VTuber育成ゲームに転生したけど、ステ振りに失敗しました   作:bnn

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ミッション13 ロクデナシ共

 

 

 

 最悪の出会いから数分後。

 水色の髪の女性は、ようやく警戒を解いて私の弁に耳を傾けてくれた。

 

「いやほんと。いきなり『お腹だします』とか言い出すから、いったいどうしたのかと思ったよー!」

 

 改めて相手の口から自分の所業を伝えられると、完全にやばい人だ。

 

 必死で自分が氷川さんにスカウトされてきたメンバーの一人であることと、先ほどの謎の挨拶がただのミスであることを力説して、何とか通報ルートは避けることができた。

 危ないところだった……一歩間違えたら、留置場エンドなんていう不名誉なイベントを回収していたかもしれない。

 

 驚かせてしまったことを謝ってから、再びソファーに座った。対面に水色の髪の女性も腰を下ろす。

 二人とも落ち着いたところで、もう一度正式に自己紹介をした。今度は誤字がないか、念を入れてチェックしておく。

 

『雨音律といいます。氷川さんに誘われて、今日からこの事務所でお世話になることになりました。よろしくお願いします』

 

 スマホから音声を流して、おそらくは数日ほど先輩であろう彼女に向かって深々と頭を下げた。

 女性は先ほどから、物申したげに私の顔とスマホを見比べている。

 

 困惑した表情のまま、言いづらそうに言葉を返してきた。

 

「えーっと、杉田葉月です……あの、ちなみになんだけど、それって『お前なんかとは直接会話する気ねーよ』っていう意思表示じゃないよね?」

『違います‼︎』

 

 とんでもない勘違いが生まれそうになっていて、慌てて否定する。

 全力で首を左右に振ると、杉田さんはほっとした様子で「ああ、よかった」と呟いた。

 

『すみません、杉田さんが悪いわけではなくて……私、直接人と対面すると、うまく声が出せなくなってしまうんです。それで鶴見さんから、この読み上げアプリを紹介してもらって……聞きづらかったらすみません』

 

 そう説明すると、杉田さんの表情に一瞬だけ影が射したような気がした。

 だけどすぐに笑顔に戻って、「そうだったんだ!」と明るく返される。

 

「そういう事情があるなら、私は全然構わないよ! 特に聞きづらいってこともないし。ああ、それともしよかったら名前で呼んでくれる? 苗字で呼ばれるの、あまり好きじゃなくて」

『ありがとうございます。では私のことも名前で呼んでもらえると』

 

 私がそう返すと、葉月さんは愛嬌たっぷりの笑顔で頷いた。

 

「うん、了解! ところで……氷川さんはどちらに?」

 

 葉月さんが首を伸ばして、きょろきょろと室内を見渡す。

 何か約束でもしていたのかな。

 

『先ほど出かけました。顔合わせの前には戻るって言ってましたよ』

「……あー……なるほど、そうか。教えてくれてありがとね。顔合わせといえば、まだ他のメンバーは来てないんだね」

『はい、葉月さんが最初です』

 

 私の答えを聞くと、葉月さんは口元に手を当てて可笑しそうに笑った。

 表情がコロコロ変わって、一つ一つの仕草が可愛らしい。

 

 すごく感じがいいとでも言うのか、人付き合いが苦手な私でも話しやすくて、好感が持てる人だった。

 

「最初は律さんでしょ? 私は二番目だよ」

 

 葉月さんはやたら楽しそうに、明るい笑い声をあげる。

 彼女の髪の色や、綺麗に整えられた身だしなみも相まって、とても爽やかに見えた。

 これが噂の『陽キャ』ってやつなのかもしれない。

 

「でも楽しみだよね。ようやくメンバーが揃って、初めての顔合わせなんて!」

『はい。私も皆さんに会えるの、楽しみにしてました』

「うんうん! あ、でも実は、ちょっとだけ緊張もしてたんだ。最初に会えたのが律さんみたいな良い人でよかったー!」

 

 葉月さんは自分の胸を撫で下ろしながら、心底安堵したようにそう言った。

 

 そんなことを言ってもらえたら、当然悪い気はしない。

 お世辞だろうけど、褒められれば誰だって嬉しいし、もっと話していたくなる。

 

『私の方こそ、最初に来てくれたのが葉月さんで助かりました。私、誰かと話すのってそんなに得意じゃないんですけど、葉月さんとはすごくお話ししやすくて』

「本当? あはは、それならよかった!」

 

 和やかな空気感の中、葉月さんは少し照れくさそうにはにかんだ。

 

 それからしばらく、氷川さんからどんな勧誘を受けたのかとか、他のメンバーについて何か知ってることはあるかとか、他愛もない雑談をして過ごす。

 顔合わせが始まる時間の五分前になったところで、ようやく氷川さんと鶴見さんの二人が帰ってきた。

 

「――あ、お疲れ様です!」

 

 葉月さんが瞬時に立ち上がって、二人に丁寧な礼をする。

 すごい反応速度だ。普通の社会人って、みんなこんなに対人スキルが高いのだろうか。

 

 私も二秒ほど遅れて立ち上がり、葉月さんと比べるとやや見栄えの悪い礼をした。

 

「あら、葉月さん。もう来てたのね。出迎えてあげられなくてごめんなさい」

「いえいえ、むしろご不在の間に勝手にお邪魔してしまってすみません。思ったより早く着いてしまって」

「構わないわよ。みんながあなたみたいにしっかりしてくれていたら、私も助かるんだけどね……」

 

 氷川さんはそう言って、疲れたように肩をすくめた。

 おそらくしっかりしてない側に入れられているであろう私は、肩身が狭くなってそっと目を逸らす。

 

「せっかく時間通りに来てもらったところ悪いんだけど、多分何人かは遅刻してくると思うわ。こっちから連絡を入れてみるけど、全員が揃うまで少し待っていてもらってもいいかしら? 事務所は自由に使ってくれていいから」

 

 氷川さんは一度腕時計に視線を落としてから、申し訳なさそうに眉尻を下げる。

 そんな彼女の言葉を聞いて、葉月さんもつられたように苦笑いを浮かべた。

 

「あはは、氷川さんも大変ですね……私はもちろん、全然大丈夫ですよ!」

 

 屈託なくそう言って、その目がそのままこちらを向く。

 あ、私の番か……と慣れない複数人での会話に戸惑いつつ、急いでスマホに返事を打ち込む。

 

『私も大丈夫です』

「ありがとう、二人とも。それじゃ私と瑠奈は奥で仕事してるから、何かあったら声をかけてくれる?」

「はい! あ、そうだ。散歩してたら美味しそうな洋菓子屋さんがあったので、差し入れを買ってきたんです。良かったら食べてください。律さんも」

 

 葉月さんはソファーに置かれていたトートバッグから、オシャレに包装された小包を取り出して、氷川さんに渡す。

 氷川さんは驚いた様子でそれを受け取り、しっかりお礼を伝えてから、包みを開いて中身を確認した。

 

 取り出されたのは、個別に緩衝材に包まれた三つの小瓶。

 緩衝材を取ってラベルを見ると、どうやら高級プリンのようだった。

 

「おおー。最近話題になってた店のやつじゃん。あそこ今人気すごいだろ。よく買えたな」

「あはっ、ご存知でしたか。流石は鶴見さんですね。たまたま店頭に並んだ時に通り掛かりまして。運が良かったです」

「へー、やるなぁ葉月。お礼に今度私オススメの最強和菓子セットを食わせてやろう」

 

 鶴見さんがキラキラと目を輝かせて、両手で小瓶を持ち上げている。

 甘いもの……というかお菓子全般が好きなのだろうか。

 彼女がお菓子を持ってはしゃいでいると、格好や容姿と相まって本当に子供のようだ。

 

 そんな様子を尻目に見ながら、氷川さんが葉月さんに向き直って口を開いた。

 

「ありがとうね、葉月さん。お茶を淹れるから、全員が揃うまでここでゆっくりしていてちょうだい」

 

 そう言って、瓶をテーブルに置いて給湯室の方へ歩いていく。

 鶴見さんは自分の分のプラスチックスプーンを包みの中から取り出すと、鼻歌を歌いながら会議室の中へ消えていった。

 

 ……私、差し入れとか考えすらしなかったな。

 やっぱり対人スキルが高いと、こういうところもしっかりしているものなんだろうか。

 

 そう思って横から葉月さんの顔色を窺うと、どこかくたびれた様子で、ふぅ、と小さく息を吐き出していた。

 

 ――その一瞬の仕草に、微かな違和感。

 

 何だろう……具体的にどうとは言えないんだけど、何だか……無理してる?

 すぐに笑顔に戻ったので、もしかしたら気のせいかもしれない。

 

 だけどほんの一瞬だけ垣間見えた彼女の表情が、やけに人間くさくて、しかもどこか切羽詰まってるように見えた。

 人付き合いに疎い私には、どうして彼女がそんな表情を浮かべていたのかは分からない。

 

 けれど何故だか、葉月さんのその顔が色濃く頭に残った。

 

 

 

   * * *

 

 

 

 それからおよそ一時間後。

 驚いたことに、十六時を回ってもまだ誰も来ていない。

 

 氷川さんが連絡をしているものの、誰からも返信がないまま、ただ時間だけが過ぎていた。

 社員の二人はメンバーからの折り返しを待ちつつ、奥の会議室で仕事を進めている。

 

 私と葉月さんはお互いに向かい合ってソファーに座り、いただいた高級プリンの話とか、好きな音楽の話とか、適当に会話を繋げて時間を潰していた。

 だけどもともと人付き合いが苦手な私が、初対面の人とそんなに長いこと話題が続くわけもなく……。

 

「それにしても、みんな本当に遅いね。もしかしたらこのままリスケになっちゃったりして」

『そうですね……遅いですよね』

「何かあったのかな? ちょっと心配になってくるね」

『そうですね……心配ですね』

「……ねー」

 

 ああ、しんどい……。

 だんだん相槌のレパートリーがなくなってきて、これまでの対人経験の乏しさが露呈してしまう。

 

 もっと上手に会話を盛り上げたいのに、実際には葉月さんに気を遣わせるばかりだ。

 これは私のそもそもの対人スキルが足りていないだけだと思うけど、もし〈コミュニケーション能力〉のステータスを上げていたら、もう少し楽しくおしゃべりすることができたのかな。

 

「いやー……みんな遅いねー」

 

 困ったように笑う葉月さんの顔を見ながら、頼むから一刻も早く来てくれと、まだ見ぬ他のメンバーに願った。

 

 

 

   * * *

 

 

 

「……………………」

 

 …………き、気まずい。

 

 時刻はすでに十六時五十分。

 もうすぐ顔合わせを予定していた時間から、二時間が経過する。

 

 もうかなり前から話題は尽きて、針の筵のような沈黙にひたすら耐え続けていた。

 葉月さんは無表情のまま外の景色を眺めたり、携帯をいじったりして時間を潰している。

 

 たまにポツポツと会話することもあるけれど、すぐに途切れてしまう。

 私がもっと気の利いたことを言えたらいいんだけど……。

 

 かなり前に、友達が誰もいない状態で学校に顔を出して、いきなりグループワークに参加させられた時のことを思い出した。

 地獄だったなぁ。途中参加の上、仲の良いグループの中に無理やり入れられて。

 

 その時に比べたら、今は幾分かマシかもしれない。

 

 懐かしい黒歴史を回顧しながら、ひたすら現実逃避を繰り返していると、外から『ピピッ』とロックを解除する音が聞こえた。

 私と葉月さんが、同時に顔を上げる。

 

 重たい鉄の扉が開いて、ようやく三人目のメンバーが姿を現した。

 

「どうもー。あれ、人少ない。もしかしてもう顔合わせ終わっちゃいましたぁ?」

 

 二時間の遅刻などまるで気にしていないかのような軽い調子で、華奢な女の子が入ってきた。

 ゆっくり室内を見渡してから、顎に人差し指を当てて私たちに問いかけてくる。

 

 色素の薄い黒髪の中に、インナーカラーの淡いピンクを入れて、可愛らしいツインテールにまとめている。

 露出した両耳には、数えきれないほどのシルバーピアスが輝いていた。

 

 服装は……ファッションには詳しくないけれど、あえて系統で言うなら、いわゆる地雷系というやつだろうか。

 

 高級そうな黒いミニスカートに、胸元のリボンが特徴的な襟付きのシャツを合わせている。随所にあしらわれたフリルと、シルバーのバックルが付いた厚底のローファーがマッチして、独特な雰囲気を放っていた。

 

 まだ幼さの残る、ふわふわした印象の女の子。

 そんな彼女が、長いツインテールを左右に揺らしながら、こちらへ近付いてきた。

 

 すぐに返答できない私に代わって、葉月さんが返事をしてくれる。

 

「まだ始まってもないよ! あと二人遅れてて、メンバーが全員揃ってないんだ」

 

 葉月さんの言葉に、こくこく頷いて同意を示す。

 ツインテールの女の子はソファーの横で立ち止まると、意外そうに首を傾げて「えー?」と声を上げる。

 

「まだ誰か来てないんですか? 顔合わせって十五時からでしたよね?」

「うん。だから私たちも、みんなが揃うまでずっと待ってたところ」

「えー、なるほどぉ。最後にならなくてよかったぁ」

 

 最後じゃなければ遅刻がなかったことになるわけではないと思うけれど、彼女は飄々としてにこやかに笑っていた。

 そんな彼女に葉月さんも負けじと笑顔を作って、自らの名前を告げる。

 

「初めましてだよね? 杉田葉月っていいます。苗字で呼ばれるのは好きじゃないから、名前で呼んで。二人とも、これからよろしくね!」

 

 ソファーに腰掛けたまま、女の子と私に順に視線を送る。

 葉月さんに続かなければと、私も急いでスマホを手に取って、簡単に自己紹介をした。

 

『雨音律といいます。私のことも、名前で呼んでもらえると嬉しいです』

 

 よろしくの意を込めて、二人に向かって頭を下げる。

 少ししてから顔を上げ、ツインテールの女の子に視線を戻す。

 すると彼女は、なぜか目を皿のようにして、無言でこちらを見つめていた。

 

 ……な、何だろう。

 なんか、すごく険しい顔をしているような……。

 

 眉間に皺を寄せて、鋭い目で私の顔を凝視している。

 どこかで会ったことあったかな……と記憶を辿りながら軽く首を捻ってみると、彼女は私に視線を固定したまま、ゆっくりと口を開いた。

 

「……律……? もしかして、『RiTZ』さんですかぁ⁉︎」

 

 その言葉が耳に届いた時には、もう目の前に女の子の顔が移動していた。

 

 ――ぅええっ⁉︎

 いきなり何? どういうこと⁉︎

 

 突然ガバッと体を寄せられて、一気にソファーの端まで追い詰められる。

 彼女は流れるような動きで私の隣に座ると、リップグロスの香りが漂ってくるくらいまで顔を近づけて、さらに激しく詰め寄ってきた。

 

 あまりの急接近に、私の心臓が爆速で拍動し始める。

 

「RiTZさんですよね? 麻子さんに、初配信の時の歌を聴かせてもらいました! 本当にすごかったです! ずーっと会いたかったんですよぉ!」

『あああああありがとうございます』

 

 スマホが何度も連打されて、無感情で平坦な音声が狂ったように再生される。

 高揚した様子で捲し立てる女の子と、声色の温度差がすごかった。

 

「本名は律ちゃんっていうんですね! 私は花宮小鞠です! 小鞠って呼んでくださいね。えへへ、『RiTZ』さんがどんな人なのかなってずっと考えてたんですけど、こんなに可愛い子とは思いませんでした! 仲良くしてくださいね、律ちゃん」

「花宮……⁉︎」

 

 いつの間にか、女の子――小鞠ちゃんの両手が、私の空いてる方の手を握っていた。

 距離感が近すぎて、対人経験の乏しい私には、あわあわと目を回すことしかできない。

 

 助けを求めるように葉月さんに視線を向けると、呆然と固まったまま小鞠ちゃんのことを見つめていた。

 確かにいきなりの展開すぎてそうなる気持ちも分かるけど、今はできれば会話に参加してきてもらいたかった。

 

「もっと大人のイメージでしたけど、小鞠とそんなに変わらなそうですね。律ちゃん、おいくつなんですか?」

『来月十七になります……』

「なら同い年? 学年は小鞠の一つ上ですね! あ、敬語なんて使わなくていいですよぉ。小鞠もこの前十六歳になったばかりなので。えへっ、同世代に小鞠と()()の子がいてくれてよかったぁ」

 

 小鞠ちゃんは嬉しそうに、ぎゅっと目を細める。 

 ふと開いた口元から、僅かに舌先が覗いた。そこにも小さなピアスがついており、唾液で光を反射して、淫靡な輝きを放っていた。

 

「ねえ、律ちゃん。どうしてスマホでお話ししてるんですか? 小鞠、律ちゃんの声聴いてみたいなぁ。歌ってる時とは――」

「――ちょっと、遅れてきて何を好き放題やってるの。まずは挨拶くらいしなさい」

「あぅ‼︎」

 

 小鞠ちゃんの背後から手刀が落とされて、可愛らしい鳴き声が上がった。

 涙目になりながら、小鞠ちゃんが頭を押さえて振り返る。

 

 そこには呆れた目をした氷川さんが、片手にスマホを持って立っていた。

 

「遅刻してるんだから、まずはごめんなさいでしょう。まったく……律さん、大丈夫?」

『あ、はい……』

 

 小鞠ちゃんに詰め寄られて崩れた体勢を整えてから、スマホで返事をする。

 隣にぴったりくっついている小鞠ちゃんが、「ごめんなさい」と素直に頭を下げてから、氷川さんに声をかけた。

 

「ねえねえ麻子さん。まだみんな揃ってないんですよね? みんなが来るまで律ちゃんとおしゃべりしててもいいですか?」

 

 小鞠ちゃんの手が、私の服の袖を掴んでくる。

 会ったばかりなのに、どうして彼女はこんなに私を慕ってくれているんだろう。

 

 単に年が近いから、というだけではない気がする。

 そういえばさっき『同類』って言われたけど、どういう意味だったのかな……。

 

「律さんがいいならいいけど、もうそんなに時間ないわよ。さっき色ボケの方から、もうすぐ着くって連絡もらったから」

「色ボケ? よく分かりませんけど、もう一人は? 来てないのは二人ですよね?」

「もう一人はこれから迎えに行ってくるわ。多分寝てるだろうから」

 

 氷川さんは自分の額を抑えながら、頭痛を堪えるように固く目を閉じた。

 ただ時間通りに待ち合わせをすることがここまで難しいとは、きっと彼女も思わなかったんだろう。

 

 私を事務所に誘ってくれた時、氷川さんは私たちのことを『足りないものだらけ』と言っていた。もしかしたらここに集まったのは、私を含めてどうしようもない人間ばかりなのかもしれない。

 

 まさに社会不適合者たちの集まり。

 契約書にサインをしたのは早計だったかも。

 

「十分くらいで帰ってくるから、それまでは自由にしてていいわ。何かあったら瑠奈に……いや、何かあったら電話して」

 

 鶴見さんだと、余計に問題を起こすとでも思ったのだろうか。

 氷川さん、近いうちに過労死したりしないかな。心配だな。

 

 小鞠ちゃんの「はーい!」という元気のいい返事を背中に浴びながら、氷川さんは事務所を出ていった。

 

「……花宮さんって、氷川さんと仲がいいんだね。前から面識があったの?」

 

 また三人になった事務所で、葉月さんが小鞠ちゃんに問いかける。

 

「仲がいいかは分かりませんけど、かなり前からうちに来てくれって勧誘は受けてました。ずっと断ってましたけど」

「……断ってた? どうして?」

「だって、事務所なんて面倒ですもん。一人で自由にやれる方がいいですよぉ」

 

 あっけらかんとした様子でそう答えて、また甘えるように私に体を寄せてくる。

 そんな小鞠ちゃんに、私からも気になったことを尋ねてみた。

 

『勧誘を受けてたってことは、前から配信活動をしてたの?』

「そうですよぉ。これでも元プロゲーマーです。律ちゃんとも一緒にゲームしたいなぁ」

『いや、私はゲームは……というか、小鞠ちゃんすごいね。プロだったんだ』

 

 私が褒めると、小鞠ちゃんは幸せそうにはにかんで、「えへへぇ」と顔を寄せてきた。

 子供みたいで可愛いなと思っていると、葉月さんが補足を入れてくれる。

 

「プロゲーマーの『ハナミヤ』って、めちゃくちゃ有名だよ。色々な大会で活躍してたよね。私もゲームの解説動画とか、たまに見させてもらってたし」

「荒らし過ぎて謹慎になったので、最近はほとんど活動してないですけどね」

 

 き、謹慎って……いったい何をやったんだろう……。

 というかそれだけ活躍していたなら、わざわざ事務所に入る必要なんてなさそうだけど。

 

 いくらこの世界が個人勢に優しくないと言っても、プロになれるほどのスキルとネームバリューがあるなら話は別だ。

 

『小鞠ちゃんは、どうしてこの事務所に?』

 

 ずっと勧誘を断っていたのに、なぜ今さら首を縦に振ったのか。

 氷川さんとの間でどんなやり取りがあったのか気になって、つい質問してしまった。

 

 すると小鞠ちゃんは不思議そうに私の顔を見上げて、ぱちくりと目を瞬かせる。

 

「どうしてって……さっきも言ったじゃないですか。『RiTZ』さんに会いたかったからですよぉ!」

 

 わ、私⁉︎

 予想外の答えに、二の句が継げずに固まってしまう。

 

 小鞠ちゃんはソファーの上に片膝を乗せて、私の方へ体を向けてきた。

 無防備にスカートが捲れ上がり、柔らかそうな太ももが露わになる。

 

「RiTZさんの……いえ、律ちゃんの歌を聴いた瞬間に分かりました。律ちゃんも私と()()でしょう? 才能に殉ずることでしか生きられない()()()()()でしょう? 小鞠、自分と同じ人って今まで会ったことなかったので、すごく嬉しかったんです」

 

 ――才能に殉ずることでしか生きられない、ロクデナシ。

 

 小鞠ちゃんの言葉が、ストンと胸に落ちる。

 彼女が私を『同類』と呼んだ意味が、ようやく分かった気がした。

 

「小鞠のことは小鞠にしか理解できないって、ずっと諦めてました。だけどほら。小鞠と律ちゃんはおんなじだから。律ちゃんなら小鞠のことを、理解してくれるでしょう?」

 

 小鞠ちゃんが心底嬉しそうに、両手で私の左手を包み込んだ。

 彼女の指はとても細くて女の子らしい。けれど爪だけは、短く無骨に切り揃えられていた。

 

 ゲームをやる上で、邪魔になるものはすべて削ぎ落とす。

 確かにそれは、私と同じ考え方だなと思った。

 

「律ちゃん、歌いながら言ってたじゃないですか。『私の歌が一番だ』って。分かりますよぉ、ああいうの。小鞠も一緒です。ゲームで一番になれないなら死んだ方がマシですから」

 

 氷川さんに見せてもらったっていう、初配信の時の動画か。

 歌いながらそんなことを考えたのはぼんやり覚えてるけれど、まさかそれが伝わる人がいるとは思わなかった。

 

 どうやら本当に、私と彼女は同類らしい。

 

「律ちゃんも、歌うためならそれ以外の全部を捨てるでしょう?」

『……うん。そうだね。小鞠ちゃんは、ゲームができなくなったら自分のこと殺しちゃいそうだね』

「はい! 律ちゃんとおんなじです!」

 

 顔を見合わせて、二人でくすくす笑い合う。

 自分の感覚を理解してもらえるって、こんなに心地いいものなんだなぁ……。

 

 声が出せなかった時でさえ諦めきれず、自分のための曲を作り続けていた私だ。

 自由に歌える体が手に入った今、歌うこと以外の生き方など選べるわけがない。

 

 そしてそれは、小鞠ちゃんも同じ。

 私たちはお互いに『その道しか歩けない』人生を歩んでる。

 

「みんな小鞠のこと、おかしいって言うんです。大切な物のために何一つ捨てられないような人たちが、寄ってたかって『もっとちゃんとしなさい』って。いつまでもそんなんじゃダメだって。ゲームばっかりしてないで、真面目に生きなさいって……」

 

 小鞠ちゃんの声が、だんだん小さくなっていく。

 彼女はずっと一人で、この心細さに堪えてきたんだろう。

 

「誰も分かってくれない。小鞠は大真面目ですよ。小鞠なりに必死で生きてきたんです」

『分かるよ。私も曲を作り続けることでしか、生きてこれなかったから』

「……えへへ。律ちゃんなら、そう言ってくれると思ってましたぁ!」

 

 私の首へ嬉しそうに腕を回して、小鞠ちゃんが抱きついてきた。

 体重を支えきれず、ソファーの上にどさりと押し倒される。

 

 彼女の気持ちも、痛みも、孤独感も、自分のことのように理解できた。

 私もどうしても普通の生き方ができなくて、家族や学校の人との関係を断ち、ずっと一人で生きてきたろくでもない人間だから。

 

 自分を曲げなかった……とかじゃない。私たちはそこまで強くないし、何か確固たる信念があるわけでもない。

 

 ()()()()()()()()()()

 生きるために、どうしてもそれが必要だった。

 ただそれだけ。

 

 だからこれはきっと、同じ生きづらさを抱えた者同士の、ただの傷の舐め合いだ。

 

 小鞠ちゃんは胸元に顔を埋めて、子猫みたいに甘えてくる。 

 その小さな背中を、彼女の気が済むまで、優しく撫で続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……小鞠ちゃんのピアスに、部屋の景色が反射して映っていた。

 ピアスの中の世界で、向かいのソファーに座っている葉月さんが、じっとこちらを見つめている。

 

 ――その表情を見て、寒気がした。

 

 彼女は能面のような無表情のまま、瞳の奥に深い憎悪の感情を滲ませて、私たちのことを睨みつけていた。

 

 

 

 

 

 






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