孤高にして伝説の金髪美少女ヤンキーちゃんに挨拶したらストーキングされた。 作:さやん
僕が風邪で数日倒れてしまい、学校へ行くのが遅れたという話はしたけれど。
実を言うとその間、僕はほとんどの時間家で一人だった。
両親は僕が幼い頃に離婚して、父親の顔は正直覚えていない。
母は仕事で不在がち。
だから、その状況で風邪で寝込むと、無性に不安を覚えるのである。
孤独感というか、なんというか。
そして、今日のこと。
雨の中でぽつんと佇む少女を見た時。
風邪を引いていた時の自分と、彼女が重なって見えたのだ。
だから冷静でいられなくなった。
いや、冷静じゃなかったのはそもそも彼女に一日中ストーキングをされていたからな気がしなくもない。
とにかくそんな精神状態で、僕は傘とタオルだけを持って家から飛び出した。
もちろん、彼女にどうやって声をかければいいかなんて、考えてもいない。
もちろん、彼女の不興を買ってボコボコにされるなんて、考えてもいない。
もちろん、彼女がどうして雨の中僕の家の前にいるかなんて、考えてもいない。
ただ、そうしている彼女が見ていられなくって、僕は。
「そんなところにいると風邪引くだろ! 古原!」
彼女に呼びかけていた。
静寂が満ちる。
僕は自分の分の傘を指して、古原に傘を差し出している。
味気のないコンビニのビニール傘に、ひっきりなしに雨粒が落ちて。
僕たちはただそれを聞いていた。
やがて、彼女の視線がこちらへ向く。
目線があった瞬間、とんでもない圧力が彼女からこちらへのしかかる。
死、という言葉を本気で意識したことはなかったが。
その一瞬、僕は間違いなくそれを意識していた。
だからか、冷静になる。
僕の頭の中に、“どうしてこんなことを”という考えが浮かぶ。
浮かんでしまう。
そうすると、もうダメだ。
一気に体中が恐怖に支配され、今すぐこの場を逃げ出したくなる。
僕のしていることが独りよがりな行動で、どうしようもなく愚かな行為なんだと自分を罵倒したくなる。
血の気が引いて、意識してしまった死の恐怖を、本気で体が恐れているのがわかる。
――ただ、それでも。
だとしても。
この傘だけは、古原に受け取って貰わないと。
いくら彼女が伝説的なヤンキーで、誰にも負けない無敵の存在だったのだとしても。
それでも、彼女だって人間なのだから。
だから僕は、彼女の前から逃げれなかった。
そして、沈黙。
数秒か、永遠か。
どちらとも思えるくらいの時間が流れて、そして彼女は、口を開く。
審判の時、もしくは、運命の瞬間。
僕は、彼女に――
「……………………こん、ばん、わ」
挨拶を、された。
僕が、彼女に初めて会った時のように。
まるで、それが普通であるかのように。
僕は、彼女に、……挨拶をされた。
==
もしもの話をしよう。
もしも、生まれた時からそのすさまじい威圧感で、周囲を屈服させてしまう少女がいたとして。
目を合わせれば、誰もが彼女に支配される感覚を覚えてしまう。
そんな異能じみた眼力を持って生まれた少女がいたとして。
果たして彼女は、どんな人間に育つだろう。
その異能で、全てを支配して思うがままに人生を謳歌する?
確かにそういう人もいるだろう。
持って生まれた才能と、それを遺憾なく発揮する行動力。
それを持っている人間は、それがどんな内容であれ、この世界に強烈な爪痕を残す。
では、彼女がその行動力を身につける可能性は、果たしてどれだけある?
世界には多くの人がいて。
その殆どは、世界を変えるような行動力を持たない人間だ。
威圧の眼力が、行動力のある人間とない人間、どちらに備わる可能性が高いかといえば――言うまでもなく後者である。
古原久利須とは、そういう少女だった。
「不思議だった。……天田くんは、怖がってるのに、それを顔に出さなかった」
「……だからストーキングを?」
「え? あっ、いや、あっ、ちが、くて」
「いや、ごめん。冗談のつもりだった」
話してみれば。
彼女はなんてことのない、普通の少女だった。
どちらかというと、引っ込み思案の――僕と同じ、陰キャ側の人間だった。
あの後、タオルだけではこの時期冷えるだろうと、適当に家の中から引っ張り出したコートも古原に渡した。
今は、二人で玄関の前で立って話をしている。
家の中に入って……と、流石に同年代の女子にたいして言う度胸は僕にはない。
椅子の一つでも持ってこようかという提案は、素気なく断られてしまった。
だからこうして、二人で立って話をしている。
古原は可能な限り、僕から視線を逸してこちらを威圧しないようにしつつ。
僕はその配慮で、古原に申し訳なくさせないように努めて普通に。
目を合わせなければ、古原は普通の女の子なのだから。
そうさせてしまうことは、少し申し訳なくはあるけれど。
今は、単なるクラスメイトとして、僕と古原は話をしていた。
「私……友達とか、いなくて。パパとママじゃない人から挨拶されたのも、うまれて……初めてだった」
「……そんなにか」
「うん……だから、どうすれば、いいか……わかんなくって」
僕は彼女に挨拶してから、ずっと恐怖を感じていたわけだけど。
その間、彼女はずっと一人で混乱の只中にあったわけか。
何というか、お互い様というやつだろうな。
挨拶一つで好意を、なんてのは漫画の世界だけれども。
彼女の境遇を考えれば、それは漫画よりも更に稀有な状況で。
今の僕には、そんな状況で混乱し訳も分からず行動している彼女の姿は、とても自然なものに思えた。
「天田……くんは、他の人と違う、わけじゃ……ない、んだよね?」
「そうだな……本人に言うと失礼だけど、目を合わせるのは、やっぱり怖い」
「……うん、いいの、わかってる……から。それが普通だから、ね?」
「……」
そう行って、古原は苦笑する。
それは決して、俺を慰めるためだとか、自分を慰めるためだとかそういったものではない。
自然と溢れた苦笑だった。
慣れてしまっている、これが自然になってしまっているんだろう。
「天田くん、は、どうして……私に、えっと、挨拶……を、その、して……くれたの?」
「……こっちの事情なんだよ。風邪で学校に行けなかったから、少しでも溶け込める努力をしよう……って」
「…………そっか」
そうして、沈黙。
元々、俺と古原の間に共通の話題なんてない。
こうして話をするまで、言葉を交わしたのなんて朝の挨拶だけという関係なんだから。
話が進まないのは当然だった。
でもまぁ、無理に話に突き合わせるのも、それはそれで悪いだろう。
「そうだ、古原。もう十時過ぎてるんだけど、帰らなくていいのか?」
「え? あ、うん。ママは……夜勤、だから、家には、私一人……だし」
「……お父さんは?」
「えっと、海外に、いるの。私のパパって、外国人、だから。ほら、私の髪は、パパ、譲りで」
ああ、と納得する。
名前で見れば、全然そういう要素がなかったけれど。
古原はハーフなのか。
この金髪は地毛で、染めたわけじゃない。
まぁそりゃ、彼女の様子を見る限り、髪を染めるタイプには思えないわけだけども。
「じゃあ、僕と一緒なんだな。僕の母さんも今日は夜勤で帰ってこないし」
「そう、なんだ……アレ?」
古原は一瞬納得して、それから疑問符を浮かべた。
僕が父親に言及しなかったことに違和感を覚えたんだろう。
「ああ、父さんは離婚した……らしい。僕が物心付く前だから、顔も知らないけど。まぁ、死んでないからそんな重い話でもないよ」
「えっと……」
古原の特殊な事情と比べれば、あまりにも普通な……大したことのない事情だ。
強いて言うなら、それが風邪を引いた時の孤独に繋がって、こうして古原に傘を渡そうとする行動の起因になったりはしたけれど。
「天田……くんは、すごい……ね」
「……?」
何故か褒められた。
しかも少し嬉しそうに。
なんだろうと思うが、はっきりとはしない。
変なことはしてないと思うんだけど。
ともあれ、これ以上こうして話をしている理由もなくなった。
正直、お互いのことなんて何もしらないけれど。
でも、だからといってここでこれ以上交流を深める必要はないのだから。
だって――
「あの、天田……くん」
「ん?」
「あ、明日……明日も……えっと、その」
「ああ、また明日、学校で」
「……!」
俺たちは、クラスメイトなんだから。
「……うん! また、明日!」
笑みを浮かべて目を細めれば、自然と瞳は閉じるものだ。
そうやって、古原は華やぐような笑顔を僕へと向けた。
威圧感とか、とんでもない眼力なんて感じさせるはずもない。
満面の笑み。
――俺は、多分初めて、古原の顔を正面から見たことで。
彼女があまりにも可憐であると、その時初めて理解したのだ。
そして、
「あ、古原! 傘持ってってくれ、まだ雨振ってるから!」
そのまま、走り去ろうとする古原を、俺は慌てて追いかけるのだった。
絶対明日返すからと、すごく感謝されて、少しだけ気恥ずかしかった。
==
初めて、挨拶をした。
その人の名前は、天田草平くん。
彼はここ数日、風邪で学校に来れなかったらしい。
高校に進学して早々のことで、天田くんは不安だったんだろう。
最初に学校へ来たら、必ず隣の席の人へ自分から挨拶をする。
そう心に決めていたらしい。
その相手が、たまたま私――周りから怖がられている、古原久利須だったんだ。
だから、天田くんは私を見た時、他の人と同じように私を怖がった。
私の目は、どういうわけか他の人をとても怖がらせてしまうらしい。
そのせいで、私は周りから『伝説の美少女ヤンキー』なんて呼ばれている。
別に、そのことが嫌というわけじゃないけれど、私に友達がいないのはこれのせいだ。
せめてもう少し、漫画みたいにカッコイイ二つ名がついていれば、慕ってくれる人もいるのかな?
でも、それには多分“エピソード”が足りないんだと思う。
私は確かに凄い眼力をしているけれど、それだけだ。
喧嘩が得意だったりとか、そういうことはない。
一応、運動神経はいいみたいで、学校での成績は上から数えたほうが早いけど、それだけ。
だから、具体的に喧嘩して、こういう伝説を残したみたいなエピソードがない。
エピソードがなければ、どう呼べばいいのか解らないよね?
私は、そういう繋がりみたいなのが薄いんだ。
周りの人から怖がられるせいで、人との繋がりを作ってこれなかった。
だから天田くんに挨拶をされた時、どうすればいいか解らなくなった。
解らなくなって、私は天田くんを追いかけてしまったんだ。
声をかける勇気もないくせに。
そして終いには、家まで追いかけてしまうくらい、私は混乱していたんだと思う。
ただ、そうして一つだけ解ったことがあった。
天田くんは、絶対に逃げなかった。
こんな事をしたら、他の人は一目散に逃げ出してしまうのに。
どうして彼は逃げ出さないのだろう、私に怯えていないわけじゃないのに。
答えは単純だった。
彼は、雨の中どうすればいいのか解らなくなっていた私に気がつくと、傘を持って声をかけてきた。
聞けば、彼は両親が離婚していて、普段は一人で生活しているらしい。
だから風邪を引いた時、強い孤独を感じた。
だから、雨で風邪を引いてしまったら、私も同じ孤独を感じるのではないかと思ったのだ。
つまり、それは。
彼が私に親切をしてくれたり、私に対して特別だからではない。
天田くんが天田くんの理由で、そうしていたことだったのだ。
優しくて、まっすぐ。
学校に溶け込むための第一歩が『挨拶』なのも、彼ならば納得だ。
話をしているとわかる、彼は私ほどじゃないけどインドアな人間で、積極的なわけではない。
それでも、しっかりとした意志を持っている人。
私とは違う。
だから私は、凄いと思ったんだ。
こんなすごい人と、友達になれたら。
私も、彼みたいに変われるのかな?
答えは、解らない。
そもそも、解る必要もない。
だって私達はクラスメイトで、隣の席だ。
きっと、明日もまた、彼は私に挨拶をしてくれる。
私が勇気を出す猶予はいっぱいある。
だから、私はその事に希望を感じて、彼と別れ――
次の日、雨のせいで体調を崩して学校を休んだ。
こんなのあんまりだよ……ぐすん。
だいたいこんな感じの二人のラブコメです。