追いかけっこをする子ども達の楽しそうなはしゃぎ声。仲睦まじい老夫婦のしっとりした話し声。友と肩を並べて歩く学生の小気味いい笑い声。
ぴかりが丘の河川敷にはまだ昼前だというのに幸せな日常を謳歌する人々の発する声が騒々しいほどに溢れている。
飛び交う沢山の音の群れの中には、学校を三時間授業で終わらせためぐみとゆうこの姿もあった。
「それでね、ファンファンったら何て言ったと思う?『白黒だからってオレはパンダじゃない!』って。あんまり真面目な顔で言うから笑っちゃった」
何やら自宅であった出来事についてめぐみに語るゆうこ。彼女の言うファンファンとは彼女が面倒を見ている男の子の妖精で、白を基調とした体に黒の模様がアクセントについている。が、しかし体色はパンダに似ているとはいえ二頭身の人型シルエットは到底パンダには見えない。だが、ゆうこは雰囲気がテレビで見たパンダに似ていると主張しているのだった。
「聞いてる、めぐみちゃん?」
「えっ?あぁ、うん。ちゃんと聞いてるよ。」
取り留めない話をしながら帰路を歩く二人だったが専ら話しているのはゆうこで、めぐみは軽く相槌を打ってはいるが隣のゆうこの方を向きながら彼女越しにぼんやりと遠くを見ているようだった。
そんな彼女の姿にゆうこは時折複雑な表情を見せる。そんなことが二人が歩いていり短い間で数回繰り返されていた。
普段であればはしゃいでいるのはめぐみの方で、どちらかといえばゆうこが聞き手なのだが、この逆転現象にゆうこの方もどうにも落ちつかない様子である。
「めぐみちゃん、今日はどうしたの?何だかずっと心ここに在らずって感じだけど」
業を煮やし、ゆうこはついに持っていた疑惑を投げかける。めぐみの視界のど真ん中に身を乗り出し自身に彼女の注目を独占させた。
「どどどっ、どうもしてないよ!わたしはいつも通りだよ 」
ただでさえ不明瞭な意識の、その外から突然現れたゆうこに驚いためぐみは思わず後ずさる。動揺のあまり第一声から裏返ってしまい声のトーンが一オクターブ高い。
「本当は悩みでもあるんでしょ?今日一日中様子がおかしいもの、卒業式演習の時にも先生に目を付けられてたよ」
「うーん、そんなに分かりやすいかな?今朝、誠司にも同じようなこと言われちゃったんだよね」
「そりゃあ、もう。めぐみちゃんが隠し事してるときは凄く不自然だもの。昔からそういうの得意じゃないでしょ?」
「えへへ、確かに」
頭をポリポリと掻きながら気恥ずかしさを笑って誤魔化す。そしてめぐみはほんの少し考え込んだ後、再び口を開いた。
「まぁ、大したことじゃないんだけどね。ただ、なんて言うか作文に何を書けばいいのかなって思ってただけだよ。将来なりたい自分って言われても何だかピンと来なくてさ……」
ゆうこの問いに対して微笑んで返すが、上がった頬に対してその眉は下斜めに傾き、声色はほんのり暗い。言葉を出す度に上げていた顔を段々と俯かせていく。
そんなめぐみの姿にゆうこもまた微妙な笑みを浮かべた。
「わたしはあんまり気に病む必要は無いと思うけどな。そうだなぁ、めぐみちゃんには人を助けるお仕事とか向いてるんじゃない?」
下を向いて歩くめぐみの姿に何かを思う事があったのか。ゆうこがそのセリフを発するまでに時間を要した。
「人を助ける仕事かぁ。と、なるとお父さんがやってる仕事とかかなぁ」
「めぐみちゃんのお父さんって確か、今も海外で仕事してるんだよね?」
「うん、幻影帝国を倒してからは大分落ち着いたみたいだけどね。ちょっと前までは大忙しであちこち飛び回ってて年に一回すら会えないなんてこともザラだったんだから」
めぐみの父、愛乃勝は海外の紛争や貧困に苦しむ地域へ食料や物資の補給支援をする活動に携わっている。常に危険と隣り合わせの仕事なのだが彼はそれに対して不満はもらさず人々の生活の為に身を粉にして働いている立派な人物である。
めぐみの人助け精神はそんな父親から強く遺伝した物だった。
「でも、将来の夢なんて、今まであんまり考えたことなかったな」
めぐみは独り言のようにボヤいた。
「いっしーはネイリストに、たかのんは両親のアンティークショップを継ぎたいって言ってたけど。ゆうゆうはそういうのある?」
「そうだねぇ。わたしはやっぱり色んな人に美味しいご飯をおなかいっぱい食べてもらうことかな」
ゆうこの行動理念はご飯を美味しく食べることである。その為であればどんな努力も惜しまず、むしろ自ら進んで苦労をしてお腹を空かせてしまう程だ。美味しいご飯を食べれば人は幸せになり、その姿を見ることでゆうこ自身もご飯をより美味しく味わえる。
彼女にとって食事をすることこそが幸せの象徴であり、お腹いっぱい、幸せいっぱいがモットーなのだ。
「そのためにも、おおもりご飯を、この間オープンした二号店だけじゃなくて世界中に広げていくのが私の密かな野望なのです!」
ゆうこがめぐみから見て左に自身の体を向かせ、右足を後ろに引いて、まっすぐ伸ばした両腕を斜め後ろに倒した妙ちくりんなポーズをとる。曰く、バレエの振り付けのようなこの大袈裟なポーズはミツバチをイメージしているらしい。
彼女の言うおおもりご飯とは彼女の実家が経営している町の弁当屋である。大きいオカズとふっくら白米が人気を博し、去年の秋、隣町に二号店が出来たばかりだ。
「世界中にかぁ、ゆうゆうなら本当に出来ちゃいそうだね」
彼女のあまりにも大きな夢に圧倒されるめぐみ。ゆうこの自信満々な表情とこれまでの実績を考えればあながち夢ではないのかもしれないと思わせられる。
「ゆうゆうにはちゃんと夢があるんだね」
「きっと、めぐみちゃんだってすぐにやりたいことが見つかると思うよ」
「そうだといいんだけどね」
歯切れの悪い言葉を返し、めぐみは再び地面に視線を移した。ゆうこのその励ましが建前ではなく本心からであることをめぐみは理解してはいたが、それに答えられるだけの自信がなかった。
「……実は、わたしね」
ゆうこが何かを言いかけた矢先に後ろから飛び抜けて明るい声が飛んできた。
「おーい、めぐみー!ゆうこー!」
二人が聞き覚えのある声に振り返ると、同年代の少女が全速力でこちらへ向かってくるのが見えた。
その少女、白雪ひめの容姿は周囲の人間の中でも際立って端麗であった。鮮やかなスカイブルーのくるくるしたロングヘアー、シミ一つないきめ細やかな色白の肌に長いまつ毛は整えられていて綺麗な曲線を描いている。しかしながら、整った他のパーツに反し太い眉と大きな目が彼女の顔立ちを幼く演出しており、どちらかと言えば小動物よりの可愛らしさというのが総計である。
なにより、歯を食いしばりながら大きく腕を振るその姿は美しさとは些か距離がある。
「ぜぇ……ぜぇ……、やっと追いついた……」
ひめは二人へたどり着くや否や何度も肩で息をした。彼女の視線の定まらない両目が高速でグルグルと渦巻きを描く。蒼白した顔面と真っ赤な耳のコントラストが彼女の必死さを強調させていた。
「ひめ、大丈夫?」
「あぁ……うん…大丈夫……。少し…後ろを歩いてたんだけど……、二人が見えたから、急いで走ってきて……」
絶え絶えの息で言葉をひねり出すひめ。声と一緒に漏れ出てくるすきま風のような掠れた呼吸音が彼女の疲労をより一層感じさせる。
「まぁまぁ、ひめちゃん。一旦落ち着いて」
その場でへたりこんだひめの背中をゆうこが中腰になって優しくさする。数十秒ほどそれを続けているとひめの顔色がほんのりと赤みを取り戻してきた。
「ゆうこー、めぐみー、会いたかったよー!」
ひめはようやく体力を取り戻したかと思えば、今度は座った状態から跳ね上がり二人へ両腕を広げて飛びついた。
「ひめー、わたしもだよー!」
突撃してきたひめに対してめぐみもまたハグで迎え撃つ。ひめの腕の範囲から漏れたゆうこは二人の交わす抱擁の様子を微笑ましく見守っていた。
「って、なんで二人とも先に帰っちゃったのよ!校門前で待ってるって約束だったじゃん!」
刹那、ひめが何かに気付いた表情を浮かべ、体を縮ませてめぐみの両腕からスルリと自身を解き放つ。そしてすぐさま、太眉をV字にし頬を膨らませてめぐみとゆうこに迫った。
その目からは青い瞳孔が消え、白一色のハンペンを半月型に切ったような様相を成した。
「いやぁ……、別に置いていったつもりじゃないんだけどね。ゆうゆうと校門の前でひめ達を待ってたんだけど。卒業式練習が終わって皆が一斉に下校することになるから、混雑しない内にさっさと帰りなさいって先生に言われちゃって」
めぐみは頭の後ろを掻きながら申し訳なさそうにひめに説明した。
「訳は分かったけど、それでもワタシずっと待ってたんだよ!これからどれだけ一緒に帰れるかも分からないのに!」
「悪いとは思ってるんだよぉ、ひめぇ」
すがるようなめぐみに対してもひめはぷいっとそっぽを向いてしまっている。こうなってしまった彼女は少々めんどくさい。
めぐみが再度弁解しようとしても顔を背け、背けた方向にめぐみが移動してもまた一方へひめは首を曲げてしまう。
「ごめんねひめちゃん、いつものあげるから機嫌直して、ね?」
そう言ってゆうこは手にぶら下げていた学生鞄のポケットから小さい袋を持ち出し、中から包装紙にくるまれた何かをひめに差し出す。
ひめはそれをバクっと乱暴に受け取り、勢いよく包み紙を外すと、中から出てきた大粒の黄色い飴玉を思い切り口に頬張った。
「あんま~い。やっぱりゆうこのハニーキャンディ最高だよ~。」
ゆうこが手渡したのは彼女お手製のアメ、通称ハニーキャンディだ。おおもりご飯で仕入れた新鮮な蜂蜜をふんだんに使ったそれは、舌で転がすと蜂蜜の濃厚な甘さとゆうこの込めた愛が口いっぱいに広がり、一度味わうと思わず病みつきになる恐ろしいキャンディなのだ。
ハニーキャンディを貰ったひめは見る見るうちに、表情をふにゃっと力の抜けた物に変えていく。頬は先程まで含んでいた空気の代わりに飴玉で膨らみ、斜め三十度に傾いていた両眉もすっかりハの字になっていた。
「どう、美味しい?」
「うん!久しぶりだけど凄く。って、飴ちゃんで釣ろうたってそうはいかないよ!」
飴を舐め終わって我に返ったひめが再び態度を変える。ハニーキャンディでもダメとなると最早ひめの気が収まるまで待つしか術は無い。
そうめぐみは覚悟した。
「こら、ひめ」
「あいたっ!」
突然、背後から繰り出された手刀がひめの頭にコツンとヒットする。大した力は入っていなかったがひめは反射的に露骨なリアクションを取った。
「二人とも、困ってるじゃない」
声の主が腰に手をあてて、ひめに顔を近づけながら叱りつける。その紫色のストレートヘアーの少女の名前は氷川いおな。ハピネスチャージプリキュアにおいては舵取り役を担うキュアフォーチュンその人だ。キュアプリンセスこと白雪ひめのおてんばな印象とは真逆で、そのイメージは質実剛健。自他共に厳しく、真っ直ぐでストイックな努力家の少女だ。
「だってぇ~」
「だってじゃない。それに、ひめだって私を置いて先に走っていったでしょう」
「それは、そのぉ…」
有無を言わさぬ力強いパープルアイに見つめられ、流石のひめも目を逸らし口を紡いでしまった。
四人の中では一番背の高いいおなと、逆に最低身長のひめではまるで蛇に睨まれた蛙のようだ。
「でも、いおなだって寂しそうにしてたじゃない!久しぶりに四人で帰れると思ったのに、ってさ!」
「そっ、そんなの今は関係ないでしょう!」
ひめの放った鋭い負け惜しみに、思わずいおなも声を荒げる。諌める姉とそれに反抗する妹のような二人にめぐみとゆうこも笑みをこぼしてしまった。
「な、なによ二人とも」
「いや、ひめといおなちゃんのこんなやりとりも久々に見たなぁ、って」
「そうね、いおなちゃんが言ってくれてたみたいに四人でいるのも最近は無かったものね」
確かにこのところ、彼女達四人が全員揃って一堂に会すといったことができていなかった。理由は様々だが、高校進学に向けた準備といった受験周りのゴタゴタが大きい割合を占めていた。
高校進学が関係ないひめだけは例外ではあるが。
「一昨年はずっと一緒だったのにさ、受験を控えるようになったら皆、勉強勉強でワタシだけ仲間外れみたい」
「ひめだって放課後の勉強会にはたまに教えに来てくれてたじゃない」
「そういうことじゃないの、なんと言うかもっとこう……一緒に遊んだりして友情を噛み締めたいんだよ!」
ひめといおなが合流し、横一列で歩き出した四人。この僅かな交流の時間を引き伸ばすようにその歩みは小さく遅い。
「そう言えば、今日はひめちゃんのクラスが楽しそうだったけど。どうかしたの?」
ゆうこが一時間目の授業開始前の出来事を思い出し、めぐみを挟んで奥の二人へと問いかける。それに便乗する形でめぐみも左隣のひめへ興味津々な素振りを見せた。
「そうそう、それの話なんだけど。なんと、いおなってば卒業式の卒業生総代に選ばれたんだよ!」
ひめが今日一のテンションの高さを見せた。
というのも、ぴかりが丘中学校の卒業式では卒業生の中から選ばれた代表一名が登壇し、式の出席者全員へ三年間の学校生活の振り返り、スピーチを語るという行事が伝統として受け継がれてきたのだ。
「代表スピーチって確か卒業生の中で一番活躍した人しかできないんだよね!?それに選ばれたなんて、凄いよいおなちゃん!!」
「そっ、そうかしら」
めぐみが興奮しながらいおなに向ける羨望の眼差しに対していおなは照れくさそうに自身の前髪を弄る。
「そりゃあ、いおなちゃんが選ばれて当然よねぇ。夏の空手の全国大会は凄かったもの」
去年の熱い夏のまっさかりに行われた全国大会。その女子組手部門で、いおなは全国各地から集まった強豪を相手に獅子奮迅の大活躍を見せ、見事初出場で初優勝という快挙を成し遂げたのだ。選手たちの弛まぬ努力が結晶した夏の大会は、人々の記憶に氷川いおなの名を焼き付け、彼女を一躍時の人としたのだった。
「理由はそれだけじゃないよ、いおなは定期テスト毎回学年一位に加えて全国模試でも上位だったんだから!」
ひめがまるで自分の事のように胸を張りドヤ顔で自慢をする。
「もう、恥ずかしいから!」
いおなは自分の功績を代わりにひけらかすひめを静止した。またも繰り広げられる二人のやり取りにめぐみとゆうこは顔を見合わせ笑った。
「べっ、別に大したことじゃないのよ。私はその時自分にできることをただ全力でやってきた。それだけのことなんだから」
いおなは褒めちぎる三人の言葉をやんわりと否定してはいるが、その頬をほんのり赤く染めていた。内心褒められて嬉しいとは思ってはいるが彼女は中々素直になれない性格なのだ。
「ここまで言っても尚謙遜とは流石ですなぁ」
ひめは腕を組んで一人うなずいた。
「あっ、そうだ。せっかく四人が揃ったからさ。今日帰りに大使館に来ない?見せたいものがあるんだ!」
ひめがハッと閃き、前に出て三人の注目を集める。
彼女の言う大使館とは、ぴかりが丘の住宅地の一角に置かれた大きな洋館のことである。彼女の故郷ブルースカイ王国が幻影帝国に乗っ取られた際に王女であるひめがそこへ避難し、それからは彼女の一時的な住まいとなっているのであった。
「いいね!もうしばらく行ってなかったし、久しぶりにリボンにも会いたいし!」
めぐみはパチンと両手を叩いて賛同した。しかし、ゆうこといおなは眉をひそめていた。
「ごめんなさいひめちゃん。今日はお昼からお店の手伝いがあるの」
「そんなぁ、せっかく集まったのに~。三人だけならアレの披露はお預けかぁ……」
ひめは先程までのハイテンションから一気に肩を落とした。あからさまに落ち込む素振りを見せた彼女にめぐみも残念にしながら「仕方ないよ」とその背中をさする。
それに続くようにいおなも口を開いた。
「ごめんなさい、ひめ。私もなの」
「えぇ、いおなも!?」
「今日は放課後に外せない用事があるのよ」
ひめへいおなが片手を立てて謝罪のジェスチャーをとる。
しかし、どうにもひめは納得できない様子だ。
「親友の頼みより優先するような用事ってなんなのさ。まさか、海藤くんとっ!?」
わざとらしく大きな声で驚くような手振りをするひめ。
ひめの言う海藤こと海藤裕哉はいおな達の同級生の少年の事である。
「ちっ、違うわよ!道場の見学に来たいって子がいるから、その面倒を見なきゃいけないの!」
「なぁんだ。つまんないの」
思わぬところを突かれたいおなが顔を赤らめながら否定する。いつも冷静な彼女にしては珍しく慌てている。
「そっ、それに海藤くんとはただの仲のいい友達で、そういう関係じゃないから!」
「えぇっ、まだそんなこと言ってるの!?ずっと待たされて、海藤くんが可哀想だよぉ!」
ひめがいおなのいおなは中学二年生の夏に海藤裕哉からの告白を受けた。しかし、その時は彼の気持ちにはまだ応えられないとして友達付き合いから始めたのだったが、三年生の一年間を経てもその関係はまだ進んでいないようだ。
「そうだよ、いおなちゃん!」
「ちょっと、私はっ」
ここに来てめぐみもひめに同調してひめと並び立つ。そしてふたりがいおなの方へとにじり寄る。いおなは興味深々な二人が近づく度に後ずさり、二人に押されゆうこの前を通り過ぎる瞬間、彼女へ援助を乞うアイコンタクトを送るも、ゆうこはにっこりと微笑むだけだった。
「そっ、そういうめぐみはどうなのよ!」
「えっ、わたしっ!?」
「そうよ、この一年で相良くんと……、そのぉ、つっ、付き合ったりしてないの!?」
「そうだそうだ、めぐみはどうなんだ!!」
強く動揺したいおなはなんとか逃れまいと話題の中心を擦り付けようとする。それにまんまと釣られたひめが今度はめぐみに狙いを定めた。彼女は面白そうな恋の話とあれば相手に見境はないのだ。
「えっ、いやぁ、別にわたしは……。」
「冬休み中も二人だけで勉強してたりとかしてたんだから、何かはあったんじゃないの!」
「そうだそうだ!何があったんだ、隠さないで話したまえ!」
「あれはわたしが誠司に教えてもらってただけで本当に何もないんだってば!それに誠司は大切な人だけど、なんて言うかそのぉ……」
今度はいおなとひめがジリジリと迫り寄り、めぐみが後ずさる側になった。状況はまさに一転攻勢、というには主犯のひめだけは安全圏ではあるが。
しどろもどろとして返答に困っているめぐみを見かねてゆうこが三人の間に割って入った。
「まぁまぁ、二人とも落ちついて」
「えぇ~!!」
ゆうこの説得にいおなは話のやめ所と見てすんなり受け入れたが、まだ食い下がろうとするひめをゆうこは少し後ろに離れた位置に連れ出した。
「あんまりしつこくしちゃ駄目よ、ひめちゃん」
「でもぉ~、ゆうこだって気になるでしょ?」
「ひめちゃんの気持ちも分かるけど、こういうのは無理やり聞いても仕方ないんじゃない?」
「えぇ~、ワタシは今聞きたいんだよぉ~」
中々諦めない様子にゆうこはまた小袋を取り出し、ハニーキャンディを数個取り出し、ひめに手渡す。
「これあげるから、今日はここで勘弁してあげて」
「もう、ゆうこがそこまで言うなら仕方ないなぁ」
ひめは渋々納得すると、早速飴を一粒口に放りこんだ。
先に歩きだしているいおなとめぐみを警戒しながら、ひめは談笑している二人に悟られないよう、ゆうこに耳打ちする。
「ねぇ、ゆうこ。あの二人ってやっぱり誠司や海藤くんのこと好きなのかな?」
「そうねぇ。二人ともまだはっきりと自分の気持ちがどういうものなのかわかってないんじゃないかしら」
「そうなの?」
「まぁ、二人とも案外鈍いところがあるからね。めぐみちゃんなんかは特に。ここは今まで通り見守りましょう?」
ゆうこにとって恋はするものじゃなく落ちる物。そういった類の話は年相応に大好物だが、背中を押すことはすれど外部からの積極的な介入はしない。あくまで本人の自覚と行動によって実らせることがベストという考えなのだ。
「三年生の最後になっても何も進展してないなんて、二人とも鈍すぎるよ!高校は中学校より忙しくなるっていうのにどうするのさ」
「二人の気持ちが恋なのか、それとも違うのか。それは、めぐみちゃんといおなちゃん達自身で見つけるしかないと思うの」
「まっひゃく……、二人がそんなちょうひじゃワラヒの方がブルースカイ王国に帰ってからモヤモヤしひゃうよ」
飴を舌で転がしながらひめが蜂蜜風味の息と一緒にボヤいた。四人の中ではひめが一番残念そうにしている。
「なになに、二人ともなんの話?」
一旦いおなとの話に区切りが付いためぐみが、突然ひめ達の方を振り向く。ギョッとしたひめはナイショ話を聞かれたのではないかと、咄嗟に口に含んでいた飴を喉に詰まらせてしまった。
胸を小刻みに叩いて飴玉を無理やり喉奥に押し込んでから、ひめは必死に取り繕った
「なななっ、何も話してないよ!えーと……、ゆうこと作文について話してただけだよ!」
「作文?」
「そっ、そう。書く内容が難しくて。急に将来のことなんて聞かれても、もうさっぱりだよ!」
声を大きく上げて手をバタバタと激しく動かすひめ。めぐみ相手には勢いに任せて誤魔化した方が効くのだ。
しかし、この場においては作文を話題に出したのは悪手だった。
「ひめもそうなんだ、実はわたしも困ってたんだ!」
「えっ!?そっ、そうなの……」
仲間を見つけためぐみがひめの手を握り、距離を詰める。咄嗟に見繕ったつもりの言葉へめぐみが激しく食いついてしまったため、ひめは自身の失敗を悟る。
しかし、ひめが次に口を開く前に、自分以外にも同じ境遇の人がいたのだ、とめぐみは嬉々として話し出してしまった。
「将来就きたい職業って言われてもなんだか思いつかなくてさぁ。ひめはどう?」
「わっ、ワタシも大体そんな感じかなぁ」
「じゃあさ、大使館で一緒に作文について考えようよ!二人だったらきっとスグに終わるよ!」
「うっ、うん。それいいねぇ……。」
目が泳いでいる自分を疑いもしない純真な瞳をひめは直視することが出来なかった。
「まぁ、いいか。ブルースカイ王国に帰る前に最後の大仕事だぁ!」
ひめはめぐみの熱烈な期待に応えるように握りこぶしを空に突き上げ気合いを入れる。
「そう……だよね」
しかし、その言葉を聞いて、急にめぐみがその場で立ち止まってしまった。
「どうしたの、めぐみ!?」
思わぬ反応に驚いたひめがめぐみの顔を覗き込む。ひめ達と合流してからは明るさを見せていためぐみだったが、またもその顔に陰りが現れていた。
一瞬の躊躇いのあと、めぐみは静かに言った。
「ひめも、もうぴかりが丘から居なくなっちゃうんだなって」
めぐみが呟いたその言葉は、和気あいあいとした周囲の日常風景とは反対に四人の中だけにズッシリと重苦しい空気をもたらした。
瞬く間に変わったその場の雰囲気にめぐみ以外の三人も言葉を失い顔を見合わせるばかりであった。
「仕方ないよ、卒業したらひめちゃんは王国に帰るってご両親との約束だもの」
ゆうこが声のトーンを落として、俯くめぐみに語りかける。
ブルースカイ王国の第一王女であるひめは自国の正式な王位継承権を持つ。彼女に兄弟や姉妹はおらず、本来であればブルースカイ王国が幻影帝国の支配から逃れた際に直ぐにでも帰国しなければならなかったのだが、彼女が無理を言って中学卒業までを期限に日本への滞在を許可してもらっていたのだった。
「めぐみ……」
自分のことで表情を曇らせるめぐみにかける言葉が見つからず、ひめは気まずそうに彼女を見ていることしかできなかった。
めぐみだけではない。全員が分かっていたことではあったが、口に出されたことでなるべく考えないようにしていたその意味を改めて噛み締めていた。
「さっき、めぐみとも話していたんだけど。やっぱり今度の日曜日にでも皆で集まりましょう。もちろん、皆の予定が合えばでいいだけど」
いおなはあえて話題を戻して、立ち込めていた深刻なムードに一石を投じる。
「わたしもその日なら手伝いもないし、わたしもいけると思う」
流れを逃すまいとすかさずゆうこも遊びの誘いに同意する。そして、三人は互いに見合わせるとめぐみに目を向けた。俯いていためぐみはその視線の束に気がつくと、無理やりにテンションを急上昇させてめぐみは言った。
「わたしも全然大丈夫!今度の日曜日なら丸々フリー!どこにだって遊びに行けちゃうよ!」
「せっかくだからファンファンや相良くんも含めて全員で大使館でお茶会なんてどうかしら?」
「いいね、お茶会!わたしとファンファンで美味しいもの作って持っていくね」
ゆうこはいおなの提案に深く頷き賛同する。
「じゃあ、決まりだね、ひめ!」
「うっ、うぅ……」
「ひめ……?」
ひめが小さく呻いた。
「みんなぁ!」
ひめが呻いた。そして顔を上げると口元は半月を描きその目には歓喜の涙が溢れていた。一瞬不安な表情を浮かべためぐみ達だったが、その震えが感動から来ていたものだと知り、ほっと胸を撫で下ろした。
「もう、仕方ないなぁ!みんなったら、やっぱりワタシがいないと寂しいんだね!」
いおなの肩に腕をかけ、調子づくひめ。それに対して少し鬱陶しそうな表情を浮かべるものの満更でもなさそうないおな。そして、二人の傍で穏やかに笑うゆうこ。
去年まで当たり前のように見てきた何気ない日常の風景。めぐみはその終わりが近づいている事を未練がましく思いながら、やがて女々しい気持ちを流れる歓声の中へ溶かした。