数十年前、さる国家規模の大召喚の暴走により世界規模で式姫が自動召喚され続ける状況になる。
それと同時に人に害を成す異界の存在、妖(あやかし)も発生し始め世界は人と式姫と妖の三つ巴の様相を呈し始める。
召喚の暴走を沈静化する方法も確立できず時は立ち、式姫達と一部の妖はというと・・・・・雑に、完膚なきまでに雑に、スナック感覚で・・世界に馴染んでいた。
やさふは、やさふろ姫という黒猫の妖が式姫と化した存在だ。
元々は弥三郎婆という狼の化生であるハズなのだがどういう訳か猫だ、猫耳娘という奴だ。
彼女は創作活動、主に恋愛を扱ったソレに興味を示し、今では立派な同人屋だ。
締め切りも差し迫った、暮れの忙しない夜に事件は起こる。
やさふは激怒した、必ずやこの災禍を除かねばならぬと決意した。
やさふに原因は分からぬ、やさふは沼の作家である。
百合を腐を、絵や文字に置換し、業深き二足のわらじを履きこなし暮らしてきた。
けれども〆に対して式姫一倍敏感であった。
眦を上げ、拳を固めその災禍に真っ向から対峙する。
「機械(からくり)は、・・・叩けば直る!!」
彼の偉大なる先達、土御門澄姫の言である。
実際「田野久は一度全部糸を切れ」はオンミョージに伝わる名言でもある。
進み出るやさふ。
やさふは目の前の「青い災厄」、デジタル派全ての嘆きを司る悪魔。
すなわちブルースクリーンを映し出すソレに向かい、力一杯拳を振り下ろす!
やさふは忘れていた、やさふは式姫である。
そのか細くしなやかな体躯に秘められた膂力は。
・・軽くゴリラを凌駕するのである、そしてパソコンは田野久ではなかった。
10分後、やさふは机に向かっていた。
昔取った杵柄、やさふは十数年ぶりにアナログを慣行していた。
コマ割り、構図、ネタ、全て頭の中にある。
ただ単に「もう一度全部最初から書き直す」それだけで良いのである。
そんなやさふの背後には、刀式姫でも中々繰り出せない美事な唐竹となったパソコンが鎮座していた。
人ならばその時点で諦めたであろう、首から「新刊落としました」の札を賭け
羞恥刑を甘んじたであろう。
しかしやさふは式姫である。
その徹夜と魔剤に蝕まれた,ボロボロの体躯でも体力と速度は。
・・軽く産業機械をも凌駕するのである。
高速でGペンを走らせる!逆の腕で乾いた尻から消しゴムかけだ。
そしてその二つの尾にはペンが括り付けられ、尽くベタを埋めていく!
仙狸直伝「二尾文殊」その技、未だに衰えず!
「FUOOOOOO!!之が!作家の!底力よ!!」
やさふ一推しのピンク魔剤と翼顕現させる赤牛魔剤、さらにはコーヒー粉直入れ100g、スタミナ用にチューブ大蒜全投入!
・・そんな悪魔ブレンドを飲み干し額にはヒエピタ、指にはタコ破損防止に二重の絆創膏を貼り・・・
その作業速度は限界を超え加速する!!
*翌朝*
主人公の瞳に達磨の目入れの如くにハイライトを加え、作品は完成する!
「よし、完成よ・・・いける・・いけるわ!!」
軽度の地震でも来たような錯覚に囚われながら、黄色に霞む視界の中いざ入稿の旅路のため立ち上がる。
・・・その動きがぴたりと止まり・・・おもむろに、自分の腕を嗅ぐ。
臭い。
まるで一月ほど風呂に入らずゲームに興じた挙句、それをワイルドだと表現する前時代のキモオタが如しスメルだ。
やさふは作家である、しかしその前に式姫であり・・・一人の女性であった。
しばしの間、シャワーの音と不規則で不安定な生活に不釣合いな、形の良いシルエットが浴室から確認できた。
猫耳サック付きの毛糸の帽子にハイネックのセーター、スリムなジーンズの上からダッフルコートを羽織い
やさふは玄関を開ける。
外は大雪、叩き付ける様な雪風に縮み上がりつつ、やさふはデジタル入稿のありがたみを思い返しながらどうしたものかと思案する。
この大雪だ、目算20cmは積もっている・・というか10m先になると視界もおぼつかない。
田園ものどかなやさふのアパート前は人の往来で雪が解ける気配もない、というか完全に無人である。
愛機キャリミではおそらく無理だろう、どころか4WDの自動車でも危ういかもしれない。
スマホで電車の運行状況を確認する・・もちろん、運休停止。
となれば、駅にして26駅向こうの印刷会社まで徒歩で行かなくてはならない。
締め切りは今日の10時だ、作家の沽券に賭けて遅れる訳には行かない。
それでなくともこの田舎町唯一の印刷屋は、締め切りに厳格な事で有名だ・・・最悪入稿拒否すらされかねない。
「成せば成る、成さねば成らぬ!・・・待っててね!読者!そしてフォロワー!!」
そう吠え立て、跳躍!一足で20mをも飛ぶ!視界は悪い。
しかし妖獣族の式姫であるやさふは視界以外の五感も獣と対等だ。
そのまま屋根を伝い、電柱を足場に思いつく限りの最短距離を駆ける、駆ける!駆ける!!
「式姫で良かったぁ!むしろ運休が怪我の功名ね!!」
着地!線路伝いに疾走!その様はまさに、超高速スタンドバイビー!
現在8時、〆まで後2時間。
果たしてやさふは、無事入稿出来きたるだろうか?
3つにおよぶ山に割りと大きな河。人の姿が無いからか妖の気配もする。
しかしそんな事はどうでも良い、やさふの頭の中は入稿・・その2文字で埋め尽くされていた。
線路沿いに走るやさふ。
見えてくるのは暗闇への入り口、3山ぶち抜く連続の大トンネルである。
通常であれば、光源が無ければ一寸先も見通せなかっただろう。
最も、やさふは猫の式姫だ当方に対策の用意有り!
ふとやさふは思い出す、ここは妖関連の噂が立ち上がっていた場所だった。
曰く、電車がトンネルに入ると外から窓をノックする腕があった。
曰く、ベストショットを取ろうとトンネルに侵入した撮り鉄が、挽肉になって戻ってきた。
曰く、頻繁に何かを跳ねたとかでトンネル内で急停止がある、調べてもなにもない。
曰く、肝試しに終電後トンネルに忍び込んだ少年達が、オンナノコにされて帰ってきた。
等々・・・2つ目は、新聞にも載り警察のみならず、陰陽師達による調査もあったがシロと判断された。
どうやら、線路内で電車に轢かれたのが死因らしい。
最後のはやさふの業界でも、それをネタにウス=異本を書く者もいたはずだ、というか買って使った。
そっと中を覗き込み、臭いを嗅ぐ・・・妖出現時特有の酸味の強い焦げたような臭い、すなわち瘴気臭はしてこない。
それを、確認するとやさふは躊躇なくトンネルに突入していった。
トンネルの中は当然ながら光源一つ無い真っ暗闇だ。
誰かの悪戯だろうか保線工事用の電灯は尽く破壊されている。
それに少し嫌な予感がしつつも、猫科の暗視能力を如何なく発揮し出口を目指しひた走る。
「スンッ・・」やさふの鼻が一つの異臭を嗅ぎ分ける、そして唐突に高まる妖気!
間髪居れずに、地面から無数に突き出され伸びてくる腕、腕、腕!
「ちょ・・・!!やっぱりか!!何がシロよ!杜撰調査にも程があるわね!」
トンネルの走破にに意識を向けていたやさふは、唐突な襲撃に一瞬反応が遅れてしまう。
隙を逃さず足首を掴まれ転倒、しかし咄嗟に振り払い転がりつつ立ち上がり跳躍!
壁を蹴り連続跳躍で、地面の腕の群から逃れようとする・・・しかし、それは罠だった。
壁から、天井からも凄まじいかずの腕が生え、やさふに掴みかかる。
やがて十数本もの妖の腕にやさふの四肢は拘束されてしまう。
無数の腕、力はか細い・・恐らく子供に毛が生えた程度だ。
十数本あれど、腕の一振り足の蹴り上げ一つで難なく振りほどく、しかし圧倒的な数である。
振りほどく先から幾度とも無く掴みかかられ・・その間にも鼠算に増えていく。
やがて何百何千の腕の濁流に呑まれていくいくやさふ!
「にゃ・・・・ぎゃあああああああああああああ!!!」
ちょっと汚声気味の絶叫を上げながら・・・・その姿が腕の中に消えてくのに10秒と掛からなかった。
「ギチッ・・・」「ミシリッ・・」
腕通しが絡み合う不快な音の中でやさふは囚われていた。
その周囲30cmほどには空間が開いており、えずくような濃厚な瘴気臭が充満している。
四肢は大の字に腕の壁の中に埋もれどれだけ力を籠めてもビクともしない。
・・肌寒い、いつの間にかコートは剥ぎ取られてしまっている。
自分が呼吸するよりも早く周囲の酸素が失われつつあるようで、少し朦朧としかけた意識の中
やさふは、この後の展開を走馬灯のように想像していた。
「いやまって、噂ではショタよね!?ショタ専よね!!?そういうアレなやつでしょ!?わ、私はおn」
目の前の光景に言葉を切るやさふ。
原稿を入れた鞄が、眼の前で幾本かの腕により弄り回されている。
「それを返せ!それは・・・ヒイ!!?」
短い悲鳴をあげ、息を呑むやさふ。
無数の腕がネットリと自らの体を這い回りだしたのだ。
形の良いラインを見せるタイトジーンズの上を這い回る。
セーターの上から不躾に掴みかかる腕はその中の双丘を歪に歪ませる。
酸欠気味と異臭、そして肢体を嬲られる不快感に正常な思考ができなくなる。
やさふは沼の作家である「そういう展開」の至宝もいくつか持ってるし、わりと使用気味だ。
しかし、妄想と現実では大違い、実際感じるのは官能などではなく恐怖と屈辱と不快感のみだ。
「カチンッ」
ジーンズのフロントボタンが外される、急速に青ざめていくやさふの顔面。
そして、羞恥を煽るかのように、ことさらゆっくりと
「ジーーーッ」
ファスナーが引き降ろされた。
露出した実に実用的なデザインの下着を伸ばしてはパチン伸ばしてはパチンと玩ぶ腕。
セーターも首元まで捲り上げられ、同じく実用的なブラは下から徐々にずらされ最早半分見えている。
硬く噛み締めた口をこじ開けようと、唇を這い回る無数の指先
中にはヘソを弄り回す腕もある、グリンと強く突き刺される度に、やさふの体が跳ねる。
もはや、大粒の涙を零しながら唇を噛み締める事しか出来ないやさふ・・と。
その時、腕はおよそ作家という生物に対する逆鱗に触れた。
羞恥と恐怖に呑まれかけた彼女の眼に映るのは、原稿を入れた鞄。
その中身は半分取り出されている、薄汚い汁で穢れシミになる。
やさふの眼から涙がひき、その瞳孔が極限まで細くなる・・・猫の激怒モードのアレだ!
「そ れ に ふ れ る な!!」
眼に霊力が迸る事を示す燐光が宿る。
全ての感情に怒りが優った!
もはや四肢も縛された身、刀や斧ならば万事窮すだっただろう、しかし彼女は槍使い。
その職能は、多少成れど術の類も行使が出来る。
「来たれ来たれまがつかぜ、微塵に刻め穿ち飛ばせ果てまで!「旋風地獄」!」
呪は完成し、やさふを中心に文字通り地獄がごとき猛風が吹き荒れる!
猛風は刃となって腕を切り刻み、さらには鎚となって打ち据える!
一気に弾き飛ばされる包囲網!原稿も数枚飛んだが、神速で回収するやさふ。
かばんをひっ抱えひとまずセーターを引き下ろし、猛然と出口まで疾走!
獲物を逃しあわてて追いすがる腕。
虚さえつけなければ、妖獣族の反射神経には到底追いつけない!
天井から腕が迫る!スライディングで一瞬で潜り抜ける。
それでもしつこいモノは、爪の一掻きで引きちぎる!
足元から腕が生える!左右から壁を作ろうとする腕!
タイミングを見計らい、人一人分の穴をライオンの輪潜りのように突破!
計算どおり、背後から迫っていた腕を巻き込み絡まっていく。
トンネルから一気に駆け抜けるやさふ!
それを追って、まるでところてんのように迸る腕!
いつしか腕同士は融合しあい、まるで蛞蝓が如し。
背後を振り返り「・・・うわぁ・・・」と呻きながら、やさふは速度を落とさず駆ける!
そしてついに、第一のトンネルを抜け切る事に成功する!
すぐ前方、距離にして50mほど前に第二のトンネルが見えてくる。
ズズズズ、前方から嫌な音がする。
そう思った間髪入れずに、トンネルの入り口から同じような腕の群れが迸る!!
「もーーー!なんなのよ!これは!後で陰陽寮に訴えてやる!!」
内心「じゃあお前に調査と討伐まかせたww」そう言われるだろなーと予想しつつ
前後から迫る腕の群れと対峙するやさふ。
引き付けて・・・引き付けて、ギリギリで経路変更!線路から横っ飛びに跳躍し疾走!
突然の起動変更に獲物を見失い、前後同士激突する腕の群れ。
そのまま絡まりあい一つの玉になる見るもおぞましい腕状の蛞蝓玉。
・・玉から再度腕を伸びてくる、ゆっくりと鎌首をもたげそして意外な速度でやさふに向い迸り・・
それらはまるで見えない壁があるように弾かれた。
まるでパントマイムのように蠢めく腕の群れ。
どうやらあの腕は「線路」というテリトリーからは出る事は出来ないらしい。
と、中から何かがせり出てくる。
それはどうにも冴えない中年男性の顔、4mはあるだろうか。
未練がましそうに、やさふを凝視し陰に篭った甲高い声でつぶやく。
「女・・女だ、さわりタい、撫でまわシタイ
恥ずかしがるそのカオみたい、そして、そしてそしてぇ!挿・・挿挿!!」
こちらに来ないのを確認し衣服の乱れを直しながら、やさふは軽蔑の極みの表情で言う。
「ああ、痴漢かなんかの妄執が化けて出たか・・いや待てよ、あの顔確か挽肉になった撮り鉄。
陰陽寮のファイルに載ってたわ確か・・・・。
そうか・・・あの撮り鉄がトンネルで轢かれるか何かして死んでから、
そいつの霊と妄執と噂が融合して・・・怪異が真実になったのね」
「うーん・・このままにはしておけないよね。
・・・ウスい展開は2次のみで!!やさふ先生とのお約束よ!さて、パパッと仕留めるわ!」
愛用の双刃槍を具象化、原稿を取り戻した以上手加減する理由も無い。
先ほどの不埒な行為への怒りも鎮まり返らぬ中、やさふは自らの最大威力の技を行使する!!
急速に冷気を帯びる槍・・疾走!その井出達も変化し戦装束へと変化する。
暖かそうな赤い井出達、陰陽師達がクリスマスモードと呼ぶ衣装だ。
しかし、その深紅の姿から繰り出されるのは・・・ねこに似つかわしくない、極寒の力だった。
吹雪を纏い瞬時に肉薄する!
それに掴みかかるが・・・残像だ。
すでにやさふは敵の頭上まで跳躍し槍を振りかぶる。
「槍技・氷血烈風槍、氷の粒と化しなさい」――氷刃一閃!
吸い込まれるように、極寒の刃が妄執を凪ぐ。
驚愕の表情で痴漢の妄執は凍結、全身にヒビが入りだす。
さらに十文字に亀裂が入りみじんに粉砕されていく!
その破片を空に巻き上げる吹雪
「討伐完了!」
氷爆霧散する怪異をバックに得意げにガイナ立ち。
一息つくやさふ。
通常形態に戻る・・・怪異が消滅したからか、衣服や体の穢れや、原稿のシミも消えている。
ホッと安堵し、再度線路上を走り出そうとしてふと足を止める。
目の前には、2つ目のトンネルが口をあけている。
あの手の妖がまた居ないとも限らない、流石に躊躇するやさふ。
時間を確認すると、現在8:20分。
それほどのロスにはなっていなかったようだ。
「うーん・・うん。山を突っ切る!」
道路沿いだと、山三つを大きく迂回するルートになる、流石に間に合わない。
ならば、山を縦走したほうが彼女にとってはやりやすい。
やさふ自身山は得意とする場所だ、なんせご先祖は峠にて人間を襲撃していた老狼の妖だ。
狼が、何時何処でどういった経緯で黒猫の式姫と化したのかは不明だ、陰陽師の記録にも無い。
閑話休題、息を整え山を見据え・・・駆け足でそのまま山中へ消えるやさふ。
まだ道中は長く険しい。
一面の銀世界、雪は足首あたりまで積もり、樹氷をも出来ている部分すらある白い山中をやさふは駆ける。
方角は問題ない仮にも妖獣族だ、速度も落ちない、元々は峠や山岳の妖が祖先だ。
いっそ、市街地よりも軽快に山中を駆けるやさふ、その動きに一切の迷いなし!
・・・・問題があるとすれば・・・・
「さ・・・寒い!!インナーもう一枚着てくればよかったぁ」
やさふは猫の式姫である、猫は寒さに弱い物だ。
あの悲しい事件さえなければコタツで丸くなっている所だ。
トンネル内でコートを無くしてしまったのは、かなりの痛手であった。
それでも動き続けてる間は多少はマシだ、そも暢気に休憩してる時間はない。
除雪車の如くに雪を撒き散らし走る。
正直けっこうけたたましい、何事かと兎が茂みから飛び出し洞穴から鬱陶しそうに熊が顔をのぞかせる。
そのお騒がせに、様子を見に来たのは山の獣達だけではなかった。
トンッ・・トンッ・・雪の上からでも分かる重々しい、跳ぶような足音。
一つ目の象のような顔にミノを被ったような体毛、
熊の数倍はあろうかという体躯にこれまた雄雄しい一本脚。
所謂一本タタラと言う奴だ、それもその中でも強力な固体である熊笹王というやつだ。
「果ての二十日も終わって間無しというに・・・一体何事ぞ!?」
疾走するやさふの前に立塞がる巨体!巨大な一つ目でやさふを睨みつけ問質す!
・・・・が、やさふに止まって居る暇はない!
「あ!!ごめん!!今急いでるから!!」
その横を駆け抜けようとするも、その至近に拳が打ち下ろされる!
「ええい!どうでも良いが山で騒ぎを・・・!?」
そのまま、熊笹王の腕を駆け上がり頭部を踏み台に跳躍!
そのまま、一番丈夫そうな樹木に張り付き天辺まで駆け上がる!
針葉樹の葉が視界を遮るのも一瞬、そのまま天辺まで上り詰める。
眼下に広がるは雄大な渓谷、天狗の式姫でもなければ一っ飛びとはいかない広さ。
しかし、やさふには一つの策があった
・・・もっともこれを策といえば、鞍馬あたりは苦笑を浮かべた事だろう。
そんな。力技な妙案!
「れえぇっっっつ!!やさふロケットォ!!!」
全力で樹木をしならせる!折れる、そのぎりぎりまで!
そしてその張力を利用して・・・・・今、黒猫が飛ぶ!!
キャット空中三回転、華麗に着地、対岸から多々良の怒鳴り声が聞こえる。
ヴォン!!!
殺気を感じ、間髪入れず着地点から身をかわす。
間髪入れずそこに突き刺さる大木!
・・・見ると、熊笹王が怒声をあげながら、無数の大枝や礫・・果てや樹木そのものや岩まで投げつけてくる!
下手すれば1kmはある渓谷の対岸まで飛んでくる飛来物・・流石の膂力だ!
「う、うわぁ!!ごめんなさいごめんなさい!勘弁してぇ!!」
ジグザグに時には樹木を盾に、岩やら樹木やらを避けながら先を急ぐやさふ!
・・・・やがて、諦めたかそれとも飛距離が足りなくなったか、飛来物は飛んでこなくなる。
巨木を背に立ち止まり、それを確認すると安堵のため息を付くやさふ。
そして、息を整えさらに加速しながら山を走破していく!
半端な行者が弟子入り志願する速度で2山目を走破、乗りに乗った勢いのまま3山目頂上に辿り着く。
現在の時刻は・・9:00、残り1時間・・・下山さえしてしまえば後は線路をたどり走るだけだ。
「よし、これは間に合う・・いけるわ!」
3山目の頂上の見晴らしは良い、やさふの前眼には白く染まった街が見て取れる。
そして駆け下りようとした瞬間!風が巻き上がり一瞬視界がホワイトアウトする。
タイミングがばっちり合ったやさふは虚を突かれ、転倒そのまま少し転がり落ちてしまう。
雪だらけになり、ヘロヘロと立ち上がるやさふ。
「わっぷ・・!もう・・!でも・・よし、ラストスパートよ!待っててね!同士達よ!
今作のは、いつもと違う手書きタッチので魅せるわ!」
そして、やさふは・・・狛犬が如き勢いで山を駆け下りる!!
~コミケ当日・昼過ぎ~
満面の笑みを浮かべ「新刊、完売しました」の札をブースに置くやさふ。
少し昔懐かしい感じの新作に若い貴腐人達は逆に真新しさを覚え、
熟練の汚超腐人達はかつてを思い出し涙する。
「完売おめでとう、お疲れ様!」
同士の作家達やファンが労いの声を掛ける。
「今回のは独特だね・・え!全部手書きなの!すげえ!」
「良いわ、この展開・・・日吉丸きゅんの主君に対するツンデレ・・・たまりませんわ・・!」
「ふん、やるわね・・今回は負けを認めるわ」
ライバルにてしょっちゅう解釈違いバトルをやらかす、妖作家青行灯までも労ってくる。
「おめでとう!」
「おめでとう!」
「おめでとう!」
感涙の涙を浮かべながら、やさふは万感の思いをこめて言う。
「皆、ありがとう!!」
「みんにゃ・・・ありが・・・・・はっ!!??」
ガバァ!!!!雪の敷布団を撒き散らし、やさふは跳ね起きる!
やさふは式姫である。
その徹夜と魔剤に蝕まれた,ボロボロの体躯でも体力は・・・
そんなもの、もうとっくの昔に限界を迎えていた。
加えて緊急事態でのフルバーストに、無茶な疾走、加えて発生した余計な戦闘。
先ほどの僅か数m程度ではあるが転落での僅かに意識を持っていかれたその事態は。
脳が緊急休息指令を出すのには十分すぎた。
顔面蒼白で時間を確認、9:40分・・間に合わない。
へろへろと崩れ落ち、そのまま仰向けに倒れこむやさふ。
「救いはぁ・・・ないんですかぁ・・・!!!」」
膝から崩れ落ち、号泣するやさふ。
放心仕切った表情で空を見上げる。
もはや涙も枯れ果てた虚ろな目で雲が晴れ広がっていく青空を眺める。
街の方は恐らくすでに雪も溶け始め、電車も運行を再開するだろう。
「あ~~~~・・・・空が・・・青い・・」
横に放り投げた鞄を曳き戻し胸に抱え込み、ため息。
残念がる同士達の顔が思い浮かぶ、何より自らの作品を裏切った気持ちになり悲しくなる。
・・・と、風が何処からか流れてきた赤い花弁を、空に遊ばせている。
青空に映える寒椿の花弁、少々時期はずれのそれはただ一枚だけを高所に舞い遊ぶ。
何処までも何処までも、それはすぐさま視界から消えていく。
「・・・・あ・・・・・。」
やさふの目に輝きが戻る。
跳ね起きる!鞄をひっ掴み、街とは違う方角に全力で駆け出していく!
何となく、空に爽やかな笑顔を浮かべる赤髪のお調子者の式姫の幻影が浮かんでいた気がした。
この山には一人の式姫が住んでいた。
純朴で朴訥、少し怖がり・・しかし内心には自信に満ちた天狗の式姫。
彼女が住む庵は、頂上から少し下った、登山客らがほぼ足を踏み入れないような場所にあった。
そんな、静かに生きたい者にとっては理想郷のような場所に、珍しい騒音が響き渡る。
ヴォヴォヴォヴォヴォ!!!
雪崩でも起きたかのような音を立て、突撃してきたやさふ。
その様はラッセル設備を取り付けた某猫バスが如き威力だ!
庵の屋根の上で少し怒ったような顔で、明後日の空を眺めていたその式姫はギョッとした表情でその音の主を見やる。
そのまま、ふわりと屋根から下りてくる。
「ちょ・・・!!何事だよん!?やさふろ姫!!」
太郎坊、そのタレ目の温厚な風貌からは想像できないが、天狗族の顔役である八天狗の筆頭という大天狗である。
困惑したような顔の太郎坊を真っ向から見据えやさふは言う。
「お願い!私を吹き飛ばして!!そりゃあもう、凄まじく!!」
沈黙。
そして太郎坊は間の抜けた顔でこういう。
「・・は?」
時間への焦りか早口かつ手短に状況と理由を説明するやさふ。
正直、テンパッた黒兎よりもたどたどしく、言葉も切れ切れで要領を得ない。
しかしそこは聡い彼女の事、常人なら半分も要領をえなかっであろうその説明で得心行頷く太郎坊。
自信満々な顔で愛用の扇子をバサリと広げ霊力を充填していく!
「分かったよん!古椿の奴を吹き飛ばすより、よほど有意義な使い方だよん!
でも、ちゃんと着地は出来るのかよん?」
ふと、庭を見るやさふ・・・なにやら不自然に抉れた部分がある。
自分が来る前に何があったか概ね察するやさふ。
「大丈夫!身体能力には自信はあるわ!」
自分の想定よりも高そうな威力に、少々硬い声色で頷く。
「あれがこうで、目標地点が・・うん、いけるよん!」
術を編み上げながら精密な弾道計算を行う太郎坊、暗算で行うあたり流石は大天狗筆頭か。
尻尾を軽く膨らませ、鞄を抱え緊張した様子で佇むやさふに自慢の大扇子を振り上げる!
「標的補足、砲射角度固定、着弾点シュミレート・・・・・ヨシッ!」
「ちょっとまって!!最後のそれ!何となくの不安g・・・・!!!」
「じゃあ、いっくよ~~ん!」やさふの声を遮りどことなく気の抜けた掛け声とと共に、全開で扇子を振るう!!
巻き起こる、ほぼ中規模LVの竜巻!
「じょwvbvじょ;bj:bvjvcqiHLVふじこ@jp」
声にならない悲鳴と共に吹き飛んでいくやさふ!!・・と、一瞬その周囲にバリア的な何かが浮かび消える。
「これもサービスしとくよん!」護法結界、ダメージを肩代わりする防護術式だ。
そして黒猫は、再び飛ぶ!
「武運を祈るんだよーーーん!」
現在、9:52分!!
「あばばばばばばば!!!」
苛烈な風圧とGがやさふをもみくちゃにする、風圧と鼻水と涙で凛々しい系統の美顔も台無しだ。
360度余すことなくグルグル回転しながら、それでもこれだけはと鞄を胸に抱え死守する。
放物線を描き、やがて高度は徐々に下がり街が近づいてくる。
1000m・・・・ようやく「慣れる」やさふ。
500m・・・丸めた体を大きく開き体勢を整える。
100m・・・概ね何処に落ちるかを補足、確認。
30m・・衝撃に備えるため再度身体を丸め五体接地の構え!
・・・・着弾!!
ごふん!!!
予測していたほどの衝撃が来ない、何か柔らかいものに落下したような・・それは、藁。
やさふの目に最初に飛び込んできたのは藁である。
どうやら、飼い葉かなにかとおぼしき物を運搬中のトラックに落ちたようだ。
ノーダメージとは行かない、頭部の穴という穴から血が流れているのが分かる。
目も少し霞む・・しかし護法障壁と藁のおかげで式符に戻るLVではない!
目の前には、目算どおり印刷店!・・時間は・・・9:57分!ギリだ!
「ま、まにあった・・あああ!?」
法廷速度ではあるが店から遠ざかっていく!
慌てて立ち上がろうとするが、足に激痛!他の場所も鈍痛を訴える。
「これは・・折れてる・・よね・・・」
およそ高度1600mから落下したのだ、むしろ足が折れた程度ですんだのは、僥倖なくらいだ!
「まって!ねえ!止まって!お願いだからァ!」
半泣きでトラックを猫がネコバンバン!・・・止まらない気づいていない。
80代と思しき、老運送屋は雪道を安全第一で走らせて行く。
人間サイズが荷台に落下しても気がつかないのだ、相当にボケている!危険が運転だ!
万事休す!
・・と、印刷店の中から誰かが出てくる、江戸時代から続く由緒正しい殿様蛙の妖。
その末裔であるのがこの印刷店の店主、ブッピンだ。
「と、届けぇ!!私の魂!!!!」
これが最後のチャンスだ、もはや島本明彦めいた熱血顔で滝涙を流しつつ!鞄を大きく振りかぶり投擲!!
まさにペンが燃えている感じのその投擲速度は200kmを超える!!
風きり音にそちらを振り向き、ギョッとした顔に間髪入れず叩き込まれる鞄!
「店長!!PC壊れたから現物入稿!!お願い!!」
2mほど吹っ飛び、豪快に雪に埋もれながら鞄をキャッチした店主。
溶鉱炉に沈む某が如く親指を立てた腕だけ見せながらつぶやく。
「うむ、しかと承った・・・この大雪の中ご苦労」
鼻血を出しながら鞄をしげしげ眺め、次いでそのままドナドナされていくやさふを見やりながら、こうつぶやく。
「ふん、最近はすぐに泣き入れて原稿落とす軟弱者ばかりと思いきや・・・骨のある奴も居るじゃねぇか」
そしてまずは・・・・病院に連絡を入れた。
現在時刻、9:59:53!
~コミケ当日~
本来なら絶対安静、ブチ切れる熊野に土下座せん勢いで無理を言って参加したやさふ。
背後には、大柄な狐の妖らしい看護師の女性が介護に付いている・・こういう世界は初見なのか、少々げんなりしている。
「君は自分の身体がどんな状態か分かっているのかい!!
全身重度の打撲、内臓の2割が破損!全身の6割が骨折!!足も手術が必要だ!ふざけるのも大概にしたまえ!!」
熊野の怒りは、ちょっとフラッシュバックしてしまう迫力だった。
古神がガチで怒ると本気で恐れというか、もはや畏れが走る。
偶然、居合わせた鞍馬が取り成してくれなければ今頃此処には居なかっただろう。
猫というよりミイラ女状態で満面の笑みを浮かべ「新刊、完売しました」の札をブースに掲げる。
「やった・・・遣り遂げたわ、私・・!!」
同士達も労いの言葉と・・まだボロボロの体を労わる声をかけてくる。
今回の戦友とも言うべき愛用の鞄、その中には3冊だけ残った新刊。
世話になった太郎坊と、無理を効いてくれた熊野と取り成してくれて鞍馬へのせめてものお礼だ。
看護師は、強張った顔で丁重に断ってきた・・残念。
今回は健全物・・・そう、直接的な性的表現はない完全健全書籍だ。
むしろ少年の純真さと性を超えた愛がたっぷり詰め込まれた我ながら会心作だ。
問題ないだろう、上手く行けば同士が増えるかもしれない!
2人への布教をどうやるか、そんな戦略を練りながら・・・
やさふは車椅子を軋ませ大きく伸びをするのであった。