「そう……ううん、そっちこそ気を付けて」
サイアーク出現から5日目の朝は手ごたえの無い情報集めから始まった。
「オーストラリアにもサイアークは現れてないか……」
目覚まし時計で跳ね起きたはいいものの、手に取ったキュアラインから流れる声は異常なしの一言。これで何人に連絡しただろうか。めぐみはキュアラインのメモに記したリストを確認するが、ようやく三分の一といったところ。ひめ達がどれだけの人数を担当しているかは曖昧ではあるが、言い出しっぺということもあり自分の受け持ちが一番多くなるように立候補したことは確かだ。しかし、依然として他の国は平和そのもの。一切の成果がないのが実状だ。
「良い案だと思ったんだけどなぁ」
またも当てが外れて思わずため息が漏れ出る。毎度のように見せられる変な夢と相まって、このところ毎日彼女は朝から陰鬱な気分に苛まれている。
そのままリストをスクロールしていると、画面上部に表示されている現在時刻が目に入った。
そろそろランニングに向かう時間だ。めぐみは思い直すと、ベッドから立ち上がりゆっくりと部屋を出る。そして一先ず喉の渇きを親すためにリビングへと向かった。
近づくに連れて中から人の気配を感じてめぐみは少しばかり眉をしかめた。
そして、めぐみが悟られないように中の様子を伺うと、そこには早朝からエプロンをかけてキッチンへ立つ母の姿があった。
(お母さん、今日も随分早起きだなぁ。もっとゆっくり眠っててもいいのに)
母の横顔を見て、自室へと戻ろうとした時。
「おはよう、めぐみ」
突然キッチンと向き合っているはずの母から自身へと投げかけられた声に心臓を跳ねあがる。そして、バレた以上は仕方がないと、ドアの陰に隠した体をリビングへとさらけ出した。
「お、お母さん、おはよう」
見るとかおりはキッチンにて鍋で何かを煮込んでいた。キッチン戸棚からコップを取るついでに中身を覗くと茶色の液体の中にゴロゴロとした野菜や肉が浮かんでいる。独特の匂いからぼんやりとした頭でもカレーを作っていることは理解できた。
「もう晩御飯作ってるんだ」
「今日は遅くまで帰れなくてね。悪いんだけど、夜ご飯は温めて食べてちょうだい」
「それはいいんだけどさ、体の方は大丈夫なの?」
水をコップに注いで飲む。その一連の動作で自然さをアピールしながら次いでめぐみは横で調理を進める母へと問いかけた。すると、かおりは一瞬の硬直を見せた。
「どうしたの急に?」
「お母さん、最近ずっと帰り遅いでしょ?あんまり無理しちゃ」
「そんなことより、もうランニングに出る時間じゃない?」
かおりは提起された言葉をかき消すように掛けられた時計を指さして、めぐみの視線移動を促す。
「でも、お母さん」
「私のことは心配いらないから。めぐみは自分のやるべきことをやりなさい」
どこか返事を誤魔化すような反応を見せる母。時間にしても少しばかり余裕がある。それに、今まで母が自分の話を聞こうともしないなんてことはなかったはず。その様子にほんのり違和感を覚えつつも、それ以上の追及は止すことにした。
「朝から浮かない顔だな」
顔合わせた誠司がさも当然のように言った。家から出てすぐ合わせたようにタイミングよく自宅から出てきた誠司は、開口一番にめぐみの心情を言い当ててしまった。その的中にめぐみは目をぱちくりさせて返しを考える。
見抜かれたのは自分の明け透けさ故か、誠司の鋭さ故か、ともあれモヤモヤを吐き出したい気持ちもあり大人しく白状することにした。
「最近お母さん忙しいみたいでさ、今週に入ってから毎日夜遅くに帰ってくるからちょっと心配でね」
そこまで引きずっているつもりではなかったが、口に出してみると意外にそれだけでどこか気分が重くなるよう。階段を先行く誠司はめぐみの話に耳を傾けながら、両の二の腕を
「家事にパートに色々抱えて本当に大丈夫なのかなって」
「お前の気持ちも分かるけどな」
眉間にしわを寄せるめぐみに誠司が振り向きながら答える。
「でも、かおりさんだって出来る範囲で働いてるんだろ。だったら、そんなに心配いらないと俺は思うぞ」
「そうなのかな」
「そうだ。親だって俺たちと一緒で子供に心配されたくないないものなんだよ」
確かに誠司の言う通りだ。自分の心配など他所にお母さんは自分の為に尽くしてくれる。仕事にしてもそうだ。お母さんだって病気がちとはいえ立派な大人だ。そんな母を自分が勝手にあれやこれやと危惧することは寧ろお母さんに失礼なのかもしれない。
めぐみはそう自身に言い聞かせると、まもなく誠司が後ろに一言追って付け加えた。
「まぁ、母ちゃんに昔言われたことだけどな」
知ったような言葉の補足をし、会話の終わりを迎えた誠司は顔を前方へと向き直した。
「でもさ、夜ご飯ぐらいは一緒に食べたいよ!」
それでもどこか釈然としないめぐみがスタスタと歩き去っていく誠司の背中を目掛けて不満げに言った。ふとした叫びが二人を越えて階下へ駆け巡る。驚き振り返った誠司は短時間で前後に揺さぶられた頭に眩暈さえ覚えるようだ。
「一人で食べてると夜ご飯があんまり美味しくないだもん」
「俺たちがいるだろ」
間を置かない誠司の返しにめぐみがまたも一瞬言葉を探す。誠司たちの母は運送業の仕事で遠方に出かけるため家を留守にすることが多く、その為彼女が不在の時は誠司達は愛乃家でしばしば夕食を一緒にしている。しかし、最近はその仕事が落ち着いていたこともあり、
「それはそうだけど、せっかく今はひろ子さんが帰ってることが多いのに邪魔しちゃ悪いよ」
「なに今更気を使ってるんだよ。それに今日から母ちゃんもしばらく家を空けるから、めぐみと一緒なら真央だって寂しくないしな」
気を使っているのはどちらの方か。励ましてくれるその言葉にめぐみは
未だ浮かない表情が消えない顔を見つめる誠司。そして逡巡すると口をパッと開いた。
「それに、俺だってお前が居る方が賑やかで楽しい」
白い息と共に放たれた台詞に不意を突かれためぐみが、再び頭の中で言葉を探し始める。その数秒の間に耐えきれなくなった誠司が途端に頬を染める。そして、赤い頬を誤魔化すように指先で強く押しなぞると、その場で体をゆっくり180°回転させてスタスタと歩き始めた。
すると、目の前の幼馴染が見せた意外な様子にめぐみはまたしても表情をキョトンとさせる。それで肩の力が抜けたのか、フッと喉に残った息を吐き出すと強張る顔を崩した。そして、眼下の誠司を先導するように彼を追い越していった。
「それで、今のところ他の地域にはサイアークは出てないわけね」
放課後、昼の鐘と共に解散の号令が教室を跳ねまわる。学校活動を終え生徒が一様に胸を弾ませる中、ハピネスチャージの四人は教室から離れた廊下の一角に集まり現状の報告を交わしていた。しかし、いずれも異変についての情報は一切なく、サイアークは日曜日に現れて以来不気味なほどに影を潜めていた。
反面、ここ一週間の学校の話題はサイアークで持ち切りだった。サイアークに怯える者や憤りを露わにする者、はたまたプリキュア達の活躍に興奮を見せる者など反応は様々だが、いずれにせよ奴らの存在を日常の中ですら認識させられるというのはめぐみ達にとってそう気分がいいものではなかった。
「もう何人に話を聞いたか分かんないよ。プリキュア相手と言ってもこんなに沢山の知らない人と話すのなんてワタシ初めてだよ」
「ファンファン達も色々聞いてくれてはいるんだけど、やっぱり手がかりはないみたい」
何も変わらない状況を話し合う過程がめぐみの焦燥感を駆り立てる。しかし、ひめやゆうこの顔にもうっすらと疲労の色が滲んでいた。
「でも、このままじゃ二進も三進もいかないね」
「けど、これ以上誰に話を聞けばいいのかしら」
ゆうこの呈した疑問を受けて全員から言葉を失われてしまう。静まり返った廊下にはめぐみの唸るような思案の声だけが返っている。三人が深く首を傾ける中、ひめは一人顎に手を添えながら横目に中空を睨んでいた。
「どうしたの、ひめ?」
「あぁ、いや!どうすればいいのかなって」
突然、眼前に顔を覗かせためぐみにひめが驚き背筋をピンと伸ばす。
「あーあ、こんなときに神様に世界中を探してもらえたら楽だったのにさぁ」
すると、ひめは頭に手を回して愚痴をぼやいた。神にも縋りたいとはこのことだろうか、そんなことを考えながら呆れるように苦笑いを浮かべる。
「連絡が繋がらない以上は仕方ないわよ。聞き込みを地道に続けるしかないわ」
一同の集中力の限界を感じ、いおながここで話を打ち切ることを決めた。事態が何も変わらない以上は対応に関しても何も変えられないという判断だ。
「そうだね、とにかく聞いて回るしかないと思う」
「わたし、もっと方法がないか考えてみるよ!」
「とりあえず今日のところは」
いおなの口から解散を発令されようとしたその瞬間、めぐみの頭部から足先を嫌な気配が通り抜けた。喉が締まるような嫌な感覚にめぐみが反射的に振り向くもそこには廊下が広がるだけで何者の姿もない。しばらく、背後を
するとまもなく、けたたましい着信音と共にひめのキュアラインからリボンの声が飛びだした。
「何か出ましたわ!!」