フー君が思春期の青い衝動に振り回される話   作:kish

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ここの一花は闇堕ちさせないつもりですが、だからといって腹黒くないわけじゃないのです。


シスターズウォー・前哨戦

 

 

 

 クロワッサン――延ばした生地とバターを幾重にも折り重ねてから焼き上げるパンである。

 日本で多く見られるのは三角形に切った生地をロールしたものだが、菱形にして焼くものもある。

 バリエーションは非常に豊かだ。

 焼く前の生地にチョコやアーモンドを練りこんだり、他にもロールする際にウィンナーやチーズを入れたりもする。

 ふんわりと空気を含んだ食感とバターの風味がたまらない、五月の大好物である。

 

「これは……本当にパンなのですか?」

「……」

 

 三玖の働くパン屋にて、五月は黒焦げの物体と対峙していた。

 形状からかろうじてクロワッサンだと判別できるが、既に炭化して崩れかかっていた。

 見るからに焼きすぎである。

 炭化したパンが乗ったトレイを差し出す三玖は、失敗という結果を受け止めてか無言である。

 五月はつい先日のことを後悔とともに思い出す。

 

『パンの味見をして欲しい』

 

 時期外れの大掃除をした日、三玖の自作のパンをご馳走になった流れでそう頼まれたのだ。

 店に出す焼きたてのパンのいくつかと引き換えに五月はその頼み事を快諾した。

 感動していた。

 あの料理下手な姉がまともに食べられるものを作れたのだと。

 そして楽観していた。

 あれだけの完成度のパンを焼けるのならば、下手なことなど起こらないだろうと。

 しかし現実は非情である。

 

「ま、まぁ、中野さんはまだまだ始めたばかりだから焦らずにやっていこう。向かいのケーキ屋はそれほど脅威じゃないし」

「はい!」

 

 店長のフォローに力強く応える三玖。

 そんな姉の姿に、五月も練習に付き合う覚悟を決めるのだった。

 断じて焼きたてのパンは関係ない。

 

 

 

 

 

「しっとり……いえ、なんかベチャっとしてます」

「おかしい……手順通りに作らせているのに。もはや不思議な力が働いているとしか……」

 

 次の日のパンは打って変わってなんだか湿度が高めだった。

 焼き方が甘いのは見たまんまだが、バターや水分の量も怪しいところである。

 三玖は度重なる失敗にうつむいていた。

 教えた当人である店長も壁に手をついて項垂れていた。

 なんでも向かいのケーキ屋の客入りが良くなってきたのだとか。

 五月にとっては若干身に覚えのある話題である。

 

「やっぱり才能ないのかなぁ……」

「だ、大丈夫ですよ! みんなで頑張って赤点だって乗り越えられたんです。パン作りだってきっとできるようになります!」

「うん……そうだね」

 

 

 

 

 

「これは……パンですね!」

「今日は上手くいった」

「良かった、この前のは幻じゃなかったんだね……三玖ちゃんが上達してくれて私も嬉しいよ」

 

 多少焦げ付いているものの、パンと呼べる出来具合だった。

 三玖は心なしか自慢げである。

 若干疲労の色が見える店長も素直に喜んだ。

 教わる側の努力はもっともだが、教える側の苦労も相当だっただろう。

 パン作りを勉強に置き換えて、五月はあらためて風太郎の尽力に感謝した。

 

「店長さん、ありがとうございます」

「うんうん、この調子だったら修学旅行にまで間に合いそうだね」

「……」

 

 三玖の努力は喜ばしいものだが、五月の心中は複雑だった。

 修学旅行一日目の昼。

 自由昼食の際に三玖は風太郎にパンを渡すつもりだろう。

 同時に自分の想いの告げるのかもしれない。

 

(どうするべきなのでしょうか)

 

 母の代わりを務める身としては、行き過ぎた関係にならぬよう諌めるべきだろう。

 妹としては、姉の恋を応援したい気持ちがある。

 そしてその対象になるのは四葉も同じで――

 ズキリと騒ぐ胸の痛みと、その本当の理由から目を背けて答えを探す。

 しかし、前提の条件を欠いた問題の答えなど導き出せるはずもない。

 

「五月もありがとう。見てて、最高のパンを焼いてみせるから」

「……それを上杉君に渡すのですね」

「うん、フータローに食べてもらいたい」

「それなら一つ、提案があります」

 

 

 

 

 

『修学旅行当日は定員五名の班ごとの行動になります。というわけで、明日までに班を決めておいてください』

 

 ホームルーム後の廊下で一人考える。

 修学旅行の班決め、定員五名、明日まで。

 ……え、無理じゃね? なんでこんないきなりなの?

 明日までとか言った奴何なの? というわけでじゃねーよ。

 まったく、誰だよ学級長……!

 

「……俺だよね」

 

 そう、何を隠そう三年一組の学級長は俺なのだ。

 男女一組でもう一人は四葉だが、さっきは主に俺が喋っていたので罪はない。

 いや、罪ってなんだよ。

 ともかく、最大五人一組の班なのだ。

 五という数字を聞けばあいつらを思い出す。

 班決めが楽そうで羨ましい限りだ。

 中学の時みたく適当に流せればよかったが、今回はそうはいかないだろう。

 こういうイベントで俺を絶対に放っておきそうにない奴に約一名覚えがある。

 

「つーか、定員五名なら一人でもいいんじゃね?」

「なにを悲しいことを言ってるんだい」

「うおっ」

 

 背後からかかる声に飛び上がりそうになる。

 武田だった。

 相変わらず爽やかで羨まし……くはないな。

 多少こいつのことを知った身としては、周囲に対する態度がある種の擬態なのだとなんとなくわかっていた。

 親が偉い立場だからこそ、ちゃんとしていなければならないのだろう。

 

「水臭いじゃないか上杉君」

「いきなりなに」

「修学旅行の班の話さ。僕らで一班、これでどうだい?」

「……」

 

 断る理由はない。

 むしろ渡りに船と言える。

 言える、のだが……こいつと二人きりかぁ。

 正直言うと疲れそうで躊躇してしまう。

 オーラに当てられるというか。

 

「なに二人で盛り上がってんだコラ」

「お前は……ま、前、前……前田?」

「後ろのハテナは余計だっつーの」

 

 顔つきは厳つく目つきは悪い。

 いっちょ前に染めた頭髪は襟足長めでオールバックのヤンキースタイル。

 林間学校前に顔見知った前田だ。

 そういえばこいつも同じクラスだったと、今更ながらに思い出す。

 

「上杉、お前まだ班決まってねーんだろコラ」

「そうだが」

「林間学校の借りもあるしよ、俺が組んでやってもいいぜ」

 

 借りと言われてもこっちは事情を飲み込めていない。

 こいつの告白の邪魔をした覚えはあれど、なにかサポートした覚えはないのだ。

 

「君、横から割り込むのはやめてもらいたいね」

「んだとコラ」

 

 そしてなぜこの二人がにらみ合っているのか。

 男に取り合われる理由がさっぱりわからない。

 いや、女でもわからないが。

 ともかくそういう面倒なのはあいつらだけで間に合ってるというのに……

 

「……わかった、この話はやめよう。ハイ!! やめやめ」

「勝手に終わらせてんじゃねーぞコラ」

「上杉君、ここは男らしくビシッと決めてくれたまえよ」

 

 話を切り上げようとしたが、そう簡単に終わってはくれなかった。

 いや、めんどくせーなこいつら。

 二人とも申し出自体はありがたいのだ。

 明日までに班を決めろという無茶振りもクリアできるし。

 問題はなんでこんな二択を迫られているのかということだ。

 ……普通に三人で組めばいいのでは?

 

「じゃあこの三人で一班な、決定」

「はぁ? コイツと同じ班だと?」

「上杉君、それは本気かい?」

「なにか問題あるか?」

 

 二人はお互いを指差して俺に疑問を投げかけた。

 こっちの正気を疑っているのだろう。

 武田と前田。

 優等生と不良。

 見たまんまの相性ということか。

 ダメ元で言ってはみたが実際にダメとなると……さて、どうしようか。

 

「特にないね」

「別にねーな」

「ないのかよ」

「僕個人に彼に対して思うところはないからね」

「上杉がいいっつーなら断る理由はねーよ」

 

 じゃあなに、さっきの諍いはなんだったの?

 だったらそもそも反目してんじゃねぇよ。

 などと思うところがないわけじゃないが、とりあえずこれで俺の班は決定したのだった。

 

 

 

 

 

「四葉ちゃんさ、やっぱ上杉君と一緒に班組むの?」

「あはは、どうかなー? じゃあ私はちょっと用事があるので!」

 

 クラスメイトに手を振って四葉は教室を後にする。

 以前に否定したはずだが、学級長の噂はまだ続いているようだ。

 

(う~ん、困ったなぁ)

 

 教室で言われたように、四葉としては風太郎と班を組むことも考慮していた。

 自分は特に何もしなければ姉妹で固まることになるとは思うが、風太郎が気がかりだったのだ。

 人間関係に関しては以前よりも改善してきたとはいえ、友達といるところを見たことがない。

 そもそも勉強、バイト、家庭教師と、これだけこなしていれば遊ぶ時間もろくにないだろう。

 

(でも、私が誘っちゃってもいいのかな?)

 

 問題はそこだった。

 四葉と風太郎が付き合っているという噂はまだ消えきっていないし、他の姉妹も風太郎と組みたがっているかもしれない。

 特に三玖なんかは明確に好意を向けている。

 それを考えると、どうしても二の足を踏まざるを得ない。

 

(あ、そっか。別に私だけじゃなくて三玖も誘えばいいんだ!)

 

 それならばと、方向転換して教室を目指す。

 風太郎を探して廊下に出たが、三玖は教室にいたはずだ。

 

「四葉、ちょっといい?」

 

 しかし自分を呼び止める声にブレーキ。

 一花が廊下の向こうで手招きしていた。

 

 

 

 

 

「修学旅行、また京都だね」

「うん、懐かしいね」

「小学校の時は四葉だけはぐれちゃってさ。心配したんだよ?」

「うっ、それは……ごめん」

「あはは、いいよもう」

 

 空き教室にて、当時は大事になったものだと一花は回顧する。

 自分たちもそうだが、あの時一番に四葉を心配していたのは間違いなく母だろう。

 そして父の尽力によって四葉は無事保護され――

 

(っと、いけないいけない。私の思い出よりも今は四葉だよね)

 

 その先の出会いに至る前に軌道修正。

 一花にとって大切な思い出ではあるが、本題からは逸れてしまう。

 

「班決め、みんな苦労してるね。私たちならこういう時は楽だけど」

「あはは、そうだね」

「でも心配なのはフータロー君かな? 相変わらず友達いないみたいだし」

「えっと、それなら……」

「もしかしてもう誘った? 手が早いなぁ、このこの」

「そ、そんなっ、私なんかが恐れ多いよっ」

 

 首をブンブンと振って四葉は否定した。

 風太郎に関して、自分が主体になると一歩引いてしまう。

 そんな四葉に対して一花は切り込んでみることにした。

 

「じゃあさ、私と四葉とフータロー君で組まない?」

「え……な、なんで?」

「だって、せっかくだし楽しんでもらいたいじゃん」

「一花……」

 

 一花の言葉は本心だ。

 本心ではあるが、目的はまた別にある。

 それを果たすために、京都という舞台はまさにうってつけだった。

 

「勉強会の時に提案してみるから、四葉もそのつもりでね!」

 

 有無を言わせる暇なく一花は小走りで空き教室を後にする。

 残された四葉は、三玖の恋と一花の言葉の間で揺れた。

 

 

 

 

 

 放課後の図書室で恒例の勉強会。

 各々アルバイトを始めてからは都合がつかない場合もあったが、今日は全員参加である。

 

「お、今日は三玖も参加か。珍しいな」

「バイトあるけど、それまでは参加する」

 

 特に三玖はここ最近忙しくしていたこともあり、久しぶりの参加となる。

 姉妹の中でも成績は良い方なので、風太郎も特に口は挟んでいなかった。

 

(結局、言い出せずに放課後になってしまいました……)

 

 勉強道具を取り出しながら五月は逡巡する。

 先日の三玖との約束の件である。

 

『それなら一つ、提案があります』

『提案?』

『私と三玖と上杉君で一緒に班を組みましょう。上杉君には私から言ってみます』

 

 三玖をサポートしつつ、接近しすぎないように適切な距離感に導く。

 それには一緒に京都を回るのが一番という判断だ。

 もちろん風太郎に対する見極めや揺さぶりも見越してのことだ。

 そうすることで姉妹に対する――特に四葉への思いを確認することが五月の目的なのだ。

 問題はいくつかあるが、差し迫ったものは一つ。

 

(ど、どうやって切り出したらいいんでしょうか!)

 

 そもそも自分の意思を伝えなければ班を組むどころではない。

 意識して異性を誘うというのは、五月にとって予想よりもハードルが高かった。

 

「勉強の前に、修学旅行の話がしたい」

 

 あれこれと悩んでいる間に三玖が話を切り出した。

 その場の全員の注目が集中する。

 普段の自己主張は控えめだが、ここぞという時の踏み込みは姉妹で随一である。

 

「フータロー、誰と組むか決めた?」

 

 姉妹の間で緊張が走る。

 言うまでもなく、当の本人以外の全員が気にしていた案件だ。

 皆が風太郎の言葉を待つ中、一花が動く。

 

「フータロー君、お姉さんと組もうよ」

「一花!?」

「四葉も一緒にさ、三人で京都回ろうよ」

 

 一花と三玖の視線が交錯する。

 二乃は静観し、四葉はオロオロとしていた。

 全くの予想外のアプローチに五月は驚きの声を上げた。

 

(まさか一花も……?)

 

 思えば怪しい場面はいくつかあった。

 林間学校二日目の朝と夜の出来事。

 長男と長女という立場もあってか、精神的な距離感も近いように見える。

 もはやまごついている暇はなかった。

 

「上杉君! 私と組みましょう」

「えっ、あんたも!?」

「私と三玖と三人で一班、いいですよね?」

 

 五月は三玖に顔を向け、頷いた。

 さすがに二乃も驚き、四葉はさらにオロオロとした。

 一方、一花は五月を見つめて黙り込んだ。

 

(五月ちゃんは監視が目的かな?)

 

 以前に言った通り、風太郎を見極めようとしているのだろう。

 赤点を乗り越えて信頼関係の構築も成されたとはいえ、やはり男女の仲となると慎重にならざるを得ないということか。

 最近は三玖のパン作りに協力していたと聞く。

 引き入れたのはその流れからだろう。

 しかしわからないのは四葉に対するスタンスだった。

 あの写真が五月の持ち物の中に入っていた意味は――

 

「おいお前ら、いい加減に――」

「そうね、いい加減にしてほしいわ」

 

 風太郎の言葉を遮り、二乃が立ち上がる。

 そして他の姉妹を睨めつけるように見回した。

 

「あんたたちが私をハブる気満々だってのはよーくわかったわ。ま、それはそれで好都合だけど」

「ごめんね? 六人じゃ組めないからせめて半々にって思ってたんだけど」

「わ、私も仲間はずれにしようだなんて……」

「気にする必要ないわよ。あんたたちは四人で組めばいいわ」

 

 一花と五月のフォローを意に介さない。

 そう、二乃は最初から決めていたのだ。

 風太郎に歩み寄り、その腕を抱いて身を寄せる。

 

「ねぇフー君、私と二人きりで組みましょ」

「お、おいっ」

「せっかくの修学旅行だもの。好きな人と回りたいわ」

 

 二乃のカミングアウトに、一花を除く三人は一様に驚きを露わにする。

 一人冷静さを保った一花は、妹の暴挙を止めるべく立ち上がった。

 

「でも二乃とフータロー君は付き合ってるわけじゃないよね? なのにワガママを通すのはどうなのかな?」

「いずれそうなるんだから何の問題もないわ」

「五月ちゃんはどう思う?」

「あ、えっと……」

 

 一花に話を差し向けられて、五月はようやく衝撃から立ち直った。

 不安な顔をして事の成り行きを見守る四葉と、呆然としたままの三玖。

 そんな二人を目にして五月は心を奮い立たせた。

 姉妹を守るのは母の務めなのだと。

 

「二乃、それは承服しかねます」

「あんたも反対ってわけ」

「そういった関係であろうとなかろうと、節度は守るべきです」

「あくまで母親面するのね。ま、いいけど」

 

 そして風太郎に目を向ける。

 いつか言った、姉妹の父代わりを務める、という言葉を五月は覚えていた。

 その視線に応えるようにくっつく二乃をやんわりと剥がすと、風太郎は口を開いた。

 

「とりあえず聞け。お前らそもそも決め付けてるが俺は――」

「――っ、フータロー!」

 

 今度は三玖がその言葉を遮った。

 焦燥に駆られていた。

 二乃は臆面もなく自分の想いを口にした。

 置き去りにされる前に自分も――

 

「わ、私も……」

 

 しかし二の句は出てこなかった。

 こうやって大事な場面で臆してしまうのもまた三玖だった。

 

「なにかあるのか?」

「言いたいことがあるなら今、言ってみなさい」

「三玖、頑張って……!」

 

 風太郎の問いかけ、二乃の威圧、五月の応援。

 三玖はそのいずれにも応えられない。

 緊張で喉はカラカラになり、焦りは募るばかり。

 見かねて一花が助け舟を出そうとするが、静かな声がそれに先行した。

 

「みんな、やめようよ」

 

 静かな面持ちで口を開く四葉。

 常とは違う雰囲気に、その場にいる全員が気圧された。

 

「こんなの楽しくないし、上杉さんも困っちゃうしさ」

「まったくだ。お前らは揃いも揃って――」

「だからさ、上杉さんも一緒にみんなで組めばいいんだよ!」

 

 発言者を除く全員が揃って首を傾げた。

 それが出来ないからこうも事態が紛糾しているのだと。

 四葉の頭の残念さはここまで進行してしまったのかと。

 

「うん、私以外のみんなで一班。ししし、完璧だね!」

 

 さすがの四葉もそこまでアホではなかった。

 誰か一人が割を食うならと、それを自分が引き受けたのだ。

 ここに来て他の姉妹全員は後悔した。

 今の四葉ならば、そんな選択肢をとりかねないとわかっていたはずなのにと。

 特に一花は耐え切れずに四葉を抱きしめた。

 

「四葉、お願いだからそんなこと言わないでよ……」

「私だったら大丈夫だから。心配しないで、みんな」

 

 四葉はあくまで笑顔だった。

 でもどこか諦念が混じったものであり、姉妹から見れば悲痛なものでしかなかった。

 こうされてはさすがの二乃も勢いを削がれてしまう。

 

「お前の案は当然却下だ。お人好しもいい加減にしろ」

 

 場の空気が次第にしんみりしたものにシフトする中、風太郎が口を開く。

 邪魔に次ぐ邪魔で発言を遮られる中、ようやく得られた機会だ。

 

「一花も二乃も五月も、悪いがお前らの提案は受けられない」

「な、なんでよ!」

「俺、もうクラスの男子と班を組んだぞ」

 

 姉妹全員が絶句した。

 風太郎がすでに班を結成している。

 誰一人としてこの可能性だけは考慮していなかったのである。

 

「フータロー君、見栄はらなくてもいいんだよ?」

「そうよ。そんなことしても後悔するだけなんだから」

「フータロー、無理しないで」

「上杉さん……そこまで思いつめる前に相談してくれれば」

「だ、大丈夫ですか? なんなら私のおやつをわけてあげますよ」

 

 そして誰一人として風太郎の言葉を信じる者はいなかった。

 それどころか心配までしてくる始末。

 

「よし、お前ら全員そこになおれ」

 

 風太郎はキレた。

 この日出された宿題の量に中野姉妹は泣いた。

 ついでに図書室で騒いだので図書委員に叱られた。

 結局、中野姉妹で一班になったのだった。

 

 

 

 

 

「修学旅行だよ、お兄ちゃん!」

「お、おう……」

 

 近所のデパートにて買い物中の俺とらいは。

 名目は今度の修学旅行の準備だが、なぜからいはの気合が充実しすぎている。

 下着まで選ぼうとするものだから、俺はすっかり周囲の笑いものになっていた。

 くそ、早くこの場から離れたい……

 

「そういえば、五月さんたちへの誕生日プレゼントはどうしたの?」

「あいつら誕生日近いのか」

「えっ、もう過ぎてるけど」

 

 まったく知らなかった。

 らいはの視線が突き刺さる。

 つーかあいつらも遅れてたし――と、これは言いっこなしだな。

 しかし求められてもいないのに渡しても……なんて考えてたららいはに怒られた。

 頂いた以上お返しするのは、小学生でも知っている常識なのだそうだ。

 どうしたものかと頭を捻っていると、ぴょこぴょこと揺れるアホ毛とリボンを発見。

 これはもう本人達の意見を聞くべきだろう。

 

「やっぱあげたほうがいいかな?」

「ひゃあっ!」

 

 声をかけたらアホ毛、もとい五月が飛び上がった。

 失礼なやつだ。

 

「こんにちはー、上杉さんにらいはちゃん」

「あ、あなたも一緒なのですか?」

 

 五月の言葉に少しの違和感。

 俺がいることには驚いているが、らいはには特に反応していない。

 

「実はね、今日一緒に買い物しようってメールしてたんだ」

 

 答え合わせはあっさりだった。

 まぁ、それはそれで都合がいい。

 この機会に欲しいものを聞き出せれば――いてっ。

 らいはのチョップが俺の二の腕に炸裂した。

 どうやら直球で聞き出すのはNGのようだ。

 こうやって元気ならいはは喜ばしいが、中野姉妹の影響が見えるのは複雑だった。

 あいつらみたくめんどくさい子にはならないでくれ……

 

「らいはちゃんには悪いのですが、やはり上杉君も一緒というのは……」

「なんだよ、どうせ修学旅行の準備だろ? 同じもの買うなら問題ねぇよ」

「つ、ついて来ないでくださいっ」

「は? なんで」

「下着! 買うんです!」

 

 どこかで見たような光景だった。

 具体的に言えば林間学校前の買い物の時だ。

 これを出されたらさすがについて行くわけにはいかなかった。

 以前なら居心地が悪い程度で済んだだろうが、今の俺には目の毒が多すぎる。

 というわけで俺と四葉は下着屋の前のベンチで待機し、五月とらいはは店の中で物色を始めた。

 しかし、こいつらは事あるごとに下着を買い換えているのだろうか?

 どれだけ物持ちが悪いのかとつっこみたかったが、非難されそうなのでやめておいた。

 

「お前はよかったのか?」

「実は私、物持ちは良い方なので」

 

 そういえばこいつは、いまだにお子様パンツを使っているのだったか。

 いくら青い衝動が目覚めたとは言え、そういった下着はらいはのもので見慣れている。

 よってこいつの下着姿を想像したところで――

 

「上杉さん!? いきなり手すりに頭を打ち付けるとは何事ですか!?」

「だ、大丈夫だ」

 

 衝撃で無理やり頭の中身をすっ飛ばす。

 適度に処理をしているとはいえ、きっかけを与えればすぐに鎌首をもたげてくる。

 二乃との一件以来、少々自分の中で箍が緩んでいるような気がしていた。

 言うまでもなく良くない兆候だ。

 雇い主の忠告の手前、しっかりと自制をしなければならないだろう。

 

「えっと、本当に頭は大丈夫ですか?」

「人の頭がおかしいみたいな言い方はやめろ」

 

 しかし実際に、いきなり頭を打ち付けるような奴がいたら正気を疑うのも確かだ。

 ……よし、この話題はここらで終わらせよう。

 

「ところで四葉、将来なりたいものとかはないのか?」

「えっ、いきなりどうしたんですか」

「まぁ、ちょっと参考にな」

 

 こいつらの次の道を一緒に見つけると決めた以上、現状の考えも把握しとくべきだろう。

 こうして二人きりで話すのは、それを確認するのにいい機会だ。

 ……二者面談とかいよいよもって教師じみてきたな。

 

「うーん……考えたことなかった……」

 

 やはりというかなんというか、明確な答えはなかった。

 そもそも現代において、きちんとした目標を定めている高校生の方が珍しいのかもしれない。

 一花や五月や武田のようなのは例外だ。

 大体のやつはなんとなく進学を選び、そして就職していくのだろう。

 俺も大枠で見たらそこに当てはまる。

 なにせいい大学に入って一流企業に勤める、というフワッとした目標なのだから。

 具体性に関しては似たりよったりだ。

 その為に取り柄も何もない俺は勉強というわかりやすい道を選んだが、こいつはどうだろう。

 アホみたいな身体能力という面にクローズアップするのなら、やはりスポーツ関連の道だろうか。

 

「おまたせー」

 

 あれこれ考えているうちにらいはが店から出てきた。

 五月は採寸と試着でもう少し時間がかかるそうだ。

 高校生は大人だなどと言っているが、一体何を買ったのやら。

 

「お兄ちゃん、太もも抓ってどうしたの?」

「ちょ、ちょっと眠気がな……」

 

 うっかり浮かびそうになる想像を痛みでキャンセル。

 さすがにらいはの前で奇行に走るわけにはいかなかった。

 

「上杉さんがまたおかしなことを……」

「またって……もー、しっかりしなよ。修学旅行楽しみなんでしょ?」

「普通だ普通。ま、体調管理には気をつけるさ」

「聞いてよ四葉さん。お兄ちゃんね、家で何度もしおりを確認してるんだから」

「らいは!」

 

 うちの妹はとんでもないことを口走ってしまった。

 べ、別に不備があったら困るから確認してただけだし!?

 それにこんなこと四葉が聞いたら……

 

「任せてくださいらいはちゃん!」

 

 ほら調子づいた。

 こうなった四葉が面倒なのは林間学校で体験済みだ。

 ……まあ、退屈しなかったのは事実だが。

 

「林間学校のリベンジです! 今度こそ後悔のない修学旅行にしましょうね!」

 

 屈託なく笑う四葉から、なんとなく目をそらしてしまう。

 男女の仲とかは関係のない純粋な好意を感じた。

 つくづく対人経験の薄さが浮き彫りになる。

 二乃や一花の告白然り、どう対応していいのかわからなくなってしまうのだ。

 なにか返せるものがあるのならまだ話はわかりやすいが、こいつは見返りなんて求めないだろう。

 

『欲しいものはもう貰いました』

 

 思い出すのは勤労感謝の日のこと。

 結局こいつの欲しいものがなんだったのかはわからずじまいだった。

 見返りを求めない四葉に俺が返してやれるものがあるとすれば、それはせめてもの学力と――

 

「……せっかくだしな。修学旅行費分は楽しんでやるさ」

 

 あとはこのお人好しのお節介の言うとおり、できる限り楽しむことぐらいだ。

 

「えへへ、写真の子にも会えるといいね」

「さぁな。そんな偶然あるかどうか」

「上杉さん、写真の子とは?」

 

 あまり触れて欲しくない話題に四葉が食いついた。

 おっと、めんどくさい展開になってきたぞ。

 

「ほら写真見せてあげなよー」

「いや、もう写真はないんだが……」

 

 らいはは俺の周りをぐるぐると回って催促してくる。

 話すのは正直気が引ける。

 だが、もっと面倒な気配を四葉が発し始めていた。

 このまま黙っていれば、事あるごとに突っつかれる展開が目に見える。

 ……とある疑惑の確認も含めて話してみるか。

 

「昔――もう六年前になるか。京都で偶然会った女の子だよ」

「六年前、京都……」

「名前は……零奈、と名乗ってたな」

「えっ、零奈って……」

 

 零奈という名前に対する四葉の反応。

 もはやわかっていたことだが、一応の確認は取れた。

 

「――おしまいだ」

「え~~!? そんな中途半端じゃちょっと……いえ、かなり気になるんですが……」

「ズバリ! お兄ちゃんの初恋なんだよね?」

「は、初恋!?」

 

 結局めんどくさい方向へ話がシフトしていく。

 らいはは悪くない。

 悪いのはあの話を吹き込んだ親父だ。

 誓って言うが、あれは断じて初恋なんかじゃない。

 俺の初恋らしき何かは、その直前に終わっていたのだから。

 

「えへへ、食べ物の話してたらお腹すいてきちゃった」

「食べ物のたの字も出てこなかったが」

 

 いや、さすがに使ったか。

 たを抜いて文章作れとか普通に難易度高いし。

 そんなことをやって成り立つのは相当な短文か、タヌキの絵が添えられた不自然に『た』が多い文章だろう。

 

「じゃ、じゃあなにか買いに行きましょう!」

 

 四葉はらいはの手を引いてそそくさと離れていった。

 俺は五月を待つ係だそうだ。

 周りはガヤガヤと騒がしいことこの上ない。

 時間が経って人が増えてきたのだろう。

 五月が戻ってくる気配はない。

 ベンチに座って待つとしよう。

 

「疲れたな……」

 

 座ったベンチには先客がいた。

 その姿を横目で捉える。

 いつかの時と同じ格好だった。

 

「二回目は驚かねぇぞ――零奈」

「なーんだ、残念」

 

 薄く微笑むその表情は、知っている顔と重なるようで重ならない。

 この場にこいつが現れた理由は不明だが、好都合だ。

 ここらで隠し事とやらを明かしてもらうとしよう。

 

「面倒な前置きはなしだ。なぜまた俺の前に現れた?」

「君に会いたいからって言ったら?」

「いつも顔を合わせてるだろうが」

「えっ」

「お前が母親の名前を借りている理由は知らん。だが、いい加減はっきりさせたい事がある」

「そう、だね」

 

 零奈は立ち上がると俺の前へ。

 そして数歩距離をとってから問いかけた。

 

「君の考えているとおり、私は五つ子の一人。誰かわかるかな?」

「そうだな……まず、四葉じゃない」

「えっ」

「あいつはそもそも、俺でも見破れるほどに演技が下手くそだからな」

 

 そして先程の反応。

 母親の名前が出てきたことに驚いていた。

 それはこの零奈ではない何よりの証拠だ。

 

「き、決めつけるのは早いんじゃない? ほら、人は三日会わざればって」

「それを言うなら男子三日会わざれば、だ。まぁ頭の出来は似たりよったりだが」

 

 それに四葉を容疑者から省いたのは演繹的なアプローチからだ。

 つまり、答えは今日ここに来る前からわかっていた。

 

「いい加減茶番はやめろ――五月」

「――っ!」

「ほら、これで答え合わせだ」

 

 逃げられないように手を掴んで、その帽子とウィッグを外してやる。

 その下から出てきたのは、いつものくせっ毛とアホ毛。

 真面目馬鹿の五月だ。

 

『……また、真面目馬鹿って』

 

 零奈にしか伝えてない真面目馬鹿という言葉をこいつは知っていた。

 姉妹で情報を共有している可能性もあるが、四葉が零奈の名前で驚いていたのでそれはない。

 あいつだけハブられていたのなら話は別だが、それはあまり考えたくなかった。

 

「お前がこうしている理由だとか、そもそも六年前のあの子なのかとか、そこらへんはこの際どうでもいい」

「うえ、すぎくん……私は」

「せっかくの修学旅行だ。こんなことしてないで、お前はお前として楽しめよ」

「~~っ」

 

 帽子とウィっグをひったくって、五月は走り去っていった。

 さて、面倒なことには……ならないわけないよなぁ。

 

 

 

 

 

「……」

 

 試着室の中で五月は鏡と向き合う。

 そこにいるのは、風太郎の思い出の少女に扮した自分。

 母の名を借りた少女――零奈の姿をした五月だ。

 だというのに風太郎はそれを見破った。

 一花でも二乃でも三玖でも四葉でもなく、自分の名前を呼んだ。

 

「どうして……?」

 

 五月は間違いなくかつての自分を再現していた。

 それは他の姉妹の演技をするのとはわけが違う。

 過去の自分に立ち返る、ただそれだけなのだ。

 見破れる瑕疵などあるはずがない。

 それなのに、だというのに――

 

『愛があれば!』

 

 温泉旅館で五月が風太郎に語った姉妹を見分けるコツだ。

 それは母の受け売りだが、姉妹にとってはもはや真理に等しい言葉だった。

 ならば、風太郎が零奈の正体を看破した理由とは……

 

「ウソです、そんなの……」

 

 母の言葉、風太郎に見破られたこと、そして自分の想い。

 五月が嘘にしてしまいたかったのはどれなのか――あるいは全てか。

 

『一人でよく頑張ったな』

『いくら俺だってな、それくらいはお前たちのことを知ってる』

『……お前ならいい先生になれると思うぜ』

 

 風太郎の言葉が、思い出が胸の内を満たす。

 表に出ないように押さえつけていた想いが、溢れ出る。

 自分の胸を押さえて、五月は堪らずその場にしゃがみこんだ。

 

「うえ、すぎくん……上杉君上杉君上杉君……風太郎君」

 

 言葉にしてしまえばもう後戻りはできない。

 それはさらに強い自覚となって自分に降りかかるのだから。

 だけど吐き出すことでしか自分を保つことができなかった。

 今この時ばかりは姉妹の事も頭の中から消え、たった一つの想いだけが残った。

 

「――好き、です」

 

 

 




五女のヒロイン化とか解釈違いかもしれませんが許してください。
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