傷と咆哮   作:しらなぎ

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18 友達

『ママへ

 

 ママ! スラグ・クラブのパーティーに招待されたんだけど、ドレスコードが必要なの。でも、家にあるドレスは少し格式高すぎると思う……。

 カジュアルなホームパーティーくらいの格好で大丈夫らしいから、カタログを送ってくれないかな? 新しく買ってもいいよね?

 あと靴のカタログも!

 ドレスに合わせてアクセサリーも後で送って欲しいの。

 お願いばっかりでごめんね。

 24日までに届くように注文しなきゃいけないから、急ぎめでお願いします。

 

可愛いママのセツナより』

 

*

 

 昨夜手紙を大慌てで出したばかりだが、翌朝には返信が届いた。オートミールに舌鼓を打っていると、バサバサとまっすぐこちらに飛んでくる。

 威厳たっぷりのフクロウに最初はたじたじだったセツナだが、何回か手紙を出すうちに慣れ始めた。脚に括り付けられた箱を受け取って、嘴をこちょこちょ擽るように撫でる。

 満足して羽根を震わせ、彼は飛び立っていった。

 

『私の可愛い天使へ

 

 パーティーのことを失念していたわ!

 急いでカタログを送ります。ママがセツナちゃんに似合うんじゃないかなって思ったものに、付箋をつけておいたわ。

 良かったら参考にしてちょうだい。

 とびっきり可愛くしましょうね。セツナちゃんは遠慮しないで、好きなものを好きなだけ買っていいのよ!

 それから、前もお手紙で言ったけど、25日にはママと一緒に参加するパーティーがあるから、クラブのパーティーが終わったら帰ってくること。

 

 スラグホーン先生からセツナちゃんのお話をたまにお手紙でうかがうんだけど、授業態度もレポートの提出期限も真面目で、魔法薬学に才能があるっておっしゃってたわ!

 もちろんママ、セツナちゃんは昔からいい子で頭も良かったから心配してなかったわ。でも先生からたくさん褒められてとってもセツナちゃんを誇らしく思いました。

 これからもセツナちゃんらしく頑張ってね。

 

 PS、24日を楽しみにしていてね』

 

*

 

「ウウウ……」

 セツナは手紙を読み、深くうなだれた。

 

 先生……。

 本当は劣等生なのに、先生が贔屓目で持ち上げるせいでママに変な風に伝わってしまっている。

 小学校の時は勉強が得意だったし、今も座学やレポートは出来るようになったけれど、セツナはずっと実技では最下位争いをしているような劣等生だ。

 

 学期末試験の結果が出たら……。

 セツナは不安で身震いした。ママは「大丈夫よセツナちゃん、初めて魔法界に触れるんだもの。あと6年ですぐ使えるようになるわ」と笑顔で言うだろう。励ますように。

 でも、そんな気を使ったような励ましなんてされたくない。セツナの取り柄なんか、勉強しかなかったのに、ハードルが上がった状態でセツナの終わっている成績表を見られることが恥ずかしくて、惨めで、今から不安で仕方なくなる。

 

「手紙、お母様から?」

「あ、うん。カタログ届いたからあとで一緒に見よう」

「ありがとう!」

 

 リリーに話しかけられ、打ち震えていたセツナはハッと現実に帰ってきた。もう一度手紙を読む。24日を楽しみに……なんのことだろう? クリスマスプレゼントの事かもしれない。

 

 プレゼントのことを考えるとセツナは少し気分が浮上した。

 母と叔父の他に、リリー、メアリー、アリスがセツナにくれると言ってくれているからだ。友達からプレゼントをもらうのは初めてで、それを考えると足元がふわふわする気持ちになった。

 セツナももうプレゼントを注文してある。

 喜んでもらえるといいけど……。

 

「おはようエヴァンス。美味しそうなトライフルだね。僕もデザートはそれにしようかな」

 みずみずしいイチゴを使ったトライフルを食べているリリーに、後ろから声がかかる。セツナはビクッとした。声だけで分かる。振り返ると案の定ジェームズがいて、呆れた顔のシリウスも立っていた。

 リーマスたちが苦笑して少し離れた席に座る。

 リリーは真顔で無視をした。

「君、いっつもデザート食べてるよね。甘いものが好きなの?」

「……」

 もはや話しかけられてすらいないように振る舞うリリーに、セツナはすごいな…と見つめる。めげないジェームズもすごい。

 この前のことがあってから、リリーは本当に激怒しているらしく、ずっと彼を無視しているのだ。

 でも彼女の気持ちが分かる。

 

 だって本当に酷いもの。

 直接見たのはあの場だけだけど、生徒たちの噂話によればスネイプとジェームズたちはよく諍いを起こしているらしい。元々スリザリンで浮いていたスネイプは、人気者のジェームズたちに筆頭でからかわれるせいで、他寮生からも嘲笑われるようになっていた。

 元々スリザリンは他の寮から嫌われているが、その視線には恐怖と畏怖が混じっている。けれど、スネイプに向けられるのは蔑視と嘲笑なのだ。

 彼は不特定多数から「からかっていい存在」として見られるようになってしまった。

 

「もういいだろ、行こうぜ」

「そうだね。じゃ、良い一日を」

 

 ジェームズは完全な無視を受けてもまったく傷ついた様子もなく和やかに手を振った。

「本当にウンザリするわ……」

 リリーが低い声で吐き捨てた。

 セツナは返し方が分からず、「そ、そうだね」とつぶやいた。

 

 

「ケホッ…ゲホッ」

「アリス、大丈夫?」

 朝から口数が少なかったが、教科書を取りに戻るとアリスがいよいよ具合が悪そうに咳をし始めた。普段は血色のいい顔色が少し青くなっている。

「うーん…ちょっと寒いかも…」

「熱が上がる前兆だわ」

「医務室に行く?」

「そだねえ…」

 

 ついていこうとするセツナたちに「大丈夫だよ」と力なく笑い、「授業に遅れちゃう」とアリスは背を押した。

「でも……」

「いいからいいから。先生にだけ伝えてくれる?」

 

 3人は心配そうな顔をしながらも、授業が迫っていたので何回か振り返りながら廊下を歩いた。

「大丈夫かしら」

「元気がないって思ってはいたんだけど。もうちょっと早く気づくべきだったわ」

「マダム・ポンフリーは優秀らしいからきっとすぐ治るわよ」

「……」

 セツナはどうしても気になって、立ち止まった。

「あの、わ、わたしインク忘れてきちゃった!」

「何やってるのよ」

「戻ったら遅刻するわ」

「さ、先に行ってて」

 そう言うと、セツナは踵を返した。なんだかアリスの様子が気になったのだ。魔法族はマグルのかかるような病気やウイルスはかからない体質らしく、昔からあんまり体調を崩すことがなかったけど、熱が上がるのは体が燃えるみたいで辛いらしい。

 具合が悪いって分かってる子をほっとくのは、なんというか、見捨てるみたいな気がしてどうしても落ち着かない。お節介を焼きたいわけじゃなくて……。この感覚はたぶん、日本人の性"サガ"だろう。

 

 寮に戻ると、アリスはベッドに腰掛けてボーッと宙を眺めていた。

「アリス?」

「……あれ、セツナ。どうしたの」

「わ、忘れ物して。それよりアリス、医務室に行かないと」

「ああ、うん……」

 どうやら動くのもだるいみたいだ。でもここでジッとしていても良くならないと思い、アリスの腕を自分の肩に回し、彼女をそっと立ち上がらせる。

 彼女は「大丈夫だよ」やらなんやら言っていたが、ふらっとよろめいてセツナに体を預けたから、たぶん、本人の思う以上にきついんだろう。

 

 医務室は2階にあって、グリフィンドール塔から向かうには階段をいくつも降りなければいけないから大変だ。

 動く階段や、急に消える階段を通る時、支えがあっても歩きづらそうだった。アリスの体は熱くて汗ばみ、少し歩くだけで息が上がっていた。

「ごめんね」

「き、気にしないで! 人間関係は助け合いだって言うし、アリスにはいつもお世話になってるから…」

「優しいよね、セツナって」

「そ、そう? アリスの方がいつも優しいよ」

 しみじみと褒められてセツナはてれてれした。このくらいは、親切と呼べるかもしれないけど、セツナが特別なわけじゃなく、日本人ならみんなこうする。

「魔法族も風邪って引くの?」

「もちろん引くよ。魔法薬ですぐ治るけど……コホッ、お散歩がよくなかったかなぁ。深夜は冷えるし…」

「深夜?」

 驚きに繰り返すと、アリスは「あ」としまったと顔に浮かべた。

「あー…内緒にしてくれる?」

「う、うん…。でも深夜に外に出てたの? 先生に見つからない?」

「見回りの時間は決まってるから…ゴホッ」

「あ、ごめんね、むりに話さないで」

 そう伝えたが、好奇心が滲むセツナにアリスは小さく笑い、「あとで教えてあげるね」と囁いた。友達との内緒話に少しときめきを覚える。

 アリスって意外と問題児だったんだ……。

 マイペースでけっこう、一人行動を好むのは知っていたけれど、深夜に出歩くなんて。もちろんいけないことなのだけど、セツナはなんだかドキドキした。

 

 その後、授業で遅刻したセツナは初めての減点をされたけど、そんなことは気にならないくらい、アリスの冒険に好奇心が疼いて、劣等生なのにセツナはなかなか授業に集中できなかった。

 

 昼休み、セツナは籠にサンドイッチを詰め込むと、医務室に向かった。

「どこか行くの?」

「うん…あ、カタログは机に置いてあるから」

「分かったわ」

 

 本当は一緒にどうかと誘おうかと思ったが、アンヘリカたちと話し込むのを見ると、その気持ちは萎れた。セツナは少し…アンヘリカが苦手だった。

 彼女はたぶんセツナを小馬鹿にしていて、軽いからかいやジョークを上手くいなすことが難しかったし、話題に選ぶ男の子の話や、恋の話、流行のアーティストや舞台や女優、誰かの悪口や不満……そういうものに興味が持てない。

 話題に入っていけなくて、ただ愛想笑いする時間は自分が空気になったように感じるから、あまり好きじゃなかった。

 

 医務室にはマダム・ポンフリーは不在だった。

「……アリス?」

「セツナ?」

 そっと空気を揺らすような声にも返事が返ってきて少し安心する。ベッドはひとつしか埋まっていない。カーテンを開けると、アリスが身体を起こしていた。

 ベッドテーブルにポリッジやマッシュポテトが並んでいる。お昼ご飯を食べていたらしい。

 

「具合は大丈夫?」

「うん。まさかお見舞いに?」

「うん…。ご飯あったんだね。わ、わたしもここで食べていい?」

「いいよ。わざわざありがとうね。あと朝も」

「ううん」

 小さく首を振るセツナを見る。サンドイッチをちょこんと持って、ちいちゃな口をあけてもたもた食べている。

 

 アリスは、なんでセツナはハッフルパフに入らなかったんだろうと思った。優しいところも、努力家なところも、親切なところも、公平なところも、少し気弱なところも、他人のことを考えられるところも、セツナの多くの属性がハッフルパフへの親和性を示している。

 

「ね、組み分け帽子になんて言われたか覚えてる?」

「組み分け帽子?」

 こて、と口元を拭いながら首を傾けるセツナ。何かに似てる。うーん、とアリスは内心で考えて、パフスケインだ! と思いついた。

 大人しくてまるまるして無害でかわいい。セツナはパフスケインに似ている。

 

「難しくてあんまり覚えてないんだけど…ヘルガ? の欲しがる人にピッタリって……あとは…学者? に向いてるかも? って」

「ハッフルパフとレイブンクローに向いてるんだ!」

 アリスは少し意外そうに瞳をまたたかせた。

「そ、そういう意味なの?」

「うん。ヘルガはヘルガ・ハッフルパフのことだと思う」

 そうだったのか。そういえば前に軽く説明をデイヴから受けたかもしれない。アリスが意外そうなのはレイブンクローの資質だろうとセツナには分かった。

 自分ではたしかに、レイブンクローに向いている部分があると思う。昔は優等生だったし、本を読むことや、勉強することが好きだった。人間関係と違って本は対話を求めず、のめり込むだけ結果がついてきて楽しかったから。

 劣等生の今では、あんまり楽しいと思えなくて、遅れないようにただ必死だけれど……。

 少し恥ずかしくて髪をいじる。

 

「グリフィンドールに入れてほしいって帽子にお願いしたの?」

「え、あ、ううん…どうなりたいかって聞かれて……わたしは弱いから…変わりたいって言ったの。そしたら…」

「そうなんだ? 今のままのセツナでとっても素敵だと思うよ。わたしは好きだな」

「あ、ありがとう…」

 正面からそんなことを言われ、返事に困ってうつむいた。カッカと頬が火照る。

「帽子に聞かれることもあるんだね~」

「みんなそうじゃないの?」

「どうなんだろ? わたしは、ハッフルパフとちょっと迷って、グリフィンドールって決められたよ」

 みんな希望を帽子に伝えわけではないらしい。彼女がハッフルパフというのは分かる気がする。グリフィンドールは気の強い子やハッキリした子が多い気がするけど、アリスは誰かに声高に自分の意見を主張したりはしない。

 いつもニコニコして自由で優しい。

 

 食事を終え、少し沈黙が流れた。沈黙というのはいつも背中がそわそわして落ち着かなくなる。顔をチラッと見ると目が合った。

「そういえばね、教えるって言ったナイショの話」

「あ、う、うん」

「誰にも言わない?」

「うん、い、言わない!」

「良かった~」

 力強くうなずくとアリスは気負った様子もなく朗らかに笑みを浮かべた。深夜徘徊なんてすごいことだ。セツナには思いつきもしない。

 好奇心でドキドキするのを感じる。

「家にいた時はよく、早朝や深夜にお散歩してたの。だから落ち着かなくって、こっそり歩いてるんだ」

「すごいね…」

「先生の見回りはそんなに多くないし、ファット・レディも誰かに言ったりしないんだよ。仲良くなれば夜に起こしても怒らなくなるし」

 それは、コミュニケーション能力が高いアリスだから出来ることだ。セツナにはとても出来る気がしない。

「仲良く…」

「うん! あとは絵画や肖像画と仲良くなって損は無いよ。昔からホグワーツにいるから情報通なの」

「そんな方法が…」

 セツナは目を丸くした。人間にしか意識が向いていなかった。

「でも、外に行くのにバレたりしない? ホールは遠いでしょ?」

「ふふっ、それはね…」

 

 もったいぶるようにアリスが言葉を止める。セツナは少し前のめりになって相槌をうった。それに少し嬉しそうにして口を開く。

「廊下の突き当たりに大きな窓があるでしょ? そこから出れるんだよ」

「えっ。あんなに高いところから?」

 グリフィンドール塔は城の中でもかなり高い位置にある。あんなところから下を見たら落ちてしまいそうなのに。セツナは心底おどろいて、目をまあるく見開いた。

「け、怪我とか…」

「もちろんそのまま出たら落ちちゃうよ。でもわたし、箒を使ってるから」

「箒?」

「そう」

「…? 箒置き場から持ってきてるの?」

「ううん。家からこっそり自分の箒を持ち込んでるんだ。ナイショだよ? 怒られちゃうもの」

 今度こそセツナは仰天して口をぱっかり開いた。言葉も出ない。

 だってホグワーツは、1年生は箒を持っちゃいけない。もしかして入学前から持ってきているんだろうか。親には怒られないのかな。

 次々浮かぶ疑問詞を、驚愕の中に分かりやすく顔に浮かべるセツナに、アリスが「あはは」と笑った。

「ママとパパにも秘密なの。2年生まで待ってられないもの」

「す、すごい…親にも? バレてしまわない?」

「大丈夫、うちには箒がいっぱいあるから」

 アリスは至って余裕そうで、その大胆さに感心してしまった。たしかに彼女がグリフィンドールにされるはずだ。規則を無視する傾向はスリザリンやグリフィンドールに見られるというし…。

 でも彼女のすごいことは、悪戯仕掛人とかと違って、誰にもバレずにこっそりそれを行っていることだった。

 セツナは頬が紅潮して、胸を高鳴らせた。たぶん校内でアリスの秘密を知っているのはセツナだけなのだ。

「あ、あの、絶対言わないから…!」

「ありがとう。でも心配してないよ。セツナは友達思いの子だもん」

「そ、そうかな?」

「そうだよ。わざわざ戻ってきて医務室に連れてきてくれて、こうしてお見舞いもしてくれる。わたしあなたと友達になれて良かった」

「……! わ、わたしも……」

 慌ててうつむいた。

 返事をした声がすこし掠れてしまったかもしれない。涙が滲みそうで、胸がジーンとした。嬉しくてたまらなかった。そんなことをセツナに言ってくれる子は今までいた事がなかったから。…

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