閑散とした部屋の中に差し込む昼光をぼんやりと見つめていた。
少し眩いものの、体を包み込んでくれるような暖かさに、自然と瞼が落ちそうになる。
私はこの空き教室で待ち人を待っている。
「起きてください、先生」
目覚めは扉が開かれる音と、遅めのモーニングコール。
見上げると、私の見慣れた顔がそこにはあった。
「お疲れ様、トキ」
「痛み入ります。ありがとうございます」
名前は飛鳥馬トキ。このミレニアムサイエンススクールに通う一年生だ。
美しい金髪はシュシュで束ねられており、かわいらしい碧眼で私を見下ろしている。
「お待たせしてしまい申し訳ございません」
手を前で重ね、深いお辞儀をされる。
謝罪なんか要らない。ずっと、ずっと、会いたかった。
トキ。健気なメイドで、無敵なエージェントで、可憐な生徒で。
「さ、さ、かまってください。迅速に」
私の愛しい彼女。
「トキ」
「はい」
トキの頬に触れる。
「失礼いたします」
私の意図を掴むと、首後ろに腕を回し、力を入れた。
「んん…」
唇が触れ合う。普段は堅苦しく感じるような雰囲気でも、私を柔らかく受け入れてくれた。
トキは、私がすべての体重を預けるように、優しく抱き寄せて促した。
それに応えるよう、私自身もトキを抱き止める。
「ん…ふぅ」
次第にキスはより深く、熱を帯びていく。
現に、トキの舌が私の口という壁をこじ開けようと躍起になっている。もう戦闘態勢になっているようだ。
しかし、私はあっさりとその防御を突破され、口内が蹂躙され始める。
舌が絡み合い、上顎を撫でられる。
ざらざらとした触感が刺激となり、身体の隅々から熱が溢れ出ているような感覚だ。
トキも瞳を閉じ、一心不乱に私を求めている。
「ぅあ…んぶ」
一瞬の息継ぎ。
何分抱き合っているのだろうか。次第に胸が苦しくなってきた。
しかし、このように激しく求められるのはむしろ心地よい。
攻めて、侵略して、めちゃくちゃにして。
そうやって時間を忘れ、お互いがお互いに、迸る感情をぶつけ続けるのだ。
突如、私たちを邪魔する不愉快な音が鳴った。
休憩時間は限られている。時間を忘れて無我夢中にキスすることを防ぐため、あらかじめアラームを設定しておいたのだ。
「んぁ」
アラームに気づくと、目を見開いて口を離していった。
トキと私の間には、透明に煌めく唾液の橋が作られ、切れた。
残念ながら、続きはもうできない。
「やはり、ちゅう、は何事にも代えがたいですね」
トキを見やると、心底嬉しそうに口角が緩み切った笑顔を見せていた。しかし、口元は、愛を求めあった跡がうっすらと残っている。
美しいものを穢してしまった罪悪感のような感覚とともに、愛しさゆえに征服欲が満たされる。
「トキってさ、キスすごい好きだよね」
「無論です」
トキは微笑を浮かべながら、颯爽とポケットからハンカチを取り出した。
「愛を確かめる行為として最も効率が良いかと」
さながら豪華なアラカルトを堪能した後のように、どちらのものかもわからない唾液がべっとりとついた口元を丁寧に拭いた。
綺麗になった唇は、心なしかリップクリームを塗ったような瑞々しさを残している。
「おっと、もうすぐ次の授業が始まってしまいます」
時計を見やると、休憩時間が幾ばくも無いことに気づく。
「それでは、行って参ります」
「うん、気を付けてね」
スカートを軽くつまみ、ふわりと持ち上げて一礼する。メイドらしい誠実な所作だ。
名残惜しさ片手に、私自身もお別れの挨拶に応えた。
「…いえ、少々伝え忘れたことがありました」
頭を上げようか、といったところで止まる。
何かを思い出したようで、つかつかと私に詰め寄ってきた。
「今晩は、いっぱい、私のこと、愛してください」
甘い誘惑の声が、耳元で鳴り響く。
「それでは先生、ごきげんよう」
驚いた顔をしている私とは裏腹に、トキはいかにも満足そうな顔をして次の授業の教室へ出発していった。
トキは私の心を乱すようなことばかりしてくる。
今夜も、我慢が出来そうにない。