ハピネスチャージプリキュア!の小説   作:モリ―・ジョニー

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9.再来

 脳を支配する焦燥感、二度と感じることのないはずの予感に逸る足が止められない。

 空に広がっていた一面の青は、いつのまにか灰色の雲によってその姿の残滓を拝むことすら叶わない。

 

 押し寄せる人の波を掻き分け、彼らとは真逆に奥へ奥へと走っていくめぐみ達。リボン達の先導の元、それが現れたと思しき地点へと急いでいた。

 

 空を駆ける四つの光は2年前ならいざ知らず、平和になった今では人々の不安を悪戯に煽る旗印となってしまう恐れがあり、実際にその正体を目にするまでは自身の足によって移動するしかなかった。非常事態で有るにも関わらず、易々とプリキュアに変身するわけにはいかないことがどうにも歯がゆい。

 

 大使館から徒歩で数十分かかる距離を全速力で飛ばしていると、吐いている息が荒くなっていくのを感じる。振り返れば、誠司やいおなはともかくとして、運動が苦手なひめに至ってもまだ余裕がありそうだ。勇み足で飛び出したことで自身が先行してしまっていることも働いて、とてもペースを落とせる状況ではない。

 喉の奥へ飲み込んだ痛みに、この一年間の机にしがみつくだけの日々を良しとしていた自分をめぐみは恨んだ。

 せめて、プリキュアとして活躍してみせなければ。

 

「おい、あれじゃないか!」

 

 人通りが無くなり明瞭となった景色の中で、誠司が遠方に見える河川敷目掛けて指を指す。目を凝らしてその先を睨むと、確かに土手に佇む人影がかろうじて一つ確認できた。

 不自然に大きな球型の頭に四肢の先を鋼のグローブやブーツで武装するその姿。斜張橋の半ばまで届く体躯は瞼の隙間に埋もれて尚も異様な存在感を放っていた。

 

「残念だが、嫌な気配の正体は当たってたみたいだな……」

 

 ぐらさんが目前にした光景に苦い表情を浮かべる。普段の余裕を持った態度すら忘れ、額のサングラスの下に冷や汗を滲ませていた。

 激闘の末に倒したはずの幻影帝国尖兵サイアーク。中でも基本モードと呼ばれる個体がそこには居た。

 確かなものとなってしまった予感にファンファンが嘆きに近い困惑を叫んだ。

 

「サイアークがなぜ今更!?いったい誰が、もうすでに幻影帝国は壊滅したはずだ!!」

 

 それに続くようにリボンを遠景のサイアークを見つめる。

 

「サイアークの様子が変ですわ!?立ったまま動き出す様子が見られませんわよ!」

 

 指摘する通り、その巨人は粉塵の先で力なくうなだれていた。主目的とする不幸のエリア拡大をしようともせず、吊るされた人形の如く両肩から芯の無い腕を地面へ向かって垂らしているだけ。不穏なサイアークの挙動に皆が顔を見合わせる中、いおなが大きく息を吸って喝を入れる。

 

「気にしている暇はないわ!みんな、行くわよ!」

 

「うん!」

 

 その号令に気付けられ、四人は一斉に目の前の敵へ向かって変身アイテムを掲げた。

 

 めぐみ達が手にしたプリチェンミラーを展開すると同時に彼女達を取り囲む世界が光の中へと消えていった。プリキュアの変身は外界とは時間の流れが隔絶された異次元空間の内部にて行われるのだ。

 

 光の世界へ入室した途端、四人の少女へ向かって光の群れが集まり始めた。そして、憑りついた光に影響されるように彼女たちのしなやかな髪はより鮮やかに変色し、そしてより大きく伸びていく。このシルエットの変化を皮切りとして少女たちの中で聖なるエネルギーが高まっていった。それを検知したアイテムから変身開始のアナウンスが告げられる。それを合図として四人は自身の姿を記した変身カード、「プリカード」をそれぞれのアイテムにセットした。

 

「プリキュア・くるりんミラーチェンジ!」

 

 迸る生命力に突き動かされるままラブリー、プリンセス、ハニーの三人が手にしたプリチェンミラーを同時に構える。掛け声に合わせて三人がプリチェンミラーのミラーボールパーツを回転させると、それをスイッチに鏡の奥がライトアップされ、中にセットされたプリカードから強烈な輝きが放たれた。

 

「プリキュア・きらりんスターシンフォニー!」 

 

 他のメンバーの掛け声と同時にフォーチュンも紫色の鍵盤楽器型の変身アイテム「フォーチュンピアノ」の七色の鍵盤の上で右手を滑らせる。凛としたピアノの音が響き渡り、右手の中指に嵌めたハート型の指輪が鍵盤の色に連動してとりどりの発光を見せる。

 

 あふれ出た光の一群がマント状となりプリキュアの体をぐるりと覆い隠すと、それに吸い寄せられるようにして光の粒がその体に集まってくる。それらは弾けるようにアームカバー、ブーツなど、様々な衣服へ形態を変容させると、プリキュアのマントの下を着飾っていく。

 全身を包んだコスチュームの感触に皆一斉にマントを脱ぎ捨てた。黒いベストを共通とし全体のシルエットを類似させながらも、カラーの異なるスカートやコスチューム細部のモデルチェンジが彼女達それぞれに全く違う印象を持たせている。

 変身完了を互いに示すように身を寄せ合うと、彼女たちは華やかにして堂々たるその御姿を領域の外へ露わにさせた。

 

 敵を見据えると、いの一番に名乗りを上げたのはピンクをイメージカラーとした「愛」のプリキュアだ。

 

「世界に広がるビックな愛!キュアラブリー!」

 

 セリフと共に大きく腕を広げ、宙に描いた身の丈ほどに大きなハートの中で両手で作ったハートを胸で二重に添える。そのまま体をスピンさせると、大きなポニーテールをうねらせながら、右手を腰の位置で引き左手を正面に伸ばした空手のような構えを取った。

 

 仲間のその声に、「勇気」を象徴する青いプリキュアが続いた。

 

「天空に舞う蒼き風!キュアプリンセス!」

 

 飛び立つ鳥のように両腕を開き、空を仰ぐ。その体勢から回転し全身に風を受けると、両人差し指で気流をからめとるように円を描いた。そして、銃を模して合わせた手の先から青嵐を弾丸にして打ち込んだ。プリンセスは最後に指に残留する気をヒュウっと吹き消すと、そこから更に一回転し右の拳を天高く突き上げた。

 

 先行した二人に次いで黄色を基調にする「優しさ」を秘めたプリキュアが間髪入れずに並び立った。

 

「大地に実る命の光!キュアハニー!」

 

 手にしたハニーバトンを両手で支えながら、芽吹く苗木のように空へと掲げる。最高地点に到達したバトンを片手に持ち替え先端を筆代わりに大きく四葉のクローバーマークを描き出すと、アクロバティックなバトン捌きから伸ばした両手を背中側へ回し両足を前後に開いた「ミツバチのポーズ」へと移行してフィニッシュとした。

 

 オオトリを任せられたのは運命を謳った「幸運」を司る紫のプリキュア。

 

「夜空にきらめく希望の星!キュアフォーチュン!」

 

 昇る月の軌道で左手を頭上へ擡げ、そこから左下、右上、左と鋭い手刀で以って宙に五芒星の残影を残す。体の奥底から溢れる力に白い歯を零すと余裕ぶりに紫苑に染まる前髪を軽く流した。そして、左手を水平に構えて胸を張り敵へと立ちふさがる。

 

「ハピネス注入!幸せチャージ!」

 

 口々に言い放つ少女達の行動理念。平和を脅かす者から人々の幸せを守るために再び集った正義の戦士。彼女達が告げる己が名は──

 

「ハピネスチャージプリキュア!」

 

 変身、そして名乗り上げの一連の様式美とも言えるプロセスを経て、桃、青、黄、紫の眩い光が暗雲立ち込めるぴかりが丘の空へとまっすぐ伸びる。曇天の隙間から射した陽光は、鬱蒼とした街並みの中で四人の戦士だけを照らし出した。

 

 今ここにハピネスチャージプリキュアが復活したのだ。

 

「頼んだぞ、みんな!」

 

 現れたプリキュアの背中へ向かって誠司が声援を送る。それに後押しされるようにプリキュア達はサイアークへと飛び立った。

 腰部の羽の装飾を変形させて自由自在に空を駆る戦乙女たちは、段々と縮まっていく敵との距離にこれから始まろうとしている戦いへ意思を固めていった。

 

「久しぶりだけど、みんな準備はいいかしら?」

 

「勿論!」

 

 フォーチュンの問いかけに三人が首肯すると、全員が羽へ込めた力を最大限に高めその速度を上げていく。

 遠くに見えたサイアークの体が間近に迫ると、背中を丸めている体は平常より小さくなってなお山のように聳え立っていた。ブランクを経て平和ボケした脳がその巨体が放つ威圧感をモロに受け止めている。

 

「あれ、サイアークってあんな色だったっけ?もっと黒かったような…」

 

 プリンセスがおでこに手を当て、近づいているサイアークの体をジロジロと嘗め回すように見る。指摘されると、ラブリーたちもサイアークの姿へと焦点を当てた。

 確かにそのサイアークの容姿は記憶に当てはまらないものであった。本来ならば光沢のある黒に染めているはずの体は燃え尽きた灰のように白く、代わりに首元には褪せた黒いマフラーが靡いている。見た目のバリエーションが豊富なサイアークにおいても平時から白い個体は経験がなく、黒以外には赤が精々であった。

 

「そんなこと気にしている暇はないわ。先手必勝よ!」

 

 油断か余裕か、俯いたまま自分たちに気が付いていないサイアークの様子にフォーチュンはさらに速度と高度を上昇させていく。風を切り、飛び上がるフォーチュン。見上げるラブリーたちの視線の先で紫電が走った。

 

「フォーチュンスターバースト!」

 

 技名を発すると、フォーチュンの右手にエネルギーが集約していく。星形に形成された紫の光をその手に宿してサイアーク目掛けて急降下。高所からの位置エネルギーをその身に受けて拳を突き出し、フォーチュン必殺の「フォーチュンスターバースト」を炸裂させる。

 頭に加えられた一撃にサイアークが大きく体勢を崩す。かに思えたその刹那。刺激によって呼び起こされた機械のように全身を駆動し始めるサイアーク。叩きつけられた首をあげるとデカい図体からは信じられない俊敏な動作で体勢を立て直し、黒いサングラス下にフォーチュンを補足する。

 

「しまっ…!」

 

 大振りの一撃の余韻によって一瞬無防備になったフォーチュン。息をのむ間も与えず、驚く彼女をサイアークは地面ごと力任せに蹴り飛ばした。加えられた激しい衝撃にフォーチュンが両足で河川敷の緑を抉りながら後方へと吹き飛ばされた。ギリギリで防御が間に合いダメージは抑えられたものの、自身の勢いも災いしてたまらず膝を突く。

 

「大丈夫、フォーチュン!?」

 

「え、えぇ…でも気を付けて。あのサイアークは一筋縄ではいかないわよ」 

 

 駆け寄ったラブリーの手を借りてフォーチュンがその場にゆっくりと立ち上がる。その言葉の意味は字面以上に重いものだった。

 フォーチュンはハピネスチャージプリキュアの中でも二番目に歴が長く、一人で活動していた時期も相まって実戦経験は最も豊富だ。空手の実力からも四人の中で特に格闘戦に秀でていることは言うまでもない。

 だからこそ、チームの切り込み隊長としての役割を請け負い、仲間たちもそれに信頼を置いていた。そのフォーチュンが不意打ちを仕掛けたにも関わらず、あのサイアーク相手には不覚を取ったのだ。

 ブランク明けのキツイ戦いの予感にラブリーは額に汗を一つ走らせた。

 

「遠距離からの攻撃を中心に戦っていくのはどう?」

 

 空中のプリンセスが他のメンバーへ向けて攻略法を提案する。近距離で勝てないのなら、近距離で戦わなければいい。単純な発想ではあるが、有効な手立てだ。

 アイコンタクトだけで戦法を承諾すると、四人は陣形を改めた。ラブリーとフォーチュンが前方に陣取り、ハニーとプリンセスがその後ろで飛びつつ構える。前二人がサイアークの意識を引き付け、後方のプリンセスとハニーが攻撃と支援を行うフォーメーションだ。

 

「皆、来るわよ!」

 

 ハニーの注意を契機として、土煙を巻き上げて向かってくるサイアークへラブリーとフォーチュンが走り出した。一年ぶりに復活したハピネスチャージプリキュア、その戦いの火蓋が今切られる。

 

 数秒後、弾丸と化した二人と一体が激突する。自身へ向かってくる二人へサイアークが地面を滑りながら勢いよく拳を振り下ろす。それに合わせてフォーチュンも渾身のパンチを巨大な鋼鉄の拳へと食らわせると、人知を超えた一撃のぶつかり合いに破裂するような衝撃波が川の水面を荒立たせた。

 あまりに不釣り合いなサイズにも関わらず、拮抗する両者の力。互いに譲らずの状況を崩したのはラブリーだった。フォーチュンが相手をしている隙に宙へ舞い上がると、体を捻りサイアークの頑強な頭部へ飛び蹴りを仕掛けた。

 しかし、サイアークとて生半可ではない。フォーチュンへ釘付けになった腕を即座に引っ込め、軽いバックステップで背後へ跳躍。一目もせずに最小限の動きだけで攻撃を避けた。

 易々と自身の一撃を無為にしたサイアークを横目に据えながらラブリーが苦い顔を浮かべる。対象を失ったプリキュアキックが空気を切り裂いた。

 

 跳ねたサイアークが河川敷へ巨大な足痕を付けようとしたそのとき、高速の飛翔体が白い体に着弾、そして爆発。足痕のみならずサイアークの体そのものを地面へと刻みこむ。

 そのまま、降り注いだ無数の光弾が倒れ伏す巨人を追い打った。

 

「どうよ、プリンセス弾丸マシンガンの威力は」

 

 プリンセスがラブプリブレスのダイヤルを回し、両手に発生させたエネルギーを連続で浴びせかける。これにはさしものサイアークもダウンかと思われた。が、しかしサイアークは光の雨などものともせず悠然と立ち上がった。

 

「うげっ、全然効いてないよ!」

 

「もっと強い攻撃じゃないとダメージがないみたいね」

 

 プリンセスの攻撃が虚しくサイアークの体を叩く。水鉄砲で鋼を穿つことは出来ないということか。ハニーもマラカスモードに変えたハニーバトンからエネルギー弾を飛ばして攻撃に参加するがやはり効き目は薄い。

 サイアークは舞い上がる粉塵の中へ巨体を起こすと、背中を前に倒して大地を蹴る。立ちはだかったラブリーとフォーチュンを容易く跳ね除け、後方で漂う二人へと迫った。

 慌てるプリンセス目掛けて、全身を巻き込んで大きく左フックを繰り出す。しかし、万物を破壊するその拳が手ごたえを感じることはなかった。

 インパクトの瞬間、咄嗟にハニーがバトンを空へと振るうと二人のプリキュアの体が残像を残して消失し、サイアークが空気を殴りつけると同時にもう一班の傍へと再出現した。

 

「ふぅ~、セーフ」

 

 ハニーテレポートによって難を逃れたプリンセスが胸を撫でおろしたのも束の間、宙へ投げ出されたサイアークは巨体で以って鮮やかに前宙返りすると反対側の橋の脚部分を踏みつけ、勢いそのままにプリキュア達へ猛突する。

 

「随分、苦戦していますわね……」

 

「あぁ、あのサイアークが強いのもあるがプリキュア達の動きが鈍ってるのが大きいぜ……」

 

 ぐらさんの危惧する通り、向かい合った橋の橋脚をロープ代わりに河川敷を飛び回るサイアークに対して間一髪で避けるばかりで、動きが単調でキレがなく、その体に一年という時間が重くのしかかっているのが容易に見て取れた。

 

「頑張ってくれよ、プリキュア!」

 

 誠司が拭い去れない不安に苦虫を噛み潰す。吹き付ける風にファントムはその拳を強く握り込んだ。

 戦況は俄然不利だ。

 

「こうなったら合体技しかないわ」

 

「でも、こんなに攻撃が激しいんじゃそんな暇ないよ!」

 

「なんとかサイアークの動きを止めることさえ出来れば……」

 

 プリンセスとフォーチュンの二人の懸念の通りに、強力かつ的確に弱点を攻めてくる白いサイアーク相手では攻撃すらままならない。 

 サイアークの次なる一撃に備えて、他のプリキュア達が回避行動をとる中、ラブリーだけがサイアークの軌道上へ仁王立ちになり腕のブレスを作動させていた。

 

「それならわたしが!!」

 

 ラブリーは両目の前に指メガネを添えると、その中へ飛来するサイアークの姿を映し、輪っかの中心へ光の力を集約させていく。高められた強いエネルギーが激しくスパークすると、必殺の「ラブリービーム」がサイアークへと照射された。

 空中の敵への攻撃が効果的であることはラブリーも先ほど目の当たりにしている。全力のラブリービームの威力であれば少しはダメージも与えられるはずだ。

 

 しかし、それも敵が無防備であればの話。

 

 サイアークは手足を折りたたむと全身をきりもみ回転させ、宙を飛ぶドリルとなって光の奔流の中を真正面から掘り進む。見る見るうちに褪紅の光線が二股に裂かれていく。負けじとラブリーも出力を上げていくが、勢いを完全に殺すことは適わない。

 

「危ない、ラブリー!!」

 

 フォーチュンの注意に呼び戻されたようにラブリーが手の輪を解く。閃光に包まれた視界が色を取り戻したとき、眼下に抑えたサイアークは既に間近に迫り攻撃姿勢を取っていた。

 鉄球のような腕を振り回して竜巻となるサイアーク。しかし、その動作を目前にしながら彼女は動けずにいた。防御をするべきかそれとも回避に努めるべきか。以前なら最適解ではなくとも勝手に行動に移していた体が、今はピクリとも反応しない。

 永遠にも思える一瞬の中、ラブリーの瞳に暗幕が下ろされた。

 

 絶体絶命を受け入れたラブリーに反して、激しい衝突音だけが脳へ刺激信号を伝えている。違和感に目を開けると、プリンセス達がシールドを展開しサイアークを受け止めていた。

 

「ラ、ラブリー…大丈夫……?」

 

「い、今のうちに……!」

 

 大地を削る白いハリケーンに吹き飛ばされまいと足を大きく引き踏ん張りを利かせるが、三人の力を合わせても尚サイアークの圧倒的な馬力に押されつつあった。

 

「不味いぜ!あれを喰らったら流石のプリキュアもひとたまりもないぞ!」

 

 飛来物をバリアで跳ね除けながら、ぐらさんが戦闘の激化を目の当たりにする。竜巻から放たれたソニックブームが数百メートル離れたコンクリートビルの外壁を切り裂いた。最早この場に安全地帯などない、周囲全てが命の保障も無いデンジャーゾーン。

 それも、渦中のプリキュア達なら尚のこと。サイアークそのものは押しとどめているが、襲い掛かる瓦礫たちが隙間をすり抜け、踏ん張る体を強く打っている。

 仲間に守られながら立ちすくんだままのラブリーの姿に意を決すると誠司は暴嵐の中へ飛び込んだ。

  

 どうするべきか、どう動けばここから巻き返せるのか。自分がでしゃばったせいで皆まで危険に晒してしまった。張り巡らせた思考は焦燥によって支配されていた。目の前の光景に呆然と沈黙を続ける脳に一つの声が響いた。

 

 ──本当に君は一人じゃ何も出来ない役立たずだ

 

 夢の中で聞こえた声。記憶にすらない夢の聞こえてもいない言葉の続き。不自然に湧いてきたそれは不愉快なほどにこの状況を言い表していた。

 どうしようもない自身への情けなさに崩れ落ちそうになる。

 

 その時、背後からの叫び声が心を包んでいる暗雲を切り裂いた。

 

「おーい、しっかりしろ!!ラブリー!!」

 

 つんざく豪風の中でもその声だけは不思議と聞き取ることが出来た。耳当たりのいい声色に最悪の状況とは反対に精神が落ち着きを取り戻していくのがよくわかる。振り向くと、土砂岩塊舞う中、誠司が斜張橋の手すりに全身でしがみついていた。

 

「諦めるな!何かあるはずだ、相手をよく見るんだ!」

 

 とても立っていられない強風に煽られながら誠司が必死に指を伸ばす。その示す先には荒れ狂うサイアーク。メタリックなボディをコマのように高速回転させるそれは、土塊を纏ってその勢力を猛烈に拡大させていく。河川敷から新緑の色を奪い去り、風前の灯の一片まで粉砕せしめんと襲い掛かる、まさに台風そのものと化していた。

 

「よく見ろって言ったって……!」

 

 促された通りに敵の様子を凝視すると、捉えたそれに目を見開く。一見、太刀打ちなどできない巨大な災害に存在する唯一の弱点。ラブリーは射した光明に瞬間的に走り出していた。

 

「これ以上は持たないわ!」

 

 粒子が形成する光の壁に一つ、また一つと亀裂が走る。支える腕は既に限界を迎え、悲鳴をあげていた。

 

「も、もうダメ……」

 

 全身から力が抜けていく。プリンセスが荒ぶる流れに飲み込まれようとした時、狭小とした視界の際で桃色の閃耀が一つ翔た。

 ラブリーは三人を飛び越えると、吹きすさぶ渦の中心部、唯一攻撃を差し込める台風の目となったサイアークの額に右拳を押し当てる。手から全身へ伝わる回転の反発力がもたらす激痛に逆らって、より深くへめり込ませると一気にエネルギーを爆発させた。

 

「ラブリーパンチングパンチ!!!」

 

 轟く咆哮に伴なって、サイアークを呑み込むほどに極大の握拳がラブリーの腕を骨組みとして造出される。そして、ロケットのように一気に点火。ゼロ距離で射出された怒りの鉄拳に抗う術もなく、サイアークが頭からがひしゃげてあえなく殴り飛ばされる。

 輝く拳骨が上空で軌道を描いて爆ぜると、巨体を打ち付けられた向こうの橋が音を立てて崩れ去った。

 

「や、やったのかしら?」

 

「そうだといいけど……油断は禁物よ」

 

 ラブリーに支えられながらハニーが粉塵を睨みつけると、土煙の中で沈黙するシルエットに疑念交じりの安堵を表した。警めるフォーチュンも空気を肺いっぱいに取り込み張っていた気を緩めているようだ。

 しかし、早々の勝利宣言は期待を裏切るものだ。その言葉を聞きつけたように黒い影がゆっくりと立ち上がっていくのが双眸の先で確かに写った。

 

「そんな、まだ倒せてないの!?」

 

 ガクガクと震える膝を抑えながらプリンセスが驚愕の声を漏らす。相手も大きくダメージを負っているとはいえ、疲弊しきった今の自分達がどれだけ戦えるだろうか。一同が逼迫した状況に音を立てて息を飲んだ。

 サイアークが大手を振って煙を吹き晴らすと、ゆっくりと腰を屈め突貫姿勢に入った。

 その瞬間、大地から伸びた暗紅の鎖がサイアークへと巻き付き、ガリバーさながらに足元の地面へと縛り付けた。

 

「オレが動きを抑えている間に早くサイアークを倒せ!!」

 

 ファントムが放出した力の塊から拘束具を出現させ、サイアークを取り押さえる。何度も自分たちを苦しめてきたその様相が今はなんとも心強い。

 だが、抵抗しているサイアークに今にも引きずられてしまいそうなファントムの姿が同時にプリキュアへ許された時間はごくわずかであることを知らせていた。

 

 駆けつけたリボンとぐらさん、プリキュア達が集結する。

 そして、目の前のサイアークへと止めを刺す為に乱れる息を一つに合わせた。

 

「集まれ ハピネスな気持ち!」

 

「高まれ イノセントな思い!」

 

 漲る聖なるエネルギーが妖精の力を増幅させていく。溢れ出た力は二人が首からぶら下げたしあわせ玉から光の矢となって射出され、やがて一つに溶けあった。

 

「輝け!シャイニングメイクドレッサー!!」

 

 それはこれより降臨する神具を迎え入れるための合言葉。プリキュア全員の呼び声に応えるように金色の光を放ち、輝きの中より現れた神具。無限の力を内包する究極のアイテム「シャイニングメイクドレッサー」

 

 名の通り化粧台を思わせる白い台座に付随した大きな鏡が四人の姿を映し出すと、周囲を漂う光玉が彼女達の掌の上で魔法のスティック「コスメチップ」へと変質した。

 プリキュア達が手にしたコスメチップで台座に取り付けられたカラーパレットの赤、黄、白、青のボタンを順繰りにタッチしていくとドレッサーの力が光となってスティック先端のクリスタルに宿る。プリキュア達はチップを自身へ押し当てドレッサーの力を体へと受け取る。それが口紅やファンデーション、マニキュアのように体へと溶け込み、プリキュア達の姿をより美しくメイクアップさせる。

 

 そして、プリンセスが鏡面へと描いた翼模様のラインを起動キーとして、シャイニングメイクドレッサーがプリキュアの中に眠る浄化の力を増幅させていった。

 

「愛と!」

 

「勇気と!」

 

「優しさ!」

 

「幸運を込めて!」

 

「皆に届け!!幸せの大爆発!!」

 

 高鳴る感情を鏡に込めてドレッサーを空高く打ち上げると、燦然たる光と共に悪を打ち倒す必殺技が放たれた。

 

「プリキュア・ハピネスビッグバーン!!!!」

 

 生成された聖なるエネルギーがシャイニングドレッサーを中心にその質量を加速度的に増幅させていく。それは文字通りビッグバンのように瞬く間に膨張すると、光輪を纏った七色の炎が地に伏せる巨人をその中へと飲み込んだ。そして、押し寄せる光の濁流に捉えられたサイアークは溶けるように消滅する。

 拡散したエネルギーの爆発は天を駆けめぐり、清浄の光が空を覆い隠す黒雲の群れを吹き飛ばしていった。

 

 現れ出でた一面のブルーを背景に街へ降り注ぐ光の粒が戦闘の破壊痕を見る見るうちに修復していく。まるで何事も無かったかのように取り戻されていく世界の景色にプリキュア達はようやく張りつめていた緊張を解いた。

 

「や……やっと終わった~!」

 

 プリンセスが敷かれ直された緑のカーペットに腰から崩れ落ちる。繰り広げた激闘に肩を震わせ疲労困憊したその表情は周囲の誰を見ても同様に伺えた。

 

「皆、助けてくれてありがとう……私が皆の足を引っ張ったせいで」

 

 ラブリーが憔悴した顔で口を開く。しかし、その台詞の先は唇に蓋をする人差し指によって閉じ込められた。目を丸くする彼女に対してフォーチュンは諭すように返した。

 

「終わったことは良いのよ、ラブリーが居なかったら膠着が続いていたのも事実なんだから、まぁ……もう少し慎重に行くべきだったかもしれないけどね」

 

 ラブリーのミスが招いたことに顧慮はしない。かといって完全に否定もしない。フォーチュンもラブリーの謝意を汲んだうえでその健闘を讃えた。ハニーやプリンセスらも気にしていない様子だ。

 

「皆ぁ!いてて……」

 

 感無量を湛えた顔が苦痛に歪む。抑えた腕を背中の方へ隠したのをハニーは見逃さなかった。

 

「ほら、ラブリー腕を出して」

 

 ラブリーは一瞬誤魔化そうとするも、穏やかにほほ笑むハニーに観念し、ばつが悪そうに腕を差し出した。

 

「腕、赤くなってるじゃん!無茶するからだよ、全くもう」

 

 覗き込んだプリンセスが大げさに反応した。ラブリーが先ほどサイアークを殴りつけた腕が痛々しく腫れあがってしまっていた。そこへハニーがバトンを振るうと、発せられた黄色い波動がラブリーの体を包み込んだ。

 

「おぉ、治ってる!ありがとう、ハニー!」

 

 たちまちに患部の赤みが収まり、肩から腕をぐるりと回して痛みが引いていることを確認するとラブリーはハニーへと感謝を述べた。

 続いて、ハニーはマラカスモードのバトンから癒しの光「ハニーヒーリングリズム」を他の面々にも照射し、傷の回復を図る。

 

「あぁ、癒されますわ~」

 

「そうだな~」

 

 波紋に中てられた妖精たちが奥底から込み上げてくる癒しの快感に声を零す。誠司やひめ、いおなまでもがへにゃっと顔を綻ばせた。

 最後に、ハニーは周囲を見渡し河川敷の通行路で一人佇んでいるファントムを見つけると、その腕を引っ張って無理やりに土手へ合流させる。リードを引かれるように連行されるファントムの姿に何とも言えない力関係が見え隠れしていた。

 ファントムは無事に白星で戦いを終えたはずがどこか不安そうに川の流れを見つめていた。

 

「ファンファンもハニーに回復してもらいなよ。もしかして遠慮してるの?」

 

「別にそういうつもりじゃない。だが、気になることが多くてな……」

 

「気になること?」

 

 めぐみの発した疑問に続けるように、ファントムが鋭い顔つきを怪訝に染めた。

 

「あのサイアークは誰が生み出したんだ?」

 

 ファントムが最大の懸念を単刀直入に提示する。その発言にガラリと空気が変わるのを感じる。しかし、それに答えを出せる人間がいるはずもなく、重くのしかかった疑問に勝利の余韻はものの数分で終わりを迎えた。

 

「幻影帝国が倒されディープミラーもいない今、この世界にサイアークを生み出せる人間はいないはずだ」

 

「だけど、現実にサイアークは私達の目の前に現れた」

 

 いおながぼそりと呟いた。戦いの痕跡は消え去っても、いるはずのない存在の出現は夢や幻の出来事ではない。実際に拳を交えた感触がそれを物語っている。

 

「まだ、幻影帝国幹部が残ってたとか?」

 

「それはありえない!」

 

 何の気なしにひめが出した回答に対して反射的に強い調子で返すファントム。幻影帝国は完全に撲滅されていたはずだ。しかし、万が一にでも残党の可能性があるのなら憎しみに囚われた自身がこの場に居てはならない。自戒めいた後悔に胸が騒ぎ立てられていた。

 突然怒鳴られ思わずビクついたひめに己を律するとファントムは努めて冷静な声色を装った。

 

「……はずだ。レッドが星を去った時点でその力は人々の中から失われているだろう」

 

「でもファンファンはさっきみたいにまだ力を使えるじゃない」

 

「これはレッドに与えられた力が神と同質である妖精の体に強く反応し定着してしまったからだ。それもあくまで微々たるものでサイアークを生み出せるほどの力はない」

 

 先ほどのファントムの様子を見ればそれは一目瞭然だった。プリキュアハンターとして戦っていた時の彼ならばサイアークを一切の抵抗も許さずに地に沈めることもできたはず。加えてサイアークがダメージで動きが鈍くなるまで機を待つ必要もなかっただろう。

 ひめもそれだけはするりと飲み込めた。

 

「それに、辺りを探したが依り代とされた人間も見つけられなかった」

 

「そういえばそうよね。サイアークが現れたのなら鏡に閉じ込められた人も近くにいるはずなのに」

 

 苗床とする人間の悪感情無くしてサイアークは顕現することは出来ない。故に彼らは活動のエナジー供給源たる人間を封じ込めた鏡を守るようにその周囲に現れることが常だった。しかし、この場に黒幕はおろか被害者すらいない。

 

 

「ダメだ、こっちにはいなかった」

 

 誠司とめぐみが向こう岸から橋を渡って駆けてくる。改めて全員で周囲を散策したが、やはりそれらしき人物は見当たらない。

 

「私たちも成果は一切なし。手がかりは見つけられなかったわ」

 

 合流地点でいおながレンズ越しに足元を注意深く観察するが、手にした虫眼鏡は何の反応も示さない。風にはためいた藤色のコートが独特の哀愁を扇いでいた。横でひめが肩をすくめながら両手を上に傾ける所謂お手上げのポーズを取る。

 プリカードの「変装」による四人の少女探偵の捜索を以てしても時間を悪戯に消費するだけで終わってしまった。

 

「うーん、どういうことなんだろう?サイアークを生み出せる人はいなくて、でもサイアークは現れて。それに利用された人もいなくて、でもサイアークが……あぁ、もう何が何だか分からない!!」

 

 不可解なことの多すぎるサイアークの出現に考え込んでいためぐみ探偵の脳が煙を噴いた。彼女ほどでないが皆一様に頭を抱えている。あまりにも判断材料が不足している現状では無理もないことだ。

 

「分からないことは今考えても仕方ない。もっと情報を集めてから結論付けても遅くはないぜ」

 

「そうだね、日も落ち始めるし今日は解散して後日改めてサイアークの対策を考えましょう」

 

 変装を解き、ぐらさんに賛同するゆうこ。見上げれば空はいつのまにか爽やかな青から暖かな赤へと傾きつつあった。

 

「えぇ、もう!?まだ見せてない写真もいっぱいあるのに!!」

 

「みんな久しぶりに戦ってお疲れでしょうから、今日はもう休んだ方がいいですわ」

 

「ぐぬぬぅ~!おのれ、サイアークめぇー!!」

 

 せっかくの休日を台無しにしてくれたサイアークへひめの怒りの雄叫びが木霊した。

 

 反響する声の行きついた先。取り残されたようにポツンと漂う一抹の黒雲は突如舞い戻ったプリキュア達の戦いの一部始終を見届けると、陽炎の揺らめく向こうへと混ざっていった。

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