VTuber育成ゲームに転生したけど、ステ振りに失敗しました 作:bnn
月末は忙しい……
今回まで番外編で、多分次話から本編の第二章が始まると思います。
「では、お先に失礼します。遅くまでありがとうございました」
お疲れ様でしたー、と重なる声に会釈を返して、如月蒼は会議室を後にした。
扉を閉めて周囲を見渡すと、すでにオフィスの照明の半分は落とされている。
やや寂しい気はするものの、時間を考えれば当たり前か、と嘆息を漏らす。
なにせ日付けが変わっているのに気付いたのがもう一時間以上も前のこと。
むしろまだ働いている人がいるというのが異常だった。
自分たちのスケジュールにスタッフを付き合わせてしまった。
申し訳なさを感じつつ、しかしそれが常態化している現状に嫌な慣れを覚えながら、蒼はどこかにいるはずの相方の姿を探す。
フロアを少し歩くと、薄暗い休憩スペースのソファー席から、スマホの灯りが漏れているのを見つけた。
正面から近づいていくと、そのスマホの持ち主が蒼に気付いて顔を上げる。
「お疲れー。だいぶ長引いたねぇ、沙月」
スマホをガラステーブルに置きながらそんなことを言ってきた。
能天気にブルートゥースイヤホンをケースに戻している自分の相方に向かって、蒼はビンタでもしてやりたい衝動に駆られる。
頬を腫らす相方の顔を想像して溜飲を下げながら、努めて平静に返事をする。
「オフィスでその呼び方はやめてくれる? ちゃんとタレント名で呼んで」
「えー、細かいなぁ。もうみんないないじゃん」
「いないんじゃなくてミーティング中で席を外してるだけ。だから本名で呼ぶのはやめなさい」
「はいはい、分かりましたよ蒼さーん。それで、打ち合わせは終わったの?」
尋ねられた蒼は、相方のだらけた態度を見て疲れたように肩をすくめる。
近くの無料自販機で紙コップのホットコーヒーを淹れながら、恨めしげに答える。
「あんたがいなかったおかげで早めに終わったわ」
「そりゃー何より。私レベルになるとその場にいなくても貢献してしまうかぁ」
「嫌味って知ってる? まったく……せっかくスタッフさんに時間をもらってるのに申し訳ないでしょう。私がマネージャーさんに怒られたわよ。『凛はどうした』って」
責めるように言うと、凛と呼ばれた女性――紅凛は体を傾け、ソファーの上でボフッと横になった。
だってだってぇ、と喚きながら、ソファーにうつ伏せに倒れて足をバタつかせる。
それを呆れた目で見つめながら、蒼は紙コップを自販機から取り出した。
熱いブラックコーヒーを飲んで、一息つく。
「遅刻してきたくせに途中で抜けるなんて。社会人としてどうなの?」
「ふふん、蒼。VTuberにまともな社会人としての素養を期待しちゃいけないよ」
「一緒にすんな。あんたがズボラなだけでしょ」
蒼が持っている紙コップが、めこっと音を鳴らしてへこんだ。
それを見て、凛は慌てたように冷や汗を流す。
「いや、企画書を一目見て、『あーこれ私は詳細知らない方がいいやつだ』って思ったんだよぉ……どうせ進行は蒼が全部やってくれるし、台本もほとんど蒼のセリフじゃん」
「だからこそ『ここで決めてほしい』ってところであんたに振るんでしょ。ちゃんと把握しておきなさいよ」
「予定調和なんてつまんないじゃん! ハプニングがあった方が面白いでしょ?」
ね? と可愛らしく小首を傾げる凛を見下ろしながら、蒼は無表情で舌打ちを一つ。
深夜のオフィスに、不機嫌な音が反響した。
先ほど蒼が打ち合わせを終えてきたのは、二人が所属する事務所『V.I.P』が主催するトークバラエティの特番放送。
蒼と凛がメインMCとなり、ゲストに同事務所のライバーを大勢呼んで、いくつものコーナーを用意している長時間放送である。
長時間な上にゲストの人数も膨大で、台本の厚みは鈍器といって差し支えないほど。
その上気を遣う大先輩たちもゲスト枠で参加するのだから、蒼の精神的なプレッシャーは計り知れない。
「ハプニングって……ただ台本が覚えられないだけでしょう。それをどうにか捌かないといけないこっちの苦労も少しは考えなさい」
「いつもすまないねぇ、蒼さんや……」
「謝るならちゃんと謝りなさい」
「あれっ⁉︎ 思ってた返事と違う!」
それは言わない約束でしょ、と言うとでも思っていたのだろうか。
土下座くらいしてくれても全然構わないのにと思いながら、蒼はさらにコーヒーをもう一口飲んで、ほうっ……と息を吐く。
会議続きで緊張していた体が、弛緩していくのが分かった。
「そんなに気を張らなくても大丈夫だってー。今までだってどうにかなってきたでしょ?」
「あんたのは全部たまたまじゃない」
「たまたまでも百回続いたら実力だよ。私、運と直感だけは誰にも負けないから」
自信満々に言い切る凛を見て、こういうところが嫌いなんだと、蒼は表情を歪める。
凛が正しいことは蒼にも分かっていた。実際今回の企画なら、凛には何も知らないままパネラー側で自由にやってもらった方が盛り上がるだろう。
それに、凛の幸運と勘の良さは本物だ。
凛が直感で選んだことは、それがどんなことであれだいたい上手くいってしまう。
それに何度も助けられてきた蒼だからこそ、理不尽なまでの彼女の豪運に当て擦りをしたくなったのだ。
我ながら器が小さいな……という自虐を、コーヒーと一緒に飲み込む。
紅凛の隣に立つなら、つまらない嫉妬でいちいち感情を乱してはならないと、蒼はよく理解していた。
「……で、あんたはこんなところで何やってたの?」
「何って、蒼を待ってたんじゃん。流石に一人で先に帰るのは気が引けるし」
「言い方変えるわね。打ち合わせをさぼってまで、これまでずっと何してたの?」
意趣返しのつもりでチクチクした言葉に変えてやると、凛はうぐっと体をのけぞらせ、「なんだよぉ……」と独りごちた。
そんな彼女の様子に、蒼は満足した様子で意地の悪い笑みを浮かべる。
「それ、何を見てたの? ホラー映画か何か?」
自動販売機に背中を預けながら、蒼はガラステーブルに置かれたスマホへと視線を向けた。
画面には呪われた藁人形のようなイラストが、嫌がらせかというほどの距離で映っている。ずっと見ていると頭がおかしくなってきそうな不快な絵だった。
蒼の質問に、凛が笑いながら答える。
「あははっ、ホラー映画って。確かに怖いけど」
「違うんだ。じゃあ何なの?」
「んー……なんだろ?」
「はぁ?」
まったく要領を得ない会話に、蒼は眉を吊り上げる。
ずっと見ていたんじゃなかったのか、と訝しげに凛に視線を戻すと、彼女はいつの間にか『トップVTuber』としての顔で不敵に笑っていた。
「多分、歌配信。タイトルに書いてあるんだけど、初配信なんだって、これ」
「へえ……多分って何?」
「それ以外なんにも書いてないんだもん。概要欄も、チャンネルの詳細にもどんな人なのかって説明が一切ないし。タイトルに【初配信】って書いてあるだけで、それ以外の情報がほとんどゼロ」
「何それ……真面目に活動する気があるとは思えないわね」
画がわりなく延々同じイラストを映し続けるというのも絶望的にセンスがないが、配信タイトルや概要欄に情報を入れないのはそれ以前の問題だ。
SNSのリンクや主な活動内容、あるいは最低でも自分の名前くらいは入れて然るべきだろう。
それすら疎かにするなど、準備不足も甚だしい。
なぜこんな状態で初配信に踏み切ったのか、蒼にはまるで理解できなかった。
「どうしてこんな配信を見てたの?」
だから、そう訊いた。
自分が唯一認める天下無敵のVTuberが、こんなコンテンツに興味を抱いていることが不思議でしょうがなかったから。
「んーとねぇ………………蒼も見れば分かると思うよ」
そして凛の意味深な返答に、その疑問はますます深まることになる。
かなり言葉を探したわりに、結局説明することを諦めたように放り投げた。
面倒くさくなったか、とも考えたが、おそらく違う。本当に、正しく形容する言葉を見つけられなかったらしい。
こうなると俄然興味が湧いてくる。
凛はそんな蒼の様子を見て、さらに言葉を付け加えた。
「この子はねぇ……きっと、私たちのところまで上がってくるよ」
「……何それ。この子って誰なの。知ってる人?」
「ううん、知らない。でもきっと上がってきて、私たちと同じステージに立つことになると思う」
なんだそれは、と言おうとして、蒼は口をつぐむ。
凛の眼差しが、あまりにも真剣そのものだったから。
冗談ではなく本気で、彼女はこの配信者が自分たちと同じかそれ以上の才能を持っていると思っている。
……気に入らない。
無意識のうちに、蒼の声が一段低いものに変わった。
「……またいつもの妄想?」
「うん、そう。そっちの方が楽しそうだからね」
悪びれる様子もなく、あっけらかんとして彼女は答えた。
蒼は凛の妄想が現実になるのを、何度となくこの目で見てきている。
何の超能力か知らないが、恐ろしいほどの豪運と勘の良さで、ただの妄想を未来予知に変えてしまうのだ。
もしかしたらこの配信者も、いつか本当に自分たちの前に立つ日が来るかもしれない。
そう思って、未だに同じ不気味なイラストを映し続けている画面を睨んだ。
「ま、でも今のままじゃ難しいと思うけどね!」
蒼が呪いの藁人形とメンチを切り合っていると、凛がポンと手のひらを合わせてそう言った。
首をひねる蒼に、凛はさらに説明を続ける。
「だってサムネもタイトルも意味不明だし、何の情報も載ってない。これじゃ誰のおすすめにも載らないし再生数も伸びないでしょ。もしかしたら狭い範囲で一過性のブームにはなるかもしれないけど、相当運が良くないとそれより上にはいけないよ。ネームバリューがある人に広めてもらうとかね」
話しながらスマホを手に取って、『My Tube』を閉じる。
メッセージアプリを開くと、誰かにチャットを送り始めた。
こんな時間に誰に連絡を送るんだろう、と蒼は疑問に思うが、いちいち詮索するのも柄じゃない。
黙って凛の言葉に耳を傾ける。
「どれだけいい素材であっても、正しくそれを伝えられる土台がないと、高くまで打ち上げることはできないからねー」
「じゃあダメじゃない。この配信者、土台が傾いてるどころか地面に埋まってるわよ」
「うん。だから、プレゼントしてあげようかなって」
何を? と尋ねる前に、凛がスマホの画面を閉じてポケットにしまった。
体を起こして、ソファーから立ち上がる。
「さ、そろそろ帰ろっか」
そう言われて、蒼は開きかけていた口を閉じる。
そういえば、もう深夜をまわっていたんだった。
いつの間にかコーヒーも飲み干していた。すっかり話し込んでしまったらしい。
声をかけにきただけなのに、時間を忘れてしまうとは……と苦々しく思いながら、蒼は紙コップをごみ箱に捨てて、凛と並んで会社を出た。
深夜ということもあって、外の風は少し肌寒い。
静まり返った街の中を、タクシーを捕まえられる場所まで二人で歩く。
「明日は朝からスタジオで稽古するわよ」
前を向きながらそう言うと、凛は「あー……」と申し訳なさそうに呟いた。
「明日の朝は家の手伝いがあるから無理かなー。昼から行くよ」
「……また? いい加減ふらふらするのはやめなさいよ。自分のスケジュールがどれだけ真っ黒か分かってる?」
「仕方ないじゃん、人足りてないんだから! おじさんとおばさんにはお世話になったんだから、少しでもお返ししないと」
もっともらしく言い訳する凛を、蒼が横目で睨む。
恩返しなんて言ってるが、こいつはただ色々な場所で働くのが好きなだけだ。
少し前は友達がお店を開いたと言ってバーテンダーなんてやってたし、その前は旧知の仲である劇団員の頼みで舞台の裏方を手伝ったりしていた。
あれこれと理由をつけて職場を転々とし、そこで得たエピソードを自分の配信活動に活かしている。
お化け屋敷のお化けに、着ぐるみショーの中の人、ただひたすら印刷される紙を眺め続けるだけの仕事、万引きGメン、アイドルの剥がし、探偵助手、大量の少年たちを引き連れての昆虫採集……そして今は、身内がオーナーを務めているコンビニの早朝バイト。
別に行動を制限するつもりはないが、自分との予定を最優先してもらえないことが、蒼は少しだけ不満だった。もちろん、そんなことおくびにも出さないが。
「本当はそろそろ辞めようかと思ってたんだけどねぇ……最近素敵な出会いがあったから、もう少しだけ続けてみようかなーって」
「素敵な出会い? ナンパでもされたの?」
「ううん。どちらかというとした側かなー」
そう言ってくすくすと笑う凛に、蒼は面白くなさそうに顔を顰める。
「別にあんたが誰と付き合おうと知ったこっちゃないけど、未成年にだけは手を出さないでよ」
「……律ちゃん、いくつなんだろ……明らかに年下だな……」
「おい」
額に青筋を立てて突っ込むと、凛は不満げに唇を尖らせる。
ぶーぶーと不満を飛ばしながら、隣を歩く蒼に肩をぶつけた。
「なんだよぉ、冗談じゃんか。そんなに私って信用ない?」
「あんたが法律とか条例とかを気にするとは思えないからね」
「ふんだ。蒼だってむっつりのくせに」
凛の言葉に、蒼がジロリと鋭い視線を向ける。
喉元に剣先を突きつけられたように、凛は両手を上げて降参のポーズを示した。
「……とりあえず、もう会社を出たんだからタレント名で呼ばないで」
「ええー⁉︎ さっきと言ってること違うじゃん!」
「違わないから。公私で使い分けてって言ってるの。ちゃんと本名で呼びなさい、雫」
「めんどくさいなぁ、もー!」
ぐしぐしと金色の髪を掻きむしる相方を無視して、蒼は歩き続ける。
その背中を、凛――渋谷雫が慌てて追いかけた。
「それで、沙月さん? こちらの呼び方でよろしくて?」
「で、律ちゃんって誰なの?」
「無視すんなよぉ‼︎」
雫が沙月の肩に頭突きをしようとするが、あっさり受け止められてしまう。
そのままぐしゃぐしゃと髪の毛を掻き乱されて、「うぎゃー!」と情けない叫び声を上げる。
「誰なのよ。仕事先の同僚?」
涙目になりながら前髪を整える雫を尻目に、沙月は無表情のまま尋ねる。
僅かばかりの抗議の視線を送るも弾き返されたので、仕方なく雫も隣に並び直して会話を続ける。
「ううん、お客さん。すっごい可愛い子。あとすっごい良い子」
「あっそ」
「自分から訊いておいてそれはないんじゃないかなぁ!」
興味なさげにバッサリ切り捨てられて、雫が地団駄を踏む。
とはいえ沙月としては、相手が女の子であろうことが分かれば――つまりは年下の彼氏に入れ込んでるとかではないと確認できれば、それ以外はどうでもよかった。
二人の仕事に支障が出ないなら、『如月蒼』としてはそれでいい。
「あ、そういえば、その子も今日初めての配信をするんだって」
「へえ」
「うわぁ、興味なさそう……私それを聞いて、初配信ってタイトルがついてるものを片っ端から調べてたら、さっきの配信に行き着いたんだよ」
「まるでストーカーね。本人にどこでやるのか聞かなかったの?」
「沙月が電話で急かすから詳しく聞けなかったんだよー!」
ああ、なるほど。今日遅刻してきたのはそういうわけだったのか、と沙月は納得する。
と同時に、マネージャーに伝えていた『今にも飛び降りそうな人を見つけた』が嘘だったことを確信して、苛立ちを募らせる。
だけどそんな苛立ちも、目の前を歩く雫の表情を見てあっという間に霧散してしまった。
綺麗な星空を見上げながら、雫は熱っぽく語る。
「私ね、さっきの配信を聴きながら思ったんだ。もしこの歌を歌ってる人が律ちゃんだったら……それって、最高に面白いなぁって」
そう言って、恍惚とした表情を浮かべている。
知り合いなら声で分からなかったのだろうか……と疑問に思ったが、わざわざ自分が口を挟むような話題でもないだろうと考え直して、沙月は再び足を動かした。
雫の妄想はたいてい現実になる。
もしその『律ちゃん』とやらが本当に先の配信者と同一人物で、自分たちと並ぶような存在ならば、そう遠くないうちに相見えることもあるだろう。
気にするのは、自分の視界に入ってからでいい。
私はただ前を向いて、歩き続けるだけだ。
そう自分に言い聞かせて、ちょうど目の前を通ったタクシーを止めた。
「明日は律ちゃんに会えるかなぁ……」などとほざいている雫をその場に残して、沙月はさっさとタクシーに乗り込み、運転手に自宅の住所を告げた。
* * *
――ついに見つけた――
その配信を初めて見た時、真っ先に浮かんだのはそんな言葉だった。
気付けば椅子から立ち上がって、食い入るようにPCの画面を見つめていた。
足元に蓋の空いたペットボトルが転がって、中から緑茶が溢れている。
だけどその時の私には、そんなことを気にする余裕など一切なく。
ただ時間を忘れて、その配信から聴こえてくる歌声に耳を傾けることしかできなかったのだ。
その配信に出会う、少し前のこと。
私――氷川麻子は、自宅のデスクで仕事用のノートパソコンを開き、大量のPDFファイルに目を通していた。
業界最大手のVTuber事務所『フォースター・プロダクション』に新卒で入社して、今年で四年目。
マネージャーとしての仕事は順調で、今年はついにチームのリーダーに昇格した。
ちょうど『VTuber』という市場ごと会社の規模が大きくなり始めた時期に入社できたため、会社での立ち位置も悪くなく、同世代の中ではそこそこ稼いでる方だと思う。
このまま順調にいけば、次はGMですかね……なんてことを同期の友人や後輩たちに言われて、羨ましがられる機会も増えた。
それでも自分としては、なんとなく満たされない毎日を送っていた。
もともと出世には興味がない。懸命に目の前の仕事に全力を注いでいたら、運よく評価してもらえただけだ。
会社ではしっかり役割が与えられていて、多忙ではあるがそれに見合う報酬も貰えている。
それなりに充実しているはずなのに、どこか他人事のようで、仕事に対する熱意が湧いてこない。
先輩に相談してみれば、「そんなもんだよ」と流されて終わり。
社会に出てしまえばこんなものなのかと、伽藍堂の部屋の中で思った。
今読んでいるファイルは、新しくうちの事務所からデビューさせるバーチャルタレントのオーディション用資料。
一次、二次選考を突破して、次は三次の現場面接。私も選考員として参加するようにと、人事から渡された大量の資料に、業務時間外の間に目を通しておく。
こちらが用意した応募フォームから送られてきたエントリーシートと、二次選考までを通した選考員の所感などが、事細かにまとめられている。
ここまで残っているだけあって、明らかに能力が見劣りする応募者は少ない。
しかしながら、ずば抜けて『これだ!』と声を上げるような逸材にもまた、出会えていなかった。
「とりあえず、こんなものかしらね」
一通り目を通して、これなら及第点だろう、という人物たちにチェックを入れていく。
何人目かの応募者にチェックを入れたところで、ふと指先の動きが止まり、もやもやとした感情が湧き上がってきた。
「私、何をやってるんだろう……」
自分がやりたかったことは、本当にこんなことだっただろうか。
とりあえずの及第点。おそらくこれくらいだろうと、結果が予想できる範囲の堅実なマネジメント。
質より量。個人主義より全体主義。尖った性能よりマルチに活躍できるタレントを。
それが事務所としての戦略で、別にそれ自体は悪いことではない。
そこから最良の結果を生み出すのが自分の仕事、というのも分かっている。
だけど、もの足りなかった。
もっと刺激が欲しい。興奮で心臓が張り裂けそうになるほどの真剣勝負がしたい。
無限の可能性を秘めたタレントと一緒に、まだ見たことのない景色を見にいきたい。
フォースターで仕事をしながら、そんな不満が鬱積していくこと、早数年。
とにかく今の私は、『才能』との出会いに飢えていた。
「だけど、そんな才能が簡単に見つかるわけないのよね……」
思うようにはいかない現実の厳しさに、体の力が抜ける。
長い髪の毛をかき上げて、背もたれに寄りかかった。
本当は、今の会社でVTuber事務所の運営ノウハウを学び、ゆくゆくは自分でプロダクション事業を起こすつもりだった。
自分で発掘したダイヤの原石を、誰よりも光り輝かせるために。
誰も見たことがない至高の才能を、ナンバーワンの地位まで押し上げるために。
だが、そんな才能がそこら辺にゴロゴロ転がっているわけもなく。
目星をつけている者なら数名いないこともないが、『このタレントに自分の残りの人生すべてを賭けよう』と思えるような、運命的な出会いはまだ果たせていない。
決定打が足りない。
自分の人生をチップにして独立に踏み切るには、決定的なもう一ピースがどうしても足りていなかった。
「……ん? こんな時間にチャット?」
どうしたものかと悩んでいると、ノートパソコンの右上に、メッセージアプリの通知が届いた。
すでに日を跨いだ深夜帯。こんな遅くにいきなり連絡を送ってくるなど非常識といっていいだろう。
とはいえこの業界にいれば、そんな非常識もわりとよくあることで、すぐに気にならなくなる。
何か緊急の連絡かしら、と思って差出人を確認してみると、珍しい名前が表示されて少し戸惑う。
「紅凛……?」
メッセージを送ってきたのは、フォースターとはライバル関係にある事務所『V.I.P』に所属しているVTuber、紅凛だった。
以前、V.I.Pがまだ今ほど大きな事務所ではなかったころ、紅凛とは仕事を通して何度か話したことがあった。
その時に連絡先を交換して、それからたまに交流を持ってはいた。
しかし彼女が忙しくなってからはその交流も途絶えて久しく、突然連絡をもらうような心当たりもない。
いったい何の用だろう、と思いながらアプリを開く。
するとそこには短いメッセージと、『My Tube』のリンクらしき一文が添付されていた。
「Present For You? 何これ……」
リンクと共に添えられた謎の言葉。
私の誕生日は十二月なので、まだ半年以上も先だ。
他に何か、プレゼントを贈られるようなことがあっただろうか……と考えてみるも、何も思い浮かばない。
きっとまた思いつきで、ろくでもないドッキリでも考えたのだろう……と呆れていると、さらに追加でもう一文、メッセージが届く。
『ちゃんと連れてきてね』
連れてきて……?
誰を、どこにだろうか。
意図が汲み取れずに困惑するも、とりあえずリンクを開いてみれば何の話か分かるだろうと、深く考えないままクリックした。
読み込みが走り、ブラウザから『My Tube』の配信画面が表示されて――
「なっ――――⁉︎」
内蔵スピーカーから聞こえてきた歌声に、戦慄した。
すぐにヘッドフォンを接続して、鼻先が触れるほどの距離で画面にかじりつく。
配信タイトルには【初配信】という単語のみ。
概要欄にもどこにも、まともな情報は載っていない。
配信画面には、スケッチブックに描かれた不気味なイラストが延々と映されている。
何か他に情報はないかと血眼になって画面を見続けながら、ヘッドフォンから流れる異次元の歌声に鼓膜を震わせた。
――ついに――ついに見つけたっ‼︎
ずっと空席だった最後のピースが、ぴったりとハマる音が聴こえた。
これで走り出せる。
この歌声になら、自分の生涯をかけても後悔しない。
今あるすべてを投げ出してでも、ベットする価値がある。
画面の中の彼女が歌声を響かせて、私の全身に鳥肌が立つたびに、嬉しくて笑いがこみ上げてきた。
これだ。これなんだ。
私が探し求めていた『無限の可能性を秘めた才能』……確かめるまでもなく、これ以上のものは決して見つからないと確信できるほどの、圧倒的な歌声。
この才能を、絶対に逃してはならない。
そうと決まれば、なんとか彼女とコンタクトを取る方法を考えなければ。
目と耳だけは配信に集中したまま、頭の中でこれからやるべきことを高速で書き出していく。
年甲斐もなく胸が沸き立ち、呼吸が乱れる。
ああ、楽しみだ。
彼女はこれから、どんな景色を見せてくれるんだろう。
まだ誰もたどり着いていない新しい場所へ、彼女となら行ける気がした。
ここまで読んでいただいてありがとうございました。
またたくさんの感想や高評価もありがとうございます。
お陰さまでなんとかモチベが繋がっております。
引き続き楽しんでもらえるよう頑張りますので、よろしくお願いいたします。