VTuber育成ゲームに転生したけど、ステ振りに失敗しました 作:bnn
公園で雫さんを見送った私は、帰りに画材屋へと寄って、大きめのスケッチブックとお絵描き用のマーカーペンを一式購入した。
帰宅後、一度シャワーを浴びて汗を流し、動きやすいように薄手のシャツと短パンに着替える。
そしてスケッチブックを開き、がむしゃらにキャラクターのイラストを描き始めた。
もちろん上手く描けるとは思っていない。私の画力のステータスが0なのはすでに把握している。
案の定、頭身も色合いも、手足の本数すらバラバラの化け物のような何かが生み出された。
「……うえっ。夢に出てきそう」
ページを切り取ってぐしゃりと丸め、ゴミ箱に放り込む。
新しく現れた白紙のページに、また同じようにキャラクターのイラストを描いていく。
何枚も、何枚も。
上手くできなくてもいい。
とりあえず、人間には見えそうな形状の絵にさえなれば。
夢中になって手を動かしながら、私はここ最近の自分の行動を振り返った。
なんというか、すごく空回りしていた気がする。
とにかくゲームをクリアしなきゃと躍起になって、できもしないことにあれこれと手を出しすぎていた。
市場の分析とか、SNS上の戦略とか、企業への営業とか……。
見栄を張ってあれもこれもと抱え込んで、その結果『足りないものばかりだ』なんて落ち込んで。
――違うだろ。
そうじゃないだろ、私。
「歌さえ歌えれば、それでいい。自分でそう願ったんだろ……っ」
気付けば感情のままに、自分への叱咤を吐き出していた。
いつの間にかゲームのクリアが第一になって、なんとか上手いこと立ち回ろうともがいていたけれど、私はそんなに器用じゃない。
たったひとつ、誰にも負けないものがあればそれで良かったはずだ。
自分で歌以外のすべてを捨てたくせに、今さらしがみつくなんて。
そりゃあ何もかも上手くいかないわけだ。
……きっと、雫さんと出会っていなければ気付けなかっただろう。
彼女がいてくれなければ、ゲームのクリアなんかよりずっと大切だったはずの、私の目標――こんな風に輝きたいという憧れを、思い出すことはできなかった。
彼女が手を差し伸べてくれたおかげで、私は自分の目指すべき場所を再確認することができたんだ。
「ありがとう、雫さん」
脳裏にあの人懐っこい笑顔を思い浮かべながら、呟いた。
友達がひとりできただけで、ここまで上機嫌になれるなんて。我ながら単純だ。
やけに心がすっきりしていて、目の前が開けたような気分だった。
体が軽い。喉の調子も悪くない。
これなら、いくらだって歌っていられる。
「……できた」
何枚目かのイラストで、ようやく人型と言えなくもない絵が完成した。
でっぷり太った藁人形みたいだけれど、一応手足の本数やサイズは揃ってるし、シミュラクラ現象の賜物で顔のような部分も確認できる。
偶然にしては人間に近いフォルムが出来上がってくれた。
まあ、正直デザインなんて何でも良かった。
だって、これから歌う私の歌には何ひとつ関係ないんだから。
PCの電源を入れて、立ち上がるまでに水で喉を潤す。
画面がついたら『My Tube』を開いて、ライブ配信の準備を始める。
初日に有効化の申請をしておいたおかげで、スムーズに枠を立てることができた。
前の世界では自由に使用できたはずのエンコーダーも、この世界ではライセンスキーの取得が必要だ。
昨日の今日では認可が下りなかったため、仕方なくウェブカメラでの配信を選択。
カメラの前にスケッチブックを立てかけて、倒れないように固定する。
画面の絵面はまったく酷いものだ。
VTuberの正確な定義は分からないけれど、流石にこれは含まれないような気もする。
でも、とにかく画面上にはキャラクターが映ってて、内容のある配信ができる。
今はまだ、それでいい。
どうせ三日であれもこれも完璧に用意することなんて私にはできないんだから、歌さえちゃんと歌えるなら、あとは今後の課題ということで。
正真正銘、最底辺からのスタートだ。
オーディオインターフェイスやマイクは、もともと作曲で使っていた自前のものを使用する。
音質だけはそれなりのものにできそうだと思いながら、PCに接続して音量を調節していく。
ループバックをオンにして、試しに過去の自作曲の音源を再生。
「……いいじゃん」
早く歌いたくてうずうずしてきた。
軽く声を出して、マイクにも問題がないことを確認したら、調整完了。
「よし、やるか」
これで一通り、初配信の準備は整った。
サムネ用に撮影したスケッチブックのイラストが、待機画面に表示されている。
いったい何の配信なんだか分かったものじゃないけれど、まあ、味があっていいと思うことにしよう。
「あ……一応告知、しとこっかな」
配信枠のURLをコピーし、『ツブヤイター』に貼り付ける。
こんな珍妙な配信を誰かが見にきてくれるなんて、そんな期待はしていない。
けどまあ、わざわざアカウントも作ったことだし、せっかくならばということで。
さあ。これでもう、やるしかなくなった。
まぶたを閉じて、深く息を吸う。
頭の中で、キラキラ輝きながら歌っている自分の姿を鮮明にイメージする。
夢を、憧れを、現実に変えていこう。
今日はその第一歩だ。
息を吐き出して、まぶたを開く。
〈ライブ配信を開始〉のボタンを押すと、私の初配信が始まった。
* * *
「こっ…………!」
挨拶と自己紹介くらいはしておくか、と思って口を開いたところで、いきなり言葉が詰まってしまった。
これは多分、〈トーク力〉のステータスのせいかな。
期待を裏切らない自分のポンコツ具合に、思わず笑い声が漏れてしまう。
「りっ……で……」
うーん。自分の名前も言えないか。
まあ、できないものは仕方ない。
ちょっと前までの私なら、自分の不甲斐なさに落ち込んだりしていたかも。
だけどないものねだりをしたって、状況がよくなるわけじゃない。
それよりも、今持ってるもので最大限できることをしないと。
「……ん…………んんっ……」
軽く咳払いをして、喉の調子を確認する。
喋ろうとすれば言葉は出てこないけれど、歌いさえすればいくらでも声を出すことができそうだと、何となくの感覚で分かった。
それなら、大丈夫。
私のすべてを、今ここで出すだけだ。
衣擦れの音すら響く静寂の中、コンデンサーマイクの前に立って、静かに一呼吸。気持ちを整える。
準備ができたら、ヘッドフォンに左手を当てて、深く息を吸った。
「――――ふっ」
私の息遣いが、古びたポップガードを揺らす。
呼吸に合わせてタイミングよく曲を流し、全力で喉を震わせた。
「――――――――――っ‼︎」
――瞬間、世界が塗り替えられていく。
私の声に呼応して、あらゆるものが私の色に染まっていく。
脳がジンジンと痺れて、全身に喜びを運んでいるのが分かる。
ああ、やばい……めちゃくちゃ気持ちいい。
――スキル:〈歌姫のオーラ〉を発動しました――
――スキル:〈歌姫の眼光〉を発動しました――
「――――⁉︎」
いきなり、何かの声が頭の中で響いた。
その声に驚くよりも先に、体の内から途轍もない欲望の塊が湧いてきて、呑み込まれそうになる。
もっと、もっと歌わなければ。
いったい何なのだろう、この爆発しそうな歌への執念は。
スキルとか、オーラがどうとか言ってたな。
なら多分、例のゲーム関連の何かか。
よく分からないけれど、不思議と悪い気はしなかった。歌が歌いたいのは私も一緒だ。
私の邪魔さえしないなら、別にどうでもいい。
――スキル:〈カリスマ〉を発動しました――
――スキル:〈完璧な調律〉を発動しました――
また声が響いた。
私の口から奏でられている歌のレベルが、さらにもう数段引き上げられる。
ははっ、本気でやばい。
楽しい。楽しすぎる。
思い通りに歌えるって、こんなに素晴らしいものなのか。
ああ、最高だ。もうやめられないぞ、これ。
このまま死んでしまうんじゃないかってくらいに、際限なくテンションが上がっていく。
自分が抑えられない。完全に暴走状態だ。
この世界に来てから、私も色々な曲を新しく聴いては、歌ってきた。
だけどその度に、心のどこかで思っていたことがある。
クリエイターとして生きると決めてから、ずっと腹の底で飼い続けている、獣のように凶暴なプライド。それがずっと、叫び続けて止まらないんだ。
――
――スキル:〈魂の叫び〉を発動しました――
また何かのスキルが発動したらしい。
効果は分からないけれど、全身が『私の歌を聴けよ‼︎』と叫び声を上げている。
感情が昂って止められない。
これまで理性で蓋をしていた何もかもが解放されて、一気に外の世界へ溢れ出していく。
気付けば激しく息が上がっていた。
もう何曲ぶっ通しで歌っただろうか。
だけど、まだまだ。
この渇きを潤すには、これっぽっちじゃ全然足りない。
一曲歌い終われば、すぐさま次の曲を再生した。
イントロで気付く。これはゲームの世界に来る前の夜に、あの女性VTuberが歌っていた曲だ。
何だか懐かしく感じる。
私も今では、あの人みたいに全力で歌えるようになった。
あの時、彼女は確かに輝いていた。
気持ちよさそうに声を上げて、歌うことを心から楽しんでいた。
私はそれを見て、羨ましいと思ったんだ。
だけど……本当は、それだけじゃなかった。
理性を失った感情が、隠していた私の本音を容赦なく暴き立てる。
私は彼女の歌を聴いて、羨ましいと同時に、こうも思ったんだ。
――これ、
音楽の楽しみ方が人それぞれなんてこと、言われなくたって分かってる。
だけどもし私が自分で歌えたなら、本当はこういう風に歌いたかった。
そんな理想が明確に私の中にあって、脳内で鳴り続けている音楽は、もっとずっと素晴らしいもののはずなんだ。
それなのに、私には伝えられない。そんなもどかしさに、何度自分を呪ったことか。
でももう、そんな暗い感情はすっかり霧散してしまった。
この曲で表現したかったことが、今なら百二十パーセント、余すことなく伝えられる。
頭の中で思い描いていた理想を、最高の形で実現させることができる。
「――――――――――っ‼︎」
――称号:〈白金の旋律〉の恩恵を発動しました――
――スキル:〈完璧な調律〉を発動しました――
――スキル:〈哀痛の音色〉を発動しました――
――スキル:〈歌姫のオーラ〉を発動しました――
――スキル:〈歌姫の眼光〉を発動しました――
ああ……そう、この曲だ。
ようやく本当の意味で、自分の曲になった。
あまりの感慨深さに涙を流しそうになりながら、私は体力の続く限り、自分の理想の世界を歌い続けた。
一曲一曲に思い入れがあり、そのどれもが愛おしい。
そんな自分の曲と、改めて向き合える幸せを噛み締める。
さあ、次はどの曲を歌おうか。
膨大に並ぶリストの中から、宝物を発掘するように、次に歌いたい曲を選んだ。
* * *
どれくらい時間が経っただろう。
気付けば喉が枯れて、息も絶え絶えの状態で、私は天井を見上げていた。
「…………えぇ?」
我に返って、真っ先に疑問の声が上がる。
何が起こった?
途中からほとんど記憶がない……いや、ぼんやりとあるにはあるんだけど、ずっと夢の中にいたみたいに現実感がない。
途中から人格が入れ替わったというか、完全に別人になってしまっていた気がする。
歌う楽しさに酔いしれて、陶酔しすぎたか?
スキルとか、ステータスの影響かもしれない。
あるいは今まで知らなかっただけで、自分の中にはこういう一面が潜んでいたのかも。
思い返すと恥ずかしくなる。
何というか、ずいぶん調子に乗ってしまっていたなぁ……。
……ああ、だけど本当に楽しかったし、気持ちよかった。
今回は杜撰な配信になってしまったし、ただ感情のままに歌い続けるだけだったけど、今度はもっと大きな舞台に立って、たくさんのお客さんに聴いてもらいたい。
そのためには私も、今のままではダメだ。
もっともっと成長しないと。
「がっ……! は……?」
『頑張るぞー!』と意気込みを叫ぼうとしたところ、喉が詰まって声が出なかった。
何でだ……? と考えてからすぐに、心あたりにたどり着く。
やばい、私配信切ったっけ……?
急いでPCを確認すると、案の定まだ配信中。
心臓がバクバク鳴り始めるのを自覚しながら、とりあえず〈ライブ配信を終了〉のボタンを押す。
あ、危なかった……私、まだ何もやらかしてないよね?
セーフ? これ、セーフだよね……?
配信時間を確認すると、なんと開始から四時間以上も経っていた。
そのうちの何時間を歌って、何時間を寝て過ごしていたのか。
頭を抱えながら、あとで動画を確認しなければと心にメモしておく。
「ああ、もうほんと……私のばかぁ……! ん……?」
配信を終了すると、普通に喋れるようになっていた。
やっぱり〈トーク力〉のステータスが影響していたんだろうか。
今度時間のある時に、ステータスの影響範囲を細かく確認してみた方がいいかもしれない。
何も知らないまま、配信内でいきなり大ポカをやらかす可能性だってあるわけだし。
……まあ、それもミッションをクリアして、時間に余裕ができたらになるだろうけど。
そんなことを思いながら、一応確認のために『Ultimate VTuber』を起動する。
すると――
――〈ミッションクリア!〉――
というテキストが書かれたウィンドウが、ホーム画面にでかでかと表示されていた。
「う、嘘ぉ……⁉︎」
正直『VTuber』としての配信っぽくはなかったので、クリアできるとは思っていなかった。
もしかしたら本当に、ただ『初配信』をすればいいだけのミッションだったのかもしれない。それこそ最初に考えた、真っ暗な画面に無音で十秒だけ、のような配信でもいけたのかも。今となっては確かめようもないけれど。
「まあ、何にしてもよかった……とりあえずこれで、また雫さんに忘れられることもないよね……」
ほっとしたら、一気に力が抜けてしまった。
立っていられなくて、よろよろと椅子に腰掛ける。
長い間配信していたせいで、もうすっかり深夜を超えていた。
自覚した途端に強烈な疲労を感じて、まぶたが急に重みを増す。
「うう……寝る前に色々後始末やっちゃわないと……んん?」
目を瞬かせながらPCの画面に視線を戻すと、現在進行形でテキストが追加されていっていた。
何だろうと思い、頭から目で追っていく。
――〈ミッションクリア!〉――
――〈
――〈トーク時間 0:1:15 ステータス値に応じてボーナスが入ります〉――
――〈歌唱時間 2:56:39 ステータス値に応じてボーナスが入ります〉――
――〈イラスト表示点数 1 ステータス値に応じてボーナスが入ります〉――
――〈企画点数 0 ステータス値に応じてボーナスが入ります〉――
――〈スキル発動回数 16 各ステータス値に応じてボーナスが入ります〉――
――〈称号:白金の旋律 効果により歌唱スキルの発動回数分評価値が上昇します〉――
――〈トーク力のステータスがミッションの規定値に満たないため評価値が低下します〉――
――〈画力のステータスがミッションの規定値に満たないため評価値が低下します〉――
――〈企画力のステータスがミッションの規定値に満たないため評価値が低下します〉――
――〈新規チャンネル登録者数 2〉――
――〈最大同時接続数 2〉――
――〈その他評価指標の数値に応じてボーナスが入ります〉――
――〈ミッション挑戦回数 2 回数に応じて評価値が大幅に低下します〉――
――〈最終
――〈獲得Vポイント:4〉――
「リザルト……?」
怒涛のごとく表示されていく情報を必死になって処理しながら、少しずつこのゲームのシステムを理解し始める。
なるほど……これはつまり……。
「ただミッションを達成するだけじゃだめってことか……。できる限り高評価を取らないと、Vポイントが手に入らなくて、キャラクターのステータスを上げられない……」
そしてステータスが上がらなければまともな配信はできず、人を集めることができない。
おまけにステータスが基準値に達していないと、まともにボーナスがつかないどころか、マイナス分まで発生してしまう。
「ていうか、獲得Vポイントがたったの四ポイントって……渋すぎでしょ……」
どんな計算でこの評価になったのかは分からないけれど、歌唱力のおかげで得たボーナスを、他のステータスによって根こそぎ減らされているのは間違いない。
せめて人並みの能力値くらいあれば、結果はかなり変わっていたはずだ。
ああ、もう、本当に……。
「ステ振り……失敗したなぁ……」
天井を仰ぎ見ながら、しみじみとそう呟いた。
とりあえず今日はもう休んで、明日になったらこのなけなしの四ポイントの使い道を考えよう。
ゆっくり英気を養って、また新しいミッションに備えないと。
チャンネル登録者、100万人。
それを達成するまでに、あといったいいくつ壁を越えなければならないのか。
果てしなく遠い場所にあるゴールを見上げて、私はひとりため息をついた。
〈チュートリアルが終了しました〉
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