傷と咆哮   作:しらなぎ

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7 罵倒

 

 授業では落ちこぼれ、飛行訓練では恐怖に震え、スリザリン生にはからかわれるようになった。ノースエルの名が有名だからなのか、飛行訓練で無様を晒して嘲笑われる対象だと認知されるようになったのかは分からないが、セツナは廊下や大広間で緑のローブとすれ違うと、クスクス笑われたり、心無い言葉を投げかけられるようになった。

 

 無能だとか、落ちこぼれだとか、イエローモンキーだとか、血を裏切る者だとか……。モンキーは知っている。アジア人を蔑視する言葉だ。落ちこぼれは返す言葉もない。でも血を裏切る者、は知らなかった。

 穢れた血は、祖父母やハウスエルフが言うから、マグルを蔑視する言葉だとは知っていた。

 アリス曰く、血を裏切る者というのは、純血家に生まれながら、その思想に沿わない人間に対する侮蔑の言葉らしい。

 

 リリーやメアリーもスリザリンに嫌なことを言われているのに、セツナのために怒ってくれた。特にリリーの怒り様は庇われるセツナも怖くなるくらいだった。

 言い返すリリーはかっこいい。セツナにはとても出来ない。

 でもセツナはなんとかリリーに追いすがって、わたしのために言い返さなくていいということをたどたどしく伝えた。

 

 

「でも……」

「その分、リリーがひどいことを言われるのは悲しいから」

「私のことだったら気にしないでいいのよ! それよりも、あんなことを言う人たちを許す方が耐えられないわ」

「お、お願いだから……。リリーが怒ってくれるのは嬉しいけど、リリーやメアリーがもし傷つけられたら……自分が嫌になっちゃうよ」

 

 納得はしていなかったが、なんとかリリーは頷いてくれた。良かった。セツナは安堵した。言ったことは嘘ではないし、リリー達が悪く言われるのが嫌なのはそうだけど、セツナは言い返すことで嫌味や罵倒が虐めに発展していくほうがもっと怖かった。

 目立ちたくなかった。目立ったら、人は周りとちがうところをあげつらって、叩き始める。

 

 酷く言われることも、嘲笑われることも慣れている。

 そういうのは、悲しいけれど、耐えていればいつか相手も飽きるだろうし、飽きなくてもそのくらいなら我慢出来る。

 でも魔法をロクに使えもしないのに、もし魔法で攻撃されたらセツナは何も出来ない。痛いのも嫌いのも悲しいし、怖いし、嫌だ。そしてまた、昔みたいに我慢に耐えられなくなって爆発したら……。

 その方がセツナはずっと怖い。

 

 とにかく散々な学生生活だったが、とある日の朝、最悪な状況はさらに拍車をかけた。

 入学して1週間ほど経った朝食の場のことだった。

 

 見覚えのあるフクロウがセツナの元にやって来て乱雑に手紙を落とした。一瞬ママかデイヴからかと思ったけれど、2人からのフクロウは何回も見ているから覚えている。

 今手紙を運んでくれたフクロウがどこの子だったか思い出す前に、あまり見ない真っ赤な封筒に目を吸い寄せられた。

 名前を見て、セツナはギクッと心臓が震えるのを感じた。祖母からだ。固まっておそるおそる手紙を見つめていると、アリスとメアリーが焦り声を上げた。

 

「『吼えメール』だ……誰から?」

「初めて見た。早く開けた方がいいわよ」

「こんなところで爆発しちゃったら大変だよ」

「ば、ばくはつ?」

「違うところに行く……余裕はなさそう……だね」

「朝の時間に合わせて吼えメールを送るなんて、さすがに酷すぎるわよ」

 

 両側から急かされ、セツナはおずおずと開封した。アリスとメアリーがさっと両耳を塞ぎ、リリーは首を傾げていた。近くにいた他の生徒も耳を抑えている。

 手紙は唇のような形を取ると、セツナは顔面を殴りつけられたかと思った。脳みそが直接揺れるような大声がセツナの両頬を引っぱたいた。

 

「この、恩知らずが!」

 

 祖母の声だ──。

 ビクッと肩が揺れ、瞬間的に縮こまった。声がかつてなく深い怒りに満ちているのは、多分声量の問題ではないだろう。目の前に祖母がいる気がして指先が冷たくなる。

 

「娘に免じて穢れた血のお前を家系図に迎えてやったというのに、その恩を忘れ、よりによってグリフィンドールに入るとは何事ですか! とんだ恥さらしめ! その上、入寮の結果も知らせず──パーティーで人づてにお前の未熟な話を聞く恥ずかしさと来たら──」

 

 手紙を送らないとダメだったなんて、セツナは思わなかった。だっていつも話しかけるなと言われていたから……手紙も送ったら、また馴れ馴れしいだとか、厚顔無恥だとか、家族になったとでも思ってるのかとか言われるかと思って、セツナとしては気を使ったつもりだったのだ。

 

「ご、ごめんなさいお祖母様。お手紙の返事がご面倒かとおもって……」

 

「ノースエルの名を名乗るならスリザリンに入るのが当たり前だろうに! 生意気な跳ねっ返りの役立たず──! 父親に似て卑しい性根をした小娘が、よくも好き勝手してくれましたね! 休暇には覚えてらっしゃい! 私が直接お前を躾けます! デイヴィッドに任せるんじゃなかったわ。休みまでの間、お前はノースエルの在り方と学生生活についてよくよく考えておきなさい! これ以上ノースエルの名を汚したらあの穢れた父親の元に送り返させますからね!この、穢れた、役立たずの恥さらしが!」

 

「は、はい、お祖母様。一生懸命、が、がんばります」

 

 ポタポタッと涙が膝の上に握ったてのひらに落ちた。手紙は燃え上がって灰になった。

「うっ……ぅくっ……」

 喉が引きつれ、セツナは息を止めてなんとか涙を抑え、深呼吸した。こんなに怒っている祖母は見たことがない。本当にパパのところに送り返されるかもしれない。それだけはダメだ。魔法界で魔力を制御出来るようにならないと、パパに迷惑をかけるし、パパはセツナを愛せないだろうから可哀想だ。それにママと離れるなんて絶対いやだ。

 

 セツナの周辺がシーンと静まり返っていた。

 

「だ、大丈夫?」

 なんとかアリスが背中を撫でてくれたが、アリスもメアリーもリリーもドン引きして戸惑っていた。

 スリザリンの方で小さな笑い声が上がる。セツナは惨めさと羞恥に打ちのめされた。人前でこんな……。

 

「今のはおばあさんなの? あんまりにもあんまりなんじゃない?」

 セツナの家での扱いが分かったのか、メアリーが顔を曇らせた。

「何? あの言い方! 恥さらしだとか色々……酷すぎるわよ! セツナが謝ることなんかないのに。家族にあんなことを言う人がいるなんて!」

 リリーは憤然としていた。信じられない、と顔に浮かべ、怒りで顔が赤くなっていた。セツナは思わずフォローを口走った。多分ノースエル家の内情が広まるのも祖母は嫌がるはずだ。世間体とか……。でもそれなら吼えメールを送ってこないかな……。

「お祖母様も悪い人じゃないんだよ。いきなり見ず知らずのわたしを受け入れてくれたし……家に置いて、魔法界のことを色々教えてくれたし……」

「あれだけ言われてどうしてあなたもそんな風に庇うのよ!」

「ご、ごめん……」

 リリーにピシャッと言われ、セツナはへらりと笑った。

 

 でもお祖母様の気持ちもセツナには分かった。嫌いどころか、嫌悪している人を家族に迎え入れるのは相当気分が悪いにちがいない。

 それでも孫として一応扱ってくれるのは、祖父母は母のシンディーのことはこの上なく可愛がっているからだ。

 家を飛び出してマグルと駆け落ちしたのだって、ママじゃなきゃ縁を切られていただろうけど、幼い頃から年の離れた唯一の末娘として猫可愛がりされていたシンディーだからこそ、また家に戻るのを許されたのだと祖父母の態度から察していた。

 だから、セツナのせいでママと祖父母の関係が悪くなったら、とても背負い切れない。

 

「ノースエルがかなり気合いの入った純血主義だっては知ってたけど……。セツナ、むりして笑わなくてもいいんだよ。とりあえずここを出ようか?」

「うん……ありがとう、アリス」

 

 優しい声に促され立ち上がる。アリスはいつも優しくて、気づかってくれる。マイペースなところもあるけれど、寄り添ってくれるのはアリスだった。

 そしてリリーはいつも怒っててたまにこわいときもあるけれど、セツナを引っ張ってくれて、真面目で正義感が強い。

 メアリーはサバサバしていて、ちょうどいい距離感のところにいてくれて接しやすかった。自己中なのに押し付けがましくないのが少し羨ましかった。

 

「わたし、返事を書かなきゃだから、最初に授業に行ってていいよ。つ、付き合わせてごめん」

「ひとりで大丈夫?」

「うん」

「そう……」

 

 3人を見送り、セツナは1人だけになった部屋で膝を抱えて泣いた。

 どうしていいのか分からない。

 ノースエル家の思想を守れば、名に傷をつけなくてすむのだろうか。でも、どうやって?

 

 セツナには穢れた血と呼ばれるマグルの血が流れている。そんなセツナが血のことで他人を嘲笑するのは矛盾しているし、リリーのことも、マグルの父のことも、半純血のメアリーのことも自分より劣るところがあるなんて全く思わない。

 1番劣等生なセツナが、誰をバカにできると言うんだろう。

 純血主義のことも、ノースエル家らしい振る舞いも、セツナにはよく分からない。

 とりあえず、今よりもっと勉強に励まなくちゃ、と思った。スリザリン生にスクイブと呼ばれ始めているなんて祖母が知ったら、絶対大激怒するに違いない。

 

 はた、とセツナは思い出した。

 スラグ・クラブ……。

 スラグホーン先生はスリザリンの寮監だし、有能な生徒が好きで、人脈も広い。スリザリン生もクラブに入っているらしい。きっと先生の覚えがめでたくなって、スリザリンの人と顔見知りになれたら、祖母の怒りを買わずにすむかもしれない。

 

 スン、と鼻をすすり、ようやくセツナは手紙に向き合い始めた。

 

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