フー君が思春期の青い衝動に振り回される話   作:kish

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この話に出てくる栄養ドリンクは恐らく作中一番のファンタジー要素。


男の戦いと恋のAとB

 

 

 

 消灯後の中野姉妹の寝室。

 尿意を催した一花は音をたてないようにゆっくりと布団から抜け出した。

 

(あれ、二乃……?)

 

 そして自分の隣に寝ていたはずの妹の姿がないことに気が付いた。

 他の姉妹の布団に入り込んでいるのかと思ったが、違う。

 四葉のように布団から飛び出して場外乱闘をかましているわけでもない。

 自分のように何らかの目的があって抜け出したのだろう。

 一花はそう当たりをつけると、眠っている妹三人を起こさぬように忍び足でドアに向かう。

 

(うわぁ、すごいことになってる……)

 

 下の妹三人は一塊になって寝ていた。

 五月が三玖の布団にもぐりこみ、自分の掛布団と恐らくは五月のも跳ね飛ばした四葉が二人に覆いかぶさっている。

 純然たる被害者である三玖はうんうんとうなされていた。

 ご愁傷様と軽く手を合わせると、一花は静かに寝室を出た。

 キッチンの明かりがついていた。

 鍋を火にかける音と、その中身をお玉でかき混ぜる音。

 

「あら、起こしちゃった?」

「ううん、ちょっとトイレに」

「そう。明日はテストなんだから早く寝ることね」

「二乃、ブーメランブーメラン」

「まったくだわ」

 

 お互いに苦笑する。

 そしてトイレを済ませた一花は、部屋に戻る前に二乃の調理する鍋をのぞいてみた。

 

「えっと、これなに?」

「……一応栄養ドリンク」

「あ、そっかー、なるほどね」

 

 悪臭はないが、見た目の方はどこか魔女のかき混ぜる大釜の中身を思わせた。

 見映えも気にする二乃にしては珍しい光景だ。

 

「色々体に良さそうなものを足してたら、ちょっと収拾つかなくなっちゃったのよ」

「あらま」

 

 レシピ外のものを加えて失敗するというのは、いかにも初心者らしいミスだ。

 二乃もそれは十分に承知しているはず。

 材料を加える都度、味の確認も行ってたはずだ。

 

(となると、これはフータロー君用かな?)

 

 そんな二乃が見極めを誤ったのなら、その要因は明らかだ。

 恋は盲目というが、まさにその通りなのかもしれない。

 かくいう一花もあまり人のことは言えないのだが。

 

「大丈夫。フータロー君だったら気にせず飲んでくれるから」

「誰にあげるとも言ってないんですけど」

「違うの?」

「……違わないわよ。でもいいわけ? あんたはこういうの止めてくると思ったけど」

「まぁ、飲み物渡すぐらいいいんじゃない?」

 

 一花はそれに類することを毎朝やっているので、否定するには苦しい立場である。

 あまり強硬に否定すると後の反発が怖いし、そもそも長女だからといって姉妹の行動を制限する権限もない。

 そういうのは義理の父の役目であり、一花にできるのはせいぜい諌めたり誘導することぐらいだ。

 

「止めなかったこと、後悔しないことね」

「二乃こそ、勢い余ってコースアウトしないようにね」

 

 長女と次女の間で火花が散る。

 次の瞬間には互いに笑みをこぼした。

 

「おやすみ。あんまり夜更かししちゃダメだよ」

「わかってるわよ。居眠りして酷い点なんて取ったらあいつに大目玉……くらったらマンツーマン授業になったりするのかしら?」

「夢は寝てから見ようね」

 

 

 

 

 

 決戦の朝がやってきた。

 最後の最後まで問題集にかじりつく。

 悪あがきと言われようが出来るだけのことはしておきたい。

 

「お兄ちゃん学校遅れちゃうよ!」

「あと五分、いや十分……」

「もー! なんで時間増えるの!」

 

 らいはに急かされ引っ張られ、口に食パンを突っ込まれる。

 いくら復習してもし足りないが、これ以上は遅刻の恐れがあった。

 ……ここいらが限界か。

 そのへんにあった牛乳をひっつかんで食パンを流し込む。

 

「行ってくる!」

「頑張れー!」

「ぶちかましてこい!」

 

 朝の日課は済ませた。

 これでテスト中に青い衝動に襲われることはないだろう。

 相変わらず寝不足気味だが、そこは気合でなんとかしてみせる。

 親父の言う通り、ここまでの成果をぶちかましてやるのだ。

 

「ところでらいは、俺の牛乳飲んだか?」

「ううん。あ、もしかしてお兄ちゃん、あれ飲んじゃった?」

 

 

 

 

 

「おはようございます。いよいよ当日ですね」

「上杉さん、頑張りましょう!」

「相変わらず酷い隈してるわね」

「それ、みんな同じ」

「ふわぁ……フータロー君、おっはー……」

 

 中野姉妹が雁首揃えてやってくる。

 どいつもこいつもいい感じのくたびれっぷりじゃねぇか。

 どれだけ頑張ったかが見て取れた。

 

「それで、自信の程はどうですかな?」

「はっ、十位以内と言わずトップだって取ってやるよ」

 

 肘でつついてくる一花に大口で返してやる。

 いや、大口なんかじゃない。

 実際に一位を取るつもりで俺はこの決戦に臨んでいる。

 

「それでこそだ!」

 

 爽やかながらもやかましい声。

 武田が階段の上から見下ろすように立っていた。

 五つ子たちは顔をしかめて、舌を出してるやつさえいる。

 仕方のないことだが、武田への印象は良くないようだ。

 俺自身はまぁ、そんなに嫌いでもないのだが。

 

「この日をどれだけ待ちわびたことか……今日、ここが僕たちの川中島だ!」

「上杉対武田……これは見逃せない!」

「なんであんたが燃え上がってるのよ……」

「上杉さんは負けませんよ!」

「悪いが、僕はまだ君たちが彼の隣にいることを認めたわけじゃない。黙っていてくれ」

「私たちはパートナーです。誰になんと言われようとそれは覆りません」

「ふっ、それはどうかな」

 

 ……なんで俺をそっちのけで火花散らしてんだこいつら。

 一花に妹たちをたしなめろと視線を送るが、曖昧に笑って流された。

 どうやらこいつも思うところがあるらしい。

 

「いいから行くぞ。時間があるなら悪あがきしとけ」

 

 中野姉妹をうながしつつ、武田の横を通り抜ける。

 むしろ一番悪あがきをしたがっているのは俺だ。

 

「あくまで6対1……そう言うんだね」

「悪いな。お前が望んだ形じゃないだろうが、これが俺にとってのベストだ」

「ならばそれを証明してみせたまえよ」

 

 また随分と上からな言葉を残して、武田は先んじて校内へ消えて行った。

 五月と四葉は舌を出して見送り、三玖は何故だかやる気に満ちていた。

 一花は相変わらず眠そうだが、自分で頬を叩いて気合を入れていた。

 そして二乃は――

 

「フー君」

「どうした?」

「これ、もし眠気が辛かったら飲んでみて」

 

 そう言って渡されたのは小ぶりなペットボトルだった。

 中の液体はなにやら形容しがたい色をしている。

 ……毒じゃないだろうな?

 

「一応栄養ドリンクのつもり……なんだけど」

「お前が作ったのか?」

「あんた頑張ってるし、私も何かしてあげられないかなって思ったんだけど……ごめん、正直味に自信がないの」

「珍しいな、二乃がそんなこと言うなんて」

「本当は渡そうか迷った……けど、なにもしなかったって後悔はしたくなかったのよ」

「そうか」

 

 たしかに見た目はお世辞にもおいしそうとは言えない。

 しかし、俺は自他ともに認める貧乏舌。

 多少不味かろうがおかまいなしだ。

 キャップを開けて中身を一気に煽る。

 まったく、そもそも自分のことで手一杯のやつがおこがましいんだよ。

 そんなもの――飲まないわけにはいかないだろ。

 

「少しでも変な味したら捨てても――って一気飲み!?」

「……うんまぁ、飲めない味じゃないぜ」

「あんたの味の評価は全然当てにならないわよ……でも、ありがと」

 

 嘘を言ったわけでも誤魔化したつもりでもないのだが、随分な言われようだ。

 だが二乃の機嫌を損なわずに済んだのだからそれで良しだ。

 こんなところで不貞腐れられたらそれこそ面倒だし、こいつにも笑顔で卒業してもらわなければいけないのだから。

 

「ほら行くぞ」

「そうね、置いてかれちゃうわ」

 

 先を行く四人の後を追おうとして、腕を引っ張られる。

 まだなにかあるのかと振り向くと、二乃が背伸びして顔を寄せてきていた。

 思わず固まる。

 この距離は、まずい。

 

「そういうとこ大好きよ、フー君」

 

 固まる俺の頬に軽く口づけると、二乃は小走りで姉妹の後を追って行った。

 一瞬しか見えなかったがバッチリ顔は真っ赤だった。

 恥ずかしいならやらなければいいのに、なんて言葉は意味がない。

 それで躊躇するなら、あの厨房での告白はそもそもなかっただろう。

 

「……してやられたな」

 

 心臓の鼓動が早まるのを感じる。

 眠気はすっかり吹き飛んでいた。

 

 

 

 

 

 小走りで校舎に向かう二乃。

 頬を染めて、心臓の音はうるさいぐらいだ。

 それでも気分は晴れやかだった。

 

(ふふっ、これぐらいのアプローチならかまわないわよね)

 

 ここ最近、風太郎と満足にスキンシップが取れないことに二乃は密かにフラストレーションを溜めていた。

 自分はともかく、風太郎にそんな余裕はないだろうと遠慮していたのだ。

 ちなみに三年に進級してから、一花がほぼ毎朝風太郎と一緒に登校していたことを二乃は知らない。

 もし知っていたら小規模ながら姉妹間戦争が勃発していただろう。

 プレゼントを遠慮するように提案したのは一花であるため、まさにどの口案件である。

 ともかく、好きな人と思うさま触れ合えないストレスをバネにこの日までを乗り切ってきたのだ。

 

「早くプレゼント、渡してあげたい――」

「二乃、なにをしていたのですか?」

「わひゃっ」

 

 校舎に入った瞬間、二乃は声をかけられて飛び上がった。

 先ほどのやり取りで浮かれていたというのもあるが、完全な不意打ちだった。

 声の主は五月だった。

 睨むわけではないが、厳しい目つきをしている。

 

「なにって、あいつが冴えない顔してたから眠気覚まし渡してきただけよ」

「本当にそれだけですか?」

「本当にってね……そもそも私があいつとなにしてようが、あんたには関係ないでしょ」

 

 二乃は五月の胸に指を突き付けてきっぱりと言った。

 しかし、五月は揺らがず静かに見つめるのみ。

 

「なによ、言いたいことがあるのなら言えばいいじゃない」

「いえ……ですが、くれぐれも軽率な行動は慎んでください」

「……あんた」

 

 どこか見覚えのある表情。

 数年前の母の死後、自分が母の代わりを務めると宣言した妹。

 見ていて痛々しい光景だったが、当時は姉妹のだれも余裕がなく、フォローすることができなかった。

 今の五月の顔はその頃と重なって見えた。

 

「彼と私たちは教師と生徒。それを忘れないでください」

「五月、またなんか変なもの拾って食べてないでしょうね?」

「なっ……ど、どういう意味ですか!」

 

 二乃がちょっとつつけば五月の地が顔を出した。

 真面目ではあるが揺さぶりに弱く、食欲に忠実な末っ子だ。

 

「そもそも一緒に登校していたんですから拾い食いなんてしてないのは二乃がよくわかってるじゃないですか!」

「はいはい、ノーブレスでよく言い切ったわね。教室行くわよ」

「あ、待ってください!」

 

 

 

 

 

「全国統一模試を開始します」

 

 教師の厳かな声は、戦いの始まりの合図。

 最初の科目は国語――四葉の得意とする教科だ。

 先頭の席では後方に座る五つ子たちの様子を確認することはできない。

 しかしこの日まで俺はできるだけを伝えたし、あいつらもできるだけ頑張ったはずだ。

 だから心配ない。

 俺は俺の戦いに専念だ。

 

「……」

 

 紙をめくる音と、筆記音。

 現国、古文、漢文――淀みなく解いていく。

 寝不足による倦怠感や眠気はなく、頭痛も気にならないほど集中できている。

 かつてないほど体の具合が良かった。

 これが二乃にもらったドリンクの効果だとしたら、これ以上ないサポートだ。

 

「……ふぅ」

 

 残り時間は数分。

 全ての回答を埋め、見直しも済ませた。

 不安要素はない――順当に満点が取れるだろう。

 そして終了の告知がなされ、休憩時間に入る。

 ひとまず緊張から解放された他生徒が、ため息やら泣き言を漏らしていた。

 後ろを一瞥すると、中野姉妹は次の教科の復習……いや、悪あがきか。

 思わず笑みが漏れてしまう。

 それを目ざとく察知した一花が声をかけてきた。

 

「フータロー君、調子良さそうだね」

「まあな」

 

 進級してから席替えが行われていないため、席順はあいうえお順――中野姉妹は同じ列に五人並んでいる。

 名前の順に一花、五月、二乃、三玖、四葉だ。

 この中で一番席の近い一花は、こうして茶々を入れてくることがよくある。

 

「お前はきつそうだな」

「連日の疲れがどうしてもね……」

「気張れよ。せっかくここまで来たんだ。最後までやり遂げようぜ」

「……まさかフータロー君に励まされるとは」

 

 驚かれるのは心外だが、たしかに柄にもないことを言ったかもしれない。

 今は他人を気遣えるだけの余裕がある――やはりあのドリンクのおかげか?

 目を向けてみると、ちょうど顔を上げていた二乃と目が合う。

 そして投げキッスなどを放たれる。

 

『そういうとこ大好きよ、フー君』

 

 即座に目をそらした。

 まだ頬に唇の感触が残っている気がした。

 騒ぎ出そうとしている心臓を鎮めるように深く息を吐くと、俺も問題集を取り出して悪あがきを始める。

 そして次の科目もつつがなく終わり、問題が起きたのはその次。

 俺は激しい腹痛と、ある一部分の隆起という異常事態に襲われていた。

 なんだ、なんだこれは……まったく意味が分からない!

 

「――っ!」

 

 脂汗が流れ、喉がカラカラに乾く。

 これだけの激痛だというのに、俺の剣は痛いほどにその存在を主張していた。

 なぜだ? なぜこんなことになった!?

 こんなのなにか変なものを食べない限り……思い当たるものが一つあった。

 二乃のドリンク――家を出てから口にしたものはそれぐらいしかない。

 まさか、本当に変なものが入っていたというのか?

 ……いや、それは考えにくい。

 中野家の料理担当の二乃は、きちんと栄養価まで考えて食事を作っている。

 そんなやつが故意にでもない限り、おかしなものを入れるとは考えられない。

 そして過去には色々あったが、今のあいつが俺に一服盛るとも思えない。

 ならこの腹痛と元気が有り余った息子の原因はなんだ?

 他には食パンと牛乳ぐらいしか……まさか!

 朝に家を出る前、食卓に乗った牛乳を飲んだ。

 もしそれが期限切れをものともしない親父のものだったとしたら?

 腹痛とこの隆起の原因が別だとしたら?

 二乃の栄養ドリンクが、俺の息子にまで元気を与えてしまったとしたら……!?

 

「――く、ぅ……!」

 

 喰いしばった歯の隙間から苦悶の声が漏れる。

 激痛と青い衝動のダブルパンチで頭がおかしくなりそうになる。

 いや、まだだ……まだ俺は戦える!

 この科目を乗り切れば昼休み……そこで毒を出し切るしかない。

 それまで耐えろ、気張れ、負けるな俺……!

 体の震えを押さえつけながら回答を埋めていく。

 あと少し、あと少し、あと少しあと少しあと少しあと少し――

 

 

 

 

 

(さすがに頭が痛いわ……)

 

 頭を抱えながら二乃は問題用紙と向き合う。

 昨夜の夜更かしがたたり、万全からは程遠い状態でテストに臨むことになってしまった。

 自作の栄養ドリンクを与えた風太郎の調子は良さそうだった。

 自分が飲む分も作っておくべきだったと後悔してしまう。

 

(でも、フー君が元気出たみたいで良かったわ)

 

 最初の科目が終わった後の休憩時間、風太郎と目が合った時のことを思い出す。

 こっちを気にしてくれたのだと嬉しくなって投げキッスを返してしまった。

 すぐに前を向いてしまったが、耳が赤くなっていたのを二乃は見逃さなかった。

 

(あ、なんか私も元気出てきたかも)

 

 病は気からというが、本当にその通りなのかもしれない。

 好きな人のことを考えて元気が出るなど、恋愛脳と言われてしまってもしかたがない。

 

(この問題、見覚えがあるわ)

 

 風太郎との勉強会で出てきたものとほぼ同じだった。

 先ほどの悪あがきで復習した部分もちょうどここだ。

 回答を埋めて、自分にこんなにも影響を与えた背中を見る。

 

(――え?)

 

 後ろからだと表情はわからないが、風太郎は腹部を押さえながら震えていた。

 暖まった胸の内が、急激に冷え込んでいくのを感じた。

 

 

 

 

 

「やっとお昼だ~」

「ここでしっかり栄養補給しましょう!」

 

 食堂にて、下の妹二人がお昼の喜びに浮かれる中、姉三人は神妙な面持ちで向かい合っていた。

 いずれも頭の中にあるのは風太郎への心配だ。

 昼休み前のテスト中の様子は明らかにおかしかった。

 四葉は一番後ろだったため風太郎の様子に気づかず、五月は単純に問題に集中していたので気づいていない。

 

「フータロー、大丈夫かな?」

「ちょっとあれは辛そうだったね」

「……」

 

 二乃は押し黙ったまま自責の念にとらわれていた。

 原因は自分の渡した栄養ドリンク――二乃はそう考えている。

 今日のテストには風太郎の家庭教師としての進退がかかっているのだ。

 それが自分のせいでご破算となれば、風太郎にも姉妹にも顔向けできない。

 

「上杉君がどうかしたのですか?」

「そういえば見当たらないね」

「フータロー君ね、ちょっと具合良くないみたい」

「トイレに行ったまま戻ってこない」

「え、大丈夫なのかな?」

「心配ですね……」

 

 食事も喉を通らずスプーンを握ったまま不安に心を揺らす。

 風太郎のいない、暗い未来図が頭に去来する。

 それを払拭するべく紙コップの水を一気に煽り、二乃は立ち上がった。

 

「二乃、まだご飯残ってますよ?」

「私もトイレ。食べたいならあんたにあげるわよ」

 

 なにもせずにただ待っているのは性に合わない。

 瞳を輝かせた末っ子を横目に、二乃は保健室へと向かった。

 

 

 

 

 

「く、うおぉ……」

 

 トイレに駆け込んでからもうどれぐらい経っただろう。

 今の俺には時計を見る余裕すらない。

 断続的に襲いくる痛みの波に耐えて、どうにか凪までたどり着く。

 ひとまずだが、痛みの方は治まってくれた。

 

「でもこっちは治まらないよなぁ」

 

 痛みが引けば今度はこっちの主張が強くなる。

 はっきり言うと、ムラムラが強まってきた。

 このままここで発散するか?

 だが、ブツもない状況でそれを行えば、俺はあいつらを――

 

「上杉君、大丈夫かい?」

「……お前、トイレでの遭遇率高くねぇか?」

 

 ドア越しに聞こえる爽やかマックスな声は武田のものだ。

 もはやこの場にいることに驚きはなくなっていた。

 せめて声をかけるのは個室から出た後にしてほしかったが。

 

「水と腹痛の薬を持ってきたよ。いるかい?」

「どういうつもりだ」

「ふふ、敵に塩を送る……かの謙信公と信玄公の伝説さ」

「送られたのは武田方だけどな」

 

 三玖のやつが喜びそうな話題だ。

 個室のドアの下の隙間にビニール袋が差し込まれる。

 拾い上げると、ミネラルウォーターと腹痛薬が出てきた。

 

「それと、今回の模試の模範解答なんてものもある」

「どういうつもりだ、武田」

「僕の父は心配性だということさ」

 

 つまり理事長の差し金か。

 親が偉いとこういう不正もまかり通るわけだ。

 ……いよいよ満点を取る以外勝つ道がなくなったか。

 

「君にあげよう」

 

 今度は紐で封をされた封筒が差し込まれてきた。

 ため息をつきつつ拾い上げる。

 封を解いた形跡はなかった。

 まったく、本当にくだらない……こっちを試すような真似をしやがって。

 ビリビリに破いてドアの下から突き返す。

 いっそトイレに流したかったが、トイレットペーパー以外のものを流すのは禁止されている。

 

「……流石だよ、上杉君!」

「うるせぇトイレで騒ぐな」

「やっぱり僕らは永遠のライバルさ!」

 

 武田は最後までやかましかった。

 足音が遠ざかったのを確認して個室から出る。

 俺の剣は依然として天を突いたままだが、ベルトで押さえつければどうにか目立たないようにできる。

 送られた塩もあることだし、痛みさえなければどうにかなるだろう。

 俺の欲望であいつらを汚すわけにはいかないのだから。

 しかし、体力を消耗した……今度からは期限切れの牛乳があったら全部捨ててやる。

 

「フー君!」

「ん、二乃か」

 

 トイレから出ると二乃がいた。

 焦ったような顔で、手には錠剤――武田が持ってきた腹痛薬と同じものだ。

 どうやら俺を心配してここまで来たらしい。

 ……イクのを我慢しておいてよかったぜ。

 しかし、一つだけ問題がある。

 

「悪い、あまり近寄らないでくれ」

 

 今の俺の体は内なる思春期に侵されている。

 そんな状態でこいつらに近寄ったらどんなことになるか。

 せっかく積み上げてきた信頼を壊したくない。

 

「え……ど、どうして」

「あー、それはなんつーか……」

「やっぱり、私のせいなのね」

「は?」

 

 二乃は自分の腕を抱きながら俯いた。

 こいつ、もしかして腹痛の原因が自分のせいだと思ってるのか?

 

「二乃、腹痛はお前のせいじゃ――」

「ご、ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……!」

「おい、二乃!」

 

 壊れたように謝罪を繰り返す二乃に俺の言葉は届かない。

 いつだったか一花は、二乃は繊細なのだと言っていた。

 だから衝突が多いし傷つきやすいのだと。

 

「聞け! あれは期限切れの牛乳のせいなんだよ!」

 

 肩をつかんで揺さぶっても二乃は反応しない。

 くそっ、どうすりゃいいんだ!

 一花は長女なだけあって姉妹のことをちゃんと見ている。

 その言葉を思い出せ……!

 

『二乃には負けないくらい強く、逆に五月ちゃんには優しさを』

 

 あたりが強い二乃には負けないだけの強さで――つまり、インパクトだ。

 こいつの落ち込みを相殺できるだけの衝撃を与えてやればいい。

 方法は……知らん、出たとこ勝負だ!

 

「――二乃」

「あ……フー、くん」

 

 正面からがっちり抱きしめる。

 下手をしなくてもセクハラ行為に該当するこれは、どう考えても青い衝動が多分に混じった判断だ。

 だがその甲斐あってか、うわ言のように謝罪を繰り返していた二乃は、ようやく俺に反応を示した。

 

「俺の腹痛は家で期限切れの牛乳を飲んだせいだ。お前は悪くない」

「そう、なの?」

「ああ、親父のを間違って飲んじまってな」

 

 とっさに思い付いた方法は二つだったが、最初の段階で正気に戻ってくれてよかった。

 二つ目のは、確実に俺に鐘キスレベルの爪痕を残すものだったからだ。

 ……いや、今の状況も十分ヤバいよな。

 しかし離れようとしたら今度は二乃が離れない。

 むしろ手を俺の背中に回してホールドしてきやがった……!

 

「……近寄るなって言われて、すっごく傷ついちゃったわ」

「あれには複雑で有機的な事情が絡んでてだな――」

 

 そう、そしてその複雑で有機的な事情は今もなお進行しているわけで。

 即ち――俺の風太郎がベルトから外れた……!

 

「あら? なんか当たってる?」

「に、二乃、とりあえず離れて――うぉっ」

「なにかしら……ねぇ、ズボンになにか入れて――」

 

 二乃の細い指が俺の股間のあたりを這い回り、熱を放つ隆起に触れて止まった。

 絶句という言葉がぴったり当てはまる。

 そしてその顔はみるみる赤く染まっていって……

 

「こ、こんなところで盛るなんてあんた……!」

「とりあえず場所を変えようか二乃!」

 

 

 

 

 

「で、それはどういうことなの?」

 

 人気のない場所に移動して向かい合う。

 トイレの前ではいつ人が来るかわかったもんじゃない。

 二乃は赤くなった顔をそらしながら俺の股間を指差した。

 恥ずかしいなら何も見なかったことにしてほしかったぜ……

 

「一応言っておくと、いつもこんなになってるわけじゃないからな」

「そんなのわかってるわよ。その……私に抱きついたからなんでしょ?」

「いや、そういうわけでもない」

「――っ、じゃあどうしてなのよ!」

 

 なぜか二乃の態度がきつくなる。

 下手な誤魔化しをしようものなら酷い目にあわされそうだ。

 もう洗いざらい話すしかないのか……

 

「……いつも毎朝こうならないように処理してんだよ」

「今日はできなかったってこと?」

「なんでか元気が有り余っててな。朝のだけじゃ足りなかったみたいだ」

「……」

 

 例のドリンクのことは避けて話す。

 そもそもあれのせいだという確証もない。

 もう羞恥心はおいてきた。

 あいつではこの先の戦いについてこれないからだ。

 

「さ、さっきトイレで処理はしなかったの? 出せば落ち着くって聞くし」

「おかずがない。なにもなかったら、その……お前らを使うはめになる」

「え、ちょ、それって……」

「それだけはしたくなかったんだよ。だからこんなことになってる」

「……使えばいいじゃないのよ。むしろ私を使いなさいよ!」

「んなことしたら絶対気まずくなるわ!」

 

 この女はなんてことを言うのか。

 そんなことができたら、そもそもこんな無様を晒していないというのに。

 

「それで家庭教師の仕事に支障が出たら困る。お前たちのそばにいられなくなっちまう」

「……バッカじゃないの?」

「学年一位をつかまえて馬鹿だと!?」

「今は学年二位でしょうが!」

「ぐっ!」

 

 平時の勢いを取り戻した二乃は、こちらに一歩迫って指を突き付ける。

 顔が赤いのは相変わらずだが目は真っ直ぐ俺を見据えている。

 

「私はあんたが好きなの! 好きな人にそういう対象にされて嬉しくないわけないじゃない!」

「なんだよそれ。まったく……こっちはこんなに気を揉んでるってのに」

「だからバカだって言ったのよ」

 

 さらに一歩踏み込むと、俺の首に腕をまわした。

 そしてそのまま唇を――

 

「んっ――」

「……」

「――今回は私がしてあげるわよ」

 

 二乃の手がベルトに伸びる。

 慣れない手つきでようやく外したかと思うと、屈みこんでこちらを見上げてきた。

 紅潮した頬と潤んだ瞳――いよいよ俺の理性は抵抗の意思を放棄した。

 

「こ、こんなことするの初めてだし……その、痛かったら言いなさいよね」

 

 ……賢者となった俺に敵はいない。

 その後の試験は問題なく終了。

 だがこの日から俺は、二乃との間に一つ秘密を抱えることになるのだった。

 

 

 

 

 

「旦那様、先月行われた全国模試の結果が届きました」

「ご苦労」

 

 街中を走る黒塗りのリムジン。

 その中で中野マルオは自分の秘書の江端から、先の模試についての報告を受けていた。

 手元のタブレットを操作し、送られてきたデータを確認する。

 まず目を通すのは娘たちの試験結果。

 個人差はあれど、前年と比べれば成績は大きく上昇していた。

 娘たちの努力の成果にマルオは内心で笑みを漏らした。

 しかし、ただ喜んでばかりいられない。

 それは娘五人の家庭教師――上杉風太郎の手腕によるものでもあるのだから。

 

『少しは父親らしいことしろよ、馬鹿野郎が!』

 

 マルオが風太郎に抱く印象はかなり悪かった。

 それは雇い主に対する無遠慮かつ無礼な発言に端を発するものだが、個人的に痛いところを突かれたという思いもある。

 そもそも雇った当初は嫌々やっているのが見え見えだったため、良い印象もなかったのだが。

 

「武田様は全国八位の快挙でございます」

 

 次に武田祐輔――娘たちの新しい家庭教師候補。

 全科目で九割以上の高得点。

 記述式でこれほどの点数を取れるのなら、その実力は疑いようもない。

 付き合いがある彼の父――旭高校の理事長からもそれとなく推薦されている。

 医師を目指しているとのことなので、将来自分の病院に迎えるのも悪くない。

 そして問題は次だ。

 

「そして上杉様は……見事です」

「……一位、か」

 

 全国約250万人の中のトップ。

 データは端的に風太郎の優秀さを示していた。

 全国十位以内に入ることを自ら条件として掲げた彼だったが、その直前には一位を取るなどと大口を叩いていた。

 つまりあれは大口でもなんでもなく、見事に実行してみせたのだ。

 だがそれならばと、マルオには少し腑に落ちない点もあった。

 

「他の科目はノーミス。しかし午前最後の科目だけ、最後の設問の回答が解読不能で誤答と見なされているね」

「報告によれば、突然腹部を押さえて震えだしたのだとか」

「……体調管理には少々問題があるようだ」

 

 マルオにとって上杉家は知らない仲ではない。

 家長である上杉勇也は高校時代からの旧知である。

 その息子である風太郎とも、数年前に一度だけだが顔を合わせている。

 当時の印象は、父親に似ている、だ。

 勝手に持ち出した父の仕事道具のカメラをぶら下げ、小学生ながら髪を染めているガキ大将といったところか。

 あの父にしてこの子ありと思ったものだが、風太郎は変わった。

 京都での一件を契機に、髪色を戻し勉強にのめり込み始めたのだという。

 上杉家の苦境は知っていた。

 風太郎が家のために努力しているであろうことは、十分に察せられた。

 勇也の提案を受けて家庭教師に迎え入れたのも、そういった事情を鑑みた部分もある。

 しかしそれは単なるきっかけであり、成績優秀といえど成果を出せないようなら容赦なく首を切る気でいた。

 マルオは現実主義者であり結果を重視する。

 そしてそれは自分の感情よりも優先されるものだ。

 娘たちの成績を伸ばした上で全国トップ――申し分のない結果と言える。

 

「業腹だが……認めざるを得ないね」

 

 思い通りにいかないことばかりだと嘆息する。

 風太郎はマルオの思惑や予定をことごとく妨害してみせたのだ。

 それも自ら結果を示すという、これ以上ないやり方で。

 

「上杉風太郎。その覚悟……見事だ」

 

 

 

 

 

「結果は確認したかい?」

「ああ」

「結構……では――」

 

 先月の模試の結果を手に、俺と武田は屋上で対峙する。

 こいつが言うには川中島の戦い――その勝敗が決するのだ。

 

「――俺の勝ちだな」

「……いつか君の言った通り、勝つには満点を取るしかなかったわけか」

 

 武田は扶壁にもたれると空を仰いだ。

 俺からかける言葉はない。

 何を言っても、それは勝者の傲慢にしかならないからだ。

 

「父の期待には応えられなかったけど、これで良かったのかもしれないね」

「……」

「僕はね、宇宙飛行士になりたいんだ」

「……は?」

「地面も空も空気さえもないあの空間に憧れて――」

「いや、そこはいい」

 

 いきなりのカミングアウトに戸惑う。

 もっと脈絡というものを大事にしてほしいところだ。

 武田は少し残念そうにしたものの、再び語り始めた。

 

「険しい道だ。学校一だけじゃ到底届かない、日本一でもまだ遠いさらに先の先……途方もない高みさ」

 

 空を見ていた武田の目が地面に落ちる。

 放課後なので校門から出ていく生徒の姿が見えた。

 

「まずは君に礼を言うよ――ありがとう」

 

 差し出された手。

 しかし俺はそれに応じてやらない。

 一方的に納得されるのも癪なので、目線で先をうながす。

 

「あまりに高いものだから、上を見ているのに疲れるときがある……でも君がいた」

「君がいたから僕は上を見ていられた。君がいなかったら僕は猿山の大将で満足してしまっただろう」

「そして君は学内をはるかに飛び越えて全国一の高みまでたどり着いた」

 

 武田が笑う。

 それはいつもの爽やかなものではなく、どこか獰猛な笑みで。

 

「君がまだ僕の上にいてくれる――こんなに嬉しいことはないよ」

 

 前髪をいじりつつ目をそらす。

 こうも真っ直ぐな感情を向けられるのは、いつだって気恥ずかしい。

 差し出された手を握る。

 握り返される強さに負けないよう、さらに強く。

 

「それじゃあ、僕はそろそろ行くよ」

「ああ。武田……お前の夢、叶えて見せろよ」

 

 振り返らず、武田は手を突き上げて応えた。

 

「夢、か」

 

 武田のいなくなった屋上で一人呟く。

 俺自身にはないものだ。

 あるにはあるが、漠然としすぎてて夢と呼んでいいものか。

 必要とされる人間になる。

 それは他人に認められるということだ。

 今の俺は、どうだ……?

 

『あなたは……私たちに必要です』

 

 林間学校の後、病室での五月の言葉。

 

『フータローとならできるよ』

 

 去年のクリスマス、川に落ちた俺を助けるために飛び込んだあいつら。

 そして、さっきの武田の言葉。

 

「……いつの間にかしがらみが多くなったもんだ」

 

 家庭教師を始める前、家族以外の他人をはねのけていたあの頃。

 誰にも邪魔されずに勉強していられた。

 だが、誰にも必要とされていなかった。

 当たり前だ。

 他人を必要としないやつが他人に必要とされるわけがない。

 それがわかっていなかった俺は、ただ勉強という手段にだけ縋っていた。

 いや、手段を目的にしていたんだ。

 ひたすらに勉強勉強と……だけど勉強したその先のことを何も考えていなかった。

 空虚で滑稽なことこの上ない。

 

「今度は俺が教えてもらう番かもな」

 

 夢を見つけた一花と五月に。

 ここで大層な夢を語った武田に。

 二乃や三玖、四葉にも進路について聞いておくべきだろう。

 しがらみとは絆と言い換えてもいいのかもしれない。

 約一名、おかしな繋がりになったやつがいるが……

 

「つーか、どうしたらいいんだよ……」

 

 頭に思い浮かぶのはあの日の光景。

 唇の感触と、俺の剣に触れる二乃の――

 

「――っ」

 

 頬を叩いて思考をリセットする。

 これ以上思い出すと臨戦態勢になりかねない。

 

「あっ、上杉さん発見!」

 

 屋上のドアが開くと、悪目立ちリボンがこちらを指差して大声を上げた。

 そしてぞろぞろと現れる五つ子たち。

 

「探したよー、いつの間にかいなくなっちゃうんだもん」

「せめてメールぐらいよこしなさいよ」

「結果、どうだった?」

「あなたのことだから心配はしていませんが」

 

 どいつもなぜか手を後ろに回している。

 まさか、自分たちの結果が悪かったから隠してるんじゃないだろうな?

 俺も対抗して結果の紙を後ろに隠してみた。

 が、四葉に速攻で奪われてしまった。

 

「拝見します!」

「おい、勝手に見るな!」

「ふむふむ……」

「えーっと……」

「フータローの順位は……」

「これ、いつものパターンじゃ……」

 

『1/250762』

 

「「「「「……全国一位」」」」」

「あー、めっちゃ恥ずかしい!」

 

 などと言ってみるが、もうすでに手の内は知られているため反応は冷ややかだった。

 五月はため息すらついている。

 なんだか本当に恥ずかしくなってきたぜ……

 

「お、お前らも早く出せよ。隠してたってわかるんだからな」

「あれ、気づかれちゃってた?」

「ちょっと、誰よ話したの」

「サプライズ感、なくなっちゃったね」

「むむっ、上杉さんはもしやエスパーでは?」

「とりあえず渡しちゃいませんか?」

 

「「「「「お誕生日、おめでとう!」」」」」

 

 いきなりのハッピーバースデイに頭がフリーズする。

 そもそも今日は誕生日じゃない。

 しかしお構いなしに五人はプレゼントをポイポイと渡してくる。

 ふと、その中の一つ――四葉が渡してきたものの中に、見覚えがあるものを見つけた。

 いつぞやの勉強会の際にこそこそと折っていた折り鶴だ。

 ……まったく、余計な気を使いやがって。

 

「あー、その、もし良ければだが……これから打ち上げ的なものでもどうだ?」

 

 そんな俺の提案に、五人は顔を見合わせて――

 

「フータロー君の奢りなら良いよ」

「良いけどあんたの奢りね」

「フータローのごちそう……やった」

「ごちになります、上杉さん!」

「さぁ行きましょう善は急げです!」

 

 なぜか俺が奢る流れが出来上がっていた。

 こんな時にばかり意見が一致しやがる。

 おいそこの五女、よだれたらしてるんじゃねぇ!

 我先にと校内へ戻っていく五人を追いかける。

 てか、プレゼントを持ったままだと歩きにくいな。

 

「それ、よこしなさい」

 

 階段を降りようとすると、横から声がかかった。

 振り向くと二乃がいた。

 俺が校内に入るのを待っていたのか。

 一番かさばる四葉の千羽鶴を奪うと、さっさと階段を降り始めた。

 俺はやや距離を開けて追随する。

 二人きりになるのは模試の日以来だった。

 避けていたわけじゃないが、意図的にそうならないようにはしていた。

 

「……」

「……」

 

 こういう風に気まずい空気になるのが目に見えていたからだ。

 ……もうどうすりゃいいのやら。

 

「この前のことなんだけど」

「あ、ああ」

「またあんな風になったら言って」

「……は?」

「だ、だから……また相手してあげるって言ってんのよ!」

 

 それだけ言うと二乃は階段を駆け下りて行った。

 ちらっと見えた横顔は真っ赤だった。

 恥ずかしくても言ってしまうのが二乃なのだろう。

 防御を意識しない超攻撃スタイル。

 おかげで妙に顔が熱い。

 その熱を冷ますために、俺はゆっくりと階段を下りて行った。

 ちなみに打ち上げは俺の懐事情を配慮したのか、大変リーズナブルなメニューになった。

 五月は不満そうにしていた。

 

 

 




フー君と二乃はCまではいってません。
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