No.1オペレーター城戸奏真の華麗なる緊急脱出<ベイルアウト>   作:羊毛ローブ

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元は同じ部隊の人に聞いてみた(後編)

「奈良坂、こんなところにいたのか」

 

第三訓練室の入口から声がした。

 

《擬似風刃》のログを見終えたばかりだった修が振り返る。

 

「あ、三輪先輩」

 

そこにいたのは三輪秀次、米屋陽介、古寺章平。

 

少し後ろには、三輪隊のオペレーターである月見蓮もいる。

 

どうやら戻ってこない奈良坂を探しに来たらしい。

 

「これはこれはミワセンパイ達」

 

「空閑……」

 

遊真を見た瞬間、三輪の眉間に皺が寄った。

 

相変わらず分かりやすい。

 

「奈良坂。ログを見るだけじゃなかったのか? 隊室に戻る予定だっただろ」

 

「すまない。三雲達が奏真さんの昔の狙撃について聞きたいというから、少し話していた」

 

「奏真さん?」

 

三輪の視線がモニターへ向く。

 

そこには一時停止された古い戦闘ログ。

 

左右に一丁ずつ狙撃銃を構える城戸奏真の姿が映っていた。

 

「……これ」

 

最初に反応したのは古寺だった。

 

一歩。

 

二歩。

 

ほとんど吸い寄せられるようにモニターへ近付く。

 

「《擬似風刃》のログじゃないですか?」

 

「古寺先輩も知ってるんですか?」

 

「知ってるっていうか、狙撃手なら一度は話を聞くと思うよ」

 

古寺は画面から目を離さない。

 

「奈良坂先輩、これ本物ですよね?」

 

「ああ」

 

「残ってたんですか?」

 

「教材用として一部な」

 

「巻き戻していいですか?」

 

「好きにしろ」

 

「ありがとうございます」

 

返事が終わるより先に、古寺は操作盤へ向かった。

 

「章平、めっちゃ食いつくじゃん」

 

米屋が笑う。

 

「食いつきますよ!」

 

古寺は即答した。

 

「《擬似風刃》ですよ!? 話だけなら聞いたことありますけど、ちゃんとしたログを見る機会なんてほとんどないじゃないですか!」

 

映像が巻き戻される。

 

城戸奏真が左右に一丁ずつ狙撃銃を構えた。

 

最初に放たれたのは二発。

 

右手から一発。

 

左手から一発。

 

ほぼ同時に撃ち出された二つの光は、真っ直ぐには進まない。

 

大きく上昇。

 

それぞれ別方向へ。

 

建物の屋根を越え、更にその向こうへ。

 

緩やかな弧を描きながら、直接射線の通らない場所へ飛んでいく。

 

だが、城戸はその行方を見届けない。

 

二発がまだ空中を進んでいる最中。

 

左右の銃口を、それぞれ全く別の方向へ振った。

 

発射。

 

発射。

 

今度の二発は、ほとんど一直線。

 

先に放たれ、遠回りをしている二つの曲射へ。

 

後から撃たれた二つの直射が追い付いていく。

 

四つの弾道。

 

四人の標的。

 

距離も違う。

 

方向も違う。

 

軌道も違う。

 

発射された時刻すら違う。

 

それなのに。

 

着弾だけが。

 

完全に同じ瞬間だった。

 

四つのベイルアウト光が、一斉に上がった。

 

「……やっぱりおかしい」

 

古寺が呟く。

 

「何がですか?」

 

「いや、まずこの二発」

 

古寺は最初の二発が撃たれたところまで映像を戻した。

 

「先に曲射を撃ってる」

 

「曲射の方が遠回りするからですか?」

 

「そう。飛翔距離が長いから、その分だけ着弾まで時間が掛かる」

 

少し進める。

 

「で、その二発がまだ飛んでる間に、後から直射を二発」

 

「後から撃った直射の方が早く着くから……」

 

「先に撃った曲射と、同じ時間に着弾する」

 

修はもう一度映像を見た。

 

「つまり、着弾時間から逆算して撃ってるってことですか?」

 

「そういうことだ」

 

奈良坂が答える。

 

「……ちょっと待ってください」

 

古寺が画面へ顔を寄せる。

 

「右の銃から曲射一発」

 

「ああ」

 

「左からも曲射一発」

 

「ああ」

 

「その後、右から直射」

 

「ああ」

 

「左から直射」

 

「ああ」

 

数秒。

 

古寺が黙った。

 

「……両方の銃で曲射撃った後に、直射へ切り替えてるんですか?」

 

「そうなる」

 

「撃ちながら?」

 

「そうだ」

 

また黙った。

 

「……意味分かんないですね」

 

「さっき俺達も似たようなこと言ったぞ」

 

遊真が言う。

 

古寺はもう一度画面を見た。

 

「でも……」

 

「何だ?」

 

「そもそも三雲君、このトリガーのことって聞いた?」

 

「トリガー?」

 

「これ、試作型なんだけど」

 

「え?」

 

修は目を瞬く。

 

「これ試作型のトリガーなんですか?」

 

「あー」

 

東がそこで初めて気付いたような顔をした。

 

「言ってなかったか」

 

「聞いてないです!」

 

思わず声が出た。

 

「そういえば僕も、何でトリオンで射撃してるのに重力とか曲射とか、実弾みたいな話になるんだろうとは思いましたけど……」

 

「普通はそこで聞くぞオサム」

 

「空閑は普通のトリオン弾の仕組みをどこまで知ってるんだ」

 

「おれは撃てれば特に困らない」

 

「じゃあ言わないでくれ!」

 

「まあまあ」

 

東が笑った。

 

「三雲の疑問は正しい。普通のトリオン弾は、実弾みたいに風で流されたり、重力で弾道が落ちたりはしない」

 

「ですよね」

 

ようやく修の中で引っ掛かっていたものが形になった。

 

「じゃあ何で、これはこんな弾道になるんですか?」

 

「トリガー側で、わざと再現してるんだ」

 

「わざと?」

 

「元々は実弾兵器の弾道データを、トリオン兵器へ応用出来ないか調べるための研究用トリガーでな」

 

東が画面上の弾道を指差す。

 

「距離。高低差。風向。風速。現実の弾丸なら、その条件でどれだけ落下して、どれだけ横へ流れて、どの程度減速するか」

 

「それを計算して……」

 

「その挙動を、トリオン弾へ疑似的に再現する」

 

修は考える。

 

そして。

 

「……それって」

 

「うん」

 

古寺も全く同じことを考えたらしい。

 

「普通の狙撃トリガーより面倒になってません?」

 

「なっている」

 

奈良坂が即答した。

 

「ですよね!?」

 

「だから正式採用されなかった」

 

「ですよね!?」

 

二度目も全く同じ反応だった。

 

米屋が吹き出す。

 

「普通に狙撃するだけなら、わざわざ風や重力を再現する意味は薄いからな」

 

東も苦笑した。

 

「ただ、通常のトリオン弾では作れない射線を作れる可能性はあった。研究としては意味がある」

 

「それが曲射ですか」

 

「その一つだな」

 

修が画面を見る。

 

先に撃たれた二発。

 

片方は建物の完全な裏側へ。

 

もう片方も、直射では狙えない位置へ大きく回り込んでいる。

 

「で」

 

米屋が横から口を挟む。

 

「そんな『面白いけど普通に使うなら要らなくね?』って試作品を」

 

東が続けた。

 

「奏真が面白がった」

 

「……ああ」

 

修は妙に納得した。

 

最近聞いた城戸奏真の話を考えると、それだけで何となく説明がついてしまう。

 

「でも、曲射を先に撃つところまでは分かるんですよ」

 

古寺はまだ画面を睨んでいた。

 

「遠回りするから先に撃つ。その後で直射を撃てば、後から撃った弾でも追い付ける」

 

「ああ」

 

「理論上は」

 

古寺が区切る。

 

「なら出来るのか?」

 

遊真が尋ねた。

 

「出来ない」

 

即答。

 

「速いな」

 

「出来るわけないだろ!」

 

古寺が珍しく声を大きくした。

 

「左右で別々の標的ですよ!? 先に曲射を二発撃って、その飛翔時間を頭に入れたまま設定を直射へ切り替えて、また別の二人を狙う!」

 

「四人とも距離も違う」

 

奈良坂が付け加える。

 

「そうですよ!」

 

「高低差も違う」

 

「そうですよ!」

 

「曲射側は障害物越しだ」

 

「ですよね!」

 

古寺の声がどんどん大きくなる。

 

「見えてない相手まで混ざってるじゃないですか!」

 

「だから当時の狙撃手達も、何度もログを見たんだ」

 

東が笑う。

 

「何をしてるのか分からなかったからですか?」

 

「いや」

 

東は首を横に振った。

 

「分かるんだよ」

 

「え?」

 

「何をやってるかは分かる」

 

奈良坂が続けた。

 

「理屈も分かる」

 

「……」

 

「その上で、出来ない」

 

古寺はしばらく黙った。

 

「一番嫌なやつですね、それ」

 

「あー……」

 

後ろから見ていた米屋が、露骨に嫌そうな顔をした。

 

「これ俺らがやられたやつじゃん」

 

「え?」

 

修が振り返る。

 

「米屋先輩、この試合に出てたんですか?」

 

「出てた出てた」

 

米屋が画面の一人を指差す。

 

「これ俺」

 

「えっ!?」

 

「陽介だけじゃない」

 

三輪が言った。

 

「俺もだ」

 

「三輪先輩も!?」

 

「その反応をするな」

 

「す、すみません」

 

遊真がモニターを見る。

 

「残り二人は?」

 

「風間さんと出水だ」

 

東が答えた。

 

「風間先輩と出水先輩!?」

 

修は改めて画面を見る。

 

米屋陽介。

 

三輪秀次。

 

風間蒼也。

 

出水公平。

 

今のボーダーでも、名前を聞けば誰もが知っている実力者ばかり。

 

それを一人で。

 

しかも四人同時。

 

「当時は非公式のバトルロイヤル形式だったからな」

 

東が懐かしそうにログを見る。

 

「奏真が狙撃手として、色々試していた頃だ」

 

「色々試すで済ませていいんですかね、これ」

 

古寺が呟く。

 

「当時のスナイパーも大体そんな反応だった」

 

「あの人、何やらせても変なことするんだよ」

 

米屋が笑う。

 

「褒めてるんですか?」

 

「褒めてる褒めてる」

 

「絶対雑ですよね?」

 

「いやマジで凄かったって。ただ、やられた側は意味分かんなかっただけで」

 

「どんな感じだったんだ?」

 

遊真が聞いた。

 

「俺?」

 

米屋は少し考える。

 

「なんつーかな……急にゾワッて来た」

 

「ゾワッ?」

 

「奏真さんのサイドエフェクトだろうな。いきなりこう、全身押さえ付けられるみたいな感じになってさ」

 

米屋が肩を竦める。

 

「で、『あ、奏真さんあっちだ』って分かった瞬間、身体が固まった」

 

「位置が分かるのか?」

 

「ああ。本気で威圧されると分かる」

 

「じゃあ反撃出来るんじゃないのか?」

 

「普通ならな」

 

米屋が苦笑した。

 

「でも位置分かった次の瞬間にはベイルアウトしてた」

 

「なるほど」

 

遊真は面白そうに頷いた。

 

「自分の場所がばれる代わりに、相手を止めるのか」

 

「そういうことだ」

 

三輪が答える。

 

「俺の場合は、奏真さんとの間に建物があった」

 

「建物?」

 

古寺の首が勢いよく三輪へ向く。

 

「三輪先輩ってどれですか?」

 

三輪が画面を指差した。

 

「これだ」

 

「……これですか?」

 

古寺が映像を止める。

 

城戸奏真と三輪との間には。

 

完全に建物が一棟挟まっている。

 

「射線、完全に切れてるじゃないですか」

 

「ああ」

 

「奏真さんから三輪先輩、見えてませんよね?」

 

「少なくとも直接はな」

 

古寺が最初の曲射を追う。

 

「じゃあ、この弾……」

 

「ああ」

 

三輪は、建物を越えて落ちていく光を見た。

 

「俺を狙った弾だ」

 

古寺は数秒黙った。

 

「……いや無理でしょ」

 

真顔だった。

 

「章平が諦めた」

 

米屋が笑う。

 

「諦めますよ!」

 

「狙撃手がそれ言っていいのか?」

 

「出来ないものは出来ないです!」

 

珍しく古寺が強く言い返す。

 

「見えてない相手ですよ!? 事前に移動先まで読んで、曲射を先に撃って、直射を後から合わせて、着弾時間まで全部揃えてるんですよ!?」

 

「更に着弾直前に《対人威圧》で動きを止めている」

 

奈良坂が言う。

 

「……やっぱりおかしい」

 

「だからスナイパー界隈では神話扱いなんだ」

 

東が笑った。

 

修にも、ようやくその意味が分かってきた。

 

狙撃の腕だけではない。

 

予測。

 

試作トリガー。

 

弾道計算。

 

発射タイミング。

 

そしてサイドエフェクト。

 

全部を一つに組み合わせて、初めて成立する。

 

どれか一つを真似すれば再現出来るという技術ではない。

 

「城戸隊長って、オペレーターだけじゃなくて本当に何でも出来るんですね」

 

「何でもってわけじゃねーぞ」

 

米屋が言った。

 

「アタッカーになってからは割と普通だし」

 

「そこだけ急に普通なんですね……」

 

「あと機材操作は壊滅的だ」

 

東まで付け加える。

 

「何でそんな極端なんですか?」

 

修の疑問に答える者はいなかった。

 

「でも……」

 

古寺はまだログを見ている。

 

「これだけのことが出来たのに、なんでスナイパー続けなかったんですかね」

 

その一言。

 

ほんの僅かだったが。

 

月見の表情が変わった。

 

修はそれに気付いた。

 

「本人は『示したいものは示した』としか言わなかったな」

 

東が答える。

 

「もったいないですよね」

 

古寺は純粋にそう思っているらしい。

 

「これだけ出来るなら、続けてたら当真先輩とか奈良坂先輩みたいなトップクラスに――」

 

「違う」

 

奈良坂が即座に否定した。

 

「え?」

 

古寺が振り返る。

 

「トップクラスじゃない」

 

奈良坂は淡々と言う。

 

「あれは別枠にしてもらわないと困る」

 

「……奈良坂先輩がそこまで言うんですか?」

 

「当真や俺と同じ基準で比べるものじゃない」

 

奈良坂は画面上の城戸奏真を見る。

 

「少なくとも、あの頃の奏真さんがやっていた狙撃はそういうものだった」

 

「それ、かなり凄い評価ですよね」

 

「事実を言っているだけだ」

 

奈良坂の表情は変わらない。

 

だからこそ、本気なのが分かった。

 

「少なくとも、才能がなかったから辞めたわけじゃないわ」

 

月見が言った。

 

古寺が振り返る。

 

「月見さん?」

 

声はいつも通り。

 

なのに、妙に冷たく聞こえた。

 

「奏真さんって昔からそんな感じだったんですか?」

 

修が尋ねる。

 

その質問に答えたのは米屋だった。

 

「まあなー。あの人、一個凄いことやったと思ったら急に別のこと始めるし」

 

「陽介」

 

三輪が止める。

 

「何だよ秀次」

 

「余計なことを言うな」

 

「別に余計じゃねーだろ」

 

「余計になる」

 

「ふむ」

 

遊真が三輪を見る。

 

「ミワセンパイはキドセンパイと昔から知り合いなのか?」

 

「ああ」

 

「仲良かったのか?」

 

「別に仲良くはない」

 

即答だった。

 

「あれ? でも秀次、奏真さんには結構世話になってたじゃん」

 

「陽介」

 

「まだ何も言ってねーだろ」

 

「もう言っている」

 

「確かに」

 

「ふむ」

 

遊真が三輪を見つめる。

 

「昔のミワセンパイ、今より面白かったのか?」

 

「何故そうなる」

 

「だって今の会話だとそう聞こえるぞ」

 

「聞こえない」

 

「いや、聞こえるだろ」

 

米屋まで遊真側に回る。

 

三輪の眉間の皺が更に深くなった。

 

「……昔の三輪は、今よりずっと尖ってたぞ」

 

それまで黙っていた東が何気なく言う。

 

「東さん」

 

「事実だろう?」

 

「今より……?」

 

修は思わず呟いた。

 

「三雲」

 

「す、すみません!」

 

「オサム、やっぱり同じこと思ってたんだな」

 

「空閑!」

 

「今の三輪が昔より落ち着いた理由の一つに、奏真さんがいるのは間違いない」

 

奈良坂まで言った。

 

「奈良坂……」

 

三輪は心底嫌そうな顔をする。

 

修は迷った。

 

だが。

 

聞いてみたい。

 

「城戸隊長が、三輪先輩に何かしたんですか?」

 

「あー……」

 

米屋が笑う。

 

「したっちゃしたな」

 

「当時の三輪は、今以上に近界民を倒すことしか頭になかったからな」

 

東が言う。

 

三輪は何も言わなかった。

 

○

 

昔の三輪秀次は。

 

今以上に尖っていた。

 

近界民への憎しみを隠そうともせず。

 

敵を見れば前へ出る。

 

倒せるなら倒す。

 

それでいいと疑っていなかった時期がある。

 

『三輪君さ』

 

模擬戦を終えた直後。

 

城戸奏真がモニターを見ながら言った。

 

『君、弱くなってるよ』

 

『……何だと?』

 

当時の三輪に対して、この一言。

 

今思えば命知らずにも程がある。

 

『いやー、そんな怖い顔しない怖い顔しない』

 

『ふざけているのか』

 

『割と真面目』

 

城戸はモニターを操作した。

 

『ここ』

 

『……』

 

『ここも』

 

『……』

 

『ここもだね』

 

『何が言いたい』

 

『全部同じ』

 

『何がだ』

 

『三輪君が敵を倒しに行くタイミング』

 

画面に映る自分。

 

敵を確認。

 

攻撃。

 

また敵を確認。

 

攻撃。

 

確かに同じだ。

 

だが。

 

『敵を発見した。倒せる。なら倒す。当然だ』

 

『まあ普通はそうだね』

 

『なら何が問題だ』

 

『敵しか見てない』

 

三輪の目付きが変わった。

 

『……何?』

 

『味方の位置。敵の狙い。今そいつを倒す必要が本当にあるか。全部二の次』

 

『敵を倒せば済む』

 

『その敵一人倒すために味方一人死んだら?』

 

『……』

 

『そいつが囮で、別の敵が目的達成したら?』

 

『……』

 

城戸は椅子へ深く座る。

 

『三輪君、近界民嫌いなんだよね』

 

『だったら何だ』

 

『別に嫌いなら嫌いでいいんじゃない?』

 

三輪が僅かに眉を動かした。

 

てっきり。

 

憎しみに囚われるな。

 

全ての近界民が悪いわけではない。

 

そんなことを言われると思っていた。

 

城戸は違った。

 

『許す必要もないし、好きになる必要もない。そこは俺がどうこう言うことじゃないよ』

 

『なら何が言いたい』

 

『その近界民に、戦い方まで決めてもらう必要ある?』

 

『……何?』

 

城戸は三輪を指差した。

 

『今の三輪君、近界民に操縦されてるよ』

 

三輪が立ち上がった。

 

『もう一度言ってみろ』

 

『近界民に操縦されてる』

 

『貴様……!』

 

『だってそうじゃん』

 

城戸は全く動じない。

 

『近界民見たら頭に血が上る。挑発されたら乗る。倒せそうなら周り見ないで突っ込む』

 

『……』

 

『敵からしたら簡単だよ』

 

城戸は笑った。

 

『「三輪秀次をここまで連れて来たい」って思ったら、近界民一人置いときゃいいんだから』

 

『ならお前が俺を倒してみろ』

 

『え?』

 

『そこまで言うなら、俺の動きは全部読めるんだろ』

 

『まあ大体は』

 

『なら戦え』

 

『嫌だよ』

 

『……何?』

 

『三輪君の方が普通に強いし』

 

『…………』

 

『勝てない相手と真正面から殴り合うほど、俺は男らしくないんですよ』

 

『ふざけるな!』

 

『戦術的撤退!』

 

城戸が走った。

 

『待て!』

 

三輪が追う。

 

『三輪君さっきの話聞いてた!? それ敵に誘導されてる時と同じだからね!?』

 

『お前は敵じゃないだろうが!』

 

『じゃあ追わないでよ!』

 

『待て!』

 

『嫌だー!』

 

二人が走り去っていく。

 

その様子をオペレーター室のモニター越しに見ていた月見は、深く溜息を吐いた。

 

『……何をしてるんですか、あの人は』

 

隣にいた東が苦笑する。

 

『言ってること自体は間違ってない』

 

『それは分かっています』

 

だから余計に腹が立つ。

 

城戸はいつもそうだった。

 

『月見』

 

『何ですか?』

 

『三番の処理切って』

 

『まだ敵影があります』

 

『あと五秒で要らなくなる』

 

『理由を説明してください』

 

『五秒後に』

 

『城戸さん』

 

『四』

 

『数えないでください』

 

『三』

 

『……』

 

『二』

 

敵部隊が建物を破壊した。

 

煙。

 

瓦礫。

 

三番カメラの視界が完全に塞がれる。

 

『一。ほらね』

 

『…………』

 

『今のうち五番に処理回して。そっち三秒後に忙しくなる』

 

『説明してください!』

 

『忙しくなくなってからねー』

 

意味が分からない。

 

理論が理解出来ない。

 

東の教えとは全く違った。

 

東の戦術は、教えてもらえば理由が分かる。

 

何故そうするのか。

 

何を見るのか。

 

どう考えれば、その答えへ辿り着けるのか。

 

少しずつ自分が成長していることを実感出来た。

 

城戸は違う。

 

理解出来ない。

 

言われた通りにやれば結果は出る。

 

だが。

 

自分が成長した気がしない。

 

城戸の言葉通りに動くだけなら、自分はただの案山子だ。

 

それでも。

 

圧倒的だった。

 

城戸が見ているものを。

 

いつか自分も見てみたい。

 

そう思っていた。

 

『月見ちゃん、さっきの処理良かったね』

 

『城戸さんに言われた通りにやっただけです』

 

『でも処理したの月見ちゃんでしょ』

 

『そういう話ではありません』

 

『あと何年かしたら俺より上になるんじゃない?』

 

『適当なことを言わないでください』

 

『割と本気なんだけどなー』

 

『だったらちゃんと教えてください』

 

『教えてるよ?』

 

『理解出来るように教えてください!』

 

城戸は笑った。

 

月見は怒った。

 

それでも。

 

いつか追いつきたいと思っていた。

 

○

 

「それで、城戸隊長の言葉で三輪先輩は変わったんですか?」

 

現在。

 

修の問いに、三輪は首を横に振った。

 

「そんな単純な話じゃない」

 

「そうなんですか?」

 

「奏真さん一人に何か言われて、それだけで人間が全部変わるわけじゃない」

 

三輪は腕を組む。

 

「東さんや忍田本部長、月見さん。他にも色んな人間から教わった。隊を組んでから気付いたこともある」

 

「はい」

 

「ただ」

 

三輪は少し黙った。

 

「俺が敵に振り回されていると言ったのは、奏真さんが最初だった」

 

修は何も言わなかった。

 

それだけで十分だった。

 

「昔の秀次、マジでヤバかったからなー」

 

「陽介」

 

「今の三倍くらい尖ってた」

 

「三倍は言い過ぎだ」

 

奈良坂が真顔で言う。

 

「だよな?」

 

「二倍半くらいだ」

 

「ほぼ変わんねーじゃん」

 

「奈良坂先輩から見てもそうだったんですね……」

 

古寺まで呟く。

 

「章平」

 

「すみません」

 

「ふむ」

 

遊真が三輪を見る。

 

「じゃあキドセンパイは、ミワセンパイを少し丸くした人ってことだな」

 

「その言い方はやめろ」

 

「でも否定しないんだな」

 

「空閑」

 

三輪のこめかみに青筋が浮かぶ。

 

今でも十分尖っているように、修には見えた。

 

だが口には出さない。

 

これも成長である。

 

「でも……」

 

古寺が再びモニターへ目を向ける。

 

「城戸さんって、本当に色んな人に影響与えてるんですね」

 

「狙撃手への影響も大きかった」

 

奈良坂が答える。

 

「オペレーターにもな」

 

東が続けた。

 

その言葉で修は、先ほどから少し気になっていたことを思い出した。

 

「そういえば月見さんって、城戸隊長がオペレーターだった頃から知ってるんですよね?」

 

空気が止まった。

 

米屋が半歩後ろへ下がる。

 

古寺が視線を逸らす。

 

奈良坂は何故か天井を見た。

 

三輪が目を閉じる。

 

「オサム」

 

「なんだ?」

 

「多分踏んだぞ」

 

「言われなくても分かってる!」

 

月見は怒鳴らなかった。

 

表情も変えない。

 

ただ静かに修を見る。

 

「三雲君」

 

「は、はい」

 

「誰から聞いたの?」

 

「え?」

 

「私が昔、城戸さんを知っていたって話」

 

「あ、いや、その……色々な人から」

 

「そう」

 

月見は小さく息を吐いた。

 

そして。

 

「尊敬していたわ」

 

「……え?」

 

修は思わず聞き返した。

 

否定されると思っていた。

 

「当時の城戸さんは、私が知っている中で一番優れたオペレーターだった」

 

過去形。

 

それだけが妙に引っ掛かった。

 

「だったら今は?」

 

遊真が聞いた。

 

「空閑!」

 

修が止める。

 

「いいわよ」

 

月見が言う。

 

「今の城戸さん?」

 

少しだけ笑った。

 

「嫌いよ」

 

余りにもハッキリしていた。

 

「何でだ?」

 

「空閑!」

 

「いいって言ったでしょう?」

 

月見は遊真を見る。

 

「昔のあの人は、誰よりも凄かった」

 

静かな声。

 

「オペレーターとして、誰にも出来ないことをしていた」

 

月見はモニターを見る。

 

「理解出来ないことばかり言うし、説明は足りないし、真似をしても何故上手くいくのか分からない」

 

「それ褒めてます?」

 

米屋が言う。

 

「陽介くん?」

 

「黙ります」

 

「でも」

 

月見は続ける。

 

「それでも、いつかあの人が見ているものを私も見たいと思っていた」

 

修は何も言わなかった。

 

「あの人の技術に追いつきたかった」

 

嫌いな相手へ向ける言葉には。

 

とても聞こえなかった。

 

「なのに」

 

声が僅かに低くなる。

 

「ランク戦で城戸さんがオペレーターをすることに、周りから色々言われるようになった」

 

○

 

『あんなオペレーター使うのずるくない?』

 

『城戸さん入ったら、もうオペレーターの差で決まるじゃん』

 

『あれ反則だろー』

 

冗談半分。

 

本気半分。

 

城戸がランク戦へ参加する度、そんな言葉が増えていった。

 

直接本人へ言う者もいた。

 

笑い話として口にする者もいた。

 

月見には不愉快だった。

 

城戸の技術は。

 

積み重ねて身につけたものだ。

 

それを「ずるい」の一言で片付けられることが嫌だった。

 

だが。

 

それ以上に気に入らなかったのは。

 

『いやー、そこまで言われるなら、こりゃ俺は出禁の方がいいか』

 

本人が笑ってそう言ったことだった。

 

『……何を言ってるんですか?』

 

『ランク戦のオペは、自主的に出ない方が良さそうだね』

 

『何でですか』

 

『揉めるし』

 

『それだけですか?』

 

『それ結構大事じゃない?』

 

『本部から辞めろと言われたんですか?』

 

『いや?』

 

城戸はあっさり首を横に振った。

 

『別に続けていいって』

 

『だったら続ければいいじゃないですか!』

 

『でもまあ、本当に必要なら本部から呼ばれるでしょ』

 

『そういう話じゃありません!』

 

月見には理解出来なかった。

 

『悔しくないんですか?』

 

『何が?』

 

『あなたがどれだけ努力して、その技術を身につけたと思ってるんですか!』

 

『月見ちゃん?』

 

『何で笑ってるんですか!』

 

城戸は困ったような顔をした。

 

『いや、別にオペレーター出来なくなるわけじゃないし』

 

『同じです!』

 

『違うと思うけどなあ』

 

『違いません!』

 

月見が追い掛けているもの。

 

いつか辿り着きたいと思っている場所。

 

そこに立っている本人が。

 

まるで大したことでもないように、一歩退いた。

 

その後。

 

城戸は狙撃手になった。

 

また。

 

とんでもないものを見せた。

 

スナイパー達が何度も何度も見返すような技術を残した。

 

そして。

 

それすら手放した。

 

最後には。

 

ボーダーまで離れた。

 

○

 

「私には」

 

現在の月見が言う。

 

「あの人が、自分の才能を大切にしているようには見えなかった」

 

「……」

 

「私が欲しくて欲しくて、どれだけ努力しても届かなかったものを持っていた」

 

声には怒りがあった。

 

だが。

 

それだけではない。

 

「それを本人が、いつでも手放せる物みたいに扱うのが嫌だった」

 

「だから……嫌いなんですか?」

 

「そうよ」

 

即答だった。

 

遊真が月見を見る。

 

「でもツキミセンパイ」

 

「何?」

 

「それって今でもキドセンパイのこと凄いと思ってるってことじゃないのか?」

 

沈黙。

 

「あ」

 

米屋が小さく声を漏らした。

 

古寺が目を閉じる。

 

奈良坂は完全に天井を見ている。

 

三輪が遊真へ呆れた視線を送った。

 

「空閑……」

 

月見はしばらく何も言わなかった。

 

そして。

 

「……だから余計に腹が立つのよ」

 

それだけ言った。

 

修には。

 

少しだけ分かった気がした。

 

昔の城戸奏真を嫌いになったわけではない。

 

多分。

 

むしろ逆なのだ。

 

昔の城戸奏真を尊敬していた。

 

憧れていた。

 

追いつきたかった。

 

だからこそ。

 

その城戸奏真本人が。

 

自分の憧れていたものを、簡単に手放していくように見えたことが。

 

許せなかった。

 

「オサム」

 

第三訓練室を出た後。

 

遊真が言った。

 

「なんだ?」

 

「キドセンパイって、本人いないのに話がどんどん面倒になっていくな」

 

「……僕もそう思う」

 

最高のオペレーターだった男は。

 

三輪秀次を少しだけ丸くして。

 

試作狙撃トリガーでスナイパー達に神話を残して。

 

月見蓮を強烈な反転アンチにした。

 

そんな人だったらしい。

 

なお本人はまだ出てこない。

 

ボーダーのメタルキングは。

 

今日もエンカウント率が低かった。

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