しつこく泣くピーターから話を聞くと、ジェームズが「なんて陰湿なヤツら! 次から僕がやってつけやるよ。ハハ、あいつらにはお礼になにしてあげようか」とイタズラを考え始め、シリウスは考え込んで「………」と眉根を寄せ、リーマスは「怖かったね。1人にさせてごめんよ」と背中を撫でた。
「シリウス、どうしたの?」
苛ついているような、しかしなにか思考に耽っているような、黙っている彼にリーマスが問いかける。
「あぁ? いや、」
「ウン…」
「…気に入らねえんだよ」
「あいつらが?」
「ノースエル」
シリウスは吐き捨てた。「彼女が? どうして?」
「話聞く限りじゃあいつが腐れスリザリンと近付きたがってんだろ。神経を疑うね。グリフィンドールのくせに」
「うーん…」
人それぞれだと思うけどな。とリーマスは思ったが口には出せなかった。そんなことを言ったら関係が崩れてしまうかもしれない。
でも彼女なりの理由があるんだろうとも思った。
彼女は優しいし、大人しくて、家も複雑なようだし……家族から吼えメールが送られてきていたのは記憶に新しい。
「い、家の力があるからあいつらに声かけられたのかな? 彼女も僕と同じで、魔法が使えないもの」
シリウスの機嫌を取ろうとピーターもそんなことを言った。
「さぁな。どっちにしろ俺は気に入らないね。あいつらに取り入っていいことなんかひとつもあるもんか」
「僕も腐れスリザリンと友達になるって考えは耳を疑うよ」
「だろ?」
ジェームズが言うとシリウスがパッと嬉しそうにした。リーマスは視線を伏せる。
「でも、ちょっと見直したなー」
「見直した?」
腕を首の後ろで組んで笑うジェームズにシリウスが怪訝な視線を投げた。
「だって彼女、すぐ泣きそうだし、弱そうじゃん。実際何も出来なかったみたいだしね。それでもあいつらに声をかけたの、ピーターを助けるためじゃないの?」
「えっ。あ、う、うん…」
「あんなに劣等生なのになかなかできないことだろ? 僕らと話すだけでもなんでかいつもビクビクしてるのにさ」
「まぁ、そうかもな…」
「彼女もグリフィンドールだったってことだね! さっすがエヴァンズの友達! 彼女は友達選びのセンスもいいみたいだ」
「結局そこかよ……」
なんにでも強引にリリーに繋げる彼にシリウスはドッと肩を落とした。ムカついてたのがバカみたいだ。空気が緩み、リーマスも口を開いた。
「ノースエルは優しい子だと思うな。僕が具合が悪かった時も、あんなに小さな体で頑張って支えて連れてってくれたし…」
「あぁ、前のやつ?」
「へー。それは知らなかった。彼女具合悪そうなリーマスを見かけたって言ってたから」
「フーン…」
形の良い眉をしかめ、拗ねたような横顔はどこか幼げに見えた。
彼は何がそんなに気に食わないんだろう。
「やあエヴァンズ!」
談話室で彼女たちを待ち構え、発光するようなまばゆい笑顔を浮かべたジェームズに、リリーは盛大に嫌そうな顔をした。
「どうも」
「朝早いんだね。健康的でいいことだと思うよ! ちなみに僕も結構早起きなんだ」
「……」
だから? と物語るエヴァンズの冷たい眼差しにも一切めげない。まとわりつく彼に鬱陶しそうに口を開こうとするのを読んで「今日は後ろの友達にちょっと用があって」と声を上げた。
彼女の拒否ギリギリを読むジェームズにリリーはさらにイラついている。でも多分彼にそういう意図はなくて、ただギリギリまで彼女と話したい、その一心なんだろう。
彼の好意は常に空回りしている。
「用?」
メアリーたちが首を傾げた。
「そ、ノースエルにね」
「あ…」
名前をあげられた彼女は小さい体をさらに縮こまらせてビクッとした。リリーがサッと腕で彼女を隠し「一体この子になんの用なの?」と睨んだ。
「やだな、悪いことじゃないよ。ね?」
「き、昨日の…?」
ジェームズが笑いかけるとセツナはなぜかますます顔を青ざめさせ、白くて小さな手を胸の前で縋るようにキュッと握った。
まるでジェームズに酷いことをされたような反応だ。リリーもそう思ったらしく、テコでも彼女の前から動きそうにない。
「私たち先行ってるわね~。行こ、アリス」
「ええ」
サバサバしているメアリーはアリスを引き連れて食堂に向かっていった。リリーは過保護が過ぎる。まぁ、このヒクヒク怯えるようなセツナを見たら、庇いたくなる気持ちが分からないでもないが……。
「昨日の話聞いたよ。ピーター」
「う、うん。あの……」
「ウン……」
眉を上げ、話があるのはピーターなのかとリリーが目付きを弛めた。一歩引いて会話を見守る体制に入った。
小動物2匹が向かい合ってチュウチュウ顔を合わせている。どちらもぺぺぺ……と汗を飛ばしている背景が一同には見えた。
「あ、ありがとうね、助け…てくれて…?」
「あ、えと、全然……役に立てなかったから…」
「う、ううん! 僕だったら怖くて声もかけれなかったと思うから…ス、すごいことだよ!」
「ありがとう……」
「……」
「…」
困った顔付きで黙り込んだ子ネズミたちにジェームズが割り込んだ。
「僕からもお礼を言うよ! 君なかなかやるね」
「んや…」
「見かけたら庇ってあげる!」
「だい、じょぶです…」
「遠慮なんかしなくていいよ! 前から思ってたけど、君ってケンキョ? 大人しい? ところがあるよね。それも個性かもしれないけど──」
「ノースエル」
余計なことを言い始めそうなジェームズを押しのけて、リーマスが割り込む。
「僕からもありがとう。お礼が遅くなっちゃったけど」
「あ…うん」
それは多分医務室のことだろう。お礼はすでに彼からとっくに言われていたのに、律儀な人だ。ジェームズの上から響く大声ではなく、目を見てゆっくりゆったり話すリーマスの声は威圧的じゃなくて、少し強ばりがほどけた。
「これあげる。蛙チョコレート」
「ありがと…」
またもらってしまった。前も彼からもらったけれど。とりあえず受け取り、いそいそとローブにしまう。
「じゃ、用件は終わったから。またね、エヴァンズ」
「さよなら」
彼らは手を上げ、なにやら盛り上がりながらセツナ達と別れた。シリウスが物言いたげにセツナを眺めていた気がして少し気になる。
怒っているのとも違う、グレイの瞳が透明で……。
どういう視線だったんだろう。けれど、考える前にリリーの声が思考を遮った。
「何があったの? 昨日って?」
「あ、や、別に……」
「言いたくないこと?」
「そういうわけじゃ……んと、ペティグリューがスリザリンに意地悪されてて…それで…」
「マルシベールたち?」
「ウン…それで……」
長くなりそうなのを拙くまとめ、説明するとリリーはキリリと眉を上げて怒った。「あいつら、本当に嫌な人たち! 性根が歪んでるわ!」
そしてセツナの肩を掴んで、目を合わせた。さっきまで釣り挙がっていた眉毛が八の字に下がる。
「セツナもあんまり危ないことはしないで。もちろん、ペティグリューを助けようとしたのは素晴らしいわ。素敵よ。でも心配になっちゃう。あいつら、ムカつくけど魔法は上手いし…」
「う、うん。気をつけるね」
心配されているのがほわっと胸をくすぐり、セツナは緩く笑った。前髪で少し隠れた頬もピンク色になっている。
けれど、と視線を下げる。
セツナは魔法が苦手で、相手は得意で、意地悪で、声が大きくて、傲慢で……。だから適わないのは分かっている。セツナや、ピーターのようなタイプは。
けれど、だからといって本当は…意地悪していい理由なんてないはずなのに…。
昔のいじめっ子たちだってそうだ。
けれど、セツナはマルシベール達と仲良くなろうとしている。嫌いな、意地悪ないじめっ子たちと。
自分の矛盾に酷く胸が悪くて、セツナは自分の小さな手を、すり、と撫でた。
*
あっという間に日暮れまでの時間が短くなり、長い夜が訪れるようになった。朝には霜が降り、夜は高い空で星が風にチラチラまたたいて月が冴ゆる。
グリフィンドールの談話室は東の塔にあって、空が近かった。嵌め込まれたガラス窓に腰掛け、たまに夜空を見る。ルームメイトたちの穏やかな寝息が空中を漂っていて、うっすらと空に薄い雲が漂っている。
今日は半月だった。
日本の秋の、落ちてきそうなくすんだ金色の月と違い、青白く発光する月だ。
空を見ると少し心が癒される。
最近セツナは心が疲弊していて、疲れきっていた。
ホグワーツには人が多すぎる。日本も多かったけれど、セツナは学校で孤立していたから、傷付くのを我慢するだけでよかったけれど。
友達が出来たり、寮が分かれて人間関係の繋がりが出来た。
寮は同じクラスという浅い関係ではなくて、みんな、寮を「家族」のように感じているみたいだった。寮で見られ、寮は一心同体で、寮の同寮生は7年間みんな同じで……。
差別や家のこと、寮の対立、勉強ができないこと、この数ヶ月でセツナは考えることが怒涛に増えていっぱいいっぱいだった。
忙しいと、パパのことを考える時間がなくていいけど……。
それでも誰かによって新しく傷を与え続けられて、少し、疲れた。
クリスマスには家に帰れる。
けど、その家には祖父母がいて、きっと色んなことを怒られて、否定されて、謝らされられるだろう。
パーティーもきっと出なくちゃいけない。
家に帰りたい……。
セツナは膝を抱えた。グス、と鼻を鳴らす。
祖父母がいるノースエルの実家じゃなくて、母のシンディーと叔父のデイヴィッドしかいない場所へ帰りたい。
そんな場所どこにもないけれど、セツナはそう思った。