VTuber育成ゲームに転生したけど、ステ振りに失敗しました 作:bnn
ゲームの中に私がいる。
いや、違う。
私が、ゲームのキャラクターと同じ体になってしまったんだ。
一つ疑問が解消すれば、次々と新しい疑問が湧き出てくる。
どうして外見が突然変わってしまったのかは分かった。このゲームのせいだ。
だけど、それならこのゲームはいったい何なのか。どうやって一晩で人間の外見をまるごと変えるなんていう、超常現象じみたことをやってのけたのか。
「……いや、この際方法なんてどうだっていい。問題は、これから私はどうすればいいのかだけど……」
『どうやって?』なんて考えたところで、どうせ理解できっこない。
それよりも、これからのことを考える方が先だ。
とりあえず当初心配していた頭の病気とか、そういう可能性はいったん排除していいだろう。
いや、もしかしたら病気なのかもしれないけど、『起きたらゲームのキャラクターになってたんですよ』とか病院の先生に相談する勇気がない。幻覚や精神疾患を疑うのは最後の手段にしたいところだ。
身分証の写真もなぜか変化していたし、体調に問題がないのであれば、急いで何か行動を起こす必要はないのではないか。
ゆっくり自分の現状を考えてみてもいいかもしれない。
そう思って体の力を抜いたところで、PCからピロンッという電子音が鳴った。
「ん? 今度は何……?」
不穏な気配を感じながらゲーム画面に視線を向ける。すっかりこの『Ultimate VTuber』というゲームに不信感を抱いてしまっていた。
〈キャラクターデータ〉と表示された画面の端に、新しいアイコンが追加されている。
おそるおそるクリックしてみると、〈ミッション!〉と書かれたウィンドウが画面の右側に大きく表示された。
「えっと……『初配信をしよう』……? 何これ、どうすればいいの?」
ウィンドウに書かれていた内容を読んで、首を傾げる。ゲーム内のイベントか何かだろうか。
適当にウィンドウ外をクリックすると、小さくなった小窓が右上に移動し、そこに『72:00:00』という数字が現れた。
数字は一秒ごとにカウントを減らしている。どうやらミッションをクリアするまでのタイムリミットのようだ。
しかしゲーム画面のどこを探してみても、配信を行えそうなボタンは存在しない。
見られるのはキャラクターの3Dモデルと、〈キャラクターデータ〉の詳細を開くと現れる各種ステータスの情報のみ。
配信どころか、そもそもどうやって遊べばいいのかも分からない。
これはもしかして……。
「……私が現実世界で、実際に初配信をしろってこと? 七十二時間ってことは、三日以内に? いやいや、絶対無理でしょ」
長い間『My Tube』に動画を上げていた私だったが、配信活動はしたことがなかった。
理由は単純で、長時間しゃべり続けることができないから。
面白い話ができるかとか、ライブ配信をして緊張しないかみたいな悩みの前に、そもそも喉が持たない。
そんなわけで、ライブ配信の知識なんてまったくないと言っていいし、どんな機材やソフトが必要なのかもいまいちよく分かってない。
しかも私が元々持っていたチャンネルはいつの間にか消されてしまっていたわけで、この状態から三日以内に初配信を行うなんて、どう考えても不可能だった。
「ただでさえ意味わからない状況になってるのに、その上初めての配信なんて、いったい何をすればいいのか……うん、決めた。とりあえずこのミッションについては無視して、まずは身の回りのことから始めよう」
面倒なことから目を背けて後回しにするように、私はショートカットキーでゲームを強制終了させる。
……だけど、別に悪いことではないはずだ。
ミッションにある『初配信』が現実世界のものと決まったわけじゃないし、仮にそうだったとしても、クリアしたら何が起こるのかは分からない……もしかしたらもっとややこしいことになっちゃうかもしれないんだし。
あれこれと理由を探して自分を納得させていると、不意にお腹から控えめな音が聞こえた。
「この体でもお腹は空くのか……んー、買ってくるかぁ」
そう言って立ち上がる。
基本的に家には飲み物とお菓子類しか置いていないので、ちゃんと食事を摂りたい場合はいつも近くのコンビニまで買いに行っていた。
不摂生だとは思うが、誰に見られているわけでもない一人暮らしでは、自堕落な生活を止めてくれる人なんてどこにもいない。
いつものスキニージーンズとプルオーバーの黒いパーカーに着替えて、財布だけ持って玄関を出る。
そういえば、最後に『行ってきます』って言ったのいつだったっけ……なんて思いながら、エレベーターで一階まで下りて、エントランスを抜けて外へ向かう。
通りへ出て、いつものコンビニが視界に入ったところで、私はまたしても不可思議な現象に頭を悩ませてしまった。
「……なんでローサン? ハミマは?」
通りに面しているコンビニは、普段通っていたはずのハミングマートから、ローサンに変わってしまっていた。
……いや、よく見ると変わっているのはコンビニだけじゃない。
通りの建物ひとつひとつが、昨日まで建っていた外観とは異なっている。
信号の位置や道路の形状、自動販売機に貼られたステッカーの住所などは変わっていない。間違いなく私の家の前のはず。
なのに建物はどれ一つとして見覚えがない。いよいよ頭でもおかしくなってしまっただろうか。
言い知れない薄気味悪さを感じて冷や汗が流れる。
私がおかしいんじゃないなら、おかしいのはこの世界だ。きっと、ここは私が知っている世界じゃない。
「そういえば、テレビに出てた歌手やタレントもまったく知らない人たちだったな……もしかして、これも私がゲームのキャラクターになったのと関係ある? え、ここってゲームの中の世界ってこと……?」
自分で口に出してから、いやいや、そんなわけないとかぶりを振った。
ストレスで精神を病んで、幻覚を見てるとかの方がよっぽど現実的だ。
「もし行くとしたら心療内科かな……とりあえず、ご飯食べてから考えよ」
まともに考えることを諦めて、ハミマだったはずのローサンに入店。
聞き慣れない店内BGMに耳を傾けながら、サンドイッチなどを物色する。
うーん。朝だし、やっぱりたまごサンドかな。
「……ん?」
朝食のメニューに悩んでいると、ふと周囲から視線を感じた。
気になって振り返ってみると、棚の陰から大学生くらいの男性二人組がひそひそ話しながらこちらを覗いている。
さらに反対側を向いてみると、今度はスーツを着たお兄さんがビクリと肩を震わせて、赤くなった顔を勢いよく逸らした。
「……んん? 何だ?」
なぜか周りのお客さんからジロジロ見られている気がする。
別に変な服装でもないし、いつも通りだよな……と思いながら自分の格好を見下ろして、問題ないことを確認。
顔を上げると、壁際の鏡に映っている私と目が合った。
「あ……なるほど、そっか……」
そういえば、今の私はゲームのキャラクターの姿――つまり非現実的なほどの美少女だった。
しかも白黒のド派手な髪色で、注目を集めてしまうのも無理はない。
おそるおそるスーツ姿のお兄さんに視線を向けてみると、カップラーメンを物色するフリをしながら、ちらちらこちらの様子を窺っている。
「……うぅぅ……」
自覚すると急に居た堪れなくなって、慌ててフードを被り顔を隠した。
自意識過剰かもしれないが、ここまで露骨に視線を向けられるとどうしたって気付いてしまうし、何となく恥ずかしい。
たまごサンドとトマトジュース、ついでにカップスープを買い物かごに放り込んで、急いでレジに向かった。
レジのお姉さんは私の顔を見て一瞬驚いたような顔をしたものの、すぐに笑顔に戻って優しく応じてくれた。
「いらっしゃいませ。商品お預かりいたします!」
金髪に爽やかなショートボブ。右耳に青い蝶々のピアスをつけたお姉さん。
愛想の良いハキハキとした接客に、こちらの気分も弾んでくる。
お姉さんは慣れた様子で商品をスキャンしていき、私の顔を見て笑顔で尋ねてきた。
「レジ袋はご利用ですか?」
「あっ、おっ、がっ」
「……はい?」
……はい?
待て待て、今私なんて言った?
『あ、お願いします』って言おうとしただけなのに。
なぜか喉が貼りついたみたいに、言葉がうまく出てこない。
落ち着いて。もう一度冷静に、お姉さんにちゃんと伝えるんだ。
「おがっ……ごっ……ごっ……!」
「……えーっとぉ……」
何でだよ!
『お願いします』も『ごめんなさい』もちゃんと言えてない。
いくらしゃべるのが得意じゃなくても、こんな定型的な会話で困ったことなんて今までなかったのに。
やばいやばい。お姉さんが『こいつ大丈夫か?』みたいな顔をしてる。
めちゃくちゃ面倒な客になってしまってないか。
早く……早くお姉さんに返事しないと……!
「あごっ……なばっ!」
「あ、袋お付けしときますねー」
「……ぐぅぅ……」
綺麗なぐうの音が出た。死にたい。
絶対変なやつだと思われてるな、これ。
事務的にレジ袋に商品を入れていくお姉さんに、いつもはこんな感じじゃないんですと声を大にして伝えたかった。
どうしてだ。なんで普通にしゃべることすらできなくなってるんだ。
たしかに人との会話は苦手だけれど、ここまでコミュ障をこじらせた覚えはない。
……ん? コミュ障?
……コミュニケーション能力?
頭の中で、もしかしてという推測が繋がっていく。
思い出すのは昨夜のゲーム画面。
仮に、今の私が本当にゲームのキャラクターだったとして。
昨夜作成したキャラクターのステータスが、そのまま私に反映されている……?
今朝確認した時点で、〈コミュニケーション能力〉のステータスは『0』だったはず。
だからお姉さんとまともに話すことができなかったのだとすれば、一応の説明はつく。そんなことが現実にありえるのかどうかは置いておいて、だが。
「ありがとうございましたー!」
お姉さんからお礼を言われて、ハッと我に返った。
考えごとをしている間に、いつの間にか会計を終えていたようだ。
やばい。もし無視とかしていたら、めちゃくちゃ感じの悪い客に思われてしまう。
慌てて顔を上げると、にっこりと笑みを浮かべたまま、可愛らしく小首を傾げるお姉さんと目が合った。
「あっ……!」
お礼を言おうとしたが言葉が出てこない。
無言のまま深々と頭を下げて、逃げるように店を出ていった。
ああ、恥ずかしい。
まさかただの買い物でこんな思いをしないといけないなんて……!
顔を真っ赤にしながら、家までの道を早歩きで進んでいく。
すれ違う人がみんな立ち止まって私の顔を凝視しているのも、羞恥心を煽る要因のひとつだった。今度からはマスクをつけてこよう。
とにかく、一刻も早く自分の状態を知らないといけない。
本当にキャラクターのステータスが私に反映されているのか、しっかり検証しないと。
そう決意して、周囲から向けられる視線に全無視を貫きながら、家路を急いだ。
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