VTuber育成ゲームに転生したけど、ステ振りに失敗しました 作:bnn
今見たら日間19位まで上がってました。
読んでいただいた皆様、誠にありがとうございます。
三日連続のカラオケから帰宅して、這いずるようにベッドへと潜り込んだ翌日。
眩しい日差しに顔を焼かれて、私は目を覚ました。
どうやら昨日……というか今朝の私は相当疲れ切っていたようで、カーテンを閉めることすら忘れてすぐに眠ってしまったらしい。
睡眠不足と長時間歌い続けたことで、自分でも気付かないほど疲労が溜まっていたみたいだ。
「ふ……ぅ……あぁ……」
大きく背伸びをすると、肩と背中からパキポキと音が鳴った。
心地よさに頬を緩ませながら、ベッドを降りて洗面台へ。冷たい水を出して、バシャバシャと顔を洗う。
リビングに戻って、窓から外の様子を眺める。
とてもよく晴れていた。太陽の位置を見るにまだ午前中、それも結構早めの時間のようだ。
「あんまり寝れなかった割りに、頭はすっきりしてる……これもこの体になった恩恵かなぁ?」
だとしたらありがたいことだ。
朝帰りだったので、睡眠時間はせいぜい一、二時間がいいところだろう。
それなのに、八時間しっかり熟睡したみたいに頭が冴えていた。
「体力がついたか……それかショートスリーパーにでもなったのかな……あ、朝ごはん食べよっと」
軽い空腹を覚えて、冷蔵庫の扉を開ける。
たしか帰ってくる前に、おにぎりとインスタントのお味噌汁を買っておいたはず。
「……あれ? おにぎりは?」
しかし冷蔵庫の中は空っぽで、おにぎりも味噌汁も入っていなかった。
不思議に思いながら扉を閉める。
「寝る前に無意識で食べちゃったのかな? うわ、やばー。記憶なくすほど疲れてたのか、私……」
睡眠不足は人を壊すと言うけれど、まさかほんの数時間前の記憶が飛ぶほど追い詰められていたとは思わなかった。
もしかしたら今もただの空元気で、体の方は限界を越えてたりするのかも。
もう一回寝た方がいいかな……と思いつつ、しかしこの空腹には抗えそうもない。
よし、朝ご飯だけコンビニで買ってくるか。
「まだ渋谷さん働いてるかな……こんなにすぐ行ったら笑われちゃいそうだけど」
『どんだけ腹ペコだったの?』とか、『そんなに私に会いたかったかー』とか言いながらニヤニヤ笑う顔が容易に想像できる。
何かうまい返しでもないかと悩みながら、出かけられる服装に着替える。ついでにキャスケット帽を目深に被り、黒いマスクを着けて顔を隠した。
不審者みたいな姿だが、知らない人に素顔をジロジロ見られるよりはマシだ。
「よし、準備おっけー。行くか」
しっかり顔が隠れていることを確認して家を出る。
外の通りを抜けて少し歩き、すっかり行きつけとなったローサンに到着した。
自動ドアをくぐると、渋谷さんがレジでお客さんの対応をしているのが見えた。
挨拶したかったけれど、仕事の邪魔をするのは申し訳ない。人が減ったらレジに並んで、その時に少しでも話せたらいいな。
そんなことを考えながら商品を見に行って、ふと自分がストーカーみたいになってないかと不安になった。
ついさっき相手してもらったばかりなのに、数時間後にまた会いにきて、話せるタイミングを窺ってるって……やばい、客観的に見たら気持ち悪すぎるだろ、私……。
「……いやいや、渋谷さんはそんなこと思わないから!」
渋谷さんに『うわっ、また来たの……』と引かれる想像をしてしまって、左右に大きく頭を振った。
近くにいた女の子がビクッと震えて、すごい速さで離れていく。
自分の格好と行動を冷静に振り返った。
完全に変質者だ。
涙が出そうになった。
「……あ、トマトサラダ。美味しそう」
現実逃避気味に商品棚を眺めて、プチトマトとスライスされたトマトがたくさん入った彩り豊かなサラダを手に取った。
そういえば、渋谷さんと『サラダも一緒に買う』って約束してたっけ……と思い出し、ちょうどいいやとそのままかごに入れる。また渋谷さんのこと思い出してる、とは考えないようにした。キモすぎるので。
「ありがとうございましたー!」
ハムサンドが売り切れていたため、代わりにたまごサンドをかごに入れたところで、ようやくお客さんの波が途絶えた。
別にチャンスと思ったわけではないが、ちょうど商品も選び終わったところだったので、何気ない足取りでレジへと向かう。
「いらっしゃいませー!」
レジの前に立つと、渋谷さんが満面の笑顔で挨拶してくれた。
台の上にかごを置いて、ポケットから財布とスマホを取り出す。
渋谷さんがバーコードを読み込んでいる間にスマホのメモ帳を開いて、素早く文字を入力していった。
「お会計、六百十二円になりまーす」
笑顔で告げる渋谷さんに、スマホの画面を差し出した。
『お疲れ様です、渋谷さん。約束通りサラダを買いに来ましたよ!』
偉いでしょ、と自慢するように文章を見せつける。
渋谷さんはその文章を読むとポカンとした表情を浮かべ、スマホとサラダの間で視線を彷徨わせた。
あれ、約束忘れちゃったかな。
私がコテンと首を傾げると、渋谷さんは困ったように眉を下げて笑った。
「えーっと……すみません、何かお約束してましたっけ……?」
――え?
どこか距離を感じるその言い方に、ともすれば嫌われてしまったかと嫌な汗が滲む。
しつこく付きまといすぎただろうか。
いちいち筆談なんて面倒くさいだろうし、まともに会話ができない私に合わせてくれていただけで、本当は嫌々接していたのかも。
そう思って、すぐにスマホに文字を打ち直した。
『すみません、何度も話しかけてしまって。忙しかったですよね。気にしないでください』
スマホを差し出してから、深く頭を下げた。
心臓がバクバクと音を鳴らしている。
渋谷さんに距離を置かれたことは悲しかったけれど、それ以上に、気付かないうちに迷惑をかけてしまっていたことが申し訳なくて、つらかった。
でも、勝手だけれど……この人には嫌われたくないなぁ……。
そんな身勝手なことを思いながら顔を上げると――
「――あの……私たち、どこかでお話しましたか……?」
戸惑った表情を浮かべる彼女と、目が合った。
へっ――と、口から声にならない音が漏れる。
「すみません、覚えてなくて。どちら様でしたっけ……?」
困惑した様子で尋ねてくる渋谷さんに、嘘や冗談の気配はない。
だからこそ、余計にきつかった。
頭が真っ白になって、上手く呼吸ができない。
だけど彼女を困らせてしまうのは本意ではなくて、私は震える手で必死にスマホを触った。
『すみません。人違いでした。お会計お願いします』
それだけ入力してスマホを差し出した。
指の震えが止まらなかったので、台の上に置いて画面を見せる。
この時ばかりは、筆談でよかったと思った。コミュニケーション能力がどれだけ高くても、今はちょっと声を出せそうにない。
渋谷さんは納得したように頷くと、私が乱暴に取り出したお札を受け取って、お釣りを渡してくれた。
「あ、お約束してた相手ってうちの店の人ですか? よければ伝言とか伝えておきましょうか?」
お釣りを財布にしまっていると、渋谷さんがそんな提案をしてくれた。
相変わらず面倒見がいいというか、優しい人だ。
マスクの下で小さく笑いながら、首を横に振った。
そしてペコリと頭を下げて、足早にコンビニを出ていく。
――まだだ。まだ泣くな。
家までちゃんと、我慢しないと。
自分にそう言い聞かせながら、目に力をこめて歩き続ける。
家までの道のりが、やけに長く感じた。
家に帰ってきた私は、足を抱えてソファーの上に座り、ぼーっと天井を見上げていた。
出かける前の空腹が嘘だったように、まったく食欲が湧かない。
なんだか何をする気にもなれなくて、ただただ無気力に時間を浪費していた。
床には投げ捨てたキャスケット帽とマスク、レジ袋が転がっている。
「……これからあのお店、行きづらいな……」
私の後ろ向きな言葉は、誰に届くこともなく天井に溶けていった。
どうして渋谷さんに忘れられてしまったのかは分からない。
もしかしたら私が嘘を見抜けなかっただけで、本当は覚えていたのかも……とも考えたが、それはそれでしんどい。本人相手に他人のふりをするって、相当嫌っていないとできないだろうから。
顔を隠していたから分からなかっただけかも、と都合よく考えたいところだけど、残念ながら今と同じ姿で会話したこともある。
可愛い帽子だね、なんて褒めてくれて……あ、やばい。思い出したらまた泣きそうだ。
「私が何かしちゃったのかなぁ……あーーー、もうやだ、死にたい、死ね私、あーー」
部屋でひとり、他人には見せられないような情けない姿で弱音を吐きまくる。
口ぐせになってるだけで本当に死にたいわけではないけど……いや、やっぱり五パーくらいは本気で死にたいかも。
ソファーの背もたれに後頭部をゴンゴン打ち付けながら、泣き言を言って情緒を整えていく。
しばらく続けていると、少しだけ冷静になれた。
「あー……なんか今日はもう、なんもやる気が起きないなぁ……」
昨日あれだけ『明日やろう』とか言ってたやつの言葉とは思えないけれど、どうしても体に力が入らなかった。
かろうじて腕くらいは動きそうだったので、テレビのリモコンを取って電源をつける。
何か見たい番組があるわけではないが、無音でいるのがつらかった。何でもいいから情報を頭に入れたい。
そう思って、テレビから聞こえてくる音声に耳を傾けた。
『今週のヒットチャート! デイリーシングルランキング、ベスト10はこちら!』
「……え?」
聞き覚えのあるセリフに、思わず疑問の声が漏れた。
背もたれに乗せていた頭をむくりと起こす。
そして画面を見て、愕然とした。
ランキングが一から十まで、まったく同じだったのだ。
三日前、初めてこの体で迎えた朝に見た、あの時のランキングと。
慌ててランキングの日付を確認すると――
「嘘でしょ……」
そこには、三日前の日付が映っていた。
もしかして再放送か? と疑って、すぐにスマホの時計を確認してみる。
ホーム画面にも、何ならカレンダーのアプリを見てみても、間違いなく三日前の日付が表示されていた。
「戻ってる……この体になった朝に……」
あまりのことに思考が追いつかず、放心しながらそう呟く。
しばらくそのまま無言でテレビを見続けていたが、ふと思い立ち、弾かれたように立ち上がった。
「――――っ‼︎」
お腹の底から、ジリジリと焦げ付くような怒りが湧いてくる。
どうして渋谷さんが私のことを忘れてしまったのか分かった。時間が戻ったからだ。
そして、そんな超常現象みたいなことができるのは――
「こんなこと……絶対あのゲームの仕業に決まってる……っ」
乱暴にPCの電源を入れて、『Ultimate VTuber』を起動する。
すぐに〈キャラクターデータ〉の画面が表示され、私と同じ姿の3Dモデルを睨みつけた。
「……ん?」
画面の中に違和感を覚えて、少し視線を動かす。
違和感の正体はすぐに見つかった。画面の右下に、〈ログ〉と書かれたアイコンが増えている。
クリックしてみると、カラフルでサイバーチックな背景の上に、可愛らしい文字でテキストが表示された。
――〈ミッション! 初配信をしよう〉――
――〈ミッションに失敗しました。ペナルティが発生します〉――
そのテキストを読んで、私は画面を叩き割りそうになった。
――ペナルティがあるなんて聞いてない……!
腕をぐっと押さえ込んで、PCを壊したくなる衝動をかろうじて堪える。
感情的になったっていいことはない。体の力を抜いて、深く息を吐き出した。
そもそも考えてみれば、今回の件に限らず、このゲームから事前に聞かされていた情報なんてほとんどない。手探りでやっていくしかないんだ。
ペナルティのことだって寝耳に水だけど、こんなわけの分からないゲームに腹を立てても仕方ない。
それよりも、これからどうするのかを考えないと。
そう思考を整理して気持ちを落ち着かせていると、PCから『ピロンッ』という電子音が鳴った。
「ああもう……今度はなに……?」
不安になりながらログを閉じて、元の画面に戻る。
ホーム画面の右上に、新しくアイコンが表示されていた。三日前にも見た、半透明の赤いアイコンが。
「これ……もしかして……」
どうするべきか少し悩んだものの、まずは見てみなければ始まらない。おそるおそるアイコンをクリックする。
嫌な予感に限って的中してしまうもので、画面には〈ミッション!〉と書かれたウィンドウが、でかでかと表示された。
――〈ミッション! 初配信をしよう〉――
ウィンドウに書かれた文字を読んで、背筋が凍った。
慄然として動けずに固まっていると、ウィンドウが勝手に小さくなって右上に移動し、そこに再び『72:00:00』という数字が現れた。
そこでようやく、私はこのゲームの進め方を理解することができた。
「つまり……ミッションをクリアするまで、何度でもやり直しさせられるってことね……」
ははは、と乾いた笑いが口から漏れた。
ペナルティとはすなわち、この三日間がなかったことにされるということ。
時間を先に進めたいなら、何がなんでもミッションを達成しろ、と……そういうことか。
……私は目を閉じて、この三日間の自分の行動を振り返った。
といっても、頭に浮かんでくるのはカラオケで歌ってた時の記憶ばかり。
おかげでこの世界の音楽を多少知ることはできたと思うけれど、配信に必要な――つまり、ミッションの達成に必要な行動なんて何ひとつ起こしていない。
「……浮かれてたな」
思いがけず手に入った、全力で歌える体。
その幸福に溺れて、本当にやるべきことを後回しにしてしまっていた。
ゲームに怒るより、まず自分に怒るべきだった。反省しよう。
ペチペチと顔を叩いて、気合いを入れ直す。
瞳の奥に燃えるような熱を感じながら、自分の意志を再確認する。
やがて覚悟を決めると、ゆっくり瞼を開いて――宣戦布告した。
「――いいよ。やってやるよ、初配信。登録者100万人集めて、このゲームを終わらせてやる」
画面の中で、私と同じ姿の3Dモデルが、不敵に笑っていた。
読んでいただきありがとうございます。
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