ハピネスチャージプリキュア!の小説   作:モリ―・ジョニー

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18.不穏

「やれやれ、つい話し込んでしまいしたな。上司にどやされないといいのですが」

 

 帰社する道すがら、腕時計の示す時刻を生瀬が確認する。昼休憩終了となる13時が目前に迫り、その足にも力が入った。

 厳格な上司からの怒りの連絡が入っていないかが気になり、スーツの胸ポケットからスマホを取り出した。契約時の壁紙のまま、必要な物から不必要な物までアプリケーションがごった返す画面の片隅で、受話器を模したアイコンに赤い丸が一つ。恐る恐るその中身を確認すると、友人の名前だけがそこにあった。思い過ごしにホッと胸を撫でおろす。それに相槌を打つように、視界の端でスマホに括りつけられたストラップの蒼玉の装飾がぴかりと光った。

 

 幻影帝国の一件から勤めていた会社をクビになり、古い伝手から拾ってくれた今の会社のことは彼なりに感謝していた。業務内容は以前にも増して忙しいものではあるが、虫にも劣る気力を振り絞って臨むだけのやりがいがあった。

 それでも、やはり上司は怖いものだ。

 

 スマホに目を取られているのも束の間、地面になにかがぶつかる軽い音が耳に入る。スマホを仕舞い、音の方を見れば路上に横たわるジュースの空き缶が一つ。加えて、その向こうには通り去る若者の後ろ姿が。

 一瞬、前へと向き直る生瀬だったが、逡巡すると転がった空き缶を拾い上げる。そして、こめかみをひとしきり掻くと喉を大きく開いた。

 

「おーい、君!ポイ捨てはいけませんぞ!」

 

 その声に振り返る若者。見せびらかすように頭上へ掲げた空き缶を見ると、すぐさま踵を返して何事もなかったかのように歩き去ってしまった。

 

「全く。ゴミを捨てる手間すら怠るとは感心しませんな。おっと、こんなこと言っている暇ではありませんでしたぞ!」

 

 自分の行いを悔いるどころか、振り向きざまに若者が見せた鋭い目つきに憤りを覚える生瀬。しかし、些事は些事。自身に迫る使命を思い出し、行くべき方角へと体を反転させる。

 そして、近くの公園へと立ち寄ると、ゴミ箱めがけて長い足を更に焦らせた。

 

 彼を見下ろす黒い靄。漂う雲の中に溶け込んだそれは、輝く赤い眼光をぴかりが丘に落としていた。

 

 

 その者、字をナマケルダ。

 良家の娘との身分違いの恋の末に、裏切られ愛を失った男。傷心の彼への風当たりは強く、取り巻いた人間達は兼ねてよりの妬みや嫉み、蔑み、憐れみを容赦なく浴びせかけた。結果、男の元には失望と激しい無力感だけが残った。順風に押された人生は一転し、漠然と広がる絶望を抱いた彼は、やがて甘い囁きに乗って世界を蝕む手先となった。

 彼の顛末をそのように私は、この頭は記憶している。

 だが、そんなものは所詮、自業自得だ。己の程度を弁えず、叶わぬ恋へと身を投げた愚かな男。それがナマケルダ、生瀬という人間なのだ。

 

 携帯する腕巻き時計の針の様を一分、一秒、必要以上に意識しながら、革靴を響かせて男はコンクリートの道を走っていた。

 勤務する企業の定める規定に忠実かつ盲目的に隷属する。なにを今更思い直したのか。かつて惰眠を貪り、世の全てを嫌悪した男とは思えないほどに酷くまじめで、甚く勤勉なものだ。

 それは、理解を持ってくれた周囲へ取り繕った体裁か、或いは自責の念のつもりなのか。事の程に興味はないが、幻影帝国の幹部、神の力をその身に受けた存在として、彼には多少の利用価値がある。

 

──一度闇に堕ちた人間が生み出す力が如何ほどなのか、身を以って教えてもらうとしようか

 

 黒雲より覗く腕から放たれた稲妻が、咆哮を上げて生瀬へと襲い掛かる。背後に感じ取った邪な気配。眼前に広がる黒雷。次の瞬間、彼の視界は白く染め上げられていた。

 

 

「それで、ここのミルフィーユが凄い美味しいって評判なんだよ!」

 

 休日を謳歌する人達でごった返す町の片隅。ぴかりが丘の中心部でも商業エリアに区分される地域に彼女達の姿はあった。

 ひめが行列から半身を乗り出して先頭までの距離を目算する。あと十数分で入店が叶うといったところだろうか。

 

 めぐみ達が半ば強引に連れられて来たのは、つい先日オープンしたというスイーツの専門店。後尾で配っていたパンフレットによれば、本場フランスで修行を積んだパティシエールが、拘りぬいた素材を目の前で調理して振る舞う。所謂アシェット・デセールが売りの店だという。しかも、新規オープンで今だけリーズナブルな値段で銘菓の数々を味わうことができるのだとかなんとか。お安く、とびきり美味しいだなんて、これほど素晴らしいことはない。

 そういえば、この間ゆうゆうが興奮気味にこの店のことを言っていたような気がする。

 

 起床して数時間としない頭を揺すりながら、めぐみが列の導く先を見守る。前を見ても、後ろを見ても人、人、人。現代の大名行列にも思しい人が為せる超長蛇。それほどにこの店が人気と評判を集めている証拠ではあるが、こうも沢山の人に囲まれては空腹も相まって目が回ってしまいそうだ。

 少ない人数で運よく滑り込めたものの、それでも大した待機時間の長さ。ひめはともかくとして、彼女が両腕で抱えているリボンは長時間に渡って人形に扮するあまり白い顔がさらなる青白さを帯びてしまっている。

 

「大丈夫、リボン?」

 

「えぇ、まだなんとか。それにしてもいい香りですわね」

 

 広げたパンフレットの裏側で、リボンが小さい鼻を微動させる。先頭に近づくに連れて、店内から漏れ出てくる菓子の匂い。バター、砂糖、バニラエッセンス、その他に様々な素材が絡み合った極上の香りに誘われて、何も入れていないめぐみの胃袋が小さく吠えた。

 チラシに記されたメニューの一部だけを見ても、華やかなフルーツに彩られたスイーツの味はさぞや素晴らしかろう。

 

「わたしたちの番、もうすぐだね」

 

 退店するお客たちの満面幸福の表情を眺めながら、めぐみが前方で浮足立つひめに顔を覗かせる。

 時間に連れて段々と縮まっていく絶対距離。比例して濃くなるかぐわしい香気。間もなくして、目の前で列をなしている人たちが数えられる程度になると、ひめが瞳の光を強くさせた。

 

「やっと、この時が来た!テレビでぴかりが丘にオープンするって知ったときから一回は行きたいと思ってたんだよ!」

 

 五、四、三。目の前の人たちが続々と店の門を潜っていく。間もなく訪れる時間にリボンごと両腕を上下させるひめの昂る興奮と期待が手に取るように分かる。めぐみ自身も待っている間に増幅した空腹感と期待感が心臓を高鳴らせるのを実感していた。

 

 ドキドキのボルテージが最高潮に達したその時、空を泳いだ熱波紋。背中から腹にかけて細胞一つ一つを貫くように通り過ぎていったムカムカとする不快感に、めぐみが強烈なフラッシュバックを覚える。

 気が付くと、両足が勝手に動き出し、嫌な予感が教えるその場所へと駆けだしていた。

 

 突然、一人どこかへと走り去っていっためぐみの背中を、呆然と見送るひめとリボン。興奮を裏切るサプライズに脳の処理が追いついたときには既にめぐみは豆粒のように小さくなっていた。すると、気配に全身を震わせたリボンがひめへと告げた。

 

「大変ですわ、サイアークが現れましたわ!!」

 

 

 前触れなく現れた巨大なシルエット。街の中でも目立つ程度には背丈の大きい自分をあっさりと飲み込んだ影。その主を見上げる生瀬。

 嫌になるほどの見覚えと共に気が付いたことは、今の自分はこいつから逃げ惑う側の存在であることだ。

 

「ま、まさかサイアークがこんなところにまで」

 

 ここ数日、ニュースや新聞で拝見したサイアークの姿。ここ最近どこかにその気配をうっすらと感じていて尚、半信半疑だったが、プリキュア本人から呼び出された以上は事実であると思うほかなかった。しかし、目の前の現実に現れると、体が中々納得してくれるものではない。脳は困惑を極め、体は凍り付いたように微動だにしなかった。

 

 サイアークに恐怖を覚えるのは一度目の赤いサイアークが世界中を襲った時に加えて、今回が二度目。使役していた頃は愛嬌すら感じていた人型が今は恐ろしくて仕方がない。

 だが、危機感とは反対に、薄汚れた白を塗りたくった巨体は俯いたまま足元の地面を、凝視している。正確には見ているかどうかは分からないが、なにすることもなく黙りこくっていた。

 

 自分のような怠け者だとありがたいが。サイアークに注目しながら後ずさる生瀬の期待とは裏腹に、サイアークの腕がピクリと動いた。そして、途端にあるかもわからない首を回して公園内を見渡し始めた。狙いは、自分ではないらしい。かといって、避難途中の場所を同じくした他の人間でもないらしい。

 大地から空へと視点を切り替えたサイアークのサングラスに光が宿る。その刹那、大きな顔面が激しく歪んだ。

 飛来した何かが激突したサイアークが、大きく仰け反る。しかし、崩れようとした両足で地面を蹴り上げると、空中で反転し体勢を取り戻す。

 サイアークの着地と同時に起こる地響き。それに追随して、生瀬の目の前でヒールが軽快に地面を叩いた。

 

 その後ろ姿にも見覚えがある。羽をあしらったコスチューム。空中から解き離れ、ゆっくりと落ちてくる長い髪。

 

「やれやれ遅いですぞ」

 

「ごめんなさい…って。ナマ…生瀬さん!?」

 

 現れた桃色の戦士、キュアラブリー。順調だった自分のぴかりが丘侵略計画が破綻し始めた最大の原因。だが、その背中が頼もしいと思える日が来るとは。

 

「貴方もその呼び方ですか…まぁ構いませんが」 

 

「とにかく、今は逃げてください!わたしがサイアークを」

 

「頼みましたぞ、プリキュア!」

 

 ラブリーが振り返り非難を促したときには生瀬の声だけが残り、既に本人の姿は既に小さくなっていた。ナマケルダを名乗っていた時も形成不利と見るや直ぐに逃げ帰っていたことを考えると、優れた危機管理能力は自前の物らしい。

 

 広い公園から人気が消えたことを確認すると、ラブリーはサイアークへ視線を注ぐ。無我夢中でここまで走ってきたが、やはりあの嫌な気配を感じたときはサイアークの現れる前触れと思って間違いが無さそうだ。こんなことで第六感を発揮することになるとは。歯噛みする思いのラブリー、そんなことお構いなしに目の前のサイアークが煙を上げて空中へと姿を消した。

 

 咄嗟に宙の敵を追ったラブリー。サイアークの輪郭がぼやけると背中から推進装置が生成される。そして、けたたましい駆動音と共にプロペラを回転させて急発進。ラブリーへと高速タックルを繰り出した。

 意趣を返す攻撃になんとか両腕のガードが間に合い迫る巨体を受け止めるが、パワーの差は即座に現れた。巨体から発揮される圧倒的質量に押されて、ラブリーの踏ん張っている後ろ脚がじりじりと押しやられていく。そして、サイアークはその防御の上から押し潰さんと更に速度を上げていった。

 

 まともに受けては勝ち目はない。そう確信すると、ラブリーはガードを解いて後方へ体を倒す。そのまま空を切ったサイアークの体の下へ潜り込むと、ラブプリブレスのダイヤルを回転。殴りつけた拳からエネルギーを瞬間的に爆発させて、サイアークを上空へと跳ね飛ばした。

 

 必殺のラブリーパンチが敵を穿つ。放たれた光の線が焼け灰の体に大きく穴を開ける。直撃を受けたサイアークの巨体が高く打ち上げられ、紙きれのようにフラフラと空を迷う。そして、頭部から回転するようにして地面へ墜落した。

 

 しかし、ダウンしたかに見えたサイアークだったが、落下のダメージを感じさせず悠然と立ち上がる。確実にダメージを与えながらも。それを感じさせない不気味な出で立ちに、ラブリーは警戒を更に強める。すると、目の前の白い体の一部がブクブクと膨れ上がり、傷跡を産めるように修復していく。そして、サイアークは背中のプロペラを猛烈に回転させて足元の地面から黄塵を巻き上げた。

 

(なにをするつもり!?)

 

 強烈な風圧に身構えた両腕。その隙間から覗く視界を砂風が埋め尽くしていく。そして、サイアークのプロペラが吹き飛ばした土埃が闘いで生じた塵芥を伴って一帯を覆い隠した。 

 砂霧に溶けた一人と一体。しかし、相対する敵の姿を見失ったのは、彼女達だけではない。

 

「あれでは、よく見えませんな。一体どうなっているんです」

 

 周囲の人間たちが更に遠くへと非難していく中、一人戦いに影響が及ばない位置から遠巻きにその行方を見守っていた生瀬。瞳を細めて公園の中心部を睨みつける。焚かれたスモークが邪魔をする中、聞こえてくる衝撃音だけが辛うじて戦闘が継続されていることを証明していた。

 

「相棒のラブリーが戦っているというのにプリンセスは何をしているのですぞ!」

 

 無性なもどかしさに地面を踏みつける足に力が入る。彼の記憶の中では、ピンク色の少女の横にはほぼ毎回スカイブルーの少女が並び立っていた。プリキュアの本領は信頼して戦える仲間がいてこそ発揮する。故にそのコンビネーションに幾度となく苦しめられてきたものだったが、今回に限ってはその到着が遅れている様子だ。

 固唾を呑んで始終を収めることに意識を費やす。相も変わらず砂煙の中で演じられる死闘だが、ここで生瀬の脳裏に一つの違和感が浮上する。 

 しかし次の瞬間、一筋の蒼光が盛り上がった黄煙へ飛び込んでいくのが見えた。

 

 叩き込んだキックに手ごたえはなく、一瞬煙の向こうに黒影を認めるとすぐさま回避行動を取った。まもなく、先ほどまで自身がいた地点目掛けてサイアークの強打が炸裂する。衝撃に耐えて正面を睨み据えると、濃霧の中にサイアークの大きな体は消えていた。

 状況を不利にするこの砂嵐を吹き飛ばそうとエネルギーを集中させるが、その度にサイアークの追撃が加わり、ほんの暇すら許されない。

 それもそのはず、サイアークが認識しているのはラブリーの放つ光。輝いた光は己が位置を教え、起死回生を図る行為そのものが彼女を危機へと追い込んでいた。

 

 砂煙の中では、視覚以外の感覚を用いて敵の位置を図らなければならない。変身して強化された体の感覚機能は確かにサイアークの姿を捉えていた。だが、前方にその気配を感じ取っていながら、背後左右にも同様の存在を感じる。五感を鵜呑みにするのなら、自身が相対している敵の数は三つ、いや四つ。おかしなことに、敵の気配が自身を取り囲んでいた。

 困惑の消えない中、張り巡らせたアンテナが正面から繰り出される攻撃の存在を知らせる。ラブリーが後ろへ跳ぶと、サイアークの腕が煙からヌッと現れ大地を割った。

 そして、彼女の体に訪れた浮遊感。着地までの間、次なる手を模索するラブリーだったが、突然待ち構えていたように顔の真横へ鋼鉄の拳が飛び出した。

 

 窮地に訪れる刹那。攻撃の衝撃がラブリーを襲う。かに見えた。

 砂煙をかき分けて、二人の間に割って入った青い光。それは地面に触れた瞬間はげしく輝き、激しいハリケーンがラブリーを包み込んだ。

 たちまち突風に吹き飛ばされる砂嵐とサイアーク。晴れた視界の先には、プリンセスが立っていた。

 

「急にどこに行くかと思ったら、一人で先走って!」

 

 自分を置いて、一人先に駆けだしたラブリーへ不満を漏らすプリンセス。しかし、態度とは反対に彼女の隣を陣取るようにポジションをとっていた。

 地に伏していたサイアークがむっくりと起き上がる。その挙動に神経を張り巡らせながら、二人は敵の出方に備えた。

 

「言い訳は後で聞かせてもらうからね!」

 

「ごめん、お願い!」

 

 今は戦いに専念することを決める二人。それと同じくして、空高く跳躍したサイアークが両足をそろえて彼女達へと飛び蹴りを仕掛けた。

 しかし、プリキュア達は左右へ飛びのいて攻撃を躱すと、バラけた標的を決めかねているサイアークを見据える。そして、息の合ったコンビネーションで以って背面へ回り、反撃のダブルキックを直撃させる。攻撃のショックに耐え切れず、たたらを踏むサイアーク。

 そこへ、すかさずプリンセスが追い打ちの連続パンチ。光のエネルギーをその拳に纏い、サイアークを打つ、打つ、打つ。背中越しにその大きな顔が痛みにもだえる様子が透けて見える。

 しかし、サイアークは回し蹴りを放ってプリンセスを退けると、反転した勢いで正面に捉えた彼女を打ち貫かんと剛腕を天に掲げる。

 だが、仲間への攻撃はラブリーが見逃さない。即座にラブプリブレスに指をかけるとサイアークに照準を合わせて腕を振り抜く。すると、ラブリーの掌に集まったエネルギーが炎の弾丸となってサイアークへと着弾、その腕先を爆発が包み込む。

 煙を纏った大きな右腕が力なく垂れ下がった。

 

「ナイスだよ、ラブリー!もう倒せそうじゃない!」

 

 優勢の状況に緊張を解くプリンセス。しかし、ラブリーはここにきて警戒のピークを迎えていた。

 先の戦いから白いサイアークが見せてきた姿を変える能力は、この戦況を簡単にひっくり返すことができるもの。そして、あのしぶとさは二人だけでは攻めきれないかもしれない。

 だが、どうすればいいのだろう。二人の必殺技をぶつける?何をするかもわからないこのサイアークにそんな暇を作れるかどうか。なら、ハニーとフォーチュンの到着を待つ?そんな悠長なことも言っていられない状況なんだ。サイアークを早くやっつけて皆を安心させないと。

 一瞬のうちに無数の思考を巡らせるラブリー。

 

 彼女の分析を待たずしてサイアークが負傷した腕を霞ませて、また新たな形へと変容させる。その工程が完結する前にラブリーは大地を蹴った。とにかく、今は攻撃の手を緩めないこと。それに尽きた。

 だが、変形を間に合わせたサイアークが向かってくるラブリーへとその腕を差し遣わせる。その先端には大きく穴が一つ空いており、太い円柱が伸びた姿は単純ながらも砲台であると思われた。

 すると、砲門に赤く光が灯る。根元から先端にかけて筒の膨らみが移動してくる姿にラブリーの直感が告げた。来る。

 

 町中へ轟音が響くと共に発射される鋼の砲丸。近づくに連れて、真正面に据えた白球が瞬く間に大きさを増していく。それに対して、ラブリーは縦に起こした左の手掌へ握り拳を合わせる。そして、右手を振り抜くと共にその中へ光の剣、ラブリーライジングソードを生成させた。

 サイアークとの距離を詰めるラブリー。迫る砲丸に対して、下手に構えたライジングソードを振り上げる。その剣閃に晒された鋼の砲丸が容易く二つに裂かれ、空中で霧のように消滅した。

 ラブリーが放たれた二波、三波を続けざまに斬り払う。この攻撃では彼女を止めること叶わないと知るや、またしてもサイアークが空いた腕を分解する。そして、現れた緻密なディテールの物々しい大砲状の武器。その先端から激しい光線を照射する。

 地面を焼きつけるレーザービーム。しかし、ラブリーが足を止めることはない。その射線の只中を突っ走ると、剣身を斜めに構えてレーザー光線を空へと弾き飛ばす。そして、真っ向からサイアークに接近して、その頭上に跳躍した。

 

 

「これはどういうことですかな…?」

 

 顎に軽く握った拳を当てて、白昼の激闘に目を凝らす生瀬。その視界の中心はサイアーク。というのも、彼にとって件のサイアークには拭いきれない違和感があった。

 

 本来、サイアークとは幸であれ不幸であれ人間の心から発せられる感情エネルギーを糧とする存在。それゆえ、サイアークが活動するには対になる人間が必要となり、素体となる人間を封じ込めた鏡の檻が近くに出現するはずである。しかし、この開けた公園の中には肝心の動力源が見当たらない。

 加えて、サイアークを生み出した際に発生するサイアークとその創造主との間に現れる繋がり。赤い神由来の力によって認識できる心的なパス。それはサイアークへの命令を可能とする主従関係の証のようなものであるが、僅かな力しか与えられていない幹部には、少なくともナマケルダや他の人間達には不可欠なものであった。だが、今回に限ってはそれすら感じ取ることができないのだ。

 奇妙なサイアークのことを、ぼんやりとしか残っていない神の力が教えていた。

 

「あのサイアークは一体…」

 

 

「はあぁぁぁぁぁ!!」

 

 ラブリーが気合の掛け声と共にライジングソードを振り下ろす。一閃する桃色の光。一刀のもとに斬り伏せられたサイアークの体が真っ二つになる。そう、文字通り真っ二つに。

 土砂を舞わせて、崩れ落ちるサイアークの半身と半身。その音に集中を解かれたラブリーの耳をつんざいた叫び。

 

「ラブリー、幾らなんでもそれはやりすぎだよ!」

 

 プリンセスの悲鳴じみた声にハッとすると、地面に横たわったサイアークと目が合った。

 

「ちが、わたしここまでのつもりじゃ!!?」

 

 あまりに凄惨な光景に慌てるラブリーとプリンセス。名剣ラブリーライジングソードと言えど、以前までのサイアークであればその場に倒れる程度の威力。

 しかし、顔を青白く染める彼女たちの驚きを更なる衝撃が塗りつぶした。右と左に分かたれたサイアークの体が雲のように原型を失うと、それぞれが人型の姿へと変わっていく。

 下から上へ向かっていくラブリーの視線。その先では、二体のサイアークが自分を見下ろしていた。そして、状況を飲み込むことなく左右から繰り出される鉄拳。咄嗟にそれを両足で弾き飛ばして、再び手にした剣を振り上げ、宙にVの字を描く。

 剣先がサイアークを通り抜ける度にその体から三つ、四つと分裂していく。しかし、サイアーク達は止まらない。

 剣戟に晒されながらも、自身へ飛び掛かってくるサイアーク達にパニックを隠せないラブリー。その数に片方の手へもう一対のライジングソードを出現させると、二本の剣を頭上で滅茶苦茶に振り回した。

 

 分裂を繰り返すその度にマトリョーシカのようにサイアークがサイズを縮めていく。だが、それでも数は倍々ゲームだ。いつのまにか無数に増えたサイアークがラブリーへと雪崩れ込む。彼女を深奥にあっという間に積みあがるサイアークの群れ。

 すかさず、飛んできた青い光弾が白い山を麓から発破すると、吹き飛ばされたサイアーク達の下から目を回したラブリーが出土された。

 

「さっき、余計に気配を感じたのはこういうことだったんだ…」

 

 ダメージによろよろと起き上がるラブリーと、駆け寄ったプリンセス。気が付けば彼女達を取り囲むように小さいサイアークもといチョイアークが公園中を埋め尽くしていた。

 

「こいつらを見るのもなんだか久しぶりね」

 

「まさかこんなことになるなんて……これはちょっと骨が折れるかも」

  

 にじり寄るチョイアークの軍勢に対して、背中を合わせてファイティングポーズを取るラブリーとプリンセス。多勢に無勢、予想される厳しい戦闘にお互いの顔を見合わせる。

 じわじわと距離を詰めていたチョイアーク達の表情が鋭く変わった気がした。すると、奴らは統制された動きで一斉に走り出す。目標は、ラブリーとプリンセス。二人の握り拳がギリギリと力強く声を立てた。

 

 その時、視界の上端から飛来してきた物体。ラブリーが反射的につかみ取ったそれは赤色のドレス衣装を収めた二枚のプリカード。

 

「それを使ってくださいな!」

 

 見上げた先には、遅れて到着したリボン。そして、ラブリーは頷くと、プリチェンミラーを展開し内部のスロットにカードを装填した。すると、鏡に映ったラブリーの体を眩い光が包み込む。

 

「プリキュアくるりんミラーチェンジ!チェリーフラメンコ!」

 

 ラブリーの全身に駆け巡った光がエネルギーを増幅させていく。そして、彼女を中心として炎が広がっていき、二人を囲んでいたチョイアーク達を吹き飛ばした。

 崩れ落ちるサイアークの陣形。その中心に立ったラブリー。マーメイドラインの真っ赤なドレスに身を包むその姿はチェリーフラメンコ。プリカードによってフォームチェンジしたラブリーの新たな姿である。

 

「情熱の真っ赤な炎を受けて見なさい!」

 

 叩いたラブプリブレスからカラランと軽快な音が鳴り響く。そして、腕、足、手。全身で以って、ラブリーが激しく舞い踊る。

 名を冠する伝統舞踊を思わせるフリルの広がったドレスが、ラブリーのしなやかな四肢の動きに合わせて大きく揺れ動く。そのチェリーのような深紅色は彼女の姿をより艶やかに、より情熱的に魅せていた。

 

 刻むステップに合わせて吹き荒れた炎が、周囲の敵を飲み込んで飛び回る。そのダンスが激しさを増していくに連れて威力も増していく。ダンスを踏む彼女のテンションが最高潮へとむかうと、エネルギーの高まりも限界に達しようとしていた。

 

「オーレ!」

 

 胸から溢れたラブリーの掛け声に反応するように、聖なる力が大爆発してフィナーレを告げる。その一撃の名は、プリキュアパッションダイナマイト。

 ドーム状に燃え上がった火炎がチョイアークへと襲い掛かる。直撃を受けたチョイアーク達が、たちまちの内に粒子となって消滅していく。舞踏によって増幅するプリキュアのパワーには流石の分裂能力にも限界があるようだ。

 

「おぉ、さっすがラブリー!!よーし、ワタシもやっちゃうよ!!」

 

 目の前で快進撃を見せるラブリーの姿に、プリンセスが瞳を輝かせる。

 そして、頭の中で強く念じると、リボンの持つカードファイルから彼女の手の中へとプリカードが転送された。そのままミラーへと挿入すると、続けてプリンセスの姿も光の中で変わっていく。

 

 激しい赤い炎に包まれたチョイアーク達。全身を尋常ではない灼熱が襲った次の瞬間、その体に絶対零度の猛吹雪が降り注ぐ。

 燃え盛る火炎から凍え震える極寒の波。如何に数的有利を誇るチョイアーク達と言えども、一体一体のタフネスはサイアークのそれではない。

 急激な寒暖差によって更にチョイアーク達は数を減らしていく。

 

 地面一帯に貼りめぐられたアイスリンクを自由自在に駆けるキュアプリンセス。エレガントな青紫のチュチュを着こなし、白いタイツがスラッとした脚線美に映える姿は、まさに氷上のバレリーナ。

 

 シャーベットバレエに変化したプリンセスは、チョイアーク達の間を縫うようにリンクを優雅に滑走。チョイアークの注目を集めた末に空中へ跳躍し、体を捻ってトリプルトーループを披露した。

 鮮やかな回転を魅せる度にプリンセスの後ろ髪から伸びる二対のロングテールから真空波が放たれる。氷の属性を纏ったプリンセスカッターがチョイアーク達を氷漬けにする。

 

「今ですわ、プリキュア!!」

 

 戦いの舞台に次々と氷柱と炎柱が立ち昇り、舞い上げられたチョイアーク達が一か所に積みあがる。僅かに唸り声をあげるだけのチョイアーク達に決着の時を見た。

 

 隣合った二人は目を合わせて互いの思惑を重ねる。そして、フォームチェンジを解き、同時に左腕のラブプリブレスを作動させた。ブレスのダイヤルが回転するに連れて、両者の内側から高まっていく光のエネルギー。ブレスから巻き取るように両腕にエネルギーを集めて、特大の光弾を形成する。

 二人の掲げた腕の先で、桃と青の波動が天に光り輝く。そして、ラブリーとプリンセスはチョイアーク達目掛けて力一杯に撃ちだした。

 プリキュアピンキーラブシュートとプリキュアブルーハッピーシュート。プリキュアの放った必殺技が二色の螺旋を描いで飛んでいく。

 逃れる間もなく、粒子となって天へと還っていくチョイアーク達。

 

「大勝利だねぇ!」

 

「お疲れ様ですわ、二人とも」

 

「来てくれて助かったよ、リボン」

 

 やがて、光のエネルギーが公園内の戦いの痕を奇麗さっぱり消していく。周囲の変化に包まれながら、ひめが腕を合わせて大きく背伸びをし、戦いを終えためぐみが全身についた砂汚れをぱんぱんと叩き落す。

 戦いが終えたことでリボンが駆け寄ると、ふたりはチェリーフラメンコ、シャーベットバレエのプリカードを手渡した。

 

「なんとか間に合って良かったですわ。ファイルが近くにないとカードを送れませんから」 

 

 そう言うと、めぐみとひめから受け取ったカードをファイルに収め、リュック型の羽へとそれを仕舞う。プリカードは戦闘中でもプリキュア達の意思でプリカードファイルの中から取り出すことが出来るが、そのためにはファイルおよびファイルを持っている妖精が傍にいる必要があるのだ。

 

「それより、めぐみ。なんで急に一人で走り出していったのさ!!」

 

「そうですわよ!なんでサイアークが出ると分かったんですの!?」

 

「なんとなくそんな気がしたからみたいな……?」

 

 明後日の方向を見ながら、顔面に迫る二人へ返答するめぐみ。彼女自身にもはっきりとした理由はないのだから、答える内容も相応にあいまいとしたものとなってしまう。

 しかし、返答に納得のいかないひめは更に語気を強めてめぐみへ質問を続けた。

 

「もう、なにそれ!?それなら、わたし達に一声ぐらい」

 

「あのー、お取込み中のところ恐縮ですが、少しお話よろしいですかな」

 

「なによ!」

 

 話に割って来た第三者へ勢いそのままにひめが振り向くと、スーツケースを片手に生瀬が立っていた。

 そして、彼と彼女は苦笑いを見合わせた。

 

 

 

「ねぇ、リボン。あのサイアークが人間から生み出されたものじゃないかもなんて、そんなことあるの?」

 

「ワタクシも詳しいことは……」

 

「人間から生み出したんじゃないってことは、今までのも元幹部たちの仕業じゃないってこと?」

 

「多分、そうだと思うけど」

 

 しばらくして、公園の一角で生瀬から聞かされたサイアークについて情報を整理し合う三人。遅刻の言い訳が出来たと喜んで消えていった生瀬とは反対に、彼女達はその内容について釈然としない様子だった。

 現れた白いサイアークは、人間由来の感情のエネルギーを必要としない存在であること。さらに、他の元幹部が生みだした個体ではないらしきこと。

 それらの情報には些か覚えがあったものの、それ故に全員の脳裏に一つの懸念が浮かんでいた。

 

「そんなのってもう…」

 

「まだ、そうと決まったわけじゃないよ」

 

「まぁ、そうだよね」

 

「とりあえず、他の元幹部の方々にも話を聞いてみるしかありませんわ。今回のように有益な情報を拾えるかもしれませんし」

 

「今日はもう遊ぶなんて言ってる場合じゃないよねぇ。このことは皆にも伝えないといけないとだし」

 

 ぶつぶつとした小さい声に混じるため息。そして、ひめはよりかかっていた鞦韆遊具、その鉄の仕切りから立ち上がった。

 

「って、ここ最近は誰かと顔を合わせる度にサイアークに邪魔されてる気がするなぁ」

 

「随分と、間の悪い話ですわね」

 

 休日をぶった切るサイアークに余すことなく本件の愚痴を吐き切るひめ、それに対して小慣れた様子で相槌を打つリボン。

 そして、めぐみは帰路についた二人の後ろを追いかけながら、彼女は心の中でそっと呟いた。

 

──そうだ、そんなはずないよね。レッドがまた地球を襲うだなんて

 

 誤魔化すようにひめの肩に手を回して、談笑を持ちかけるめぐみ。天から彼女の姿を見つめている顔が僅かに眉を崩す。   

 そして、瞬きの内に空には一面の蒼が広がっていた。

 

 

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