VTuber育成ゲームに転生したけど、ステ振りに失敗しました 作:bnn
コンビニから帰宅した私は、買ってきたものをレジ袋ごと冷蔵庫に放り込むと、即座にPCの電源を入れた。
もどかしさを堪えながら画面が立ち上がるのを待って、すぐに『Ultimate VTuber』を起動する。
会社のロゴやタイトルすら表示されることなく、いきなり〈キャラクターデータ〉の画面が現れた。コンビニでの自分の痴態を思い出して、可愛らしいキャラクターの3Dモデルに憎らしさを覚える。
「どうしてあんな簡単な会話ができなかったのか……ステータスって、どんな項目があったっけ?」
本当にゲームのステータスが現実の私とリンクしているのか、確かめなければならない。
もし他に当たり前のことが一切できなくなっているとしたら、下手したら日常生活すらままならない可能性だってあるのだ。
そう思い、詳細なステータス画面を表示する。
〈トーク力〉:0
〈企画力〉:0
〈演技力〉:0
〈歌唱力〉:999
〈画力〉:0
〈ゲームセンス〉:0
〈コミュニケーション能力〉:0
〈運〉:0
「コミュニケーション能力はやっぱり0か……他に確認しやすそうなのは……画力かな?」
要は、『以前まで普通にできていたことができなくなっていないか』を確かめればいい。
イラストは昔から、時間がある時にたまに描いていた。特別得意というわけではないけれど、苦手意識も持っていない。
試しに何か簡単なものでも描いてみれば検証できるはず。
私はいつも使っているプロジェクトペーパーを一枚切り取って、デッサンといえば何だろうと少し考えてから、りんごの絵を描き始めた。
プロみたいに上手くはないけれど、りんごの絵くらいなら迷わず描ける。
意外にも手は止まることなく、頭の中でイメージしているりんごの形をすいすい描き進めることができた。
そうして、しばらく経ったころ。
シャーペンを置き、完成した絵を離れて見てみて――
「……なんじゃこりゃ」
そこには、どう見てもりんごとは思えない黒いぐちゃぐちゃした何かが描かれていた。
ハリネズミの出来損ないみたいなそれは、ジッと見ていると恐怖すら覚えてくる。夜中に勝手に動き出しそうだ。
情緒不安定な異常者や、サイコパスのシリアルキラーが描いた絵みたい。
「おかしいな……描いてる最中は、上手く描けてるって思ってたんだけど」
なんだ、普通に描けるじゃないかと油断していたらあら不思議。
できあがったのは新種の妖怪でした、なんて……いやいや、ふざけてる場合じゃない。
「これは本当に、ゲームのキャラクターに影響されてるか? 他のステータスは――」
それから、演技力とゲームセンスの項目を検証してみた。
ネットにあるフリーの台本を読んでみれば、棒読みとか以前にそもそもセリフを口に出すことができない。コンビニの時と同じように、喉が塞がって言葉がつっかえてしまう。
オンラインの対戦格闘ゲームを遊んでみれば、『そこまでする?』ってくらいに叩きのめされた。死ぬほど煽られたし、なんなら同情されてハンデをもらったくらいだ。勝てなかったけど。
「確定かな……やっぱりゲームのステータスとリンクしてるかぁ……」
これだけ確証があれば受け入れざるをえない。
どうやら本当に、私の体はゲームに書き換えられてしまったようだ。
「トーク力と企画力については、今の段階では確かめようがないか。多分、実際に配信をやってみないと分からないよね。あと、運は……」
運のステータスが0、というのが正直一番怖い。
これが配信内にのみ影響するものなのか、それとも日常生活に干渉するものなのか……。
極端な話、いきなり頭上から隕石が降ってきて死んでしまう可能性だってあるわけだ。
「まあ、そんなの気にしてもどうしようもないし……とりあえず、交通事故とかには気をつけておこう」
せいぜいソシャゲのガチャがなかなか当たらないとか、ジャンケンに全然勝てないとか、その程度であってほしい。命に関わるような不幸がないのを祈るばかりだ。
さて、マイナス面の確認はできたし。残るは……。
「……歌唱力か」
唯一限界まで上げたステータス。
気になってはいたけど、確認するのが怖くて後回しにしてしまっていた。
あの時私は『歌さえ歌えれば、他には何もいらない』と願った。
もし……もしそれが現実になったんだとしたら……。
「……私も、歌えるのかな」
――怖い。
確かめるのが怖い。期待を裏切られるのが怖い。
また自分の体を憎んで、絶望するのが、とてつもなく怖い。
だけど……もし私にも、自分で歌うチャンスが与えられたのだとしたら。
体が震えるのを自覚しながら、深く息を吸って――歌声とともに吐き出した。
「――――――――っ‼︎」
頭の中で、何かが弾けた気がした。
自分で発した声に、世界が丸ごと造り変えられていくような衝撃を受ける。
今まで出したことのない、遠く響く大きな声。
――出る! 声が出る! 私は歌える!
頭から爪先まで、狂おしいほどの歓喜に染まっていく。
これまで願い続けて、ずっと手に入らなかったもの……全力で歌える体が、ようやく手に入ったんだ。
「これなら私も、私の歌を……っ!」
そう言うが早いか、私は全力で歌い始めた。
あの時、女性VTuberが楽しそうに歌っていた私の曲。
合成音声でしか届けられなかったこの曲を、今度は自分の声で、全世界に発信できる!
声を出すのが気持ちいい。
どれだけ歌っても喉が潰れないのが嬉しくてたまらない。
一曲歌うたびに、どんどん本当の自分を解放していってるようで。
――ああ、もう。こんなんじゃ満足できない。
もっと本気で、もっとたくさん歌える場所に行かないと。
これまで我慢し続けてきたものが溢れ、気付けば私は食事を摂ることすら忘れて家を飛び出していた。
向かうのは、子供の頃からずっと憧れていた場所。だけどずっと、自分には縁がないと諦めていた場所――
――カラオケだ。
* * *
「いやー、今日も朝までぶっ通しで歌っちゃったなー。疲れた疲れた!」
私がこの体に生まれ変わって、三日が経った。
オールで歌い続けたカラオケからの帰路を、晴れやかな気持ちで歩いていく。
すっかり朝日が登っていて、日光を浴びると目の奥がジンジンと痛む。
だけどその痛みすら、今の私には心地よく感じていた。
「流石に三日連続でオールナイトは体力的に厳しいな……でも、やっぱり歌うの楽しかったぁ……」
ずっと抑え込んできた欲望が解放されて、少しハメを外しすぎた。
最初に衝動的に家を飛び出した日、私は家から一番近くにあるカラオケに駆け込んで、朝まで歌い続けてしまった。
お店が午前八時に閉店して十一時にオープンなので、朝に一度帰って仮眠を取り、お昼過ぎにまたお店に戻って朝まで歌う。そんな不健全な生活を送っていた。
ダメ人間の見本みたいな生活サイクルだけれど、今だけはこの夢のような時間を堪能したかった。いつまた歌えなくなるかも分からなかったから。
「だけど、そろそろ今後のことを真剣に考えないとなぁ……ふあぁ……」
寝不足で頭がふわふわする。
あくびを噛み殺しながら、家の前の通りを歩いた。
「……ご飯買ってくかぁ」
そう呟きながら、足をコンビニへ向ける。
カラオケからの帰り道、家の前のローサンでお昼ご飯を買っておいて、起きたらそれを食べで家を出るというのも、ここ最近の日課になっていた。
ローサンに入店して、買い物かごを手に取る。
するとちょうど目の前のレジにいたお姉さんが、こちらを向いて笑いかけてくれた。
「あ、いらっしゃい! 今日もコンビニのご飯? だめだよー、ちゃんと栄養あるもの食べないと!」
親しげに話しかけてくる金髪のお姉さん――渋谷さんは、冗談めかしてそんなことを言ってくる。名前はネームプレートをこっそり盗み見た。
私はスマホを取り出してメモ帳を開き、素早く文字を打ち込んでいく。
『おはようございます、渋谷さん。今日もお疲れ様です』
「あはは、ありがとー。律ちゃんが来てくれると癒されるよー」
私が差し出したスマホの画面を見ながら、渋谷さんは疲れたようにコテンと首を傾ける。
そんな彼女の様子に、私も遠慮気味に微笑んだ。
コミュニケーション能力のステータスが、どの程度私に影響を与えているのかは分からない。
ただ色々試してみた結果、少なくとも筆談に関しては問題なく行うことができた。
少しまどろっこしいし、会話のテンポも悪くなるけれど、まったく意思疎通が図れないわけではなくて助かった。
口には出せないが、文字にして見せたり、首を振って意思表示をする分には問題ないようだ。
「律ちゃんはこれから出かけるの? 朝から大変だねー」
『いえ、朝帰りです。これから帰って寝ます』
「うわっ、不良だ。やるねぇ!」
この三日で、渋谷さんとはかなり仲良くなれた気がする。
というのも、私が最初に『しゃべるのが得意ではないので、筆談でお願いします』と書いて見せた時、嫌な顔ひとつせずに頷いて、それから何かと面倒を見てくれているのだ。
どうやら初日の私の様子を見て、ずっと心配してくれていたらしい。
すごく優しくて、面倒見がよくて、頼りになる。本当に素敵な人だ。懐いてしまうのも仕方ない。
「夜ふかしもいいけど、ちゃんと寝て、ちゃんと食べないとだめだよー?」
『渋谷さん、なんかお姉ちゃんみたいですね』
「えー、こんな可愛い妹ならぜひほしいなぁ! どう? うちに来る? 今なら売れ残りのお弁当もつけちゃうぜ!」
『店長さんに怒られますよ』
ノリよくおどけてくる渋谷さんを見て、ついクスクスと笑い声が漏れる。
そんな私の様子に、渋谷さんも満足そうににんまりと笑った。
それからおにぎりとインスタントのお味噌汁を買って、他のお客さんが入ってくるまで他愛もない雑談に興じた。
渋谷さんに「野菜も食べなさい」と怒られたので、次からはサラダも一緒に買いますと約束してコンビニを出る。
ああ、本当にこの人がお姉ちゃんだったら、毎日楽しいだろうなぁ……なんて思いながら、レジ袋を片手に自宅までのんびり歩いた。
「はぁー、やっと帰ってきたー……流石に眠いなぁ……」
ふらふらになりながら、なんとか自分の部屋までたどり着く。
連日の徹夜は相当体に負担をかけていたようで、寝不足のせいか少し頭が痛かった。
「シャワーだけ浴びてさっさと寝ちゃおう……これからのことは、まあ起きたら考えるってことで……」
明日できることは明日やる。ああ、なんてダメ人間。
退廃的な生活の甘さに浸りながら、熱いシャワーを浴びてベッドに潜り込む。
明日は真面目に生きなきゃと思いつつ、頭のどこかでは、今度は何の曲を歌おうかと考えてしまっている。
ダメだとは分かっている。分かっているけれど……ああ……。
「……幸せだなぁ……」
本当に、心の底からそう思った。
自由に歌を歌えるだけで、毎日がこんなにも楽しい。
どうして自分がゲームの世界に来てしまったのかは分からない。
だけど今この瞬間は、間違いなく私の人生で一番幸せな時間だった。
――どうかこの幸せが、いつまでも続きますように。
温かな幸福に身を委ねながら、私の意識はゆっくりと夢の世界に落ちていった。
* * *
――〈00:00:03〉――
――〈00:00:02〉――
――〈00:00:01〉――
――〈00:00:00〉――
――〈ミッションに失敗しました。ペナルティが発生します〉――
* * *
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