フー君が思春期の青い衝動に振り回される話   作:kish

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色々立て込んでて投稿が遅れてしまいました……という言い訳。


合鍵五つ

 

 

 

「私もう行くけど、本当に大丈夫?」

「ああ……じっとしてりゃ平気だから心配すんな」

 

 らいはの気遣わしげな声に、よろよろと手を挙げて答える。

 制服を着て登校の準備万端ならいはに対して、俺は布団で寝たまま動けずにいた。

 今日は火曜日なので、当然俺の通う旭高校も登校日である。

 しかし、諸々の無理が祟って限界を迎えた俺の体は、動くことを良しとしなかった。

 歩くことはおろか、立ち上がることも困難なので、学校は休むしかなかった。。

 別段、具合が悪いとかそういうわけではないのだが、ひたすらに体が辛い。

 これはひとえに、体力の限界を越えて激しい運動をした代償に他ならない。

 

『ですので、この際色々試してみるべきかと。具体的には……ご、五人同時でも大丈夫か、とか』

 

 五月の提案に端を発した激しい戦いは、当然日を跨ぎ昼頃まで続いた。

 最初こそ、半ば強引に飲まされた栄養ドリンクのおかげで拮抗できていたのだが、それが切れた途端にあっさり押し負けてしまった。

 ただでさえ疲労が溜まっている上に数の差がある。

 もとより負けは確定していたようなものだったのだ。

 本当なら余力があるうちに逃げるべきだったのだが、飲まされた直後は抑えが効かなかった。

 二乃特製の栄養ドリンクには、そういう副作用があるのだ。

 そして頭に冷静さが戻ってきた時には、到底逃げられるような状況ではなくなっていたという。

 逃げることも抵抗することもできない俺は、為す術なく中野姉妹に蹂躙されたというわけだ。

 駄目、無理、やめてくれとか色々叫んだ気がするが、そんな事であいつらが止まるわけがない。

 最終的に俺は、与えられる刺激に呻きを上げるだけの存在になっていた。

 ……普通に考えてトラウマものなのでは?

 ここまでの仕打ちを受けたら、いい加減女性恐怖症にでもなりそうなものなのだが、困ったことにあの五つ子への気持ちに変わりはない。

 とどのつまり、俺も大概イカれてしまったということだ。

 

「お兄ちゃん! 聞いてる?」

「んあ? 悪い、ぼーっとしてた」

「もー、そんなんじゃ心配で学校行けないよ」

 

 頬を膨らませながら心配してくるらいはを、なんとか宥めて送り出す。

 ここら辺の手腕は、明らかに中野姉妹を相手にして鍛えられたものだった。

 この手馴れてしまった感は少々複雑だが、技術自体に非はない。

 そこに至るまでの俺の足跡に、少々どころではない問題はあるのだが。

 

「……勉強してぇ」

 

 らいはがいなくなり、部屋には俺一人。

 親父は早めに出ていったのでもういない。

 動けない俺を例によって大笑いしてらいはに怒られていたが、大体察してそうで肝が冷える。

 そもそも朝帰りを通り越して、昼どころか夕帰りを果たした時点で何かあったのはお察しだ。

 無堂と対峙した場にいた親父には、全てではないにせよ俺と中野姉妹の関係は知られている。

 それに以前、近藤さんを見られたというのも含めると、猛烈に頭を抱えたくなってくる。

 頭を抱えようにも、倦怠感が半端ないので実際にはやらないが。

 こんな様だから、当然勉強もできない。

 おとなしく休んでおけという話なのだが、落ち着かないのはどうしようもない。

 天井を見上げながら、頭の中で数式を思い浮かべてみる。

 しかし、同時に浮かんできた一花の顔でかき消されてしまった。

 英単語を思い浮かべれば二乃の顔が浮かび、歴史年表では三玖が、慣用句では四葉が、化学式では五月の顔が思い浮かんだ。

 困ったことに、勉強という行為にはあの五つ子が密接に絡んでいるようだ。

 これも家庭教師という仕事の弊害か。

 イメトレさえ封じられてしまったら、いよいよ素直に寝るしかない。

 まだまだ疲労は抜けていないので、目を閉じれば程なく眠気がやって来る。

 後はこのまま眠りに沈んでいくだけなのだが、どうにもそれを阻害する音があった。

 枕元に置いてある携帯だった。

 恐らくはメールの着信で、短い振動を繰り返している。

 確認するのも億劫なので、電源を切って放り投げた。

 さぁ、今日はゆっくり休もう。

 

 

 

 

 

「全然返信してこないわね」

 

 自分のスマホとにらめっこしながら、二乃は面白くなさそうに顔をしかめた。

 現在は昼休みであり、学食にて昼食の最中である。

 もうほとんど食べ終わっているとは言え、食事中にスマホを弄るのは行儀が悪いと見られかねないが、それを注意する者はいない。

 

「同じく、音沙汰なしです」

「見てないのかな?」

 

 同じテーブルについた三玖と五月も、また同じように自分のスマホに目を向けていた。

 三人の心配事は他でもない風太郎の事だ。

 姉妹全員が想いを寄せる家庭教師は、今日は学校に姿を見せていなかった。

 朝のホームルームの際に担任の口から休む旨は伝え聞いているのだが、やはり安否は気になる。

 そこでとりあえずとメールを送ってみたのだが、見事に梨の礫である。

 メッセージアプリなどを使っていれば、せめて読んだかどうかはわかるのだが、残念な事に風太郎は古き良き携帯電話を愛用している。

 おかげで今に至るまで、姉妹は悶々としているのだった。

 ちなみに、こういう場合は話し合い(主にじゃんけん)で決めた代表者が連絡を取るという暗黙のルールが姉妹間にある。

 しかし今回は全員が脊髄反射的に動いたため、風太郎の携帯には着信が連続しているだろう。

 ただ心配なだけならもう少し冷静なのだが、中野姉妹には風太郎が休む心当たりがあった。

 それは先日の大乱闘のことであり、半日以上続いた戦いが終わる頃には風太郎は死に体だった。

 もっとも疲れ果てていたのは姉妹も同じなので、数時間ほど仲良くぐっすりだったのだが。

 体力オバケの四葉も無理が祟って倒れた手前、まだ本調子ではなかった。

 ちなみに一花は午後から撮影があるとのことで、行為が終わるとお金を置いて退散していた。

 二重生活をこなしていたということもあり、流石のタフネスというか切り替えが早い。

 そんな長女に対して姉妹全員、特に比較的新参である下の妹二人が思い知った事が一つ。

 こいつ、明らかにヤり慣れてる……ということである。

 今回のような特殊な状況でもない限り、単純な比較はできなかっただろう。

 行為におけるテクニックでもそうだが、その前後の段取りの取り方が明らかに手馴れていた。

 週二回の撮影と称してナニをヤっていたかは、想像に難くなかった。

 格の違いを見せつけるかのような一花に対して姉妹が奮起したのも、風太郎があそこまで疲れ果てることになった原因と言えるだろう。

 そんなこんなで疲弊した風太郎も、夕方にはいくらか回復した。

 それに伴って帰路についたという次第だ。

 どうにか風太郎を家まで送り届けることはできたものの、ぐったりしながららいはに引き取られていくその姿を見て、姉妹は揃って同じことを考えた。

 その際に代表するように呟いた五月の言葉がこれだ。

 

『もしかして私たち、やり過ぎちゃいました?』

 

 もしかしなくてもその通りである。

 そんなわけで、中野姉妹は自分達がオーバーキルした風太郎の心配をしていたのだ。

 そこに休みの報せが届けば、やり過ぎの件が嫌でも頭をかすめる。

 電話もかけてみたのだが、案の定というかつながることはなかった。

 そうしたらもう直接訪問しかないのだが、放課後まではまだまだ時間がある。

 

「そういえば、四葉は?」

「お昼休みになったら、すぐ教室からいなくなっちゃったけど」

 

 なにか他に約束がなければ、中野姉妹は一緒に食事を取る。

 今日もこうして同じテーブルに着いているのだが、そこに四葉の姿はない。

 風太郎を心配していたのは同じはずなのだが、どこへ行ったのだろうか。

 首を傾げる二乃の脳裏に、電撃が走るようにとある考えが思い浮かんだ。

 

「まさか、学校を抜け出してフー君の様子を見に行ったんじゃ……」

「四葉ならお礼参りに行くと言ってましたよ」

 

 しかし二乃の疑念は即座に否定された。

 五月が言うにはお礼参り。

 大抵は仕返しをして回る事を指すのだが、この場合は純粋にお礼を言いに回っているらしい。

 

「そう、なら心配いらないわね」

「二乃は一体何の心配をしてたの?」

「それはもちろん……四葉がフー君に迷惑かけてないかに決まってるでしょ」

「自分だったらやりかねないと思ってるから、そんな心配してるんだよね」

「どうして私の話になるのよ!」

 

 三玖の半眼視に反発してみせたが、実のところ二乃は否定していない。

 四葉への疑念が自分の考えに基づいているのは、正にその通りだったからだ。

 食べ終わった食器を乗せたトレイを持つと、二乃は椅子から立ち上がった。

 

「ちょっと飲み物買ってくるわ」

 

 向けられた疑念の眼差しをかわして食器を返却すると、自販機へ。

 そしてその前を素通りして、二乃は教室へ向かった。

 いても立ってもいられないのなら、行動あるのみなのだ。

 

 

 

 

 

「この度は、本当に申し訳ありませんでした!」

 

 演劇部の部長に対して、四葉は勢い良く頭を下げた。

 今は昼休みを使って学園祭で迷惑をかけた、もといお世話になった人達へのお礼参りの最中だ。

 自分に代役を託してくれた後輩を訪ねた際、部長がここにいると聞いてやって来た次第である。

 

「いいのよ、気にしないで……と言っても無理でしょうね」

「私のせいで、役に穴を空けそうになったことは事実ですから……」

 

 学園祭で自分の限界を見誤った四葉は、過労で倒れて病院に運ばれた。

 他の仕事はもちろん、演劇部には特に迷惑がかかったはずなのだ。

 代役とはいえ、危うく役に丸々一つ穴を空けるところだったのだから。

 

「だけど、結果的になんとかなった。そしてそれはあなたのおかげよ」

「私のおかげ……」

「ありがとう。中野さんのおかげで、この学校での最後の舞台は素晴らしいものになったわ」

 

 部長は、四葉の手を控えめに握った。

 学園祭が終われば、文化系の部活とはいえ三年生は実質的に引退となる。

 その最後の機会を支えてくれた四葉に、確かな感謝の意を示していた。

 

『お前のせいでじゃない。お前のためだから全員協力してくれたんだ』

 

 倒れた四葉のために協力してくれた人達。

 そして今、四葉のおかげと言って感謝してくれる人が目の前にいる。

 

(ああ、私が走り続けて来たことには、ちゃんと意味があったんだ……)

 

 風太郎の言葉を、今更ながらに噛み締める。

 幼い頃に思い描いた道とは違うけれど、思い描いた目標には確かに近づけていた。

 そう実感できた瞬間だった。

 

「あら、電話かしら」

「あ、私のみたいです」

 

 ポケットの中で震える携帯を取り出すと、着信が来ていた。

 風太郎からかと期待したが、表示された名前は別のものだった。

 江場……今年の春に卒業していった、陸上部の元部長である。

 先日の学園祭において、代役である四葉の更に代役を務めてくれたのがその江場なのだ。

 言うまでもなくお礼参りの対象であり、実際に放課後に会う約束も取り付けていた。

 このタイミングで電話をかけてくるということは、なにか予定に変更があったのだろうか。

 

「はい、もしもし――」

『ななな中野さん!? 約束は夕方だけどいても立ってもいられなくて会いに来ちゃった……!』

「ええっと、大学の方は――」

『お昼もう食べた? 良かったら一緒にどうかな? 私ご馳走しちゃうよ。あ、栄養のことなら心配しないで、いいお店知ってるから。うん、アスリートだったらそういうのにも注意しないといけないもんね。その後だけど良ければ一緒にランニングにでも……ちょっと邪魔しないで! 私は中野さんに会いにいくんだから――』

 

 プツッと通話が途切れた。

 一応説明しておくと、この学校において来訪者が校舎内に入るには手続きが必要である。

 それを済まさずに立ち入ろうとすれば当然、たとえ卒業生といえど部外者として止められる。

 一般客に開放しているのは、学園祭といった行事の時のみなのだ。

 

「……」

「……」

 

 何とも言えない沈黙が、部室内を満たした。

 向こうの声が漏れ聞こえていたのか、演劇部の部長もまた何とも言えない顔をしていた。

 そして数秒、二人して顔を見合わせる。

 

「とりあえず、行ってあげた方がいいんじゃない?」

「……はい、そうします」

 

 

 

 

 

 目が覚めると空腹だった。

 と言うよりも、空腹で目が覚めたと言った方が正確か。

 時計を見ると、既に午後一時を回っていた。

 体を起こしてみると相変わらず倦怠感があるが、どうにか動けそうだった。

 緩慢な動作で立ち上がると、キッチンへ。

 ガスコンロの上に、今朝の残りのお粥があったはずだ。

 箸を握るのにも難儀している俺に、らいはが用意してくれたものだ。

 今日は贅沢にも卵が入っているので、栄養満点だ。

 本当によくできた妹で、これならどこに嫁に出しても恥ずかしくない。

 いや、俺の目が黒いうちはそんなことは許さないが。

 

「……少し温めるか」

 

 鍋から適当な食器に移して、電子レンジにかける。

 本当は電気代を節約するべきなのだが、どうにも今の俺は温かい食事に慣れてしまったらしい。

 少なくとも一年前なら、一人で食べる飯が冷えてようが気にはしなかった。

 お粥が温まるまでの間、部屋をぼんやりと眺める。

 ここまで動けるようになったのなら、もう勉強は解禁しても良さそうだ。

 本棚に並ぶ問題集に目を向け、そしてとあるハードカバーが目に付いた。

 つい懐かしくなってしまい、引き抜いて手に取る。

 この鍵付きの本の中には、とあるブツが保管されている。

 それは思春期の青い衝動との戦いに明け暮れた俺の相棒――エロ本だ。

 最近はもっぱら直接的な手段で発散しているため、こうして取り出すのはいつぶりになるか。

 鍵を開けて中身を確認する。

 当然だが、すり替えられているなんてことはなく、ブツは依然として中にあった。

 

『五つ子ハーレム ~あなたの愛を五等分♡~』

 

 いつ見てもふざけたタイトルだが、今の俺の状況を考えると決して馬鹿にできない。

 もっとも、この本に出てくる男のようなタフネスは俺にはなかったわけだが。

 当時はなんとなくで選んだものだが、今なら理由がわかる気がする。

 要するに、これは代償行為だったのだ。

 目覚めたばかりの俺の性欲が向く先は中野姉妹だった。

 だからといって手を出すことはできないし、妄想の中で使うわけにもいかなかった。

 そこで、あいつらそのものでなくとも、想起させる要素をこの本に求めたのだろう。

 それならあくまで本を使っているのであって、本人達を使っているのではないと言い訳が立つ。

 今となっては虚しい限りだが、当時の俺はどうにか一線を引くのに腐心していたのだ。

 そんな目論見も、お構いなしに攻めてくる馬鹿共のせいでご破産したわけだが。

 その事については後悔してないから、まぁいい。

 なにはともあれ、まずは飯だ。

 温め終わったと音を上げる電子レンジからお粥を取り出す。

 さぁ、こいつを食べ終わったら勉強だ!

 

「――って、誰だよこのタイミングで」

 

 チャイムの音が響いたのはそんな矢先だった。

 平日の昼間となれば、まずこの家に人はいない。

 なのでこんな時間の来訪者に関しては全く覚えがなかった。

 借金取りがわざわざ人のいないタイミングにやって来るとは思えない。

 と言うよりも、今の所返済は順調なのでどやされる謂れがない。

 となると、新聞か何かの勧誘だろうか。

 そうなると素直に出て対応するのは考えものだ。

 なにしろ新聞を定期購読する余裕はうちにはないし、勧誘に来た営業にそんな客にもならない奴の相手をさせるのもどうかという話だ。

 早い話、双方にとってただの時間の無駄にしかならない。

 しかし後顧の憂いを立つという意味で、強硬な態度を取るという手もある。

 これ以上の勧誘は無駄だと悟らせれば、二度と足を運ぶことはないだろう。

 無視か突っぱねるか。

 現在の体調を考えると、わざわざ立ち上がって玄関まで向かうのは物凄く億劫だった。

 そうと決まれば後は簡単だ。

 相手がいなくなるまで、とにかく黙ってこの卵粥を食べていればいいだけなのだ。

 そのまま食べるには熱すぎるお粥を、冷ましながら口に運ぶ。

 俺の舌がどこまで当てになるかはわからないが、我が家のシェフの腕は最高だ。

 それともついつい熱さも忘れて掻き込んでしまうのは、空腹のなせる業か。

 そんな最中にも、チャイムは一定間隔で鳴らされていた。

 連打して来るようなことはないが、いやにしつこい。

 そしてチャイムが止まったかと思うと、カチャッという音。

 俺の勘違いでなければ、これは鍵を開ける際に鳴るものだ。

 親父からいはが帰ってきたのだろうか?

 しかし二人から、特に早く帰るという話は聞いていない。

 いや、そもそも二人の内のどちらかだったら、チャイムを鳴らす事自体がおかしい。

 まさか、空き巣か?

 背筋に嫌な緊張が走る。

 借金取りでも、鍵を開けてまで侵入してくる奴は流石にいなかった。

 心の準備はできないまま、とりあえず身構えてみる。

 そして、こちらの部屋に続くドアが開かれ――

 

「あれ、起きてるじゃない」

 

 入ってきたのは空き巣でも強盗でもなく、買い物袋を提げた二乃だった。

 後ろに倒れこんで、大きく息を吐き出す。

 こいつめ、無駄にビビらせやがって。

 

「で、お前はこんな時間にどうしたんだよ」

「あんたの様子見にきたに決まってるでしょ。連絡も返さないし」

 

 そういえばと、携帯の電源を切っていたのを思い出す。

 確認してみると、一花を除く中野姉妹からの連絡が殺到していた。

 二乃が呆れるようにため息を吐いているが、これには返す言葉もない。

 確かに確認せずに放り投げたのは俺が悪い。

 

「お昼食べてたの?」

「ああ、らいはがお粥を作っといてくれたんだ」

「そ、食欲はあるのね」

「どっかの馬鹿共のせいで体がだるいだけだ。風邪引いたとかそういうのじゃねーよ」

「うっ……あ、あれは私たちもやり過ぎたと思ってるわよ」

 

 二乃はバツが悪そうに目をそらした。

 一応、反省はしているようだ。

 あんなのは金輪際ごめん……と言い切れないのが度し難いところだ。

 好きな女達に囲まれて嬉しくなかったと言えば、それは嘘になるからだ。

 

「つーか、学校はどうしたんだよ」

「早退してきたわよ。フー君が倒れてるって思ったら、いても立ってもいられないでしょ」

「……そうかよ」

 

 その思いやりはあの大乱闘の際に発揮して欲しかったとか、そもそも学校サボるんじゃねぇとか、説教すべき点は色々あるのだが、こうも頬が熱くなっては何も言えない。

 そんな俺の様子に気を良くしたのか、二乃はこちらの頬に軽くキスをしてから台所に立った。

 

「果物、今用意するから食べなさいよ。お粥だけじゃ足りないでしょ?」

「ああ、そうだな。ありがとう」

 

 相変わらず二乃の包丁捌きは大したもので、りんごはあっという間に八等分されて皿に並んだ。

 そこまでは良かったのだが、肝心のフォークがない。

 もしかしたら、置いてある場所がわからなかったのかもしれない。

 五月と違って、こいつはほとんどうちに来たことがない。

 包丁や皿の位置はバッチリだったが、そういうこともあるだろう。

 自分で用意しようと立ち上がろうとして、しかし二乃に押しとどめられる。

 その手にはフォークが握られていた。

 なんだよ、用意してあるなら最初から出してくれればいいのに。

 だがまぁ、こうしてりんごをご馳走してくれるわけだし、文句は言うまい。

 受け取ろうと手を差し出したが、二乃はフォークを渡してくれなかった。

 自分で持ったままりんごに突き刺すと、それをこちらの口元に寄せてきた。

 まさかこいつ、食べさせようとしてるのか?

 

「はい、あーん」

「いや、別に動けないってわけじゃないんだが」

「はい、あーん」

「だから自分で食べれるって」

「はい、あーん」

「……」

 

 こちらの言う事に耳を貸す気はないようだった。

 手っ取り早いのは素直に食べてやる事なんだが、どうにも気が乗らない。

 嫌だとかではなく、単純に恥ずかしい。

 あれだけやっておいて今更何をと言われるかもしれないが、そういうのとは別口なのだ。

 中々受け入れない俺に何を思ったか、二乃はりんごを自分の口でくわえた。

 そのまま食べてしまうのかと思えば、今度はこちらに顔を寄せてきた。

 口移しで食べさせようとしていることに気づいた俺は、無言で首を横に振った。

 こういう時は普通、譲歩するものだと思うのだが、なんで更に行為のレベルが上がるんだ……

 迫ってくる本人の顔は赤く、しっかりと恥ずかしいとは思っているらしい。

 しかしそんなことで止まるのならば、俺と中野姉妹の関係はもう少し穏やかだっただろう。

 こいつがあの日に口火を切らなければ、俺は未だに恋愛感情に理解が至らなかったに違いない。

 ジワジワと詰め寄ってくる二乃に対して、ジワジワと後ずさる。

 しかしながら、壁に区切られた室内においては逃げるにしても限界がある。

 四つん這いでにじり寄ってくる二乃に、俺はあっさりと壁際まで追い詰められてしまった。

 

「に、二乃……待て――」

「んっ――」

 

 唇を割って、甘くザラっとした感触が口内に差し込まれる。

 そして、噛み砕きながらゆっくりと、酸味と甘味が送り込まれてきた。

 同時に舌も絡めてくるため、鳴りを潜めていた性欲が叩き起こされてしまう。

 りんごはすっかり嚥下してしまって、甘い後味を残すのみ。

 本来の目的はどこへ行ったのか、二乃の貪るような口づけは止まらない。

 最早目の色は変わってしまっていて、それがどうしようもなく情欲を煽ってくる。

 頭の中でスイッチが入りかける傍ら、ふつふつと納得のいかない思いも湧いてきた。

 ……なんだって俺はこんないいようにされてるんだ?

 

「――このっ!」

「きゃっ」

 

 逆に押し返して、畳の上に押し倒す。

 調子に乗りやがって。

 こいつは俺がなんで学校を休む羽目になったのか、理解しているのだろうか。

 わかっていないのならば、思い知らせなければならない。

 覆い被さるように顔を寄せ、耳朶を甘噛みしてやる。

 不意を打たれた二乃の甲高い悲鳴のような喘ぎ声が、頭の中のスイッチを更に強く押し込んだ。

 顔を離す。

 見下ろしたその表情は、すっかり蕩けきっていた。

 誘われるように再度、顔を寄せ――

 

「やっぱり、抜け駆けしてた……!」

 

 勢い良くドアを開けて現れたのは三玖だった。

 急いで来たのか、肩で息をしていた。

 珍しく眉を釣り上げ、こちらを睨みつけている。

 突然の乱入に少しばかり冷えた頭で、状況を整理してみる。

 畳の上で仰向けの二乃、息は荒く顔も赤い。

 そしてそれを押し倒した格好の俺。

 ちなみに直前のあれこれで、共に若干服が乱れている。

 状況証拠から見ても事に及ぶ手前であり、事実としてその通りだった。

 

「フータロー、体調は?」

「あ、ああ……ようやく疲労が抜けてきたから、ちょっと怠いだけだ」

「そう、良かった……」

 

 どうやら三玖は純粋に心配してくれているようだ。

 だというのに相変わらずの体勢なので、申し訳なさが半端ない。

 そろそろと二乃の上から退けようとしたが、腕を掴まれて引き止められる。

 下を見ると、二乃が目で続きを催促してきた。

 この状況で続けろというのか……

 

「じゃあ、私が混ざっても大丈夫だよね?」

「えっ」

「ちょっと、なんであんたが入ってくるのよ」

「じゃあ一時間ぐらい時間潰してきて。その間に済ませるから」

「後から割り込んできたくせにどんだけ図々しいのよ!」

 

 二人がにらみ合い始めたので、俺はとりあえず解放される形になった。

 やや現実逃避気味にりんごを口に放り込む、うめぇ。

 さて、使った食器は洗わなければ。

 まとめて流しに持っていこうとしたところで、二つの手にシャツの裾を掴まれる。

 もちろんこの部屋には俺達しかいないので、それが誰かという疑問が介在する余地はない。

 いがみ合うフェーズは終わったのか、二人の息はぴったりだった。

 先日は五人で俺を嫐った事を考えると、まだ序の口だろうか。

 

「フー君」

「フータロー」

 

「「どっちとするの!?」」

 

 俺はなんでこんな選択を迫られているんだ。

 目的語が不在のため、二人が何を言っているのかわからないというのは駄目だろうか?

 やはり、あそこで二乃に対抗してしまったのがいけなかったのか。

 そうすると好き放題にされて、結果的にあまり違いはないのかもしれない。

 どっちにしても、間もなく三玖が現れるのは変わらないだろうしな。

 とりあえず、まずはクールダウンが必要だ。

 

「おい、二乃」

「ふふん、フー君ならきっと私を選ぶってわかってたもの」

「いや、そういうわけでは――」

「じゃあ私としたいんだ。やった」

「そういうわけでもないんだが……」

 

 説得を試みた結果、二人からの圧が強くなった。

 というか、説得に入れてすらいない。

 こいつらには勉強を教える前に、人の話をちゃんと聞くということを教えるべきだったか。

 まるで先ほどの再現のように、壁際まで追い詰められる。

 違う点を挙げるとすれば、彼我の戦力差か。

 二対一……数で優位を取られてしまえば、押し返すこともできない。

 このままでは、再び蹂躙されてしまうのは目に見えている。

 この際誰でもいいから助けてくれねぇかな……

 

「二人とも、そこまでです!」

 

 これまた勢い良くドアが開けられ、今度は五月が飛び込んできた。

 助けを求めた瞬間に現れるというのは、いくらなんでもタイミングが出来すぎている。

 しかし誰でもいいとは言ったが、五月がこの二人をどうにかできるかどうかを考えると……

 

「……お前かー」

「どうしてそこで残念そうな顔をするんですか!?」

 

 五月は基本的に真面目であり、他の姉妹の抑え役に回ることも珍しくない。

 しかしながら、末っ子という境遇もあってか、姉の圧力に負けてしまうことも少なくはない。 

 そしてなにより、感情が高ぶるとこいつ自身が暴走し出す。

 二乃と比べたら頻度はそうでもないのだが、二乃以上に周りが見えなくなるのが問題だ。

 混浴に突撃してきたり、セルフバーニングを見られて逆に迫ってきたり。

 先日の五人同時というのを提案してきたのは、他でもないこいつである。

 言ってしまえば、俺を瀕死にまで追い込んだ元凶だ。

 

「……で、お前もサボったのか」

「えっと、それは……き、きちんと早退の申し出はしてきました!」

 

 とはいえ正当な理由がなければ、それはサボりと変わらない。

 ましてや、クラスメイトの見舞いが理由として認められるとは思えない。

 となると、どいつもこいつも適当に理由をでっち上げてフケたというのが真相だ。

 仮にも家庭教師を名乗る身としては、それを看過することはできない。

 しかし、恋人という立場からするなら――

 

「まぁ、なんだ……心配して来てくれたのは、素直に嬉しい」

 

 二乃や三玖もそうだが、五月にとって罪悪感は相当だったろう。

 そこで俺を優先してくれたというのだから、嬉しくないはずがない。

 サボったことに関して説教しようかと考えていたが、それは引っ込めておこう。

 素直に感情を吐き出したのが功を奏してか、二乃と三玖は距離を取ってくれた。

 流石にそういう雰囲気じゃなくなったのを感じ取ったようだ。

 

「まだ果物あるけど、食べる?」

「ああ、頼む」

「私は飲み物買ってきたよ」

「悪いな」

「肉まん食べます?」

「頂こう」

 

 学校をサボって集まるなんていかにもな不良だが、今日ぐらいはいいだろう。

 こいつらとこういう風に過ごす穏やかな時間は、俺が求めるものと相違ないのだから。

 まぁ、それはそれとして……

 

「よし、じゃあ勉強するか」

「「「えっ」」」

 

 三人が揃って微妙な顔をした。

 何を考えているのかは大体わかるが、家庭教師としてこればっかりは怠るわけにはいかない。

 サボってしまったのは仕方ないとは言え、受けられなかった授業の補填はしなければならない。

 クラスが一緒なので、進行具合が容易に把握できるのは幸いだった。

 午後の時間割を確認して、割り当てられている教科だけに絞れば問題ないだろう。

 そしてこいつらが問題に取り掛かっている間は、俺は自分で時間を使える。

 お預けだった勉強に、ようやく取り掛かれるというわけだ。

 

「お生憎様、教科書の類は学校に置いてきちゃったわよ」

「右に同じく。うっかりしてた」

「わわわ、私もその……」

 

 しかしながら、三人は勉強道具がないと言い張った。

 シレっとしている二人はともかく、五月はこの焦りようだ。

 ぶっちゃけると怪しい。

 

「ならカバンの中を見せてみろ」

「ちょっと、乙女のプライバシーを覗く気?」

「いくらフータローでも、それはさすがに恥ずかしいよ」

「デリカシー! デリカシー法違反です!」

 

 見え透いた嘘を剥ぎ取ってやるために持ち物検査を画策したのだが、拒否されてしまった。

 つーかデリカシー法ってなんだ。

 そんな法律はないぞ、きっと。

 全く……本当に往生際の悪い奴らだ。

 諦めがつくよう、さっさと止めを刺してやるとしよう。

 

「じゃあ俺のを使うか」

「「「――!?」」」

 

 置き勉の是非や真偽はともかく、教科書は当然俺も持っている。

 揃って息を飲んでいるところ悪いが、これで形勢逆転だ。

 さぁ、おとなしく勉強してもらうぜ……!

 

「あれ……あの本はなんでしょうか?」

 

 なにか本棚に気になるものでも見つけたのだろうか。

 それとも話題をそらすための材料でも探しているのか。

 視力の問題でよく見えないのか、五月は目を細めていた。

 涙ぐましい抵抗だが、それに付き合ってやるほど俺は暇じゃない。

 バッサリと切り捨ててやるために、五月が見ているであろうものに目を向け――

 

『五つ子ハーレム ~あなたの愛を五等分♡~』

 

 しまうのを忘れていた例のブツが、本棚の前の床に鎮座していた。

 汗がどっと吹き出す。

 しばらく自分一人だと思っていたから、すっかり油断していた。

 

「フータロー、どうしたの?」

「すごい汗じゃない。まさか本当に具合悪いの?」

「は、ははは……飯食ったから体温上がったのかもな!」

 

 二乃と三玖がこちらの心配している間に、五月は本棚の方へ動き始めていた。

 どうにか気を逸らさせようと声を張り上げてみたが、無駄足に終わった。

 こうなれば直接止めるしか手立てはない。

 大げさな動きを取れば余計な勘ぐりを招いてしまうかもしれないが、背に腹は代えられない。

 即座に立ち上がろうとしたが、俺の体はまだ本調子ではなかった。

 足がもつれて、倒れこんでしまったその先には三玖がいて……

 

「……勉強って、そっちの勉強ってこと?」

 

 見事に押し倒すような格好になってしまった。

 頬を染めて目を閉じる三玖は、受け入れ態勢が万全な様子。

 非常に心惹かれるのは確かだが、背後で凄い圧を発している二乃を忘れてはいけない。

 いやいや待て待て、本当に忘れてはいけないのは五月だ。

 顔を上げると、ちょうど例のブツを手に取ったところだった。

 

「えっと……『五つ子ハーレム ~あなたの愛を五等分♡~』……?」

 

 何故そこで声に出して読み上げるのか。

 もうキャパの限界を迎えた俺の頭では、そんなことを考えるので精一杯だった。

 

「ななな、なんてものを読ませるんですかっ!」

 

 確かに出しっぱなしにしていたことに関して、俺に非があるのは認めよう。

 しかしそれを目ざとく見つけて手に取ったのは、この真面目馬鹿である。

 あまつさえ、求められてもいないのに読み上げるのだからどうしようもない。

 声を大にして反論してやりたかったが、残念ながらそうできない事情があった。

 

「む~、やっぱり一人だけじゃ満足できないんだ」

「もう、みんなでしたいなら最初から言いなさいよね」

 

 五月が放り投げたブツを見て、二人が連携しだしたのだ。

 三玖は首に手を回して俺を引き寄せ、二乃は背中に覆いかぶさってきた。

 中野サンドイッチの出来上がりである。

 ……前と後ろに柔らかいものが同時に触れているせいか、アホみたいなことを考えてしまった。

 

「そ、そういうことなら、仕方ありませんね……」

 

 仕方ないという言葉とは裏腹に、声色は満更でもなさそうだった。

 衣擦れの音がしたかと思うと、ブレザーと赤いベストが床に落ちる。

 五月は既にワイシャツのボタンにまで手をかけていた。

 隙間から覗くブラがなんとも扇情的で、慌てて目をそらす。

 耳元を二乃の吐息が、あご先を三玖の吐息がくすぐってくる。

 ただでさえ中野サンドイッチで触覚面から、密着した二人の匂いで嗅覚面から理性を削られているというのに、視覚情報でも攻めてこられたらいよいよヤバい。

 このままでは、遠からず我慢の限界を迎えるのは明白だった。

 そうすれば先日のように、俺は成すすべもなく蹂躙されてしまうだろう。

 らいはが帰ってくるまでという時間制限があるにせよ、絶え間なく攻められたらまず保たない。

 その程度には、俺は自分の体力に対して負の信頼がある。

 ……一体どうしてこうなった。

 やはり居留守を使うべきだったのだろうか。

 いや、仮にも見舞いに来てくれたのに、その対応ではこちらが心苦しい。

 そこでふと、俺はとある疑問に思い至った。

 そもそも二乃は、どうやって鍵を開けて入ってきたのか。

 らいはが鍵をかけ忘れたという可能性もあるが、あの時は確かに鍵を開ける音がしたはずだ。

 その疑念を足がかりに、性欲をどうにか押しとどめる。

 三玖の脇腹をくすぐってホールドを解くと、体を起こして二乃を引き剥がす。

 不満そうな顔を向けられようと、確認しなければならない事がある。

 

「二乃、お前どうやってこの部屋に入った?」

 

 あからさまに目を逸らされた。

 しかしそれで見逃してやるわけにはいかない。

 無言の圧力をかけ続けると、二乃はようやく観念した。

 

「合鍵! 使ったの!」

 

 ヤケクソ気味に取り出したのは、正しく我が家の鍵だった。

 なるほど、それなら確かに鍵がかかっていても入ってこられるはずだ。

 当然、どうしてこいつがそれを持っているのかという疑問が生じるわけだが。

 

「あーもう! 三玖、あんた来るの早すぎなのよ! 鍵かけといたのに意味ないじゃない!」

 

 やけっぱちな二乃は、今更ではあるが邪魔が入ったことに文句を言い始めた。

 三玖が来なければ、確かにあのまま致していたのはその通りだ。

 二乃がどこまで目論んでいたのかはわからないが、当然その気もあったと見るべきだろう。

 それよりも、今こいつは引っかかることを言った。

 どうやら、この家に入った後に施錠をしたらしいのだ。

 まあ、セキュリティを意識するなら当然だろう。

 その口ぶりから、邪魔が入ることを懸念していたようだが。

 とりあえずわかったのは、合鍵を持っているのは二乃だけではないということだ。

 ジッと三玖に目を向ける。

 またあからさまに目を逸らされた。

 しかし同じように無言で見つめ続けると、観念して合鍵を取り出した。

 

「ごめんね、黙ってて。五月が持ってるのが羨ましかったから」

 

 そして三玖の証言から新たな容疑者が浮かび上がる。

 そいつに目を向けると、例によってあからさまに目を逸らされた。

 五つ子なのはわかるが、ここまで反応が同じだと示し合わせているのかと疑いたくなるな。

 

「五月」

「わ、私はちゃんとお父様から受け取ったんです! 家族公認なんです!」

 

 その言葉の真偽はともかく、ありそうな話だとは思う。

 反応から見ても、恐らく嘘はついていない。

 しかし、ならば何故こっちに報告がないのか。

 

「単刀直入に聞くが、あと何本だ?」

「……二本です」

 

 やっぱりと言うかなんと言うか、中野姉妹の全員がこの家の鍵を持っているようだ。

 五月が受け取った合鍵を複製したのだろう。

 こいつが単独でやるとは思えないので、恐らくは姉妹の総意だろう。

 五月から鍵を取り上げて確認すると、やはり純正だった。

 通常、合鍵では合鍵を作れないのでまさかとは思ったが、大方親父が適当に渡したのだろう。

 今日はあまりうるさい事は言わないつもりだったが、気が変わった。

 流石に勝手に合鍵を増やされては捨て置けない。

 

「よし、とりあえずお前らそこに直れ」

 

 このあと滅茶苦茶説教した。

 

 

 

 

 

「社長、今日もありがとうございました」

「また明日もよろしくね。でも、こんな所で良かったのかい?」

「はい、ちょっと歩きたい気分で」

 

 駅前のロータリーで織田社長に別れを告げると、一花は近くの店に向かって歩き始めた。

 空はもう暗いが、まだ日が沈んでから然程時間は立っていない。

 今日は撮影が早く終わったため、時間には余裕があるのだ。

 

「あれ、四葉?」

「一花! 今日は帰ってこられたんだ」

「なんとかねー。四葉はどうしたのさ」

「ちょっとね……」

 

 偶然出会った四葉は、なにやら声に疲労を滲ませていた。

 バイト帰りなのかと思ったが、それにしては時間が早い。

 制服を着ているので、学校帰りなのは間違いなさそうなのだが。

 

「そういえば、フータロー君大丈夫なの?」

「とりあえず動けるようになったって」

 

 実は昼過ぎに、一花は四葉から連絡を受けていた。

 風太郎が学校を休んで連絡を返さないこと。

 そしていきなり二乃、三玖、五月の三人が早退してしまったことだ。

 前者に関しては、半ば予想していたことではあった。

 一花にもやり過ぎたという自覚があったからだ。

 連絡を返してこないというのも、風太郎の連絡不精っぷりを考えればおかしな話ではない。

 後者の早退の件も、状況から見れば風太郎の見舞いに行ったのだと推察できる。

 あの五月が学校をサボってまでという点は意外だったが、それほどまでに心配だったのだろう。

 そうして事態を大体把握した一花は、四葉に落ち着くように伝えたのだ。

 今の口ぶりからすると、それから何かしらの連絡はあったようだ。

 

「そうだ、せっかくだし買い物付き合ってよ」

「いいよ、どこ行くの?」

「フータロー君のお見舞いに、ケーキでも買っていこうよ」

「ええっ、今から!?」

 

 四葉はごにょごにょと、下着や汗臭くないかどうかを気にしていた。

 放課後に誰かとレジャー施設に行っていたらしい。

 初体験を迎えてからというもの、すっかりそっち方面に気が向くようになったようだ。

 

「むふふ、ついでに新しい下着、買ってっちゃう?」

「い、一花っ」

 

 顔を赤くした四葉を連れて、駅前のデパートへ。

 二人が合鍵を取り上げられる、一時間半前の出来事であった。

 

 

 

 

 

「それじゃ、お疲れ様です」

「ああ、お疲れ。また頼むよ」

 

 土曜日の夕方、ケーキ屋でのバイトを終えてペンタゴンへ向かう。

 今日は家庭教師の仕事はないが、中野姉妹に野暮用があった。

 夕方以降なら全員揃っていると聞いているが、果たして素直に顔を合わせてくれるだろうか。

 数日前に俺が全員から合鍵を取り上げてからというもの、やや不機嫌気味なのだ。

 あからさまに避けられたりだとかはないものの、一緒にいれば非難がましい目を向けられる。

 好きな相手からそういう目を向けられるのは、流石に堪えるものがあった。

 言いたいことは十分に伝わってくるが、物事には順序というものがあるのだ。

 

『……あなたですか。鍵は開けておくので、勝手に入ってきてください』

 

 一階からの呼び出しに応じたのは五月だった。

 不機嫌そうな声音は相変わらずだが、とりあえず通してくれるようだ。

 エレベーターに乗って最上階へ。

 そのまま中野家の扉をくぐる。

 靴は全員分揃っていた。

 

「「「「「……」」」」」

 

 そしてリビングに入った瞬間、五人分の無言の圧力が俺を襲った。

 やはり合鍵を取り上げたことを根に持っているようだ。

 それでもこうして顔を見せてくれるということは、話を聞くつもりはあるらしい。

 ここで下手にもったいぶるのは逆効果だろう。

 五人に持ってきたものを手渡していく。

 

「フータロー君、これって……」

「なによ、一回取り上げたくせに」

「……いいの?」

「良いも悪いもない。こういうのは順序の問題だろ」

 

 五人に渡したのは、俺の家の合鍵だ。

 もちろん、親父やらいはにも許可を取ってある。

 むしろそんなことを気にしていたのかと呆れられてしまったが。

 俺は決して、こいつらが合鍵を持っていたことが嫌だったわけではない。

 ただ順序として、俺が渡したかっただけなのだ。

 

「……そういうことですか。あなたも私たちのことを言えたものじゃありませんね」

「うん、なんというか……風太郎君はめんどくさいね」

「……うるせー」

 

 とは言ってみたものの、これ以上返す言葉はなかった。

 自分自身めんどくさいというか、まわりくどい事をしている自覚はあったからだ。

 呆れか安堵か、なんにしても中野姉妹の表情が緩んだのには間違いない。

 

「とはいえ、悪かったとは思ってる。……だから、機嫌直してくれよ」

 

 その言葉が皮切りだった。

 気がつけば俺は床に倒れていた。

 犯人は五人……言うまでもなく中野姉妹だ。

 俺の顔を覗き込む五つ子の目は、熱を帯び始めていた。

 確かにここ数日そういう接触はなかったが、こいつらどんだけ溜まってたんだよ。

 

「それは君が悪いよ」

「そうよ、あんたが悪いんだから」

「フータローが意地悪したせいだもん」

「風太郎君……私、もう我慢できないかも」

「責任、取ってくださいね……?」

 

 もはや説得が通じる段階は通り越しているようだった。

 この前の時と比べれば体力に余裕があるものの、やはり絶望的な戦いには変わりない。

 諦めて現実逃避気味に目を閉じる。

 塞がれた視界の中で、今後は体力作りにも励むことを誓った。

 これは命に関わる重大な問題だ。

 

「……君たちは何をしているのかな?」

 

 果たしてそれは救いか断罪か。

 たった今帰ってきたという風体の中野父が、玄関からリビングに入ってきたところだった。

 もちろん、俺も中野姉妹も固まった。

 

「とりあえず、彼を解放してあげなさい」

 

 この部屋の主の言葉に、蜘蛛の子を散らすように五つ子は俺から離れていった。

 これは助かったと見ていいものなのか……

 

「さて、上杉君。これから時間はあるかい?」

「そ、それはもちろんっ」

 

 即座に居住まいを正す。

 仮にも恋人の父親と対するのに、寝そべったままでは失礼にも程がある。

 さっきの光景を見られている時点で手遅れだという意見もあるが、そこには目を瞑っておく。

 

「良ければ二人で食事でもどうかな。君とは色々と……本当に色々と話したいことがあるのでね」

 

 冷や汗を流しながらも、俺は大きく頷いた。

 ……もしかしたら今日が命日になるかもしれない。

 

 

 




大乱闘 もしかして:大○交

次回はマルオさんと楽しいお食事会になると思われます
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