ハピネスチャージプリキュア!の小説   作:モリ―・ジョニー

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23.相談

 その夜、相楽誠司は頭を抱えていた。

 

 夕食を終え、真っ先に自室の勉強机に着くと、彼は物置としている本棚のラックから古いパソコンを引っ張り出し、慣れない手つきでキーボードを叩いた。

 見ていたのは、大手SNSの「キュアスタ」。学校内でもその浸透ぶりを肌で感じるところだが、今日の彼はネットサーフィンに興じているのではない。

 プリキュアに対して直接助力できない誠司だったが、彼なりにサイアークについてアプローチを取れないかと考えたためだ。

 

 検索のキーワードはサイアークやぴかりが丘、そして幻影帝国など思いつく限りの全てを打ち込んだ。

 検索結果には、サイアークや幻影帝国について半ば思い出のように語る声や、ぴかりが丘で再びサイアークが現れたことについてフェイクだと嘲る旨の内容など。ほんの一年と四カ月前まで日常の中に跋扈していた異物の存在を忘れるかのように情報の群れが無秩序に泳ぎ回っていた。

 その後、一時間ほどネットのあちこちを回ったものの、握りしめた漁網には取るに足らない雑魚ばかりが横たわっていたのだった。

 

「だめだ…こんなのじゃ全然役に立たない」

 

 頭を絞める両腕の拘束を解くと、軋んだ背もたれの音と同時に誠司が小さくため息をつく。

 当事者として外界の能天気ぶりに辟易としながら、それに頼らずを得ない自身に無力感が胸中で渦巻いていた。

 

 父の置いていったそのパソコンは半ば押し付けられる形で彼の所有となっていた。

 極偶の調べもの程度にしか使われず持て余していたが、彼の持つ唯一のインターネットへのアクセス手段だったため、今夜その威力を発揮せんと抜擢された。が、結果は振るわず。

 というのも、パソコンの操作がおぼつかないことや、検索エンジンを使いこなせずに無関係なニュースへ行きつくなどネット初心者にありがちなミスの悉くに陥っていた。

 

「こんなことなら、スマホにでも慣れておけば良かったぜ」 

 

 携帯端末大に握ってた片手を見て呟く。

 三年生に上がりたての春に母親からスマホを勧められたものの、前もって高校に進学してからアルバイトで貯めた金で買うと宣言していた彼はそれを拒否。専用スマホを持つ周囲の男友達にも流されず、男に二言は無いと体現したつもりだったのだが、ここにきてその決意が揺らいでいた。

 

 その後も、めげずに電子の海を漂っていると目に入って来たのが〈侵略者か!?ぴかりが丘に怪奇生物現る!?〉の見出し。

 まさかここに求めている情報が眠っているはずもない。しかし、疲労が見え始めたこともあり、誠司は冗談半分でタイトルタグをクリックする。

 

 既に更新の止まった古い個人ブログ。詳しくない誠司でも一目で分かる怪しいオカルト系サイトだ。

 黒地の背景に赤い文字でぴかりが丘に現れた謎の白い生物について、おどろおどろしい表現で考察している記事の大部分を占めるボケた写真には、街並みの中を飛ぶ白い小動物が。

 

 後にして考えてみれば、その記事は五年前の幻影帝国が日本へ本格的に侵攻を始める直前に書かれていたこともあり、プリキュアのパートナー妖精の内の誰かがうっかり撮影されていたのではないかと思われたが、今の誠司はそこまで頭が回っていなかった。

 

 トップページ横で自己主張するアクセスカウンター。その下に配置された閲覧数ランキングをスクロールしてみれば、次々と記事が下から上へと駆け抜ける。珍獣ミミンガだとか、へそがないフェレットだとか眉唾ものの記事ばかりがひしめいている中、紛れていた「ぴかりが丘」の文字にホイールを止めた。

 

 初期の記事、〈神秘に包まれたぴかりが丘、その伝説を追う。〉のリンクをクリックすると、またしても黒地、古くよりぴかりが丘に伝わる伝承の数々について調べてみたという旨がかしこまった文調で記載されていた。

 誠司の知らないただの噂話や都市伝説まで実に富んでいたが、その中でも千年前の伝説について特に厚く記述されていた。

 

 千年前、空より舞い降りた神とぴかりが丘の地で少女が出会い、恋に落ちたというぴかりが丘の民間伝承。方面には明るくない誠司でも聞きかじったことのある有名な話だ。恐らく三百年前の地球の神ブルーと昔のクイーンミラージュの邂逅をモデルとするこの伝説は、後年民間で伝承されていく内にまた別の話と混同されるようになった結果現在の形になったらしいというのだ。

 資料の不十分を理由に調査はここで打ち切る。と無念の言葉を添えて記事は締めくくられていたが、誠司にほんのカルチャーショックを与えることに関しては十分だった。

 

 長時間ブルーライトを至近距離で食らっていた疲労感にふと我に還った誠司はパソコンをソッと閉じると、机の真後ろにあるベッドへと腰を移した。

 

 普段慣れていない類の疲労感に脱力した頭は、目の前の壁を見つめていた。

 

 机の上に貼られた温故知新の墨書。小学生の頃授業で書いたものだが、これが改心の出来で意外と気に入っている。

 その斜め左には初めて空手の地区大会で優勝したときの賞状が思い出と共に額縁の中でふんぞり返っていた。

 

 誠司はすぐさま視線を壁から外すと、ベッドへと横たわり天井を仰ぎ見た。瞼を下ろして、シンと静まった部屋に耳を澄ます。

 鼓膜に伝わるのはキッカリ時を刻む時計の音色と、リビングで笑う妹の声だけ。煮詰まったときにはこうすればいい。と、いつだかめぐみが言っていた。

 

 しかし、数分と経たない内に、電子音が瞑想を断ち切った。立ち上がって確認すると、キュアラインが机の上でゆうこからの着信を知らせていた。

 この時、「大森からの電話は珍しいな」と誠司は思った。彼女からの要件は何故だかめぐみを通して伝言されることが多いのだが、今夜はそうではないらしい。

 

「もしもし?」

 

 電波が悪いのか、彼女の応えはぼそぼそと途切れて聞こえる。

 

『相楽くん、聞こえてる?』

 

 部屋を出て、リビングからベランダに抜けると、ノイズの走った声が明瞭さを伴って元の暖かな音を取り戻した。

 誠司は欄干に体を預けると、電波の採集を試みている腕を折りたたんだ。

 

「おぉ、聞こえてる。こんな時間に何か用か、大森?」

 

 大森。一対一で声にすると、いやに他人行儀だと誠司は感じた。ゆうこが自身を苗字で呼び始めたきっかけは分からない。だが、もし自分の何かが原因なのだとしたら、こっちだけが馴れ馴れしく名前で呼ぶのは筋が通らないと思い、彼女に倣って彼も大森と苗字で呼ぶことにしていた。

 尤も友達のことをあだ名で呼びたがるめぐみの対人距離が近すぎるとも言えるのだろうが、それは一旦頭の片隅に追いやった。

 

『明日の放課後なんだけど、予定空いてるかな?明日はおかず大増量キャンペーンで忙しくなるから、お弁当の配達まで手が回らなくなりそうなのよ。相楽くんが良ければでいいんだけど手伝ってくれないかしら?』

 

「そのぐらいお安い御用だ。男手が必要ならいつでも力貸すぜ」

 

『ありがとう』

 

 誠司はドンと大きな音を立てて胸を打つ。姿こそ見えないが、電話の向こうで微かな笑い声が聞こえた。

 とはいえ、要件はそれだけなのか。二人の間柄を考えると、明日の放課後に急に頼んだとしても誠司は気にしないのだが。

 

『…それと、めぐみちゃんは今どうしてる?』

 

「あいつなら今は多分部屋で勉強してるんじゃないか?少し前まではこの時間帯に勉強を教えろだとかなんだで電話かけてきたし…ってあいつに用があるなら呼んでくるか?」

 

『いや、いいの…ここしばらくのめぐみちゃん、なんだか悩んでるみたいだから』

 

 ゆうこの声のトーンが一段下がる。その僅かな転調がもたらした意味深長な雰囲気に、ここからが本題なのだと誠司は感じた。

 

『サイアークのこともだけど、将来の事なんかは特に。わたしから直接は聞きづらくて、相楽くんから見てどうかなって』

 

 俺から見てめぐみはどうか。そう聞かれると、誠司は最近の彼女には確かに違和感を持たずにはいられなかった。会話の最中にどこかを見つめていることがあったり、朝のランニングも彼女のペースに合わせていたつもりが気が付けば立ち止まったまま後ろに居たりと、どこか様子のおかしなところがあった。

 そして一昨日の彼女とのやり取りを、ふとした拍子に彼女から漏れ出たボヤキのことを誠司は思い出していた。

 

「まぁ、確かに将来の夢に関しては大分苦心してるみたいだったな」

 

『やっぱり最近のめぐみちゃんを見ていると、なんだか落ち着かなくて…アドバイスの一つでも出来ればいいんだけど、なんて言えばいいのか分からなくてね』

 

「あいつも一度悩めば泥沼にはまるタイプだからなぁ」

 

 彼も彼女も、悩んでいるめぐみの姿に喉の奥につっかえた異物の存在を感じずにはいられなかった。

 誠司は手すりに背中を預けると、軽く息を下す。

 

「とはいえ、俺も将来については絶賛考えている最中でだな。あまりめぐみに偉そうに言える立場じゃ」

 

「わたしがどうかしたの?」

 

「っ!!」 

 

 突然真横に現れた幼馴染の顔に、誠司が声無く吃驚を漏らす。

 飲み込めない状況に眉を傾けためぐみは、必要以上の酸素を飲み込んだことで咽る誠司を見つめていた。すると、誠司が抱えていたキュアラインにゆうこの顔が表示される。テレビ電話に切り替えたらしい。

 そして、「任せて」とウィンクしたゆうこに誘導されるがまま、誠司は画面をめぐみの方へと向けた。

 

『実は、明日の配達のお手伝いを誠司くんにお願いしてね。それで、めぐみちゃんも時間が合えば手伝ってもらえないかなって話してたの』

 

「なんと!任せて、そのくらいお安い御用だよ!」

 

 ゆうこは合わせた両手を顔の前で倒すと、先刻の案件を持ち出した。

 

 頼られる嬉しさに、画面の向こうへめぐみがドンと胸を打って己の頼りがいをアピールすると、胸の痛みにケホっと幼い咳をした。あまりに直近で見た光景のリフレインにゆうこの口からもう一度小さく笑みが抜け落ちる。

 

『ありがとう、ちゃんとお礼はするから』

 

「お礼なんて、そんなの気にしなくていいのに」

 

『いいえ、気にさせてもらいます!それじゃあ、夜も冷えるからこの辺で。二人とも風邪ひかないように暖かくして寝るんだよ。おやすみ』 

 

「ゆうゆうもね。おやすみ」

 

 ゆうこが手を振ると、めぐみも瞼に上弦を浮かべてそれへ応じる。別れの魂振りは二十秒ほど続いたが、二人だけの間に耐えられなくなった誠司が画面を切ったことで漸く終わりを迎えた。

 

「あぁ、ゆうゆう。その明るい笑顔をもう一度」

 

「いい加減にしろ」

 

 尚もキュアラインに齧りつくめぐみを振りほどき、誠司は呆れた声で端末をポケットにしまった。あぁ、と弱い声を漏らしためぐみは、頬を膨らませると尖った視線だけで反抗を見せた。

 

「な、なんだよその顔」

 

「いじわる」

 

「あのなぁ…大体、人が電話してるときに声かける方が悪いだろ」

 

「そう…だよね」

 

 誠司があからさまに唖然として見せる。それは、先程苦しい思いをさせられたお返しだったのだが、確かに少し意地が悪いのかもしれない。

 より一層の痛い視線を喰らうと予想した誠司。しかし、めぐみはそのまま押し黙り、言葉を探してしまった。

 

「いや…俺もまぁ、人に聞こえる場所で電話してたのも悪いと言えなくもないというか」

 

 無理なフォローを入れるが、肝心の反応は無し。やはり、このところのめぐみは何処か変だ。それが何故かを言い当てることは今の彼にはできないが。

 思っていたよりも言葉の棘がクリーンヒットした事実に誠司は面食らってしまい、慌てて状況を打破できないか考えていると、今度はめぐみの方から口を開いた。

 

「ごめん、誠司!お母さんとお父さんの結婚記念日のプレゼントが思いつかなくて、気分転換しようと思ったら聞こえちゃったもので、つい」

 

 これもまたどこか無理のあるフォローだったが、誠司は大人しくそれに乗っかることにした。

 

「結婚記念日?」

 

「来週火曜の13日にね。それで何がいいか、なにか作ろうか、とか考えてたんだけど」

 

「そんなに悩むものなのか。めぐみがくれた物ならなんだって喜んでくれるだろうに」

 

「きっとね。でも、二人の大事な日だからちゃんと悩んでおきたくって」

 

 結婚記念日。誠司にはここ最近は聞き覚えのない記念だが、ともあれ少ない知識を総動員させて思案にあたる。

 

「プレゼントなら実用的な物の方が良いよな…マグカップとかはどうだ?」

 

 我ながら当たり障りのないとは思ったが、誠司自身あまり人に贈り物をした経験がないのだから仕方のないことだ。

 

「マグカップは去年あげちゃったんだよね。二つ合わせてハートの模様が出来る可愛いのを」

 

「そうか…」

 

「もう少し時間はあるし、じっくり考えてみる」

 

 当てが外れた誠司は、滑ったように肩を落とした。

 

「それじゃあね、おやすみ誠司」

 

「あぁ、おやすみ」

 

 今度は引き際をあっさりと、室内へとターンしためぐみ。

 誠司は、その後ろ姿を収めると、ベランダの手すりから外の景色を一望する。段々と消えていく街の光のようには、この僅かな間に見え隠れした彼女の不安定な様は頭から消えそうにない。

 

 俺もできることをやろう。

 誠司はその思いを夜の闇に強く固めるのであった。

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