傷と咆哮   作:しらなぎ

12 / 18
12 橙夜

 10月に入ると風がずいぶん冷たくなり始めた。イギリスは日本に比べ、1年を通してずっと肌寒い。夏でも猛暑がないくらいだ。10月末にもなると、山の方に白いものが見え始めた。

 雨も多くなり始めたが、グリフィンドールのクィディッチ・チームは雨でも風でもかまわず、週3回の練習に励んでいるらしい。

 

「クィディッチって見たことないの。どんなスポーツなの?」

「とっても面白いよ!」

 リリーが尋ねるとアリスが弾んだ声でルールを説明し始めた。のんびり屋さんだけれど、意外とスポーツが好きらしい。

「わたし、来年か再来年には選手になってみたいな。チェイサーもいいけど、ビーターも楽しそう」

「ビーターって、選手に暴れ玉をぶつけるんでしょ?」

 リリーがしかめっ面で尋ねた。

「クィディッチってちょっと野蛮なスポーツみたいね」

「野蛮!」アリスは何かが面白かったのか、クスクスと喉のところでしつこく笑った。「たしかに、ちょっとばかし危険かもしれないね。でもスリリングで何があるか分からないからたのしいんじゃない?」

「見る分にはわりと面白いわよ。グリフィンドールなら、絶対みんな気に入るわね」

 ツンと澄まして、スポーツなんでどうでもいいわ、とでも言いそうなメアリーまで、クィディッチを楽しみにしているらしかった。

 

 セツナは話を聞いてとんでもないと思った。

 箒に乗って、14人がビュンビュン高速で飛び回るだけでもとっても怖いのに、ボールを奪い合って、ボールをぶつけ合って、ボールを避けながら選手にタックルされたり、箒から落ちそうになってちっちゃいスニッチを追う。

 見てるだけでも肝が冷えそうなスポーツだ。

 

 でもグリフィンドールはクィディッチ・シーズンに大盛り上がりで、ジェームズは嬉々としてシリウスを伴い、競技場で練習を飽きもせず毎回眺めている。

 1年生の中で飛び抜けて上手いジェームズは上級生の中でも有名で、先輩の箒を借りて練習に参加することまであるらしい。

 夕方、談話室で彼の騒がしい声を聞くことは少なくなったが、その代わり休み時間に得意げな自慢話が聞こえてきて、リリーはムスッとしている。

「先輩が言うには、来年僕は必ず正選手になるだろうってさ。僕もそう思うね。だって僕より上手い人が他にいるかい? 素早くて目もいいからシーカーも向いてるだろうって……うーん、迷うなぁ」

 彼の周りをうろちょろしているピーター・ぺティグリューが熱烈な憧れの視線で、机の上に座り足を組んでいるジェームズを見上げ、何度も頷きながら「すごいなぁ」「カッコイイ」と相槌を打っている。

 ピーターに褒められてジェームズがますます調子に乗るという悪循環が、最近の彼らの間で成立していた。

「もう何べんも聞いたよ。そんなことより違うことを考えようぜ」

「そんなことってなんだい、シリウス!」

「お前が選手になるのは決まってんだから、決まってない話をしようぜってことだよ。箒の話はもう飽きた」

「まったく、なんて薄情な親友なんだ。それで、決まってないことって?」

 

 ジェームズのうんざりする自慢話は、シリウスにしか止められないようだった。彼がニヒルに唇を釣り上げる。

「もうすぐ一大イベントがあるだろ?」

「ハロウィンだね!」

 2人はリーマスを呼びつけ、その中にピーターも入って、4人は顔を突き合せながらヒソヒソ何やら計画を立て始めた。リリーはフンと鼻を鳴らした。

 

「ホグワーツではハロウィンに何するのかしらね。家では毎年お菓子を作ってたんだけど」

「お菓子を作れるの?」

 感心してセツナはメアリーに憧れの目を向けた。あんまりキッチンに立ったことはなかった。たまにお料理やお菓子作りの手伝いをすることはあったけど、シンディーは心配性だからセツナを1人でキッチンに立たせてくれなかったのだ。

「まあね。大したものじゃないけど。友達を家に呼んでケーキなんかを作って、ホームパーティーを開いてたのよ」

 得意げに彼女が胸を張る。オシャレでメアリーっぽい過ごし方だ。

「うちは仮装してたよ。パーティーに行くこともあったけど」

「私は友達とお菓子を交換するくらいね」

 と、アリスとリリー。

「セツナは?」

 問いかけられて、少し眉を下げたが、前髪で隠れて表情は見えなかった。

「うちは…毎年ママがたくさんお菓子を作ってくれたよ」

「セツナのママの作るお菓子は美味しいものね」

「あ、ありがとう。たぶん送ってくれるから、みんなにも分けるね」

 上手く誤魔化せたことにセツナはほっと頬を緩めた。日本でも孤立していて、友達がいなかったから、みんながクラスでお菓子の交換会をしているのを横目に、学校が終わってすぐに逃げ帰っていたから、"友達"とハロウィンらしい経験をしたことがなかった。

「今年はホグワーツにいれて良かった~。親戚が多くてみんな集まりたがりだから、パーティーの時は疲れちゃう」

「アリスの家もホームパーティーを?」

「そんなオシャレなものじゃないよ。みんなお酒を飲んで騒ぐ口実が欲しいだけ。でも叔父さんも叔母さんも口うるさくて」

 アリスは肩を竦め、「お小遣いを貰えるのは嬉しかったけど」と小さく舌を出した。

 ステイシー家は古い名家だから、親族も多い。たぶん、セツナの参加するパーティーに近いものなんだろう。セツナもパーティーは嫌いだった。

 娘のシンディーが戻ったから仕方なくセツナも家系図に加え、仕方なくパーティーにも何回か出席させられたけれども、最初の数回連れ回されたあとは祖父母はできるだけセツナを離れに追いやっていた。

 

 

 ハロウィンの朝、食堂に行くと大広間は美しく飾り立てられていた。何千も空中に浮かぶ燭台のほかに、くり抜かれたカボチャのランタンが飾られ、オレンジ色のタペストリーが壁を彩っている。

 燭台の周りを黒い小さなコウモリが飛び回っていた。

「美味しそう!」

 大きなテーブルはいつもとは違うメニューが広がっている。パンプキンパイにかぼちゃジュース、キャンディーアップル、バームブラックなんかが並んでいて豪勢だった。甘い香りが充満している。

 見たことのない料理も多くて、アリス達がコルカノンやボクスティだと名前を教えてくれた。

 

 仮装をしている人は、当たり前だけど見かけなかった。でも上級生らしい人達には、ちらほらと頬や首にタトゥーを入れている人がいる。

 たぶん魔法で描いたものだろう。

 フクロウやコウモリ、黒猫の小さなタトゥーが泳ぐようにたまに動いて可愛かった。

「あら、オシャレねあれ」

 メアリーが羨ましそうな声を出した。

「どうやってるのかしら」

「可愛いわね」

「先生に怒られないのかな?」

 4人が近くの上級生を熱心に見つめてヒソヒソしているのに気付き、こっちを見てくすくす笑った。

「あなた達も入れたいの? やってあげる?」

「いいの?」

 瞳を輝かせるメアリーにさらにニコニコして、上級生がローブからシールを取りだした。

「いいわよ。なんのマークがいい?」

 4人は顔を見合わせて、胸を高鳴らせて覗き込む。ジャック・オ・ランタンや髑髏、魔女の帽子など他にもいろいろある。魔法じゃなくて、魔法のタトゥーシールだったらしい。

「どれにしよう?」

「ネコかコウモリで迷うわ」

「ね、みんなでおそろいにしましょうよ」

 リリーの提案にみんなが賛成し、首に黒猫を入れることになった。ほっぺただと目立ちすぎて少し照れくさいから。上級生がシールを剥がしてぺたりと張り、杖先でトンと軽くつつくと猫がポーズを取った。

「ありがとう!」

「いいえ。ハロウィンを楽しんでね」

 手を振って去った彼女の背中を4人は憧れの目で見送った。

「いい人だったわね」

「名前聞くの忘れた!」

「グリフィンドール生だったから、いずれ寮で見かけるんじゃない?」

「うん…」

 セツナはボーッとしながら、鏡を覗き込んでいた。首の横あたりにいる黒猫が毛繕いして、グーッと伸びたあと丸くなる。本物そっくりの仕草だ。首に違和感はないのに、猫がいることが不思議だった。

 "友達"と"おそろい"……。

 胸がドキドキして、喜びが体中を擽った。おそろいなんて初めてだ。

 

 少女たちはキャイキャイ部屋に戻り、その後お菓子を交換した。

「ト、トリック・オア・トリート…」

 これを家族以外の人に言うのも初めてで、少し照れながら言うと、リリーからはショートブレッド、メアリーからは杖型甘草飴、アリスからは蛙チョコレートをもらった。

 セツナがあげたのはシンディーが作ったパンプキン・クッキーだ。

 ご飯のあとでお腹は空いていなかったけれど、みんな1つずつお菓子を食べた。空き時間にお菓子を食べるのは初めてじゃないのになんだかすごく特別な感じがした。

「あははっ、セツナ変な顔!」

「だ、だって…」

 蛙チョコレートはまるで生きているようにリアルで、口の中でも動くのでセツナはもにょもにょした顔で食べていた。メアリーが思わずと言ったように吹き出して、他の人からだったら「変な顔」なんて言われたら嫌な感じがするけど、友達にからかわれるのはなんだかドキドキしてくすぐったくて、セツナはただ照れて少し笑った。

「溶けてるのに動いてて、変な感じなんだもん…」

「えー、そう? 面白くて私は好き」

「分かるわ。本物を食べてる感じがするのよね」

 マグル生まれのリリーも同意したが、アリスとメアリーは首を傾げている。

「何のカードだった?」

「えと、アドルバート・ワフリング…?」

「え! いいな~。まだ持ってないんだよね」

「良かったらあげる…?」

「ほんと?」

 アリスに差し出すと、彼女は目をキラッとさせた。立ち上がってベッドに行くと、分厚い手帳みたいなものを取り出す。

「それ何?」

「カードホルダー。まだ100枚くらいしかないけど」

「そんなに集めたの?」

 メアリーが目を丸くした。カードを集める子が多いのは知っていたけど、わざわざホルダーまであるなんて、意外とアリスは凝り性らしい。

「みんなはコレクションしないの? 蛙チョコレートって安いし、カードが色々あって面白いよ」

「やってみようかしら」

「やろうよ!」

 リリーが呟くとアリスが前のめりになった。セツナも日本で可愛い消しゴムを集めたりしていたので気持ちはちょっと分かる。

 嬉しそうなアリスを見て、やってみようかな…と心の中で思った。

 まだ1枚しか持っていないから先は長い。マーリンのカードだ。全部でどのくらいあるんだろう?

 異人の功績が書かれているので、歴史の勉強にもなりそうだ。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。