VTuber育成ゲームに転生したけど、ステ振りに失敗しました   作:bnn

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ミッション17 トラウマ

 

 

 

「しかし、ずいぶん急な話だよなぁ。連絡とった次の日に、いきなり家まで押しかけるなんて」

 

 猫耳付きのフードを目深に被って隣を歩く瑠奈が、あくびを噛み殺しながらそう言った。

 彼女を横目で見下ろして、私――氷川麻子も確かにその通りだと首肯する。

 

「RiTZさん、何か契約を急がないといけない理由があるのかしら。お金に困ってるとか、家庭の事情とか……」

「お金に困ってるっつっても、契約したからってポンと大金を渡せるわけじゃないだろ」

「そうだけど、それはこっちの都合だもの。給与の前借りなんて芸能系の事務所じゃ珍しくもないし、もしかしたら向こうはあてにしてるかもしれないじゃない」

「うちにそんな余裕あるかー! 従業員二人の超零細企業だぞ!」

 

 瑠奈が蹴飛ばした小石が、数メートル先の側溝へ落ちていった。

 資金的な余裕については当面の課題として一旦わきに置きつつ、RiTZと名乗る謎の人物に思いを馳せる。

 

 ――あの衝撃的な歌声を聴いてすぐ、配信のURLを呟いているSNSアカウントを発見した。

 ものは試しにと思い、朝になるのを待ってからDMを送ってみると、なんとその日のうちに返信があった。そのままDMでやり取りを重ね、翌日には彼女の家にお邪魔させてもらえることになったのだ。

 

 しかもこちらが事務所にRiTZさんを勧誘したい旨はすでに伝えていて、ほぼほぼ承諾をもらっている。今日は詳しい契約内容についての擦り合わせが主となるだろう。

 RiTZさんはすぐにでも契約を交わしたい様子だったので、場合によってはそのまま書類にサインをもらえるかもしれない。一応、そのための準備はしてきている。

 

 あまりにトントン拍子に話が進んでいて、何かのドッキリを疑ってしまうくらいだった。

 

「そいつ、未成年なんだろ? 今日は平日だけど、親も家にいるのか?」

「RiTZさん、一人暮らしなんだって。ご両親の連絡先はもらってるから、必要があれば私から連絡するわ」

 

 瑠奈はふーんと相槌を打って、そのまま口を閉じた。

 無言のままスマホの案内に従って道を歩き続けること数分。ようやくRiTZさんから指定されたマンションに到着する。

 

「いいとこ住んでるな。ここで一人暮らしか」

「お金に困ってるわけではなさそうね。時間もちょうどいいし、行きましょうか」

 

 マンションの入り口で部屋番号をプッシュして、呼び出しボタンを押す。

 

 約束の時間より少しだけ早いが、まあ誤差の範囲だろう。

 遅れるよりはずっといいし、何より早く会ってみたくて待ちきれない。

 

 あの圧倒的な歌声を持つ少女とは、いったいどんな人物なのか――

 その場で待っていると、通話口からザザッというノイズ音。しかしこちらが何かをしゃべる前に、エントランスの扉が自動で開き始める。

 

「……入れってことか?」

 

 やや訝しんだ様子の瑠奈が、先にマンションの中へ入っていく。

 その後に私も続いて、RiTZさんが待つ部屋の前まで辿り着いた。

 

 部屋の中からは物音ひとつ聞こえてこない。静かな雰囲気に呑まれ、緊張感が高まる。

 一度、深く息を吐き出してから、気を引き締めてインターホンを鳴らした。

 

 ピンポーンという高い音が鳴り、そのまましばし無音の時間。

 しばらく待つとハンドルが静かに傾き、重たい扉がゆっくり開かれた。

 

「初めまして、私っ――」

 

 自己紹介をしようとした、次の瞬間。

 目の前に現れた人物のあまりの可憐さに、用意していたすべての言葉を失ってしまった。

 

 長く美しい黒髪に紛れて、薄氷のごとく輝く白銀の毛束。

 深海のように深く暗い青を宿した、存在感のある瞳。

 その相貌の整い方は人間離れしすぎていて、綺麗なんて言葉じゃとても言い表すことができない。

 

 だけどどこかで、それが当然のことのようにも思えてしまっていた。

 あんな神様みたいな歌を歌える人が、普通の人間なわけがない。

 いったいどんな人物なんだろうとずっと考えていたけれど、なるほどこの人なら――

 

「おいっ」

 

 瑠奈から背中を叩かれて我に返った。

 RiTZさんは眉をひそめて、急に黙ってしまった私を不思議そうに見上げている。

 

 いけない。タレントに動揺した姿を見せるなんてありえない。

 プロとして、ちゃんと平静を装わないと。

 

「ごめんなさい、喉がつかえてしまって。初めまして、RiTZさん。スターライズ、代表兼マネージャーの氷川麻子です」

 

 挨拶をすると、RiTZさんもペコリと頭を下げる。

 そして手に持っていたスマホの画面をタップして、私たちにも見えるように胸の前に掲げた。

 

『初めまして、雨音律といいます。どうぞ上がってください』

 

 雨音律――そう名乗った彼女は、目元に仄暗い影を落として小さく微笑んだ。

 

 

 

   * * *

 

 

 

 律さんが『人と話すのが得意ではない』というのは、事前に教えてもらっていた。直接会うときは、おそらくスマホを用いたコミュニケーションになるであろうことも。

 ずっと電話ではなく、SNSのDMでやり取りをしていたのはそのためだ。あらかじめ心の準備ができていたので、そこまでの驚きはなかった。

 

 理由については詳しくは分からないが、本人が言うには筆談や歌うことに関しては問題ないらしい。送られてくる文章も整然としていた。意思疎通は問題なく行える。

 

 余計な心労を与えないよう注意しつつ、契約についての話し合いを進めていった。

 

 律さんはやはり、事務所への所属を急いで決めたがっていた。

 理由を尋ねることはできなかったが、私にとってはありがたいことだ。

 

 保護者への確認や電子メールでの書類のやり取りは事務所に戻ったら行うとして、あとは私が必要事項を揃えてハンコを押せば、律さんは正式にスターライズの所属となるだろう。

 

 それを伝えると、律さんはどこか安心したような顔をしたあと、すぐに頭を振って表情を引き締め直していた。

 彼女にとって、事務所に入るのはそんなに重要なことだったのだろうか。

 

 それからちょっとだけ雑談を挟んで、すぐに律さんの家を後にした。

 いつまでもいたら邪魔になるだろうし、私たちも帰れば山ほど作業が残っている。

 

 早く帰らなければと、タクシーを停めて瑠奈と一緒に乗り込んだ。

 しばらく走ったところで、それまで静かだった瑠奈がボソッと口を開く。

 

「……なあ。あいつ、大丈夫か?」

「あいつって……律さんのこと?」

 

 私が顔を向けると、瑠奈は「ああ」と返事をして頷いた。

 

「なんか様子おかしかったろ。病んでるというか、荒んでるというか……しかもそれをめちゃくちゃ取り繕ってる感じでさ」

「まあ……そういう雰囲気はあったかもね」

 

 私たちと話す律さんは、常に礼儀正しくて素直ないい子だった。

 受け答えも特におかしなところはなかったはずなのだが、何というか……終始どんよりとした暗い空気を纏っていて、どことなく壁があるような気がしたのだ。

 

 もちろん初対面だし、いきなり心を開いてもらえるとは思っていない。これから少しずつ信頼を得ていけばいい。

 そう理解してはいるものの、確かに必要以上には踏み込んでこないところが、少しだけ気になっていた。

 

「だろ? それにさ……テレビとか、何であんなにバッキバキなんだよ。部屋もなんか荒れてたし」

「部屋はまあ……急な日程で片付ける暇がなかったんじゃない?」

「どうだかな。あいつ、目の下やつれてたろ。多分ちゃんと眠れてないぞ。精神的に不安定なやつの典型じゃないか?」

 

 運転手が聞いているのも忘れて、タクシーの中でうーんと唸る。

 今日話した感じだと、そんな風には思えなかったが……とはいえ、昔から瑠奈は他人のそういう兆候に敏感だ。彼女が言うなら、律さんが胸中に何か大きな悩みを抱えている可能性は否定できない。

 

「部屋はあんななのに、まるで私たちが二人で来ることを知ってたみたいに、飲み物とか席とか用意されててさ……言っとくけど、私ちょっとビビってたからな」

 

 笑い混じりの瑠奈の軽口に、私も薄く笑みを浮かべる。

 

「まあでも、そもそもまともな人を求めてるわけじゃないから、大丈夫よ。どこかがおかしくても、それを全部帳消しにできるくらいの圧倒的な才能を、彼女は持っているもの」

「……はぁー……何なんだよ、お前のその才能フェチ。問題起こされても知らないぞ」

「そのあたりは、私たちがフォローすればいいのよ。二人で頑張りましょう」

 

 私を巻き込むなーっ、と言って攻撃してくる瑠奈の手を振り払って、背もたれに体を預ける。

 どうせ瑠奈は手伝ってくれる。才能フェチとか何とか言ってるが、彼女だって律さんの歌を聞いて、目を輝かせていた一人なのだから。

 

「さ、まずは顔合わせの日取りからね。帰ったら早速仕事よ、瑠奈」

「うっせー、このワーカホリック野郎!」

 

 瑠奈の叫びを聞きながら、私は鞄からノートパソコンを取り出して、膝の上で開く。

 各メンバーの顔を頭に思い浮かべながら、メールの文章を入力していった。

 

 

 

   * * *

 

 

 

 私にとって二回目となるメンバーとの顔合わせは、氷川さんと鶴見さんの来訪から二日後に行われた。

 今のところ、前回よりも早いペースでここまで来ている。スケジュール的にはまだ余裕があるだろう。

 

 だけど油断はできない。

 前回だって、クリアできたと思って浮かれていたらあんなことになったのだ。

 ちゃんとミッションの達成をこの目で見届けるまでは、気を緩めるわけにはいかない。

 

 一人で散々泣き喚いたあと、何が原因でミッションが失敗になったのか、色々と考えてみた。

 結局答えはわからなかったけれど、クリアの条件が事務所への所属なら、やっぱり氷川さんとの間で契約がきちんと結べていなかったという可能性が一番高い気がする。

 

 最終日まで親の承諾を得ていなかったからか、それとも書類に不備があったのか、氷川さんが忙しくて後回しにしていたか……。

 とにかく前回よりも早めに行動して、考えられる原因はすべて潰していかないと。

 

 現時点では、それなりに悪くない進捗と言っていいと思う。

 SNSを介して氷川さんと連絡を取り合い、前回よりも顔合わせの日程を早めてもらうことができた。

 苦手だったみんなの前に立っての自己紹介も、前回と同じ文言をスマホに喋らせて無事に乗り切った。

 

 そして今は、氷川さんが私たちに例の宿題の件を話しているところ。

 

「――みんなには、自分たちのユニット名を決めてきてほしいの。これから一緒に活動していく、五人全員を表す名前をね」

 

 二回目の顔合わせは、ほとんど一回目のときと同じ流れで進んでいた。

 違いといえば、せいぜい遅刻組の順番が多少前後したくらいだろうか。日程が変わってもちゃんと遅刻してくるあたり、社会不適合な人間性が窺える。

 

「一週間、時間をあげるわ。五人でしっかり話し合って、あなたたちに相応しいユニット名を決めてきてちょうだい」

 

 氷川さんがそう言って、鶴見さんと共に会議室を出て行った。

 それにより二回目の顔合わせは幕を閉じる。

 私の対面側の席で、小鞠ちゃんが大きく背伸びをした。

 

「うーん、やっと終わったぁ……今日は朝からバタバタだったので、疲れちゃいましたぁ」

 

 ふわぁ、と可愛らしいあくびをしている。

 何となしにその顔を眺めていると、私の視線に気付いた彼女の顔がこちらを向いた。

 目が合うと、嬉しそうな笑顔を浮かべてこちらに駆け寄ってくる。

 

「あの、律ちゃん! 律ちゃんって、この前の配信でお歌を歌ってたRiTZさんですよねぇ? 小鞠、麻子さんに動画見せてもらったんです!」

 

 すごかったです! とはしゃいだ様子で褒めてくれる小鞠ちゃんを見て、胸がチクチクと痛んだ。

 彼女に忘れられてしまった現実が、目の前に容赦なく突きつけられる。

 

 ……ああ、だめだな。ちゃんと笑顔で応対しないと。

 私がどれだけ悲しくても、それは今の小鞠ちゃんには一切関係ないことだ。

 

「えへへ、RiTZさんがこんなに可愛い子なんて思いませんでした。一緒に活動できるの、すごく嬉しいです! 仲良くしてくださいねぇ」

『ありがとう。小鞠ちゃんもオシャレで可愛いよ。こちらこそよろしくね』

 

 こういうときは、しゃべるのがスマホで良かったと思う。声が震えなくて済む。

 必死で笑みを顔に貼り付けていると、小鞠ちゃんが私の服の裾を遠慮がちに引っ張ってきた。

 

「ねえねえ、律ちゃん。よかったら、この後一緒にどこか行きませんか? 小鞠遅れて来ちゃったので、律ちゃんとゆっくりお話ししたいです」

 

 可愛らしく小首を傾げて、期待するような眼差しでこちらを見つめてくる。

 その誘いを受けて、何て答えるべきか迷ってしまった。

 

 今回は小鞠ちゃんが最後に事務所に来たので、一度も会話する機会がないまま顔合わせが始まってしまったのだ。

 本音を言えば、私も小鞠ちゃんと一緒にいたい。

 だけど……。

 

「おおー、それいいね〜。自己紹介だけじゃ味気ないし、二人がよければお姉さんも参加したいな〜」

「ふむ、なら僕もいいかな? 同期として親睦を深めるとしようじゃないか」

 

 紅葉さんと咲耶さんが、爛々と目を輝かせて参戦してきた。咲耶さんはともかく、紅葉さんはただ理由をつけて飲みたいだけの気もするけど……。

 隣へ視線を送ると、横に座っていた葉月さんが立ち上がって、人の良さそうな笑顔を見せる。

 

「いいね、じゃあ懇親会しよっか! せっかく五人集まってることだしね!」

 

 葉月さんが参加を表明したことで、何となく全員参加する空気になってしまった。

 ……ここで声を上げるのは気が引けるけど、今はまだ、みんなと距離を縮める勇気が持てない。もしかしたら今ここにいるみんなとの関係も、数日後には消えてなくなる可能性があるのだ。

 

 仲良くなればなるほど、忘れられてしまったときの傷は大きくなる。その時のことを想像するだけで、怖くて体が震え出しそうだ。

 ミッションが確実にクリアできるまでは、どうしても深く関わりたいと思えなかった。

 

『ごめんなさい。私、この後ちょっと用事があるんです。私のことは気にしないで、四人で行ってきてください』

 

 スマホをみんなに見せながら再生すると、小鞠ちゃんが「ええーっ!」と不満の声を漏らした。

 

 ……ごめんね、小鞠ちゃん。家に帰って、ミッションがクリアできていることが確認できたら、私も安心できると思うから。

 そしたら、また一緒に遊んでね。

 

『次の機会があれば絶対行きますね。ぜひまた誘ってください。それじゃ……今日はお先に失礼します』

 

 そう断りをいれて深々と頭を下げ、荷物を持って事務所を出ていく。

 去り際に見た、心から残念そうな小鞠ちゃんの顔に後ろ髪を引かれるが、必死の思いで振り切った。

 

「……あと三日……」

 

 ミッションの期限は一週間。

 これだけ余裕があれば、おそらく大丈夫のはず。だけど、どうしても不安は拭えない。

 

 刻一刻と減っていくカウントを脳裏に思い浮かべながら、早足で駅までの道を歩く。

 こみ上げる焦燥感に駆り立てられて、独りの家路を急いだ。

 

 

 

   * * *

 

 

 

 家に帰ってゲーム画面を確認してみても、ミッションの状況は変わっていなかった。

 ……ああ、もう……いったい何が足りないんだろう。これ以上、何をどうしろというのか。

 

 いくら考えても、正解なんてわかるわけない。

 また失敗にならないか不安で、心が押し潰されそうだ。

 

 ベッドに寝転んでみてもまったく眠くならない。それどころか、目を閉じているとだんだん心拍数が上がってくる。自律神経の乱れのせいか、手足の先がむず痒くなってきて、横になっていられなかった。

 

 目が冴えて、またゲーム画面を見に行って、何も変化がないことを確認したあと、無理矢理にでも眠ろうとベッドに戻る。その繰り返し。

 朝を迎えると何故だかホッとした。これ以上、無為な時間を過ごさなくて済むからだろうか。

 

 顔を洗いながら今日の予定を立てる。

 まずは氷川さんに連絡して、今どういう状況になっているのか訊いてみよう。それから――

 

「……ん?」

 

 頭の中であれこれ考えているさなか、スマホの通知音が部屋に響いた。

 画面を見てみると、氷川さんからメッセージが届いている。

 こんな朝からどうしたんだろう……と疑問に思いながら、本文を開いてみた。

 

【朝からごめんなさい。今朝、葉月さんから『やっぱり所属の件はなかったことにしたい』と連絡があったのだけれど、何か聞いてたりする?】

 

 ――葉月さんが、事務所への所属を断った。

 そのメッセージを読んで私は真っ先に、小鞠ちゃんとのあの大喧嘩を思い出していた。

 

 

 

 

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