三つ子がアイの子供として転生してから、あっという間に三年の月日が流れた。前回のアクアとクリスが出演した映画はそこそこ評価された…しかし…
「クリスがちょっと話題になっちゃったな…」
「蛇を手掴みしたのがクリスのアドリブだってバレちゃったもんね〜」
蛇手掴み事件が話題を呼び、クリスはちょっとした有名人になっていた。
「蛇を掴んだくらいで大袈裟では?」
「現代の赤ん坊は蛇を手掴みしないんだよ、クリス」
「なんと…兄上、クリスはまた一つ学びを得ました」
「良かったな」
そうして三つ子がそこから世間に晒される事は無く、アイが20歳に近づいてきた頃…
「ん〜!可愛い、今日も可愛いよ!」
「まぁトータルではママの方が可愛いけどね」
「何の対抗意識…?」
「兄上、幼稚園とはどのような場所なのですか?」
「ただ同年代の子供達と一緒に過ごすだけだよ」
「なるほど」
三つ子は幼稚園に入った。他の園児達が遊んでいるのを眺めていてふと気になった事があったアクアはルビーに訊く。
「そういえばお前、生まれ変わる前は何してたんだ?ていうかホントは何歳?」
「えっ〜と…あっ」
(私が歳下だった場合…)
『んだよやっぱガキだったか。これからは俺の言うことちゃんと聞けよ年下』
「わ…私大人の女性なんだけど!?女性の年齢尋ねるとかデリカシーのないガキね!」
変な想像を膨らませたルビーはアクアに対してそう咄嗟に答えた。
「ていうか前世とかどうでもいいし!余計な詮索しないで!」
「…ま、それもそうか…」
(クリスは訊いたら答えてくれるだろうけど…やめておこう。今のアイツの為にも前世の事を掘り出すのは)
アクアが視線をクリスに飛ばすと地面を進む蟻の行列を観察していた。それを見てアクアは手に持つ本に視線を戻した。
「え、園児が京極夏彦のサイコロ本よんでる…」
読んでいる本が園児が読むようなものではなく、アクアは先生達を困惑させていた。
「兄上、姉上の様子は?」
「よほどダンスをしたくないらしい。何であそこまで嫌がるのかは分からないけど…」
「そうですか…」
幼稚園で過ごすある日の事、親に披露するダンスの練習をルビーは嫌がっていた。
「………」
「…クリス、ルビーの事が心配か?」
「……はい…」
「はぁ…お前は本当に家族想いだな」
アクアはクリスの頭を撫でながらそう言う。
「…兄上は、よく私の頭を撫でますね」
「あ、悪いな、つい…」
「いえ…嬉しいですよ、私は」
「そうか……それにしても、綺麗な黒髪だよな。俺とルビーは金髪だけど、クリスだけはアイ譲りだな」
「はい、私も…この髪は気に入っています。伸ばそうかと思ってて」
「そうなのか?」
「はい…切るのが、勿体ないから…」
「まぁ、そうだな…」
クリスはアクアに撫でられるのを少し嬉しそうにしながら、アクアの瞳を見つめる。
「兄上、私、再び生を授かってから不思議な事ばかりで、分からない事も沢山ありますが…」
「うん」
「幸せなのです。母上がいて、兄上と姉上が居て…だから…私は怖いのです…」
「怖い?」
クリスは少し不安そうな表情をして、アクアの手から頭を離す。
「私は…私の前世を大切に思っています…ですが、その前世の事を思うほど…兄上達と私が、離れていくような気がして…」
「クリス…」
(そうだよな…クリスは実質、異世界転生に遭ったような状態だ。俺達より不安な部分は多いだろうな…)
「大丈夫だ、クリス」
アクアは優しく微笑むと、クリスの手をギュッと握る。
「クリスがどんな生き方したって、クリスは俺達の家族だ。ずっと一緒にいるよ」
「兄上…」
クリスはアクアを少し驚いた表情で見つめると、クスッと笑って。
「やはり、不思議です」
そう、呟いた。
「姉上」
「あ、クリス!どうしたの?」
「いえ、姉上が最近楽しそうに踊っているので、何かあったのかと」
数日後、アレほどダンスを嫌がっていたルビーは一転して楽しそうにダンスの練習をしていた。
「あ〜…別に特別な事は無いよ?」
「そうなのですか?」
「うん、ただママみたいになりたいって思っただけだもん」
「なるほど…取り敢えず、元気になったようで何よりです」
「うん!」
アイによく似た笑顔を見せるルビー。クリスはそんなルビーは見ていると胸が暖かくなるような感覚を覚えた。
「…それにしても、兄上もそうですが…姉上は本当に母上の事がお好きなのですね」
「そりゃもう!ママは私の人生の殆どを占めてるからね!」
「姉上も、将来は母上と同じアイドルに?」
「うん、私、絶対ママみたいになるんだ!」
「母上の、ように……ええ、きっと姉上ならなれますよ」
「ありがとクリス!……そういえば、クリスは前世で好きなものとかなかったの?」
「私?」
「うん。私にとってのママみたいにさ!」
「私の…好きな、もの…」
クリスは前世の記憶を思い浮かべる。
「私は…」
自身に武器を向ける無数の人間
焼き払われた村
逃げ惑う人々
真っ赤になった自分の手
死に際に自身を怨む人
様々な記憶がクリスの頭に浮かぶ。そしてその殆どは血と炎に包まれていた。
「……やはり、家族でしょうか」
「あ〜、クリスって私やお兄ちゃんの事凄く気にかけてるもんね〜…ママの事も大好きだし…」
「はい…私にとって…家族こそが人生でした」
クリスは微笑みながらそう言った。
「あれ、クリスどうしたの?」
「母上」
その日の夜。なんだか眠れなくなったクリスは窓から夜空を眺めていると、アイがやって来た。
「眠れないの?」
「はい…母上は?」
「私はお手洗い。もう済ませて来たよ」
アイはクリスの隣に立って同じように夜空を眺める。
「…クリスってさ、不思議な子だね」
「?」
「いつも落ち着いてて、どんな事にも動じない。凄く優しくて人の為に頑張れる。何をされても怒らないし、我が儘も言わない…まるで…
「────」
クリスはアイのその言葉を聞いて思考が一瞬停止した。
「ねえクリス…お母さんはクリスがとっても優しい子で嬉しい……けどね?優しすぎるのはダメだよ?嫌なら嫌って、はっきり言わないと…クリスはいつか苦しくなるかもしれない」
「母上…」
「だから約束して、
「………」
アイのその言葉を聞いた瞬間、クリスの脳裏にある光景とある言葉が過ぎる。
『災い』
「……分かり、ました」
「うん、じゃあ指切りしよ!」
二人は指切りをすると、アイはクリスを抱えて寝室へ入った
クリスにはある悩みがあった。それは自分が家族とあまり似ていない事。姿ではなく、精神の構造が今の時代の人間と、自分が生きた時代で圧倒的に違い、それゆえに自分がホントに家族になれるのか分からなかった。
(けれど、家族は私を愛してくれる)
何故だろうと思った。クリスは鏡に映る自分を見つめた。アイには吸い寄せられる、星の様な天性の瞳があった。アクアやルビーにもそれは受け継がれている。しかし自分はどうだろう?
(まるで…泥の様な瞳…)
天に輝く星の様な瞳ではなく、まるで光すらも沈めて飲み込んでしまいそうな泥の様な瞳…クリスはこの瞳を見て、自分は家族になれないと思っていた…
(けれど…私を家族だと言ってくれた…愛を…くれた…)
クリスは嬉しかった、家族になれた事が───
「っ!?」
クリスは気付けば何処かの屋敷の中に居た。辺りを見渡すと、ここは見覚えのある場所だった。自分の目の前には白い髪を靡かせる男が居た。
──
「……本当に…そうでしょうか?」
──疑うのか?災いであった事を。
「私には…自分が間違っていたのか、間違ってないのか…分かりません…」
──間違いなど無かった。そうでなければ…──はどうなる?
クリスは背後に人の気配を感じ、バッと振り返ると、そこには男が一人立っていて…
「──■■っ!!」
クリスは、咄嗟に何かを叫んだ。
──忘れるな、我らは、災いだ。
「っ!!」
その瞬間、クリスはベッドからバッと起き上がる。そして、先程までの全てが夢であったと気づいた。
「………私は…」
クリスは起き上がる。寝室には誰もいない。
ピンポーン
家のインターホンが鳴り響き、その音で意識が完全に覚醒し、そして思い出す。そういえば今日はアイが
「大事な日、でしたね」
クリスが取り敢えずリビングに出ると、玄関に向かっているアイの後ろ姿が見えて…
「────」
「お、おはよクリスって、おい、どうした?」
背にかかるアクアの声も無視して咄嗟に、駆け出した。
「はーい」
アイは呼び鈴の音を聞いて少し早いが社長が迎えに来たのかと玄関を開ける。するとそこに立っていたのは社長ではなく…
「ドーム公演おめでとう」
見知らぬ、フードを被った男だった。男は花束を差し出しており、しかしその陰にキラリと銀色の光が見えて…
「母上っ!!」
クリスがアイを呼んだ瞬間、花束の陰からナイフが飛び出し…
グサリ
アイは腹部に痛みを感じる。ナイフが目に入ったと同時に過った走馬灯の様なものから自分を現実に連れ戻したその痛み。しかし…
「っ……!」
「な、こ、このガキ…!?」
確かにアイは腹部を刺された。しかし、アイとナイフの間には
「く、りす…?」
「兄上ッ!!来てください!!」
クリスはアクアを大声で呼ぶと同時―脚を勢いよく振り上げ―男の股間を蹴り上げた。
「ぐふっ!?」
男は予想外の反撃からの痛みで思わずナイフを手放してしまう。
「はぁ…!はぁ…!」
「どうしたクリス、って、アイ!?」
「兄上、母上を頼みます……ぐっ…!」
クリスは左手に刺さっているナイフを右手で握り、ゆっくりと引き抜く。男は痛みが引いてきたのか既に持ち直していた。
「このガキ、邪魔しやがって…!アイの前に先ずお前を…!」
ザクッ!
「…は?」
男は怒りの表情でクリスを見た、しかし次の瞬間、いつの間にかクリスは男の足元に居り男の左脚をナイフで刺していた。
「あ、あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!?あ、足が、足がぁ!?」
男は足への激痛で腰が抜け、尻餅を着きながら慌てて後ろへ下がる。
(体格差で急所が狙えない、投げるにしても力が足りない…だから先ずは足を切る。地面に倒れさせて、そして殺す)
クリスはナイフを持ってゆっくりと男に近付く。
「く、来るなぁ!来るなぁ!」
(──許さない、生かしては、おけない)
クリスは―
──忘れるな、我らは、災いだ。
その言葉がクリスの頭の中で再び響き渡る。クリスは無表情のままナイフを男に向けて振り上げ…
「ダメっ!!」
その瞬間、後ろからギュッと抱きしめられた。突然の事にクリスは固まり、そして震えながら上を見ると…
「は、はうえ…?」
そこには微笑みながらクリスを見るアイが居た。
「ダメだよ、そんな事しちゃ…それは離して、ねっ?」
「………」
アイがそう言うと、クリスは固まったまま右手の力を抜き、ナイフを地面に落とす。
「うん、良い子…こふっ…」
「アイっ!!」
「母上っ!!」
アイは急に動いた影響か口から吐血し、アクアとクリスが支えて開きっぱなしな玄関のドアにアイの背を預け座らせる。
「はぁ…はぁ…」
「…は、はは…痛いかよ…」
アイが痛みに苦しんでいると、男が皮肉る様に言った。男は左足の痛みを耐えながら叫ぶ。
「俺はもっと痛かった!アイドルの癖に子供なんて作るから…!ファンを裏切りやがって…!ファンのこと蔑ろにして裏ではずっとバカにしてたんだろ!この嘘つきが、散々好き好き言って釣っておいてよ!全部嘘っぱちじゃねぇか!」
アイのその叫びを聞いてクリスは再びナイフに手を伸ばしそうになるが…
「私なんてもともと無責任で。純粋じゃないしずるくて汚いし…」
アイの声を聞いて、手が止まった。
「人を愛するってよく分からないから。私は代わりにみんなが喜んでくれるようなきれいな嘘をついてきた… いつか嘘が本当になることを願って…頑張って努力して全力で嘘をついてたよ…」
「────」
アイの言葉を聞いて男の表情が固まる。
「私にとって嘘は愛。私なりのやり方で愛を伝えてたつもりだよ… 君たちのことを愛せてたかは分からないけど愛したいと思いながら愛の歌を歌ってたよ… いつかそれが本当になることを願って……今だって…君がクリスと仲直りしてくれるなら… 君のこと愛したいって思ってる…」
「… 嘘つけッ…!…俺のことなんて覚えてもいないんだろッ!!見逃してもらおうと…」
「リョースケくんだよね。よく握手会来てくれてた」
アイが男の名前を言うと男は驚愕した。
「あれ?違った?ごめん私人の名前覚えるの苦手なんだ… お土産でくれた星の砂うれしかったな。今もリビングに飾ってあるんだよ…」
「──んだよ…それ…そういうんじゃ…!あぁぁぁぁぁぁぁ!!」
アイの言葉にリョースケは表情を歪ませ、顔を涙と鼻水でぐしゃぐしゃにしながら左足を引きずり逃げて行った。
「いいから今すぐ来てくれ!」
「ママっ、いや!ママっ!!」
アクアが救急車を呼んでいるとルビーもリビングから出て来て座っているアイに駆け寄り、必死に呼びかける。
「アイ!救急車呼んだから!」
「いやぁ油断したね。こういう時のためにドアチェーンってあるんだ…施設では教えてくれなかったな…」
「喋るな!!」
(出血が…!けど、量からして腹部大動脈は無事…!)
「大丈夫、大丈夫だから…」
するとアイは手を伸ばし、三つ子を抱きしめる。
「ママ…?」
「母上…?」
「もう、眠くなってきたから言うけど…ごめんね……クリス、左手、大丈夫…?」
「こんなの、傷には入りません…」
「そっか…クリスは強いね……ふぅ…」
アイは三つ子を優しく撫でる様に抱きしめながら続ける。
「今日のドームは中止かな…みんなに申し訳ないな。映画のスケジュールも本決まりしてたのに。監督に謝っておいて…」
「いや、ママ…!逝かないで、ママ…!」
「ルビー…ルビーのお遊戯会の踊り、良かったよー… 私さ ルビーももしかしたらこの先アイドルになるのかもって思ってて。親子共演みたいなさ…楽しそうだよね…アクアとクリスは、役者さん…?」
アイの言葉に三つ子はただ静かに耳を傾ける。
「三人はどんな大人になっていくのかな〜… あーランドセル見たいなぁ。授業参観とかさ…ルビーのママ若すぎない~とか言われたい…」
アイの瞳に涙が溜まり、やがて溢れてくる。
「三人が大人になっていくの…そばで見ていたい… あんまりいいお母さんじゃなかったけど私は産んでよかったなって思ってて…えっとあとは…あっこれは言わなきゃ…」
アイは三つ子を抱きしめる腕に力を込めて…
「ルビー…アクア…クリス…
そう言った…するとアイは嬉しそうな表情を浮かべ、三つ子の頭に顔を近付ける。
「ああ…やっと言えた…。ごめんね、こんなに言うの、遅くなって……良かったぁ…この言葉は絶対、嘘じゃない…」
「…アイ…?」
アクアがそう呟いてアイの顔を見ると、アイは既に目を閉じていた……
アイが刺された1時間後には、もうその事に関するニュースが流れ、日本中が知れ渡る事となった。
「……」
「……アイは一命は取り留めたって……マネージャーから連絡来た」
「…う、うぅ…!」
アクアのその言葉にボロボロと涙を流すルビーの頭をアクアは優しく撫でる。アイはなんとか死を免れた。
「クリスが間に手を挟んでなかったら…死んでたかもしれないって……ありがとう、クリス」
「いえ…私は…」
クリスは包帯が巻かれた左手をそっと撫でながら表情を苦渋に染める。
「母上を…ッ守れなかった…!」
「…何言ってんだよ、お前が頑張ってくれたから、アイの命が守られたんだ。本当に…ありがとな…」
静かに泣くクリスをアクアは空いてる方の手で優しく撫でた。刺した犯人の男は自殺し、3日後にはアイのニュースは取り上げられる事は無くなっていた。そして…
「「「………」」」
三つ子は、アイが眠る病室を訪れる。アイの意識は刺された日からずっと戻らず今も眠ったままだ。
「母上はいつ目を覚ますのでしょうか」
「さぁな…もしかしたら明日かもしれないし、俺たちが大人になる頃かもしれない…」
「…私がアイドルになった所は見てほしいなぁ…」
それから、3人は暫く無気力な日々を過ごした。事情聴取を受けたり、カウンセリングを受けたりしていたある日…
「クリス、ちょっと良いか?」
「兄上…?」
アクアが、クリスにある話をしに来た。その瞳の星の輝きは少し仄暗い。
「アイを殺そうとした奴がまだいる」
「母上を?」
「ああ…引っ越したばかりの新居を特定するなんて、アイを刺した男には出来なかった…協力者が居る。それもアイにかなり近い位置に…」
「…母上にかなり近い人間で…母上を殺す理由がある…」
クリスは少し考え込むと、アクアを見つめる。
「父上ですか」
「父親だ」
アクアは頷くと続ける。
「俺は…アイの為にも俺たちの父親を見つけ出して、排除したいんだ…クリス、協力して欲しい」
「……父上、か…」
──忘れるな、我らは…
「…災い」
「…クリス?」
「兄上…協力します」
「!良いのか?」
「はい…必ず…父上を見つけ出し…必ず、罪を償わせます」
泥のような瞳が更に暗く澱んでいく。
(母上…申し訳ありません…私は…母上との約束を果たせそうにありません)
『人のために頑張るのは良いけど、人のために生きちゃダメだよ』
(私は…今世は……いえ、今世
「災いで、あれ」
──そうだ。
幼児編、完
という訳で…アニメ一話部分はこれにて終了!いやー疲れたー…あ、ヒロインに関してですが最終投票を行います。投票よろしく!