フー君が思春期の青い衝動に振り回される話   作:kish

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二日目開幕です。


シスターズウォー・二日目その1

 

 

 

 修学旅行二日目は団体行動が主となる。

 今回来ているのは清水寺だ。

 入口である仁王門の前には、同じ旭高校の生徒の姿が少なからず見える。

 移動制限の中でなら班と関係なく誰と回ってもいいのだが、大体は同じ班員で固まるだろう。

 それは俺の班も同じだ。

 

「清水寺か……」

「いつになくセンチメンタルだね。なにか思い出が?」

「いや、大したもんじゃない」

 

 そんなことを言ったら、京都に来てからの俺はずっと感傷的だったことになる。

 あまり考えないようにはしていたのだが、やはり特に思い出深い場所に来るとこうなってしまうか。

 五月にあんなことを言った手前、情けない限りだと自分でも思う。

 

「早く行こうぜ。清水寺ったら飛び降りるのが有名なんだろ」

「君の認識は色々と残念だね」

「んだとコラ」

「行くぞ、お前ら」

 

 先んじて門をくぐる。

 特に考えずとも流れに沿って進めば一通り回れるはずだ。

 周囲を見回すが中野姉妹の姿はない。

 一花との約束を考えると早めに合流しておきたい。

 が、他の諸々を考えるとどうにかあいつだけ呼び出したいところだ。

 当の本人が姉妹と一緒にいることを強要してきたら、その時点で俺に打つ手はなくなるのだが。

 

「あ、いたいた」

「二乃か。他の連中は?」

「私一人よ」

「お前、まさか抜け出してきたのか?」

「三玖に出来て私に出来ないとでも思った?」

 

 出来る出来ないというより、やるかやらないかで言えば二乃はやるだろう。

 それよりも、三玖の名前が出たタイミングで二乃の視線が厳しくなったような気がする。

 一花との情報共有が為されていれば十分にありえる反応だ。

 緊張からか頬を汗が伝う。

 俺自らそうしようと動いているわけではないが、多方面に不義理な事態になっているのは確かなのだ。

 

「……一花は何か言ってたか?」

「特に何も。って、まさか一花とも言えないようなことしてたってわけ?」

「ちげーよ。二日目にちょっと付き合えって言われててな」

「ふーん」

 

 二乃の視線はどこか疑わしげだ。

 三玖との一件については詳しく伝わっていないようだが、今度は一花との事に関して疑惑を持たれてしまった。

 めんどくせー限りだが、身から出た錆という側面もある。

 いっそ前田と武田が割り込んでくれないかと期待したが、清水寺のことで何やら熱く語り合っていた。

 

「ま、いいわ。それより一花のとこに行きたいなら一緒に来ない?」

「あー、他の奴も一緒なのか? 五月は調子悪いって聞いたが」

「あの子はホテルでお休みよ。三玖も筋肉痛で動けないって」

「そうか……てことは今日は三人なんだな。残念だ」

 

 とは言ったが、三玖との顔合わせが先延ばしになって助かったという思いもあった。

 いい加減気持ちに整理をつけないと駄目かもしれない。

 

「さ、行きましょ」

「おい、引っ張るなよ」

「私と一緒に歩けるんだから、ラッキーだと思っとけばいいのよ」

 

 二乃は俺の手を掴んでズンズンと歩き出した。

 その力強さに抵抗は無意味だと悟る。

 我が事ながら、この体の貧弱さはどうにかした方がいいと思う。

 今まで勉強ばかりしていたツケとも言える。

 筋トレでも始めてみるか……いや、そんな暇があるならやっぱり勉強したい。

 せめて武田達に一言残しておきたかったが、既に結構な距離が開いてしまった。

 つーか、あいつらも少しこっちに意識を割いてくれ。

 まぁ、後でメールしておこう。

 

「えっと……あそこらへんが良さそうね」

「本当にこっちに一花達がいるのか?」

「いいから着いてきなさいよ」

 

 着いて行くもなにも、手を掴まれているのでそうせざるを得ない。

 そうして建物の陰に入ると、二乃はようやく足を止めた。

 木々でちょうど死角になっている場所だ。

 

「単刀直入に聞くけど、三玖と何してたのよ」

「お前もそれか」

「どうせ一花にも聞かれたんでしょ。観念して言っちゃいなさいよ」

「……パンをご馳走になって、それから……こ、告白された」

 

 どうせ一花に確認を取られたら終わりなので、正直に答えておく。

 三玖のためにもあまり周知するようなことはしたくないが、これはしかたがない。

 つーか、これ俺にもダメージ来るんだよな。

 気恥かしさで顔が熱くなってきてしまう。

 

「そう。三玖のくせにやるじゃない」

「お前も驚かないんだな」

「時間の問題だと思ってたし」

 

 一花も二乃もということは、姉妹全員に知れ渡ってるのかもしれない。

 俺でさえそうかもしれないと思っていたぐらいだし、十分ありえる。

 

「一応言っておくが、返事はしてない。つーか、するには状況がコチャゴチャすぎる」

「スッキリさせる良い方法があるんだけど、知りたくない?」

「いや、大体予想できるからいい」

 

 どうせ二乃の事だから、この機会に乗じてあれこれと迫ってくるのだろう。

 ここで主導権を握られるわけにはいかない。

 模試の日のような事を繰り返すわけにはいかないのだ。

 ハシゴを外されたからか、二乃はむくれて掴みかかってきた。

 

「なんでよ! 私がキスしてあげるって言ってるのに!」

「やっぱりそういうことか……お前も俺にばっかり構ってんじゃねぇよ」

「せっかくの修学旅行じゃない。好きな人と一緒にいて何が悪いのよ」

 

 ストレートな言葉だった。

 こちらを見上げる二乃から目をそらす。

 きっと顔が赤くなっている。

 こうなってしまえば、思考がそういう方向に流れていってしまう。

 この状況で二乃の顔、特に唇を目に入れるのは危険なのだ。

 

「ねぇ、フー君……ダメ?」

「それ、は……」

 

 柔らかい感触。

 いつの間にか二乃は密着していた。

 明確にまずい状況だ。

 今朝発散したばかりの衝動が、徐々に高まりつつあるのを感じる。

 二乃の手が頬に触れる。

 そして顔が徐々に近づき、唇と唇が触れる――その寸前で、携帯の着信メロディが響いた。

 俺には聞きなれない今風の曲は、二乃のスマホから流れていた。

 

「誰よ、いい所なのに……!」

 

 注意がそれた一瞬に、二乃から距離を取る。

 建物の陰から抜け出してホッと一息。

 危なかった……あのままなら、またしてもキスしてしまうところだった。

 誰だか知らないが、電話をかけてきた奴に感謝だ。

 

「おや、上杉さん。もしかしてお一人ですか?」

「お、お前か……四葉」

「なにやらお疲れのご様子ですね。でしたらこちらをどうぞ!」

 

 四葉が差し出してきたのはオレンジ味の飴だった。

 促されるままに口にすると、酸味を含んだ甘味が口内に広がっていく。

 糖分と、なによりその純粋な優しさが身にしみた。

 気がつくと俺は、縋り付くように四葉の手を取っていた。

 

「う、上杉さん!?」

「俺はお前がいないと駄目かもしれない」

「えええっ!?」

 

 ここ最近で急に女性関係に悩まされ始めた俺にとって、四葉はまさに癒しだった。

 思えばこいつは、初めから俺に好意的に接してくれた。

 ……天使か?

 

「フータロー君? 四葉の手を握ってなにしてるのかな」

「あ、フー君! なんで四葉と一緒にいるのよ」

 

 四葉の後方から現れた一花は、携帯を手に持って薄く笑っていた。

 建物の陰から俺を追って出てきたであろう二乃は、明らかに語気が強い。

 前門の一花、後門の二乃。

 つまり、俺は挟み撃ちにされたというわけだ。

 

「せっかくのチャンスだったのに、よくも邪魔してくれたわね」

「何の事かわからないけど、二乃がはぐれちゃうから心配したよ」

「よく言うわ。わかっててやったくせに」

「そっちこそ。ちょっと目を離したらこれだもんね」

「ははは、見ろよ四葉。あの雲おもしれー形してるぜ」

「上杉さん、現実逃避はやめて帰ってきてください!」

 

 

 

 

 

 そうして合流を果たした俺達は、結局全員で行動することになった。

 最初は一花と二乃の睨み合いもあってどうなるかと思ったが、そこは長女の面目躍如だ。

 矛を収めた一花が全員で回ることを提案したのだ。

 四葉は当然賛成、俺も消極的にだがその提案に乗った。

 二乃は渋ったが、強行突破できる状況でもないので最終的には従った。

 

「あ、見てフータロー君、あれ面白そうだよ。四葉と一緒に――」

「私と行きましょ、フー君」

 

 とはいえ、その基本方針に変わりはないようだ。

 二乃は俺の手を引いて進んでいく。

 一花や四葉に対して、ついてくるなら勝手にしろ、とでも言わんばかりの態度だ。

 振り返ると二人の顔が見えた。

 顔を引きつらせた一花と、不安気な表情の四葉。

 これは、少しまずいかもしれない。

 

「先に行くと縁結びの神様の神社があるみたい。二人で参拝するわよ」

「おい」

「お守り買えるみたいだし、お揃いのを買うのもありね」

「二乃」

「それと音羽の滝だっけ? お水に恋愛成就のご利益あるみたいよ。後で一緒に飲みましょ」

「聞け!」

「……なによ」

 

 強めに呼びかけると、二乃はようやく止まった。

 さすがにこれ以上の暴走は看過できない。

 俺だけが巻き込まれるなら、それはそれで構わない。

 いや、決して良くはないが。

 だが、それが姉妹を蔑ろにするものなら黙っているわけにはいかない。

 なによりそんな二乃の姿を俺が見たくなかった。

 あの時に五人でいてほしいと言ったのは、紛れもない本心だったのだから。

 

「お前が俺を優先してくれるのは正直、その……悪い気はしない」

「ならっ」

「だがな、それで他の奴をどうでもいいと切り捨ててほしくはないんだよ」

 

 一つの目的のために他の物を切り捨てる。

 それは他ならぬ俺自身が実践してきた生き方だ。

 今にして思えば、酷く空虚なものだったように思える。

 たとえそれで目指す場所にたどり着けたとしても、きっと空っぽの自分に気付くだけなのだ。

 

「お前を焦らせる原因が俺にあるのなら、今ここで答えを出したっていい」

「それは……」

「二乃、俺は――」

「待って!」

 

 割り込むような制止の声。

 一花だった。

 そして押し黙る二乃の手を掴んでまたも提案してきた。

 

「やっぱり二手に別れようか。私は話があるから二乃と行くね」

「あ、ちょっと」

「四葉、フータロー君を目一杯楽しませてあげてよ。ツーショット写真がおすすめかな」

 

 言いたい放題言うと、一花は二乃を引っ張って行ってしまった。

 つーか埋め合わせの件はどうなるんだか。

 

「まったく、調子狂うぜ」

「三玖と五月のこともあるし、二乃もちょっと空回っちゃってるんだと思います」

「そうか」

「最初は二人を残しておけないとまで言ってましたし」

「それはいかにもあいつらしいな」

 

 あの姉妹バカが二人を残して平気なはずないよな。

 少しだけ安心だ。

 

「その、私たちも行っちゃいます?」

「そうだな」

 

 

 

 

 

 二乃の手を引いて一花は境内を横切るように進む。

 どうにかしなければと思ってはいたが、こうも直接的な手段に出るつもりはなかった。

 二乃への共感、連鎖的に答えが出てしまうことへの恐怖。

 理由はいくつかあるが、風太郎の言葉を遮るように一花は行動に出た。

 

「ちょっと、どこまで行くのよ」

「あの二人から十分に離れるまで、かな」

「……あんた一体何が目的なのよ」

 

 問いかけに足を止める。

 もう十分に距離を稼いだと判断して、一花は手を離した。

 

「二乃はさ、小学校の修学旅行の事、覚えてる?」

「ある程度はね」

「四葉が連れてきた男の子の事や、その子と私がトランプしてた事は?」

「そんな事もあったわね……って、それとこれと何の関係があるのよ!」

「それ、フータロー君」

「え? で、でもあの子はたしか金髪だったような……」

 

 遠目にしか見ていなかったが、四葉が連れてきたという風なんとか君は小学生ながらに髪を染めていたはず。

 今にして思えば中々好みの風貌だったかもしれないと二乃は思い返す。

 そして自分が仲良くしていた相手を姉に取られた四葉の顔も。

 

「今でこそガリ勉君だけど、当時は格好も言動もやんちゃだったからね」

「ウソ、信じられな……くもないわね」

 

 以前に見た、風太郎が持っていた写真に映った少年。

 従兄弟の金太郎だと説明されたが、そんな人物はいなかったのだ。

 二乃の目の前に現れた金太郎は、風太郎の変装だった。

 となると浮上するのは、写真の少年が自分ではないと誤魔化すために出まかせを言った可能性だ。

 

「喉に刺さった小骨ってさ、中々に厄介だよね」

「……要約すると、あんたは四葉に負い目を感じてるって事でいいのかしら?」

「そうなるかな? ご馳走をいただこうにも、チクチクすると気になっちゃうからさ」

 

 この修学旅行で一花が目論んでいることは過去の再現だ。

 四葉と風太郎に当時のことを思い出させ、その距離を縮めさせる気なのだ。

 しかしそれはあくまでも自分のためだ。

 一花は四葉を同じ舞台に上げた上で、風太郎を貰っていくと宣言している。

 それはどれほど残酷な事なのだろうか。

 かつて傍若無人に振舞っていた長女は、本質的に何ら変わっていなかったのだ。

 とてもじゃないが認めることは出来そうにない。

 それに、二乃は一花が知らないある事実を知っている。

 ずぶ濡れになった風太郎の姿を思い出す。

 四葉は風太郎を確かに突き放した。

 運命的な再会を果たしておきながら、それを手放したのだ。

 

「事情は大体わかったわ」

「協力してとまでは言わないけど、今日だけは大人しくしててほしいんだ」

「却下よ」

「にべもないね」

「というか私には何らメリットがないもの。四葉とフー君が仲良くなるのを指をくわえて見てろってことじゃない」

「やっぱりダメかな?」

「ダメね」

「そっかぁ」

 

 一花は残念そうに笑った。

 もうここに居る必要はない。

 二乃は風太郎と合流するために踵を返した。

 一花の思惑も、四葉の思い出も関係ない。

 自分はただ真っ直ぐに思いをぶつけるだけなのだと。

 しかしそれを一花が黙って見送る道理はない。

 歩きだそうとしたところで腕を掴まれ、二乃はバランスを崩しそうになるがなんとか踏みとどまった。

 

「離しなさいよ」

「却下、ダメだよ」

「このっ、はーなーせー!」

「さ、あれ入ってみようか」

 

 一花は四葉ほどではないが、体力には自信がある。

 女優と高校生の二重生活をこなしているのは伊達じゃないのだ。

 抵抗むなしく、二乃は近くの建物へ引きずられていった。

 

 

 

 

 

(た、大変な状況になっちゃった……!)

 

 一花が二乃を連れて行き、四葉と風太郎は二人きり。

 今までも二人で出かけることはあった。

 しかし、今回は場所がまた問題である。

 

(風太郎君はどこまで覚えてるのかな?)

 

 六年前の京都で四葉と風太郎は出会った。

 互いに修学旅行ではぐれた者同士だった。

 その日の思い出は四葉にとって大切なものであり、同時に封印しておかなければならないものでもあった。

 交わした約束を胸に今日まで歩いてきた風太郎。

 対して四葉は道を踏み外してしまった。

 その事実が心に影を落とし続けている。

 風太郎と再会してから、その影の中に過去を押し込んで歩んできたのだ。

 本当の自分が知られないように、失望されてしまわないように。

 

(みんなを差し置いてこんな事する資格なんてない……でも)

 

『フータロー君を目一杯楽しませてあげてよ』

 

 一花が言い残した言葉は四葉の望みでもあった。

 勤労感謝の日に風太郎が見せた笑顔こそが、四葉が欲するものだったのだ。

 それと自罰めいた自制を秤にかける。

 

(やっぱり、楽しんでもらいたいな)

 

 傾いた天秤を免罪符に、四葉は風太郎の手を引いた。

 後はもう難しく考える必要なんてない。

 四葉は気の向くままに風太郎を連れ回し、風太郎はぶっきらぼうながらも楽しんで笑顔を見せた。

 胸の奥に灯る暖かい想いのまま、四葉も心の底から笑った。

 

「うおっ、久々に見ると高く感じるな」

「見てくださいっ、京都駅まで見えますよ!」

 

 清水寺の本堂。

 舞台から飛び降りるで有名な場所である。

 もちろん危険なため禁止されているが。

 

「柵も思ってたより低いな……俺がデカくなっただけか」

「これじゃ簡単に落ちちゃいそう――あっ」

「おいっ」

「なんちゃって」

 

 手を滑らせるふりをした四葉に、風太郎は見事に引っかかった。

 支えるために出した手はそのまま頭へと伸びる。

 風太郎は無言のまま四葉のリボンを掴んで引っ張った。

 

「あっ! リボンだけはどうかっ、あーっ!!」

 

 そして気が済むだけ引っ張ると、リボンの形を整えて元に戻す。

 風太郎の顔見上げて四葉ははにかんだ。

 その笑顔に風太郎は気恥ずかしくなって顔をそらした。

 

「そうだ! せっかくだし写真撮りましょう、写真!」

 

 四葉は観光客を捕まえて自分のスマホを渡すと、風太郎の隣に陣取った。

 奇しくも六年前の写真と同じ場所だった。

 成長して風貌が変わっても、その仕草は変わらない。

 思い出の中の二人が、今の二人と重なった。

 

「……ふふっ」

「どうした、変顔でもしてたか?」

「いえ、後で画像送りますね」

 

 写真を撮り終えた二人は、本堂を抜ける前に御守りの授与所に立ち寄った。

 目的は当然学業成就の御守りだ。

 受験生にとっては定番だろう。

 細長く赤い筒の御守り。

 二人には覚えがあるものだが、それを口に出すことはない。

 

「まだなんか買うのか?」

「三玖と五月の分もと思って」

「そうか、むこうで待ってるからな」

 

 観光名所なだけあって人の数は多い。

 他の観光客の邪魔にならないよう、用を済ませると風太郎はその場から離れた。

 四葉は健康祈願の御守りを三玖と五月、それに加えて風太郎の分も確保。

 勉強に関しては隙なしだが、一般的な男子の平均から見ても虚弱がすぎる。

 それは中野姉妹の、自分たちの家庭教師に対する意見として一致していた。

 

「えっと、上杉さんは……」

 

 売り場を離れて風太郎を探す。

 待ってると言った以上は近くにいるはずなのだが、本堂にその姿は見当たらない。

 先に行ってしまったのかと自分も先に進もうとする四葉だが、見知った姿を見つけて足を止めた。

 

「あれ、二乃。一花は?」

「はぁ、はぁ……ふ、フー君は?」

「ちょっと見失っちゃってて。先行っちゃったのかな?」

「やられた……!」

 

 肩で息をしていた二乃は、風太郎がこの場にいないことを知ると地団駄を踏んだ。

 そしてそのまま先へ進もうとするので、事情を飲み込めない四葉はとりあえず引き止めた。

 

「ねぇ、一体どうしたの?」

「どうしたもこうしたも、あんたとも一緒じゃないならフー君は一花といるってことよ」

「そもそも二乃は一花と一緒にいたんじゃないの?」

「だからやられたって言ってるのよ!」

 

 ここに来て四葉は事情を察した。

 つまり二乃は何らかの手段で足止めをくらい、一花に出遅れる結果になったのだと。

 随分と自由に動いているようだった。

 祖父の温泉旅館で一花に対して我慢しないでだの、したいことをして欲しいだのと言ったのは四葉自身だ。

 それを踏まえると自分にも責任があるのでは、などと考えてしまう。

 風太郎の手を引く一花の姿を想像して、四葉はモヤモヤとした感情を覚えた。

 ともかく二乃と合流した以上、過去には再び蓋をする他ない。

 

「一花がやってる事もあんたの事も、私は認めないから」

「あはは……何の話してるの?」

「……ま、いいけど」

 

 二乃の言葉を咀嚼することはせず、そのまま飲み込む。

 もとより認めてもらう資格はないのだと。

 

 

 

 

 

「うぅ……」

 

 ベッドに臥せったまま三玖はうめき声を上げた。

 先日の無理が祟っていた。

 酷い筋肉痛で身じろぎすら苦痛なのだ。

 同じ部屋にいる五月も、自分のベッドの上で膝を抱えたまま動かない。

 こちらは姉とは逆に体を動かす、あるいは行動するだけの気力がない状態だ。

 気心の知れた姉妹ではあるが、気軽に話すような雰囲気ではない。

 率直に言うと気まずかった。

 何度か三玖から呼びかけてはみたものの、五月は生返事ばかりで会話が成立しない。

 俯せたまま、三玖は脚を覆わんばかりに貼り巡らされた湿布の冷感に顔をしかめる。

 愛用の黒ストッキングはさすがに着用していなかった。

 

『中野さん、大丈夫?』

 

 控えめなノックと共に部屋の外から呼びかけられる。

 様子を見に来た教員だ。

 二人が休む旨は朝の内に伝えていた。

 教員の声にも五月は反応を示さない。

 三玖は体に鞭を打って立ち上がると、壁に手を付きながら部屋の出入口へ。

 辛いのが体だけならまだ我慢できた。

 今朝、部屋を出る姉妹達を送り出した時のことを思い出す。

 五月と三玖を放っておくわけにはいかないと、二乃は強く主張していた。

 それを大丈夫と送り出したのは三玖自身だ。

 

「ご迷惑おかけしてすみません」

「いいのよ別に。それよりもまだ辛いの?」

「五月は気分が優れなくてまだ横になってます。私は……み、見ての通りの状態です」

「そう……せっかくの修学旅行なのに残念ね」

 

 ドアにしがみつく三玖を見て、教員は気遣わしげに納得した。

 そして諸々の注意事項と、なにかあったら連絡するようにと言い残して去っていった。

 教員を見送った三玖は、またよろよろと壁を伝って自分のベッドへ向かう。

 全く大したことのない距離だが汗をかいてしまっていた。

 

「……ごめん、なさい」

 

 そんな姉の姿が目に入ったのか、五月はか細く呟いた。

 軽く目を瞠ると、三玖は行き先を五月のベッドへ。

 少し距離を開けて、正対しないよう窓の方を向いて座った。

 

「やっと声かけてくれたね」

「三玖……」

「無理しなくてもいいよ。私はこんな状態だから、一人にはさせてあげられないけど」

 

 自分の脚を指し示して三玖は苦笑した。

 その痛ましい様に五月は自責の念を強めた。

 無理をするように背中を押したのは自分なのだと。

 

「私の、せいです」

「ううん、これは私が勝手に頑張っただけ」

「でも、私があんな提案をしなければ……」

「五月が協力してくれなかったら、きっと私はフータローにパンを渡せなかった」

 

 そして、想いを告げることもできなかっただろう。

 パンの味見を頼んだのは流れからであったが、五月がその先まで協力してくれたのは三玖にとっては意外だった。

 こと男女の恋愛に関しては否定的とまではいかずとも、慎重すぎるきらいがあったからだ。

 それだけに、五月に対する感謝の念は大きかった。

 

「ありがとう、五月」

「……違うんです」

 

 しかし五月はそれを受け入れる事ができない。

 今まで協力していたのは、決して三玖のためではなかった。

 それを昨日突きつけられたばかりなのだ。

 

「私は三玖に協力しようとしてたんじゃなくて、利用しようとしてたんです」

「利用……?」

「一緒の班になれば上杉君を監視できると、それでみんなの事を守れるって……そう思ってたんです」

「……」

「でも違った……私は、彼の傍にいたかっただけなんです」

 

 あれこれと理由をつけて、本当はただ一緒にいたかっただけなのだと。

 姉妹を守ると言っておきながら、本当は誰も先に進ませたくなかっただけなのだと。

 自覚してしまった想いは綺麗なだけじゃなくて、その事が五月を苛んでいた。

 

「最初は嫌いでした。家庭教師であることも受け入れられませんでした」

 

 学校の食堂での最悪の出会い。

 上杉家の事情を知った五月は風太郎を排除しようとは思わなかったが、受け入れるつもりもなかった。

 それでも風太郎は姉妹のために奔走して信頼を得ていった。

 

「でも一人泣いてた私に、嘘をついてまで寄り添ってくれた」

 

 二学期中間試験の前の仲違い。

 意地を張った五月は一人で勉強していたが、思うようにいかずに人知れず涙していた。

 そんなきかん坊に勉強を教えるため、風太郎は見え透いた嘘をついた。

 

「嘘が引っ込められなくなった私を見つけてくれた」

 

 林間学校の最終日。

 風太郎が信頼に値するか確かめるため、五月は風邪で臥せった一花に扮して近づいた。

 それが大事になり、引っ込みがつかなくなって途方にくれる五月を風太郎は見つけ出した。

 

「……夢を見つけた私の背中を押してくれた」

 

 母の墓前で誓った夢。

 紆余曲折ながらも自分たち姉妹を引っ張ってきた風太郎に、五月は自分の理想を見出した。

 そのぶっきらぼうながらも自分を認めてくれた言葉に、これまでにない想いの昂ぶりを感じた。

 そして、風太郎は零奈の正体――五月の変装をいとも簡単に見破り、恋心は無視ができないほどに膨れ上がってしまった。

 

「私はいつの間にか、上杉君のことが好きになっちゃってたんです」

 

 涙と共に五月は自分の想いを吐露した。

 渦巻く感情を塞き止めていたはずのダムはとっくに決壊していた。

 妹の告白を、三玖は自分でも驚く程穏やかに受け止めた。

 いつもなら嫉妬や対抗心を燃やすところだが、散々弱っている姿を見てきたからかもしれない。

 

「五月はすごいね」

「……」

「うん、すごい。私なんか自分の事ばっかりだったし」

 

 今までいくつも問題にぶつかって、決して少なくない努力とともに乗り越えてきた。

 だけど果たして、その最中に他に手を差し伸べられるだけの余裕が自分にあっただろうか。

 自己評価が低い三玖は、姉妹に置いてかれないように頑張るのが精一杯だった。

 対して五月は母親役を標榜し、だからこそ他の姉妹の事情に入れ込んでしまう。

 そこに自分の事情まで重なれば、支えきれなくなるのは当然の結果だ。

 

「だから、今度は自分に公平になる番だよ」

「公平、ですか?」

「それと……ごめんね。知らなかったとはいえ、辛いことさせちゃったよね」

 

 三玖は自分を支えてくれた五月の気持ちを慮った。

 辛くなかったわけがない。

 五月は姉妹への責任を感じているからか、自分の事情を後回しにしているのだろう。

 そういった真面目さは美点だが、だからといって自分の想いを蔑ろにする必要はないのだ。

 

「私は五月のおかげでフータローに告白できた。だからもう心配しないで」

「……できません。一花や二乃、四葉のことだって……それに、私は――」

 

 自分を許せない――か細い声でそう呟くと、五月は膝に顔を埋めた。

 姉妹への遠慮もそうだが、なにより大きな理由は自分自身への嫌悪なのだと。

 説得の失敗を痛感しながら三玖は自分のベッドへ倒れこむ。

 

(一花や二乃のようにはいかないなぁ……)

 

 一花のような視野の広さも、二乃のような面倒見の良さも自分にはない。

 そもそもいつもは助けてもらう立場なので、経験不足なのだ。

 

(私なんかじゃ、やっぱりダメだったのかな?)

 

 ジワジワと諦念が頭の中を侵食していく。

 いつもの事だった。

 自分は他の姉妹より劣ってるから出来ない、仕方ない。

 三玖はそれを言い訳に、逃げ道にしていた。

 風太郎への告白もそうだった。

 テストで一番になったら、美味しいパンを焼けたら。

 裏返せば、常に用意してある逃げ道。

 一番になれなかったから仕方がない、美味しくできなかったから仕方がない。

 今回はたまたま上手くいっただけなのだと。

 

(……違う、そうじゃない)

 

 初めてパンが上手く焼けた時の事を思い出す。

 自分のパンを美味しいと食べてくれた人の顔を思い出す。

 積み重ねた努力は、確かに形になったのだと。

 

「ふっ……あうっ」

 

 奮起して立ち上がろうとして、再び倒れこむ。

 相変わらず筋肉痛は深刻だった。

 それでも伝えるべき事は伝えねばならない。

 ベッドに寝転がったまま、三玖は五月に語りかける。

 

「誰かを傷つけたり、自分も傷ついたり……好きって気持ちは、綺麗なだけじゃないよね」

「だけど、悪いことじゃないんだと思う。好きだから知りたい、近づきたい、独占したい……」

「五つ子の私たちでさえこんなに違うんだもん。怪我しそうなぐらい近づかないと、相手の事なんてわからないんだよ」

「それは自分の心の中だって同じ……だから五月は自分の気持ちを受け止めてあげて」

「痛くて苦しいかもだけど、きっとそれだけじゃない」

「不安だと思う、怖いとも思うけど大丈夫だよ。今度は私が五月の背中を押すから」

 

 言うだけ言って、三玖は目を閉じる。

 閉ざされた視界の中で、すすり泣く声が聞こえた。

 今の言葉を五月がどう受け取ったのかはわからない。

 ともかく、後はやるべき事をやるだけだ。

 そう決心して、一つ失念していたことを思い出した。

 

(そういえば、フータローから返事聞いてなかったな)

 

 

 

 

 

「おい、一体なんなんだよ!」

「いいから着いてきてください!」

 

 観光客の合間を縫って走る。

 頭の上でぴょこぴょこと揺れる大きなリボンは、中野姉妹の四女のトレードマークだ。

 困惑する風太郎の手を引いて、四葉に扮した一花は先へ先へと進んでいく。

 

(今はとにかく、二乃から引き離さないと……!)

 

 二乃を引き止めておく事に限界を感じた一花は、今度は風太郎を引き離す方へ作戦を変えた。

 トイレに行っている二乃を尻目に抜け出して、四葉が風太郎から離れたタイミングで連れ出したのだ。

 本当は四葉本人が行うのがベストだが、風太郎の思い出を刺激するだけなら似ている誰かでも構わない。

 幸いな事に、一花は普段から変装道具を持ち歩いていた。

 それは駆け出しながらも女優という立場ゆえの自衛のためだ。

 自意識過剰と言われようが、備えておくにこした事はないのだ。

 

(ここら辺なら大丈夫かな……?)

 

 風太郎の手を離して息を整えると、一花は道に沿ってゆっくりと歩き出す。

 いまさら戻っても仕方ないので、風太郎もそれに追従した。

 

「ここは……」

「来たことあります?」

「ああ……小学生の修学旅行の時にな」

「むむっ、上杉さんの思い出話はものすごく気になります!」

「そんな取り立てて面白い話でもないんだが」

「む~~」

 

 視線でこれでもかと催促する。

 自分たちの家庭教師が案外押しに弱いのは、姉妹全員の知るところだった。

 しばらく対抗するように睨み合いが続いたが、風太郎は根負けしてため息混じりに語り始めた。

 

「あの日、他の生徒からはぐれた俺はあの子……零奈に散々振り回されて、それでここら辺も散策した」

「ふむふむ」

「ちょうど腐ってる時だったからな。必要だと言ってくれた彼女との旅は楽しかった」

 

 風太郎の声は優しかった。

 思い出を懐かしみ、大切に思っている証拠だろう。

 それだけでもこうする甲斐があったと、一花は内心で胸を撫で下ろした。

 

「気がつけば夜になってて、ひとまずは零奈の泊まってるとこで世話になった」

「……それで、どうしたんですか?」

「学校の先生が迎えに来るまで一緒にトランプしたっけな」

 

 よく身に覚えのある話だった。

 小学校の修学旅行の最中、一花は四葉が連れてきたという男の子と好奇心から接触した。

 そして男の子――風太郎は、一花を四葉と勘違いして気安く声をかけた。

 出会ったばかりの人に見分けろというのは酷な話だろう。

 現在ならまだしも、過去の自分たちはまさに瓜二つだったのだから。

 持ち前の悪戯心からか、あえて勘違いを正すことはせずに二人で七並べに興じた。

 一花にとっては大切な思い出だ。

 だから、その先は余分なはずなのに先を促してしまった。

 知りたかったのだ。

 四葉との思い出が大切なように、自分との思い出も大切に思ってくれているのかどうかを。

 

「迎えに来た担任にはこっぴどく叱られたが……まぁ、今となってはいい思い出だな」

 

 口元が綻び、自然と笑顔がこぼれた。

 気付いたのは林間学校の肝試しの時。

 肝試し用の金髪のカツラをかぶった風太郎を見た時に、忘れ去られていた一花の初恋は息を吹き返した。

 かつての出会いと再会が運命のようにさえ思えた。

 そして同時に四葉の風太郎に対する態度の理由も察した。

 最初から好意的だったのは、かつての事を覚えていたからなのだと。

 名乗り出なかったのは単にタイミングを外したからか、それとも三玖に遠慮したからか。

 なんにしても、最近までその事について深く考えはしなかった。

 女優と学生の二重生活に加え、自分の恋心への葛藤。

 一花自身に、そこまで考える余裕がなかったのだ。

 その後、家族旅行での四葉の言葉で葛藤はなくなり、新学期での風太郎への告白で心の余裕を得た。

 そうして生まれたのが、四葉に対するもやっとした負い目だ。

 小さくとも心の片隅で存在を主張するそれを解消するために、一花は動いている。

 正直なところ、どうすれば負い目が消えるのか、そもそも消えるようなものなのかはわからない。

 そして実際のところは自分のためなのか、四葉のためなのかもだ。

 少なくとも本人の意思は無視しているので、自分のためなのだと一花は考えている。

 

「上杉さん、その子は――」

「もういいだろ」

 

 話を進めようとする一花を風太郎は遮った。

 思い出を深掘りされることが恥ずかしくなったのかと思ったが、照れているような様子ではない。

 射抜くような視線に、一花は身をすくませた。

 

「めんどくせぇ前置きはもう十分だ。さっさと本題に入れ、一花」

 

 

 




二乃と四葉の間に地雷を設置してターンエンド。
いつ爆発するかは四葉の態度次第です。
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