傷と咆哮   作:しらなぎ

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14 忖度

 元々ジェームズやシリウスは目立つ存在だったが、いまやホグワーツで知らない生徒はいないほどになった。

 リーマスとピーターもだ。

 たいていは面白いイタズラを仕掛けて笑っているか、笑われているかで、教師やフィルチに追いかけられている。

 毎日何かしらで減点されているが、彼らは授業で必ず点を取るので、累計はプラスだった。

 グリフィンドールでは人気者だったし、他の寮生も彼らに好意的だったし、たとえ陰口を叩いていても彼らのイタズラには笑っていた。

 

 ただし、スリザリンからの評判は最悪だ。

 彼らはスリザリンが大嫌いなようで、見かけるとタチの悪いイタズラを仕掛けるようになった。ただ、もちろんスリザリンは元々性悪で、他の寮生──特にグリフィンドール生に先生の目を盗んでタチの悪い呪いを掛けていたので、彼らはますますファンを獲得していった。

 あのねちっこい蛇がやり込められるのは胸がスッとするものだったのだ。

 

 だからか、ある日セツナは嫌な現場に遭遇した。

 緑のローブが3人、廊下の隅で固まっていて、その奥にチラチラ赤いローブが見えた。

 呪文学の質問をした帰りで、前方にそんな現場が見えた瞬間嫌な予感がしたが、そこを通らないと階段に行けない。おそるおそる様子をうかがうと、途切れ途切れの声と小さな啜り泣きが聞こえてくる。

 泣いているのはピーター・ペティグリューだ。

 セツナと同じくらい魔法が出来ない劣等生。

 

「最近腐れポッターの周りにくっついて回って、随分景気がいいみたいだな?」

「なにせかの有名なマローダーズ様の一員のようだから…ね」

「嬉しいよな、スクイブのお前がみんなにチヤホヤされてさ。なぁ? 随分派手に遊んでるみたいじゃねェか」

 ラバスタンに肩を組まれ、ペティグリューが「ヒッ」と悲鳴を上げた。

「あーあ、お前らに掛けられた呪いがまだズキズキするよ。どうしてやろうかと考えてたら、こりゃビックリ! 子ネズミちゃんがノコノコ1人で歩いてたってわけだ。どうした? 1人じゃなんも出来ないくせに調子に乗っちまったのか?」

「あ、あぅ」

 

 影から見えたペティグリューは顎を掴まれて無理やり上を向かせられている。スリザリンは全員性格が悪いが、ラバスタンは中でもマグル生まれに進んで攻撃的な魔法をかける筆頭だった。

 けれど毎回、人目につかないところでやるし、隠蔽をマルシベールがきっちりするから、罰則を逃れている。

 今はラバスタン、マルシベール、エイブリーという、同学年の過激派純血主義が揃い踏みしていて最悪だった。セツナは基本的にラバスタンを見たら逃げるようにしているくらいだ。

 

 今も逃げたい。逃げたいけれど……。

「ハハ、怯えてんのか? なら1人になっちゃダメだよな? あの時のこと忘れてないぜ。お前俺を笑ったよな?」

「う、ご、ごめ」

「笑ったよなァ!? スクイブのお前が俺を!」

「い"ッ」

 鈍い音が響いた。ラバスタンがペティグリューの頭をガッと壁にぶつけたのだ。彼はよろめいて頭を守るようにしてうずくまり、グスグス泣き声が大きくなった。

 

 ど、どうしよう……。戻って先生を……。

 まだフリットウィックが教室にいるはずだと思い、引き返そうとした時、ふと髪の毛を掴まれたペティグリューと目が合った。

 彼の潤んだ目が必死に「助けて」と言っている。

 セツナはビタッと足が床に縫い付けられたようになった。

 

 助けてと言ったって……。な、何も出来ないのに。先生を呼びに行きたいけど、今去ったら、見捨てて逃げるように映るにちがいない。

 ど、どうしよう……どうしよう……。

 セツナには彼の気持ちが痛いほどにわかった。誰かに助けを求める気持ちが。彼の今の気持ちが。

 涙が浮かんできそうになりながら、セツナはぎゅっと目をつむり、必死に足を前に一歩出した。歩き出してしまえば、するすると身体が彼らの方に向かっていった。

 

「なァ、イタズラが得意なんだろ? 俺らも得意なんだよ。偶然だな」

「じゃ、イタズラ勝負しようぜ! 知ってるか? エイビスって目もつつくんだぜ。でもさ、お前の目って誰を敵に回しちゃいけないかも見えねえみたいだからさー」

「ああ、そんな目などなくてもいいかもしれないね」

 

 ヤクザ?

 天気の話でもするみたいに気軽に交わされる会話に怖すぎて震えるが、セツナは彼らの背中に小さく「あの」と声をかけてしまった。

 今すぐ逃げたいのに。

 でもいじめられる気持ちが心臓が凍るくらいに分かるから、見捨てることも出来なくて……話しかけたってやり過ごすこともできないのに……。

 

「あ?」

 大柄なラバスタンがガラの悪い声で振り返る。彼は3人の中で1番体格が良く、3年生ほどに見えた。ホグワーツで1番小さいセツナに怪訝にキョロキョロして、やっと自分の下にいる彼女に気付く。

 

「何だよ、スクイブが2匹に増えたな」

 

 第一声がそれなことが怖すぎる。

 彼は歯を見せて笑った。まるで野犬のような笑みだ。

「あ、あの」

 セツナは強くなった震えを抑え、声を出したが、同じことを繰り返しただけだった。

「ノースエル……」

 ペティグリューが少しだけほっとした声で小さく言う。それに押されて、俯きながらなんとかボソボソ言った。

「ら、乱暴はよして」

「はァ?」

「は、離してあげて…」

 

 一拍置いて、ラバスタンがブハッと吹き出した。自分の首のあたりをスパァンと叩き、「なんで?」と黒々とした目で見下ろした。

「こいつらが仕掛けてきたことだぜ?」

「……。た、他対一は、ひ、卑怯だよ。い、いじめになる……」

「フ、ハハ、スリザリンは卑怯な寮だけど。知らなかったか? 1つ勉強になったな」

 

 そう言うと、彼はセツナの頬を潰すように挟んだ。彼の手はセツナの顔くらいあった。思わず目からポロッと涙がひとつぶ零れた。

 やっぱりラバスタンは怖すぎる。

 今まで特に何をされたというわけでもないけれど(罵倒はもちろんいつも浴びている)、いちばん威圧的で怖かった。

 

「待てラバスタン、こいつ俺の玩具だから」

「そうなのか?」

 エイブリーが止めるとつまらなそうにラバスタンが手を離し、セツナを押しのけた。それだけでコロンと簡単に尻もちをついた。

「じゃあ今は見逃してやるからさっさと消えろ」

「いや…誰か呼ばれても面倒だ。抑えていろ」

「だってさ、ドンマイ」

 冷静にマルシベールが指示し、フランクにニコニコしながらエイブリーに後ろから肩を掴まれる。

「ひぇ…」

 セツナは喉がキュッと締まったような声を出し、クシクシ泣いた。ペティグリューもセツナが何の希望にもならないことに今更ながら気付き、ポロポロ泣いた。

 

「あはは、泣いてる。カワイー」

 エイブリーはセツナを覗き込んで癒されたような声を出した。

 スリザリンは基本的に頭がおかしい。

 だから彼は突然「あ!」と何かを思いついた。

 

「じゃあノースエルにやらせよ。エイビスくらいできるだろ?」

「はは。同寮生からの私刑か、悪くないね」

 マルシベールが低く笑う。彼は後ろの方で腕を組んで石のような目で眺めているだけで、自分で手は下さない。口だけ出す男だった。

 セツナは涙目でフルフル首を振った。

「出来ない?」

 うなずく。「ハ?」エイブリーは瞳孔を開いて一気に氷点下の表情になった。

「なんで? お前こっち側の人間だろ?」

「……こ、こっち側…?」

「仲良くなりたいんだろ? 友達になりたいって言ったよな?」

「い……言ったけど……」

「じゃあやらなきゃ。友達って相互関係だよね。お前俺らを利用したいんなら俺らの役に立たなきゃ成立しないぜ?」

 

 ペティグリューは「友達になりたいの……!?」という目でセツナを目を丸めて見ていた。セツナは逃げ出したくなった。

 別にそんな大層なことじゃなくて、ただ…パーティーとかで会ったら、少し会話を出来るくらいの関係を望んでいただけなのに。そんなに悪いことだろうか。

 黒い煙のような3人に取り囲まれ、機嫌がコロコロ変わる声に圧を掛けられていると、全身に汗がジワーッと浮かぶほど恐ろしかった。

 いじめられて体が固くなるのとは違う、直接的な恐怖である。スリザリンはこんなのばっかりなの? 頭がおかしい……おかしい……。

 それでもセツナはクシクシ泣いて首を振った。

 自分が嫌な目に合うのは耐えられるが、自分がいじめに加担するなんて死んでも嫌だった。死んでも。…

 

「頑固だねー意外と」

「もう飽きたわ俺」

 ラバスタンが唐突に言った。半目でめんどくさそうに頭を搔いている。

「とりあえずこいつ殺せればいいから」

 杖を引き抜いてペティグリューに向ける。彼は絶望を思い出して小さい声で「ご、ごめんなさい」とか細く零した。彼の瞼を太い指でグッと開かせる。

「いや、もう遅ェだろ。オパグ──」

「や、やめて」

 ラバスタンは流れるように呪文を唱えたが、なんとか彼の腕に縋りつく。腕が揺れて起動がずれ、呪文は発動しなかった。苛立ち混じりにウンザリと「しつけえな」とラバスタンが振り払った。こめかみに青筋が浮かんでいた。

 

「ノースエル家は純血主義だから見逃してやってんのが分かんねェ?」

「え…」

 狼狽するセツナを見て、彼は自分こそ驚いたという風に眉を上げた。

「え? まさか気付いてねェの?」

 後ろのふたりのことも咄嗟に見つめたが、マルシベールはクイと冷めたように眉を跳ね、エイブリーは「当然じゃん?」とヘラヘラ笑った。

「え…だってみんな酷いこと言うのに……」

「そのくらいは子供のお遊びだろ? それに全部事実だ。お前がスクイブなのも劣等生なのもイエローなのも穢れた血なのも」

「──けれど、医務室送りなんかにして君の実家の方に連絡がいくと、家同士の問題になるだろう。君はともかく、君の祖父母を敵に回すのは外聞が良くない」

 

 セツナのことを大嫌いなはずの彼も、何を今更、という顔で嫌そうにそう説明した。

 ショックで物も言えなくなった。

 たしかにセツナは何回か彼らと話をしたことがあるけれど、呪いをかけられたことは無い。嫌なことを言われるだけだ。

 それが、"ノースエル"に忖度していたからだったなんて。

 ちっとも知らなかった。

 

 なぜこんなに愕然とするのか分からないが、なんだか、それはとてつもないズルをしている気がした。他のマグル生まれの子と立場はそう変わらないはずなのに、自分は"ノースエル"だから……気付いていなかっただけで、本当は恵まれた立場にいたのだ。

 それはガツンとくる衝撃だった。

 家の名にそれほど力があることも知らなかったが、家の名に守られていたと知っても、驚くほど嬉しくない。ありがたくもなかった。

 

「え、なんか黙り込んじゃった」

「都合いいな。さっさとやろうぜ」

「あ…」

「オイ、何してんだ?」

「あ?」

 呆然としながらも声をあげようとした時、突然会話に闖入者が入った。シリウス・ブラックがだるそうに片足に体重を寄せるようにし、片手で杖を弄ぶようにして廊下に立っている。

「シリウス~~~~~~ッ」

 気だるげな美少年にピーターがドバっと涙を流し、さっきまでへたりこんでいたとは思えないほど俊敏に彼の後ろに走って隠れた。

 

「うわっブラック……」

 エイブリーが頬を引き攣らせる。ラバスタンは「ちょうど良かった、お前にもやり返したかったとこなんだよ」と獰猛に目をギラッとさせた。怒りが滲む顔だ。

「何やってんだよピーター。遅ェと思ったら……」

「こ、ここ、怖かった…ッ」

「簡単に泣くなって」

 自分の背で震えるベショベショの彼に呆れた顔をし、シリウスはニヒルな笑みを浮かべてスリザリンに向き直る。

「あー、なんかうちの寮生が2人も世話になってるみてぇだけど…。こんなチビ2人に3人がかりってさすがスリザリン様だよなぁ?」

「マローダーズ様には負けるよ」

 マルシベールとシリウスがバチバチ冷たい視線を交差させたが、やがてマルシベールがフッと空気を緩ませ、視線を伏せた。

 

「もういい。戻るよ」

「は!? なんでだよ! 実質1対3だろ、こいつなんかにゃ負けねェよ!」

「彼は腐っても"ブラック"だ。血を裏切る者であったとしてもね」

「こいつを前に引き下がれって!?」

「やりたいなら1人でやればいい、ラバスタン」

 そう言うと彼は本当にローブを靡かせてくるっと背を向け、歩き始めた。エイブリーが肩を竦めて追いかける。

 セツナに「じゃーな、ノースエル。また声かけるよ。友達だろ?」と何を考えているか分からないくしゃっとした幼げな笑みを向け、八重歯がチラリと見えた。

「~~ックソッ!」

 ラバスタンはガァン! と苛立ちに壁を思いっきり蹴り、シリウスを凄い顔で睨んでからセツナにドンッと肩を当ててふたりをガニ股で追いかけて、去っていった。

 

 3人がいなくなった途端巨大な安堵が胸に降ってきて、セツナはへなへなと腰をついた。

「ありがとうシリウス~!! た、助かった…ぼ、僕怖くて、何も出来なくて……」

「ホントだよ。グリフィンドールなら立ち向かえよ」

「ブ、ブラック…ありがとう……」

 セツナも怖々お礼を言うと、彼はグレイの目でセツナを眺め「……別に。こいつを見に来たら君もいただけ」と肩を竦めた。

 

「行くぞ、ピーター」

「う、うん!」

 

 大股の彼に小走りでついていきながら、ピーターの「シリウスってやっぱりすごい! 来ただけであいつらを追い払っちゃうなんて!」とキラキラ褒め称える声が遠ざかっていくのを聞きながら、セツナははーっと膝に顔を埋めた。

 

 スリザリンは怖いし、シリウスもなんだか、セツナにとっては同じ怖さがあった。

 彼に"友達"と言い捨てられたエイブリーの言葉を聞かれて、どう思われたのか……。無事に終わったことよりも、助けられた安堵や感謝よりも、不安が浮かんだ。

 彼はただでさえセツナのことを嫌いなのに……。

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