フー君が思春期の青い衝動に振り回される話   作:kish

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お久しぶりです。
約三週間ぐらい放置していたのは、年末に向けての駆け込みだとかゲームとかゲームとか、その他にゲームで忙しかったからですね。

とまぁ、言い訳じみた前置きはさて置き、後夜祭の話に入ります。


後夜祭~風太郎の告白~

 

 

 

「ん~~」

 

 壮絶な戦いの後でソファーにぶっ倒れた俺は、四葉にじゃれつかれていた。

 より正確を期すのならば少し違うのかもしれないが、さながらネコ科の動物がマーキングするかのように体を擦りつけられているのだ。

 あるいはイヌ科の愛情表現だろうか。

 どちらにせよ、精根尽き果てた俺はされるがままだ。

 柔らかいものを押し当てられたまま動かれるのは正直気が気でないが、幸いな事に現在はその手の欲が減退している最中だ。

 四葉との戦いは、ラウンド数で言うのならば過去最高のものになった。

 上に跨られたまま数回、そして汗を流すためという名目で再びの浴室に引き込まれて数回。

 今まで溜め込んできた鬱憤を晴らすかのような、そんな乱れ方だった。

 中野姉妹の暴走に備えて財布に忍ばせてあった近藤さんは全滅した。

 というより、アイテムがなくなったことでようやく終わったと言うべきか。

 なんにしても、俺の命があるうちに終わってくれて本当に良かった……

 昨日の夕方から続く姉妹との戦いや、最後の追いかけっこで体力はほぼ尽きていた。

 こうして虫の息ながらも生きながらえているのは、主に四葉が動いていたからだろう。

 こいつ、初めてだったくせにアグレッシブすぎやしないか?

 残念な頭の方に反して、恐るべきフィジカルである。

 今後こういう機会があるとして、こいつに主導権を握らせるのはヤバいかもしれない。

 

「……四葉」

「なぁに?」

「くすぐったいんだが」

「がまんして」

 

 くすぐったいというよりも、ムズムズというかムラムラし始めてきた。

 こんな風に体を押し付けられて、さらに髪からシャンプーやらの匂いが漂ってくるのも悪い。

 俺自身は力尽きる寸前だというのに、俺の分身はまだ戦えると主張していた。

 その闘争本能は見上げたものだが、状況の判断ができないようでは二流もいいところ。

 もし今四葉がその気になってみろ、今度こそ俺は死ぬ。

 

「わっ、さっきあんなに一杯したのに……」

 

 顔を手で覆う。

 こうして頬を染めた四葉は、思わず抱きしめたくなる程度には心を揺さぶってきた。

 しかしそれをやったら最後、俺の命運は尽きる。

 幸いな事に、体力は尽きそうだが精神力の方はまだ比較的余裕がある。

 中野姉妹の猛攻を、致命傷を受けながらも凌ぎ切った鋼の理性を見せてやるぜ……!

 

「ふ、風太郎君がしたいなら……いいよ?」

 

 鋼の理性の白旗は早かった。

 鉄壁なはずの城塞は、四葉の上目遣いであっさり瓦解してしまった。

 抱き寄せるとさらに体が密着し、顔と顔の距離もより近くなる。

 四葉がそっと目を閉じたのが合図だった。

 今にも尽きそうな体力だとかもうゴムはないとか、そういうことも頭から吹っ飛んでいた。

 ただただ、今は目の前の四葉のことしか考えられない。

 そのまま顔を引き寄せて――

 

「あれ、二人とも家にいたんだ」

 

 俺と四葉は、二人揃って固まった。

 たった今やって来たのか、一花がそこにいた。

 まるで何でもない日常の一コマのように、キッチンへ向かうと冷蔵庫を物色していた。

 そして用が済んだのか、リビングのテーブルについて一言。

 

「あ、気にしないで続けていいよ」

「できるかっ」

 

 

 

 

 

「よくよく考えたらさ、他のみんなとフータロー君がしてるとこ、見たことなかったなって」

「あってたまるか」

 

 距離をとって座り直した俺と四葉の左側、二人掛けのソファーに座って一花はそうほざいた。

 いくら俺達の関係が普通とは違うといっても、それはもう特殊プレイの領域である。

 残念ながら、俺にはそんな嗜好はない。

 爛れていることに自覚はあるが、それは明らかにダメな部類の爛れ方だろう。

 そもそもの話、爛れ方に良いも悪いもあるのかという点に議論の余地はあるだろうが。

 とにかく、俺自身熟練者を気取っているわけではないが、初心者の四葉には刺激が強すぎる。

 いや、決して他の姉妹だったらOKというわけでもないんだが。

 

「そ、それで……一花はどうして家に?」

 

 顔を赤くしながらも質問した四葉は、健闘した方だろう。

 これが五月だったら、その場にうずくまって悶えているのが容易に想像できる。

 しかし相手が悪い。

 この長女は、それが許される場においては喜々として弄ってくるタイプだ。

 俺も散々被害に遭っているから、よくわかる。

 

「四葉、下着ちゃんとしたの着けてた? ほら、この前もう使わないやついくつかあげたじゃん」

「い、一花っ」

 

 ちなみに、お子様パンツとスポーツブラだった。

 中野姉妹の中には、やたら過激なのを着けている奴もいる。

 特に一花はその傾向が強いから始末に負えない。

 ただ着用しているだけなら問題ないのだが、それを使って誘惑してくるのが問題なのだ。

 もちろん俺の理性は容易く屈しはしないが、弘法だって筆を誤ることはある。

 そんなわけで、色気を目的としない実用性重視のものは逆に安心できたりする。

 四葉のあの体にサイズのあっていないお子様パンツは、それはそれでヤバかったのだが。

 ……違う、今は下着の話じゃない。

 危うく一花のペースに乗せられるところだったぜ……

 

「それより、お前は家に忘れ物でもしたのか?」

「そんなとこだね。そしたら二人がくっついてるもんだから、お姉さんビックリしちゃったよ」

「あうぅ……」

「でも安心した。フータロー君を信じていて良かった」

 

 一花の言葉に、少し安心した。

 その信頼に応えられたというのならば、なけなしの体力を振り絞った甲斐がある。

 

「まぁ、そっちの方も頑張っちゃったみたいだけど」

 

 ゴミ箱を覗き込んで、一花は苦笑した。

 そこには俺達が励んでいたのを示す証拠品がある。

 さっきから恥ずかしそうにしていた四葉だが、ついに顔を手で覆ってダウンしてしまった。

 俺だって平気というわけではないが、事ある毎に裁判にかけられて慣れてしまった節はある。

 

「というわけで四葉を連れてくけど、フータロー君一人でも大丈夫?」

「ああ、ちょっと休んだら学校に戻るつもりだ」

「なら、みんなで話があるからまた後でね」

 

 そう言って、二人は部屋から出ていった。

 四葉は不安そうな顔をしていたが、一度手を握ってやるとそれもなくなったようだ。

 一人残された俺は、目を閉じて考える。

 話がある、とはやはりそういうことだろうか。

 これはいよいよ、俺も覚悟を決める必要がありそうだ。

 

 

 

 

 

「みんな、心配かけて本当にごめんっ」

 

 一花に連れられて学校に戻った四葉は、姉妹に頭を下げた。

 本日二度目の謝罪である。

 姉妹からは呆れる声や諌める言葉、咎める者もいたが、根っこで心配していたのは共通だ。

 

「で、したの?」

「ええっと、何のことだか……」

 

 詰め寄ってきた二乃に白を切る四葉だったが、目は思いっきり泳いでいた。

 その様子に疑いの眼差しは深まる一方だが、容疑者は決して目を合わせようとしない。

 業を煮やした二乃は、四葉のワイシャツのボタンを一つ外して中を覗き込んだ。

 

「うわ、すっごい痕残ってるじゃない!」

「わぁ、この量は相当だね」

「セクハラ! これセクハラだよ!」

 

 自分の胸元を覗き込んでくる姉二人に抗議する四葉だが、離してくれる気配はない。

 騒がしくしている三人を横目に、五月はため息をついた。

 服の中を覗き込んで痕が残っているとなれば、そういうことだろう。

 かくいう五月の胸にもしっかりと残っている。

 顔を赤くしながら自分の胸元を覗き込んでいると、同じようにしている三玖と目が合った。

 

「フータロー、おっぱい星人だから」

 

 本人が聞いたら抗議してきそうな一言だったが、残念ながら否定する材料はない。

 事実として、事の最中に風太郎が中野姉妹の胸部に執着してくるのは確かだった。

 元々そういう性癖だったのか、それとも中野姉妹と触れ合ってそうなったのか。

 順序はこの際瑣末な問題である。

 重要なのは、風太郎が毎回決まって胸にキスマークを残していくことであり、四葉の胸に残されたそれは尋常な量ではないということだ。

 たった一度でそうなるとは思えないので、回数としては相当のものだろう。

 

「ちょっとあんた、私たちがいないのを良いことにやりたい放題だったってわけ?」

「ご、誤解だよ!」

「五回ですって!? どんだけヤってたのよ!」

「あわわわわ……そ、そうでもあるけど、そうじゃなくて!」

「まぁまぁ、二人とも落ち着いて」

 

 ヒートアップする二乃と激しく動揺する四葉の間に、一花は割り込んだ。

 長女として姉妹をリードしてきた手前、仲裁ならお手の物である。

 それが高じて五つ子裁判において裁判長を務めたりもするのだが、最近は不祥事を隠していたりすることもあるため、あまり信用されていなかったりする。

 妹達からの疑惑の目に冷や汗をかいたことは、一度や二度ではない。

 

「とりあえず四葉、隠していたわけじゃないんだけど、私たちも――」

「いいよ、一花。私、知ってるから」

 

 気遣わしげに口を開く一花を、四葉は首を振って制した。

 その顔に最早諦念の色はなく、どこか晴れやかですらあった。

 

「そっか、なら改めて説明する必要もないんだね」

「助かる。正直アレは恥ずかしいし」

「右に同じです……」

 

 三玖と五月は、犯行が即座にバレて尋問を食らった口である。

 その結果二人を待っていたのは、五つ子裁判で初体験の概要を自分の口から語らされるという、世にも恐るべき仕打ちだ。

 公平を期すために結局裁判に参加した全員が語ることにはなるのだが、それもまた恥ずかしい。

 一回話したからといって平気になるわけではないのだ。

 比較的動揺が見られない上の姉二人は、時間を経ることで得た余裕の差だろうか。

 本来ならば四葉も五つ子裁判の形を取って尋問されるところなのだが、諸々の事情を考慮した結果、今回は免除されている。

 

「これだけは聞いておくけど、いつから好きだったのよ」

「最初からだよ」

「そう……」

 

 二乃の脳裏に浮かんだのは、ずぶ濡れになった風太郎の姿だった。

 思い出の少女との別れに、かつてないほどに落ち込んでいた。

 

「なら、私はあんたのことを認めないわ」

「……どうして?」

 

 その元となる感情は嫉妬だったのかもしれない。

 風太郎は五人が好きだと、そして選ぶことができないと言った。

 それは他の四人が体を重ねて、ようやく四葉に並び立ったと見ることもできる。

 なんせ、四葉はそういう接触が一切ないにも関わらず、その告白を受けたのだから。

 風太郎にとっては間違いなく特別なのだろう。

 六年前の出会いと一年前の再会。

 その巡り合わせは、まさに運命と言っても過言ではない。

 だからこそ、それを手放すような真似に納得ができなかった。

 それでも、納得ができないだけならまだ良かった。

 四葉があくまでも想いを秘めているだけなら、二乃の前に立ち塞がらないのなら、もやもやとした感情を抱えつつも何も言うつもりはなかった。

 しかし、結果として四葉は自分と同じ舞台に立った。

 風太郎を傷つけたその口で、風太郎への愛を語るのは到底見過ごせない。

 

「あんたは……思い出の女の子はフー君に別れを告げた。そのはずでしょ?」

「二乃、それは私が――」

「いいよ、五月。私が頼んだ事なんだから」

 

 二乃が何に言及しているのかに気づいた五月が口を挟もうとする。

 しかし四葉はそれを止めた。

 あくまで五月は、自分の代わりを務めただけなのだと。

 

「それでも、風太郎君は私を受け入れてくれたよ」

「ええ、そうね。だからこれは私のワガママよ」

 

 当人同士が納得しているのなら、本来ならそこに口を挟む余地はない。

 それは二乃も承知している。

 そもそも、自分自身が相当に酷い態度をとってきたという事実もある。

 時々都合良く頭から抜け落ちるが、忘れてはいないのだ。

 だからこそここで問いたいのは、四葉の想いの強さだ。

 過去の風太郎を変えた思い出の少女。

 積み重ねた時間では、きっと他の誰もが敵わない。

 それでも、その想いが自分に劣るようなものでしかないのなら――

 

「今、ここではっきりと聞かせなさい。あんたがフー君をどう想っているのかを」

 

 自分に指を突きつけてくる二乃の目に、四葉はその本気の程を感じとった。

 ここで下手な答えを返そうものなら、姉妹の縁を切られかねない。

 それほどの激しい感情を持って、二乃は自分と対峙しているのだと。

 いきなりではあるが、その気持ちは納得できるものだった。

 傍から見ても、二乃は姉妹の中で最も強く風太郎に想いをぶつけていた。

 対して四葉は、そういう方面ではほとんど動きを見せていなかった。

 いっそ受身だったと言ってもいい。

 風太郎を連れ回すことはあっても、それはあくまで学級長の仕事の延長でしかなかったのだ。

 そんな自分が他の姉妹と同様に、前から好きだったと言っても納得しかねるのだろう。

 ならばと、一歩前に出る。

 以前の四葉ならここで引き下がっていた。

 姉妹への負い目から、自分の我を通すことを良しとできなかった。

 でも今は違う。

 たとえ誰かを傷つけることになったのだとしても、譲れない想いがある。

 いつかなんて悠長なことはもう言わない。

 自分の夢は、今この自分自身が叶えてゆくものなのだから。

 

「好きだよ。昔からこの気持ちは変わらない……ううん、前よりもっと好き」

「一花にも二乃にも、三玖にも五月にも負けたくない」

「私は絶対に風太郎君と添い遂げるって決めたんだ」

「だから、二乃になんて言われても絶対に絶対に譲らない……!」

 

 四葉の宣言を、二乃は真正面から受け止めた。

 自然と口角が上がる。

 思えば、一足早く五つ子の横並びから飛び出たのは四葉だった。

 トレードマークとなるリボンを着け始め、それにつられるように姉妹は変化していった。

 昔のままでいたいという二乃の願いを破壊したのは、他でもない四葉なのだ。

 そして今は自分と同じ、それ故に相容れない願いを持って対峙している。

 驚く程に好戦的な感情が湧き上がるが、それでいい。

 自分達は血を分けた姉妹であり、同じ目標を目指す同志であり、互いにこれから先一生意識し合うライバルなのだから。

 変化を恐れるような臆病さは、髪を切った時に一緒に捨ててきた。

 

「譲らないって、まるでフー君が今は自分のものみたいな言い方ね」

「うん、だって風太郎君は私のことが一番好きだもん」

 

 四葉のいっそ傲慢ともとれる発言に、二乃のみならず他の姉妹も顔を引きつらせた。

 風太郎にとって特別だというのは間違いない。

 それは過去の事情を全く知らない三玖でも、これまでの会話からそう察することができた。

 しかし、だからといって自分が一番だと思い込むのは如何なものか。

 四葉が風太郎と向き合うことを望んでいた一花と五月も、これは見過ごせない。

 

「四葉さ、ちょーっと頭冷やそ?」

「一花の言う通りです。それに、上杉君は私の胸が一番大きいと言ってましたよ」

 

 四葉に向いてた視線が、今度は五月に向けられた。

 一卵性の五つ子である中野姉妹は、身長やバストサイズも同じなはずなのだ。

 ここに体重も加えたいというのが五月の意見なのだが、他の姉妹の反応はいまいちである。

 とにかく、バストサイズも五等分だというのが姉妹の共通認識だったのだが、今ここに裏切り者が見つかったようだ。

 自分の失言に気づいた五月が目をあらぬ方向にそらしたが、発した言葉は取り消せない。

 二乃と三玖が左右から取り押さえ、一花が五月の胸に手を伸ばした。

 

「ちょっ、一花……んんっ」

「どうなのよ」

「うーん……たしかにサイズアップしてるかも」

「五月、有罪、切腹」

「そ、そんなぁ」

 

 五月は三人に揉みくちゃにされていた。

 ここに栄養を蓄えているのかと、胸とお腹を重点的に攻められていた。

 いきなり蚊帳の外に置かれた四葉は、目を点にするしかない。

 

「と、とにかく! 誰が一番なんて議論は、今のところは不毛なだけです」

 

 ようやく解放された五月は、強引に軌道修正を図った。

 言ってることはもっともだが、それだけでは着いた火は消えない。

 もとより二乃は、言わせっぱなしで黙っているようなおとなしい性格ではないのだ。

 

「一番は私に決まってるでしょ」

「言い切ったね……二乃のその自信はどこから来るのかな」

「私が一番フー君のことを好きだからよ」

 

 ともすれば、それは先程の四葉の発言と大差ない。

 呆れる一花に対して、二乃は堂々と自分の想いが一番強いのだと言ってのけた。

 明らかに四葉に対抗した形だが、こうなれば他の姉妹も黙っていない。

 

「一番は私でいいと思う。フータロー、私に一番優しいし」

 

 基本的に口が悪くやや無遠慮な発言が目立つ風太郎だが、三玖には比較的穏やかな態度をとる。

 それは他の姉妹と比較して、問題行動が少ないことに起因している。

 いち早く風太郎に協力的な姿勢を見せたことも、無関係ではないだろう。

 それは四葉も同じなのだが、それ以上に問題行動が多いため叱られることも珍しくない。

 

「まぁ、フータロー君が一番に甘えてるのは、間違いなく私だよね」

 

 確かに一花と風太郎の間には、共感のような何かがある。

 それは妹を持つ者同士のシンパシーなのか、そういう意味で気を許していると言えなくもない。

 姉妹の中で精神面では最も対等な位置にいると言ってもいいだろう。

 そんな相手に甘える……というか頼るようなこともあるのかもしれない。

 姉妹からも油断ならない相手として認識されている一花だが、頼られているのもまた事実だ。

 

「張り合うつもりはありませんが、上杉君のご家族とは仲良くさせてもらっています」

 

 言葉とは裏腹に、対抗意識は満々だった。

 五月は上杉家を訪問した回数において堂々の一位であり、家族からの覚えもいい。

 言うなれば外堀を埋めにかかっていると言えるだろうか。

 二乃や三玖も風太郎の家まで行ったことはあるが、それだけである。

 それだけでは済まされない行為に及んではいたのだが、今は無関係なのだ。

 重要なのは風太郎の家族とどれだけ親しいのかであり、その点で五月は一番なのだということ。

 ドヤ顔を隠しきれない末っ子だが、姉達の反応は余裕に満ちたものであった。

 

「頑張ってるけど、五月ちゃんはまだまだだね」

「そうね、負ける気がしないわ」

「まだまだ他人行儀」

「ど、どういう意味ですか」

 

 たじろぐ五月に顔を見合わせると、三人は揃って口を開いた。

 

「フータロー君」

「フー君」

「フータロー」

 

 姉三人が示しているのは、風太郎の呼び方だった。

 他の姉妹と違い、五月は基本的に丁寧な口調で話す。

 それは母の影響であり、風太郎を苗字で呼ぶのもその延長だ。

 確かに他人行儀と言われればその通りだろう。

 しかしながら、長年その喋り方を続けていたので、最早染み付いて癖になってしまっている。

 はいそうですか、と切り替えるのは困難なのだ。

 実は既に風太郎とは砕けた口調で話してみたのだが、案の定ぎこちない結果に終わっている。

 母脱却の道もまだまだなのである。

 

「わ、私だって風太郎って呼べたんだから! みんなにも負けてないの!」

「え、なんかすっごい違和感。五月ちゃん無理してない?」

 

 勇気を振り絞ったタメ口だが、風太郎同様に姉妹の顔は微妙なものである。

 普段の口調とかけ離れすぎていて、違和感が半端ないのだ。

 ここらへんはもう慣れの問題なので、地道に続けていくしかないだろう。

 

「そういえば五月、昨日は風太郎さんって呼んでたよね」

「あれは母脱却を考える前だったからというか、将来夫婦になったらを想定してと言いますか」

 

 三玖の疑問に、五月は頬を薄赤く染めながら答えた。

 母親役を志すのをやめたからといって、風太郎と結ばれるという目標は依然としてそのままだ。

 やはり口調は元に戻ってしまったのだが、姉妹はそれよりも聞き捨てならない言葉に引っかかった。

 

「夫婦って……五月ちゃんさ、もしかしてフータロー君に重いとか言われてない?」

「な、なんで一花がそれを!?」

「というか、私を差し置いてフー君と夫婦とか生意気よ」

「五月には荷が重いから私が引き受けるよ。フータローからプロポーズもされたし、適役だね」

「「はぁ!?」」

 

 三玖の爆弾発言に、二乃と五月は目を剥いて声を上げた。

 なにやら心当たりがある一花は一見冷静だが、もしかしたらと疑念は拭えないようだった。

 揉みくちゃの対象が五月から三玖に変更された。

 三人に揺さぶられながら、三玖は気の抜けた声を上げていた。

 その光景を見て、今まで静観していた四葉は耐え切れずに吹き出してしまった。

 

「ぷっ……あはははははっ!」

 

 実を言うと、四葉は相応の覚悟を持ってこの場に臨んでいた。

 最悪、姉妹同士の争いになることも想定していた。

 しかし、蓋を開けてみればこの有り様である。

 緊張の糸はすっかり解けてしまった。

 

「あんたはなに笑ってんのよ」

「えっとね、みんなでこうしていられるのが嬉しいんだ」

「まぁ、もうこんな機会も早々ないわよね」

 

 この学園祭が終われば、いよいよ各々の進路と向き合うことになる。

 今まで一緒に歩いてきた姉妹は、別々の道を歩んでいくことになるだろう。

 

『皆さま、お疲れ様でした。これにて旭高校学園祭三日目を終了とします――』

 

 アナウンスが学園祭三日目の終わりを告げた。

 あれだけ色々あった三日間も、この先の後夜祭を経て終わりを迎える。

 暗くなりつつある空を見上げてから、四葉は姉妹に抱きついた。

 

「ね、せっかくだしみんなで後夜祭回ろうよ」

 

 道が分たれることを惜しむよりも、一緒にいる今を楽しむ。

 ライバルなのだとしても、姉妹なのだから。

 四葉の提案に、姉妹は賛成した。

 

「じゃあ、まずはどこ行く? やっぱりせーので――」

「ストップ。そんなのバラバラになるに決まってるでしょ」

 

 中野姉妹は一卵性の五つ子ではあるが、好みは驚くほどかぶらない。

 その数少ない例外が男の趣味なのだが、それは今は関係ないので置いておく。

 別々の場所を一斉に言っても埒があかないので、とりあえず順番に回ることになった。

 野外ライブのステージ、誰もいないパンケーキの屋台、そして学園祭の出し物の結果発表。

 集計の結果、最優秀店舗は三年一組のパンケーキ屋に決定した。

 体育館のステージ上で、賞状とトロフィーを受け取る愛未と山内に、三玖は目を細めた。

 そして同じく表彰された演劇部員たちを見て、四葉は小さく笑みを漏らした。

 結果発表を見届けると、中野姉妹は体育館の外へ。

 残るは五月の要望だ。

 

「お腹が空いたので、みんなで食べ歩きましょう」

 

 最早空腹を隠すことなく、堂々と五月は提案した。

 お腹の虫の鳴き声も高らかだった。

 これには姉妹も苦笑いである。

 幸い、四葉の無料券がまだ余っていたので、それを使って屋台を回ることになった。

 

「えっと、何から食べに行きます?」

 

 それぞれが思い思いに食べたいものを言葉にする。

 意見が全く揃わなかったのは、言うまでもない。

 

 

 

 

 

 暗色に変じつつある空の下、旭高校へ向かって歩く。

 時計を確認すれば、午後五時をもう過ぎていた。

 つまり、学園祭の三日目は終了している。

 もちろんこんな遅刻をかます羽目になったのには、深い事情がある。

 それはもう疲れに疲れ果てて、中野家のリビングで気を失っていたからだ。

 一花が四葉を連れて行った後、ほんの少し休むつもりが寝入ってしまったのだ。

 起きたらもう四時半を過ぎており、慌てて出てきた次第だ。

 多少体力は回復したとはいえ、それでも歩くのが精一杯である。

 

「お、上杉じゃねーか。どこ行ってたんだよコラ」

「疲労困憊だね。何かあったのかい?」

 

 やっとの思いで学校までたどり着くと、前田と武田が出迎えた。

 どうも、これから出し物の結果発表を見に行くらしい。

 最優秀店舗の発表も行われるため、そのために気合を入れていた男子勢は気になるのだろう。

 

「せっかくだし、上杉君もどうだい?」

「いや、俺は用事がある。お前ら、中野姉妹を見かけなかったか?」

「さっき五人で歩いてるとこを見たけどよ……ぶっちゃけどーすんだよ」

 

 前田の心配は、やはり学級長の噂に対してだろうか。

 今まであまり触れないでいてくれたのだが、見過ごせない程度には広まってしまったらしい。

 流石にそれで学校側からどうこうということにはならないとは思うが、頭の痛い話だ。

 

「いい機会だ。僕も君に尋ねたいことがある」

「なんだよ改まって」

「上杉君……君は僕とのライバル関係と彼女たちとの関係、一体どっちを取るんだい!?」

「なんだその二択は」

 

 この二つを天秤にかけた覚えはさらさらない。

 さらに言うのなら、こいつとのライバル関係なんて意識したことがない。

 何故なら、勉強とはどこまで行っても自分との戦いだからだ。

 しかし武田が言うライバル関係を、勉強に置き換えるなら多少話はわかる。

 言うまでもなく、学生の本分だ。

 中野姉妹に出会う前の俺は、それ以外を不必要と切り捨ててきた。

 勉強という手段だけを盲目的に信じて進んでいた。

 でも、それだけでは立ちいかないことを思い知らされた。

 少なくとも中野姉妹との追いかけっこは、いくら勉強しようがどうしようもない。

 今更ながら体力作りの必要性をひしひしと感じている。

 それと、思い知らされたことがもう一つ。

 

「どっちかじゃなくて、どっちも取るんだよ」

「……君は欲張りだね」

「どうやらそうらしい。俺も最近思い知った」

 

 恋愛にかまけていては勉強が疎かになる。

 そんな過去の自分の発言に反するが、あえて言わせてもらおう。

 そんなのはそんじょそこらの奴らの戯言だ。

 テストの点数という結果を叩きつけてやれば黙るだろう。

 一花が仕事と勉強を両立しているのだ。

 それぐらいやってのけなくては、仮にも教師としての面目が立たない。

 

「で、結局誰を選ぶんだよコラ」

「……」

「やれやれ、固まってしまったね」

 

 前田は容赦なく現実に引き戻してくれた。

 情けない話なのだが、事ここに至って覚悟は固まりきっていなかった。

 誰を選ぶとかそういう話ではなく、選択したことを貫き通す覚悟だ。

 いつか見た夢の光景が頭に浮かぶ。

 俺は、あの道を進むことができるのだろうか。

 こちらの沈黙をどう受け取ったのか、前田が拳を突き上げる。

 

「よーしお前ら、見てろよ。俺は今から一発かましてやるぜ!」

「前田君……いくら勉強が苦しいからといって、窓ガラスを割って回るのは……」

「んなわけあるかコラ! 告白だよ告白!」

 

 真剣な顔で止めに入った武田に、前田が吠え返す。

 噛み合わない会話の内容はともかくとして、告白という言葉が問題だ。

 

『さっぱりわからん! お前ら、どうにかしてくれ』

 

 思い浮かんだのは、選ぶことを放棄したなんとも情けない告白だ。

 その直後の強烈な痛みを思い出して、思わず左頬をさすってしまった。

 

「俺がそこの優柔不断な学級長様に、いっちょ男を見せてやるって言ってるんだよ!」

「ははは、正気かい? この祭りが終われば、受験のただ中に放り込まれるというのに」

「だからこそだ。今日が終わる前に、俺はなんとしてもあいつに告白する!」

 

 あいつというのが誰を指すのかはわからないが、前田の気合は十分だった。

 拳を握ってみる。

 体力的にはボロボロだが、気力はまだ尽きていない。

 なにより、ここまで言われて引き下がるわけには行かない。

 

「……そうだな、いい加減はっきりさせるべきだ」

「上杉君、君もかい」

「お前には反対されるかもしれないが、結構待たせちまったからな」

「いいや、それが君の選択なら、僕からは何も言うことはないさ」

「おいコラ、俺の時と態度違いすぎねーか?」

「はははは」

 

 前田のしかめっ面に爽やかな笑みを返すと、武田は一歩前に進み出て振り返った。

 

「しかし君たちが行動を起こすというのに、僕だけ何もしないのは少し寂しいね」

「つーかお前にそんな相手がいんのかよ」

「いいや、残念ながらね」

 

 学園祭前に相談を持ちかけてきた女子を思い出す。

 口ぶりからは武田に気があるようだったが、あれはどうなったのやら。

 まぁ、それは俺が気にしても仕方のないことだ。

 そもそも自分のことに手一杯で、他人の恋愛を気にしている余裕なんてあるはずもない。

 

「だからせめて、僕はささやかながら君たちのサポートをさせてもらおう」

 

 その言葉に、俺と前田は顔を見合わせた。

 いや、どっちかって言うとそっとしておいて欲しいんだが。

 そんなこちらの視線を意に介することなく、武田は先へ進んでいく。

 

「さあ、ついて来たまえ。僕が君たちにふさわしい、絶好の舞台を用意しよう」

 

 

 

 

 

『今年の最優秀店舗は――――売上第一位を記録した、三年一組のパンケーキ屋さんです!』

 

 マイクを通してスピーカーから発せられる司会の音声が、今年の最優秀店舗を発表した。

 ここからは見えないが、ステージ上のスクリーンにも同じような内容が表示されているだろう。

 聞こえてくる歓声は、恐らくはクラスの連中のものだ。

 うちのクラスは見事、男女が手を取り合って目標を達成したわけだ。

 売り上げ一位を狙って気合を入れていた前田も、さぞ喜んで……はいなかった。

 

「お、おい……マジでやんのかよ」

 

 喜ぶどころか、その声は若干震えていた。

 その気持ちは俺にもよくわかる。

 同じ立場だからこその共感だ。

 俺たちは揃って、こんな状況を作り出した元凶を睨みつけた。

 

「ステージの上で自分の想いを叫ぶ……これ以上の演出はあるまいよ!」

 

 俺たちを舞台裏まで連れて来た武田は、高らかに声を上げた。

 つまり、この観客の目が集まるステージの上で、思いの丈を吐き出せと。

 ただでさえ緊張するというのに、それを衆人環視の中でやれと言うのか、こいつは。

 

「ふふふ、怖気づいたのかい?」

「おおお、怖気づくとかそういう問題じゃねーだろコラ!」

「前田の言うとおりだ。悪いが、見世物にされるのはごめんだぞ」

「見世物……確かにそれは否定できないね。好奇の目に晒され、生半可な言葉は口にできない」

 

 だがしかし、と武田は拳を握り締めた。

 この表情には覚えがある。

 全国模試の後、屋上で俺に夢を語った時の顔だ。

 自分の選択への、覚悟に満ちた決意。

 俺に足りないものが、こいつにはあるのだ。

 

「だからこそ、だよ。あの舞台上での宣言は、これ以上ない覚悟と決意の証明になる」

「覚悟に決意、か」

「もちろん一番槍は言いだしっぺの僕が務めよう。君たちのために、場を暖めてくるよ」

 

 こちらに向けて親指を立てると、武田は表舞台へと出ていった。

 俺と前田は舞台袖まで移動して、事の次第を見守る。

 突然の乱入に司会の女子が驚いていたが、武田のウィンクで黙らされていた。

 それどころか、頬を染めてマイクを差し出していた。

 

「僕は三年一組の武田というものだ。突然驚かせてしまい、申し訳ないと思っている」

 

 朗々と響く武田の声に拮抗するように、どよめきが広がっている。

 こんなイベントは完全に予定外なのだから、無理もない。

 言うなれば乗っ取りなのだが、排除されないのはひとえに武田のプレゼンスのおかげだろう。

 普段から校内で注目を集める存在であることに加え、この学校の理事長を親に持つ。

 生徒のみならず、教師からも手を出しにくい存在であることは確かだ。

 

「だけどどうか、僕たちに少しばかりの時間を与えて欲しい」

 

 その言葉に、どよめきが静まっていく。

 どうやら、この場にいるギャラリーは成り行きを見守ることにしたようだ。

 武田は館内を見回してありがとうと言うと、少し間を置いてから再び口を開いた。

 

「今日この場を借りて、僕は宇宙飛行士を目指すことを宣言したい!」

「もちろん、それが険しい道だということは理解しているつもりだ」

「だけど僕はあの、地面も空も空気さえもない空間への憧れを抑えることができない!」

「この学校を出て、日本という国さえ飛び越えて、あの宙の高みへ至ることを今ここに誓おう!」

「今日この場にいる皆には、その証人になってもらいたい!」

 

 拳を突き上げて、武田は叫んだ。

 普段の爽やかなイメージとは一線を画す、ともすれば暑苦しい宣言。

 だけどこれがこいつの本質だ。

 立場を考えて繕うことをしない、素のままの武田。

 自分を曝け出すのには、いつだって勇気がいるのだ。

 

「清聴、ありがとう」

 

 割れんばかりの拍手と歓声。

 宣言通り場は暖まったのかもしれないが、それに伴ってハードルも上げられたような気がする。

 この後で告白をするのかと思うと、どうしたって気が重くなる。

 しかし前田は違うようで、自分で自分の頬を張ると、こちらに不敵な笑みを向けてきた。

 

「見てろ、上杉。今、俺は男になってくるぜ……!」

 

 そして舞台に出て武田とバトンタッチ。

 マイクを手に、ギャラリーと向かい合った。

 

「俺ぁ、三年一組の前田ってもんだ」

 

 拍手と歓声は止んで、再びどよめきが広がる。

 武田の後にあの厳つい顔が出てきたのだから、それも無理からぬ話だろう。

 しかし、そんなことで前田は怯まない。

 

「細かい前置きはいらねぇ、俺が言いたいことは一つ」

 

 そして、一度目を閉じて息を吸い込んだ。

 

「松井……好きだ、付き合ってくれ」

 

 それは静かな告白だった。

 館内が、痛いほどの静寂に包まれる。

 しばらくの間沈黙が続いたかと思うと、誰かの足音が響く。

 件の松井本人が、ステージに向かって来ていた。

 俯き気味で表情はうかがえないが、歩くスピードは速い。

 そして舞台に登ったかと思うと、真っ直ぐ駆け足で前田のもとへ。

 告白した本人は、それを迎え入れるために両腕を広げた。

 このまま抱き合ってカップル成立……恐らく、この場にいるほとんどがそう期待しただろう。

 

「ぐっ、おお……」

 

 響いたのは何とも言えない苦悶の声だった。

 見る場所によっては、何が起こったのかわからないかもしれない。

 しかしこの舞台袖からは、松井が前田の腹に拳を入れているのがはっきりと見えた。

 俗に言う腹パンである。

 かく言う俺も小学校時代、ふざけて同級生にやったことがある。

 もちろん本気で殴りはしなかったが、今の前田の苦しみ様はガチだ。

 松井の拳には、相当の力が込められていたに違いない。

 

「ま、松井……てめぇ、いきなり何を――」

「信っじらんないっ! こんな大勢の前で言うかフツー!?」

「お、俺は男を見せるために……」

「そんなんどうだっていいよ!」

 

 松井の顔は真っ赤だった。

 その内訳は怒りと羞恥と、希望的な観測をすれば照れも入っているだろうか。

 自分のことばかりですっかり失念していたわけなのだが、告白する以上は相手がいるわけだ。

 つまり、見世物になるのは告白される側も同じというわけだ。

 

「おい武田、どうするんだよあれ」

「はははは、いやぁ……想定外のアクシデントだね」

 

 武田は隣で爽やかに笑いながらも、冷や汗をかいていた。

 色々と残念な面も見え隠れするものの、基本的には思慮深いやつのはずなのだが。

 やはりこいつも、この祭りの雰囲気に浮かれているのだろうか。

 

「あんた、ちょっと来なさい」

「うおっ、んな引っ張んなコラ!」

「いいから!」

 

 そして前田は、松井に引っ張られて退場しようとしていた。

 必死に張っている威勢も、相手が悪いせいか全く通じていない。

 惚れた弱みというやつなのかもしれないが、力関係がはっきりと見えるようだった。

 仮に二人が付き合うことになったとして、前田が尻に敷かれる未来が容易に想像できる。

 もっとも、そこらへんは俺にとっても他人事ではないのだが。

 

「――上杉ぃっ! 後は任せたぜ!」

 

 そして投げ渡されるマイクという名のバトン。

 前田は松井に連れられて、どこかへ消えてしまった。

 ギャラリーはどう反応していいかわからないといった様子だった。

 それは俺も同様で、どうすればいいのかさっぱりである。

 

「あー、俺は先の二人と同じく、三年一組の上杉というものだが」

 

 とりあえず先んじた二人に倣って舞台に上がり、すぐに後悔した。

 容赦なくこちらを照らすライトに、突き刺さるギャラリーの視線。

 武田も前田も、こんな中でよく言い切ったものだと感心してしまう。

 一体俺は何をしにここへ来たんだ……

 一応の名目として、中野姉妹への想いを吐き出すため、というのはある。

 しかし先程の様子を見ると、前田のように名指しで告白するのは考えものだ。

 俺自身はともかくとして、決してあいつらを見世物にしたくはないのだから。

 そして残念なことに、小粋なトークで場を盛り上がらせる能力は俺にはない。

 そうなると、そもそもこんな所に立たないのが一番ということになる。

 ああくそっ、本当になんだって俺は出てきちまったんだ!

 

『武田に前田はわかるけど、上杉って誰だっけ?』

『ほら、学年一位の』

 

 ギャラリーの声が耳に届く。

 色んな音が雑然と混じり合う中で聞き取れたのは、カクテルパーティー効果というやつか。

 武田の顔の広さはもちろんのこと、前田もこの学校では珍しい不良として知られている。

 その二人に対して学年一位の、勉強しか取り柄がない俺ではやはりパンチに欠けるのだろうか。

 

『上杉って、たしか屋台の前で女の子泣かせてたって聞いたぜ』

『あー、それか。少なくとも三股はしてるって話だよな』

『サイテー、女の敵じゃん』

 

 ……前言撤回、俺は悪い方向で有名なようだ。

 学級長の噂はやはり、クラスの壁を越えて浸透しつつある。

 どうにかしたいとは思うが、そもそも今聞こえたのは大体真実だからどうしようもない。

 

『つーかさ、そんな男に引っかかるとか、どんだけ頭空っぽなんだよ』

『それね。バカ女が頭良い男に騙されたって感じ?』

 

 だがしかし、外野に好き放題言われて気持ちがいいはずがない。

 特に、あいつらが悪く言われるのは気に食わない。

 中野姉妹は確かに学校の成績は良くないが、それは本質的に頭が悪いという意味じゃない。

 ただ単に何事にも……そう、恋愛にさえも全力投球だっただけなのだ。

 自業自得だと言われればそれまでだが、到底見過ごせるものではない。

 これは中野家の家庭問題ではなく、俺とあいつらの問題なのだから。

 ならばどうするか……そんなのは決まっている。

 

「――――好きだぁぁああああっ!!」

 

 恥も外聞も投げ捨て、マイクに向かってあらんばかりの声量で叫ぶ。

 頭の良い男が馬鹿な女達をはべらせている?

 そんなのは間違いだ。

 これは馬鹿な男が、恥知らずにも五人の愛を求めて叫んでいるのだ。

 たとえ誰になんと言われようと、なんと詰られようと、蔑まれたって構わない。

 俺は愚かにも、中野姉妹への愛を知らしめるためにこの場に立っているのだから。

 

「夢や自分自身のために強くあろうとするお前が好きだっ! 俺はそんなお前に追いついて、一緒に歩いていけるような男でありたいっ!」

 

 一花への想いを叫ぶ。

 自分の意志を貫く強さ、それでも時には無理をして抱え込んでしまう弱さ。

 あいつが俺の弱いところを包み込んでくれたように、俺も頼られる男でありたい。

 

「真っ直ぐに想いをぶつけてくれたお前が好きだっ! 俺に恋という感情を教えてくれたお前と、この先もずっと傍で新しい世界を見ていきたいっ!」

 

 二乃への想いを叫ぶ。

 想いの強さと、その裏腹の脆さ。

 あいつから向けられる大きな愛情に、応えられるような男でありたい。

 

「自分の不安から逃げずに立ち向かうお前が好きだっ! 俺はこれからもお前と手を取り合って、困難にも負けずに前へ進んでいきたいっ!」

 

 三玖への想いを叫ぶ。

 自分の中の劣等感や苦手、それらを乗り越えて勝ち得た確かな強さ。

 あいつの愚直な努力に、見合うような男でありたい。

 

「今も昔もずっと支えてくれていたお前が好きだっ! 俺はお前がそうしてくれるように、どんな時でもお前の支えでありたいっ!」

 

 四葉への想いを叫ぶ。

 京都での出会いと、この学校での再会。

 あいつが見せる笑顔も涙も、受け止められるような男でありたい。

 

「道に迷った時にそっと背中を押してくれるお前が好きだっ! 俺もお前が迷う時に道を示せるような、必要だと思われる人間でありたいっ!」

 

 五月への想いを叫ぶ。

 思い返せば諸悪の根源、しかしそれすらも俺が進むべき道を示していたのだと思える。

 あいつが示した決意に、負けないような男でありたい。

 

「お前らと一緒にいるためなら、俺の一生を捧げたって構わないっ!」

 

 いつか見た夢の光景。

 五つの道が絡み合って出来たそれは、およそ踏破出来る道ではない……そう思っていた。

 そもそもとしてそれは、道と呼んでいいのかも怪しい代物だった。

 でも、それは単に俺の覚悟が足りなかっただけだ。

 歩いて進めないのなら、しがみついて這ってでも進もう。

 それが俺の望む未来につながるのなら、どんな苦難だって受け入れよう。

 選ばないのではなく、選べないのでもなく、誰か一人を選ぶのでもない。

 ならどうするのかと問われたら、五人全員を選ぶと答えよう。

 恥知らずにも、傲慢にも、俺はあの五つ子への愛を叫んでやる。

 

「俺はっ、お前らがっ、欲しくて欲しくて堪らないっ!」

 

 叫びすぎたからか、酸素が足りなくて頭がクラクラしてきた。

 これでは自慢の知識も役には立たない。

 だがきっと、これでいいのだろう。

 小賢しい策や、小手先の知恵なんかじゃ伝わらない。

 最後の祭りが今夜で終わるというのならば、明日から日常に戻ってしまうというのならば、俺は今この場で全てを吐き出してやる。

 

「要するに――チッ、あーもうめんどくせぇ!」

 

 耳障りな、甲高い音が響く。

 ハウリング――即座にマイクを投げ捨て、一際大きく息を吸い込んだ。

 

「愛してるっ! 誰になんと言われようとっ、俺はお前らをっ、愛してるんだぁぁああああっ!!」

 

 最後は肉声で、喉を枯らす勢いで愛を叫んだ。

 館内を満たす静寂……ギャラリーは俺の告白をどう受け取ったのか。

 驚いているのか、呆れているのか、それとも軽蔑の目を向けているのか。

 流石にこんな愚か者を祝福しようなんて輩はいないだろう。

 祭りの熱に浮かされた馬鹿の一人、なんて思われているのかもしれない。

 なんにしてもステージの上には全てを吐き出した男が一人、肩で息をしている。

 オチも何もなく、言いたい事を言い切った俺はこのまま去るのみだ。

 

「……お見事」

「るせー、こんなことやらせやがって」

「いいじゃないか。かっこよかったよ」

「悪いが、後は任せたぞ。俺は行かなきゃならん」

「彼女たちの所にかい?」

「ああ」

 

 携帯にはメールが一通……内容は至ってシンプルだった。

 

『教室で待っています』

 

 差出人は、代表してか五月だった。

 今度は、あいつら自身に伝えなければならない。

 一方通行では、人間関係は成立しないのだから。

 

「――行ってくる」

 

 

 




というわけで終了。
というかキリがいいのでここで切ります。

なんか書いてて昔のバラエティ番組を思い出しました。
イメージ的にはブタ野郎のつもりで書きましたが。

次で本当の本当に学園祭は終了です。
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