投げ捨てれば、割と無茶を出来るという事を……!
「まぁ、こんなとこじゃさすがに――んむっ」
「――あんまり舐めんなよ」
「……まさか本当にしてくるとはね」
さすがの一花も頬を染めていた。
羞恥心を投げ捨てたところでバウンドして返ってくるのがオチなので、当然俺の頬も熱くなる。
こうして、俺達は晴れて初々しい反応を取り戻したのだった。
「……なんか見られてるね」
「こんなとこであんな事してりゃ、目立つに決まってるだろ」
「わー、フータロー君ってばだいたーん」
「ぐっ……とりあえずここから離れるぞ!」
先に誘ってきたのはどっちだと言いたいが、結局は一花のペースに乗せられてしまった。
果たして俺がこいつに完勝出来る日は来るのだろうか。
その後、迷子の子供の面倒を見たり生徒同士の喧嘩を仲裁したりと、予定外の仕事が舞い込む。
一花とはその途中で別行動に。
普通に人目を引き出したので、隠れる事にしたようだ。
テレビや映画への出演もそうだし、単純にこの学校に通っている事が知られているのだろう。
有名税とでも言えばいいのか。
なんにしても、約束の時間にはまた顔を見せてくれるはずだ。
その時に向けて、俺は体に鞭打つだけなのだ。
「とは、言っても……さすがに、キツいな」
両手に椅子を抱えながら歩く。
噴水の周りに休憩所を設営したいとの打診を受けて行動している最中だった。
とりあえず座れる場所を用意すればという考えだったが、そんな事をしなくても勝手に噴水の縁に座って休んでいる人の姿も見られる。
まぁ、お世辞にも綺麗に掃除されているとは言い難いので、椅子を置く事に意味はあるだろう。
もちろん、噴水に落ちてびしょ濡れになった等、そういった問題を未然に防ぐ目的もある。
こんな事を言い出せば、バリケードで囲めという極論が出てきてしまうのだが、それを敢行してしまったら景観が色々と台無しになってしまう。
噴水の周囲を椅子で囲むというのは、落としどころとして十分だろう。
せいぜい、椅子を無視して噴水の縁に座るなんて天邪鬼がいない事を祈ろう。
「つーか、あと何往復すりゃいいんだよ……」
噴水を椅子で包囲するためには、相当量が必要だ。
ざっと目算だが、20では足りないだろう。
大きな隙間を開けてしまったら、縁に座ろうとする連中も出てくるだろう。
そうなっては本末転倒なのである。
今さっき作業を開始したばかりなので、まだまだ先は長い。
疲労の蓄積もあってか、足元がふらついてしまう。
マズい、倒れる――
「おおっと、セーフですね」
――その前に、誰かの手に正面から支えられた。
見なくてもわかる。
この人の心に差し込む、春の日差しのような声は……四葉だ。
「悪い、ダサいとこ見せたな」
「上杉さんはもやしっ子なんだから、適度に休憩を取らないとダメですよ?」
「正論だな……しかし、モタモタしてたら約束の時間に間に合わねー」
この後もまた余計な仕事が入らないという保証はない。
それならば、少しでも早く終わらせて時間的な余裕を作っておきたい。
再度椅子の運搬のために動き出そうとしたところ、四葉が立ち塞がった。
「……どいてくれ」
「いいえ、どきません!」
「言ったろ、時間が惜しいんだよ」
「それならば私にお任せを。体力的には全然余裕なので!」
「しかし――」
反論しようとしたところで、腹の中の虫が鳴き声を上げた。
もう昼過ぎなのだが、そういえば朝から何も口にしていない。
これでブッ倒れでもしたら、それこそ学園祭が台無しか。
「こんなにお店があるのにもったいないですよ! これあげるからしっかり食べてください」
「ああ、悪いな……って、どんだけ無料券もらってんだよ!」
ホイホイと屋台の無料券が手渡される。
一枚二枚ならともかく、十数枚はあった。
こいつ、どんだけ手伝って回ってたんだよ。
もちろん今日だけの分ではないだろうが、それにしたって多い。
「ししし、情けは人のためならず、というやつですね!」
「四葉……」
こんなタイミングで考える事ではないのは分かっているが、感動せずにはいられなかった。
あの四葉がことわざを正しい意味で使えている。
思わず目頭をおさえてしまった。
「むむっ、なにやら失礼なことを考えられているような」
「な、なんでもねーよ。それより、流石にこれは多すぎだ」
半分ほど突き返す。
それにしたって俺一人では消化できない程度には多い。
この後の集まりのために使わせてもらうとしよう。
「どうせお前もロクに休んでないだろ。適度に休憩取っとけよ」
「いえ、私は――」
そして再度、腹の虫の鳴き声。
今度は四葉のが空腹に耐え兼ねて鳴き出したようだ。
「あ、あはは……では、この椅子を噴水の周りに設置すればいいんですね?」
「ああ、なるべく隙間が空かないようにな」
「お任せ下さい!」
四葉は椅子を軽そうに持ち上げると、噴水の方へ向かっていった。
その疲れ知らずな様子は、流石の体力といったところか。
こいつにはずっと助けられっぱなしだ。
せめて多少の感謝を口にすべきだろうか。
あらたまるのは少々照れくさいが、背中を向けている今だったら言えそうだった。
「お前がいてくれて良かったよ。ありがとな、四葉」
「……いえ、こういうのは持ちつ持たれつですから」
「そうかもな」
四葉に背を向けて屋台の方へ向かう。
うちのクラスの様子を見ておくのも悪くないだろう。
「――ちゃんと見ててね……風太郎君」
風に紛れて、そんな言葉が聞こえた……ような気がした。
「ほらよ、走り回ってる学級長様にサービスだ」
「ああ、悪いな前田」
パックされたたこ焼きを受け取る。
身内ゆえの裏からの受け渡しだ。
男子側の屋台はそこそこ盛況なようで、これだったら売上にも期待出来そうだ
「しかし、学級長がこれほど忙しいとはね。今は空いているのかい?」
「そうだな。でも少し休憩したらすぐ戻る。四葉に仕事を押し付けちまってるんだ」
「ふっ……そうやって汗を流すのも、また青春だね」
「そうやって恥ずかしい事を堂々と言えるのも、ある種の才能だな」
「君からの賞賛は実に気持ちがいいね」
「あー、もうそれでいいわ」
武田は相変わらずだった。
キラキラとしたオーラを振りまいており、道行く女子にウィンクすると歓声が飛んだ。
客寄せパンダとしては十分すぎるようだ。
「女子に負けないように気合入れるぞ!」
「「おー!!」」
黙々とたこ焼きを焼く前田や客引きに徹している武田以外の男子は、何やら騒がしくしていた。
パンケーキの方も売れているようで、対抗心を燃やしているらしい。
本音を言えばさっさと和解して欲しいところだが……
「はは、困ったものだね」
「そう思うんなら何とかしてくれ」
「僕が動かずとも大丈夫さ。違うかい?」
「……そうだな」
きちんとこのクラスの男女の仲を憂慮して動いている奴はいる、そういう事だ。
あの引っ込み思案が調停役を買って出たのだから、きっと大丈夫だろう。
ミスキャストなどと思う奴もいるかもしれないが、俺は心配していない。
なんせ、あいつのそういう努力はこの俺が存分に認めるところなのだ。
きっと明日の朝には男女仲も多少は改善するだろう。
「んじゃ、俺は女子側の様子見てくるわ」
「松井さんによろしくって前田君が言ってたよ」
「言ってねーぞコラ」
「ああ、しっかり伝えとく」
「だから言ってねーって!」
「うわ、激混み……」
パンケーキの屋台の前には長蛇の列が出来ていた、
男子側の屋台もそこそこ売れていたが、こちらは予想をはるかに上回る盛況っぷりだった。
店番の女子達――三玖も忙しそうにしている。
これは一日目の終了を待たずして、材料の方が切れそうだな。
「おう、風太郎」
「あ、やっとお兄ちゃん見つけた」
「親父、らいは」
列の中に親父達も並んでいた。
五月に誘われた通りに遊びに来たのだろう。
しかし、初日は来ないといっていたはずだが……
「こっちの様子を見に来たんだが、これじゃ声かけられそうにないな」
「いやいや、三玖ちゃんが焼いてるんだろ? やるじゃねーか」
「私も今度教えてもらお」
屋台で鉄板に向かう三玖は、なんだか輝いて見えた。
一花や武田、五月に感じるものと同じだ。
あいつは今、夢中なのだ。
水を差すのも悪い。
もう少し落ち着いてからまた訪れよう。
「行くのか?」
「ああ、ちょっと五月の様子をな」
「そういえば何してるんだろ?」
「学食で問題集開いてたぞ」
「ええっ、五月さんいくらなんでも真面目すぎるよ……!」
まあ、引きたくなる気持ちもわかる。
かつての俺だったら、それが当然だと思っていたのかもしれないが。
ともかく、頑張っている生徒のために差し入れを持っていくのだ。
「あー、ところで怪しいおっさんを見かけなかったか?」
「特に覚えはないが。つーか、ここまで混んでるとよくわからん」
「だよなぁ」
親父は何か気になる事があるのか、珍しく考え込んでいた。
学祭の前にも言っていたが、一体何を気にしているのやら。
こうも言いよどむのは、親父にしてはまた珍しい。
「風太郎、ヒゲとハゲに気をつけろ」
「なんだそりゃ?」
「詳しい事はまた後で話す」
周囲の様子を気にしているのを見ると、どうも大っぴらに話す内容じゃないらしい。
また後でという事なら、ひとまずこっちの用事を済ませてしまおう。
二人に別れを告げると、俺はその場を後にした。
「そ、外で食おうぜ」
「ああ、いい天気だしな……」
学食から出てきた男子二人とすれ違う。
焼きそばにからあげ、それにたこ焼きと学園祭を存分に楽しんでいるようだった。
走り去る背中を見送りつつ学食に入ろうとすると、ただならぬ威圧感が全身を襲った。
「ううううううう……」
五月が唸っていた。
まるで腹を空かせた猛獣のような佇まいだった。
昼時はもう過ぎている。
恐らく、今まで何も口にしていないのだろう。
あの男子二人も、五月に気圧されて出て行ったのかもしれない。
……もう少し早く差し入れを持って来てやるべきだったか。
「――っ」
匂いを察知したのか、五月が勢いよく振り返った。
まんま飢えた獣の目つきだった。
「どうどう、落ち着け。差し入れだ」
「――待っていました!」
こちらの姿を認めると、キラキラと目を輝かせた。
なんてわかりやすい奴なんだ。
うちの屋台でもらったたこ焼きと、途中で無料券と引換えたフランクフルトをテーブルに置く。
「悪いな、忙しくて中々抜けられなかった」
「いえ、こうして来ていただいただけで十分です」
そう言ってくれるのは結構なのだが、溢れる涎が色々と台無しにしている。
もう待ちきれないといった様子だった。
思わず苦笑が漏れる。
「ま、とりあえず食えよ。腹減ってんだろ?」
「では早速――」
早速とたこ焼きに手を伸ばした五月だったが、途中で手を止めてなにやら逡巡している。
何か不備があっただろうか?
たこ焼きにはしっかりとソースがかかっているし、青のりや鰹節だって乗っかっている。
さらには、お好みでとマヨネーズも備え付けられているという、隙のない布陣のはずだ。
これで気に入らないとなれば、恐らくは大半のたこ焼き屋がダメ出しを食らうだろう。
疑問符を浮かべるこちらを余所に、五月は咳払いをして居住まいを正した。
「上杉君、私は今問題集で手が離せません」
「……そうなのか?」
「そうなんです」
さっきから手を止めているようにしか見えないが、そういう事らしい。
というかさっきから腹の音がうるさい。
変な意地を張ってないで、さっさと食えばいいのに。
「お前が食えないなら、冷める前に俺がいただこうか」
「わー! ダメダメ! 食べちゃダメです!」
どうやら自分が食べる気ではいるらしい。
だとしたら、一体こいつは何が目的なのやら。
こと勉強においては鋭い閃きを見せるこの頭も、専門外の分野では流石に陰りがある。
例えば、中野姉妹の理不尽な言い分だとか。
「私は手が離せないので、上杉君が食べさせてください」
「……正気かよ」
そんな羞恥プレーを公共の場で敢行しろと言うのか、この馬鹿は。
顔が赤くなっているあたり、恥ずかしいという自覚はあるようだ。
「お、遅くなった罰ということで」
「さっきは来てくれただけで十分って言ってなかったか?」
「それはそれです」
理不尽にも横に置いておかれた。
目を手で覆い、天井を仰ぐ。
外の喧騒がこの場の静寂を引き立てていた。
幸か不幸か、こいつが放つ猛獣オーラで食堂に人はいない。
つまりは、場は整っているという事だ。
爪楊枝をたこ焼きに刺し、五月の口元へ。
「ほら、口開けろ」
「い、いただきます」
冷めてはいないが出来立てでもないので、ちょうど食べやすくなっているだろう。
たこ焼きを咀嚼して嚥下した五月は、何とも言えない幸せそうな表情をした。
そして残念な事に、俺はこいつのこんな顔が気に入っているのだ。
ペンが止まっている事を指摘する気にはならず、次々とたこ焼きを放り込んでいく。
あっという間になくなり、次はフランクフルトだ。
「串に気をつけろよ」
「わかってまふ……んっ」
五月は差し出されたフランクフルトを、顔の横に垂れた髪をかき上げながら頬張った。
率直に言って目の毒だった。
しかも容赦なく噛み千切ってくるものだから、また心臓に悪い。
問題集はどうしたのだと指摘する精神的余裕はなくなっていた。
「ん~~、おいしかったです!」
「そ、そうか……良かったな」
「お疲れですか?」
「まぁ、色々とな」
疲れは溜まっているが、この精神的な疲弊は間違いなくこいつのせいだ。
苦言を呈してやりたかったが、幸せを噛み締めるような顔をされるとどうにも弱い。
仕方がないので、勉強が進んでいない事は言わないでおいてやろう。
「口の横、ソース付いてるぞ」
「拭いてください。私、手が離せません」
「……」
チョップでもしてやろうかと思ったが、毒を食らわば皿まで、という言葉もある。
ここまでいくとガキの世話みたいだな。
まだ小さいらいはの面倒を見ていた時の事を思い出す。
フランクフルトに付いてきたおしぼりで口元を拭ってやった。
すると、五月は俺の手を掴んで首にも手を回し、自分の方へ引き寄せ――
「んっ……ご、ごちそうさまでした」
「……お前、何してくれちゃってんだよ」
「だ、だって二乃ばっかりずるいです! 私も上杉君と学校でキスしてみたかったんです!」
「調子乗んな、このっ」
「う~~、いひゃいれふ!」
頬を引っ張って伸ばしてやる。
何が悲しくて、こいつにまでやり込められなくてはならないのか。
涙目で睨んでくる五月を引き寄せ、唇を重ねる。
「これでおあいこだ」
「あ、あの……おかわりは?」
「ねーよ、馬鹿」
「あうっ」
そしてデコピンを一発。
椅子から立ち上がると、食堂を後にする。
あんな事をして平然としていられるほど、俺の心臓は強くないのだ。
さて、そろそろ四葉の様子を見に行こう。
あいつは今も走り回っているはずだ。
「すまないが、道を尋ねてもいいかな?」
外に出たところで声をかけられる。
こうした一般客の案内も仕事のうちなのだ。
「道案内ご苦労。君は素晴らしい若者だ」
道を尋ねてきた男性は、親指を立てると校舎の中へ入っていった。
その後ろ姿に、先程の親父の言葉が頭をかすめる。
怪しいおっさん、ヒゲとハゲ。
怪しいかどうかはともかくとして、今の男性と他の特徴は一致していた。
「……まさかな」
外の屋台もそうだが、校舎の中も人が多い。
というのも、各教室で展示や発表、アトラクションをやっているからだ。
中には教室で喫茶店を開いているクラスもあり、中々に好評なのだとか。
それなりに混み合った廊下を一人歩いている俺は、人探しの最中だった。
約束の時間が迫っているので、唯一姿が見えない二乃を探しているのだ。
「うおっ、可愛ぇー。中野二乃先輩だっけ?」
「そうそう、センターで一番目立ってた」
「広場にいるらしいぜ」
「行こうぜ、話してみてー」
そんな折、恐らくは後輩の男子二人が、二乃の話題を口にするのを聞きとがめる。
広場にいるという話が本当なら、俺も向かうべきだろう。
そうして外に向かおうとしたところ、見知った顔が近くの教室から顔を出した。
辺りを見回す様からは警戒の色が伺えた。
ひょっとして、誰かに追われていたのだろうか。
なんにしても、こうして見つかった事はラッキーだと言えるだろう。
「二乃、ここにいたか」
「あ、フー君。お仕事終わったの?」
「ああ、なんとかな。お前の姿が見えないから探してたところだ」
「ホント? 嬉しい!」
例によって、人目もはばからずに抱きついてきやがった。
普通に注目されるからやめてほしいんだが。
しかしそんな事を言っても、聞き入れる二乃ではないのだ。
「二乃ー、イチャついてないでさー」
「そうそう、この問題どうするー?」
「あ、ごめんごめん」
二乃は友人二人と一緒だった。
今まで何度か、一緒に行動しているところを見かけた事がある。
この教室では謎解きゲームをやっているらしく、三人で挑戦しているのだろう。
「どれどれ」
入場して問題文を覗き込む。
教室の各所に記号が記されており、謎解きをして正解を選ぶ形式だ。
勉強とは少し違うが、こうして頭を使うのは得意だ。
問題文は、百円玉の画像の下に20と0月0日。
これを解けば、目的の記号がわかるという事か。
しばし黙って考え込む。
百円玉は変換のしようがないから置いておいて、注目すべきはその下だ。
20と0月0日――この本来ならありえない後半部分が鍵を握っていると見るべきか。
日付の表記は文化圏によって順番が変わったりするが、簡略化する場合は大抵斜線で区切る。
それに倣って0月0日を変換すると、0/0……少し形を整えて%といったところか。
以上を踏まえて問題文を読むと、百円玉に20に%の記号。
百円の20%……つまりは二十円。
教室内を見渡す――二十円の記号はないが、二重の円の記号はあった。
あれが答えで間違いないだろう。
「二重円だな、行くぞ」
「にじゅうえん……ああ、そういうことね。さすがフー君だわ」
「早っ、やっぱ学年一位は違うねー」
「てか、二乃って頭良い人タイプだったっけ?」
この二人とはまともに言葉を交わした覚えはないし、クラスも違う。
しかしどういうわけか俺の事は知っているようだ。
そんな有名人になった覚えはないのだが……まぁ、二乃が話したのかもしれない。
「あれ? 全国一位だっけ?」
「それね。一組の武田君が言ってたやつ」
どうやら原因は武田のようだ。
春先の全国模試の結果を吹聴しているらしい。
あいつとの関係を考え直す必要がありそうだ。
「これでゲームクリアね。私はこれから約束あるけど、二人は?」
「私も同じだよ。親が仕事上がりに来るっぽくてさ」
「あー、私の家族ももう来てるみたい」
「ならすぐ行ってあげなさいよ。せっかく来てくれたんだから」
笑顔で友人を送り出そうとしている二乃だが、その横顔はどこか寂しげだ。
友人との別れを惜しんでいるのとは違う気がする。
二乃は感情の起伏が激しいが、一番心を乱す対象はやはり家族だろう。
「じゃ、また明日ね」
「二乃もしっかり楽しみなよ」
二乃の友人を見送り、俺達も廊下に出る。
あと少しで約束の時間だが、他の連中はちゃんと来ているだろうか。
特に行動に制限のない一花と五月はともかく、三玖と四葉は間に合うかどうか少し怪しい。
三玖は恐らく材料切れまで動けないだろうし、四葉は単純に仕事を引き受けすぎだ。
持ちつ持たれつと言いながら、こちらが手伝いを申し出れば大丈夫の一点張り。
そのおかげで、俺は時間に余裕を持って行動できているわけなのだが。
頑張るのは結構だが、あいつ自身も限界を迎えてしまうんじゃないかと心配になる。
「そういえば、広場に私がいるってなんだったのかしら?」
「誰かそっくりさんでもいたんだろ。ドッペルゲンガーとかな」
「そんなので怖がるのは四葉ぐらいよ」
広場の二乃に関しては、恐らくだが一花の変装が原因だ。
今はどこぞに身を潜めているはずだが、その時の目撃情報が未だに出回っているのだろう。
「それよりも、いつまでそんな目立つ格好してんだよ。ステージの衣装だろ、それ」
「だって……フー君に見てほしかったんだもの」
「そ、そうか……うんまぁ、似合ってるんじゃないか?」
会話が途切れ、微妙な空気が流れる。
その微妙な空気とは、決して悪い意味合いではない。
しかし、この場に適しているかというとそうではないのだ。
男女間に流れるムードと言い換えて相違ないが、それが高じた結果の二乃の行動が問題だ。
こいつは公衆の面前でも容赦してくれないため、注意する必要がある。
「しかし、よく参加したな。ああいうのはお前の趣味じゃないと思ったが」
「四葉の仕事を奪ったのよ。あの子、演劇にも参加してるのよ?」
「ああ、それでか」
どうやら二乃も四葉の仕事量を憂慮していたらしい。
学園祭に向けての四葉の頑張りは、やはり目に余るものがあったという事か。
「くくっ、相変わらずの姉妹馬鹿で安心したぜ」
「も、もちろん理由はそれだけじゃないわ!」
二乃の愛情深さは俺含めて姉妹全員の知るところなのだが、自分自身では中々素直に認めない。
そんな姿もまた、俺の青臭い衝動を刺激するのだ。
きっとこれが二乃の突発的な行動の源泉だ。
俺は今、抱きしめたいという欲求を抑え込んでいる。
「やっぱお前、かわいいよな」
「~~っ」
欲求を抑え込んだ結果、隙間からそんな言葉がこぼれ出た。
二乃が俺の首に腕を回してきたのは、その直後だった。
「お待たせっ」
「ごめーん、遅れちゃった」
三玖に続いて四葉が教室に入ってきた。
時刻は約束の時間を二十分ほど過ぎている。
無料券を駆使して屋台からかき集めた食料も、少し冷めてしまっただろうか。
さっきから五月はそちらに目を向けてそわそわしていた。
昼過ぎに持っていった分じゃ、やはり足りなかったらしい
「遅いっ、遅刻よ」
「私も少し遅れてしまいましたけど」
「揃ったか。ならゲストの登場といこう――入ってくれ」
教室のドアが開き、一花が姿を現す。
予想外だったのか、他の姉妹は一様に驚きを露わにしていた。
「一花、来てたんだ!」
「それなら連絡ぐらいよこしなさいよね」
「よく騒ぎにならなかったね」
「あはは、ちょっと危なかったけどね」
「よかったです。一花だけいないのはやっぱり寂しいので」
一花は早速姉妹に群がられていた。
困った顔をしているが、きっと満更でもないだろう。
こちらとしても、姉妹仲が健在な様子を見ると安心できる。
「これで晴れて全員集合だな」
「でも、なぜこうあらたまって呼び出したのですか?」
「そうね。私たちはともかく、フー君や四葉は忙しかったはずよ」
「えへへ、私はやっぱりこの感じが落ち着くなー」
「うん、わかる」
「フータロー君、これ食べてもいいの?」
「ああ、食べながらでもいいから聞いてくれ」
勉強中は我慢していた影響か、末っ子の手は早かった。
置いてあったからあげをあっという間に平らげ、喉を詰まらせて二乃に介抱されていた。
四葉が背中をさすり、三玖が飲み物を飲ませ、一花が頭を撫でて慰めている。
今から俺が言おうとしている事は、下手をしたらこいつらの仲を引き裂きかねない。
もしかしたら、今この場で言う必要はないのかもしれない。
しかし、そうして先に延ばしていてはキリがない事はなんとなくわかる。
こいつらと過ごした一年と少しを振り返る。
「俺はお前らが好きだ……も、もちろん変な意味でだ」
言葉を放った瞬間、中野姉妹の動きが止まった。
外の喧騒もどこか遠く、一瞬だけ時間が止まったのではと錯覚しそうになる。
しかし俺の早鐘を打つ心臓がそれを否定した。
そして固まっていた中野姉妹は全員こちらに背を向け、その場に屈みこんでしまった。
「ちょっ、フータロー君……それ、レギュレーション違反だよ!」
「そ、そうよ! 不意打ちもいいとこだわ!」
「い、いきなりは困る……」
「上杉さん、反則です!」
「こここ、こちらにも心の準備というものがあるんです!」
なんか怒られた。
四葉はともかくとして、他四人とは既に濃厚接触済みだ。
今更気持ちを言葉にした程度で、大げさに照れる関係なのかどうかは疑問が残る。
どうもそんな考えが顔に出ていたのか、一花はこちらに目を向けて呆れるようにため息をついた。
椅子に半分顔を隠しているが、赤くなっているのは隠せていなかった。
「はぁ……今更なんて思ってるでしょ」
「まぁ、そうだが」
「あのね? 私たち、君に好きだなんてはっきりと言葉にされたの初めてなんだよ?」
「……そうだったっけ?」
「そうよ」
「うん、そう」
「言われたことありません」
「まったく、あなたという人は……」
言われてみると、そんな気がしてきた。
そういう気持ちがあるのははっきりと自覚していたが、言葉にはしていなかったかもしれない。
それこそ、行為の最中にもだ。
中野姉妹のじとっとした視線にさらされ、冷や汗が頬を伝った。
「とにかく! ずっとこのままの関係じゃいられないのはわかってるし、いずれ答えを出す必要がある事も理解しているつもりだ」
二乃に想いをぶつけられた時から、その考えは常に頭の片隅にあった。
それが一人分だけだったらまだ楽だったのかもしれない。
しかし、どういうわけか積み重なっていってしまったのだ。
しかも、本来ならば答えを出した後にあるはずの関係も先取りしてしまっている。
選ぶという行為は傲慢極まりないが、中野姉妹は答えが出るのを待っている。
誰を選び、誰を選ばないのか。
幾度となく自分に問いかけた。
悩んで、考えて、答えが出ないままに体を重ねる日々が続いてしまった。
そして、俺は一つの答えを出した。
それは答えなどと呼ぶべきではないかもしれないが、答案にはこう書くしかない。
中野姉妹の不安、あるいは期待を含んだ視線。
俺はゆっくりと両手を上にあげた。
「さっぱりわからん! お前ら、どうにかしてくれ」
回答不能――お手上げである。
堂々と情けない事を言い切った俺に、中野姉妹の大音声が殺到した事は言うまでもない。
そもそも当日に複数人とイチャついてる時点で答えなんて出てるわけがないのです。
次は幼馴染が登場して、その後から個々の視点に移るかと思います。