ハピネスチャージプリキュア!の小説   作:モリ―・ジョニー

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6.変貌

 目を覚ますと、地平線の彼方まで闇が広がっている。この異様な光景も即座に夢だと気が付いた。初めて夢を見たあの日から寝ると必ず見るものだから流石に慣れてしまった。その内容はいつも変わらず人とも言えないシルエットがどこかへと歩き続けるだけ。初めは陥っていたどこか心苦しいような感情も七回目とあれば消え去っていた。

 

 この日もいつも通り、その列をボーっと眺めて時が過ぎるのを待っていた。しかし、今日はどうやら様子がおかしい。立ち止まり隣の影と話し合う者。急に走り出したかと思えば急に動きをやめ再び走りだす者。スキップしながら他の人型を置き去りにしていく者。

 最初こそ整然としていた行進は、次第に参列者が各々の意思を出すように好き勝手に動き始めていた。急な状況の変化に戸惑いを感じつつも、結局はただの夢。むしろ、これ幸いにと彼らの挙動を観察することにした。

 

 沢山過ぎていく影の中で印象に残ったのは背の低い女の子のシルエットとそれとお話しているような女の子のシルエット。モデル的には怒りっぽいお姉ちゃんと少し幼稚な妹であろうか。妹の方は身振り手振りを大げさに、声は聞こえないけど明らかにはしゃいでいる。姉妹で話しているときにその場で跳ねたと思いきや、おでこに手を添え遠くに何かを見つけると、急に辺りを駆け出し到着した先で息切れしながら何かに叫んでいる。そんな、彼女?にやや大きな姉の方が頭を小突いて叱っているように見えた。そんな、ほほえましいような光景がなんとなく引っかかった。

 その他にもいっぱいのご飯を食べる子や、夫のような影に寄り添い支えられている人など、影たちの中に今まで見えてこなかった感情のような物が見て取れた。そんなコミカルな無言の影たちの様子に昔授業で見た無声映画のような滑稽さを感じて少しばかり笑ってしまった。

 

 しかし、そんな影たちにもあたしは見えていないらしい。姉妹の目の前にあたしが立っていてもやり取りが二人だけの空間の中で完結しており、飛び回る妹に姉は頭を抱えてこちらには何の反応も示さない。大食いの子を覗き込んでもその動作をやめない。見える範囲の全てに話しかけてみてもやはりなんのアクションも起こさない。

 

 疎外感のような物を覚えながら、しばらく歩いているとふと背後に気配を感じた。いつかの悪寒ではない、感じたことのないその気配に振り返ると影が一人立っていた。背はあたしより頭一つ高いぐらいで、全体的に体つきがいい。一見するとスポーツ選手のようなその影は何もせずまっすぐあたしを見つめていた。体を横に移動したりしゃがんでみたりしても、やはりこちらをジッと見続けていた。

 ようやくこの世界に現れた自分を認識している存在に、安堵すると同時に困惑が込み上げてきた。今までの知識やパターンが通用しないと人間は急に不安で心を支配されるとテレビで見たことがある。どうにもあたしもその手合いだったみたいだ。

 その影の目的が一切分からないことに不気味さを覚え、少し走って引き離そうとしてもぴったりと背中についてきて、全速力で走っても肩で息をするあたしの横でケロッとしている。

 

「もう、貴方は何がしたいの?」

 

 言葉は話せないと知っているのについ疑問を投げかけた。少しばかり反応を期待したが、口を開くこともなくあたしの目をただまっすぐ見ているだけだった。

 

「まぁ、いいか」

 

 何か悪さをするわけでもないし、拒絶する理由も特になくとりあえずは放っておくことにした。やることも思いつかず、適当に再び意識の覚醒を待つ。その場の床に体育座りで自由な意思を持った影たちの流れを観察し直した。

 体感的に夢の中で目覚めてから2時間ぐらい経ったのかな。その間、ずっと眺めていたらバリエーションが豊富だった影の動きもいつの間にか幾つかのパターンに固定されていることに気が付いた。

 数は僅かながら再び整列し歩き始めているそれに夢ながら自身の想像力を嘆いた。 

 

 無性な退屈に隣に座っていた例の影の方へふと目を向けると、そこには全く別の物体が存在していた。ボーリングの玉のような頭に細い流線形の四肢の先に重たそうなグローブとブーツを身に纏った人型。体こそ灰色がかった白色だけど間違いない。幻影帝国の手先、チョイアークが確かにそこに立っていた。

 

「チョイアークが何でここに!!?」

 

 突然の出来事に心臓が激しく騒ぎ始めた。慌てて跳ね起き、プリキュアに変身しようと腰の辺りを弄るが、パジャマの心地のいい肌触りだけが指先に伝わってくる。寝るときにわざわざミラーを身に着けるはずもなかった。

 つまり、自分はここでチョイアークに対抗する手立てを持っていない。超ピンチだ。

 

 さっきまでそこまでいた影はやはりあたしを騙していたのだ。その正体が幻影帝国の尖兵、チョイアークならばずっと付き纏っていた理由も納得できる。

 きっと、あたしの警戒が薄れる隙を狙っていたんだ。少しだけ安心していた私がバカだった。

 

 そんな思考を一瞬の内に張り巡らせていると、突然目の前のチョイアークの姿が霧のようにボヤケだした。構成するパーツの境界があやふやになり単なる色の塊に変化すると、それは次々に別の姿を取っていった。頭部に巨大な牙を思わせる装飾品が施された仮面を被り漆黒のマントに身を包む道化師とか、全身継ぎ接ぎ模様の緑のクマのぬいぐるみとか。それ以外にも曖昧ながらどこか見覚えのある姿に変化していく。

 その目まぐるしい変身に却って頭が冷静になっていった。その何かの胴に向かって指をかけてみると、お互いに相手の体をすり抜け人差し指と中指が宙を撫でた。

 

 そうだ、これ夢だった

 

 これもテレビで見たことだけど、夢とは言わば記憶の世界だという。脳は人間が睡眠をとる間に大きく分けて二種類の仕事をする。脳が活発的に働き記憶の修復と取捨選択を行うレム睡眠と呼ばれるもの。そして、脳や体が休息をとるノンレム睡眠。その二つがあたし達が寝ているときに絶え間なく繰り返されているそうだ。

 しかし、そのうち八割を占めるノンレム睡眠が何らかの理由で損なわれると、浅い眠りの中で脳内のレム睡眠の作業過程が記憶に残ってしまうという現象が夢の正体だという。

 脳内の膨大な情報を大急ぎで処理するからこそ夢というのは自身が認識していない記憶すらも綯交ぜになり、目の前で起こっているようなみょうちきりんな光景が生まれるんだそうだ。この学説を特集していたときは話半分に聞いていたけど、今起こっているそれにあながち間違ってはいないと思わされる。

 

 さっきまでの黒い人影もそこにある靄の塊も、ここ最近の夜更かしがたたって見せられているのをすっかり忘れていた。

 慣れというのは恐ろしい。夢と認識していてもあまりに毎日この世界へ迷い込むものだから、いつの間にか自然と受け入れてしまっていたなんて。

 

「こんなところで遊んでいていいのか」

 

 突然目の前の霧が喋り出した。言葉を話すというか、反響しているというか。直接頭の中に話しかけてくる感じだろうか。

 散々この場所に閉じ込めているのはそっちの癖になんて言いぐさだ。憤る私を無視してそれは続けた。

 

「君も本当の夢を見るべきではないのか。周りの友達は皆とっくに見ているというのに」

 

 目の前の謎の存在に一番気にしている部分を突かれてしまった。あたしの夢ならあたしが気にしていることも熟知しているということだろうか

 返答に困り、黙ってその台詞を見送った。

 

「どうして、君は変われていない」

 

 またしても痛いところを的確に指摘してくる。遠慮ない言葉に苛立ちを覚えるよりも前に、夢の登場人物に心を見透かされたことに焦燥と困惑が満ちた。

 

「そんなこと言われたって、わたしの方が知りたいよ……」

 

 現れたそれを直視できず、俯いて足元を見つめた。

 しかし、そんなことお構いなく靄はとめどなく姿を変え、そして声を響かせた。

 

「本当に君はなにも」

 

 その言葉の後ろに続きはなかった。不自然に音が途切れたことに驚き頭をあげるとそこには何も無く、横を通り過ぎていた影達も失礼な変な靄も何もかもが暗い闇の中に溶けたように消えてしまっていた。

 呆気に取られた瞬間、視界の奥の方から世界が段々と白く染められていくのが見えた。

 

 

 部屋の外で小鳥たちが手摺に腰かけ、やかましくさえずっている。ピンクのカーテンの隙間から漏れる陽射しはめぐみの目元をまっすぐ焼き付けていた。

 

「めぐみ、あなたもう起きなくていいの?」

 

 めぐみが起床早々見たのは眼前で語り掛けてくる母の足。天井に頭で立ちながら足で会話している母の姿。否、いつの間にかベッドから上半身を投げ出していた自分を見下ろす母の顔だった。

 

「あぁ、おはようお母さん」

 

「はぁ、全然早くないわよ……」

 

 暢気なめぐみの挨拶に呆れたようにかおりは時計を指さした。めぐみが寝ぼけた体を振り回し、頭を正常な位置へと戻した。そのまま飛び込んできた置き時計は北西の方角ド真ん中でその長針を止めていた。

 

「もう、こんな時間か。ちょっと寝すぎちゃったかな」

 

「そんなこと言ってる場合?」

 

 めぐみはぼさぼさの頭を更にかき乱しながら、大きくあくびをした。そして、妙な態度の母を怪訝そうな顔で見上げた。

 

「今日はひめちゃんたちと遊ぶ日なんじゃないの」

 

 めぐみは一瞬世界が止まったように黙りこくった。それから目に見えて顔面を蒼白に染めると、寝起きとは思えない速度で立ち上がった。

 

「あぁそうだった!!!」

 

 この日は待ちに待った週末、以前の帰宅路でみんなで話したティーパーティーの日。めぐみがここ最近で一番楽しみにしていたイベント。まさにその当日であった。集合の時間は11時、このままいけば間違いなく大遅刻だ。昨晩アラームをかけていたはずだったが、どうやら気にせず寝続けてしまっていたらしい。

 

「なんで早く起こしてくれなかったの!!?」

 

 さっきまでの緩慢とした動きははどこへやら、目にも止まらぬ速さでクローゼットの中をまさぐるめぐみ。冷静さを欠き、めずらしくかおりのことを責めていた。

 

「何度も声をかけたわよ。それでも今の今まで起きなかったんじゃない」

 

 クローゼットの中から物を放り出すだけで一向に目的を果たせないめぐみに、かおりは腰に両腕をあて、大きく息を吐いた。

 

「まずは顔を洗ってきなさい。着替えはお母さんが出しておくから」

 

「お母さん、ありがとう!」

 

 めぐみはその誘いを承諾し、鬼気迫る勢いで洗面台のある風呂場の手洗い場へ急いだ。その後ろ姿を見送ると、かおりは独り言ちた。

 

「まったく、こんな日に寝坊なんて。随分大きくなったと思っていたけど、まだ子供なのね」

 

 昔からあまり手間のかからなかったしっかり者のめぐみに残っていた幼い一面を見て、かおりはどこか安心したような顔を浮かべる。

 その背後に迫っている影のことにも気づかずに

 

 両手を密着させて作った受け皿に水を貯え、顔へと浴びせ掛ける。肌表面の神経に加わった清涼とした刺激に脳がようやく目を覚ますのを感じる。そして、更に二回顔に冷水を食らい完全に意識を起こすと洗面台に寝かせている顔拭きタオルで飛び散った水滴を取り除いた。張り付いている大きな鏡で自身の顔を確認すると、水で寝ぐせを簡単に抑えるとドライヤーで乾かした。

 短時間で軽く身だしなみを整え、自室へ早足に戻った。

 

「お母さん、着替えは!?……お母さん?」

 

 部屋に飛び込むと母の姿が無かった。着替えは手渡してくれるものだと思っていためぐみは考えの相違を若干残念に思いながら、時間も無いためさっさと勉強机に置かれた衣服に着替えた。

 上半身を桃色の無地のTシャツの上から羽織った黄紫ピンクのトリコロールのダウンベストで飾り、腰に履いた紺とマゼンタの二層のミニスカートの下から伸びたハリのある健康的なラインを黒のオーバーソックスがしなやかに演出している。

 ピンクを基調とし寒色と暖色がミックスされためぐみの着こなしは、かつて出会った頃にめぐみのズレたファッションセンスを見かね、ひめが選んでくれたコーディネートである。

 外に用事とあらば専らこの恰好を選ぶめぐみの趣向をかおりはよく理解していたようだ。

 

「リビングにいるのかな?もうこんな時間、すぐ向かわないと間に合わないや!」

 

 時間的には早足で行けばギリギリ間に合いそうな具合だろうか。横目に時刻を確認し、迫りくるリミットを計算する。

 

「お母さーん、行ってくるねー!」

 

 探す暇もなく姿の見えない母へ一声をかけると、めぐみは下駄箱のシューズを履き大急ぎで走り出した。

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