アル中とさしす組   作:大塚ガキ男

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こんばんは!短いです!


日常。朝

 

 

 

 

「硝子、お前大丈夫か?」

「本当だ、顔が少し赤いね」

 

 二年生の春。

 朝。

 朝礼前。

 家入が教室にて机に伏せていると、たった今教室に入ってきた五条と夏油にすぐさま指摘を入れられてしまった。

 五条の言葉に思わず顔を上げて、夏油に顔色を悟られるという大失態。

 顔を見られたくないから、普段よりも早く──しかも想い人を置いて独りで登校してきたというのに。

 家入は「なんでもない」と額を置く枕にしていた両腕の中で小さく呟き、そのか細さが五条と夏油を殊更に心配させてしまうのだった。

 

「おかしいと思ったんだよ、()()硝子が朝の教室でタバコ吸ってないから」

「風邪かな。参ったね、まさか昨日の桃鉄99年(夜更かし)が堪えたとでも言うのかい? ()()硝子が?」

 

 馬鹿二人からの好き勝手な物言いに「()()だよ」と文句の一つも言ってやりたいくらいの苛立ちに見舞われる。

 しかし言い返す元気も無いほど、家入は気怠く、気分が落ち込んでしまっていたのだった。

 ──()()私がタバコに手を伸ばさないほどに、と。

 

「おはよー、みんな」

 

 開け放しの教室前方のドアから、更なる人影──浮舟出。

 自分の席からは少し離れた場所から放たれた声は、しかし家入の耳朶を正確に震わせ。

 家入は本能で顔を上げた。

 

「速っ」

「意外と元気だね」

 

 馬鹿二人の声によって、自らの体調不良を──そしてその事実を誰にも悟られたくなかったことを思い出し、慌てて顔を伏せる。

 視界が真っ暗になった家入の右前方から、パックのお酒が床に落ちる水音と、ズカズカと大股で歩く足音。

 やがて。

 

「しょ、硝子ちゃん!! 大丈夫!? 具合悪いッ!?」

 

 すぐ正面から、滅茶苦茶慌てた様子の浮舟の声が聞こえてきた。

 ──なんだコイツ。

 ──気付くの早過ぎだろ。

 家入が脳内にてツッコミを入れるも、内心は気付いてもらえた嬉しさから口元が緩んでいたのだが、顔を伏せている為誰にも気付かれることはなかった。

 

「……大丈夫」

「大丈夫じゃない声量だッ!! ──五条! 夏油! なにボーっと突っ立ってんだ! ダッシュ!!」

「どこにだよ」

「どこにかな」

「夜蛾先生ンとこ! 硝子ちゃん早退するって伝えて!」

「いや、別に良いから……」

 

 大慌ての浮舟と、そんな浮舟によって「もしかして思ったよりヤバいのか?」と俄かに焦り出す五条と夏油。

 家入の制止の囁きは、二人が駆け出した足音に掻き消されてしまった。

 一瞬の静寂。

 それから、浮舟が「どうしようどうしよう」と左右にウロチョロ歩き回る足音。

 

「…………」

 

 家入は気落ちした頭で、ふと考え至った。

 あ、これ二人きりだ。

 と。

 みるみる元気が湧いてきた。

 

「硝子ちゃん、立てる?」

「…………」

「硝子ちゃん?」

 

 想い人(浮舟)の言葉に、家入(しば)しの逡巡。心配をかけ過ぎない沈黙の果てに、家入は言い放った。

 

「…………立てない」

 

 家入は思った。

 この機会に甘えたろ。

 と。

 

「えェ!?」

 

 浮舟が叫ぶ。

 風邪如きで流石に調子に乗り過ぎたか、と家入が反省し、顔を上げて立ちあがろうとしたところで。

 

「担架とかいる!?」

 

 再び力を抜いた。

 

「ちょれー、コイツ……」

「何か言った!? 硝子ちゃん大丈夫!?」

 

 閑話休題。

 

「オッケー、硝子ちゃん。落ち着きが大事だよね」

「私は何も言ってないけど……」

 

 数分後、なんとか落ち着きを取り戻し、声量を抑えることに成功した浮舟。しゃがんで家入と目線を合わせ、家入の負担にならぬよう小声で話した。

 

「クソッ……、その声好き過ぎる……!」

 

 しかし、同期二人の目を気にして──なにより想い人から変な女だと思われることを何より気にしてきた家入にとって、この距離は猛毒。風邪以外の要因で顔が真っ赤になってしまっていた。

 

「……いずる、部屋まで連れていって」

 

 不意に、家入のワガママが発動。

 何故発動したのかといえば、このまま教室でモタモタしていたら馬鹿二人と歩くヤクザに二人きりの時間を邪魔されてしまうと思ったからである。

 頭の回転は上々だった。

 

「え、でも」

 

 しかし、相手は中学時代に彼女が一人(しかも1日)いただけのピュアな酔っ払い高専生。異性の身体に触れることに躊躇(ためら)いがあるのか、家入の言葉にすぐさま頷かず、戸惑った様子。

 しかし家入はこの機会を無下にも無駄にもする気は無く「()()()()」の一言で浮舟の躊躇いをねじ伏せるのだった。

 

「……おんぶもお姫様抱っこも躊躇われるな」

「別に良いのに……」

 

 おんぶでもお姫様抱っこでもしろよ。

 そんでドギマギしろよ。

 家入はさながらアリジゴクの心持ち。想い人が罠にかかるのを待ち、かかったが最後そのままどさくさに紛れて抜け駆けしてやろうという魂胆にまみれていた。

 

「躊躇われるから、椅子ごと持ち上げるね」

「え? ──」

 

 持ち上げるよ。

 浮舟の、確認というよりかは宣言に近い速度の言葉。言葉と同時に家入の身体に浮遊感が生まれ、気が付いたら浮舟の顔が目の前にあった。

 

「椅子ごとお姫様抱っこすれば、硝子ちゃんも嫌じゃないだろうからさ」

 

 椅子の背もたれと脚の部分に腕を通し、家入の身体に触れることなく持ち上げてみせた浮舟。

 ──嫌なワケないでしょ。馬鹿。

 思っていたのとは違う持ち上げ方に不満は残るが、そんな不満がすぐに消し飛んでしまうくらい想い人の顔が近かったので。

 

「は、はひ……」

 

 家入はこういうしかなかった。

 教室を出て、廊下を歩く。

 在校生の少なさから誰かとすれ違うことはなく、二人きりというシチュエーションの持続が家入の心臓の鼓動を駆け足に変えていた。

 

「今朝から体調悪かったの?」

「……うん」

「メールしてくれれば、夜蛾先生に伝えておいたのに」

 

 無理しちゃ駄目じゃん。

 くしゃりと笑う浮舟の顔に見惚れながら、家入はこの瞬間を忘れまいと気持ち浮舟の方へと寄り添いながら鼻呼吸をした。

 嗅ぎ慣れた良い匂いだった。

 

「……風邪自体は治せないけど、頭とか喉の痛みは反転術式で治せるから。部屋出た時は結構マシだったの」

「……そっか」

 

 家入が言えば、浮舟も何かを察したのか短く返したっきりだった。

 静寂。

 気が付けば階段を降りて、下駄箱付近まで来ていた。

 過ぎる時間の速さに内心舌打ちをし、浮舟に抱かれたまま下駄箱から自分の靴を抜き取り、浮舟がノーハンドで靴を履くのを黙って見たりして。

 

「……言っておくけど、別に一人が寂しいワケじゃないから」

 

 ふと。

 これだけは言っておきたかったのか、家入が念を入れて発言。そのらしくなさに浮舟が短く笑い、笑いと一緒に家入の身体が揺れた。

 

「分かってるって。皆に会いたいもんね」

「分かってない……」

 

 浮舟(唐変木)の爽やかな笑顔に、家入が浮舟の胸を小さく叩いた。

 

「……外出たら、なんか身体寒いかも」

「ほらー、無理しちゃ駄目なんだってェ」

「うるさい。学ラン(上着)貸せ」

「良いよ。脱ぐから一回下ろすね」

「いや、あとで借りる」

「あとで借りる!?」

 

 部屋着いたら布団あるじゃん。

 と、浮舟に指摘させないように、家入は浮舟の顔を丹念に睨み上げておくのだった。

 

「女子寮、独りで入るの初めてかも」

「気軽に来なよ。私以外誰もいないし」

 

 高専内の敷地を移動し、やがて辿り着いた女子寮の廊下をスリッパで歩きながらの会話。

 

「硝子ちゃんの部屋どこだっけ」

「お、当ててみ」

「じゃあここ!」

「残念、正解はその隣」

「くぅ〜!」

「てか、軽々と片手で椅子持つじゃん」

「え、あぁ確かに。気付かなかった」

「コイツ……」

 

 意訳。浮舟曰く、全然重くない女こと家入硝子。

 実を言うと、家入は浮舟と二人きりで話せたことでだいぶ風邪の症状は和らぎ、発言にも気分が乗ってきているのだが、本人含め誰も気付いていなかった。

 

「椅子、下ろすよ」

「うん」

 

 家入硝子の自室、ベッド横。

 浮舟がゆっくりと椅子を下ろすと、家入は重たい制服の上を脱いでワイシャツ姿になった。

 気遣いからさり気なく窓の外に視線を移していた浮舟に「見ろよ」と怒りの念を送りつつ、渋々ベッドに潜り込んだ。

 

「いずるが帰ったらちゃんと着替えるから」

「なにも言ってないよ硝子ちゃん」

「汚いと思われたくない」

「思わないって──じゃあ、オレ教室戻るね。何か食べたいもの、してほしいことあったらメールして。爆速で駆け付ける」

「あっ……」

 

 突然の別れに、家入の口から後悔の声が洩れる。

 

「…………」

 

 そして。

 教室から持ってきた椅子を片手に、こちらに背を向けようとした浮舟の腕を、無意識のうちに掴んでしまっていた。

 

「硝子ちゃん?」

「あ、その……」

 

 言葉に詰まる。

 変な女だと思われる──家入が危惧していたことが今目の前で展開され、家入の瞳が震え、顔が青ざめた。

 浮舟は家入の顔と掴まれた腕を交互に見て。

 

「……よし、オレ授業サボるわ」

 

 持っていた椅子を家入のベッドの横に下ろし、座った。

 

「お喋りしよ、硝子ちゃん」

「しゅき……」

「え、なんて?」

「──いずるが喋りたいなら、別に構わないけど」

 

 

 

 





二年生の春頃なので、浮舟にはまだ両腕があります。
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