傷と咆哮   作:しらなぎ

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6 飛行訓練

「ジェームズ・ポッター! シリウス・ブラック! この……っ、人をおちょくりおって!」

 

 怒声が廊下に響き渡る。驚いて振り返ると、すぐ真横を風が通り過ぎた。問題児2人組だ。

「やばいやばい、来るの早いよなあのオッサン」

「猫が厄介だね。今日は新しい抜け道を試してみよう」

「いいな!」

 怒鳴られている2人は、笑い声を残して軽快に駆け抜けて行った。その後を随分遅れて真っ赤な顔のフィルチがヨタヨタ走っている。

 

「な、何? あれ」

「ほんとう元気だね〜」

 唖然として口を開けるセツナと、呆れたように笑っているアリス、そしてリリーは眉毛を山の形にしている。

「またグリフィンドールから点数が引かれるわ。あの人たち、何回罰則受けても懲りないのね」

「その分点も稼いでるからいいじゃない」

 メアリーは2人に好意的なようだ。前から「ブラックがかっこいい」とたびたび言っていることがあった。リリーは不満そうだったが、それ以上は何も言わず口を噤んだ。

 今日は初めての飛行訓練だ。セツナは空を飛んだことがない。

 マグル生まれはすぐ飛べる人が少ないって聞いたから不安だった。

「本当に箒で空を飛ぶなんて、お伽話みたい! 小さい頃憧れてたのよ、雲を掴めたらとか、鳥と並んで飛べたらとか……」

 朝からリリーはすごく楽しみな様子で、機嫌が直ってルンルンしている。ぽっと血色の灯った頬が赤髪に鮮やかに映える。

「セツナも考えたりしなかった? そういうちっちゃな夢」

「あ、わたしは……あんまり」

「そうなの?」

 

 昔から下ばかり向いていたから、そういうことを考えたことがなかった気がする。そもそも、夢があったかどうかも覚えていなくて、自分に少し動揺した。

 セツナが憧れたのは、友達と手を繋いで歩くとか、自分の見た目がより日本人らしくなることとか、堂々としている人とか、そういう現実的なものばかりだった。

 

「アリスとメアリーは飛んだことがあるのよね?」

「あるけど……何年も前だから、まだ上手く乗れるか自信ないわね」

「そうなのね、みんな乗るものだと思ってた」

「昔は子供用の箒で遊んだりしたけど、そんな子供っぽい遊び、すぐ卒業しちゃったわよ。それよりもおしゃれとかホームパーティーとか、そっちの方が楽しかったわ」

「メアリーったらおませさんだったのね。アリスは?」

「わたしは得意な方かなぁ。よく弟と泥まみれになって怒られてた」

「えーっ、アリスが? 意外ね」

「体動かすのは好きだよ」

 のんびり屋さんなアリスの意外な一面にみんなびっくりだ。メアリーはイメージ通りなんだけど。きっとメアリーがマグルで育っていたら、みんなの中心にいるハイカーストでオシャレな女の子だっただろうな。

 

 運動場にはずらーっと箒が並べられていた。

 圧巻だ。真ん中のほうに四人纏めて並ぶ。セツナの前にある箒は、ところどころ柄のあたりが禿げていた。

「並んで並んで! 授業を始めますよ! そこ! 箒に触らない!」

 闊達な鋭い声とともに銀髪の女性が空から降りてくる。ジェームズがペロッと舌を出して箒を地面に置いた。スリザリンから冷笑が起きる。

 

 マダム・フーチの指導に従って、まずは箒を浮き上がらせることから始まった。

「あっ、上がれ!」

 箒に手をかざして、ちょっと恥ずかしがりながらセツナは声をかけたが、箒は一切反応しなかった。不安より羞恥が勝って、周りを見回すと、スリザリン生はほぼ成功していて、ジェームズの手の中に箒が飛び込んで行くのが目に入った。

「上がれ~」

 隣のアリスのゆるい掛け声に、箒もゆるゆる~っと浮かび上がった。メアリーも2回目くらいで成功している。グリフィンドールには半分くらいまだ浮かんでいない人もいて、セツナもまたチャレンジを繰り返した。

「上がれ!」箒は無言だった。

「上がれ!」箒は無言だった。

「上がれ!」箒は僅かに震えた。

 

「今っ……」

 嬉しくなって顔を上げると、周りからの視線を感じた。ビクッと身体を揺らすと、セツナ以外のほぼ全員が手に箒を握っていた。リリーも苦戦していたみたいだけど、なんとか成功させていた。

 早く成功させなくてはと、小さな喜びは吹き飛んで、全身に汗をかきながらセツナは必死に繰り返す。

「上がれ!」

「あっ……上がって!」

「上がって……」

「上がってよう……」

 セツナは今にも泣きそうだった。身体中が熱くて死にそうだった。「まだかよ」「何やってんだよあいつ」「すっとろいな」そんな言葉が、小さく聞こえてきた。小さな声なのにセツナの耳にハウリングして、緊張と不安と焦りと羞恥心でますます追い詰められる。

 成功していないのはもはやセツナだけだった。

 

「あー、出来ない人は、とりあえず手で箒を持ちなさい。後でレッスンをつけましょう。では、全員出来ましたね?」

 困ったようなマダム・フーチの声に死にそうになりながら、地面に屈んで箒を直接掴んだ。なんでみんな出来てるのにわたしだけ出来ないの。セツナはローブでこっそり涙を拭い、人目から隠れるように身体を縮めて俯いた。

 スリザリン生の嘲笑がザワーッと広がり、グリフィンドール生もくすくす笑った。

 セツナは逃げ出したくなった。運動は苦手じゃないのに。走るのだって得意な方だったのに。

 魔法が関わるとセツナは一気に落ちこぼれになってしまう。

 

「さあ、私が笛を吹いたら、地面を強く蹴ってください。箒はぐらつかないように押さえ、二メートルぐらい浮上して、それから少し前屈みになってすぐに降りてきてください」

 

 掛け声と共に生徒たちが浮き上がる。当然のようにセツナは飛べなかった。フーチが近付いてきて横に並んだ。

「さぁ、恐れないで、ノースエル。地面を蹴り上げるんですよ」

 言われた通りにしたが、セツナは無様に何度かジャンプしただけだった。スリザリン生がまた嘲笑った。

「さすが猿だな」

「いい見世物だ」

「母親は飛び方を教えてくれなかったみたいだな?」

「静かに!」

 フーチが怒鳴ると陰口は消えたが、嫌な視線は消えなかった。フーチは生徒たちに口頭で飛び方を教え、自由に飛んでいいと言うやいなや、ジェームズ・ポッターが歓声を上げて一直線に空に飛び立った。

 

「そう来なくっちゃ! シリウス、あっちの方まで飛んで行こう!」

「もう少し落ち着けないのかよ」

 呆れたように笑って、シリウスも颯爽とジェームズの隣に並び、二人は鳥のようにくるくる飛び回って空を楽しんでいた。

 

 リリーの気遣わしげな視線にセツナは笑い返す余裕もなかった。リリーはマグル生まれなのに、少し苦戦しただけですぐ浮かべるようになった。アリスとメアリーの補助を受け、どんどん高度を増し、空に飛んでいく。

 アリスが隣で色々教えてくれても、セツナの足は地面に根が生えたようにくっついたままで、全く飛べる兆候が見えないのが惨めだった。

 同級生たちが空を舞う中、突っ立っているのはセツナだけだ。

 

「ノースエル、集中しなさい」

「は、はい、先生」

「心配しなくともすぐに飛べるようになりますよ。まずは強い意志で箒に語りかけることです。乗り手の不安を箒は敏感に察知しますからね」

 

 まるで箒が生きているような言い方だ。尋ねると、フーチは何を当たり前なことを、という表情を浮かべた。

「杖が主人を選ぶように、箒も乗り手を選びます。飛ぶのを怖がるような人を、誰が乗り手に選びますか?」

 

 箒が乗り手を選ぶ……。

 そういえばオリバンダーもそんなことを言っていたと思い出した。

 

 何回か色々試したあとに差し出された杖を振ると、桜の花びらが舞った。日本を思い出して懐かしさに浸り、静かに感動するセツナにオリバンダーが教えてくれた。

「サクラの木、ドラゴンの琴線。決闘に最適だが選り好みが激しい。サクラは日本の魔法族には特に神聖視されると聞くが、それも当然じゃろうて。サクラの杖はどんな芯材を合わせても強力な力を宿す……その上、ドラゴンの琴線と組み合わせれば途方もない効果を持つ」

 オリバンダーはブツブツとセツナに聞かせる気もないような言い方で熱く語っていた。使う語彙も難しく、セツナは半分ほどしか理解することが出来なかった。

「並外れた精神力と自制心で自分をコントロールし、強い意志がなければ認められることはない難しい杖じゃ。しかし、この杖の忠誠心を得れば、あなたの願いに最も忠実に寄り添ってくれる友となるじゃろう」

 

 どうやら魔法界には杖にも箒にも、心があるらしい。まるで日本みたいだ。

 日本は八百万の神といって、あらゆるものに神がおわすのだ。日本の家にも仏壇のほかに神棚があったし、地元の伝承を野外学習で調べたりした。通学路の途中には小さな神社やお地蔵さんがあり、掃除しているおばあさんなどをよく見かけ、帰り際手を合わせることもあった。

 

 そういう、人を超えた神みたいなものが、この箒や自分の杖にもいるかもしれないと思うと、セツナは腑に落ちると同時に一気に不安になった。

 だってそんな人(?)に自分が認めてもらえるなんて、到底思えないからだ。

 

 セツナはおずおずと箒に語り掛けた。

「あの、箒さん。あなたに乗ってもいいですか。空を飛んでみたいんです」

 すると、握った箒がフルフルっと小さく震えた。返事が来た! セツナは嬉しくなり、お礼を言って股がった。マダム・フーチは唖然としてセツナを見つめていた。箒の忠誠心を得るために毅然な態度を求めたのに、セツナは指導とはまるで真逆な態度だった。

 

「失礼します。あの、軽くでいいので少し浮かんで欲しいです」

 そう言って地面を蹴ると、さっきまでのことが嘘だったようにふわりとセツナは宙に浮かんでいた。ほんのわずかだったが、たしかにセツナは空を飛んでいる。

「おや、まぁ!」

 フーチは驚き、気を取り直して飛び方を教えた。前に進む時は前傾し、止まる時は身体を少し上げ、上に行く時は柄を操作する。

 柄を軽く上げると、箒はサーッと高く舞い上がった。

 風がセツナの赤みがかった黒髪をさらい、背中の方に流れた。

 

「す、すごい!」

 セツナは感嘆の声を上げた。マダム・フーチが小さくなり、白い雲が近づいて来るような気がした。爽やかな風が気持ちいい。

 遠くの方にリリー達を見つけ、セツナは柄を傾けて右に曲がろうとした。しかし、箒はセツナの要望を無視し、好き勝手に飛び始めた。

 

 左に飛び、下に急降下し、くるくる上下に回転し……。景色がいきなり揺れ動き始めて、セツナは必死に箒に縋りついた。恐怖心が全身を支配していた。

「待って! 止まって! 止まって!!」

 叫んでも箒は聞いてくれない。そのまま地面に直線に突っ込み、悲鳴を上げて眼前に突っ込んでくる光景にギュッと目をつぶる。

 

 しかし、箒は突っ込むことはしなかった。

 直前でふわっと止まり、セツナは思わず箒から振り落とされ、何回かゴロゴロ地面を転がった。震えながら箒を見ると、笑うように箒が跳ねていた。からかわれたのだ。

 ガクガクして腰が抜けたまま、セツナは涙を流していた。マダム・フーチに抱え起こされながらセツナは思った──空なんか二度と飛びたくない!

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