VTuber育成ゲームに転生したけど、ステ振りに失敗しました 作:bnn
突然の頭痛に襲われて、意識を失ってしまった翌日。
窓から差し込む陽光を受けて、私は目を覚ました。ベッドの上でしばらくぼんやりしていたが、徐々に頭に血が回り始める。
どうやら昨夜は、カーテンを閉める余裕もないまま倒れてしまったらしい。掃き出し窓から見える太陽の位置的に、おそらく今は朝の九時か十時くらいだろう。
ベッドに潜り込んだ記憶なんてないはずなのに、いつの間にか寝巻きにまで着替えて毛布を被っていた。
覚えてないだけで、自分で着替えたのだろうか。流石に病院に行った方がいいかもしれない。あんな激しい頭痛は生まれて初めてだし。
「……とりあえず、顔でも洗うか」
凝り固まった体を無理やり動かして、ベッドから降りる。
視界の端にPCが映り込んだが、電源は消えていた。
無音なのも寂しかったので、ラジオがわりにテレビをつけて、そのまま洗面所へ。
洗面台の前に立って、さあ顔を洗うぞとヘアバンドを手に取り――硬直。
「……は? え? えっ……?」
鏡に映った自分の姿を見て、驚きのあまり絶句してしまう。
どう見ても昨日までの自分じゃない。体調や化粧で容姿が変わっているとかいうレベルの話ではなくて、何から何まで別人だ。
鏡の中の何者かは、驚愕に目を見開いて、パクパクと口を開閉させている。
自分の顔をペタペタ触ってみると、鏡の中の何者かも同じようにその見慣れない顔を触った。
「いや。いやいや。え? 何? どういうこと?」
寝起きの頭に唐突のハプニング。
軽くパニックになりかけながら、何とか現状を確認しようと、改めて鏡に映る自分を見つめてみる。
「……いや、本当に何これ……こんな綺麗な顔、見たことないんだけど」
ただ鏡を見ているだけなのに、その見慣れない顔の造形があまりに整いすぎていて、まったく自分を見ている気がしない。初対面の美少女と見つめ合っているかのようで、気まずいというか、恥ずかしくなってしまう。
落ち着かない気分のまま、頬を引っ張ったり髪の毛をいじったりして、しばらく観察。
細部までよくよく見てみると、ところどころに以前の自分の姿の面影があった。
「一応、私の身体ではあるのかな……? なんでこんなことになっちゃったのかは分からないけど」
切りに行くのが面倒で伸ばし放題だったボサボサの蓬髪は、手入れの行き届いた艶やかな黒髪にクラスチェンジしている。しかも面妖なことに、ところどころに白髪の毛束が混じった独特の色合いだ。
……いや、シマウマじゃないんだから。サバンナならまだしも、東京じゃちょっとド派手が過ぎる。
不満げに細められた瞳は、サファイアのような深いブルー。さらに円状に亀裂のごとく広がる歪んだ虹彩と、眼の奥でギラギラと輝くオーラのような眼光が、まるで人間味を感じさせない。
下がり気味の眠そうな目尻と、締まりのない口元には若干私の面影があるものの、それ以外はほとんど別人だ。
形のいい眉毛も、ツンと尖った鼻筋も、すべすべのほっぺたも、誰かの作為を感じるほどバランスよく仕上がっている。
どこからどう見ても文句のつけようがない美少女で、つまり元の私とはまったくの別人だった。
そんな状況で、まず真っ先に思ったことと言えば……。
「これ、身分証の写真とかどうしよう……」
運転免許証はまだ持っていないけれど、パスポートとマイナンバーカード、それから学生証には元の私の写真を使っている。学生証は、引きこもってからは使う機会もなくなったが。
果たして整形とかの言い訳で通るだろうか。下手したら失効もあり得るのでは……?
家族と会うことは当分ないし、会いたくもないし、友達に関してはそもそも存在しない。なので心配なのは、一人で生きていくのに必要な公的手続きだけ。
やっぱりぼっちが最強だ。
「……寂しくなんかないし……」
高らかに勝利宣言をしながら、リビングに戻って荷物を漁る。
リュックから財布を取り出して、役所での相談が必要そうな身分証をカーペットの上に並べる。その前に自分も座り込んで、どうしたものかと軽く息を吐きながら身分証を裏返す。
そして、目を疑った。
「……はっ⁉︎ 何で写真まで変わっちゃってるの⁉︎」
学生証に映っていた写真は、たった今鏡で確認してきたばかりの私の姿だった。
ぎこちない笑顔を浮かべて、慣れない撮影に戸惑っているのが分かる。
表情こそ以前の私そのままだが、流石に見間違えるわけがない。この写真はまったくの別物だ。
「わけわかんない……何がどうなってるの……?」
呆然として呟くも、当然答えが返ってくるわけもなく。
静かなリビングに、うっすらとテレビの音だけが聞こえてくる。
『今週のヒットチャート! デイリーシングルランキング、ベスト10はこちら!』
習慣によるものか、無意識のうちにテレビの画面に視線を向ける。
しかし画面には、見たことも聞いたこともない曲名がずらりと並んでいた。
歌手名だって誰も知らないし、グループに関してはアイドルなのかバンドなのか、男性なのか女性なのかすら分からない。
ありえない。
これでも音楽でお金を稼いでる身だ。
勉強のために色々なジャンルの音楽を聴いてる方だと思うし、好みじゃなくても売れ線くらいは把握するようにしている。
なのに、ランキングの一から十まで全部が初見?
テレビから流れてくるのは初めて聴く曲ばかり。
それが『今大流行している』とか『定番のこの曲』みたいに紹介されている。
これは絶対におかしい。
急いでスマホを取りに行って、SNSのアプリを立ち上げる。
リアルタイム性の高い『ツブヤイター』は、信憑性こそ欠けるものの、緊急時の情報収集にはとても便利だ。
「え……ログインできない?」
何とか現状を把握しようとした私だったが、ツブヤイターを使用することはできなかった。
IDとパスワードを入力しても『存在しないアカウントです』と弾かれ、ブラウザから自身のアカウントを検索してみても見つかるのは赤の他人の呟きだけ。
もしやと思って調べてみると、動画サイト『My Tube』のチャンネルすら消えてなくなっていた。
ネット上での私の痕跡は、すべて跡形もなく消失してしまっていたのだ。
「そんな……嘘でしょ……」
心が折れそうになった。
これまで積み上げてきたものが、わけも分からないまま一気に崩されてしまったような感覚。
足元がふわふわして、これは本当に現実なのかと疑いたくなる。
「……いや、もしかして本当に夢なんじゃ……? だって、ありえないでしょ。いきなり外見がこんなに変わるとか……」
ほっぺたを思いきりつねってみた。
「いひゃい……」
ちゃんと痛みを感じて、うっすら涙が滲んでくる。残念ながら夢ではないみたいだ。
「だったら病気とか……? 私、頭おかしくなっちゃった?」
昨夜の頭痛はその予兆とか。
可能性がありそうな不吉な想像に、背筋が寒くなる。
もし本当に病気だとしたら、これはいったいどんな症状なんだろう。
とりあえず色々と調べてみて、分からなければちゃんと病院で診てもらおう。
そう思い、本格的に調べるためにPCの電源を入れる。
「……えっ」
立ち上がったPCの画面を見て、再度言葉を失ってしまう。
まだ何も操作していないのに、昨夜プレイしていたゲーム『Ultimate VTuber』が勝手に起動している。
……それはまだいい。PCの不良とか、ゲームのバグとか、色々と説明はつくし。
私が驚いたのは、ゲーム画面に表示されている内容だ。
昨夜はたしか、ステ振りを完了してゲームを開始したところで意識を失ったはず。
なのに、どうして――
「――私が、そこにいるの?」
カラフルでサイバーチックな背景に、〈キャラクターデータ〉と表示されたゲーム画面。
その中央で、今の私と瓜二つの容姿をした3Dモデルが、穏やかな笑みをたたえてこちらを見つめていた。