とある平凡な少女の平凡ではない一日のお話。

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初投稿作品です。


ある少女の場合

夜見川 兎季(よみかわ とき)。17歳。高校生。

これが私のプロフィールだ。これといって特殊な経歴もなく、他人に自慢できるような特技もない。平凡、普通、普遍という言葉が見合っている、と思う。

 

そんな私の最近の楽しみは、インターネットだ。小さい頃から読書が大好物だった私は、今では面白い文章が読めればそれでいい、という状態になってしまった。今でももちろん文庫本なども読むが、それ以外にも携帯小説など、いつでもどこでも文章を読んでいる。活字中毒もいいところだ。

 

そして、今の私のマイブームはネット小説だ。

はじめてネットで読んだ作品が人気作家が執筆しているのかと勘違いするくらいの作品だった影響もあってか、とことんのめりこんだ。

 

十中八九そのせいであろうが、家で読書に勤しんでばかりのインドアな私には友人と呼べるような人が一人たりともいなかった。

 

加えて私には家族もいない。私がまだ8歳のクリスマスのときに、両親ともに事故で死んだ。私の面倒を見てくれていた唯一の親戚も一昨年のクリスマスに死んだ。

正真正銘、一人なのだ。

 

悲しくないわけではないけど、別にそれを不幸だと思ったこともない。

 

でも……たまに、幻視してしまう。

他の人のように、家族と一緒に、笑い合っている姿を。

 

まぁ、なんで私がこんなにセンチメンタルな気分になっているかというと。

 

今日が両親と親戚が死んだ日、つまりクリスマスだからである。

 

 

「ハァ……」

 

溜息も吐きたくなる。両親が死んで8年経っているというのに、まだこんな気分になる。

私だって毎年毎年クリスマスだからとこんなに陰鬱な気分になるわけではない。

 

確かに私の人生は呪われているのではないかと思うほどに、楽しいクリスマスというものには縁が無かったが、クリスマスは特に嫌いな日というわけではなかった。

 

むしろ、割と好きな部類に入る。

……もっとも、好きな理由というのがクリスマス後に発生するケーキの安売りというとても現金な理由なのだが。

私だって女子高校生だ、甘いものは当然好きである。悪いか。

自分でもちょっと淡泊過ぎないか? とも思うが、そう思うのだから仕方がない。

 

ともかく、私の狙いは明日以降であって今日の予定はただだらだらといつもと同じように過ごすだけである。そして、今年もそうであるはずだった。

 

「……あれ?」

 

きっかけは、ちょっとした違和感。

なんていうか、つい間抜けな声が出てしまうほどに落ち着かない。

 

いつもなら、自室でパソコンでもいじっているのが当たり前だというのに、ジッと動かずにいることに耐えられそうになかった。

 

妙にそわそわと、何かに浮かれているように、さながら遊園地に遊びに行く前日の小学生のように落ち着きが無かった。

 

結局、何をするにも身が入りそうになかったので、とりあえず気の向くままに外を出歩いてみることにした。

 

 

 

*         *         *

 

 

 

冬。

つまり、寒い。

 

当然である。今はクリスマスなのだ。

むしろ寒くない方が異常である。

 

いや、今はまだ昼の3時くらいではあるので夜と比べれば幾分かはましかもしれないが。

 

まったく、数分前の私はいったい何を考えてこんな暴挙に出たのであろうか。

いつもならば、ぬくぬくと家で過ごしていたはずなのに。

 

外は、クリスマスだけあって普段は地味な感じの商店街もイルミネーションが輝き、人で溢れていた。

いつもの私であれば、こういう雑多としている空間に入って行こうとは思わないのだが、いつの間にか誘われるように人混みの方へ足を伸ばしていた。

 

やっぱり、今日の私はらしくない。

なんでだろ? なんて考えてみても理由が分かるはずもなく。

しょうがないので気の向くままに歩くことにした。

 

 

「おっ、もしかして夜見川さん?」

暫く気の向くまま――何故かいつも私が行かないような騒がしい所ばかりだったが――歩き回っていると後ろから声を掛けられた。

 

振り向いて声の主を探してみるが、人が多くて見つからない。

「こっちこっち」

再び声のする方に顔を向けると、おそらく同い年くらいであろう男子が。

 

……見覚えが欠片も無いんですけど。

 

「えと、誰……ですか?」

 

「えっ! あ~…覚えてない? 中2の時に一緒のクラスだった後藤田だけど……」

 

言われて、中学2年の時の記憶を探ってみるが、やはり覚えがない。

そもそも、中学生のころに特別親しかった人物など皆無であるし、今よりも引き籠りに近い感じだったのだ。当然、そんな私が覚えている人など片手で足りてしまう。

 

「……ごめんなさい、覚えてないです……」

 

「そっか……。ま、まぁ3年も前のことだからしょうがないか」

 

「ごめんなさい……」

そんなに残念そうな顔をされるとこっちも困る。

なんだか、罪悪感が。私は悪くないはずだけれども。

いや、やっぱり覚えていない私が悪いのか?

 

と、私が本来感じなくていいはずの罪悪感に苛まれているとその男子が腕時計を見ながら話しかけてきた。

 

「うげっ、もうこんな時間か。こっちから話しかけといて悪いんだけどちょっと待ち合わせしてるんだ。わ、悪いんだけどもう行かしてもらうね」

 

そう言うと、自称私の同級生の後藤田君は小走りで去って行った。

勝手な、と思わなくもないが会話を煩わしく思っていたのも事実である。

向こうから話を切ってくれたのは有難い。

 

……待ち合わせ、デートだろうか?

 

私の対人能力の低さをもってすれば恋人などという存在ができないのは当たり前のことである。……そう、当たり前なのだ。

だから、別に羨ましくもないのである。

 

などと意味の無い言い訳を考えていると、ここであることに気付く。

さっきまで感じていた違和感というか疼きみたいなのが綺麗さっぱりまるで最初から何事もなかったかのように完全完璧真っ白に消え去っているのだ。

 

自覚した途端、この喧騒が一気に煩わしく感じ始める。

逃れたくなる。閉じ籠りたくなる。

 

私の足は、自然と人気の無い路地へと向かっていた。

昔はこんなに極端では無かったのだが、いつからか人が多く存在している空間に自分が混じっていることに耐えられなくなってしまっていた。

 

私のコミュニケーション能力は人よりも劣っている。

それは自覚している。だが、能力の低さとそのことへの好き嫌いは比例しない。

現に私は会話という行為は嫌いではない。

さっきの彼の時は気分的に会話が嫌だっただけで。

自分の意思を相手に伝える、その手段として会話は非常に優秀だ。

世の中には多種多様な思想を持つ人間がいる以上、話し合えばみんな分かってくれる、なんて戯言を信じる事が出来るほど人間関係が上手くいっているわけではないが、そんな一種の甘い幻想を信じてみたくなる程には会話という行為は重要だと信じていた。

 

 

だが。

 

 

「――――え?」

 

喧騒から逃げる為に路地の奥の方まで来てしまった私の目の前に広がっている光景を前にして、そのような幻想を捨てざるを得なかった

 

いままで、少しばかり信じてきた希望は、理想は、信望は全て過去形の言葉へと姿を変えた。

 

赤。

 

道や壁や脇のゴミ箱などなど。

視界に広がる光景が真っ赤に染まりきっていた。

そして、道の真ん中に散乱しているブヨブヨした複数の『それ』が、何なのかを頭が理解した。

 

してしまった。

 

だが。

 

私はこの悲惨な光景を目の当たりにして、特に感想を抱かなかった。

いきなり飛び込んできた凄惨な光景に驚きはした。

 

だが、それだけだ。

 

気持ち悪さも嫌悪感も拒絶も倦怠も、何も感じない?

 

見慣れない光景で脳が『それ』を人の頭部や腕や指であると認識するのが多少ばかり遅れはしたが、それにしたってこれを見て何も思わないのはおかしい。

 

目の前に広がる悲惨な光景ではなく、普段通り冷静な自分自身に困惑する。

私はこんな光景を見て、平気でいられるほど冷酷な人間ではない。

 

否。

 

もはや、なかった、というべきなのかもしれない。

現に私は私自身にいまだ驚いてはいるものの、視界の赤に関しては別段深い感情を抱いてはいなかった。精々が汚い、邪魔といった程度だ。

 

明らかにおかしい。

変化を受け入れられない。

私がこんな人間だと思いたくない。

 

訳が分からない。

そのまま私はただ呆然と突っ立っていた。

 

5分か、10分か。

あるいは1時間か。

 

ぐるぐると考えがまとまらない頭でナニカを考えていた。

 

――コツッ。

 

私が我に返ったのは、誰かの足音。

 

やばい。

 

別に私が犯人というわけではないが、この状況で誰かに見つかりたくはない。

しかし、何故だか足が動かない。

 

恐怖しているわけではない。悲観しているわけでもなければ、もちろん安堵しているわけでもない。ただ、足が動かない。

 

コツッ、コツッ。

 

足音は確実に近付いてきている。

 

それでも、私の足が動くことはなかった。

安心しているわけではないが、危機感はなかった。

 

コツッ。

 

そして足音は、すぐ真後ろで止まった。

 

「え?」

 

それは、聞いたことのある声だった。

それもごく最近。具体的には今日とか。

 

「あれ……? 夜見川さん……なんで……」

 

動揺しているのか言葉も途切れ途切れだ。

その慌てたような声を聞いて、逆に私は落ち着いてきた。

 

とりあえず、警察とかに連絡しなければならない。

そう思い、私は声の主の方へ振り返った。

 

「……え?」

 

絶句した。

 

何……コレ?

 

なんで?

 

なんで、血塗れなの?

「ア、アハハ……見られた、見られた、見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた――」

 

「ま……まさか、あなたが……これを……?」

 

ブツブツ呟く自称中学の同級生に碌に動いてくれない口で問いかける。

動揺しているのかなんなのか、不気味に笑いながらユラユラと不安定に身体を揺らしていた。

 

ふと、何かが光ったような気がした。

服の陰で見えなかったが、よくよく見ると彼の右手には大きなナイフが握られていた。

 

私が彼の持つナイフを知覚した途端。

 

「ああぁああぁぁあああぁぁっ!!」

 

彼は大きなナイフを腰のあたりに構え、突っ込んできた。

それを認識した私は反射的に自分の体を僅かに横に逸らし、迫ってくる銀の切っ先を受け入れた。

 

 

「――え?」

 

瞬間、頭が真っ白になった。

刺されたところが熱を帯び、痛みで意識が朦朧としているなかで私が思考していた、思考できたのはたった一つ。

 

なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで……ッ!

 

 

 

私はなんで……彼を……ッ!

 

 

そこまで考えて、私の意識は暗転した。

 

 

 

 

*         *         *

 

 

「……ふむ、これはまた見事なものだね」

 

その男は、昼間とはいえ少し薄暗い路地裏にいた。

日本人離れした背の高さ、しかしその痩躯のせいか大柄といった印象はなく、むしろ芸術家の創った針金細工のような印象が強い。また、手足も異常に長く、背広にネクタイ、オールバックに銀縁眼鏡という割と普通のファッション。しかし、その針金細工にはそんな普通のファッションがまったく似合っていなかった。

 

「頸動脈を綺麗に切断しているね。しかも断面が思っていたよりもだいぶ綺麗だ。これは実に見事な腕前だと言わざるを得ないね」

 

その針金細工が膝を曲げ、目線を下げ、見下ろしている先には二人の人間が重なり合うように倒れていた。上に乗っかっているのはおそらく十代後半くらいの男子で柔道でもやっているのかがっちりした体格をしている。そして首筋には切り裂かれて血が噴き出している真新しい傷跡があった。

 

対して下敷きになっているのは十代半ばくらいであろう少女であった。ショートカットにした黒髪と肌理細やかな白い肌だが、今は男子の首から出た血がべっとりと付いていた。さらに、少女の左下腹部には大振りのナイフが刺さっており、少女の服を赤く染めていた。そして左手には、男子の首を切り裂いたであろう血が付着した凶器が握られたままであった。

 

「それにしても、よくこんなものでここまで綺麗に殺せるものだ」

 

そう言って男は少女の手――正確には少女が握っている物を見つめている。

 

ガラス片。

 

そう、あろうことかこの少女は手に握ったガラス片で男子の首を切り裂いたのだ。

手に持つガラス片は、確かに鋭利ではあるし、人を傷つける程度なら造作もないかもしれないが、首を頸動脈まで達するほどに引き裂く、ということが容易にできるとは思えない代物だった。

男は、そこまで確認を済ませると携帯電話を取り出し何処かに電話をし始めた。

 

「……あぁ、氏神さんかい? うん、ちょっと頼みたいことがあってね――」

 

そうして男は1分にも満たない会話で電話の相手に死体の処理を頼み終えると、パタン、と携帯を閉じた。その顔には眼の前の惨状がまるで眼に入って無いかのような、まるで愛しい家族を見るような、そんな微笑を浮かべていた。

 

「うふふ、人識君かと思って来てみれば、まさかこんなに可愛らしいお嬢さんだったとはね。 是非とも私の妹になってくれないかな。 欲しかったんだよねぇ、妹」

 

次第にだらしなく頬を緩ませていく男の様子は、非常に不気味に人の目に映っただろう。幸いなことに、この場においてはその姿を目撃した人物はいなかったわけだが。

 

 

こうして一人の女子高生は、凄絶で容赦のない暴力の世界へと、おそらくは既定路線通りに足を踏み込んだのであった。

 




続きを書く気はありますが、何ヶ月先になるかわからないので短編扱いで投稿させていただきました。


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