No.1オペレーター城戸奏真の華麗なる緊急脱出<ベイルアウト>   作:羊毛ローブ

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No.1オペレーター城戸奏真

 

 

 ボーダーのメタルキングにエンカウントしたのは唐突だった。

 

 修が最初に思ったのは、――思ったより普通の人だ、ということだった。

 

「君が三雲君?」

 

「はい。三雲修です城戸隊長」

 

「そっちが空閑君?」

 

「そうだぞ」

 

「おー」

 

 城戸奏真は遊真を上から下まで眺め、それから一言。

 

「白いね」

 

「よく言われる」

 

「そうなんだ」

 

「あと目付き悪いな」

 

「初対面でそれ言う?」

 

 修は止めようか迷ったが、奏真本人が特に気にした様子もなく笑っているのでやめた。

 

 城戸司令より怖い顔をしている。そんな話は何度か聞いていた。確かに目付きは悪いし、黙って立っているだけなら道を聞くのにも少し勇気が要りそうな顔をしている。

 

 ただ、喋ってみると妙に軽い。

 

「オサム」

 

「何?」

 

「本当にこの人が例のキドセンパイなのか?」

 

「僕に聞かれても……」

 

「聞こえてるよー」

 

「あ、すみません!」

 

「いや、いいけど」

 

 奏真は気にした様子もなく、逆に首を傾げた。

 

「そういえば城戸隊長って?」

 

「え?」

 

 今度は修が固まった。

 

「城戸隊の隊長ですよね?」

 

「ああ」

 

 奏真が納得したように手を叩く。

 

「俺が勝手に名乗ってるやつね」

 

「勝手なんですか!?」

 

「正式な部隊じゃないからね」

 

「そうだったんですか!?」

 

 今まで聞いてきた情報の中でも、かなり重要な部分だった気がする。というか、そこは誰か先に教えてほしかった。

 

「まあ細かいことは――」

 

 奏真がそう言いかけた時、本部内に鋭い警報音が鳴り響いた。

 

『緊急警報。市街地東部にゲート発生。トリオン兵反応多数』

 

 奏真の言葉が止まり、修の表情も変わる。

 

『警戒区域外にも反応を確認。近隣住民の避難を開始します』

 

「警戒区域外……」

 

 廊下の空気が一瞬で変わった。歩いていた隊員達が走り始め、職員達も手元の端末を確認しながら、それぞれの持ち場へ散っていく。

 

 さらに別の報告が重なった。

 

『北東部にも新規ゲート発生!』

 

『東部二ヶ所、北東部一ヶ所!』

 

 ほぼ同時に三ヶ所。

 

「オサム」

 

「ああ」

 

 修もすぐに動こうとした。そこへ、聞き慣れた声が飛んでくる。

 

「修」

 

「レイジさん!」

 

 木崎レイジだった。後ろには小南桐絵と烏丸京介もいる。

 

「玉狛第一と第二にも出動要請だ」

 

「はい!」

 

「千佳とヒュースも準備に入ってる」

 

 玉狛第二も全員出動。そこで修は一つ気になった。

 

「宇佐美先輩は?」

 

「宇佐美は先に発生してた第七地区の防衛任務に入ってる」

 

「え?」

 

「向こうもまだ交戦中だ。戻せない」

 

 烏丸が補足する。

 

「予定より敵が多かったみたいで、臨時で別の防衛班まで見てるそうです」

 

「じゃあ僕達のオペレーターは……」

 

「今、本部が調整してる」

 

 小南が眉を寄せた。

 

「調整って何よ。もう出るのよ?」

 

「だから今探してるんだろ」

 

 レイジが答える。

 

「今探してるの!?」

 

「小南先輩、怒ってもオペレーターは増えないですよ」

 

「分かってるわよ!」

 

 その横で、奏真が露骨に嫌そうな声を出した。

 

「あー……」

 

 修がそちらを見る。

 

「城戸隊長?」

 

「嫌な予感するなあ」

 

「何がですか?」

 

 答えは数秒後に来た。

 

『城戸奏真』

 

 館内通信。忍田本部長の声だった。

 

 奏真が天井を見上げる。

 

「ほら来た」

 

『聞こえているか』

 

「聞こえてますよー」

 

『管制室へ来てくれ』

 

 一拍。

 

『オペレーターを頼みたい』

 

 奏真の表情から、ほんの少しだけ軽さが消えた。

 

「何隊です?」

 

『現時点で三輪隊、鈴鳴第一、柿崎隊。そこへ玉狛第一と玉狛第二が加わる』

 

 修が固まった。

 

 五隊。

 

『三輪隊、鈴鳴第一、柿崎隊はそれぞれ通常支援を継続させる。だが今回の戦域は広すぎる。五隊を別々に動かしていては部隊間の調整が追いつかん』

 

「玉狛は?」

 

『宇佐美を動かせない以上、定型処理は本部側で補助する』

 

 忍田の声が一段低くなる。

 

『五隊の統括を頼みたい』

 

 奏真は少しだけ考えた。

 

「……戦闘員は?」

 

『十七名』

 

 数秒黙った後、奏真はただ一言。

 

「了解です」

 

「十七人!?」

 

 驚いたのは修の方だった。奏真はもう管制室の方へ歩き始めている。

 

「三雲君」

 

「はい!」

 

「出動準備」

 

「でも城戸隊長が十七人全部見るんですか?」

 

「見るよ」

 

「一人で?」

 

「通常の仕事まで全部取るわけじゃないよ。各隊のオペレーターにはいつも通り自分の隊を見てもらう。俺はその上から、五隊まとめて見るだけ」

 

 修には、その「だけ」が全く軽く聞こえなかった。

 

 その途中で三輪隊と合流した。三輪、米屋、奈良坂、古寺。そして月見。

 

「奏真さん?」

 

 三輪が足を止める。

 

「オペ?」

 

「うん」

 

 米屋の顔が露骨に明るくなった。

 

「マジ?」

 

「マジ」

 

「うわ、久しぶりじゃん」

 

「何で嬉しそうなの、陽介」

 

「本気の奏真さんオペなんて滅多にないし」

 

「陽介君」

 

 月見が冷たい声を出す。

 

「今はそういう話をしている場合ではありません」

 

「分かってるって」

 

 奏真が月見を見る。

 

「月見」

 

「何ですか」

 

「三輪隊はそのまま見てて」

 

「当然です」

 

「あと俺が言った位置と経路、こっちの統括画面にも出してほしい」

 

「つまり機材操作ですね」

 

「はい」

 

 数秒。月見は深く息を吐いた。

 

「分かりました」

 

「助かるー」

 

「ただし」

 

 月見が奏真を指差す。

 

「勝手に触らないでください」

 

「まだ何もしてないよ!?」

 

「これからするでしょう」

 

「信用ないなあ」

 

「過去の実績です」

 

「一回マーカー変なところ置いただけじゃん」

 

「敵位置を示すマーカーを、建物の上空二十メートルに設置した人が何を言ってるんですか」

 

「昔の機材だったし」

 

「機材のせいにしないでください」

 

「はい」

 

 修は遊真を見る。遊真も修を見る。

 

「オサム」

 

「何?」

 

「本当にこの人がオペレーター一位なのか?」

 

「僕も今ちょっと不安になってきた」

 

「聞こえてるよー」

 

◯

 

 市街地東部。

 

 ゲートは三ヶ所。現れているのはバムスター、モールモッド、バンダーを中心とした通常型トリオン兵だった。

 

 一体一体なら、ボーダー隊員が対処出来ないような相手ではない。問題は数と範囲だった。三ヶ所から現れたトリオン兵がそれぞれ別方向へ散り始めている上、そのうち一ヶ所は警戒区域の外で、一般人の避難もまだ終わっていない。

 

 五つの部隊をただ別々に配置しただけでは、どうしても守りの薄い場所が出来る。

 

『三輪隊、第一地点到着』

 

『鈴鳴第一、第二地点へ移動中』

 

『柿崎隊、東側より侵入』

 

『玉狛第一、中央部へ』

 

『玉狛第二、北東から進入します』

 

 管制室では、奏真が中央の統括席に座っていた。その隣では月見が三輪隊の通常支援を続けながら、奏真の指示を統括画面へ反映する。別回線では今結花が鈴鳴第一、宇井真登華が柿崎隊を従来通り支援し、玉狛側の位置情報や定型的な処理には本部オペレーターが割り振られていた。

 

 奏真が一人で五隊分のオペレーターを代替するわけではない。各隊の目はそのまま残した上で、その全てをさらに一つ上から繋ぐ。

 

 奏真の正面に並ぶモニターには、五部隊十七人の現在位置、三ヶ所のゲート、避難中の一般人、道路、建物、敵影に加え、各隊オペレーターが整理した情報まで次々と流れ込んでくる。

 

 若い本部職員が訊いた。

 

「城戸さん、統括回線はどこまで上げます?」

 

「通常処理は各隊そのまま。敵位置、避難経路、各隊の移動予定、それと戦域全体に影響する情報だけこっちに集めて」

 

「了解です」

 

「あと、ゲートごとの出現記録も。種類、時間、出た直後の進行方向まで」

 

「全部ですか?」

 

「過去三分だけでいい」

 

 職員が履歴を展開する。

 

「第一ゲート、最初の三十秒の出現間隔」

 

「十二秒、十一秒、十三秒です」

 

「第二」

 

「十五、十四、十五」

 

「第三はまだ二回です。九秒、十秒」

 

「大型が最後に出たのは?」

 

「第一から四十七秒前です」

 

「了解」

 

 奏真は画面を切り替える。ゲートから出た敵の種類と数、最初に選んだ方向、現在の移動速度。そこへ道路幅、建物の位置、隊員達の現在地、一般人の避難経路が重ねられていく。

 

「第一のバムスター、最初どっち向いた?」

 

「南東です」

 

「二体目」

 

「東」

 

「三体目は?」

 

「狙撃を受けて北東へ変更しています」

 

「じゃあ南の太い道、あとで一本潰れるな」

 

 若い職員が地図を見る。

 

「まだ敵、入ってませんけど」

 

「今はね」

 

「……何を見てるんですか?」

 

 奏真が一瞬だけそちらを見る。

 

「見てるっていうか、減らしてる」

 

「何を?」

 

「起こらない方」

 

 若い職員には意味が分からない。

 

 月見だけは何も聞かなかった。

 

 奏真の頭の中に、未来の映像が見えているわけではない。今ある情報から、次に起こり得る動きをいくつも作る。敵が北へ流れた場合。南へ抜けた場合。隊員を見て方向を変えた場合。建物を壊した場合。狙撃を受けた場合。

 

 そして現実が一つ進むたび、もう起こり得なくなった展開だけを捨てる。

 

 問題なのは、その数だった。

 

「月見」

 

「はい」

 

「第一地点北東、二十八。赤。南十二も赤。第二地点、高架下に二つ。第三地点西側路地、三つ」

 

 月見の手が止まることなく、指定された位置へ次々とマーカーを置いていく。

 

「玉狛第一の北六十。大型一」

 

 若い職員がレーダーを確認した。

 

「……まだ反応ありませんけど」

 

「第一ゲート、今の間隔は?」

 

「十一秒です」

 

「その前は十二。大型は四十七秒出てない。小型三体が先に東へ流れてるから、次に大型が同じ出口使ったら西へ押し出される」

 

 奏真は地図の一点を指した。

 

「北六十前後」

 

「そこまで分かるんですか?」

 

「分かるっていうか、他が減っただけ」

 

「他?」

 

「今なら七通り」

 

「七……」

 

「一番濃いのがそこ」

 

 若い職員が思わず止まる。

 

 少し離れた席にいた年嵩の職員が、画面から目を上げないまま言った。

 

「いいから城戸の言った位置に出せ。赤マーカー、北六十」

 

「はい!」

 

 奏真はもう別の画面を見ている。

 

「避難班。第三ルート使わないで」

 

『理由は?』

 

「三分以内にバンダーが抜ける」

 

『現在そちらに敵影は――』

 

「第二ルートへ変更」

 

 若い職員が確認しかけたところへ、古参職員が被せる。

 

「避難班、城戸の指示通り第二ルートへ」

 

『了解』

 

 声は大きくない。奏真自身は怒鳴りもしない。それでも管制室は動いた。

 

 そして十四秒ほど経ったところで、先ほど指定された位置のすぐ近くに新しい反応が灯った。

 

「……大型反応、出ました」

 

 若い職員が画面を凝視する。

 

「指定位置から西三メートルです」

 

「三ずれたか」

 

「そこなんですか!?」

 

 奏真は既に次の画面を見ていた。

 

「月見、修正。西三」

 

「はい」

 

 古参職員は振り返りもしない。

 

「驚いて手止めるな。こいつが言った『十五秒くらい』は十五秒ぴったりって意味じゃない」

 

「は、はい!」

 

 その言葉通り、奏真自身は予測が当たったことに何の感慨も示していなかった。

 

◯

 

「秀次」

 

『何です』

 

「前へ十七」

 

 三輪が進む。

 

「陽介、そのまま」

 

『敵いる?』

 

「まだ」

 

『まだ?』

 

「三、二、一」

 

 建物の角からモールモッドが飛び出した。

 

『お』

 

「今」

 

 米屋の槍が伸び、一撃で仕留める。

 

『マジで出た』

 

「奈良坂君」

 

『ああ』

 

「撃たない」

 

 奈良坂の照準の先には遠方のバンダーがいて、射線も完全に通っている。

 

『理由は』

 

「そいつ、さっきから右へ寄せられてる」

 

 奈良坂は標的を見たまま答える。

 

『ああ』

 

「その路地の奥にもう一体いる。建物でレーダー切れてるけど、さっきの速度ならもう出口近い。奈良坂君の射線避けるなら左へ出る」

 

『何秒』

 

「六」

 

『了解』

 

 六秒後、別の路地から現れた二体目が、先ほどの一体と一直線に重なった。

 

「今」

 

 銃声が一度だけ響き、一発で二体が落ちる。

 

『……』

 

 古寺が呟く。

 

『知ってましたけど、やっぱりおかしいですね』

 

「古寺君」

 

『はい』

 

「右」

 

『え?』

 

 振り向けばバムスター。

 

『うわっ!』

 

「下がらない。シールド」

 

『はい!』

 

 古寺が受け止める。

 

「秀次」

 

『見えてます』

 

 三輪の射撃で撃破。

 

 古寺は倒れたトリオン兵と、まだ見えていなかったはずの路地を交互に見た。

 

『今のも最初から分かってたんですか?』

 

「奈良坂君が最初の一体を撃ってたら変わってたよ」

 

『……あ』

 

「撃たなかったから六秒の方に残った」

 

 古寺は少し黙る。

 

『そういう予測なんですね』

 

「そういうやつ」

 

 説明はそれだけだった。

 

◯

 

「来馬君、そのまま進んで」

 

『了解です』

 

「村上君、前出ない」

 

『分かりました』

 

『城戸さん』

 

 来馬が通信を入れる。

 

『右側に一体見えてますけど』

 

「無視」

 

『無視ですか?』

 

「別役君が倒す」

 

『え!? 俺!?』

 

 別役の声が割り込んだ。

 

「うん」

 

『まだ何も見えてないっすけど!?』

 

「四秒後に見える」

 

『四秒!?』

 

「三」

 

『もう数えてる!?』

 

「二」

 

 曲がり角から敵が出る。

 

『うわ本当にいる!』

 

「撃って」

 

『うおおっ!』

 

 撃破。

 

「はい上手い」

 

『マジっすか!』

 

「マジマジ」

 

『俺、才能あるかもしれないっす!』

 

「それは知らない」

 

『そこは乗って下さいよ!』

 

◯

 

「柿崎君、退路変更」

 

『南じゃないのか?』

 

「西」

 

『西は狭いぞ』

 

「狭い方がいい」

 

 柿崎は一瞬だけ黙り、それでもすぐに返した。

 

『分かった』

 

「照屋さん、十メートル遅れて。巴君は柿崎君より前に出ない」

 

『はい』

 

『了解です』

 

 数秒後、南側の道路へ巨大なバムスターが落下し、地面が大きく抉れた。

 

『……南だったら直撃だったか』

 

「多分ね」

 

『多分で済ませるな』

 

「南に落ちるのが一番濃かっただけだから」

 

『他にもあったのか?』

 

「東に逸れるのと、手前で止まるのも」

 

『……それで西を選んだのか』

 

「西ならどれでも致命傷にならないからね」

 

 柿崎が僅かに黙る。

 

『なるほど』

 

「当たらなかったからいいじゃん」

 

『最後の一言で台無しだ』

 

「はーい」

 

◯

 

 玉狛第一。

 

「レイジ」

 

『何です?』

 

「そのまま」

 

『了解』

 

 それだけだった。

 

 通信を聞いていた修が思わず首を傾げる。

 

「それだけ?」

 

『修、前見ろ』

 

「はい!」

 

 別の通信へ奏真の声が飛ぶ。

 

「小南」

 

『何よ』

 

「右」

 

『右の何よ!』

 

「右」

 

『説明しなさいよ!』

 

「三秒」

 

『何が三秒――』

 

 建物の陰からモールモッドが二体飛び出した。

 

『来た!』

 

 双月が閃き、二体がまとめて消える。

 

『だったら最初から来るって言いなさいよ!』

 

「言わなくても倒すじゃん」

 

『そういう問題じゃない!』

 

「烏丸君」

 

『はい』

 

「七秒待って」

 

『了解です』

 

 小南が通信へ割り込む。

 

『何でとりまるはそれだけで分かるのよ!』

 

『分かってないですよ』

 

『じゃあ何で返事したの!?』

 

『七秒待てと言われたので』

 

『素直!』

 

「小南、任務中」

 

 レイジの声が入る。

 

『分かってるわよ!』

 

 七秒後、烏丸の正面で建物の壁が壊れ、バンダーが姿を現した。烏丸の射撃が砲口を正確に破壊する。

 

『なるほど』

 

「ね?」

 

『はい』

 

『何でとりまるだけ会話成立してんのよ!』

 

◯

 

 玉狛第二。

 

「ヒュース」

 

『何だ』

 

「右の路地にエスクード三枚」

 

『位置を寄越せ』

 

「月見」

 

 即座にマーカーが送られる。

 

『了解』

 

 三枚のエスクードが地面からせり上がった。

 

『理由は?』

 

「五秒後」

 

『そうか』

 

 五秒後、路地から大量のトリオン兵が現れ、エスクードに遮られて一斉に進行方向を変える。

 

「雨取さん」

 

『は、はい』

 

「東側の大型一体だけ狙って」

 

 千佳がアイビスを構えた。

 

『建物が……』

 

「避難済み。壁ごと抜いていいよ」

 

『分かりました』

 

 轟音とともに建物の一部ごと大型が消し飛ぶ。

 

 数秒だけ通信が静かになった。

 

「……すご」

 

「今あなたが撃たせたんでしょう」

 

 隣の月見が言う。

 

「いや、知ってたけど実際見るとすごいね」

 

「感想言ってる場合ですか」

 

「はい」

 

 その頃、修にはまた別の指示が飛んでいた。

 

「三雲君」

 

「はい!」

 

「左二十二」

 

「はい!」

 

 走る。

 

「そこ」

 

「ここですか?」

 

「レイガスト」

 

「敵は?」

 

「まだいない」

 

「またですか!?」

 

 遊真が横で笑った。

 

「オサム、素直にやった方がいいぞ」

 

「分かってる!」

 

「あと七秒」

 

「やっぱり秒数まで言うんですね!」

 

「六」

 

「もう数えてる!」

 

 修はレイガストを出してシールドを構える。五秒、四秒と過ぎても何も見えないが、三秒で頭上の窓が割れ、二秒でモールモッドが落下、一秒でレイガストへ衝突した。

 

「空閑君」

 

『おう』

 

 白い影が横から入り、スコーピオンで撃破する。

 

「オサム」

 

「何?」

 

「おれ、何も言われてないぞ」

 

「僕だけ全部言われてる……」

 

『空閑君は言わなくても行くから』

 

「そうなのか?」

 

『うん』

 

 遊真は少し嬉しそうだった。

 

 修は少し悲しかった。

 

「城戸隊長」

 

『何?』

 

「僕にももう少し自主性を――」

 

『三雲君、後ろ』

 

「はい!」

 

 即座に振り向いて射撃を防ぎ、遊真が敵を倒す。

 

「……今は全部言ってください!」

 

『はいはい』

 

◯

 

 戦闘開始から四分。

 

 残存トリオン兵は三十八。倒す速度よりゲートから出てくる速度の方が早く、数はほとんど減っていなかった。

 

『新規ゲート確認! 第四ゲート! 北東部!』

 

 奏真の指が止まった。

 

「……そこ?」

 

 月見が僅かに視線を向ける。

 

「予測外ですか」

 

「ゲートはね」

 

 奏真の目だけが急速に動き始める。

 

 それまで使っていた進路予測のいくつかが、一気に意味を失った。三輪隊が東へ抜ける展開。鈴鳴第一がそのまま南を押す展開。玉狛第一が中央を掃討して終わる展開。

 

 使えないものを捨てる。

 

『新型反応一!』

 

「位置」

 

「北四十二」

 

 月見が答える。

 

「違う。そこから西七」

 

 即座にマーカーが修正される。

 

「大型」

 

『確認!』

 

 新しいゲート。新しい敵。現在の各隊位置。残っている敵と避難中の一般人。それらが加わった瞬間、消した数以上の新しい展開がまた頭の中で立ち上がる。

 

「一般人の避難完了まで?」

 

『二分八秒!』

 

「二分八秒……」

 

 奏真が黙った。

 

 二秒。

 

 西へ押した場合。中央へ集めた場合。新型を先に落とした場合。通常型を先に処理した場合。誰か一人が予定より遅れた場合。千佳の砲撃で建物が崩れた場合。小南が想定より前へ出た場合。

 

 現実に繋がらないものを捨て、残ったもの同士を組み替える。

 

 二秒後。

 

「全員聞いて」

 

 全チャンネルへ城戸奏真の声が流れた。

 

 三輪が顔を上げ、村上が動きを止める。柿崎が通信へ意識を向け、レイジが前を見た。遊真の表情からも笑みが消える。

 

「ここから九十秒。統括の指示を最優先」

 

 誰も喋らない。小南すら黙っていた。

 

「理由は後でいい。一人も落とさないから」

 

 月見の手が一瞬だけ止まり、すぐにまた動き始める。

 

「秀次、東十二。陽介は北」

 

『了解』

 

『りょーかい』

 

「奈良坂君、十八秒撃たない」

 

『分かった』

 

「古寺君、高所取らない。地上待機」

 

『はい』

 

「来馬君、村上君、別役君は全員西。村上君だけ五秒後に反転」

 

『了解です!』

 

『分かりました』

 

『了解っす!』

 

「柿崎君達は前進」

 

『前進?』

 

「逃げたら挟まれる」

 

 一拍。

 

『……了解』

 

「レイジ、中央交差点。そこから動かない」

 

『分かりました』

 

「小南」

 

『何よ』

 

「北東。十九秒好きにやって。二十秒目に戻って」

 

『十九秒!? ……分かったわよ!』

 

「烏丸君、小南の十五メートル後ろ」

 

『了解です』

 

『何でとりまるが私の後ろなのよ!』

 

「二十秒後に分かる」

 

『またそれ!?』

 

「玉狛第二」

 

 修の背筋が伸びる。

 

「ヒュース、エスクード追加二枚」

 

『位置を寄越せ』

 

 マーカーが送られる。

 

『了解』

 

「雨取さん、一発だけ待機」

 

『はい』

 

「空閑君」

 

『おう』

 

「好きにして」

 

『それ指示か?』

 

「空閑君にはね」

 

 遊真が笑う。

 

『了解』

 

「三雲君」

 

「はい!」

 

「今から二十六秒、そこから動かない」

 

「二十六秒!?」

 

「動かない」

 

「はい!」

 

「バッグワーム」

 

 起動。

 

 修はその場で止まった。

 

◯

 

「秀次、撃つ」

 

 三輪が撃つ。

 

「陽介、伏せる」

 

『え?』

 

 米屋が反射的に伏せた。その頭上すれすれを奈良坂の狙撃が抜け、奥のバンダーを撃ち抜く。

 

『おっぶね!』

 

「十分余裕あったよ」

 

『奏真さん基準やめて!?』

 

「古寺君、右」

 

『はい』

 

 古寺が射撃する。

 

「来馬君、そのまま」

 

『はい!』

 

「村上君、反転」

 

『来ました』

 

 背後から現れたモールモッドは三体。

 

「一体だけ」

 

『一体?』

 

「一体」

 

 村上の弧月が一体だけを斬り、残り二体が進路を変える。

 

「柿崎君」

 

『見えてる!』

 

 柿崎達の銃撃で残り二体が落ちる。

 

「照屋さん、上」

 

『はい!』

 

 上空から来た一体を照屋が撃破する。

 

「巴君、右見なくていい」

 

『了解』

 

 巴は右を捨てる。

 

「今、左」

 

『はい!』

 

 左から現れた一体を撃ち抜いた。

 

◯

 

「小南、あと五秒」

 

『分かってる!』

 

 小南は北東部で、一体、二体、三体、四体と次々にトリオン兵を斬り倒していた。

 

『あと!?』

 

「二」

 

『一は!?』

 

「戻って」

 

『一言いなさいよ!』

 

 小南が後退した瞬間、さっきまでいた地点へ新型の砲撃が落ち、地面が吹き飛ぶ。

 

『……』

 

「烏丸君」

 

『はい』

 

「今」

 

 烏丸の射撃が砲撃直後の新型へ入り、姿勢を崩す。

 

「レイジ」

 

『見えてます』

 

 レイジが踏み込み、新型を正面から受け止めた。

 

『奏真さん』

 

「何?」

 

『最初からこれが狙いですか』

 

「今の形になったのは第四ゲート出てから」

 

『その前は別案?』

 

「三つくらい」

 

『了解』

 

 それだけ。

 

 修は通信を聞きながら思った。

 

 玉狛第一への説明、自分の十分の一くらいしかない。

 

◯

 

「陽介、北――」

 

『見えた!』

 

 米屋が奏真の指示より先に一歩踏み込んだ。

 

 管制室で、奏真の目が僅かに動く。

 

「……四秒早い」

 

 月見が即座に反応した。

 

「変えますか」

 

「第二案。陽介の南十四消して、東九に変更。奈良坂君の射線も一本ずらす」

 

「はい」

 

 マーカーが一つ消え、別の位置へ移る。

 

 若い本部職員が思わず訊いた。

 

「予定が外れたんですか?」

 

「陽介が変えた」

 

「じゃあ予測が――」

 

「だからこっちも変える」

 

 奏真は何でもないことのように言った。

 

「外れたら終わりじゃないよ」

 

 それだけ言って、もう次の通信へ移る。

 

「陽介、そのまま前。今戻ったら逆に危ない」

 

『え、いいの?』

 

「もう出たんだから使う」

 

『りょーかい!』

 

 米屋はそのまま敵を押し、変更された位置へ一体を追い込む。

 

「奈良坂君」

 

『見えてる』

 

 銃声。

 

 撃破。

 

 若い職員は、そこでようやく少し理解した。

 

 奏真は未来を一つ当て続けているわけではない。

 

 現実が変わるたび、その現実から続く未来へ乗り換えている。

 

◯

 

 修はまだ動かなかった。十五秒、十六秒、十七秒と時間だけが過ぎる。

 

「城戸隊長」

 

『動かない』

 

「はい!」

 

 十八秒、十九秒、二十秒。

 

 そこで足音が聞こえた。

 

 二十一秒、二十二秒。巨大なバンダーが目の前の道路を横切るが、まだこちらには気付いていない。二十三秒、二十四秒と近付き、二十五秒で修のすぐ横へ来る。

 

『三雲君』

 

「はい!」

 

「二十六。解除」

 

 バッグワームを解除した瞬間、バンダーが振り向く。

 

「レイガスト前」

 

 修が構える。

 

 砲口がこちらへ向く。

 

「撃たなくていい」

 

「え?」

 

 その時、上空から声が落ちた。

 

「よっと」

 

 遊真。

 

 スコーピオン。

 

 バンダーは一撃で撃破された。

 

「……」

 

 修は固まる。

 

「オサム」

 

「何?」

 

「おれ、二十秒くらい前からこっち向かってたぞ」

 

「え?」

 

『俺は言ってないけどね』

 

 奏真が言う。

 

「でも来ると思ってたんだろ?」

 

『うん』

 

「なら同じだな」

 

 遊真は気にしていない。

 

 修はものすごく気にした。

 

◯

 

「雨取さん」

 

『はい』

 

「今」

 

 千佳のアイビスが一発。

 

 巨大な砲撃が道路を塞いでいた大型を消し飛ばすと、同時に崩れた建物の瓦礫が別方向の道を塞ぎ、トリオン兵の群れが進路を変えた。

 

「ヒュース」

 

『来たぞ』

 

「閉じて」

 

 エスクードが退路を塞ぎ、敵の群れが一方向へ集められていく。

 

 その先は中央交差点。レイジが待っている。

 

『なるほど』

 

「レイジ、全部そっち行くよ」

 

『分かりました』

 

「小南」

 

『分かってるわよ!』

 

「まだ何も言ってないけど」

 

『倒せばいいんでしょ!』

 

「そう」

 

『先に言いなさいよ!』

 

「言ったじゃん」

 

『今言ったのよ!』

 

 レイジが止め、小南が切り、烏丸が撃つ。後方へ戻ろうとする敵はヒュースのエスクードで押し込まれ、千佳が作った瓦礫のせいで引き返せない。

 

 そこへ三輪隊が入る。

 

「秀次」

 

『ああ』

 

「左から入って」

 

「奈良坂君」

 

『時間か』

 

「うん」

 

 十八秒。

 

 奈良坂が引き金を引き、新型の片目を破壊する。

 

「古寺君、今上」

 

『はい!』

 

 古寺が高所へ上がる。

 

「陽介、三秒遅れて」

 

『了解!』

 

「来馬君達、そのまま押す」

 

『了解です!』

 

「柿崎君、左四」

 

『分かった』

 

 五部隊十七人は、別々の場所で戦っていたはずだった。

 

 けれど、いつの間にかそれぞれの戦闘が繋がっている。

 

 誰かが敵を押せば、その逃げ道には別の部隊がいる。そこで進路を変えれば狙撃手の射線へ入り、それを避ければまた別の隊員が待っている。誰かの攻撃が次の誰かの攻撃を成立させ、その結果がさらに別の隊員の選択肢を増やしていく。

 

 それでも、十七人は操り人形のように同じ動きをしているわけではなかった。

 

 空閑は好きに動いている。小南もほとんど好きに戦っている。レイジや村上は渡された情報から自分で修正し、柿崎は考える時間ごと先に与えられている。三雲修には逆に、必要な情報が細かいところまで送られてくる。

 

 その上で誰かが予想と違う動きをすれば、奏真はその人物を元へ戻そうとはしない。変わった現実に合わせて、他の全員の動きを少しずつ変える。

 

 全員が自分で戦っている。

 

 それなのに、十七人それぞれの判断が、いつの間にか一つの戦場へ噛み合っていた。

 

 そして。

 

「最後」

 

 奏真が言った。

 

 残る新型は一体。

 

「秀次」

 

『分かっています』

 

「いや」

 

 奏真が止める。

 

「敵位置、秀次には送らない」

 

『……何?』

 

「月見も送らないで」

 

「分かりました」

 

 三輪の眉が動く。

 

『奏真さん』

 

「何?」

 

『昔ほどではありません』

 

「知ってるよ」

 

 即答だった。

 

「でも〇・二秒違う」

 

『……』

 

 三輪が黙る。

 

「陽介、見せるだけ」

 

『ほい』

 

 米屋が飛び出し、新型が反応して方向転換する。

 

「奈良坂君、まだ」

 

『ああ』

 

「古寺君も撃たない」

 

『はい』

 

「空閑君」

 

『おう』

 

「右」

 

 それだけ。

 

 遊真が消える。

 

 新型が米屋へ攻撃し、破砕音が響いた。

 

 その音で三輪が振り向く。

 

 敵位置を知らされていなかったからこそ、通信を一度確認する工程がない。自分の目と耳だけで、最短の判断をする。

 

「今」

 

 三輪が撃つ。

 

 新型がシールド。

 

「奈良坂君」

 

 銃声。

 

 脚が壊れる。

 

「古寺君」

 

 反対側から二発目。

 

「空閑君」

 

『もらった』

 

 スコーピオン。

 

 新型が撃破される。

 

 管制室のカウントが九十秒を示した。

 

『第四ゲート反応消失!』

 

『残存トリオン兵ゼロ!』

 

『避難完了!』

 

『戦闘員、全員生存! ベイルアウトなし!』

 

 一瞬、管制室が静かになった。

 

 そして、あちこちから息を吐く音が聞こえる。

 

 奏真が椅子へ背中を預けた。

 

「はい、お疲れ様」

 

 声はもう、いつもの調子に戻っていた。

 

「月見、ありがと」

 

「……はい」

 

「疲れたー」

 

「報告処理が残っています」

 

「現実に戻すの早くない?」

 

「仕事です」

 

「はい」

 

◯

 

 任務終了後、本部へ戻った修は何から聞けばいいのか分からなかった。

 

 目の前には、さっきまで五部隊十七人の戦闘を一つに繋いでいた男、城戸奏真。

 

 本人は自販機の前で飲み物を選んでいる。

 

「どれにしよっかなー」

 

 普通だった。

 

 あまりにも普通だった。

 

「城戸隊長」

 

「ん?」

 

「さっき……本当に十七人全部見てたんですよね?」

 

「うん」

 

「十七人……」

 

「人数数えたらそうなるね」

 

「そういう問題じゃないと思います」

 

「そう?」

 

 そこへ玉狛第一も合流した。

 

 小南が奏真を指差す。

 

「ちょっと!」

 

「何?」

 

「私への指示だけ雑じゃなかった!?」

 

「そんなことないよ」

 

「『右』とか『十九秒好きにやって』とかしか言ってないじゃない!」

 

「それで全部倒したじゃん」

 

「そういう問題じゃないのよ!」

 

「じゃあ何の問題?」

 

「何か腹立つ!」

 

「理不尽!」

 

 烏丸が口を挟む。

 

「小南先輩は細かく説明すると、その間に敵倒しに行きそうですからね」

 

「とりまる!?」

 

「多分それ」

 

 奏真が頷く。

 

「納得しないで!」

 

 レイジが修を見る。

 

「修」

 

「はい」

 

「あの人が本気でオペレーターをする時は、余計なことを考えない方がいい」

 

「レイジさんでもですか?」

 

「ああ」

 

 レイジは即答した。

 

「必要な情報は来る」

 

 修は少し驚いた。木崎レイジほどの人が、迷いなくそう言った。

 

 遊真が奏真を見る。

 

「キドセンパイ」

 

「何?」

 

「おれ、ほとんど指示されなかったな」

 

「空閑君は自分で動いた方が強いから」

 

「ふむ」

 

「奈良坂君もそう」

 

 奈良坂が頷く。

 

「必要な時だけでいい」

 

「陽介は方向だけ早めに言えば、勝手にいい感じになる」

 

「それ褒めてる?」

 

「めっちゃ褒めてる」

 

「ならいいや」

 

「来馬君は不安になる前に一個理由足した方が動きやすい」

 

 来馬が苦笑する。

 

「そこまで分かるんですね」

 

「まあね」

 

「村上君は理由まで伝えると、途中から自分で修正してくれる。柿崎君は一回考えてから決めるから、その時間込みで早めに言う」

 

「……そこまで見てたのか」

 

 柿崎が呟く。

 

 修が聞いた。

 

「ヒュースは?」

 

「理由なくても従うけど、理由が分かると次から自分でやる」

 

 ヒュースが腕を組む。

 

「当然だ」

 

「千佳は?」

 

「雨取さんは、撃つ場所と撃っちゃ駄目な場所だけ」

 

「それだけ?」

 

「威力は俺が説明する必要ないでしょ」

 

 千佳が少し困ったように笑った。

 

 そして修は、自分から聞くのが少し怖くなりながらも訊いた。

 

「僕は?」

 

 奏真は即答した。

 

「全部言った方が強い」

 

「やっぱり!」

 

 分かっていた。分かっていたが、少し悲しい。

 

「でも三雲君」

 

「はい?」

 

「理由分からないのに二十六秒動くなって言われて、本当に動かなかったでしょ」

 

「はい」

 

「それ、結構凄いよ」

 

「そうなんですか?」

 

「うん」

 

 奏真が笑う。

 

「人って、理由が分からない指示には勝手に理由を付けたくなるからね。途中で敵が見えたら、普通は動く」

 

「はい」

 

「でも三雲君は、分からないなら分からないまま俺に預けた」

 

 奏真は缶を一本取った。

 

「オペレーター的にはかなり助かる」

 

 修は少し考える。

 

「……褒められてます?」

 

「めっちゃ褒めてる」

 

 米屋と同じ返事だった。

 

 その横で、月見は何も言わない。

 

 遊真がそれに気付いた。

 

「ツキミセンパイ」

 

「何?」

 

「驚かなかったな」

 

「何に?」

 

「キドセンパイのオペ」

 

 月見は一瞬だけ奏真を見た。

 

「知ってるもの」

 

「これを?」

 

「……昔は」

 

 僅かな間。

 

「毎日のように見てたから」

 

 修は以前聞いた言葉を思い出した。

 

 当時の城戸さんは、私が知っている中で一番優れたオペレーターだった。

 

 今日になって、ようやくその意味が分かった気がした。

 

◯

 

「奏真」

 

 忍田本部長が歩いてくる。

 

「助かった」

 

「いえいえ」

 

「五部隊の統括は、流石に負担だっただろう」

 

「まあ、それなりに」

 

「やはり本部の専任オペレーターとして――」

 

「嫌です」

 

 早かった。

 

「最後まで言わせろ」

 

「言ったら断りづらくなるじゃないですか」

 

「既に断っているだろう」

 

「じゃあ問題ないですね」

 

「問題しかない」

 

 忍田が溜息を吐く。

 

 小南が腕を組んだ。

 

「別にやればいいじゃない」

 

「やだよ」

 

「何でよ?」

 

「必要ないし」

 

「今日めちゃくちゃ必要だったじゃない!」

 

「だから今日はやったでしょ」

 

「そういう意味じゃなくて!」

 

 修が聞く。

 

「普段はやらないんですか?」

 

「自主的にはね」

 

「でも城戸隊長がやった方が……」

 

 強い。

 

 そう言いかけて、修は止まった。

 

 奏真が少し笑う。

 

「楽だから?」

 

「……」

 

「俺が全部言ったら、今日の三雲君みたいに動けば大体上手くいくよ」

 

「はい」

 

「でも、それ毎回やったらみんな俺の言うこと待つようになるでしょ」

 

 修は何も言えなかった。

 

 今日だって、奏真は十七人全員に細かい指示を出していたわけではない。むしろ空閑や小南には極端なほど何も言わず、必要な時だけ一言を渡していた。

 

 奏真自身も、それを分かっている。

 

「今日みたいな時はやるよ」

 

「今日みたいな時?」

 

「必要な時」

 

 奏真は軽く言った。

 

「本部から頼まれて、本当に俺がやった方がいいならやる」

 

 それだけだった。

 

 深い意味など何もないような言い方だった。

 

 月見がほんの僅かに奏真を見て、何も言わなかった。

 

◯

 

「城戸隊長」

 

 修が聞く。

 

「今日の防衛任務って、どこまで予測してたんですか?」

 

「どこまで?」

 

「敵がどう動くとか……」

 

「あー」

 

 奏真は少し考えた。

 

「第四ゲート以外は、大体最初に」

 

「最初に!?」

 

「大枠はね」

 

「じゃあ第四ゲートは予想外だったんですか?」

 

「ゲートそのものはね」

 

 遊真が聞く。

 

「その後の九十秒は?」

 

「新型が出た時点で大体」

 

「誰がどこに動くかも?」

 

「候補は」

 

「敵がどう動くかも?」

 

「候補は」

 

「誰が倒すかも?」

 

「それも候補は」

 

 さっきまでと答え方が少し変わった。

 

 修が首を傾げる。

 

「候補?」

 

「うん。別に未来が一本見えてるわけじゃないよ」

 

「でも、十五秒後とか六秒後とか……」

 

「例えば最初の大型、俺の中では七ヶ所あった」

 

「七ヶ所も?」

 

「うん。それで敵が一匹動くたびに、六、四、二って減ってく」

 

 奏真は缶を軽く振る。

 

「奈良坂君の時も、最初の一発撃ってたら六秒後のやつは消えてたし」

 

 奈良坂が頷いた。

 

「あそこで撃たなかったから、二体が重なる方に絞られた」

 

「じゃあ第四ゲートが出た時は?」

 

「逆。めっちゃ増えた」

 

「増えるんですか!?」

 

「そりゃ増えるよ。知らないゲート一個足されたんだから」

 

「だから二秒止まったのか」

 

 遊真が言う。

 

「そうそう。使えなくなったやつ捨てて、新しいの作ってた」

 

 修は少し考えた。

 

「じゃあ、九十秒全部を最初からその通りになるって分かってたわけじゃない?」

 

「そんな便利だったら楽なんだけどね」

 

「……米屋先輩が四秒早く出た時も?」

 

「陽介が予定変えたから、俺も予定変えた」

 

「俺のせいみたいに言わないで!?」

 

「陽介のせいだよ」

 

「ひでえ!」

 

「でも結果的には使えたし」

 

「ならいいか」

 

「いいんだ……」

 

 修はまだ納得しきれない。

 

「それを全部……頭の中でやってるんですか?」

 

「まあ」

 

「何通りくらい?」

 

「今の?」

 

「はい」

 

 奏真は少し考えた。

 

「数えてないなあ」

 

「大体でいいです」

 

「途中からなら何百とか?」

 

「……何百?」

 

「敵と味方の組み合わせまで細かく分けたら、もっと」

 

「ちょっと待ってください」

 

「何?」

 

「それ、普通の人には出来ませんよね?」

 

「出来る範囲でやればいいんじゃない?」

 

「そういう意味じゃないです!」

 

 遊真が少し笑う。

 

「なるほどな」

 

「何が?」

 

「キドセンパイは未来が見えてるんじゃなくて、未来っぽいのをいっぱい作ってるんだな」

 

 奏真が一度考える。

 

「まあ、そんな感じ」

 

「それで違ったら捨てる」

 

「うん」

 

「当たったやつだけ見てると、最初から知ってたように見える」

 

「そうそう」

 

 修は昼間の戦闘を思い返した。

 

 十五秒後の大型。

 

 六秒後に重なった二体。

 

 柿崎隊が避けた落下地点。

 

 第四ゲート。

 

 四秒早く動いた米屋。

 

 奏真は一つの未来を言い当て続けていたわけではない。

 

 いくつもの展開を先に作り、現実が進むたびに外れたものを捨て、残った中から次の一手を選んでいた。

 

 それを敵だけではなく、味方十七人についても同時にやっていた。

 

「じゃあ……ほぼ全部分かってた、とは違うんですね」

 

「そりゃそうだよ」

 

 奏真は笑った。

 

「一個ちゃんと外してるし」

 

 米屋が嫌そうな顔をした。

 

「その流れで俺見るのやめてくんない?」

 

「陽介」

 

「やっぱ俺!?」

 

「予定より四秒早く前出た」

 

「またそれ!?」

 

「新型見えた瞬間テンション上がったでしょ」

 

「上がってねーよ!」

 

「上がってた」

 

 三輪が言う。

 

「上がっていたな」

 

 奈良坂も続く。

 

「俺もそう思う」

 

 古寺が小さく手を上げる。

 

「僕も……」

 

「章平!?」

 

 小南まで口を挟む。

 

「上がってたわね」

 

「何で小南まで!?」

 

「見てたからよ!」

 

「全員敵じゃねーか!」

 

 奏真が笑った。

 

 最高のオペレーターは、本気でオペレーターをすると、五部隊十七人を同じようには動かさない。

 

 細かい情報を渡した方が強い人間には細かく伝え、自分で判断した方が強い人間には任せる。必要なら理由を一つだけ足し、逆に邪魔になるなら情報そのものを渡さない。

 

 未来が見えているわけでもない。

 

 今ある情報から起こり得る展開をいくつも作り、現実と食い違ったものを捨て続ける。誰かが予想と違う動きをすれば、その人間を予定へ戻すのではなく、変わった現実から次の展開を作り直す。

 

 それを敵と味方、戦場全体について同時に繰り返す。

 

 だから結果だけを見れば、まるで最初から全部知っていたように見える。

 

 そして別々に戦っているはずの五部隊が、いつの間にか一つの戦場として噛み合っている。

 

 だからこそ、奏真は普段、自分からその席に戻ろうとはしない。

 

 最高のオペレーターを探す話は、ようやく最高のオペレーター本人へ辿り着いた。

 

 なお、その最高のオペレーターは、任務中一度も自分でマーカーを置いていなかった。

 

「城戸さん」

 

「何?」

 

 月見が言う。

 

「最後に一つだけ」

 

「はい」

 

「任務中、二回ほど私の端末に触ろうとしましたよね」

 

「……」

 

「しましたよね?」

 

「未遂です」

 

「したんですね」

 

「未遂です!」

 

 最高のオペレーターの機材操作能力だけは、今日も最低クラスだった。




TIPS
城戸奏真は、狙撃手として防衛任務に参加する事もあるが、基本的にはオペレーターで参加する事のほうが多い。

大規模侵攻の際はNo.1オペレーターとしての能力を認められてボーダー隊員になる得る人材のスカウト同行に行っていたので参加出来ておらず本人は本当に悔やんでいる。
迅的には、多分こっちの方が良い未来になる得るのではと予知している。
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