ハピネスチャージプリキュア!の小説   作:モリ―・ジョニー

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21.登場

 とにもかくにも荷物を下ろそうと、商店街から少し歩いた先の氷川道場へと向かう二人。めぐみはいおなの大荷物の一部を受け持ち、両手足にその質量を感じていた。

 

「ありがとう、いおなちゃん。助けてくれて」

 

「終わったことは良いのよ」

 

「いおなちゃんは凄いね。わたしなんか火に油を注いじゃったみたいで」

 

「そんなことないわ。めぐみが居なかったら今頃あの子がどうなっていたかわからないもの」

 

 先ほどの事態を気にかけている様子のめぐみ。それに対して率直な意見を返すいおなだったが、めぐみはそれでも釈然としないようだった。

 

「そうかな。わたしは却って危険な目に遭わせただけで、もしかしたらいおなちゃんだって……」

 

「無暗に飛び込んでいくのは確かに危険なことかもしれないけど。めぐみがあの子を助けに入ったように、私だって友達が危ない目に遭ってるなら助けに行くわよ。その結果がどうであれ私はそれが悪いことだとは思わないわ」

 

 年上の男たちを退けながら、誇るでもなく咎めるでもなくただ毅然と答えるいおな。その確固たる信念がめぐみには眩しく映っていた。

 

 

 橋の麓に存在する無骨な建物。筆文字で掲げられた「氷川流空手道場」の看板に趣を感じるそこが、氷川流空手を教えている道場だ。

 

「荷物ありがとう、ここまで重かったでしょ。めぐみも休んでって。お茶ぐらいは出せるわ」

 

「じゃあ、お言葉に甘えようかな」

 

 いおなが両手に抱えた荷物を片手に集めて、入り口の引き戸を開ける。すると、同時に覇気のある声の束が中から飛び出してきた。

 

「うわぁ、凄い人」

 

 めぐみは事務室まで続く廊下の途中、声の根本の稽古場を覗いて言った。白い道着を着た沢山の人たちが掛け声と共に拳を真っすぐに突き出した。今は素振りの稽古をしているらしい。

 

 それから、いおなが事務室の鍵を取りに廊下の奥へと消えると、その間にもめぐみは練習の風景を眺めていた。元々多くの人が在籍していたが、男女年齢問わず複数の人間が入り混じる光景はめぐみの記憶よりも更に人数を増していた。

 

「これもいおなちゃんのお陰だよね。なんてったって、全国優勝だもん!」

 

「そ、そうかしら。私の夢は氷川流を知ってもらうことだから、その一助になっているのなら嬉しいことだわ」

 

 ちょうど戻ってきていたいおなの方を向いてめぐみが羨望の眼差しを送る。いおなは熱い視線を受けると、はにかみながら事務室のプレートが付いたドアを開けた。

 

 

 めぐみは扉の外を見回すと、ゆっくりと閉めた。これから話すことはシークレットなのだ。

 通された事務室。畳8畳ほどの小上がりの和室は事務室というより休憩室という方がしっくりときた。

 

 めぐみが来客用のスリッパを脱いで、畳へと上がる。そして腰かけた傍へゆっくり自分の荷物を下ろすと、その間にいおなは部屋の冷蔵庫からポットを取り出していた。

 

「悪いわね、これぐらいしか出せなくて」

 

 いおながちゃぶ台にある丸盆のコップへと麦茶を注ぐ。すると、窓から射しこんだ光がガラスの容器の中で乱反射し、透き通るような琥珀色がキラキラと眩い輝きを見せる。

 

「ありがとう、いただきます」

 

 差し出された麦茶をゆっくりと飲む。すると、濃い麦の香りが鼻を突き抜け、乾いた喉の隅々へと冷たさが染みわたるようだ。

 コップの中に半分ほど残して、いおなの方へ視線をやる。

 

「それでサイアークのことだけれど」

 

 めぐみに応じるように喉を鳴らすと、いおなはちゃぶ台へ空のコップを置いた。

 

「そうね。ある程度は昨日聞いたけど、これからの対策はどうするべきかだったかしら」

 

 束の間の休憩を終え、二人は早速本題へと入る。

 

「とりあえず考えたのは元幹部たちに話を聞くっていうのなんだけれど……連絡に応じてくれるかどうか分からなくて」

 

「でしょうね……彼らにとってもあまり良い思い出とは思えないし。でも情報源としては他には選択肢がないわけだし、無理にでも聞いてみるしかないわよ」

 

「それはそうなんだけど。他の国のプリキュアと違って連絡先が分からない人が多いんだよね。ひめが言うには生瀬さんも幻影帝国の知り合いは多くないみたいだし」

 

 今更、元幻影帝国達へサイアークについてとやかく問いただすのには気が引けた。しかし、彼らに責任があるのもまた事実。しかし、今の状況下でそれを理由として放置するわけにはいかないことも彼女達も理解していた。

 

「ファンファンは?ファンファンになら何か分かることもあるんじゃないかしら」

 

「それなんだけど。ファンファンは特別強い力を受けていたせいでサイアークとの繋がりのことは知らなかったんだって。ファントムとして他の幹部と関わることもなかったみたいで」

 

「なるほどね……」

 

 クイーンミラージュの猟犬として強力無比な力を誇ったファントム。単独で世界中を周り、多くのプリキュアを狩ってきた彼だけ事情が違うというのは容易に想像できる。

 

「現状は、今まで通りに地道な策しか取るしかないと思う」

 

「でも、事態は一刻も争うわ。今は誰も被害を受けていないだけで、今後はそうとも限らない。サイアークの生成に人の感情が利用されていないっていうのもどれだけ本当か。できる限り、広範囲で且つ迅速に対応する方法を考えましょう」

 

 とはいえ、どうすればいいのか。頭を悩ませるめぐみだったが少しも案は浮かんでこず、苦し紛れに残りの麦茶を飲み干した。

 

「今すぐ思いつくのは世界のプリキュア達にも連絡して、彼女達が知る限りの幻影帝国幹部へコンタクトを取ってもらうぐらいかしら」

 

「ゆうゆうは幻影帝国だった人に覚えがあるらしいんだけど、いおなちゃんも誰か心当たりはあったりしない?」

 

「知っていることには知っているけど……」 

 

 覚えがあるというには明瞭としない言い方に違和感を覚えるめぐみだったが、それとしても一人でも心当たりが居るというのは朗報だ。早速その情報を探ろうと前のめりになった。

 

 刹那、震えるような邪悪な気配を背筋に感じる。

 襲い掛かるデジャブに跳ねた心臓。その脈動に突き動かされるようにめぐみはその場に立ち上がった。

 突然、目の前から消えた顔を見上げるいおなだったが、その顔を拝むことなくめぐみは部屋を飛び出していった。

 

「どこ行くのよ!?」

 

 慌てて追いかけようとするいおなだったが、ポケットの中で騒ぎ出したキュアラインがそれを引き留める。

 

『大変だ、いおな!!サイアークが現れた!!』

 

「なんですって!?」

 

 ここに来て最悪の知らせがぐらさんから告げられた。対策を講じる前に先方に動かれてしまっては元も子もない。

 

『場所は高台にある住宅地の方だ。急いでくれ!!』

 

 ぐらさんの報告にいおなは焦りを募らせる。高台の住宅地は古い民家が占め、お年寄りも多く住んでいる。そんなところでサイアークが暴れたとなれば今まで以上に被害は大きいものと予想されるだろう。

 

「分かったわ!」

 

 いおなはそれだけ返すと、道場の門を潜り抜けていった。

 

 

 一方、ぴかりが丘の高台に面した住宅地は、大きな坂のど真ん中に屹立する白い巨人によって騒然の様相を呈していた。それはなんの予兆もなく現れ、不自然な沈黙によって人々の恐怖心を掻き立てる。

 傾斜を転がるように逃げる人間達。そして、その流れを誘導するパトロール中の警官。坂道で時を同じくした各人が塗り替えられた非日常へ対応を余儀なくされていた。

 

(この感覚、やっぱりサイアークが……)

 

 飛び出しためぐみはすぐさまキュアラブリーへと変身し、邪悪の気配に導かれながら現場へと急行していた。脳裏を埋め尽くす不安が、背中に輝く翼へより一層の力を与える。

 間もなく、真下に見えた小さな粒たち。それが逃げてきた人達であることを悟ると、ラブリーは長蛇の上流へと視点を移した。

 

「見つけた!!」

 

 変わらぬ町並に佇む異物の姿をラブリーの双眼は捉えた。周囲の住宅よりも二回り以上大きな白の体躯は、上空からでも一目で分かるほどの存在感を放っている。

 見える範囲に避難者がいないことを確認すると、ラブリーは助走をつけて急降下。

 

 すると、接近者の気配に項垂れたサイアークの瞳に光が宿る。身体を軋ませて首を持ち上げると、すぐさま臨戦態勢へと入った。背中を曲げ、足元の地面を陥没させながら下半身に力を籠める。そして、地鳴りを上げて跳躍すると、空を背にした翼のシルエットめがけて巨大な両腕を突き出した。

 飛び上がったサイアークは勢いのままに全身一体のミサイルと化して敵を迎え撃つ。

 

 目前にした白炭の巨人が視界の中で瞬く間に大きさを増していく。しかし、ラブリーは速度を抑えるどころか、尚も落ちるその身を加速させていく。

 紙一重へと迫るサイアークとラブリー。今まさに激突せんとしたその瞬間、ラブリーは中空を蹴ると長いポニーテールをしならせながら大きく翻る。そして、回転の勢いを乗せて、目前を抜けるサイアークの胴体を両足で蹴りつけた。

 

 意識の外から反撃をもらい、空中にて悶え動きを止めるサイアーク。逃さず、ラブリーは勢力を失ったサイアークの腹部に掌底を打ち出す。ラブリーの右手がインパクトすると、同時に眩い光がその五指から燦爛と弾けた。

 

 蒼空を激しく揺らす爆発音と衝撃波。ラブリーは押し込んだ掌を更に深く押しあてると、自身のエネルギーを発散させて、サイアークの体を上空へと打ち上げた。

 青と白の混濁した海を無抵抗で漂うサイアーク。その巨体に照準を合わせると、指の輪っかの中央へ向かって集束する光の力。放たれたラブリービームが雲塊を貫き、空に瑠璃色の一文字を描く。

 

 これで倒したのかな?激しい閃光の残影が瞳から抜けると、広がった青空に風切り音が木霊して、やまびこのように虚しく響く。嫌に手ごたえのない幕切れに困惑の色を隠せないラブリー。

 だが、周囲に敵の気配は感じない。戦闘中、常に体を突き射している嫌な気が消えていることを確認すると、ラブリーはその身を地上へと向ける。

 空中の戦いが早急に決着したことを人々に伝えなければならない。緊張の糸を解いて丘の住宅街へと着陸の準備を取る。

 

「上だ、プリキュア!!」 

 

 その瞬間、ラブリーの意識を割いた声。空に居る自分の耳にまで届いた大きな声に驚くと同時に、第六感がその警告が冗談ではないと告げる。見上げたラブリーの頭上では分裂したサイアークの欠片、無数のチョイアークが沢山の影を落としていた。

 ラブリービームを受ける直前、サイアークは躯体を霧散させ、機をうかがっていたのだった。

 

 しまった。

 そう後悔する暇もなく降下してくるチョイアーク達に、ラブリーはこれからが本当の戦いであると悟ると、握った拳により一層の力を込めた。

 

 だが、その拳がチョイアークを捉えることはなかった。真正面に見据えたチョイアーク達は戦闘態勢をとるどころか、己の上下すら構わず静かに降下。否、まるで線香の煙に誘われた蚊虫のように次々と地面へと墜落。粉塵を上げて眠るようにその場へと倒れ伏した。

 隠せない動揺がラブリーの顔色に滲み出る。しかし、その答えは直後に告げられることとなる。

 

「今よ、ラブリー!!私がチョイアークを止めているうちに早く!!」

 

 聞こえた声の方へ視線を落とすと、キュアフォーチュンが構えたフォーチュンタンバリンの音色を周囲へ響かせていた。ピーコックグリーンのアラビア風のオリエンタル衣装を踊らせて、下り坂のランウェイを華麗に舞うパインアラビアン。フォームチェンジしたその力で以ってチョイアーク達から体力を奪い取り、心地よい眠りの坩堝へと彼らを誘う。

 フォーチュンのダンスの足跡を追うように、チョイアーク達が列となって一直線を作った。

 

 このチャンスを見逃すラブリーではない。ラブプリブレスのダイヤルを回転させると、清らかなエネルギーがラブリーの胸の奥底から表出する。そして、ラブリーが両手に抱えた光の塊を正拳突きによって打ち込むと、地を這う光の奔流がチョイアークの大群を丸飲みにし、その中へ奴らの姿を消しさった。

 

 弾けたラブリーの光線が光の粒となり周囲を包み込んだ。そして、浄化のエネルギーによって世界はあるべき姿へ復する。敵が消え去った以上、プリキュアもこの場には必要はない。人々が戻ってくる前に急いで物陰に隠れると、ラブリーは変身を解除しようとプリチェンミラーを握る。

 すると、誰かの手が自身の肩を叩いた。思わぬ不意打ちに体がビクンと跳ね上がる。収縮と拡大を激しく繰り返す心臓で恐る恐る振り向くと、そこには鬼の面が浮かんでいた。

 

「ちょっと、ラブリー!!話を聞かせてくれるかしら!!?いきなりどこかに行ったと思ったら、サイアークと戦って!!」

 

 Vを描いた鋭い眉。こめかみを突き射すような尖った目つき。そして、早口で騒ぎ立てる口調がフォーチュンの困惑と怒りの有り様をまざまざと見せつけている。

 自ら持ちかけた話を一方的に打ち切った上に全員で対処すべしとした事態に独断で先行したのだ。ラブリーもそのことについては大人しく絞られるつもりだった。

 

「お勤めご苦労、プリキュアの諸君!!」

 

 一先ず場所を移そうと住宅街を後にしようとするめぐみといおな。突如、二人の間を大ボリュームが突き抜けると、耳の中で響いた声に頭がビリビリと痺れる感覚を味わう。

 かけられた言葉に二人して目を丸くさせると、同時に背後を顧みた。

 その先に立っていたのは見上げるほどに大柄な男。紺色の制服へ袖を通し、金の日章が輝く制帽の下でニヤついているその男が警官であろうことは予想できた。

 

 しかし、警官が自分たちになんの用があるのか。それよりも彼の放った言葉が自分達を指しているのだとすれば、プリキュアの正体がバレてしまったということだ。焦るめぐみの瞳があちらこちらへと駆け巡った。

 めぐみがあからさまに挙動を不審にさせる中、いおなは呆れたような顔付きで目の前の男に言葉を返した。

 

「ちょっと、あまりビックリさせないでよ」

 

 反応から察するに、この偉丈夫といおなはどうやら知り合いらしい。めぐみもジッと男の顔を注視する。

 精悍な顔を支えている太く整えられたまゆ毛に、頬まで伸びたもみあげ。どこまでも通るような野太い声は確かに見覚えがあるような。

 

「おいおい、俺…いや、オレ様のことを忘れたとは言わせんぞ!」

 

 めぐみの怪訝な表情に眉をしかめた男。彼の発した不遜な口調が、めぐみの脳裏でフラッシュバックする。

 

「あ、あなたはまさか…オレスキー!!」

 

 その男は間違いなく記憶の中のサイアーク幹部オレスキー、その人だった。

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