ハピネスチャージプリキュア!の小説   作:モリ―・ジョニー

9 / 25
8.休息

 キッチンから応接室へ続く薄暗い長い渡り廊下を歩いている二人。男は両手に抱えたお盆に数枚の大皿を重ね女子の少し前を歩いている。長身の男と中学生女子、体格差からくる二人の歩幅の違いもあるが、青年はどこか早く戻ろうとしているようにも見えた。

 

「ねぇ、ファンファン。なんでそんなに焦ってるの?あまり急ぎ過ぎると危ないよ」

 

 めぐみは渋るファントムから強引に譲り受けた小皿とカトラリーを手に持ちながら、後方から距離を縮めるように少々速度を上げようとするが、先ほどまで走っていた代償にその歩みはあまりにも鈍い。

 

「焦ってなんかいない。室内だから外にいるより速度の違いが目立つだけだ」 

 

 ファントムは後方でのろのろと歩くめぐみをわき目にする。

 

「わたしは、ちょっと焦ってるかも」

 

 廊下道中の大きな窓から外に目をやりながら、めぐみがついぼやいた。

 

「何故だ、遅れてきたことならもう誰も気にしていないと思うが?」

 

「あぁ、いやっ。それは分かってるんだけどさ、まぁ、ちょっとね」

 

 めぐみは勝手に漏れ出た言葉への問いを曖昧に返した。自分から言い出したことを誤魔化すのは悪いと思いつつも、申し訳なさを一旦は呑み込んだ。

 

「そういうことはオレよりもゆうこ達に相談した方がいい。オレは人の悩みに答えてやれるほど出来た人間じゃない」

 

 ファントムが突然足を止める。差し込んだ光によってファントムの顔の影がより濃くなった。そばに居ながらミラージュの苦しみに気づいてあげられなかった自身への戒めか或いは。物憂げな表情に彼の闇が現れたような感覚を覚える。

 自身の暗いムードを移してしまった。ハッとしためぐみは明るい声色を作ってファントムの前に飛び出した。

 

「そんなことないよ!今だってわたしを気遣って重い方を優先して持ってくれてるでしょ?それに歩く速さだってわざわざわたしに合わせてくれてる。ファンファンはちゃんと相手を思いやれる優しい人だよ!」

 

 ファントムも口では言いつつも、実際に足の開きを抑えめぐみに並ぶようにペースを緩めていた。とげとげしい言葉遣いからぶっきらぼうなように見えるが、素直になれない質なだけなのだ。

 

「フッ、お前には敵わないな、めぐみ」

 

 ファントムは真剣に恥ずかしい言葉を吐くめぐみへ呆れたように唇角を吊り上げた。仏頂面の男に見えた意外な反応を受けて、めぐみはポカンとファントムの顔を見上げた。ファントムもまためぐみを見下ろし、お互いに言葉なく数秒ほどが流れた。

 

「どうした?」

 

「いや、ファンファンがその姿で笑うところ初めて見た気がして」

 

「オレだって笑う時ぐらいはある」

 

「そりゃあ、そうか」

 

 めぐみも軽く笑った。それからどちらが言わずとも、二人は自然と応接室へと歩き始めた。

 

 

「いやー、お待たせしました。わたしが寝坊しちゃったせいで」

 

 それぞれが配られた皿に好きに料理を装う中、ソファの入り口側の席に着いためぐみは全員、特に隣でむくれているひめに向かって苦笑いを浮かべた。

 

「もういいから、めぐみも食べようよ。美味しいからさ」

 

 料理で頬を膨らませながらひめが言った。

 

「そうだね……。そうだなぁ、やっぱり唐揚げからにしようかな」

 

「それでよろしい」

 

 めぐみは取り分けるためのトングをしばし迷わせた後に皿にからあげを二つ盛りつけた。その横でさらに重箱から取ったおかずを皿の上で山にするひめ。感じていた気まずさが完全に消え去ったことを確認すると、誠司は嬉しそうに顔を綻ばせた。

 

「このおにぎり、お米がふっくらしてるわね」

 

 アルミホイルに包まれたおにぎりを一口食べると、いおなが目を丸くしてゆうこの方に顔を向けた。

 

「そうでしょ、最近炊飯器を新しくしたからお米がもっと美味しくなったの!」

 

「このおにぎりも確かに美味いが、いおなのサンドイッチも負けてないぜ」

 

「本当ですわ、パンがふわふわしててレタスも瑞々しくて」

 

 リボンがサンドイッチを両手に抱えて一齧りすると、それに合わせて野菜たちが小気味のいい音をあげた。

 

「今日の為に思い切って材料をちょっと高いものにしてみたのよ」

 

「あのドケチないおなが高級品を買うだなんてありえない!」

 

「な、なによ。たまにはいいじゃない!私が高いものを買っても!」

 

「まぁまぁ、いおなちゃん。落ち着いて」

 

 ひめがリアクションに対してムキになったいおなをゆうこが両手でどうどうと両手を差し出して宥めた。

 それもそのはず、いおなはチラシに付属する割引券は必ず使用し、常にセール品にアンテナを張らせるほどのドの付く倹約家なのだ。資金面の問題ではなく、お得になることが好きな彼女の気性に寄るものではあるのだが。

 

「サンドイッチも唐揚げも皆美味しくて、幾らでも食べられちゃうよ!」

 

 ひめが左手にサンドイッチを携えながら、右手の箸で唐揚げを頬張った。

 

「特にこのエビフライなんてエビのやわらかな食感をサクサクの衣が引き立てていて、もう最高」

 

 そういって尻尾まで丸ごと食べると、一尾、また一尾と目の前の揚げ物を味わう。まさに夢中といったその食べっぷりに嬉々としていたゆうこは、横でファンファンがひめをジッと見ていることに気が付いた。

 

 それから談笑を挟みつつ、食事は進んで行く。めぐみがタッパーの隅の唐揚げを一つ取ったのを最後にテーブルの上の容器には衣の一欠片すら残っていなかった。

 

「ふー、食べた食べた。もうお腹パンパンで何も入らないよ」

 

 ソファにもたれかかりながら、ひめは膨らんだ自身の腹に沿うように手の平で優しく撫でた。

 

「人一倍食べてましたものね。もうそれはガツガツと」

 

 リボンが冷や汗混じりに苦笑した。先ほどまでひめが常に口に物を詰め込んでいたのを彼女は見逃していなかった。

 

「まぁ、無理も無いよね。わたしも夢中で食べちゃったよ」

 

 めぐみも背もたれに付いてその声を緩慢としている。

 彼女達だけじゃない。食後のゆったりとしたムードが部屋中の全ての人間に憑りついていた。

 

「一頻り食べ終わったわけだし、カードゲームでもして遊ぼっか?」

 

「そうねー、いいんじゃないかしら」 

 

 語尾の音を伸ばしていおなが返す。この雰囲気には幾ら彼女と言えど抗えないようだ。

 

「そうですわ、ひめ」

 

 リボンが何かを思い出したようにだらけるひめへ耳打ちする。しばらくゴニョゴニョと話をしたあと、ひめが急に勢いよく体を起こした。

 

「そうだった!いいことを思いついちゃったよ、ちょっと待ってて!!」

 

 叫ぶと共に元気を取り戻すと、あっという間に応接室内の階段から二階へ駆け上がって行く。

 そして、1分もしないうちに脇に何かを携えてドタドタと弾むように戻ってきた。 

 

「ずっとこれを見せたいと思ってたのに機会がなかったんだよね」

  

 ひめは見せびらかすようにそれを掲げると、全員から見える位置へ置いた。

 

「これって……アルバム?」

 

 空のような青い表紙を金色の花のプリントが煌びやかに装飾している。厚めのカバーの中に挟まれている透明なページと綴られたPrincess memoryの文字からこの物体の正体がアルバムであろうとめぐみは判断した。

 

「随分分厚いな。これ何枚あるんだ?」

 

 辞書ほどに膨れ上がったそのアルバムの横幅に驚く誠司。ひめは指折り数え、しばらく考えた。

 

「えーと、千枚ぐらい?」

 

「せ、千!?」

 

 リボン以外の全員が口をそろえて驚愕の言葉を吐いた。それを聞いた途端に目の前に佇むアルバムから威圧感を覚える。

 

「実は、今までのぴかりヶ丘での思い出をアルバムに纏めてみたんだよね。厳選はしたんだけど収まりきらなくて……。そしたら結局こんなサイズになっちゃった」

 

 ひめがはにかんで見せた。

 そして、早速アルバムのページの一枚目を捲ると、最初に現れたのはひめとめぐみのツーショット写真だった。

 

「この写真懐かしいなぁ。ハピネスチャージ結成記念に撮ったやつだよね」

 

 大使館を背景に笑顔で笑っているめぐみとその横で余所余所しくしているひめの写真は今の二人の関係性から少し遡った時期の物だ。

 

「これはひめが初めて学校に行ったときの、こっちは友達100日記念の写真だね」

 

 その他にもひめが校門の前で笑みを浮かべた写真と、奇妙なデコレーションが施されたケーキの前で自分とひめが笑っている写真を見つけると、めぐみはアルバムに収められた思い出の数々を懐かしんだ。

 隅々まで食い入るように眺めるその目は写真越しに別の何かを見ているようだった。 

 

「こっちにはゆうこもいるよ」

 

 ひめがページを進ませると六枚組の写真の内の幾つかを指さした。その写真の中で作業着を身に着けたゆうこやひめたちが縁側に腰かけている。黄金の夕焼けに照らされた彼女達と古式な日本家屋の組み合わせのノスタルジックな雰囲気が印象的だ。

 

「大森のおじいさんとおばあさんの畑の田植えを手伝いに行ったことなんかもあったな。それにしても、この写真いつの間に撮ってたんだ?」

 

「おじいちゃんがこっそりね。後からひめちゃんが欲しいって言ってたからあげたの」

 

 他の皆が思い出話に花咲かせている中、いおなは寂しそうな顔を浮かべてそのやり取りを見ていた。その反応を察知するとひめはにんまりとにやつきながらアルバムを捲った。

 

「そんなに心配しなくてもちゃんといおなの写真もあるよ」

 

 ひめは目当てのものを見つけるといおなの方へ向けてアルバムを差し出した。

 

 覗き込む先には今と同じようにテーブルを囲んだ四人の写真が納められていた。各々が好きにケーキやクッキーを食べながらカメラの方へピースを向けている。その写真の中で現在と様子が違うのは、ぐらさんの横でいおなが少々遠慮気味な顔を浮かべていることだ。

 

「いおなちゃんの歓迎パーティーの写真ね」

 

「そうね、本当に懐かしいわ」

 

 いおなが表情を明るくさせると、ぐらさんが嬉しそうにいおなの肩を肘で軽く打つ。

 

「今となってはいおなのこともよく知れた良い思い出だねぇ」

 

 ひめが両腕を組み、深々とうなずいた。そして、いおなの方へ続けて言った。

 

「案外、喧嘩して本音をぶつけ合った方が仲良くなれるのかもしれないなぁ」

 

「ふふ、そうかもしれないわね」

 

 いおなも穏やかに同意を示した。

 

 分厚かったアルバムも折り返し地点になり、沢山の写真にそれぞれが記憶を掘り返していると、どこからともなく腹の音が和気あいあいとした雰囲気の中に流れた。

 

 その音を聞き、ゆうこは小さいバスケットをテーブルの上へ置いた。

 

「もうすぐ三時になるし、おやつにしましょう」

 

 言葉と共にゆっくりと魅惑の箱が開かれる。先端がパタリとテーブルとぶつかる瞬間、甘い香りが部屋中に弾けた。

 全員の注目を浴びる中、それが卓上に姿を現した。

 ラウンド状の生地に掛けられた格子の奥でゴロっとしたリンゴたちが眠っており、こんがりと焼き目の付いた身体がキラリと宝石のように煌めいた。

 馳走を目の当たりにした一同から反射的に感嘆の声が漏れる。

 

「おぉ、アップルパイだぁ!!」

 

 ひめが前のめりになって瞳を輝かせる。待ちきれないという様子にファントムが手早く小皿とフォークを手渡すと、人数分に切っておいたパイを配分していった。

 眼前のパイから漂うバターとシナモンの匂いにまたしても腹が鳴り響く。しかし、今度は複数人から上げられていた。心当たりのある面々は苦笑を浮かべた顔を見合わせる。

 

「皆、甘い物には目がないみたいね」

 

 その内の一人であったいおなが恥ずかし気に言った。昼食の時間からしばらくして、そろそろ小腹が空いてきた頃合いだ。そんな状態でこの香りを嗅いでしまえば体が反応するのも仕方のないことだろう。

 

 時間もそこそこに、先ほどからパイの入ったバスケットを意識していたひめのお腹がもう一度鳴いたことを合図に全員が目の前のスイーツを食べ始めた。

 

「あんまーい!」

 

 いの一番に齧りついたひめはとろけそうになる頬を支えながら、口に広がる甘味に浸る。そして、そのままフォークを止めずに食べ続けた。

 

「もう少し味わって食べないと勿体ないわよ」

 

 一口を大きくし贅沢に堪能するひめとは対照的に、小さい一切れずつを大事に咀嚼するいおな。二人のスタイルの違いの中で共通してることは口の中からパイが消えるとすぐさまもう一つを頬張っていることだ。

 

「甘いシロップの後に程よくリンゴの酸味が効いて全然くどくない。こりゃ、本当にイケるぜ」

 

「ぐらさんの言う通りですわ。お城のパティシエが作っていた物とも遜色ない程です」

 

 リボンとぐらさんの二人が妖精用のミニサイズのパイを恵方巻の要領で食している。サクサク食感のパイ生地と爽やかな味わいのアップルフィリングのコンビネーションは人間だけでなく妖精の舌までも魅了していた。

 

「美味しいね」

 

「あぁ、流石は大森だな」

 

 めぐみと誠司がゆうこの方に視線を送った。しかし、彼女はその視線をまた違う方向へ送り直した。

 

「実はね、そのアップルパイはファンファンが作ったのよ」

 

 膨らんだほっぺを揺らしている一同へ、ゆうこはウィンクしながら告げる。

 すると、その言葉で驚愕の眼差しがファンファンへと集まった。

 

「これ、ファンファンが作ったんだ!すごごごいよー!」

 

「皆のお口にあって良かったね、ファンファン」

 

「あ、あぁ」

 

 ファンファンは多数の視線にさらされて恥じらいながらも、素直に受け止めた。

 

「ファンファンも中々やるなぁ。大森と毎日料理の腕を磨いてるだけあるぜ」

 

 誠司もまた感服したようにアップルパイで舌鼓をうった。

 

「こんな美味しい物を毎日食べられるなんて、ゆうゆうが羨ましいなぁ」

 

「そうだなぁ、一緒に暮らせば毎日美味しいご飯食べ放題だよぉ」

 

「本当に!?」

 

「めぐみだけズルいよ!ワタシもワタシも!」

 

「仕方ないなぁ、じゃあ皆でウチに来る?」

 

「いやいや、それは無理があるでしょ……」

 

 めぐみとひめとゆうこ、三人のボケをいおなが冷静に左手で掃うように突っ込んだ。

 

「このアップルパイこんなに美味しいんだし、おおもりご飯で出せるんじゃない?」

 

 皿に残った最後の一片を食べ終えるとひめが言った。

 

「客に出せるほどの物じゃない。オレはまだまだ未熟だからな」

 

 言葉を向けられたファンファンがひめの提案を軽く一蹴する。謙遜するその態度にひめは疑問の表情を浮かべた。

 

「そうかなぁ?これだけの物を作るなんて相当努力していないとできないと思うけどな」

 

「それでもだ」

 

 少しは料理を嗜んでいる身としてファンファンの普段からの研鑽の程を窺い知るひめだったが、尚もファンファンは否定の姿勢を崩さなかった。

 

「ファンファンったら、いつもこうなの。お父さん達から厨房で働くように勧められてもまだ早いって雑用ばっかりしてるのよ」

 

 頑固とするその態度にわずかに不服そうにしたひめを宥めるようにゆうこが話題を続ける。

 

「料理の腕も随分上達してるし、わたし達ももう良い頃合いだと思ってるんだけどね。まだ、恥ずかしいみたいなの」

 

「そ、そういうことじゃない!幸せご飯に程遠い物は出せないと思ってるだけだ!」

 

「こんなに熱心な奴がいるなら、おおもりご飯も安泰だな」

 

 ファンファンが慌てて否定する。その反応にぐらさんが悪戯な笑みと共にファンファンの肩を肘で突いた。

 

「ほら見て、去年の二号店オープンの記念写真!」

 

 フォークを片手にアルバムのページをパラパラと捲っていたひめが、その中の一枚を指さした。

 白米の盛られた茶碗が飾る看板が立てられた黄色い外観のお店。隣町に出来たおおもりご飯の二号店の前で撮られたその写真には、笑顔のゆうこやその家族、そして二号店のスタッフ達が写っていた。その端にはファントムがエプロン姿でカメラを睨みつけている姿も納められていた。

 

「こういう時ぐらい笑ったらいいのに」

 

 周りの和やかな雰囲気からはおおよそ場違いなファントムの姿をいおなが何気なく指摘する。

 

「案外、ファンファンって緊張しいなんだね」

 

「そうでしょ、そういうところも可愛いの。あとはね」 

 

「も、もうオレの話はよしてくれ!」

 

 ここでファンファンがひめとゆうこの視線の交わる先に割って入った。全身のつま先まで赤くしそうなほどの熱が顔に籠っている。今日だけで一斉に浴びせられる自身の話題に彼の羞恥心が限界を迎えたようだ。

 

「それにしても、この時はおおもりご飯が二号店と聞いて驚きましたわ。ぴかりが丘の名物として隣町まで手を伸ばすなんて思ってもいませんでしたもの」

 

「そう、それ!ワタシもまさかと思ってさぁ」

 

「おおもりご飯の味が再現されていてとても美味しいって、評判も中々良いみたいよ」

 

 話を移し、今度はゆうこに注目が集まる。去年、突然二号店を出すと言われたときもひめは大層驚いていたのだが未だに興味は尽きないようだ。

 

「夢の為にももっと頑張らないとね、ゆうゆう!」

 

「そうだねぇ、今は三号、四号と増やしていくのが目標かな」

 

「ゆうこの夢……?」

 

 二人の間で交わされた会話について疑問を投げかけるひめ。その回答はゆうこが手を付けていた紅茶を飲み終えてから告げられた。

 

「なにを隠そう、わたしの夢はおおもりご飯を世界に広めることなのです!ひいては世界中に美味しいご飯を食べてもらうことなのです!」

 

 ゆうこは両手を握り胸の前で小さく突き出した。ゆうこにしては珍しい力強い声はそれに対する真摯な気持ちをありありと伝えている。

 

「随分大きい夢ね……」

 

 ゆうこの宣言にいおなが感心の言葉を漏らす。彼女以外にもこの場の誰もが夢の実現を疑ってはいなかった。

 

「そういういおなちゃんはどう?夢とかってあるの?」

 

「私?そうね、夢って程じゃないんだけど、やりたいことはあるかしら」

 

 ゆうこに問われ少しばかり間を開けると、いおなは改めてその姿勢を正した。

 

「私はもっと広い世界のことを知りたいの」

 

「広い世界?」

 

「えぇ、私はプリキュアの活動を通して色々な事情を抱えた人たちがいることを知って、自身の視野の狭さを思い知らされたわ。だから、世界を巡ってより沢山のことを学びたいと思うの」

 

 ひめの事情を考えずに一方的に攻撃していたことを強く悔いたいおなは、その時の思いを夢の動機に変えたようだ。

 

「あとは、両親の活動の手助けもしたいかな」

 

 彼女の両親は現在は氷川流空手の精神を世界へ広めるためにアメリカで活動しているのだ。

 

「いおなちゃんもゆうゆうに負けず大きい夢だなぁ」

 

「いおなちゃんがぴかりが丘外の高校に進学を決めたのはそのためだったのね」

 

「えぇ、私もお姉ちゃんのように留学するためには支援の手厚い高校がいいと思ってね」

 

「氷川もちゃんと考えてるんだな」

 

 自身の将来設計を語るいおなの真剣な雰囲気を目の当たりにしながらひめはわずかに口元を二ヤツかせていた。誠司がその様子に何か気が付いたような顔をしたが、止める間もなくひめが体を乗り出す。

 そして、全員に聞こえるようにあからさまに大きな声で言った。

 

「実は、海藤くんも同じ高校なんだよね~」

 

 そのセリフを耳にして、あからさまな態度の変化が見られたのはめぐみ。いおなが何かを言い返そうと口を開こうとしたその刹那にひめ同様にガタンと椅子から乗り出した。

 

「いおなちゃん、それ本当!?」

 

 花瓶を越えて斜め前へ体を伸ばすめぐみ。二人からの猛追を受けながら、ゆうこも興味ありげにこちらに体を向けた。この光景には直近で覚えがある。数日前に受けた辱めを脳裏に浮かばせながら、いおなは戸惑いを顔に出した。

 

「そ、それは本当だけど。そうじゃないの!」

 

「高校までいおなと合わせるなんて、海藤君も熱烈ですなぁ」

 

「だから、違うんだって!海藤君は強豪のバスケ部に入りたいからなの!!」

 

「本当かしら?隠してるだけだったりして」

 

 必死に否定するいおなと、それを揶揄う三人を見守っているリボンとぐらさん。苦笑いを浮かべる誠司のそれとは別にファンファンはどこか居心地の悪そうな様子を見せていた。

 

「恋愛も結構だが、おヒメちゃんこそ夢ってのはあるのかい?」

 

「ワタシかぁ……えーと、そうだなぁ」

 

 ぐらさんに質され話を中断すると、ひめは顎に手を添え天井を仰ぎ見た。危機を脱したいおなは深く息を吐き、アイコンタクトによって感謝と代えた。

 

「ワタシはブルースカイ王国を世界一おしゃれな国にするのが夢……かな?」

 

 傾げた首を真っすぐにし、冗談交じりに言った。その思ってもいない字面に全員がひめの続ける言葉の先を待っている。

 

「いやさ、ブルースカイ王国って小さい国でしょ?景色はきれいだけど、都会みたいになんでもあるってわけでもないし」

 

 その説明に合わせて頭の中で色とりどりの花が咲き、緑にあふれる自然によって育まれてきたブルースカイ王国の情景が思い浮かんでくる。しかし、アルバムに開かれたブルースカイ王国の人々の写真には19世紀西洋文化を思わせる古風なファッションをしていた。城を初め、白い外壁に青い屋根を基本とした建物はいずれもレンガ造りと、西洋の片田舎と称するに差し支えはない。

 

「小さい頃は退屈な国だと思ったこともあったけど。幻影帝国に乗っ取られて、ブルースカイ王国からしばらく離れてさ……分かったんだ。ワタシ、この国が好きだなぁ、って」

 

 如何にもおとぎ話に出てくるようなその国は近代の面影を持たず、古き良きを地で行くブルースカイ王国のノスタルジックな雰囲気が脳に強烈な印象を残している。それは、幼い頃からそこで暮らしてきたひめ。そして彼女を支えてきたリボンだけではなく、例外なくこの場の全員に郷愁の念を抱かせるようだった。

 少し前まで思い出となってしまっていた故郷を追慕するその言葉に、それぞれが様々な思いを巡らせていた。

 

「だからね、ワタシが王妃になったら少しでもブルースカイ王国に何かを残してあげたいな、と思ってさ……」

 

 突拍子もない展望にわずかに言葉尻のトーンを下げ、恥ずかしそうに周囲の様子を伺う。上目遣いのひめに写ったのは号泣するリボンの姿だった。

 

「な、なんでリボンが泣いてるのよ!?」

 

「まさか、ひめが王国のことをそこまで想っていたなんて、ワタクシ……ワタクシ……」

 

 リボンのつぶらな瞳から流れ落ちる滝のような涙にまごついたひめ。そんな二人を傍から見守っていたいおなも下瞼をわずかに滲ませていた。

 感激といった様子のリボンの喜びとは反対に、顔の影をより強く染めたファンファンの横顔をゆうこは不思議に見ていた。

 

「ファンファン、どうしたの?」

 

 投げかけられた言葉にファンファンが返すことはなかった。その様子を見たいおなは何かを察したのか、ファンファンからめぐみの方へ視線を移した。

 

「そういえば、めぐみの将来の夢はまだ聞いてなかったわね」

 

「……わたし!?」

 

 思ってもみなかった急な方向転換にめぐみが驚いて自身の顔を指で指し、対象を再確認する。順番を考えれば予想できそうなものではあるが、生憎、今のめぐみにはその発想はなかった。いおなが首を縦に振ると、とたんに元気をなくしたように頭を俯かせた。

 

「わたしの夢……わたしの夢は……」

 

 誰に聞かせるでもなくその言葉をつぶやく。

 無いものをあるという見栄を張る必要はないが、目の前で先ほどまで将来を熱く語っていた友達を前にそれをひけらかすのはどこか気が引けた。事情を知らないいおなが聞いてきたというのなら猶更だ。悪意のない純粋な問いかけがむしろ一番苦しい。

 数分かけた後、観念したようにめぐみが顔を上げる。そして、何かを話そうと口を開いた。

 

 幸か不幸か、いつだって事件とはタイミングを選んではくれないものだ。

 

 瞬間、めぐみの背筋を不気味な何かがなぞった。体中を虫が這っているようなモゾモゾとした不快感に全身の毛が逆立つ。

 憶えのある感覚に周囲を見れば、リボンとぐらさん、ファンファンの三人が真っ白な肌の上でもはっきりと分かるほどに顔を白く染めていた。

 その反応に戸惑うひめ達を置いて、三人は声を震わせた。

 

「まさか……いや、ありえませんわ!」

 

「だが、この気配は間違いねぇ……」

 

「サイアーク!!」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。