頭上に陽が昇る真昼のオフィス街。普段ならば人々往来が絶えず右へ左へ流れている時合だ。
しかし、この日ばかりは群衆は忙しない社会活動を止め、揃って空を見上げていた。正確には天を突くビルの屋上に佇む人型。白球の中に映し出された巨大な人の影に食い入るように目を凝らしていた。
アナウンス無く突如現れた謎のモニュメント、周囲のビルと比較しても見劣りしないその大きさに人々の話題は尽きることがない。
「あれはなんだ」と初老の男が言った。それに続いて「何かのイベントかしら」とバッグを腕に下げたふくよかな女が。人々はその手に携帯端末を掲げながら、すきずきに相手を要さない問いを宙へと投げかける。
その少女もまた何かが始まる予感に心が騒ぐ感覚を楽しんでいた。この日は小学校が早めに終わり、お気に入りの麦わら帽子と共に友達の家に遊びに行くその途中。ふと背伸びしたい気分になり、普段通らないオフィス街に一人足を踏み入れる。
そんなささやかな冒険の最中だった。
この場の人間がこれより行われる何かを今か今かと待ち続ける。しかし、正体不明の巨像は衆目をその目に浴びながらただ静かに不動を貫いていた。
数分ほど経ち、一向に何かを始めるような素振りを見せないソレに民衆が各々の職務へと戻り始める。少女もまた名残惜しいような気分でその場をあとにしようとしたその時、一陣の風がビルの谷間を駆け抜けた。
時期にしては生ぬるい三月の風に足を止める。すると、しつこく空を見上げ続けていた人々の方からどよめきが上がる。その声に少女がもう一度顔を上げると、太陽の中の
その様相が露わになるにつれ、眼前のソイツと記憶の中にある奴らの姿が重なっていってしまう。
なんで今まで気が付かなかったんだろう。脳にこびりついて離れないその姿に、少女の好奇心が音を立てて崩れていった。
そして、ソレはビルから乗り出し己が名を遥か下方の人間達へ知らしめた。
「サイアーク!!!」
耳をつんざく唸り声に脳がビリビリと痺れる感覚を覚える。一帯に轟いた脅威の名前に一人の女性が悲鳴を上げて一目散に逃げていくと、人間達は群れの先頭に釣られる羊の如く一斉に走り出した。
「あの話は本当だったんだ」フェイクニュースと疑っていた先日のニュースが真実であると気が付いた時には既に遅い。再び現れたサイアークの姿に脳は絶体絶命を確信し、脳の意思に反し足は勝手に逃走を始めていた。
しかし未だ青空を背にしたサイアークはキョロキョロと周囲を見渡すと全身を屈め、砕け散るコンクリートの塊を伴って宙へ跳んだ。
自分達へ襲い掛かることなくビルの向こうへと消えたサイアークにあっけにとられるも、ほんの瞬きの後に遠くから激しい爆発音が響いた。息を呑むと、隣のブロックから衝突音が飛んできた。後方へ走り去っていくビルの谷間から黒煙を覗いたときには、すぐ向こうで激突音が鳴り響いた。
一秒先で待ち受ける恐怖が少女の全身を支配する。小学二年の齢にして走馬灯も浮かばない頭の中には、絶えず大きくなる破壊の音だけが跳ね返っていた。
刹那、目の前の交差点目掛けて飛んできた何かが大地を揺らす。すると、与えられた衝撃によって少女の体がふわりと宙に浮きあがった。
パニックになる間もなく、前のめりに倒れこんだ少女。全身に打ち付ける痛みを自覚する隙も与えず、伏した少女の目の前で土煙が立ち昇る。
ビルに挟まれた交差点に舞い上がる粉塵。その中に見えた巨大な影がゆっくりとこちらを向いてくるのが見えた。
砂煙の中より現れた鋼の巨人が自身を気にも留めず歩み始める。一歩一歩と近づく度にアスファルトの道路が大きく抉れていく。恐怖に侵された体が末端の震えすら停止させる。目元に涙すら湛えながら、少女は時が止まったようにソレを睨んでいた。
「たすけて」声にならないその言葉。詰まって消えたその叫びは静かに響き渡った。
少女の頭上を桃色の光が駆け抜けた。瞬間、サイアークの巨体は弾き飛ばされ、鈍い金属音を上げた。あまりに突然の出来事に少女の脳が強い混乱を示す。
それに答えを出すように一人の羽を広げた天使が目の前に降り立った。
「大丈夫?」
彼女はしゃがみこみ、自分に手を伸ばす。滲んで霞む視界越しにもはっきりとその姿が見えた。
なんで忘れていたんだろう。あのニュースが本当だったなら、もちろんサイアークだけがぴかりが丘に現れたわけじゃない。
あの人たちも、プリキュアもいるんだ。
キュアラブリーが少女の手を握って立ち上がる手助けをする。ゆっくりと体を起こした少女。しかし、遅れてやってきた痛みと残る恐怖がその体を僅かに震えさせていた。
息つく間もなく、立ち上がるサイアークがラブリーの背中越しに見えた。
それを察知すると、ラブリーは少女の背中と足を優しく抱きかかえて空へと飛んだ。それと入れ替わるように別の光達が巨人へと向かっていく。
「安心して、もう怖がらなくていいからね」
空を飛びながらもラブリーは少女の顔を見て優しく励ました。その声色に不思議と安らぎを覚える。ラブリーの顔には少女の霞む視界の中にもはっきりと分かるほど眩しい笑顔が浮かんでいた。それは真上に輝く太陽よりも輝いて見えた。後押しされるように少女は大きく息を吸う。すると、段々と体が震えを収めていくのを感じる。
「ありがとう、プリキュア!!」
少女は早々と涙を拭うと、笑顔に対して更に満面の笑顔で返した。
全身に冷たい風を受けながら一面に広がる青を見つめる。すると、怯え震えていた先ほどまでとは一転し、少女の心は爽快な気分を包まれていた。
もう彼女の心に曇りはない。その胸にはプリキュアという希望が灯した光が輝いていたのだった。
ラブリーの向かった郊外から場所は変わって渦中のオフィス街。反響する戦闘の余波がビルの森を揺らし続けていた。
サイアークを中心に三方から取り囲むプリキュア達。サイアークが一人を補足すればもう一人がその注意の裏から攻撃をし、そちらを向けばまた他方から攻撃を加えていく。右へ左へ地に円を描くプリキュア達の動きに、サイアークはその軌道を目で追うのがやっとと言ったところ。
フォーチュンが目の前に飛び出して攻撃の素振りを見せた。すると、サイアークは地を蹴って自身へ真っすぐ跳躍するフォーチュンの動きに合わせて、その左腕を大きく後ろへ引いた。
音速で空気を斬り裂くその剛腕はさながらジェット機の勢いを呈していた。しかし、フォーチュンは強烈な一撃を目の前にしても一切の物怖じを見せない。直撃する寸前で腰の羽を展開。そのまま空中で更に一段上へ舞い上がると、サイアークの腕を一蹴りして半月を描いて翻った。
空振りしたサイアークの拳がアスファルトに着弾すると同時に、サイアークの後頭部が爆発し薄青の煙が一つ立った。
フォーチュンが気を引いている間に背後へ回ったプリンセスがサイアークへ蒼い光弾、プリンセスボールを投げつけていたのだ。見事クリーンヒットしたプリンセスボールだったが、当のサイアークの外装甲にはかすり傷一つすら見えない。
加えられた振動にサイアークが背後へと体を向ける。その狙いが切り替わるタイミングを狙って、すかさずフォーチュンが飛び掛かった。
しかし、サイアークとて同じ手を食うつもりはない。攻撃を察知すると、体を急回転させる。
そして、振り向きざまに裏拳を浴びせ掛けるが、直撃必殺の拳はまたしても宙を標的に切り裂いた。すると、振り抜いた腕を止める間もなくサイアークの背中に衝撃が走る。サイアークが大きく仰け反り、その両足が一瞬地を離れた。
宙に漂いながら、頭のみを真後ろに半回転させたサイアーク。その視界には、ほんの鼻の先に居たはずのフォーチュンの姿があった。しかし、次の瞬間、フォーチュンの体が残像を残して消失する。それと同時に、腹部へ強烈な一撃が突き刺さった。
捨て身の頭突き攻撃、プリンセスガチンコヘッド。プリンセスの輝く額とサイアークの鋼のボディが激突し、破裂するような甲高い音が響き渡る。
不意の衝撃にサイアークが僅かに後ずさる。それに対して当のプリンセスは頭骨を跳ね回る衝撃に頭を抱えていた。
すぐさま立て直したサイアークがダメージ冷めやらぬ様子のプリンセス目掛けて踏みつける。プリンセスが咄嗟に回避行動を取るも、巨大な影の中からは脱出すること叶わない。
だが、それを見越してハニーがバトンを振ると、プリンセスが山吹色の光に包まれる。そして、輝きと共に消滅。強烈な一撃はまたしても標的を捉えることなく足元のコンクリートだけを粉砕した。
「ふう…ギリギリセーフ」
ハニーテレポートによって窮地を脱したプリンセス。サイアークの背後に再出現すると同時にホッと息を吐いた。
消失と出現を繰り返すプリキュア達の動きに翻弄されるサイアーク。その攻撃は悉くが空を切り、反対にプリキュア達は生まれた僅かな隙を確実に攻める。
圧倒的プリキュアが有利であるかに見えるこの戦い。その実、彼女たちは絶大な緊迫感に縛られていた。
サイアークの振り回す腕が、蹴り上げる足が。巨大な魔人の一挙手一投足は街へ深刻な破壊をもたらし、激しい戦闘は建造物に取り残された人々に危険を想起させていた。そのため、あまり大きな技は繰り出せずビルの無い方角への攻撃をお互いに誘導させるなど周囲の安全が前提条件となるプリキュアにとっては厳しい状況が敷かれていた。
「この前のサイアークに増して、手ごわいわね」
「そうね、何より戦う場所が悪すぎるわ」
「技を出す暇だってないし。このままじゃ、不味いよ!」
状況を分析するプリキュア達。サイアークの突撃に散開してフォーメーションを取り直す。
ハニーのサポートの下でプリンセスが陽動を行い、フォーチュンが攻撃する。かと思えば、攻め手を交代しサイアークに動く暇を与えないまま攻め続ける。その繰りかえしは、少しずつ、だが確実にサイアークにダメージを重ねている。しかし、それ以上にプリキュア達の体力が限界を迎えつつあった。
たった十分の戦闘だが、常に張り巡らせていた集中と緊張は肉体と精神に深刻な負担を生み出していた。だが、ここで主導権を譲るわけにはいかない。疲労に耐えてプリキュア達は戦い続けるしかなかった。
しかし、ここで膠着した戦闘に大きく動きが見えた。
緊張を破ったのはサイアークだ。両挟みの状況を不利と見るや、その場で大ジャンプ。粉塵を舞い上がらせて一瞬の内にプリキュアの目の前からサイアークが消失する。
サイアークの突飛な動きにプリキュア達が反射的に空へと視線を追わせるが、その瞳に太陽の光が突き刺さる。意の外から目を焼き付けた激しい白光に思わず顔を覆ってしまった。
そのさなか、遥か空へと逃げたサイアークは豆粒ほどに小さくなっていく敵を見下ろしていた。やがて上昇を続けていた体が最高度に到達すると、働いていた法則が逆転し今度は大地へと吸い寄せられていく。頭と足を入れ替えたサイアークは落下エネルギーを利用し、そのスピードを加速させていく。
高速で空気抵抗に晒された両腕が霞みのように消えていき、その形が失われていった。次の瞬間、その肩の先が泡のようにボコボコと膨れ上がり、新たな腕が形成されていく。再生した腕は今までよりも巨大かつ鈍重。これまでよりもさらなる破壊力を身に着けていた。
飛び上がったサイアークが恐ろしい速度で地上へと降りかかる隕石と化す。
その間、僅か数秒。プリンセスの目から闇が晴れだすころには、サイアークはすぐの地上まで迫っていた。
迫る危機に一瞬思考が固まる。避けてはいけない。受け止めることも難しいだろう。だが、どうすれば?
選択の猶予はない。プリンセスが生唾を飲み込んだ。
直後、視界の端から飛び込んだ光の奔流が落下する巨星を飲み込んだ。
横からの攻撃に威力をかき消され、吹き飛ばされたサイアークがなすすべなく地面を転がっていく。
「みんな、お待たせ!!」
両目に構えた輪っかから一つ硝煙が空へと抜ける。声の方へ顔を向けると、逆光の中にキュアラブリーが佇んでいた。
間一髪のところでラブリービームが間に合ったのだ。
「ごめんね、皆。他にも取り残された人が居たからさ、皆助けてたら遅れちゃって」
展開した羽を折りたたみ、ストンと着陸するラブリー。
彼女が傍へ駆け寄ると、安心感からプリンセスが地べたにへたり込んだ。
「もう、疲れちゃったよ。あのサイアークやけにタフなんだもん」
プリンセスの困窮疲弊とした様子にラブリーが周囲を見渡す。折れ曲がった電灯、穴ぼこだらけのアスファルトが自身の不在に行われた激闘を物語っている。反面、ビル群に目立った傷害はなく苛烈さと同時に三人の健闘も窺い知れた。
「残念だけど、休憩するにはまだ早そうよ」
その声にプリンセスが目を丸くしながらフォーチュンを見上げると、紫苑の瞳が睨みつける先でサイアークがむっくりと立ち上がっていた。
「やっぱりか……」
プリンセスが諦観を地面にたたきつけ、重い腰を無理やりに立たせた。
交差点を挟んだプリキュアとサイアーク。十字のリングで向かい合った両陣営がファイティングポーズを取り直す。
緊張にシンと静まるコンクリートの谷に不意に風が一つ吹いた。ふわりと舞い上がる長髪。その静止をゴングとして第二ラウンドが始まった。
一斉に駆けだすプリキュアとサイアーク。体力の残るラブリーが一団から抜けて猛ダッシュ。勢いをそのままに宙へ足を離すと両腕を顔の前で交差させ、サイアークに突撃する。
迫る一条の光。音速にも届きうる飛翔体を前にしながらサイアークは足を止めない。それどころか肥大化した拳を前方に向け、真っすぐに迎え撃つ姿勢だ。
相打つ両者。かに見えた衝突の刹那、直線を描いていた光のラインは直角に軌道を変えて空へと上昇。サイアークが桃色に染まる光の尾に視線を這わせる。が、しかしそのグラスの中に映ったのは蒼天に輝く一番星だった。
「フォーチュンサンダーブレイド!!」
フォーチュンが掛け声と共にフォーチュンタンバリンを叩くと、星の内部で激しく増幅拡散を繰り返す光の粒が軽快な音色に合わせて瞬時に破裂。紫の稲妻がけたたましい音を挙げてサイアークへと降り注ぐ。
天地に跨る雷の柱。放電によって発生した超高温の熱が白灰の体を焼き尽くす。
だが、雷撃に打たれても尚黒い影はゆっくりと歩み出した。そして、中から這い出た二つの手が光の柱を引き裂き、空気を切り裂いた雄叫びがその健在を示した。
攻勢に出ようとサイアークが足を踏み出すが、そこへ間髪入れず黄色のリボンがサイアークへと巻き付き全身を搦め捕る。両手両足を縛られ、一切の自由を奪われたサイアーク。藻掻く度に黄色の繭が
「今よ、ラブリー!!」
ハニーに応答するようにラブリーがサイアークの頭上から一気に急降下。脳天を直下に捉えた体当たりが炸裂しようとした。
だが、一瞬サイアークの輪郭がぼやけたかと思うと、その体が蜃気楼のように霧散。力の対象を失ったリボンがするりと解け、ラブリーは反応すらできず目の前の地面と盛大にクラッシュした。
「いてて……どういうこと……?」
ラブリーが困惑と鈍痛に唸る。頭に被った瓦礫を払い落として、仲間達の方を見ると彼女達は驚いた様子で自身を。自身の後ろにいる何かを見ていた。
更に困惑を深めるラブリー。その頭上を鳥の影が覆った。否、その影は鳥にしては余りに巨大かつ歪つ。追うように見上げる瞳の先では、異形のサイアークが空に浮かんでいた。
どこかへと消え去った二対の脚。その代替として真横へ伸びる大きな機械の翼。そして腰部から前方にかけて細く尖った機首が、下半身全体のシルエットをトライアングルに結んでいる。
さながら戦闘機そのもののへ体を変化させたサイアークに一同は驚愕を隠せなかった。
「そんなのありなの!?」
プリンセスが一際顕著な反応を示す。今までのサイアークにも戦闘中に姿を変える個体は居たが、それは僅かな変化に留まり、ここまでの最早変身を遂げた者は存在していなかった。
吐き出した吃驚を飲み込む暇もなく、サイアークの後背部に取り付けられたジェットが火を噴いた。白銀の機体が瞬間的に加速し、地面スレスレを駆け抜ける。猛スピードで突進する鋼鉄のマシン。突然のことにプリキュアが何とかサイアークの軌道上から逃れるも、機体に遅れて周囲に猛烈な突風が巻き起こった。
激しい衝撃波を受けて身を構えるが、吹き付ける風にたまらず瞳を閉じる。そして、再びその目を開けたときにはサイアークは遥か空の彼方へと消えていた。
「逃げた……のかしら?」
青空に瞬いた白い閃光の後尻を眺めながらつぶやくハニー。そこにはひたすらな雲海が広がっているだけだった。
「まだ近くに居るはずよ。今のうちに」
「もう……本当になんなの……」
その場に座り込んだプリンセスを横目にラブリーが空を見上げる。広大な空の隅々を睨みつけると、白く霞んだ青に混じる黒い粒がふと目に入った。無地のキャンバスに落ちた一滴の泥水のように美しいブルーを歪める不協和なソレは不思議に意識を割いた。あれは、なんだろう?サイアーク?飛行機?浮かべてはみたものの、そのどちらでもない気がする。
直後、瞼が暗黒を招く。秒にすら満たない一瞬の内に空は再び二色に戻っていた。
(あれ?今確かに……)
ラブリーが浮かべた疑問、それを遮るように耳の中を風切り音がかき乱した。戦闘の継続を示す機械音に背後を振り返ると、向こうの空から大きくなってくる影が一つ。
プリキュアがそれを補捉すると、待っていたとばかりに影がピカっと光った。飛びこんでくる赤い光。放たれた三筋のレーザー光線は空中で一つに重なると、雨粒のように無数に拡散し、プリキュア達へと降り注いだ。
プリンセスの足元に着弾するレーザー。すると、元は右足のあった位置で火花が発生し真っ赤になったアスファルトがドロドロに溶けた。続いて、左足の方へ飛んでくる光線。それを咄嗟に足を入れ替えて避けると、高温に晒された地面が水飴のように変質し、同様に歴青の肌に小さな穴を空けた。
光の速さで向かってくる赤線はプリキュア達の動体視力で以っても完璧に捉えることは出来ず、片足で交互に跳ねるように避けるので精いっぱいといった様子。
次々と灼熱光線が降り注ぎ、慌てて逃げるプリンセスを追うように雨跡を残した。
「なんでワタシばっかりなのよ!?」
他の三人を見ても、明らかに自分だけレーザー攻撃の量が違う。あんまりな待遇差にプリンセスが叫んだ。それはただ光の直線状に居たからというだけではあるが、期せずしてプリンセスだけがゲリラ豪雨に見舞われていた。
一歩踏み出せばレーザーに晒される相手へ反撃を許さない激しいスコール。その僅かな隙間を縫ってハニーがバトンをしならせると、先端からリボンが伸長する。そして、プリキュアを中心にレーザーが放たれた一面を覆うほど巨大なハートを描いた。その中心に集合した光の束が一枚の強固な壁となって、弾丸の雨を飲み込んだ。
凌がれたと見るや、サイアークはレーザー攻撃を中断。そして、その両腕を長方形の機械に変形させた。そして、地上へ差し向けると、腕の先端が左右に開き、露出した複数の孔からロケット弾を発射する。
放射状に射出されたロケット弾が狙う先は地上に転がる数粒の黒点。推進装置による急加速を受けて標的との距離をさらに詰めていく。
「次から次へと……」
ラブリーが腰で合わせた両手に光を集める。技を放って、迎撃するつもりだ。
しかし、ラブリーの攻撃体勢をフォーチュンが制した。
「ダメよ、ラブリー。このままじゃ撃ち落としたミサイルが誘爆して街に被害が出るかもしれないわ!」
「でも、どうすれば……」
落とされた八発のロケット弾は、直撃すれば防御したとしても一溜りもない。しかし、街への被害を鑑みれば避けることも破壊することもできない。またしても迫られた火急の選択。
「ワタシに任せて!」
そう言うとプリンセスがラブプリブレスを回した。すると、その両手を中心に風が巻き起こり、気流の流れを掴んで球形に圧縮させる。そして、ボール大のソレをロケット弾の真下の地面へ投擲すると、風の卵が弾けその場に小規模の竜巻が発生した。
プリンセストルネードによる乱気流に飲み込まれ、遥か上空へと打ち上げられたロケット弾。
それを見上げたプリンセスがアイコンタクトすると、ラブリーが蓄えたエネルギーを一気に放出する。無数のハートの矢に撃ちぬかれた弾頭が炎を吐いて大爆発。多大な衝撃波だけがビルの窓を揺らした。
なんとか窮地を凌いだプリキュアだったが、サイアークは攻撃の手を緩めない。
爆炎の中から現れたサイアークは、機体を傾けるとジェットエンジンを猛烈に回転させてスピードアップ。音速に包まれた鋼鉄の翼が大地を斬り裂いて押し迫る。
しかし、一直線に飛び込んでくる攻撃であれば、避けることは容易いものだ。一文字のサイアークの軌道を読んでプリキュア達が横軸にステップを踏んで楽々と躱して見せる。
翼に手ごたえを得ないサイアークは巨体で以って鮮やかに急旋回すると、再び突進。
「また、来るわよ!」
「そんなに慌てなくても、こんなの楽勝だよ」
フォーチュンの警告に反して、プリンセスが最早見切ったような軽い動きで翼撃を躱す。そして、またブレスのダイヤルに指をあてがう。
しかし、鋼鉄に削られるアスファルトの破片。その内の一際大きな塊がプリンセスへと爆ぜた。サイアークのみに集中していたプリンセスは、突然の飛来物に慌てて腰を後ろに倒すと薄皮一枚でギリギリ回避。自身の腹を飛び越えたアスファルトの塊が視線の先で地面と衝突して砕け散る。
その末路を見届けると、長いツインテールを振り回して体勢を戻す。その瞬間、第二陣がプリンセスの顔面を打ちつけた。プリンセスが大きく仰け反ると同時に、ぶつかり跳ね返ったコンクリートがガタンと音を立てて地面に横たわる。
絶句が辺りを包む。眉を傾けて不安そうに仲間達が見つめる中、プリンセスはゆっくりと上半身を上げた。
俯いた顔には陰が宿り、表情が見えない。しかし、その握りこぶしはわなわなと震えていた。
そして、顔を上げで思いっきり叫んだ。
「この間も散々邪魔してくれちゃって!!空より寛大なワタシをよくも怒らせたわね!!」
打ち震えるプリンセスの瞳に怒りの炎が燃え上がる。三角に尖った双眸に敵を納めると、ラブプリブレスのダイヤルを回す。すると、両手に集まった光が左右それぞれに身の丈以上に大きな握り拳を生成した。
「受けてみなさい、プリンセスゲンコツツインマグナム!!!」
勇ましく技名を叫び、スカイブルーのダブルパンチを射出。プリンセスの腕を離れたそれは火薬が爆発するように後部でエネルギーが弾けると、更なる推進力を得て飛翔速度を上昇させる。
しかし、自らに向かって放たれたそれにも物怖じせずサイアークは突撃を継続。
ジェット対ロケットパンチ。白い双翼と青い双拳が鈍い音を立てて相まみえる。互いに譲らない鍔迫り合いの末に前進を見せたのはサイアークだ。真っ二つに裂かれた拳が粒子となって消滅してしまった。
しかし、プリンセス怒りの攻撃はそれでは終わらない。すぐに射出された第二陣が突撃するサイアークへ回避を許さず、その顔面を殴りぬけた。自身の勢いを利用される形で威力を増したその二撃一対には耐えきれず、大空を仰ぎ見るサイアーク。
結果、そのスピードは大幅に減衰し、仲間たちに攻撃のチャンスを生み出していた。
速度を失ったサイアーク。その視界にピンクの戦士が映る。ラブリーはサイアークの頬を目掛けて鋭い掌底打ち。接地と同時にその掌から迸った光の奔流がサイアークへと突き刺さり爆裂した。
ラブリーシャイニングインパクトの直撃を受けたサイアークは眩暈を強め、制御を失った機体は抵抗なく地面へとめり込んだ。
サイアークが身もだえるが、その麓に立つフォーチュンは既に必殺技のモーションに入っていた。すぐさま、サイアークの体をハニーリボンがキツく縛り上げ、回避の試みを絶つ。
溢れる聖なる力の一片までも両腕に巻き取り、一つに集める。凝縮された特大のエネルギーの塊を支えるように天へ掲げると、光球の内部で爆発的なエネルギー膨張が起こる。飛び出した余剰エネルギーが五体となり、光球を星型に形作った。
手のひらへと重たくのしかかる絶大な光の塊が、今にも弾けんと波動を放つ。フォーチュンはそのまま紫の超新星を前方へ構えると、力強い正拳突きによってサイアークへと撃ち出した。
「プリキュアスターダストシュート!!」
星屑を引いて地を駆ける流れ星にサイアークは藻掻くことをやめてしまった。敗北を悟り、諦めたのではない。次の瞬間、巨大な頭の先から蒸発するように透けていき、張りつめていたリボンは段々と力を失っていった。
(不味い!)
ラブリーの脳をよぎったデジャブ。だが、それを阻むように生温い風が背筋をなぞる。すると、サイアークは体の昇華をやめ、実体で以って真正面から光の弾を受け止めた。
躯体が煌めきの中に包まれる。途端に物言わなくなったサイアークを背にして、フォーチュンは空へかざした拳に勝利を宣言する。
「星よ、天に還れ!!」
光の中でサイアークが溶けるように消えていった。
それに伴って、道路に残された激突のクレーターは一瞬の内に舗装され、元の五車線の道路を取り戻す。何事もなかったように一帯から破壊の痕が消え、激突音で揺さぶられていたビルの谷間に静寂が帰って来た。
戦闘の熱冷めやらぬプリキュア達は、労いの声を掛け合う力もなくお互いに顔を見合わせていた。
「ありがとう、プリキュアー!!」
どこからともなく飛んできた声の方角は頭上のビル。窓から体を乗り出した男がプリキュア達へ手を振っていた。
その言葉を皮切りに今まで隠れていた人々が続々と姿を見せ始める。
「助けてくれてありがとう!!」「やったな、プリキュア」「凄いぞ、プリキュア」口々に感謝や労いを述べる人間達。プリキュア達は周辺にここまでの人が取り残されていたことに驚きつつも、その心中は達成感のような嬉しいようなそんな様々な感情で綯交ぜとなっていた。
プリンセスが両手を大きく振り、観衆の声に応える。ハニーも小さく手を振り返し、フォーチュンは怪我人を探すなど毅然とした態度を保っている。
そんな中、ラブリーは呆然と空を見上げていた。
さっき感じた異様な風。それは、サイアークの出現する前の嫌な気配に似ている気がした。その他にもどこかで味わったことのある不快感。それがどこかは上手く思い出せないけど。
「人が集まる前に行きましょう、ラブリー。ラブリー?」
「あぁ、ごめん。そうだね!怪我した人もいなさそうだしね!」
ハニーの声に慌てて返事を返す。大きな素振りでわざとらしく辺りを見渡してみても、周囲の人々に被害はなさそうだ。
まもなく、戦いを終えたプリキュア達は空へと飛んでいった。敵を倒した戦士にとってもはやこの場所に居場所はない。
民衆は先ほどまでに味わった恐怖を瞬く間に忘れ。再び自身の世界へと帰っていく。そして、街は日常の渦の中へと戻っていくのだった。