傷と咆哮   作:しらなぎ

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11 齟齬

 魔法薬学はお互い得意科目というのもあって、リリーと組むのがお馴染みになっていたが、その日は違った。

「今日はセブと組んでもいいかしら? 彼、スリザリンで浮いてるみたいなの……」

 心配そうな視線の先には、教室のいちばん後ろの席でむっつりと黙り込む、リリーの幼馴染みの男の子がいた。たしか、セブルス・スネイプだ。

 

 彼の周りにはぽっかりと空間があった。それを見るとセツナは自分のことのように胸が痛くなり、こくこくうなずいた。ああいうことを昔されたことがあるけれど、とても孤独でみじめな気持ちになるのだ。

 

 セツナは代わりにアリスと組み、メアリーはアンヘリカと組むようだった。メアリーは最近はよくアンヘリカの寝室に入り浸っている。

 

 セブルスは何回かリリーを断っている様子だったが、やがてリリーが彼の隣に座った。緑のローブが集まる席の中で、髪もローブも赤いリリーはかなり目立っていた。

 スリザリン席が静かにざわめき、グリフィンドールもスリザリンもふたりをぎょっと見つめたが、リリーは胸を張って堂々とした様子で、笑顔でニコニコ話しかけている。

 セブルスはボソボソ首をすぼめながら何やら返していた。

 

「Merlin's beard! 冗談だろ? エヴァンズがスニベルスと組むだって?」

 

 ジェームズのショックを受けた大きな声は、シンとした教室に嫌な風に反響した。リリーはバッと顔を上げ、大嫌いという表情でジェームズを睨んだ。

 

 ──スニベルス? snivel?

 

 啜り泣く、とか鼻水を垂らす、という英単語だ。でも何故?

 スニベルスという呼び名に、グリフィンドールの男子が笑い、スリザリン生まで数人が嘲笑を零した。

 リリーの眼差しの激しさに、ジェームズは肩を竦めた。彼女は今にも立ち上がりそうだったが、その前にスラグホーン先生が入ってきた。

 

 ジェームズとシリウスは頭を寄せあってジョークを言い合うように声をひそめて笑っている。

「残念だったな、ジェームズ。愛しの君はどうやら男の趣味が悪いらしい」

「まさか! エヴァンズがあんな鼻ったれを好きなわけないじゃないか!」

「そうだろうけど、どう見たってお前よりスニベリーの方が親しいのは事実みたいだな?」

「時間が解決するよ。仕方ない、彼女の周りには同族があいつしかいなかったみたいだからね。でも、僕の方がイケてるってすぐに気付くさ」

「選択肢があいつだけだとしても、友達になろうなんて思ったエヴァンズの感性が俺には分からないけどな」

「ちょっと、僕の前で彼女の批判は辞めろよ。彼女は騙された被害者なんだ」

「はいはいっと」

 

 彼らの会話はすぐ近くのセツナによく聞こえた。

 なんで彼はこんなに嫌われてるの?

 可哀想で、胸が痛くなる。小学校の頃を鮮明に思い出した。みんながセツナのことをバカにして笑い、あげつらい、聞こえるか聞こえないかの声で陰口を叩かれた。

 誰かの嫌いから始まっただけなのに、いつの間にかセツナはみんなから嫌われていた。

 

 セブルスがジェームズたちに何かしたのだろうか。スリザリンとグリフィンドールは仲が悪くて、よく言い合いをしているのを見かけるし、上級生たちは呪いを掛け合ったりしている。セツナはそれがすごく怖かった。魔法が使えないセツナには抗うすべがないから。

 でも、寮の対立はよく見かけても、寮内や寮をまたいでのいじめのようなものは見たことがなかったのに。

 自分以外の誰かがいじめの対象になるのも初めてのことだった。虐げられるのはいつもセツナの役割だった。

 

 幼馴染みがあんな風に笑われて、リリーが可哀想だ。

 ジェームズはリリーと仲良くなりたそうだったのに、その友達にどうして酷いことを言えるんだろう?

 セツナには分からない。

 

 あんまりにも衝撃的で、胸のモヤモヤがずっと渦巻いていて、スラグホーン先生の説明が終わるまでセツナは気付かなかった。

 アリスに呼ばれて、ハッと我に返る。

 きちんと結果を出せるのが魔法薬学しかないのに、ボーっとしていたなんて。

 アリスに謝り、慌てて素材を持ってきて作業を始めるが、セツナはまたも気がそぞろになった。斜め前がうるさいせいだ。

 

 二人組は魔法薬学も優秀だけれど、ずっとおしゃべりをしていたし、調合で遊んでいた。誰よりも素早く、手際よく調香を進めながら、スリザリン生の方に刻んだカノコソウの根や、角ナメクジを投げ入れたりしている。

 しかも、スリザリン生は誰にやられたか気付かないくらいの華麗な手さばきだ。

 先生の目を盗むのがある意味見事なほどに上手い。

 

 リリーが彼らを嫌う理由が、今日で色々理解できた。たしかに彼女みたいに、真面目できちんとしている生徒は、二人のような行動が好きじゃないと思う。

 セツナも、二人のセブルスへの態度は好きじゃない。

 

 気を取られていたせいか、出来上がった魔法薬はいつもより完成度が高くなかった。

「アリス、ご、ごめんね」

「なんで謝るの? 一緒に作ったんだよ」

「うん、でも……」

「気にしないほうがいいよ。今日はピリピリした感じでちょっと空気悪かったね」

 アリスにはお見通しだった。お姉さんみたいに微笑まれ、彼女が長女だということを思い出した。優しい、穏やかな笑顔だ。

 いつもふわふわしていてマイペースだから忘れてしまうけど、アリスはけっこう人を見ている。

 

 授業が終わり、魔法薬を提出したらセツナはすぐさまリリーの元に向かった。セブルスとリリーのペアはジェームズ達の次に完成度が高いと褒められていた。

「リリー、大丈夫?」

「ええ」

「えっと、スネイプ……も大丈夫? えっと、あの、ポッターの言ったこと気にしないほうが……」

「誰だ、お前は? 同情なんかされなくとも、最初っから僕は気にしてない」

 噛み付くように言い返され、セツナは失敗した、と思った。また余計なことを言ってしまった。嫌なことを思い出させてしまった。

 

「セブ! 私の友達なのよ」

「……」

 リリーにたしなめられ、渋かった顔をますます歪め、セブルスは忌々しそうにセツナを睨む。

「あの、ごめんなさい。リリー、気にしてないから……」

「本当、私の幼馴染みがごめんなさいね」

 拗ねたようにセブルスは手早く纏め、「リリー、じゃあ、また後で」と彼女には打って変わってゆっくりと声を掛け、セツナをひと睨みして去っていった。

 

 リリーは背中を見つめ悲しそうにため息をつく。

「大丈夫? や、やっぱり幼馴染みが悪く言われるなんて悲しいよね……。彼らの間に何があったか知らないけど、今日のポッター達は少しひどいと思う……」

「ひどいなんてものじゃないわ! 最低よ! セブだって……」

 彼女は眉をぎゅっと寄せて、目が潤むのを我慢していた。セツナは声を掛けられず、リリーが落ち着くのを隣で待った。

 

 廊下に出ると、リリーが早口で怒り始めた。

「何があったの? なんであんな……」

「何もないわ。あの二人、初めてコンパートメントで会った時からすごく失礼だったのよ! 列車で私、怒ってたのを覚えてる?」

「うん」

「セブがスリザリンに入りたいって言ったらバカにして、彼のことスニベルスって呼んだわ! 私の真似もしてバカにして……!」

「えっ、じゃあケンカしたとかじゃないの?」

「してないわ。入学してから、セブがあの二人にちょっかいかけられてるらしいの。ほんと、傲慢で嫌なやつだわ!」

「スリザリンってだけで……?」

「ええ! 何が『勇気ある者が住まう寮』よ!」

 

 リリーは攻撃的な目付きで、一歩一歩を強く踏み締めた。セツナは、彼女はいつもポッター達のことで怒ってるな、と思っていたが、話を聞いていると彼らはずいぶんとあんまりな態度だ。

 

「それに、セブが……」

「スネイプが?」

「人前で話すのは少し控えたいって……。図書室とか空き教室とかで、手紙でやり取りして集まろうって言うのよ」

「急にどうして?」

「グリフィンドールと話してると、スリザリンの中で裏切り者のように扱われるんですって」

「う、裏切り者?」

 強い言葉にセツナは身じろぐ。シリウスの鋭い視線が浮かんだ。彼もセツナを裏切り者だと思うのだろうか? リリーのことも?

 

「…………」

 リリーは物憂げな表情を浮かべ、伏せた睫毛が影を落としている。

「私は彼をサポートするつもりだったのにって、少し理不尽にも思うのよ。私たち、幼馴染みなのに」

「うん…」

「でも、私のせいでセブが浮いてるだなんて考えたこともなかったから……」

「リリー……」

 友達が落ち込んでいるのに、かける言葉が見つからない。セツナはオロオロとし、名前を呼ぶしか出来なかった。

 

「それにね、セブは言わなかったけど、多分私がマグル生まれだからっていうのも関係してるんだと思う。セブは私にマグル生まれでも他の人と何も違わないって言ってくれたわ。でも、スリザリンの他の人はきっとそうは思わないのよ」

 

 純血主義のことだ……。

 

 彼女は少しの間黙り込んだが、ふーっと息をつくと、顔を上げてニッコリ笑った。

「聞いてくれてありがとう、セツナ」

「う、ううん。わたし、何もできなくて……」

「あら、隣で優しくうんうんって聞いてくれたわ。それだけでとっても心が軽くなったのよ。誰かに聞いてほしかったの」

「……うん……。あの、あのね、スネイプはリリーと会いたいって思ってるんでしょ? だから、その、ずっと仲良しのままだよ」

「ふふっ、そうね。幼馴染みで友達だもの。寮が違うくらいで変わらないわ」

「うん、うんっ!」

 

 彼女の足取りが軽くなったのでセツナは安心した。幼馴染みと敵対する寮に分かれてしまうと、友達関係にまで口を出されてしまうなんて。

 セブルスが、マグル生まれだって他の人と変わらないとリリーに言ったなら、彼はスリザリンだけど差別する人ではないのだろう。マグル育ちらしいし、それだけでも浮くだろうに、グリフィンドールと仲良くしようとしたら敵対的に見られてしまうのも仕方ないのかもしれない。

 その上、ポッター達にまであんな風にからかわれて、セブルスもリリーも可哀想だ。

 

 彼らの関係を嫌がるような人は、多分マルシベールやエイブリーのような人だ。セツナやリリーやメアリーなど、マグル生まれに酷いことを言う人。

 わたしのお祖母様のような人……。

 

 セツナの胸がずしりと重くなった。

 

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