VTuber育成ゲームに転生したけど、ステ振りに失敗しました 作:bnn
二日目の朝を迎えた。
目を覚ました私は、朝食もそこそこにすぐPCの前に座り、昨日のうちに用意しておいたメールを一度読み直してから一斉に送信した。
イラストの利用許諾、配信用ソフトのライセンス購入と適用範囲についての確認の連絡、ネットでダウンロードできるカラオケ音源の利用許諾などなど……。
挙げていったらキリがないが、交渉が頓挫した時の保険も含めると、十数件はメールを送っている。
初配信だからというのもあるだろうけれど、本当にこの世界は個人勢に優しくない。
ため息をつきながら、何気なくPCに貼ってある付箋に視線を移した。
付箋には、何とか音源を用意できそうな楽曲がリストアップされている。
元の世界と比べて著作権管理団体がやたら枝分かれしていたせいで、『My Tube』上で使用できる人気曲を探すのにかなり時間がかかってしまった。おかげで今日も寝不足だ。
「オケの利用許諾がもらえるといいんだけど……とりあえず返事待ちかな。最悪、弾き語りでもするか……」
とは言うものの、生演奏は得意ではないので、できれば音源を用意したいところ。
一応昨日のうちに、何かのステータスが元々の演奏技術に悪い影響を与えていないか確認してみた。
ギターもピアノも普通に弾くことくらいはできたので、ひとまずは大丈夫そう。
特別上手くもない中途半端な腕前だけど、練習してきたことが水泡に帰すのはつらい。〈演奏力〉のステータス項目がなくてよかった。
「さて、それじゃ……返事を待ってる間に、何かやることあるかな。サムネはイラストの許諾によって変わるから叩き台だけ作っちゃうとして、あとは配信内容のネタ出しと……あ、告知! SNSアカウント作らなきゃ」
急いでいくつかのSNSアプリを起動して、新規アカウントを作成する。
アカウント名は……前と同じでいいか。
すべてのアカウント名を、『RiTZ』で統一。
「拡散力ないよなぁ……でもやらないよりマシかな……」
急ごしらえで作った、フォロワー0の新規アカウント。
本当に、元々の私のアカウントが生きてくれていれば……と悔やまれる。
明日の夜あたりに初配信を行うとして、前日に慌てて告知か……正直焼け石に水だろうけど、やっておいて損はない。何がきっかけで芽を出すかなんて分からないんだから。
とりあえず関連のありそうなめぼしいアカウントをすべてフォローして、リツブヤキしまくる。音楽会社とか、大手VTuberの事務所の公式アカウントとか、その周辺。
手当たり次第に根を張って、興味を持ってもらえるようにプロフィールとかも編集して……と。イラストとかの目処が立ったらちゃんと告知して、配信までの導線を作ろう。
そんな地道な作業を、ダウンロードしてある主要なSNSの数だけこなしていると、メールの受信トレイに企業からの返信が届いた。
「おっ。ここはたしか……」
いくつかのライバー事務所と業務提携してソフトの配信を行なっている、業界でも市場占有率の高い企業だ。
さすが大手だけあって、対応が早い。
メールアプリを開いて、さっと内容に目を通す。
「な……なんて丁寧なお断りメールだ……」
コピペか自動返信だろこれ、と疑ってしまいたくなるような定型句。
やっぱりこれだけ大きな企業ともなると、こういう対応にも慣れっこなんだろうか。
流れ作業すぎて、ベルトコンベアーで捌かれてるような気分になる。
「……いや、まあ仕方ない。ダメ元だったし、他に期待しよう」
メールを閉じて、アカウント作成の作業再開。
手を動かしながら、頭では配信の内容について思いを馳せる。
「私が作った曲のデータはPCに残ってたから、もし可能ならどこかで発表したいなぁ……貴重な残弾だから大事に使いたいけど……ううー、明日歌っちゃおうかなぁ!」
私が前の世界で作り続けてきた曲たちは、今のところ唯一と言ってよい、明確な私の武器だ。
『この曲を聴いた人はこんな反応をしてくれるだろう』とか、『この曲はこれくらい反響があるだろう』というのが既に分かっているメリットは大きい。
だからこそ世に出すタイミングは考えたいところなのだけれど、それ以上に歌ってしまいたい欲求が沸々と胸の内で煮えたぎっていた。
「……まあ、データ自体はもうあるし、音源はすぐ用意できるから……配信が近くなったら考えるか」
考え出すといつまでも思考がループしてしまうので、頭を振って強制終了。
長い白黒の後ろ髪が左右にぶんぶんと揺れた。
「おっ、またメール」
作業に集中しよう、と切り替えたところで、再びメール受信の通知が鳴る。
開いてみると、さっきとは別の企業からの返信だった。
「………………っ」
メールを読んで、ぐっと唇を噛み締める。
そうか……この世界は個人勢に優しくないと思ってはいたけれど、システムだけじゃなくて、
そこそこ辛辣な言葉が並んだメールを閉じて、深く息を吐き出す。
沈んだ気分のまま、再びSNSのプロフィール欄を埋めていった。
* * *
それから一日中待ち続けて、いくつかの企業やクリエイターの方から返信は来たけれど、どれもいい返事とは言えなかった。
しばらく粘って交渉してみた感じ、どうやら個人勢だからというよりは、何の実績もない私に自分たちの商品を使わせて、マイナスプロモーションになるのを警戒しているみたいだ。
個人で活動するVTuberはたいてい何らかの華々しい経歴の上に営業をかけるようで、ただの素人のお遊びにしか見えない私に大事な商品は使わせられない、ということなんだろう。
しかも『明日いきなり配信を始めます』なんていう無茶を言ってくるようなヤツならなおのこと。
まあ、気持ちは分からなくもない。
向こうだってプロのクリエイターで、大切に作った商品なんだし。
でも、じゃあ……私はいったいどうすればいいのか。
「実績なんてあるわけないじゃん……消されちゃったんだから。ほんと……」
――クソゲーだ。
三日で世間に周知されるほどの実績なんて、どうやって残せと言うのだろう。
すでに二日目の深夜に差し掛かっている。
明日の夜には配信したいのに、まだ何の準備もできていない。
送ったメールの半分ほどは返事をもらったが、すべて断られている。
残りの半分については、多分もう返ってもこないんだろうなと、半ば諦めかけていた。
「はぁ……誰でもいいから、少しは優しくしてよ……」
慣れない人との折衝に、神経がすり減っている。おまけに心ない言葉をたくさん浴びてしまって、精神的にもそれなりに参っていた。
深夜ということもあって、ひどく心細くなる。
このゲームの世界に、元々私が知っている人は誰もいない。
私を知っている人も、どうせ明後日の朝にはいなくなってしまう。
そうして、また迎えるのだ。
ひとりぼっちの朝を。
……想像したら怖くなった。
ベッドに入って、固く目を閉じる。
孤独を抱きしめるように、膝を抱えて眠った。
* * *
三日目は、お昼過ぎに目を覚ました。
初日にあまり寝れなかったせいだろうか。ずいぶん長いこと眠ってしまっていたみたいだ。
ベッドから手を伸ばしてスマホを開く。毎朝寝起きに、ビクビクしながら日付を確認する習慣がついてしまっていることに、今気が付いた。
時間を確認すると十四時半過ぎ。
一件だけ、受信トレイにメールが来ていた。
淡い期待を込めて、内容を確認する。
「………………さ、て。今日は……どうしよっかな」
すっかり見慣れてしまったお断りのメールを、冷めた心で閉じた。
明日の朝にはミッションの時間制限がきて、失敗すればまた時間が巻き戻るのだろう。
配信の準備は何もできていない。でももうこれ以上、やれそうなことがない。
せめて時間ギリギリに配信開始のボタンだけ押してみて、それで達成扱いにされるか試してみるくらいだろうか。
もし達成にならなければ、また一からやり直しだ。
だけどもう、それでもいいような気がしてきた。
一回目の時は渋谷さんの件で落ち込んでしまったけれど、どうせ今回は、誰ともろくに関わっていないんだし。
この世界の配信活動のことや、色んな企業の情報を知ることができた。
それを収穫に、また次の機会で頑張ればいい。
別にここで諦めたところで、誰に迷惑をかけるわけでもない。
「……どうせ巻き戻るなら、奮発して美味しいご飯を食べに行くのもいいかも。それにこの世界に来てから、カラオケとコンビニしか行ってないや。近くに何があるか全然知らないし、ちょっと散歩してみるってのもありかな」
一度諦めてしまえば、なかなか有効な時間の使い方のような気がしてきた。
これから長く生活していくんだし、せっかくなら住みやすい環境の方がいい。
しっかり気分転換をして、帰ってきたら三周目に何をするのか考えよう。
「……よし。まずはご飯だ。贅沢するぞっ」
わざと明るい声を出して、後ろ髪を引かれるような思いを振り切ろうとする。
顔を洗って支度を済ませ、歩きやすい服装に着替える。
軽めの上着を羽織り、マスクとキャスケット帽を装着。
一度だけ部屋の中を振り返ってから、スマホと財布だけ持って外へ出ていった。
* * *
そうして、歩き続けること二時間ほど。
散歩といえば聞こえはいいが、実際はあてもなく彷徨っているだけ。
結局食欲も湧かなくて、せっかく見つけた高級そうなお寿司屋さんも素通りしてしまった。
「はぁ……なーにやってんだー、私―……」
そう呟きながら、どこかも分からない橋の上で立ち止まる。
すでに陽はかなり傾いてきて、強い西日が責めるように私の体を貫いていた。
何もせずただ時間だけが過ぎていくことに、強い罪悪感と、無力感を覚える。
眩しさに目を細めながら、外の空気を目一杯感じたくて、帽子とマスクを外した。
橋の上だからか、少し風が強い。
帽子を取ると、まとまっていた髪の束が乱れて、風に乗って後ろに流れた。
「……んっ?」
ふと、ポケットに振動を感じる。
スマホを取り出して見てみると、二件の新規お断りメール。
見なきゃよかったと苦笑しながら、スマホの電源を落としてポケットにしまった。
「……あーあ。やっぱ世の中、そううまくはいかないなー」
今ので何となく気持ちが切れて、もうこのまま三周目を迎えてしまえばいいか、と心のどこかで思った。
橋の手すりに両腕を乗せて体を預け、沈んでいく夕日を眺める。
「……綺麗」
煌々とオレンジ色の輝きを放つ太陽を見つめながら、そう呟いた。
太陽に向かって手を伸ばしてみる。当たり前だけれど、まったく届きそうにない。
――遠くで輝いている憧れには、手なんて届きっこないのかな。
そんな諦観にも似た感情が湧いてきて、何をセンチになっているんだと自分を鼻で笑った。
もう少しだけ、あの沈んでいく夕日を眺めていよう。
そう思っていると――
「ストォーーーーーーーーーープッ‼︎」
「――へっ? ぐへぇっ⁉︎」
いきなり横から誰かが走ってきて、思いっきりタックルされた。
なんか首から鳴っちゃいけない音が聞こえた気がするし、倒れた拍子に頭を手すりにぶつけてしまう。
激痛に悶えつつ、突然のことに何がなんだか分からず驚いていると、タックルを仕掛けてきた下手人が私の上に馬乗りになって、ガッと肩を押さえつけてきた。
逆光になって顔が見えないけれど、何やら必死な形相をしているのだけは分かった。
「――早まっちゃだめだよ! まだ若いんだから、生きてれば絶対いいことあるからっ‼︎」
いや、ちょ、何言ってるんだこの人。
やばい、こんな時に言葉が出てこない。こんな状況でも体はステータスに縛られるのか。
「ねえ、お願い。あなたのことを私に教えて? もしかしたら何か力になれるかもしれない。だから、ね。自殺なんてやめようよ。これから色んなチャンスがあるかもしれないのに、自分で捨てちゃうなんてもったいないよ」
い、痛い、肩が痛い。
めちゃくちゃ力強いなこの人。すごい力で押さえつけられて、ピクリとも動かせない。
「ほら、こんなに可愛いんだもん。きっとこの先、いいことがいっぱいいっぱい待ってるよ……って、あれ? 君、もしかしてこの間の子?」
上の方で戸惑ったような声が聞こえて、肩を押さえていた腕の力が若干弱まった。
それでようやく余裕ができて、私はその人物の顔を確認することができた。
――渋谷さん。
まさか、こんなところで会うなんて。
呆けている私をよそに、渋谷さんは私を地面に座らせて、そっと抱きしめてきた。
未だに私が自殺しようとしていたと勘違いしているようで、耳元で何度も、『大丈夫、大丈夫だよ』と囁いてくれている。
……えーっと。これ、どうしよう。
状況がまったく飲み込めず、私は優しく背中を撫でられながら、ただぼーっと夕焼け色に染まる空を見上げていた。
たくさんの感想と評価、ありがとうございます。
返信できておらず申し訳ありませんが、温かいお言葉を勝手に励みにさせていただいてます。
今後ともよろしくお願いいたします。