和洋様々な一軒家が立ち並ぶ何の変哲もない閑静な住宅地。平日の昼間とあって人の数はまちまちで、どこか物寂しい雰囲気が漂っている。
その一角にそびえ立つ二階建ての大きな洋風のお屋敷は非常に広い敷地と中庭を有し、鮮やかな青い屋根は一般的な渋色の家屋の連なる周辺の景色からは異彩を放っていた。
そこはブルースカイ王国大使館。ブルースカイ王国が日本に置いた役所にして、ひめ、そしてもう一人の暮らす住居でもある。
かつてはめぐみを始め、ハピネスチャージプリキュアの面々やブルーらが集い、言わばぴかりが丘のプリキュアの本拠地としての役割も担っていたが、現在ではめぐみ達が通うことも少なくなっていた。
「たっだいまー!」
中に入るなり、ひめが帰宅の合図を館内に響かせる。それに続いてめぐみも「おじゃましまーす」と館中に聞かせた。
「大使館に来るのも久しぶりだなぁ」
エメラルドブルーの内装を見渡し、めぐみが独り言のように呟いた。
「そうだなぁ、めぐみが来るのは正月ぶりぐらい?いおなやゆうこは偶に顔出してたんだけどね」
「へぇ、二人は来てたんだね…」
「まぁまぁ、久しぶりだからって遠慮しないで。さぁ、入った入った」
押されるがままめぐみは廊下に上がった。
応接室に通され、いの一番に目に入ってきたのは部屋の隅に積み上げられたダンボールの山。その多くはパンパンに詰め込まれていて、隙間からはみ出た大きなニワトリのぬいぐるみが鋭い目つきでめぐみたちの方向を睨みつけていた。
「どうしたの、これ?」
「あはは、まぁ気にしないでよ。別に大したものじゃないからさ!」
有耶無耶な答えを疑問に思いつつも、めぐみはそれ以上追及することも無くテーブル前に置かれた縞柄のソファに腰かけた。
「で、何して遊ぶ!トランプ?それともボードゲーム?」
テーブルを挟んで向かい側のラウンジチェアに背中を預けたひめが言う。声を高くし、足元をバタつかせる彼女は見るからに興奮している。そんなひめを諭すようにめぐみが返した。
「もう、ひめ。まずは作文からやらなくちゃダメだよ」
「えぇ~、そんなぁ!別にワタシは作文に困っているわけじゃないんだけどなぁ……」
不貞腐れたようにひめが小声でぼやいた。めぐみはそんなことは露知らず手元に置いていた学生鞄から原稿用紙と桃色の筆箱を机の上に並べた。仕方ないな、とため息を吐いて、ひめも観念して筆記用具を鞄から取り出し用紙に左手を添えた。
それからしばらくして、ひめが黙々と作文作業を続ける中、意気揚々と書き始めためぐみはすぐに停滞し、それからは書いている振りをしていた。
最初の内はお互いに作文について案を交わしていたが、一度ひめが作文にとりかかってからは会話はなくなった。めぐみは何度か話しかけるタイミングを探したが集中するひめの邪魔はできず、時折ひめや壁一面に飾られた沢山の鏡をチラリと見たりして暇を潰していた。
チクタクと音を立てながら絶えず二つの針は時を刻んでいく。そのリズムに合わせてめぐみは靴で床を叩く。敷かれたカーペットに吸収され音は出ていないが、彼女の手持ち無沙汰を満たすには十分であった。
(ひめ、ずいぶん進んでるみたいだなぁ)
めぐみはものすごい勢いで用紙の空白を埋めていくひめの方に注目した。背の低いテーブルに前屈みになるひめに気づかれないようにゆっくり首を伸ばして覗いてみれば整った綺麗な字で構成された『ブルースカイ王国の姫として』と称した作文が既に終わりかけている。
同じタイミングで始めたはずのひめとの文章量の差に内心の焦りを感じていたが、それ以上に何週間かぶりに見るプライベートのひめはただ座って作業をしているだけなのに所作の一つ一つが気品に溢れており、普段のお調子者のイメージとのギャップにめぐみは思わず目を奪われてしまっていた。
(そうか、ひめはお姫様なんだもんね。でも、あたしは……)
めぐみは自身の空白まみれの作文とそこに綴られた汚い字をチラリと見る。そして、ひめの用紙とを見比べブルースカイ王国の姫としての未来がある彼女と、高校に入ってからのことすら何も考えついていない自分との天と地ほどの差を思い知らされているようだった。
(結局、作文も少ししか進んでないし、ひめに手助けなんて必要なかったのかな)
普段であれば友達と一緒にいられる時間に不満を浮かべることすら考えないめぐみ。だが、今は彼女の中で居心地の悪さの方が勝ってしまっていた。
(いやいや、あたしも一人でちゃんと書かなきゃ!)
めぐみが落ち込む頭を振り払って気持ちを切り替えたその時、ひめが力強くテーブルにペンを置き、両手を組んで大きく背伸びをした。
「ふぃー、終わったー!ずっと座ってたから腰が……。おー、イテテテ」
ひめはチェアから立ち上がり、腰を手の甲であんまする。そして、そのまま後ろに大きく仰け反ると呻き声をあげた。
「どれどれ、めぐみの夢は何かな。って、全然進んでないじゃん!」
ひめが、めぐみの作文を手に取った。しかし、かけた時間に対して数行程度しか書かれておらず思わずそのまま口に出してしまった。
「だって、ひめったら、協力して書こうって言ったのに一人でどんどん書いちゃうんだもん」
「いやぁ、一度やり始めたらインスピレーションが湧いちゃって。ごめんね、めぐみの作文手伝ってあげるからさ」
少し不機嫌そうにするめぐみを宥めるように、ひめはネコがマーキングするような仕草でめぐみに身体を擦りつけて謝った。
「もう、仕方ないなぁ。でも作文はいいかな。やっぱり自分の将来のことは自分で考えないとね!」
めぐみは胸の前で見せつけるように拳をグッと握りしめた。そして、テーブルの上を片付けようと手を伸ばすと、応接室のドアがガチャりと開き、その奥からひめの同居人もとい同居妖精が姿を現した。
「お帰りなさい、ひめ。あら、めぐみもいらしてたんですのね」
お嬢様口調で二人へ話しかける彼女の名前はリボン。妖精仲間のファンファン同様、小さな体で宙に浮くその姿はとても愛くるしく、名前の通り頭に付けているピンクの大きなリボンとスカートを履いているような様もまた可愛らしい。
「それで、二人は何をしていますの?」
文房具で散らかった卓上の様子を一目してリボンが問いかけた。
「卒業文集に載せる作文を一緒に書いてたんだ。テーマが将来やりたいことなんだけど、ひめもわたしも決まってないから二人で考えようってなってさ」
「将来やりたいこと……ですの?」
「そうなんだよ!卒業まで残り一ヶ月しかないのに将来についての作文なんてやらされちゃっても困るよねぇ。ワタシまだ十五歳だし、そんなの必要ないのにさぁ」
「そんなことありませんわ。これからの未来について改めて考えるというのもあなた達ぐらいの年齢には大切なことですのよ。人生はまだまだ先が長いのですから準備は早いに越したことはないのですわ」
「うーむ、なるほど」
リボンのマスコット然とした見た目とは裏腹な含蓄ある一言にひめは思わず唸った。めぐみもその言葉に深く頷いていた。
「作文の話は置いといてさ、何して遊ぼうか!」
お預けを食らっていたひめが机に手をついて前に乗り出して言った。めぐみは目を輝かせるひめの勢いに苦笑いで返す。そして、一瞬の躊躇の末に拒否の言葉を出さんと唇同士を離した。
その瞬間、めぐみの意思に水を差すように彼女のお腹の虫が一匹強烈に鳴いた。その音にひめとリボンは二人してめぐみを見やった。
「えへへ、今日は起きるのが早くて朝ご飯を食べてからしばらく経ったものでして」
腹部を擦って照れ笑いをするめぐみの姿に、ひめは大きく鼻息を吐いた
「もう、それならそう、と早く言ってよね」
するとひめは制服の袖をまくってその場に立ち上がる。その行動の意図を掴めないめぐみが表情をキョトンとさせるとひめが声高らかに宣言した。
「ワタシがお昼ご飯を作ってあげる!」
「えっ、ひめがお昼ご飯を!?」
めぐみが目を丸くさせて一際大きな声を挙げた。
「そこまで驚かなくてもいいじゃん。そんなにワタシを信じられないの?」
「ごめんごめん。でもひめだけにやってもらうのは悪いし、わたしも手伝うよ」
「まぁまぁめぐみはお客様なんだから。出来たら持ってくるから楽しみにして待っててよ!」
それだけ言うとひめは足を弾ませて部屋から出ていった。
「ひめ、一人で大丈夫かな」
めぐみは後ろ手を組みながら応接室の一角をグルグルと歩き回りながら、ひめが部屋を出てから数十分の間ずっと様子を見に行こうか行くまいかを思案していた。
「そんなにひめのことが心配ですの?」
落ち着かない様子のめぐみにリボンが話しかけた。
「ひめが勉強の差し入れに作ってくれた卵焼きとかお菓子は凄い美味しかったし、ひめを疑ってるわけじゃないんだけどね。少しでもひめの力になれないかなって」
「その気持ちはありがたいのですが、今はひめ一人に任せてあげてくださいな。ずっとこの時を今か今かと心待ちにしていましたのよ」
「どういうこと?」
リボンに声をかけられ、平静を取り戻しためぐみはソファーにゆっくりと座りなおした。
「ああ見えてひめは皆が一生懸命努力しているのに自分だけ何もしない訳にはいかない、と王族としての教育と並行して基本的な家事作業の習得にも励んでいたのですわ」
「……いつの間に。知らなかったな」
一瞬間をおいてめぐみは返した。
「ひめから実際に上達する前に皆に話すのは恥ずかしいからと止められていたものですから。それで早く成果を見せたいと毎日ボヤいていたのですわ」
「わたし達が受験勉強をしている間にひめも頑張ってたんだね」
「それはもう。王族教育は毎日の教育係からの通信指導に加えて毎週末に実技テストも控えていて、大変苦労なさっていましたわ。ひめが本腰を入れて教育を受ける前にブルースカイ王国が乗っ取られてしまったものですから、この一年で少しでもその遅れを取り戻そうと必死に取り組んでいましたのよ。家事に取り組み始めたのはそれらが少し落ち着いたこの数ヶ月の間にワタクシが教えた程度ですが」
ひめの努力の程を報告するリボンは胸を張りどこか誇らしげな表情を浮かべていた。そんなリボンの様子を見てめぐみはフフッと笑って返す。
「リボンも自分のことみたいに言うんだね」
「ひめが小さい頃からその成長を間近で見てきた者として、つい興奮してしまいましたわ」
リボンは頬に両手を添えて恥じらいの感情を見せる。真っ白な顔に映えるほっぺの桃色が更に赤みを帯びた。
「ひめは凄いなぁ。お姫さまっていう立派な夢があって、それに向かってちゃんと努力もしてて」
二つの作文が置かれたテーブルを見つめながらめぐみは呟いた。
「そうですわねぇ。ひめの成長ぶりには国王様と王妃様も大変驚いていらっしゃいましたわ。でも、ひめがここまで人として大きくなれたのはめぐみのおかげですのよ」
「わたしの?」
「えぇ、めぐみがひめに苦手に立ち向かう為の勇気をくれたからこそ、彼女はより強くなれたのですわ」
「それはひめが頑張ったからで、わたしは何もしてないよ。そう、わたしがひめにしてあげたことなんて……」
めぐみのその言葉はまるで自分に言い聞かせるようだった。彼女の反応にどことなく違和感を覚えたリボンは諭すような口調で返す。
「そんなことありませんわ。めぐみがひめの背中を押してくれなかったら、きっと今でもひめは嫌なことから逃げようとする臆病な性格のままでしたわ」
めぐみと出会った時のひめはわがままで人見知り、その上世間知らず。プリキュアとしてもサイアークから敵前逃亡してしまう程に心体共に弱い少女だった。しかし、めぐみと出会い、彼女に引っ張られ一歩前へ踏み出したことで彼女は自身の殻を破ることができたのだ。
「それに家事が少しできるようになったってひめはまだまだお子ちゃまですわ。今でもたまに掃除はサボるし、そこのダンボールの山だって引越す時に寂しくならないように、と家具を纏めたのはいいですが全部無理やり押し込んだだけなんですのよ!」
ひめの所業を列挙していくうちに優しい表情から一転、丸い目は鋭く変形し、リボンの愚痴がヒートアップしていく。そして、一頻りめぐみへ吐き出して気が済んだリボンは呼吸を整え、調子を穏やかに話し出した。
「幾ら成長したと言っても、まだまだひめにはできないことづくしですわ。けれど一人で頑張ることにも限界がありますわ。だから、これからもひめの友達として力になってあげてくださいな」
「もちろんだよ。わたしだって、ひめとずっと友達でいたいもん」
めぐみはニカッと笑って返した。力強く発したその言葉は彼女の心の底からの願いだった。
「おっまたせぇ!」
ちょうど会話が終わったタイミングで大きなお盆と共にひめが勢いよく入室してきた。
ひめはお盆をテーブルに置くと一緒に持ってきた赤いギンガムチェックのランチョンマットを人数分敷き、チェア側のマットにグラタン皿を一つ、ソファー側のマット二枚にも同じサイズと一回り小さいサイズのグラタン皿を、そしてそれぞれに先の割れたスプーンとコップを一つずつ乗せていった。
「わぁ、良い香り!これって?」
めぐみが覗き込むと、そこには花柄の付いたグラタン皿に敷きつめられたチーズの真ん中に小ぶりの魚が丸々一匹横たわっており、こんがりと焼き色のついた白い大地を一口大のにんじんやブロッコリーが鮮やかに彩っていた。
「ふっふっふっ……ワタシ特製魚のラザニアだよ!!我ながら会心の出来なんだから!」
「とても美味しそうですわ。ひめ、また一段と腕を上げましたわね!」
「にひひ、実は皆を驚かせたくてリボンにも内緒でお城のシェフにも料理を習ってたんだよねぇ」
ひめは鼻の下を擦りながら、いたずらっぽく笑った。オシャレが好きなひめと料理とは自分磨きの一環としても相性が良かったようだ。
「そんなことよりも、冷めないうちに早く食べちゃってよ!」
「そうだね。それじゃあ」
「いただきまーす!」
芳ばしい香りに満ちた部屋中に三人の声が駆け巡った。
早速めぐみは手に持ったスプーンでラザニアをすくい取り口へと運ぶ。そして一回、二回と何度も丁寧に咀嚼した。そんな彼女の一挙手一投足をひめは神妙な面持ちで見守っていた。
めぐみがゆっくりとラザニアを喉へ通す。それとシンクロしてひめもゴクリと息を飲みこんだ。
すると、めぐみはグググッと拳を握り、力を溜めるように小刻みに体を揺らし始める。そして、目をカッと開いて叫んだ。
「……美味しい!すごく美味しいよひめ!お店出せちゃうぐらいだよ!!」
そう言いながら、すぐさま一口食べ、また「美味しい!」と頬に手を当ててうっとりとした
「えぇ~、そんなこと……あるケド!!」
緊張が解けたひめは、そのまま謙遜するように見せかけ、ニヤけた顔でその称賛を臆面もなく頂戴した。
めぐみがお世辞抜きで激賞し、ひめも当然それを真意として受け取る。二人の友情はこういった気安いやりとりの積み重ねによって育まれているのだ。
「本当に美味しいですわ。プロレベルは流石に言い過ぎですが」
「なによそれぇ!もっと素直に褒めてくれてもいいじゃない!」
「ひめは褒めるとすぐ調子に乗るんですから、本当のことを言ったまでですわ!」
眉をひそめてぶうたれてはいるが、ひめの表情からは喜びが滲み出ている。リボンもまた厳しい物言いではあるが、食べる手は止まっていない。
仲のいい友達と昼ご飯を食べながら、まったりと話し合うこの瞬間にこそ確かに彼女たちの幸せは存在していた。
「ご馳走様でした」
すっかり綺麗になったグラタン皿に向かって三人は手を合わせた。
「じゃあ、わたしは洗い物してくるよ」
全員分の食器をお盆にまとめながら、めぐみは二人へ言った。背もたれに体重を預けていたひめがほんの少し上体を起こして返す。
「良いってめぐみ。後でワタシがやるよ。キッチンも散らかってるしさ」
「いやいや、ひめはゆっくりしてて。美味しいお昼ご飯をご馳走してもらったお礼だよ」
「それじゃあ、お願いしようかな」
ひめは満腹感による気だるさからそれ以上何も言うことなくめぐみを見送った。
めぐみがキッチンに立ってから幾許かの時間が経過し、ひめはソファの肘置きを枕替わりに仰向けになり、退屈そうに天井を見上げていた。
「めぐみ、まだかなー。もうかなり待ったんじゃない?」
「出ていってからまだ10分も経っていませんわよ。ひめは気が早すぎですわ」
ひめは真っ白な天井から空中のリボンへ視線を右にズラした。
「仕方ないじゃん、暇なんだから。めぐみもせっかく遊びに来たんだから洗い物なんてしなくて良いのにさぁ」
「めぐみの手際ならそう時間はかからないですし、すぐに戻ってきますわよ」
「まぁ、それもそうだね」
ひめは不服そうな声色を残しつつも、一先ずは呑み込んだ。
「そういえば、ひめ。あのことはめぐみ達には話しましたの?」
思い出したようにリボンがひめへ問いかけると、ひめはその内容を察して目を逸らして答えた。
「えーっと、まだかなぁ」
「大事なことなのですから、早く話さないといけませんわよ」
リボンはひめの視界に割り込んだ。ひめはリボンの真剣な顔つきをジッと見つめると、ソファーへ座り直し一息おいてから口を開いた。
「でも、中々言いづらいじゃない。ブルースカイ王国に帰ったら皆とは向こう十年は会えなくなるなんてさ」
「仕方がありませんわ。ブルースカイ王国の王族としての公務や課題が山積みですもの」
「分かってるよ、分かってるけどさぁ」
ひめは決まりが悪そうにボヤいた。
「ひめ……」
リボンは項垂れるひめへの返答に困り言葉を探した。その時、ドアをバタンと開けめぐみが勢い良く入室してくる。
「お待たせ、ひめ!!何して遊ぼうか?」
「うわぁ、めぐみ!?」
暗い話をしていた為か、思いがけない突然の登場にひめは飛び上がった。
「どうしたの、そんなに驚いて」
「いや、なんでもないよ……」
「そうなの?それよりさ、トランプでもやる?しばらく一緒に遊べてなかったから今日は沢山付き合うよ!」
めぐみは知らぬフリのひめを不思議がりながら、その隣に腰を降ろした。
「えぇ~、トランプぅ?めぐみはすぐ顔に出るし、ワタシ絶対負けないよ?」
「言ったなぁ!それならこうすれば良いんだよ!」
めぐみは自信ありげに両目を手で隠しニヤリと笑った。
「それで、どうやってトランプするのよ。前は見えてないし、両手も使えないんじゃ意味ないじゃん!」
「確かに」
ひめの当然の指摘にハッとした表情を浮かべるめぐみ。そのあまりにも素っ頓狂な様子に、ひめは抱えたネガティブな気持ちを忘れ、爆発するように吹き出す。そしてめぐみも吊られて笑い出した。
たちこめていた微妙な空気がめぐみが来たことで和やかな雰囲気に一変し、リボンも安心した顔を浮かべていた。
そして、ひめは一頻り笑い終えると、部屋の隅のダンボールの中からトランプを取り、カードの束を切り始めた。
「ねぇ、リボンもやろうよ。人数は多い方が楽しいしさ」
「そうですわね……。では、ワタクシも混ぜていただきますわ」
「そう来なくっちゃ、負けないぞー!」
めぐみがリボンへ振り向き話しかける。保護者として二人の邪魔はしまいと考えて後ろに控えていたリボンだったが、今までひめに散々一対一で付き合わされてきたことを思い出し、その誘いをありがたく受け入れた。
それから、楽しい時間はあっという間に過ぎ去り、トランプはやはりめぐみが全敗し、それから移行したボードゲームがちょうど白熱した頃合。他の二人に先行するめぐみの駒がもう少しでゴールに達しようとしていた。
「これで6が出ればわたしの勝ちだ。よーし、出ろ出ろ!」
めぐみは左手を顔の前に立て、ひめとリボンが険しい面持ちを揃える中、祈るようにサイコロをテーブルへと投げた。
全員が勢い良く卓上を転がっていく賽の行く末を手に汗を握りながら見守る。しかし、サイコロは減衰することなく、そのまま机の端から宙を舞いカーペットの上に音もなく落下した。
その拍子抜けした結果に、特に力の入っていたひめは肩をガクッと大きく落とした。
「めぐみ勢いつけすぎだよ。緊張して損しちゃった」
「あはは、やっちゃった。サイコロサイコロ。あぁ、あった」
めぐみが立ち上がりサイコロを拾ったその戻り際、彼女がふと時計を見るとあと少しで17時に差し掛かるところだった。
「いつの間にかこんな時間!わたし、そろそろ帰るね」
「そんなぁ、もう少しゆっくりしてってよ!」
「ひめ、あまり無茶を言ってはいけませんわよ」
「ごめんね、ひめ。日も落ち始めてるし、お母さんも待ってるからさ。また今度たっぷり遊ぼうよ」
「ホントに?絶対だからね!」
「もちろんだよ、約束する!」
めぐみは縋りつくひめの両手を握り、青い目を見つめながら力強く答えた。
めぐみが帰宅して程なく、沈みゆく夕日がぴかりが丘の街を赤く染め上げる。大使館の庭へと続く大きな掃き出し窓から射し込んだ光は、庭の木々達に遮られ応接室に暗い影を生み出していた。
仄暗い部屋の中、ひめはテーブルに残しておいた玩具達をぼんやりと眺めながら手の中でサイコロをもてあそんでいた。
「ねぇ、リボン。ワタシが王妃になってもさ、めぐみ達と友達でいられるのかな」
「それは……」
ひめは寂しそうに呟く。そして答えのない問いに困っているリボンを他所に続けた。
「本当はいつまでもぴかりが丘に居たいんだ。めぐみ達と、友達とずっと一緒にいたい」
リボンには目線もくれず、自分自身に問いかけているように小さくゆっくりと喋った。その声はいつになく弱気なものだった。
それが難しいことはひめが一番よく理解していたからだ。彼女は正式なブルースカイ王国の次期王妃。彼女が王国に戻ってしまえば、ひめ自身の意思に関わらず日本の一市民との交友関係など無いに等しいものとして扱われてしまうだろう。
友達と一口に言えど、それほどの身分の差が彼女達の間にはあるのだった。
「なぁんて、気にしても仕方ないか!王妃は自分で望んだことだし、皆も将来に向かって頑張ってるんだもん。ワタシだけが我儘を言う訳にはいかないよね」
「そうですわね。それに、たとえ会えなくなったとしても、ひめとめぐみ達はずっと友達。皆ひめのことを忘れたりなんかしませんわ」
ひめもリボンも身分や物理的な距離こそありこそすれ、心は繋がっているはず、友情は永遠に繋がっているはずだと信じているのだった。
そして、今はその想いが他の皆の中にもあることを祈ることしかできなかった。