ウマ娘と生まれたからには、誰でも一生の内一度は夢見る「地上最速のウマ娘」

刃牙成分8割 ウマ娘成分2割。


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日に数度……心が【走る】から離れます

 

 

 

 アフリカ、サバンナ某所――。

 

 小型羚羊類の動物が必死に逃げている。『お前は餌だ』と自身を狙う視線に気づき、すぐさま逃走するがそれを追うのは黄色い閃光。

 鋭い嗅覚は互いの距離が4km離れていようと関係なく、驚異的な俊足で獲物を逃さんと狩る者――チーターだ。

 

――速い。

 

 一瞬で最高速度に至ったかと思えばすぐさま急カーブ、そして直進。狩りを描く曲折閃光の軌跡は目で追うのも精一杯だろう。

 狩る者、狩られる者では前者が圧倒的有利である。前を走っている者へ追いつくための最短距離を視野に入れながら走るため、軌道を修正出来る。二匹の距離は段々縮まり、最後の仕上げと言わんばかりにチーターはスパートをかける。

 よって小型羚羊類の動物――ガゼルの運命は決まる。数秒の後に、首へ噛みつかれて窒息死――――するはずだった。

 

「ッ!?」

 

 強靭な顎が獲物の首筋へ喰らいつかん――とした瞬間、突如としてチーターは狩りを中断した。

 慣性に乗りながら脚を止め、九死に一生を得たガゼルがそのまま逃げるのを見向きもせずに何処か一方向をジッと見つめる。砂煙が目に入ろうとも、餌を逃したと非難する群れの仲間が発する唸り声も物ともせずに、視線を一切逸らしてなるものかと瞬きさえしない。

 

――この気配はアレ(・・)だ。

 

 チーターの感じたモノは己の唯一の天敵と言っていい動物。

 

――あの鋭いやつ()で仲間が死んだ。

 

――あの鋭いやつ()でわが子を何度も襲われた。

 

この気配は陸上において天敵が存在しないアイツ……百獣の王!

 

――――――――じゃない?

 

 腸が煮え返る思いだが、あくまで自分が感じたのは気配であって決して同一ではない。似ているが違うコレはどちらかというと“天敵”という括りに引っかかった……ひょっとするとアレ(ライオン)を凌駕して……?

 だとしたら最悪だ。自分たちの縄張りにさえ届くこの騒めき……チーターにとって絶望的な出来事。

 

『この世界で己の天敵が、増えるッ!!』

 

――――的な事を、チーター達は思った。

 

 そして、彼らが思いを寄せたその瞬間――とある国で起こった出来事。

 

 その国からアフリカ、サバンナ某所。

 

 日本との時差、実に――

 

 13時間ッッ!!!

 

 

 

 チーターが――。

 スプリングボックが――。

 プロングホーンが――。

 とある有名トレーナーが――。

 そして、一部のウマ娘が――。

 

 最速を求める彼女らはその日、どうしようも無い不安に駆られていた。この胸に溜まるどうしようもない騒めきは何だろうか。家族と共に居ても、飯を食べていても、寝ていてもとにかく落ち着かない。

 ウマ娘や人間は気づいていないだろう。平和を享受している彼女らにはほんの少しだけ無意識に反応してしまった程度……本来の意味で理解する事は出来ない。

 しかし、野性を持つ動物達は気づいていた。明日生きれるか死ぬか。そんな極限状態での生活によって研ぎ澄まされた第六感が訴えかけている。

 動物も人間もウマ娘も。生物が持っている長い歴史に刻まれた忘れることの出来ない記憶。遺伝子レベルで肉体に沁みついている恐れ……その正体は『本能』。

 

“生物”としての本能が、己に警告を発しているッッ!

 

『今日この日、何かが起こるぞ……ッ』『とんでもない出来事が起こるぞ……ッ』

 

――的なッ!!! 思いッ!!

 

 何かが。

 何処かで。

 もしくは誰かが?

 

 あるモノは好敵手の誕生に喜びッ!! あるモノは天敵が増えたことに驚愕ッッ。

 

 そこ根本にある願いは一緒で――

 

『誰だッッ!?』

 

『自分の天敵(好敵手)は一体ッッ――!!!』

 

『誰なんだッ!!』

 

 

――――的なッッ!! 事を動物達は思った。

 

 

 

 

20XX年 4月×日――早朝

 

〇〇家 ウマ娘長女 誕生ッッ!!!

 

【アタシを走らせろ!!!】

 

 この日、とあるウマ娘の赤ン坊が産まれた。レース、インタービュー、食事風景……数多の伝説を作り上げた【地上最速】の称号を持つウマ娘……“彼女”の誕生である。

 彼女の家庭は特別名家と呼ばれるものではなく、過去に先祖がレースに出たはあれど特筆すべき活躍した記録はないごくごく普通の一般家庭だった。その中で生まれた彼女はウマ娘としての血が非常に濃く、ウマ娘であることを考慮しても胎動が非常に激しいものであったという。

 事実、身体強度は赤ん坊のソレとは思えないほど頑丈で、なんと生後半年で“走る”という行為を行ったッ!!

 しかも、これで終わりではない。彼女の産声は“念”だった、と当時の産婆が答えた記録が存在する。口から発せられたものではなく、脳に直接響く【走りたい】という思い、願い……ッ!! 生まれたばかりだというのにその両目はしっかり自身を捉え、その意思を伝えたのだ――と。眉唾だとは思ったが、後述する内容を踏まえるとあながち嘘だとも言えないだろう。

 

 そう、運命の日――20XX年 4月×日。恐るべき偶然の一致があった。

 某国 当時のURA理事長は語る。

 

――胸騒ぎというより確信とも言える不安の根拠。

――何処か……そう、たとえば東洋の何処か。

――ちっぽけな島国のどこかで、恐ろしいウマ娘が生まれるッッ!!

 

 このままではいけない。強大な何かに対するカウンターとして、すぐさま行動しなくては……ウマ娘の教育に力を入れておかねば、何かがマズイッッ!!

 

 某国も。某国も。某国も。発表の日時年月日はそれぞれ違えど。

 

『20XX年 4月×日』その日こそは――

 

各国のURAがトレセン学園の入学規定改定、および予算増加を決意した日。

 

 世間一般ではウマ娘の境遇が改善され、めでたいと称され祝日にもなった記念すべき日。だが、一部関係者にとっては違う。

 

 確信を持って言おう。

 この地球に存在する人間を含めた速さを拠り所とするあらゆる生物にとっての20XX年 4月×日――。

 この日は、自動的に一つだけ世界の「速さ」のランクが下がった――

 

 

 

最 悪 の 日

 

 

 

 

 ウマ娘と生まれたからには、誰でも一生の内一度は夢見る「地上最速のウマ娘」――

 

 うまぴょいとは「URAファイナル決勝」で優勝する、全てを乗り越えた証のことであるッッ!!!

 

 

 

 

 「ちょっと窓際の君。そう、貴方よ貴方。この問題、答えなさい」

 

 「…………スイマセン、ワカリマセン」

 

 「もう、外ばかり見て。授業に集中していないからですよ」

 

 「はぁ……スミマセン」

 

 中央トレセン学園での入学当初“彼女”はあまり評判の良いウマ娘では無かった。

 学園指定の制服を着用せず、意味もなく毎日をジャージで過ごす。授業中もボーッとしていて注意されても何処吹く風と聞き流す。レースが楽しめる体育の授業も、やる気がないのか手を抜いてばかり――。

――生徒たちの反応は冷ややかであった。

 日本各地方に存在するトレセン学園の中でも、中央(ココ)は日本最高峰のレベルであり、エリート中のエリートが集まる場所である。だというのに、この意欲の無さは一体どういう事か。

血と汗と涙を流し、特訓して勉強して特訓して……それでも不合格となったウマ娘たちに申し訳ないと思わないのか。皆が皆、口には出さないがそう感じていた時、遂に彼女の素行にメスが入る事になる。

 『退学勧告』が出されたのだ。

 未来に挑む場で、やる気のない者に割く時間と金は無い――と上層部に判断されてしまった。

 無論、学園はこの通告が出されたウマ娘に対し警告の意味合いで面談をして説得する。怪我、自信の消失など様々な理由で学園を自主的に去る者が多いため、狭き門を潜り抜けたウマ娘達をそう簡単に辞めさせることは学園側としても不本意だからである。

 生徒会室に彼女を呼び出し、トレセン学園理事長『秋川やよい』、秘書『駿川たづな』、そして生徒会副会長『シンボリルドルフ』を交えた四者でその趣旨を伝えた。

 授業態度には問題あるが成績は問題無く、何か不祥事を起こしたわけでもない。しかし、このまま本気で走る事を拒否し続けるとこちらとしても庇うことが出来なくなる、と。

 

 「教えてほしい。何がキミをそこまで無気力にさせる? 悩みがあるならば相談にも乗るし、何か事情があるのだろう? このままでは君は本当にこの学園を去る事になってしまう」

 

 個人の理由というプライベートな話になるため、基本こういった話は教師陣あるいはトレーナーのような上の立場の者が行う。しかし、その中で異彩を放つウマ娘が一人……トレセン学園生徒会長『シンボリルドルフ』

 彼女もまた、学園から去るウマ娘達がいることに後ろ髪を引かれる思いを感じており、やよい理事長に無理を言ってこの場へ同席していた。無論、本人の了承を得ている。

 

 「生徒側からも苦情が少しだけ入ってきています。“睨んでくる”や“嘗め回すような視線を感じる”等々……」

 

 「話を聞いてみたが、どうやら君とはまったくの初対面と言う。だからこそ理由が分からない」

 

 「困惑ッ! 話してくれねば、こちらもどうすれば良いか不明ッ! なぜ君は走らないッ!?」

 

 「…………」

 

 あれやこれやと説得するが、どうも彼女がダンマリを決め込むため三者はため息をつく。

 非常に残念だが、やはり彼女も去ることになるのか――そう思った時、目線も合わせず、俯いていた彼女が口を開いた。

 

 「走る……」

 

 「……うん?」

 

 「あの……芝部門1400mの世界記録って……何秒ですか?」

 

 鈴が鳴るような声だった。鳴った音は意味不明な言葉であるが。

 

 「は?」

 

 思わず素っ頓狂な声を出してしまったシンボリルドルフ。しかし、ここで話を端折ってはせっかく成立する会話が途切れると思考、脳の記憶を頼りに1分17秒05だと答えた。

 

 「1分弱……そうですかぁ」

 

 1分、1分……と気の抜けた表情で記録を連呼する様子を見ながら、ここはどう答えるべきだろう、と三者は目を合わせる。

 彼女は一体何を? 不明ッ! 質問の答えになっていない!? そもそもこちらは退学させない為にこうして相談しているのだが?

 様々な考えが視線を通して会話する中、最初に名乗りを上げたのは理事長だった。

 

 「疑問ッ! 君はなぜそのような問いをする考えに至った?」

 

 「……いや……アタシもね、なろうかなぁって『世界最速』」

 

 “明日は休もうかなぁ”とでも言ったように気楽な様子で発言した彼女に苦笑が漏れる。

 せっかく掴んだ会話のチャンス、これを機に会話を弾ませていこうと。

 

 「はは、そうだね。この学園に来る者たちなら誰しもソレは夢見るからな」

 

 「うむっ! 頂点を目指そうとするその気質は素晴らしい!」

 

 小さな子供がテレビを見て、三冠を取る!とキラキラした眼で言っているかのような純粋さ。いやはや中々可愛い所もあるじゃないかと傍から見守る穏やかな雰囲気の中――

 

 「…………」

 

 「……? たづな?」

 

 唯一眉を潜めているのがたづな。おそらく無意識ではあるが、この中で唯一気づいていたのかもしれない。彼女の恐ろしさを。

 

 「……では、今この時点での結論は?」

 

 普段の優しい声とは違い緊迫する声質でたづなは問いただす。困惑する他の二者だったが、その問いの意味を聞き出す前に彼女が反応する。

 

 「なれますね、多分」

 

 「――ほぉ」

 

 即答だった。

 先ほどとは打って変わり鋭い眼光と闘争心、同時に自分ならば超えられるという自身の籠った回答。不適に浮かべる笑みは、テレビで見る自分にそっくりで――

 

 「世界は、レースはそんなに甘くはないんですよ?」

 

 「甘くなんて見ていないです。少なくともこの学園にいる他のウマ娘よりは重く考えています」

 

 「しかし、君はほとんど放課後の練習に参加していないと聞いたが?」

 

 「走らせてくれれば、理解(わか)りますよ。だから――」

 

 

――世界記録破ったら……退学勧告、取り消してもらえまセンか?

 

 

 「……」

 

 「……」

 

 「……」

 

 秋川やよいの頭の上で、猫が欠伸をした。

 

 「質問ッ! では君は、―日にどれぐらい練習をしているのか教えてほしいッ! 君の覚悟、努力をその口から聞きたいッ!」

 

 空気と話題を変えたのはやはり理事長。出鱈目な妄言と考えず、真剣にその意味を考えるあたりこの学園での人気が窺える。

 だが、そちらがそう考えるならこちらも本気で反論する。“そんな事を言ったからには相応しい努力をしているのか? ”と暗に意味の込められた問い。

 

 「……そう、ですね」

 

 彼女は困った顔をした。腕を組んだり、顎に手を当てたり唸ったり、頻りに耳を左右に動かしたり。どうだったか、というよりどう答えたものか、と考えているように見える。

 結論が出たのか、明後日の方向を見ながら彼女はボソッと言った。

 

 「……日に数度――」

 

 何を馬鹿な事を、たったその程度の努力で――。シンボリルドルフの口からその言葉出る寸前、彼女は続けた。

 

 「――日に数度……心が【走る】から離れます」

 

 その発言を聞いた全員が理解できなかった。彼女は今何と言った?

 

 「レース場を離れての日常……歯磨き、食事、他馬との関わりに伴う喜怒哀楽。そんなとき、フッ……と【走る】事を忘れていた事に気付きます」

 

――この子、すごい台詞ほざきやがった――

 

 沈黙が部屋を支配する。異常ともとれるそのストイックな内容に誰も口を開けなかった。

 毎日毎日、休日でも朝でも夜でも関係なく自分は走る事を想う。登校時に彼女の視界に居るのは仮想のウマ娘。通学ルートを脳内でシミュレートし、そのウマ娘と毎日走っている。授業中に見えるレース場では歴史上の有名ウマ娘が時代を超えて並んでおり、その中に自分が居て走る。

 無論、本当に走っているわけではない。ただ、シャドーボクシングという言葉があるように、彼女は脳内で生み出した空想の誰かと常に戦っているのだと。競争しているのだと言う。

 

 「つ、つまり……それ以外は全部、走る事を思うということですか?」

 

 「はい。おそらくは……睡眠以外は睡眠中も」

 

 「夢ッ!……眠っていても、夢の中でさえ走る事を思っているとッ!?」

 

 「無論、毎日必ず」

 

 「ゆえに、自分は……世界記録を破れるのだと、他の努力しているウマ娘とは質が違うと。君はそう言っているのか」

 

 「そんな大層なモノじゃないですよ私は。ただ――」

 

――そのほうが面白いかなぁ――って。

 

 彼女は楽しんでるのか、この状況さえも? 実力はわからない、しかしシンボリルドルフは確信した……“彼女は強い”ッ!!

 

 行住坐臥、頑張ることも耐えることも日常すべてが“遊び”。日がな丸一日を「走る」の中に。

 もしそうなら確かに彼女は他のウマ娘とは違う。仮に彼女のクラスメイト全員でレースをしても、彼女は勝つだろう。だってそうじゃないか。似たようなウマ娘を知っている。

 あのマルゼンスキーも、ミスターシービーもナリタブライアンも。己が感じた“強ェ奴ら”に分類される者たちは“努力”とは程遠い、どちらかというと――“楽しい”から走っているッッ!!

 

 嗚呼――なんて非情な考えだろうか。

 

努力する者が、楽しむ者に勝てるワケがない。

 

 「――バ場、行ってもいいですかね?」

 

 彼女の溢れんばかりの自信に、各々は了承の意思しか示すことが出来なかった。

 

 

 

 

 「しかし、まさか世界記録に挑むとは。自信家と言うべきか、あるいは無謀か」

 

 「……」

 

 「理解しているとは思うが、タイムアタックとレースは違う。一人で走るのと大人数で走るのではもはや別だ。駆け引き、作戦、闘気……」

 

 「……」

 

 「でもその向上心は大したものだよ。よって君の退学勧告を取り消すよう私から上へ報告しよう。心配しなくて良い。その気迫のまま、これからの学園生活を送ると――」

 

 「あの……」

 

 「ん?」

 

 「どうして控室(ここ)にいるんですか?」

 

 レース前、控室には何故かシンボリルドルフがいた。彼女曰く“少し様子を見に来た”そうだが……。

 

 「うん。緊張で身体が固くなっていないかと気になったのだが……その必要はないようだね」

 

 「あぁ……えぇまぁ、無理を言ったっていう自覚はあります……それと同時に感謝も」

 

 少々バツの悪い表情をして、彼女は申し訳なさそうに目を伏せる。

 前代未聞、世界記録を破る代わりに退学勧告を取り消せという意味不明な現在。彼女にも自覚はあるのか、先ほどの様子とは打って変わってしおらしい状態だった。

 

 「何、気にすることはないさ。世界記録への挑戦……それに挑むという気質を無下に出来なかったというだけの事。私の願いのためにも、君には期待しているんだよ」

 

 「……それって確か『全てのウマ娘の幸福な世界を目指す』でしたっけ?」

 

 「おや、知っているのかい? まぁ笑ってくれて構わないよ。無理だ無謀だなんてのは聞きなれている」

 

 肩をすくめ、目を細めながら呆れた表情でシンボリルドルフは笑う。

 

 「私は君に親近感を抱いているんだ。『世界記録に挑む』なんて事、他のウマ娘が聞いたら同じように言うだろう。無理だ、出来るわけがない、と。それでも君は挑む」

 

 1位を取る事や三冠を取るといった夢とはスケールが違いすぎる。夢とは大きすぎるほど周囲から敬遠され、叶うわけがないと諭される。

 あまり見ない珍しい夢を抱く彼女に、シンボリルドルフは好感を持っていた。

 

 「私たちは同類……って事ですか」

 

 「そうだ。共に困難な夢を目指すもの同士、これからも仲良く――」

 

 仲よくしよう――そう続けようとした発言は中断された。

 

 「ウマ娘全員の幸せ。うん、素晴らしい事だと思います。ですが――」

 

 「――ですが?」

 

 会話が中断され、困惑した表情を浮かべるシンボリルドルフの肩へ彼女は馴れ馴れしくも手を置く。

 そして発せられた、爆弾。

 

 「悪いことは言いません。止めておいたほうがいいでしょう」

 

 「…………」

 

 「…………」

 

 「…………」

 

 「…………」

 

 「…………」

 

 「…………」

 

 「…………」

 

 「…………」

 

 「…………」

 

 「なんで?

 

 「あなたの手に負える事じゃないからです」

 

 「…………」

 

 「…………」

 

 「…………」

 

 「…………」

 

 「…………」

 

 「…………」

 

 「…………」

 

 「…………」

 

 「…………」

 

 シンボリルドルフの顔が俯くと同時に、肩が小刻みに上下する。形だけの笑顔は口元が引きつっており、無意識に自分が“とある感情”を抱いたことを、気づいていない。

 あぁ、あんなにも穏やかな雰囲気だったのに。共に夢を追う仲間が出来るのだと嬉しさがあったのに。

 

 「で……では、誰だったら、手に負える、というの、だ?」

 

 声が震えているのは決して緊張ではなく、羞恥でもない。

 耐えているのだ。外から圧縮しないと今にも爆発しそうなナニカ……それをさせないため、必死に耐える。

 

 「シンボリルドルフさん」

 

 だがそんな様子など知らんとばかりに。そんな様子を見てやれやれ仕方がない……と彼女は親戚の子供をあやす(・・・・・・・・・)ように、いつもの行為をすることにした。

 

 ピシャ……ピシャ……。

 

 コツは軽ぅ~く。軽ぅ~く頬を……。

 決して強く叩いてはいけません。それは“未だ幼い精神のあるお子様”に叱るという行為になってしまうからです。叱ってはダメです。敵意を持たれる前にあやすのが大事なのです。無意味な事でも褒めて、止めさせるのが正しい行為です。

 慈しむように、軽ぅ~~~~~~~~く平手で……。

 

 すごいね!

 りっぱだね! きみは がんばったね

 ほら よしよし

 ダイジョーブッ。おねえさん は よくわかっているから!

 だからね?

 

 これが効くのです。深ぁ~~~~~~く、相手を傷つけるのです。

 

 「安心していいんですよ。あなたも含め、ウマ娘の事はアタシが守護る」

 

 社交的と見るべきか命知らずを言うべきか。彼女は最後に笑みを浮かべ、準備室を後にした。

 

 「…………?」

 

 シンボリルドルフは部屋に一人残され、茫然とする。間抜けにも口を開け、ぼぅっとしていた表情はとあるサイボーグウマ娘の因子継承時に似ている。

 そして数秒後、再起動の後に先ほど言われたことを脳内で反復した。

 

――安心していいんですよ

――あなたも含め、ウマ娘の事はアタシが守護る

――ウマ娘の事はアタシが守護る

――あなたも含め

――あなたも含め

 

 ――あなたも含め

 

 

 「――?…………!?……ッ~~~~~~~~~ッッッ!!!」

 

 言われた事を心が理解した。つまりはこう彼女は言ったのだ。

 

――貴方じゃ無理だから自分が変わりにやってやる。

 

 地雷原でタップダンス所ではない。よりにも……よりにもよってシンボリルドルフに。あのシンボリルドルフに――。

 

『全てのウマ娘の幸福な世界を目指す』

 

 幾度となく口にしてきた彼女の夢。ソレを奪う発言――“善意“という、最悪な悪意(余計なお世話)ッッ。ワガママ を いっちゃ メッ!とでも言いたげに頬を叩くという無礼を通り越す罪深き暴挙ッッ。

 

 「し―――ちぎ―やる……」

 

 守護られたことがなかった。

 名家に生まれ、英才教育を受けた自分。要領も良く、スポンジが水を吸収するように様々な事は大抵上手く出来た。周囲から期待され、その期待も悪くないと答え続け――。

 皆がシンボリルドルフを頼った。皆がシンボリルドルフを目標としていた。

 だからか――出産(うま)れてから今日この瞬間まで一瞬たりとも他人に“守護らせた”ことがなかった。大抵の事は上手くいったから、今まで自分で自分を守護れたから。守護られる――という圧倒的不慣れ。“守護られ”への免疫が無い。

 何より……軽い気持ちで己の夢を奪うという、夢を馬鹿にされる事より鬼畜。この所業は許されるものではない。

 守護られる、という自分を……認めたくは無いッ!!

 よって、その想いはシンボリルドルフの仮面というフィルターを素通り、結果起こりうる事は――

 

 「尻尾を゙引ぎぢぎっでや゙る゙ぅ゙ゔゔゔゔゔう~~~ッッ!!!」

 

 怒“尾”衝天。

 

 尻尾が垂直に浮き上がるほどの激怒。人生初、ここまで明確な怒りを自分が抱いた事があっただろうか。レース中でも、インタビューでも煽られる事はあった。挑発されることも暴言を投げられた事もあったが、反論などせずに我慢してきた。全てのウマ娘の幸せという絵空事と皮肉られた夢を叶えるためには、相手の言葉を受け止め、決して熱くならずに対話という方向に持っていく事が一番の近道だったから。冷静沈着に、時には冷徹に。ある時は冷酷に冷淡に。

 

 『悪質なタックル』

 『記者の悪どい質問』

 『所詮、金権力にモノをいわせている小娘』

 

 その どれもがシンボリルドルフの肉体、精神にダメージを刻んだ。

 しかし――――――その どれよりもシンボリルドルフを深く抉ったのは そう―――蠅も殺せぬ軽ぅ~い平手打ち?と善意の言葉――――――だった。

 今、この瞬間だけ自分は『皇帝』では無い。テレビで見るような優しくも凛々しい生徒会長でも無い。

ここにいるのは――“我慢”をいう仮面を剥ぎ捨てたシンボリルドルフ――ッ!!

 

 「――ッチェリアアアァッッ!!!」

 

 皇帝という名に似合わぬ表情をしたまま、彼女が出て行った扉をその足で蹴破る。

 剛脚が放つ後ろ回し蹴り――扉の蝶番が耐え切れずに破壊され、廊下の壁に激突するほどの衝撃。それに追尾するように廊下へ滑り出たシンボリルドルフは、怨敵を逃さんと廊下を見渡すが――

 

 彼女の姿は既に無く――。

 

 「~~~~~~~~~~~~ッッッッ!!!!!!!」

 

 “悔しい”という感情で思わず目尻に涙を浮かべしまう。

 声にならない悲鳴と地団駄により地面は揺れ壁は罅割れる。空間を振動させるような慟哭は異変に駆け付けたたづなやスタッフを驚かせ、彼女を宥めるのに実に30分の時間がかかったという。

 

 

 「――会長。いえ、シンボリルドルフさん」

 

 バ場へ向かう最中、背後から聞こえる怒声と窘める声を聴きながら彼女は独り言のように呟く。

 

 「ありがとうございます……理解ってくれたんですね。私が貴方を侮辱した事を」

 

 小馬鹿にして、あまつさえ挑発行為を行う……それがイケない事のくらい、彼女は当たり前のようにわかっている。決して無自覚なワケが無い。

 

 そんな行為をした理由は彼女が我慢出来なかっただけの事。シンボリルドルフと同じく、彼女も我慢していた。恵まれた身体、周囲の期待……それに応えようとする気高い精神。

 

―あぁいうの理解(わか)る。

―痛いほど実感(わか)るよ。

 

―私も一緒だったから。

 

 他のウマ娘より優れている……それに伴う『敵無し』という空虚。競争相手がいるなら良い、好敵手に勝ちたいと努力しようと前向きになれるし、生きる目的になる。でも、それさえ居なかったら?

 一般的なウマ娘と自分たちを隔てている感情……それは『目標』だ。

 

――そりゃもう……退屈で退屈で。

――辟易していたんだ……。ウマ生(にちじょう)ってやつに……………。

 

 三冠を取る事で生まれた障害……共に切磋琢磨してくれる友の存在、それが消えていく。一緒に走った友が次々と距離を取っていって……気が付くと隣に誰もいなくなる。

 

――違う、違うんだよ。

――私がしたかったのは、こんなレースじゃない。

――一人集団から離れて突っ走るんじゃない……競い合いたいんだ。

 

 一対一の勝負でも無い、集団で駆け引きがしたい、体力調整とか足を溜めるとか考えてみたい。でもそんな機会は一回も無かった。彼女が、シンボリルドルフ達が速すぎるから。強すぎるから。

 “手こずる”ことがないのは悲劇だ。“強さ”も度を越すと夢を奪い去ってしまう。強さも度を越すと、人生から光を奪ってしまう。

 

 だからか……今度は周りに目を向けてしまう。努力する必要が無いから……自分の事を考える必要が無いから、他者に目がいく。

 

――シンボリルドルフさん。貴方が私に言った親近感というのは、間違っていないですよ。

――私もそうだから。

――貴方は無意識かもしれませんが、私にはわかる。

――私の言葉で感じた“ナニカ” 悔しさ、羞恥、怒り……それもあるでしょう。でも一番最初に感じたのは“とある感情”のはずです。

 

 敵がいない。

 手こずれない。

 

 では――?

 

 そして着手する――ッ

 

 『手こずれないなら、手こずる相手を生み出せば良い――ッ!!』

 

 他者に目を向けた結果、無意識に行ってしまった行動――己の手による強敵作りッ!!

 手も足も出ない相手に負ける――のと、切磋琢磨した好敵手たちと限界ギリギリの勝負をしてハナ差で負ける――のと。勝って。負けて。努力して。勝って。負けて――次こそは勝つ、と。今回も勝つ、と。

 どちらが充実した勝負か言うまでもない。『全てのウマ娘の幸福』とはつまりそういう事だろう。

 最新設備、集ったエリート、優秀なトレーナー。安心出来る医療体制。相談にも乗ろう、問題があるなら共に解決しよう。何も心配する事なく走る事へ集中出来るように。

 

――さぁ条件を揃えたぞ、だから挑んで見せろ――ッ!!

 

 彼女の目には、シンボリルドルフがそう言っているように映っていた。

 

 そして――その願いは成就する。

 

 通勤中も、授業中も、食事中も……彼女は長時間他の生徒を観察(みてい)た結果、確信した。

 運悪くトレーナーに出会えない者、やる気が無いだけの者、自信のない者――。

 何たる偶然ッッ! 数多の歴史上、ここまで逸材の揃った時期が今まであっただろうか。まだ目覚めていないバケモノが、この学園にはごまんといるじゃないか。

 彼女は確信する――これは必然だ。

 

――シンクロニティ。

 

 偶然の一致が同時に起こるという不思議。ここまでお膳立てされちゃ……そりゃあもう、傍観者なんて立場を取るなんてとてもとても………。

 神様、運命、未来――そういうよくわからないモノ(・・・・・・・・・)が願っている。求めているのだ。

 

 最強は誰だッッ――と。

 

 シンボリルドルフの願いは理解(わか)る――しかし、やり方が間違っていたッッ!!!!

 

 光る原石をダイヤモンドにするのは母親の優しさ(シンボリルドルフ)では無いッ!!

 叩いて、前を行く背中を見せる父親の厳しさ(彼女)だッ!!

 

 さぁ、始めよう。英雄物語(サーガ)なんて堅苦しい事なんかじゃなく――泥臭く、優雅さの欠片も無い――これはウマ娘同士の戦い(喧嘩)だ――ッッ!!

 

 バ場に出た彼女の顔は、これからの未来を示すかのように明るく輝いていた。

 

 

 とある事件が落ち着いた数十分後――。

 バ場にてストレッチをしている彼女を、重役三者(一名復活)は静かに見守っていた。

 あまり一緒に居るところがない珍しい様子(メンツ)だったためか、チラホラと他のウマ娘の姿も確認出来る。ほとんどが好奇心の野次ウマ娘だが、その中でも少数はこれから走る彼女を鋭い眼で観察している。

 伸脚、回施、上体起こし……I字バランス。本的な事からバレエ選手もビックリな体操まで。ここまで柔軟性を誇る肉体とは一体どうなっているのか。

 魅せるストレッチを止め、最後に彼女は深呼吸をする。準備を終えたということなのだろう、誰もが気になっていた身体を覆う着ていたジャージを脱ぎ捨て――

 

 「え……?」

 

 その瞬間を見ていた観客全員が、幻を目撃する。

 

 封印(ジャージ)という枷が解かれた武器……薄い生地一枚の下から現れたソレ(肉体)が放つ眩い輝き。放たれた光は衝撃そのもののカタチ。各々の脳内に浮かぶ光景は……。

 

――ガラス越しのトランペット。

――崖の先に聳え立つ城。

――カジノトップの景品。

――14キロのはちみー。

 

 感じたものは違えど、全員がこのような気持ちを抱いたという。

 決して届かない、勿体ぶるように見せられている財宝のような景色。それは蜃気楼? あるいは夢? 我々は一体何を見せられたというのか――

 

 トレセン学園職員兼トレーナーを務める、沖野晃司氏。

 100人は下らないと言われる自称『彼女の素質に初めて気づいた者』の1人である彼は、その時の様子を後にこう語っている――

 

 『一目見て、その……あぁ、このウマ娘は最速だ。そう感じさせられました、えぇ。これは妄想でもなんでもなく、確信です』

 

 沖野氏曰く――あの身体は完璧だった、と。

 

 『あの身体が走るという行為の最適性かつ最終形態だとするなら……人間の身体は、なんて歪なんだろうって思ってしまうほどでした』

 

 ゲートへ向かうために動く脚……膝が曲がる、地に足を着ける。『歩く』という二足歩行の生物が行う簡単で無意識な動作でさえ、芸術という他ない。

 足首から腿に続く柔軟かつ強固な脚線美、一種の光沢を帯びていると錯覚するような見事な体勢、脚があるから歩ける、走れる――ではなく、走るために脚があると云わんばかりの造形美。本来の機能に満たされた体とは単純な動作ですらが――かくも美しい。

 まさに神業ッ……天は二物を与えずというが、コレを見れば納得出来るというもの。ウマ娘にこの芸術があれば、他に何が必要だというのか……ッ!!

 歩いている姿だけで極上の風景、黄金の肉体美が放つ極光に眼が焼かれそうだというのに、さらにこれから走るだって???

 ベッドの上で美女が衣服をズラすが如く、抑えきる事の出来ない好奇心の有頂天!!

 

 ~~~~~~~ッッッッッ。

 

 見たいッッ! ()たいッッ!! 観戦()たいッッッ!!!

 

 このウマ娘が走る所が観戦()たいッッ!!!!

 

 『思えば……あれは彼女の“意思表示”だったんじゃないかって……』

 

 “自分は、お前たちの手に届かぬ先にある財宝だ”

 

 “無理だ、と手を引っ込めるか、奪ってみせるッ! と追いかけるか”

 

 ――貴方達はどっちですか?

 

 観客方面を一瞥した彼女の目は、確かにそう語っていた――と。

 

 『え?……1分にも満たない、ものの数秒なのに、なんでそこまで詳しくわかったのか、ですか?……そうですね、例えば極上なはちみーをあなたが一口だけ飲んだとする』

 

 沖野氏は説明する。

 

 『甘い――甘い――超甘い――固い――甘い――濃い――。その味を丁寧に語るなら10分もかかるでしょう。しかしそれらは――わずか数秒ほどの出来事だったのです――と言えば理解(わか)るでしょうか』

 

 事の信憑性はともかく、反論を許さぬ断定的物言い。少なくとも、あの光景を見た人物からしたら納得するしかないモノだったのだろう。

 最後に、沖野氏はこう締めくくった。

 

 ――『俺も…こんな職を選ぶくらいですから どこか速さへの憧れがあるのでしょうねェ………なにかこう……ぶっちゃけ脚に抱きついてキs』

 

 ※ボイスレコーダーのトラブルにより、ここで音声は終了している。

 

 

 

 

 「なんだ……? あれは?」

 

 思わず声を漏らしてしまったシンボリルドルフだったが当然と言えよう、ゲートの中でスタートの合図を待つ彼女の姿勢は未だかつて誰も見たことのない不気味なものだったが故。

 

 ではどんな態勢なのか?

 

 こんな感じ?

 

 いやいや、もっと身体を捻じって。

 

 ……こう?

 

 いやいや、もっともっと深く捻じって。

 

 …………こう?

 

 そう、ソレ(・・)です。

 

 ……いや~~~~~~~~~ッコレ(・・)はないでしょッッ。

 

 だってこの態勢って――もはや砲丸投げじゃんッッッ。

 

 「聞いたことも見たこともないフォームだ……というか走れるのかアレは?」

 

 砲丸投げのように腰を半分下し、ゲートに対して後ろを向くという意味不明な構え。

 当然であるが、これは彼女が創った独学の姿勢である。一見走る事に適さないような体勢。しかし本人にとっては、れっきとした?根拠のある行為だった。

 

 ――“正拳突き”――

 

 空手の基本型にして必殺技である。

 体重70Kgの同じ人間が放つ拳でも、素人と空手家ではパンチ力に多いな差があるのはなぜか。

心構え、覚悟……そんなまどろっこしい説明は不要。大切なのはたった一つの動作である。

 

 “腰を切る”事。

 

 捻りを入れた腰の力を胸に、更なる加速を得て肩へ。そして腕、関節、拳。この過程を得て、通常より破壊力のある拳を放つことが出来る。腰の力を腕に伝え、放つ……腰……下半身……腕、上半身――

 

 ――んん? ちょっと待てよ?

 

 ここに一つの疑問を持ったウマ娘がいた。

 

 ――だったら、()も可能じゃないか?

 

 ――手の親指から始まる関節の連動を手首へ。

 ――手首から肘へ。

 ――肘から肩へ。

 ――肩から腰へ。

 ――腰から股関節へ。

 ――股関節から膝へ。

 ――膝から足首へ。

 

 上半身の推進力がそっくりそのまま脚に向かう事で生まれる加速。その加速を上半身だけで補うことが出来れば……?

 

 近い例を挙げるとすれば……そう、空手の父と呼ばれる有名な人物がかつて唱えた言葉――

 

 『体重×スピード×握力=破壊力』

 

 ――で、あるのなら。であるのならば。

 ――『握力』というのは言い方を変えれば『筋肉』ではないか?

 ――『破壊力』というのは言い方を変えれば『加速力』ではないか?

 

 つまり?

 

 ――体重×

 

 ――スピード×

 

 ――筋肉=

 

 ――加速力ッ!!!

 

 

 ………………………。

 

 ………………。

 

 ……。

 

 …………いやいやいやいやいやいやいや。

 そんな単純なモノじゃないでしょ~~コレは。空手とレースってそもそもまったくジャンルが違うし理論も意味不明。第一そんなので加速できるなら誰しもチャレンジしているだろうし? 足が持たないって。言葉では言えるが、実際に効果が得られるかと言われると……そんな馬鹿な真似、誰がするのか。

 

 ――無論、ここに。

 

 いるのだ。いて、しまったのだ。絵空事、誰もが実施し得なかった馬鹿馬鹿しい行為。子供のような理想……それを現実に変えてしまったウマ娘が。

 だが勘違いしてはいけない。ここに存在するは人間ではなくウマ娘だ。

 人間とほぼ変わらない体格だというのに、科学では解明出来ない驚くべき身体能力の数々。その奇天烈さに、多くの学者や医者が匙を投げた。領域? 能力(スキル)? ナニソレ? と様々な議論、研究を重ねられたが、あれだけの身体能力を説明出来る人物は今日に至るまで存在しない。

 結果、一番有力説されたのは、『すんご~~っく強い魂を持っていて。それがなんか作用してんじゃネ?』という身も蓋も無いもの。しかし、それも致し方ない事だろう。

 かの有名な陸上選手でさえ最高時速35キロ前後であるというのに、ウマ娘の最高速度はなんと70キロオーバー。傷ひとつ無い可憐な手の握力は、いとも簡単にリンゴをクラッシュさせ(推定握力80以上ッ!)、さらにはデッドリフト250キロを涼しい顔でこなし、レッグプレス450キロを10ラップ以上を可とする――ッ!!!

 

 まさに驚異的、圧倒的。あの辨天からは考えられない恐ろしさだ。華奢な見た目であっても、その中身ははちみーが如く超濃密な筋肉の塊ッ!!人間には出来ないが、ウマ娘には出来る……それを踏まえてみると……可能、か?

 “彼女”の提唱する『上半身での加速』が――ッ!!?

 

 そして誕生(うま)れた。

 

 最新――

 

 最強――

 

 最善――

 

 最良――

 

 現在(いま)最も進化した姿勢(フォーム)

 

 即ち、最速ッ!!

 

 身体の安全性など一切不要、全身の関節、筋肉のバネに力を込めて極限に圧縮と同時に解放――『身体を曲げながら伸ばす』という矛盾、動かぬまま全身全ての筋繊維を一気に駆動ッ!!

ギアの入っていないアクセルペダルを最初から限界まで踏み抜き、腿の血管が妙な音を立てて脈だつ爆発寸前の筋肉。

 これが普通のレースで他のウマ娘がいる中ならば危険極まりない行為である。同時にスタートするレースの関係上、開始直後の位置決めのために前のウマ娘を抜かすには必ず左右どちらかに“ズレる”必要がある。よって“直線”で走る行為は存在しない。

 

 ただし、一つの例外を除いて。

 

 左右に移動する事無く、前の走者を抜かす必要が無い位置――勘の良い読者なら気づいただろう。

 

 先頭――すなわち大逃げ。

 

 “スタート直後は必ず己が先頭だ”という、接触事故を一切考慮しない圧倒的自信の姿勢。普通のウマ娘が安全に、足を壊さずに走りぬく『普通の型』とすれば彼女は『超加速偏重型』…………の姿勢。

 

 「…………ッ」

 

 見学していた誰かが唾を飲む。

 恐れているのだ。開始の合図が出れば、一体どうなってしまうのか。このまま始めて良いのか、今からでも止めさせるべきではないか? そんな疑問を抱いてしまうほどの恐怖……いや、これはいっそ――――畏怖。

 しかし、今更の話である。彼女は提案をした。そして上の者たちはソレを承諾した。ならば、あとは結果を見届けることだけだ、と。

 三者三様、だが今現在においては同じ思考に至った観客は、今か今かと数時間とも感じられる数秒が経過し――そして、その時は訪れた。

 

 ゲートの扉が開く。

 

 同時にコンマ一秒の遅れ無く溜めていた力が臨界突破し、全身の関節が加速を開始する。

 手の親指から足首の親指へ――内、動作に関連する17か所の脊椎骨を同時加速ッ。可働部位、計27か所ッッ!!。

 

 重量物が落下したような重い『ドコンッ!』

 風船が割れたような乾いた『パンッ!』

 

 鳴り響く二つ衝撃は、地面を破壊する(蹴る)轟音と、音の壁を越えた鳴動。走り始め(スタートダッシュ)のみという限定的ではあるがゆえに発揮する凄まじい脚力が発する二つの音色はレース場全域に響き渡った。

 

0:12

 

 「――えっ」

 

 なんとも間抜けなその声は、一体誰か。

 

 

10:76

 

 

 ――なぜもうあんな場所にいる。さっきまですぐそこにいたじゃないか。

 

 

25:13

 

 

 ――待て、もう半分を過ぎただと? では、このままだと……。

 

 

49:49

 

 

 ――あぁ、あぁ待ってくれ。考えを纏めさせてくれ。これでは、これでは――ッッ

 

 

57:82

 

 

 ――あり得るのか? こんな場所で? あっていいのか、こんな……こんな大観客も居ない、重賞レースでもない場で――ッ!!

 

 

 

 

 

 

 改めて、言わせてもらおう。

 

 

 『今から15年前――彼女が生まれた瞬間から、この世界の生物の速さのランクは一つ下がった』

 

 

 そして、付け加えるならば20XX年、現在――。

 

 

 

 

 

 

76:01

 

 

 

 

 

 世界記録を1秒04も短縮し、(よわい)たった15歳の少女は世界最速となったッッ!!

 

 

 その名は――

 

 

 






「彼女らを呼べッ!!」

敗北を知りたいとぬかす彼女に迫る刺客たち――ッ
皆で走る楽しさを知ってもらおうと、理事長が送る刺客――連携の連携の中の連携 キング・オブ・コンビネーションウマ娘ッ!!。

『【「」】』

“リップルスター”“レオトゥース”“タングライト”

誰が呼ぶともなくマウス。

誰が呼ぶともなく――唇 歯 舌。

迫りくる連携という初見に苦戦する彼女――ッ

「こ、これは――」

進路を妨害する、絡み合ったウマ娘の尻尾――ッ!?

16世紀、ヨーロッパのウマ娘が行った走法“ルーザールース”

レース中、他選手への故意接触は禁止――しかし、尻尾に関しては制御不能なため許されたグレー走法ッッ!!

レース中盤でも“後ろを走らされる”という出来事に彼女はどう対処する――!?


次回『キングオブコンビネーション』

※嘘です。そもそも走行妨害は失格です。



本当の後書き


アプリ、アニメはなんちゃって視聴しかしていません。
芝とかダービーとかマイルとかステークスとかまったく理解出来ていませんのでさらっとしか描写しませんでした。

仮に連載するにしても、アプリをやり込み、アニメを何度も視聴する事になるため当分しません。

なので誤字、脱字、設定的にココがおかしい等、遠慮なく教えていただきたいです。※バキ理論に突っ込みは勘弁してください。

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