ハピネスチャージプリキュア!の小説   作:モリ―・ジョニー

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20.喧噪

「今日のご飯はすき焼き~。美味しいジューシーすき焼き~!」

 

 心の歌が風に流れていく。しかし、その歌の音程は乱高下して実に不安定、そのボリュームも気持ち大きかった。

 意識的にひねり出す心の歌は、感情の爆発によって発せられる普段の歌のそれとは程遠い。しかし、無理やりにでも何かをしていないと焼き付いたあの眼が脳裏に浮かんで仕方がなかった。

 

──どうして、あんな夢なんか…あたしが一番信じていないといけないのに

 

 ふと、風に身を屈めた拍子。合間を狙うように落ちた追想の中、足元で踏みしめた大地が背後へスクロールして消えていく。何千回と歩き慣れた道は視界による案内を必要とせず、彼女を商店街へと導いた。しかし、次の瞬間に前触れなく二本の脚が目の前に現れる。

 頭が対向者の存在を告げると同時に、めぐみは踏み出していた右足を真横へと急転換。前のめりに六方を踏みながらも、なんとか衝突を免れた。

 

「ごめんなさい、よそ見していて!」

 

 浮いた足を戻すと、通り過ぎる背中へ振り向くめぐみ。だが、その中学生程の少年は彼女へ目もくれず、手にしたスマホを見つめたままフラフラと千鳥足を踏んでいった。

 危機を脱しながらも、めぐみはポカンと気が抜けたように小さくなっていく背中を見つめていた。

 

 

 

 そこはぴかりが丘商店街のスーパーマーケット。店の規模こそそれなりだが、リーズナブルな値段で粗方の商品を取り揃えているため、愛乃家含め様々な家庭がこぞって利用する店だ。

 

「えーと、お豆腐お豆腐」

 

 買い物籠をぶら下げて、母が買い物バッグの中に入れていたメモ通りに商品を探すめぐみ。卵、牛肉、しらたきなど、的確にコーナーへ移動しては籠の中に入れていく。

 

 概ねの商品を籠に揃えて、後は個人的な小麦粉の買い物だけとなると、その通り道の棚に並べられた商品を軽く物色する。両親の結婚記念日に何かおいしい料理を作ろうと、献立を今からある程度思案する。

 セール中の商品なら今から買っておいてもいいかもしれない。自前の財布を覗き込んでそんなことを考えていた折、陳列棚の向こうに覚えのある後ろ姿が見えた。

 背筋がピンと正された姿勢、腰ほどまで伸びた紫色の髪は間違えようがない。

 

「おーい、いおなちゃん!」

 

 カートを押しながら、棚の商品をじっくりと物色するいおな。その横顔へめぐみが声をかける。すると、いおなは真剣な眼差しを解いてパッと振り返った。

 

「めぐみじゃない。貴方もお買い物?」

 

「そうなの、今日の夕食のすき焼きの具材を買いに来たんだ」

 

「豪勢でいいじゃない」

 

 めぐみがカゴの中身を見せながら、いおなの押しているカートの上に視線を移した。食材を中心に、調味料など様々な製品でごった煮となっている様は何かパーティーでもやるのではないかと思われた。

 

「いおなちゃんこそ籠いっぱいだね」

 

「今日はセール品が多かったのよ。それにもうすぐぴかり祭りがあるでしょ?」

 

 ぴかり祭り。その言葉を聞いて、頭の中でその意味を検索する。ヒットした記憶によれば、それは千年前から続いたとされる地域伝統のお祭りだ。

 すっかり忘れていたことだが、今月中には両親の結婚記念日の他にもぴかり祭りが控えていたのだ。サイアークが出たばかりの頃、例年の4月初週から今年は3月中開催にするという回覧板が回って来たことをめぐみは思い出していた。

 

「その出店の準備のためにね」

 

 ぴかり祭りは町内会を中心に行われていて、その中に含まれる氷川道場も毎年屋台を出しているのだ。その為と言うならば、これだけの量にも納得ができる。

 

「あれ、でもいおなちゃんって占い屋台を出してなかった?」

 

「そうね、今までは好きで占いの館を出してたんだけど、私が卒業する今年ぐらいは友達と周れっておじいちゃんが聞かなくて。私も門下生として、昼の時間帯は店の手伝いをするつもりだけどね」

 

 いおなの占いは、お祭りの屋台と文化祭の出し物、去年、一昨年と大行列を成したほどの的中率なのだ。

 

「安心して、誠司くんもお昼で終わりだから」

 

「そうなんだ、よかった。誠司とも一緒に回りたいもんね」

 

 すると、めぐみは何でもないような顔で目の前の棚に見つけた小麦粉を籠へと入れた。少し揶揄うつもりで言ってみた言葉だったが、無意識か否かサラリと返しためぐみを見て、認識を改めるいおなであった。

 

「そうだ、いおなちゃん。この後、時間ある?」

 

「あとはもう帰るけど、どうしたの?」

 

「昨日電話で話したサイアークについてなんだけど」

 

「分かったわ、すぐ終わらせるからもう少し待ってて」

 

 それを言い終わる前にいおなの目が鋭く尖る。会話の最中、鳴り響いたセールを知らせるベルの音を目掛けてカートを引きずっていった。

 

 スーパーでの買い物を終えためぐみ。買い物バッグの中を覗き込むと、すき焼きの具材に、セール品が少々。内部容量に幾許かの余裕があることを確認する。

 そして、外の方から聞こえてくる活きのいい声の方へと急いだ。

 

「いらっしゃい、いらっしゃい! 今日はじゃがいもが安いよ!」

 

 スーパーの外に隣接するのぼり旗に新鮮野菜を謳った露店の八百屋。店主が行きかう人たちに直接セールスアピールを投げかけている姿は昔懐かしい雰囲気を醸し出していた。

 

「おじさん、おネギと白菜くださいな」

 

「はいよ、二つ合わせて400万円」

 

「おぉ、安い!」

 

 野菜二つで四百万。幼い頃のめぐみがテレビで見た大阪のおばちゃんをマネしたことから始まった店主とのやり取りだが、実際は艶の良いネギと白菜一玉が合わせて四百円。物価高が叫ばれる中、この値段とは破格なものだ。

 めぐみの広げた買い物バッグの口に店主が野菜を入れていくと、その度に指先へずっしりとした重みが伝わっていく。

 

「今日は随分と早いじゃないか。学校はお休みかい?」

 

「もうすぐ卒業だから、午前中で学校が終わるんだ」

 

「そうか、めぐみちゃんも高校生になるのか。最初に来た時はあんなに小さかったのに、時間が経つのは早いもんだ」

 

 店主が胸の前で腕を組むと、めぐみの幼少期の背丈を確かめるように下から上へと視線を動かす。めぐみにはそれが気恥ずかしくも嬉しく思えた。

 

「ある意味、ちょうどいい時期だったのかもしれねぇな」

 

 店主がうんうんとうなづきながら、しみじみと語る。その言葉の意味が分からず、めぐみは頭上へハテナを浮かべた。

 すると、それを察したのか店主は自身の腰へ両手を回して言った。

 

「実は田舎で農家やってる親父が体を壊してな。その分俺が畑の面倒を見なきゃいけなくなって店を辞めることになったんだ」

 

「……そうなんだ。寂しくなりますね」

 

「そう落ちこまないでくれ。俺が辞めるってだけで、店は今度から倅がやってくれるからよ」

 

 ニカっと歯を見せて笑う店主だったが、めぐみにとってはそういう問題ではない。店が続くのは嬉しいが、慣れ親しんだ店主がいなくなるというのが何より寂しかったのだ。

 

「それと、こいつはオマケだ」

 

 すると、店主はレジ袋を一つ手渡した。意外な重みに中を見れば、袋一杯に大ぶりの人参やじゃがいもがぎっしりと詰まっていた。

 

「こんなに貰っちゃ悪いですよ!」

 

 慌てて袋を両手で突き返すと、店主もまた合わせるように手を突き出した。

 

「遠慮はいらねぇ、そいつは今までの感謝の気持ちだ」

 

「ありがとうございます…ぴかりが丘から離れても頑張ってくださいね」

 

 買いものバッグを肩へと上げながら、その中へ大事に野菜の詰め合わせを納めるめぐみ。店主もまた、労いの言葉を染み入るように受け取った。

 

「おう、めぐみちゃんもな。お母さんにもスーパーの仕事頑張れって言っておいてくれ」

 

「…お母さんがスーパーで!?」

 

 会話の終わりに、踵を返そうとしためぐみの耳に入ったニュース。全くもって心当たりがないが、無視をすることもできるはずがない。めぐみの上ずった声に驚いたように店主も眉を少しばかり傾けた。

 

「あれ、違うのかい? この前、街のスーパーに野菜を卸したときレジに見かけた気がしたんだがなぁ」

 

「あ…あぁ、そうだった! いやだなぁ、忘れてたなんて」

 

 めぐみが頭の後ろに手を回しながらとぼけたフリを見せる。それに対して店主が相槌を打つ前にめぐみは二の句を繋げた。

 

「それじゃあね、今度また行きますね!」

 

 それだけ言うと、返事を待たずにそそくさと商店街から出ていくめぐみ。

 気取られて下手におじさんに気を遣わせても悪い。だが、何より今はこのことを飲み込む時間が一秒でも多く欲しかった。

 背後から聞こえた「おう!」という声が胸に苦しかった。

 

 

──お母さんがあたしに黙ってスーパーで?お母さんに限って、そんなこと…

 

 めぐみは一人考え込みながら、ふらふらと帰宅路を歩いていた。八百屋を逃げるように後にしたこともあって、商店街に留まっていたい気分ではなかった。

 

──確かにパート一つにも反対はしたけど、それだけでお母さんが相談も無しにパートを増やすだなんて。

 そんなに信用無いのかなぁ、あたし……

 いや、お母さんにだって、きっと事情があるはず!……って、それは多分あたしのせいなんだろうな 

 

 答えも見つからないまま、気が付けばめぐみの脚はぴかりが丘商店街の程近くにあるぴかりが丘公園の広場へと差し掛かっていた。白から茶色へ、踏みしめた道の色が変わったことにめぐみは意識をはっきりとさせると、いおなを待たなければいけないことを思い出す。

 急いで商店街へ戻ろうとした時、広場の外から怒鳴り声が聞こえた。気がした。

 

 公園に臨んだ河川敷。その橋梁の影の内に蠢く人の姿が三つ。

 一つは、先ほどの少年。一方は、如何にもと言ったリーゼント頭に、開け広げられた長ランから攻撃的な雰囲気を放つ時代錯誤とさえいえるクラシックな不良。その傍らにはこれまた典型的な痩せぎすで金髪の腰巾着が。

 

「や、やめろよ…返せよ!」

 

「よくもまぁ、アニキに詫びもなしにこんな物をいじれたもんだなぁ!」

 

 腰巾着の男が少年のものと思しきスマホを頭上に掲げ、手を伸ばす少年の指先寸前で釣り上げる。高校生程の男と中学生の少年、その背丈の差は歴然。少年の手がスマホに届くはずもなく、おちょくられているがままだ。

 

 なすすべなく弄ばれ、少年の腕が落ちかけた。その時、突然降ってきた声。

 

「ちょっと、ちょっと! なにしてるのよ、貴方たち!」

 

 土手の上から草の坂を滑るように向かってくる少女が一人。躊躇なく間に割り込んできためぐみに一同から怪訝な目が向けられた。

 

「誰だ、お前は。関係ない奴が首を突っ込まない方が身のためだぞ」

 

「そうだ、余計なことするとケガをするぜ!!」

 

 腰巾着の行為を腕を組んで見ていた不良が、ここで乱入者に忠告する。子分の男も半ば脅すように後に続いた。

 

「二人でよってたかって、こんなことダメじゃない。イカした格好が泣いてるよ」

 

「な、なんだよ本当に…」

 

 咎めるのか褒めるのか。全く物怖じを見せないめぐみの姿に困惑を隠せず、思わずたじろいだ不良。それをフォローするように、子分が彼女に対して声を荒立てる。

 

「やいやい、言っておくがコイツが悪いんだぞ!アニキに後ろからぶつかっておきながら、謝りもなく素通りしやがったんだ!しかも、アニキの髪型を笑いやがった!!」

 

「そっちが道に突っ立っているのが悪いんじゃないか!」

 

「リーゼントの乱れを直して何が悪い!!」

 

「ストーップ、落ち着いて!」

 

 お互いに落ち度をなすりつけんと、ヒートアップする少年と不良達。めぐみが両手を突き出して一際大きな声をあげると、三人は口論の流れを断ち切られ上手くいかないと言った顔で前のめりを正した。

 

「キミも、ちゃんと前を見て歩いてたの?」

 

「それは…」

 

「ほら見ろ、そいつが悪いじゃないか!!」

 

「だからって、乱暴はいけないよ。ほら、君もぶつかったなら謝らないと」

 

 諭すように、両者の目を見つめるめぐみ。自分より歳下、そして上の女子に仲介されている不自然な状況が男どもの頭を急速に冷却する。

 少年が、もごもごとした発音で頭を下げた。

 

「ご、ごめんなさい…」

 

「貴方たちも。ここは喧嘩両成敗。漢らしく、ね?」

 

「わ、わかったよ…」

 

 漢らしく、その言葉には弱い。散々にペースを乱され、すっかり怒りの捨て場を失った不良は釈然としないながらも、子分へスマホを返すように促した。

 

「俺たちの方も…わる」

 

 不良が口を開くと同時に、子分の手からスマホが受け渡される。一触即発から一転、この諍いにも解決が見られた。めぐみが安心したように終息を見届けていると、突然不良の首が糸が切れたように力なく前方へと倒れる。

 

「…せぇ」

 

「アニキ…?」

 

 ぼそりと呟かれた言葉。それにめぐみが疑問に思う間なく、それは怒号へと変わる。

 

「うるせぇ!!突然割って入って偉そうなことを言うんじゃねぇ!!」

 

 落ち着いていたはずの不良が堰を切ったように感情を爆発させる。耳が痺れるような声をあげて、目つきを尖らせて目の前のめぐみへと迫る。めぐみはあまりに突然のことで、逃げることも出来ない。

 

「手を出すのは駄目っスよ、アニキ!」

 

「どけ、ガキに舐められたままでいられるか!!」

 

「どうしちまったんですか、アニキ!!」

 

 尋常ではない様子にアニキと慕っていた不良を羽交い絞めにする子分。しかし、アニキの振り上げた腕に容易く跳ね飛ばされ地面へと倒れこんだ。

 止めるもの無く、間近までにじり寄る男。見上げた顔は文字通り黒く染まりその瞳には紅が煌々と燃え盛っている。血相という言葉の限りでは表せないその顔面に、めぐみの息が漏れた。

 

「そこまでよ!!」

 

 次の瞬間、橋下に響いた声。飛び交う叫びに気をとられた不良は、電池の切れたようにピタリと体を固めた。

 声の主が日の下から橋の影へ侵入してくるに連れて、その全貌と共に顔に満ちた憤怒の模様が浮かび上がる。

 駆けつけたいおなが不良とめぐみ達を分断するように割って入った。

 

「それ以上は私が相手になるわ!!」

 

 身長差を気にせず、泰然と構えを取るいおな。あわやと言ったところで、瞼一つ動かさない不良の背後で倒れていた子分が飛び起きる。そして、バタバタとした勢いのまま不良の腕を引っ張った。

 

「アニキ、もうやめましょうよ!もう充分ですって!!」

 

「えっ…?あっ、おう」

 

「お、お前たち、悪かったな!!」

 

 ボーっとしているアニキを引きずりながら、子分の男が捨て台詞のように謝罪を投げていく。その姿が丘の上へ消えていくのを見届けると、少年もいおな達へ頭を下げる。そして、逃げるように駆けていった。

 

「探したわよ、めぐみ」

 

 事態の着陸を悟ると、いおながほっとしたような顔つきでめぐみの方へと振り返る。その声を耳にして、めぐみは見開いていた目の焦点をいおなへと合わせた。

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