マージナル・アーカイブス - 子供使い、先生になる -   作:オーバードライヴ

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OPR-010_楽しいキャンプのはじまりはじまり

「……それで、先生が去ってからだんまりだと思ったら、今度は私をご指名か」

「同じ質問しかしないからさ。生産性のない反復作業ほど熱を下げさせるものはないだろう? それとも、それが目的だったのかい、尾刃カンナ公安局長? あと、そっちの……コ……まあいいや、副局長?」

 

 取調室の被疑者、鬼怒川カスミの前には机も何もない。机の下でなにかされても困るからだ。テレビや小説のように一つの机を囲むことはなく、面接試験のように距離を取って向き合うことになる。

 

 腰と両手首を椅子に括りつけられている鬼怒川カスミは楽しそうに笑っている。副局長のコノカの名前を言いかけてやめたのは、おそらく挑発のため。ここでちゃんとこらえたあたり、コノカの成長を認めるべきだろう。だが、こらえるだけでは話が進まないので、ちゃんと推進する必要がある。

 

「同じ質問を繰り返すことで真実に近づく。経理の書類と一緒だ。反復し蓄積することで過去を詳らかにし、未来を描き出す。反復することで貴様らの足取りを明らかにする。そういう手順だからだ。そこには従ってもらわなきゃならない」

「フフン。そういうことにしておこうか」

 

 椅子に縛り付けられたままの鬼怒川カスミはそっと微笑んで言葉を切った。口火はそっちが切れ、ということだろう。

 

「それで、わざわざ局長と副局長を呼び出した理由ぐらいは聞かせてくれるんだろうな」

「まあまあ焦るな。君たちだって聞きたいだろう? なんで温泉開発部()()がキツネの尻尾を掴んでいたのか」

 

 背もたれに身体を預けたらしい鬼怒川カスミがそう語る。否定する材料がないので目線で続けろと促す。

 

「きっかけそのものはたまたま私の秘密アジトと彼女たちのセーフハウスが同じ廃ビルになってしまったことにある。どうやら向こうの方が先に目をつけていたらしくてね。いろいろと関係をもつようになった」

「関係?」

 

 聞き返す。鬼怒川カスミは小さく笑っていた。

 

「お互い犯罪者同士仲良くしようということさ。その時FOX小隊は既にサンクトゥムタワーを襲ったあとだったからね。おかげで話はスムーズだった。まぁアザの一つや二つ安いものだったよ」

 

 FOX小隊と戦闘になったということだろう。そして、なんらかの約束を交わした。

 

「そこで、シャーレについて知った」

「……情報収集速度が遅いんじゃないのか」

「もちろんそんな組織ができたことは知っていたとも。だが温泉開発部はどこの公的機関とも繋がらないことで独立性を維持してきた部活だ。詳細なんて調べなかったさ。……だが、認識が変わった」

 

 そう言って笑みを消す鬼怒川カスミ。これが、鬼怒川カスミの本性か。

 

「シャーレの性質は炸薬に似ている。強固な岩盤すら破砕しうるが、取扱いを誤れば周囲を不可逆に傷つける。……それを恐れている者たちが多すぎるがね」

 

 両手を椅子に括りつけられたままの鬼怒川カスミは淡々とそう続けた。

 

「FOX小隊もだ。そもそもがシャーレの同類だったはずなのに、影の暴力装置として権威付けされてしまった結果、温存されてきた。炸薬は適切な時期に火をつけねば湿気てダメになる。そして……本人たちもそれに気が付いている」

「それがどう貴様らの活動に関係する」

「ヴァルキューレやSRTには健全でいてもらわないと困るんだ。君たちまで堕落したら誰が私の後始末をしてくれるんだい?」

 

 ダン、と机をたたく音がした。

 

「―――公安(ヴァルキューレ)を舐めてんじゃねぇ」

 

 コノカがいつもの口調を崩して相手を睨んでいた。

 

「副局長、やめろ」

「止めないでください姉御。こいつは姉御の……」

()()()()()()()()()()()()()、副局長」

 

 とりあえず面倒なことになる前にくぎを刺す。

 

「……鬼怒川カスミ、結局お前は何をしたかったんだ?」

「勝手に過去形で語ってくれるな。目的はただ一つ」

 

 鬼怒川カスミの口の端が片方だけ吊り上がった。

 

「警告だ」

 

 端的に答える彼女は、眼を細める。まるでうっとりと何かおいしそうなものでも眺めているかのような視線だ。

 

「シャーレが主体となっている『復学支援プロトコール』はブラックマーケットを大きく変えようとしている。アビドスもそう、ミレニアムもそうだ。シャーレという炸薬に続く導火線に火が付いた。文字通りの()()()()()()権力争いごと打ち砕いて吹き飛ぶはずだ。……その後に、何が残ると思う?」

 

 細められた鬼怒川カスミの眼が怪しく光る。

 

「何も残りはしないさ。あの先生が敵に回したのはこの世界そのものだ」

 

 抽象度の高い話で真意をつかみ損ねた。それでも世界を敵に回した、というのは思い当たる節がある。立ち上がりつつ口を開いた。

 

「……アビドス高校生徒拉致監禁事件の作戦ログ、どこで盗み見た?」

 

 先生は確かに世界に喧嘩を売っている。だがあの演説が全てを変えたとは思えない。

 

 あれを聞いたことがあるのは、あの作戦参加者ぐらいのはずだからだ。

 

「答える義理はないね。それに話すのは私だ。君たちではない」

 

 堂々とそう言う鬼怒川カスミの前に立ち、その姿を見下ろす。鬼怒川カスミはまっすぐこちらを見つめてくる。

 

「様々なパワーバランスが崩壊した後に来るのは混沌だ。陣取り合戦が発生し、治安が急激に悪化する。その時にヴァルキューレがきちんと機能してくれないと困るんだよ。ちゃんと私()()()危険人物とされる世の中じゃないと安心して爆破計画も立てれやしない」

「犯罪集団の首魁が身勝手なものだな」

「ふふん」

「そしてもう一つ、今わかったのは……それは、貴様自身の()()じゃないな?」

 

 そう言うと、一瞬鬼怒川カスミの顔が真顔になった。

 

「……驚いた」

「公安局を舐めるな。言わされている言葉と心からの言葉を聞き分けられないようなやつがここでやっていけるわけないだろう。貴様流に言うなら、その言葉には熱がない。違うか?」

 

 RABBIT小隊を捕縛した作戦のタイミングの鬼怒川カスミの言葉遣いと微妙に違う。あくまで、こちらをコントロールするために選ばれた言葉遣いだった。

 

「なるほどなるほど、あの先生が重用するわけだ。いやはや、君はいい悪党になれるな、尾刃カンナ。だけど悲しいかな。ヴァルキューレは、特に公安局は連邦生徒会の右腕なのに、左腕が何をしているのかを知らない」

「どういう意味だ」

「どういう意味も何も、事実だろう。なぜFOX小隊が野放しになっているのか。なぜテロリストでもあるFOX小隊の活動予算が凍結されないのか。そしてなぜ、その情報を()()()()()()()()

 

 胸倉をつかんで引き上げる。腰が椅子に括りつけられているので、そもそも持ち上がりはしないが、圧をかけることぐらいはできるだろう。

 

「だからこんな場違いなことをしている。第三取調室は凶悪犯の取り調べをする場所。そこに武器を押収して丸腰な私を縛り付けないと怖くてたまらないのだ。私にはわかるぞ、尾刃カンナ。聡明な君のことだ。もうとっくに気が付いているはずだ。FOX小隊はテロリストなどではない」

「テロ活動にあたる行動を平時にした以上、その責任は問わねばならない。そこに大義名分は関係ない」

「その通り、大義名分は関係ない。そこにあるのは作戦という名前の命令だ。だから君は恐れている。信じるべき正義がとっくに腐り落ちていることを指摘されるのが怖いのだ。だからこんなところで私を傷つけずにはいられない」

「何の話だ?」

「ほら、話題をずらした。逃げたな尾刃カンナ。ママに怒られるのが嫌でおねしょをした布団を隠す子どもと同じだ」

 

 ぐっ、とさらに力を籠める。そうすると声を上げて笑い出す鬼怒川カスミ。

 

「だから詰めが甘いんだ。正義の仮面すら剥がされた後の生身の自分がさらされるのが怖いんだ。だからこの部屋には副局長と私と君の三人だけ」

「貴様何を……いや、()()()()()()()()!?」

 

 直後首を縮めるようにして、うつむいて顔を隠した鬼怒川カスミ。

 

()()()、もっと私の近くに寄れ。君を傷つけたくはないからな」

 

 意味の分からない言葉が吹き込まれた直後、何かが破裂した。吹き飛ばされる。反射的に頭を庇った。

 

「部長ー! お待たせ!」

「メグ、遅かったじゃあないか! 退屈で死にそうだったぞ?」

 

 口の中が埃と血の味でぐちゃぐちゃだった。制服が一着ダメになったし、全身擦り傷だらけだが、何とかなったと思いたい。

 

「く……」

「形勢逆転、だな」

 

 立ち上がろうとしてぐらりとふらついた。声の聞こえ方がおかしい。爆発で鼓膜を抜かれた。

 

「動かない方がいい。最小限の爆破とはいえ、君は至近距離で食らっている」

「私を、盾にしたな……?」

「安心したまえ、その感じなら日帰り入院で済む」

 

 外からやってきた温泉開発部の人員が鬼怒川カスミに拳銃を手渡している。それは押収品保管庫に遭ったはずの、鬼怒川カスミの銃。

 

「カンナ、君が従うべき正義を見失わないでくれたまえ。それがキヴォトスを、我々が愛するキヴォトスをキヴォトスたらしめる。それが痛みを伴う改変であってもだ。恐れるな、尾刃カンナ。一歩先で待っているぞ」

 

 揺らぐ視界の中でそんな声を聴いた。そうして、その影が視界から消えていく。きっとこれを敗北というのだろう。そんなことが頭をふとよぎった。

 

 

 


 

 

 

 蚊帳付きテントにシュラフ、ザイルにナイフ、非常用にカロリーだけが取り柄のチョコレート、発電機に燃油、スコップ。救急キットは人数分。滅菌ガーゼや包帯は余分に入っている。虫よけにステロイド、鎮痛剤……至れり尽くせりである。

 

「……無人島開拓でもさせる気か?」

 

 隣でサキがそんなことを言っている。とりあえずテントは立てた。蚊帳が付いているあたり、SRTの標準装備よりもいいもの……だと思いたい。

 

「言えてる。ジャングルで生き残れみたいなセットアップだよね。あの大人は何を考えているやら」

「モエ、チョコレートやる」

「いらない」

「甘いもの好きじゃなかったのか?」

「ゲロマズだからそれ。芽が出た芋を蒸かしたみたいな味がするでしょ。てか、知ってるんだから押し付けようとしないで」

 

 そう答えると特異なものでも見つけたみたいな顔をしてきた。お菓子が好きなのは甘いからであって、全てのお菓子が好きなわけではないのだ。

 

「なんで芽が出た芋の味を知ってるんだ? 破滅願望かなにかか?」

「失敬な。もったいないからだよ」

「食ったのは食ったんだな」

 

 呆れているらしいサキは無視して立ち上がって、もう一つのテントへ。テントは2張りあって、両方とも定員は6名。片方のテントを倉庫代わりにすることにした。発電機等外置きしないといけないものもあるが、盗まれると面倒だ。使う時だけ出すことにしよう。

 

「そっちはどう?」

「セットアップは完了してます」

 

 隊長のミヤコが淡々と返す。倉庫テントに南京錠を掛けてから追ってきたらしいサキも合流。野営テントの中には簡易ベッド(コット)が4つセットされ、その上にシュラフが置いてある。

 

「……で、結局隊長はどうしたいの?」

「そうですね……、先生に利用されているような気もしますが、現状私たちに選択肢はありません」

「それで、ここでデモ活動続行か? SRTの資産は凍結されているし、それぞれ個人の口座も雀の涙だ」

 

 サキはそう言ってコットに腰かける。サキの指摘ももっともで、出動が多ければ活動報奨金などでがっぽりお金は貰えるのだが、1年生がもらえる額なんてそもそもお小遣い程度。それにSRTの最終出動となった、ミレニアム外殻におけるシャーレ治安維持活動支援出動の報奨金が支払われる前に休校になった。

 

「お金もらってからデモを開始すればよかったかなぁ」

「……あんな金なんてもらえるか」

 

 強がりとわかるトーンでそんなことをいうサキ。今回のデモ活動の関係で、報奨金の受け取り資格を喪失していたのは痛手だった。そう噛みしめる間にもミヤコはポチポチとスマホを叩いている。

 

「このままだと……7日も経たずに一文無し、ってところですね」

「……ごめんだけど、今私の口座に8クレジットしかないからね?」

 

 私がそう言うと鬼の形相で見てくるサキ。

 

「お前に計画性という文字は……ないよな。期待するのが間違いだった」

「宵越しの金は持たない主義なの。そういうサキは?」

「おおよそ3万2,000あるが……そのうち3万クレジットは明後日の引き落としで消える……」

「あんまり変わんないじゃん! 何買ったの!?」

「ダンベルとかのトレーニングセット……一括で……」

「あれか、あのやたらと重たい私物か!!」

「仕方ないだろ! 買った時にはSRTが消えるなんて話これっぽっちもなかったんだから!」

 

 言い合いになっている間ミヤコが真顔でスマホをうちなおす。

 

「……おおよそ3日」

「あの……」

 

 後ろから声がかかって飛び上がる。

 

「み、ミユか……、びっくりした……」

「私はいくらかあります……けど……」

 

 ミユの隠密能力は結構なものがあるけれど、こういう時に隠れてなくてもいいとは思う。

 

「それでもこのままでは3日で資金がショートします。SRTの備品で引き継げたのは、それぞれの装備品だけ。予備の銃器等は全部ヴァルキューレに取り押さえられたので、売って換金することもできない状況……」

 

 天井を仰ぐようにして考えているらしいミヤコ。

 

「……まずは、安く食料を調達できる環境を整えましょう。この公園には水道もトイレもあります。食料さえあればある程度の生存が可能です」

「今からでもシャーレに身を寄せる手はないわけ?」

 

 ダメ元で突っ込んでみる。

 

「……そういうわけにはいかないでしょう。あの組織は私たちの理想の対極にあります」

 

 私たちの理想、ね。と白けてしまうのは、きっとそこに私が軸足を置いてないせい。それでもそれを全部否定することは違うだろうから肩をすくめるにとどめた。

 

「それで、食糧といっても、ここは最初にいた運動公園と違って都市型の公園だ。ちゃんと狩猟できる場所まで徒歩で移動するとなると往復で4時間近くかかる」

 

 サキはこういうところでも現実的な問題提起ができる。そこはなんだかんだ言ってすごい。

 

「それに……食料を得るにしても……弾丸は使うし……弾丸や燃料を買うお金も……何とかしないといけないし……」

 

 ミユがおどおどとそんなことを言っている。サキが腕組みしながら口を開いた。

 

「となると……アルバイトか」

「SRTの学生証は無効化されてます。身分証なしでできるアルバイトとなると、非合法(イリーガル)なものが多くなります」

 

 ミヤコは潔癖症だ。こういうことは難しいのだろう。ヴァルキューレの学生証への切替が必要だが、こうなると本当に厳しい。

 

「そうなるとアルバイターとして雇われるんじゃなくて、仕事を請け負うぐらいしかないけど……」

 

 私の声に首を横に振るサキ。

 

「ポッと出の野宿集団に仕事を依頼するやつがいると思うか? 武力で稼ごうにも、その弾丸を買うためのお金を稼ごうという話だぞ?」

 

 前途多難、という言葉が浮かぶ。状況は結構最悪だ。弾丸を得るための、仕事を得るための、信頼を得るための、弾丸が足りない。結局元手がないので何ができるかを考えながらやるしかない。

 

 みんなが一様に唸り出す。そのタイミングでいきなりテントの入り口が開いた。

 

「やあやあやあ、湿気た顔並べてご機嫌麗しゅう! 出所者同士仲よくしようではないか!」

 

 なぜかすすけた顔の鬼怒川カスミが飛び込んでくる。サキがため息をつくのが聞こえた。




コノカ……いいキャラしてますね……好き……どこかで出したい……
本気モードで真顔になっててほしい……

次回 温泉のススメ

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