アルガユエニ   作:佐川大蔵

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第十一話 「氷漬く屍」

 2月12日 未明。

 

 土星軌道に到達した『ヤマト』は、予定通りにエンケラドゥスへ先行偵察のための航空隊を発進させた。

 

 今回の航空隊は偵察隊と警戒隊に分け、偵察隊はエンケラドゥス上陸前に地表の敵の有無を確認し、警戒隊はエンケラドゥス上陸後に周辺宙域の警戒に当たることになっている。

 

 航空偵察が行われているあいだも、我々は27sノットの速力でエンケラドゥスを目指す。

 

「何か、ひび割れた鏡餅みたいだなぁ」

 

 艦橋の大パネルに映し出されたエンケラドゥスを見て太田気象長がそんな感想を述べる。

 

 土星の第二衛星であるエンケラドゥスは直径約500km程の小さな星だが、太陽系の各星のなかでは活発な地質活動をしている星である。

 

 これは、土星やほかの衛星からの潮汐力と内部の放射性物質の崩壊によって起こるもので、南極付近に生じた無数の亀裂から、火山や間欠泉のように水蒸気が噴出されてそれが凍り、星の表面を覆うことで、常に新雪の如き白さを保っている。

 

 “ひび割れた鏡餅”とは中々言い得て妙である。

 

 やがて、先行偵察機より報告が入る。

 

 航空偵察の結果、ここエンケラドゥスの地表には、先の浮遊大陸のような敵基地等の施設は認められず、また、救難信号の発信地点に未確認の宇宙船らしき物体が確認された。

 

「艦長、エンケラドゥスへ上陸する、艦を降下させよ」

 

「了解。通信、偵察隊に帰還命令を出せ。

 航海、両舷前進原速、南半球、コスモナイト採掘場へ向かえ」

 

 コスモナイトに限らず宇宙に於ける採掘場は、よほど地形が悪くない限り、採掘から船までの輸送の手間暇を省くために、採掘場のすぐ傍に接岸桟橋があるのが常である。

 

 接岸してしまえば再度飛び立つまで艦底から艦載機を飛ばすことができないので、エンケラドゥスの大気圏―――と言ってもほとんどないが―――に突入する前に先行偵察隊が帰投し、入れ替わりに周辺警戒隊が発進する。

 

 エンケラドゥスに敵影無しとはいえ、油断はできない。

 

 土星は木星と並んで60を超える衛星を持つ大惑星であり、中でも第六衛星タイタンは、火星に次ぐテラフォーミングの候補地に挙がるほどに環境が整っており、敵が拠点を置くにはもってこいである。

 

 万一それらが存在した場合に早期対処するのが警戒隊の役割である。

 

 警戒隊が発進して、艦がエンケラドゥス地表に近づくと、一面氷漬いた地面から時折火山のように水蒸気が吹き出しているのが見て取れた。

 

「おい航海、接岸指揮は貴様がやれ」

 

 正面にコスモナイト採掘場のために人為的に作られた地割れを認めた際に、私は島航海長に言った。

 

 島航海長は一瞬“ギクッ”とした様子で私を見た。

 

 艦の出入港のときには、艦長が操艦するのが普通である。

 したがって、もし航海長にミスがあれば、それはそっくり艦長である私の責任となる。

 

「かまわん。なぁに、浮遊大陸の時よりは楽だよ、訓練通りにやってみろ」

 

 これは私の昔からのやり方である。

 

 “やってみせ、やらせてみて、褒めてやる”。

 

 山本五十六元帥の言葉であるが、私に限らず帝国海軍の駆逐艦長たちの多くは、こうしたやり方で若い幹部教育を実践したものだ。

 

 そこで生じる責任というリスクを嫌がって教育放棄するようでは、艦長たる資格はない。

 

「進入角よし、両舷前進微速、赤15 ――エンジンの回転数を15回転下げるという意味。上げる場合は“黒”――、下げ舵16」

 

 もっとも、この『ヤマト』に限って言えば、おしなべて皆優秀であったから、そうした心配の必要はなかった。

 

「艦首やや下げ、接岸準備」

 

「準備よし」

 

 この島航海長も“ギョッ”としたのは最初だけで、いざやってみると、私が何も言わずともスムーズに接岸作業をやり遂げた。

 

「接岸完了」

 

「よし、ご苦労」

 

 手がかからないのは良いのだが、鍛えがいのない部下たちである。

 何時かの森下ではないが「もっとヘボならよかったのに」と贅沢な心持ちになる。

 

「各人、既定の通り行動を開始、所定の作業を開始せよ」

 

「はっ!!」

 

 沖田提督の命令に、真田副長、森船務長、古代戦術長、アナライザーが復唱し席を立つ。

 

「おい三人とも、見ての通り外は極寒だ、風邪ひくなよ」

 

 と、ひと声かける。

 

 一面の新雪の如く白い世界――と言うと聞こえはいいのだが、実際に見れば、寒冷と荒涼と不毛の氷と岩で固められた星であり、とても人が住めるようなシロモノではない。

 ここに比べればアリューシャン列島の方がまだマシだろう。

 

「アノ、艦長、私ハ?」

 

「貴様は風邪ひかんだろうが」

 

 何言っとるんだと、アナライザーを軽く小突いた所で、空気の重かった艦橋内に、時ならぬ笑いがわき起こる。

 

 大いによろしい、こういうユーモアを忘れた時が一番怖いのだ。

 

 とは言え、さすがにそれだけだとアナ公が気の毒なので、

 

「まぁ、貴様は凍り漬けにならないように気を付けて行ってこい」

 

 と、フォローを入れておいた。

 

 

――――――

 

 

 作業開始。

 

 真田副長、榎本掌帆長はレーザー削岩機を使用しつつ、手際よくコスモナイトを採掘している。

 

 幸運なことに、こちらは既に採掘済みの備蓄も相当量放置されていたため、かなり順調である。

 

 ガミラスはどうしてこんな宝の山に手を付けなかったのだろうか?

 普通に考えれば、これ幸いと喜び勇んで持って行きそうなものだが。

 

 或いはガミラスにとってコスモナイトはそれ程重要な資源ではないのかもしれない。

 

 もしもガミラスの使用している宇宙機関が『ヤマト』の次元波動エンジンと全く異なる物であるのならば、それもあり得るが、この時点では推測に過ぎない。

 

 敵の事情がどうあれ、我々としてはこの手付かずの稀少金属がタダで大量に手に入るのだから、素直に喜ぶことにする。

 

 一方、コスモシーガルで救難信号発信地点に向かった森船務長、古代戦術長達メディック班からはまだ連絡がない。

 

 コスモナイト採掘場と救難信号発信点はやや離れた位置にあり、シーガルで三〇分ほどの距離である。

 

 コスモナイト採掘が優先事項であるため、残念ながら艦を遭難船寄りに着けるわけにはいかなかったのである。

 

「古代たちはそろそろか・・・・・・」

 

 操舵席に座る島航海長が少しソワソワした様子で独り言を言っている。

 

 時計を見ると、作業開始から既に一時間半が経過している。

 粗方捜索を終えている頃のはずなので、そろそろ報告が来るだろう。

 

「遭難者が気になるか?」

 

 島航海長は即答だった。

 

「勿論そうですよ。船乗りたるもの仲間を見捨てないことが誇りですからね」

 

 航路会議の際に日程を優先して、冥王星を避けるように具申していたにも関わらず、救難信号受信を知るや、日程の遅れを厭わなくなった島航海長だ。

 

 今も作業の進み具合よりも、遭難者の安否の方を気にしている。

 人命救助に対する信念がよほど強いのだろう。

 

「父の口癖みたいなものなんです」

 

 島航海長の言葉に、私は神妙な気持ちになる。

 

「・・・・・・島大吾宙将だったな、航海長の親父さんは」

 

「はい。戦死した時、父は一佐でしたが」

 

「いいんだよ宙将で。そうかぁ・・・・・・」

 

 島大介航海長の父―――島大吾宙将(戦死後、二階級特進)は、8年前に太陽系に侵入してきたガミラス艦隊と初めての接触を試み、無念にも撃沈され、ガミラス戦役における戦没第一号となった巡洋艦『ムラサメ』の艦長だった人物だ。

 

 今の私にとっては話でしか知らない人物であるが、帝国海軍で言う木村昌福中将のような人物で、指揮官として与えられた任務を全うしながら、部下を思いやり、戦争と言えども無駄な犠牲を避ける、人命と友好を第一とした温和な人格者として知られていた。

 

 そんな人物が、初めての異星人との接触を担当し、地球人類の存亡をかけた終末戦争の最初の犠牲者となってしまったとは何という皮肉であろうか。

 

「実際にこうして宇宙に出てみると、父の言っていたことがわかるような気がするんです」

 

 ――漆黒の闇が無限に広がる宇宙にあって、人を支えるものは、仲間たちの信頼と絆。

 

 その島宙将の信念は、こうして息子である島航海長に受け継がれている。

 

 それは島宙将が父として教育を間違えなかった証であるし、同年代の船乗りである私にとっても嬉しいことであった。

 

「親父さんに恥じないようにしないとな」

 

「はい」

 

 “知らぬが仏”とはよく言ったもの。

 

 この時、事の真相を知らなかった私は、後部席で静かに我々のやり取りを見ていた沖田提督の胸中を察するべくもなかった。

 

 ―――その時であった。

 

「艦長、レーダーに感。二時の方向、距離八千より複数の物体が接近してきます」

 

 救難活動のために艦を離れている森船務長に代わってレーダー席に座っていた岬百合亜准尉から報告が発せられた。

 

「物体とは何だ、至急確認しろ」

 

 岬准尉にそう命じ、私は右前方に目を凝らした。

 

 そのコンマ数秒後、私の視界に“ピカッ”と閃光が閃いたと思うと、“ドォーン”と艦の至近に着弾による爆発が起こった。

 

 ―――畜生、敵だ!!

 

「敵襲、総員戦闘配置につけッ!!」

 

 予期せぬ敵の出現に艦橋の警報器がけたたましく鳴り響く。

 

「敵の映像を捉えました、パネルに投影します」

 

 天井の大パネルに敵の姿が映し出される。

 

 二重に渡る航空隊の警戒の目にもふれずにどこに潜んでいたのか、三連装砲塔を装備した四両のガミラス軍戦車が、『ヤマト』及び作業班に向けて突撃せんとしていた。

 

「畜生、何見てたんだよ航空隊の連中は!?」

 

 南部康雄砲雷長が苛立たしげに吐き捨てている。

 

 後に、この時のガミラス機甲部隊は、土星宙域に一隻だけ配備されていた極めてステルス性の高い偵察揚陸艦から発進したものであることが判明する。

 

「これより本艦は敵機甲部隊の迎撃に当たる。

 資源採掘班は現時点を以て作業を一時中断、艦へと退避せよ」

 

 沖田提督から命令が下り、こちらが応戦体勢を整えている間も敵弾は次々と飛来する。

 

 距離が近く、こちらは図体がでかい上に動けないため、早々と右舷に何発か被弾するが、敵戦車の砲口径は99mmと駆逐艦の主砲よりも小さく、戦艦である『ヤマト』の装甲の前には豆鉄砲同然で、損害は軽微だ。

 

 敵とて、こんな貧弱な火力で『ヤマト』を攻略できるとはよもや思っていまいが、作業中のこちらの隙を見て、一矢報いんと攻めてきたのだろうか。

 

 敵からすれば、軽武装で艦外に出ている作業班の者たちは好餌であるし、こちらとしても戦車一両でも作業班の中に飛び込んで、砲弾を撃ちまくられれば、人的・物的損害は計り知れないものがある。

 

「右舷高角速射砲迎撃開始、採掘班撤退を援護せよ」

 

「航空隊はスクランブル待機。土星衛星宙域哨戒中の警戒隊を至急呼び戻し、敵地上部隊掃討に当たらせろ」

 

 ――メディックの連中は大丈夫かな?

 

 必要な命令を矢継ぎ早に下しながら、私がそう心配したとき、まるでそれを見越していたかのように相原通信長のレシーバーに緊急信が入った。

 

『こちらメディック、現在ガミラスから攻撃を受けています。至急救援願います』

 

 発信者は森船務長で、平文であることが事態の緊急を告げていた。

 

「メディック、そちらの被害状況は?」

 

『シーガルが大破しましたが全員無事です』

 

 まずいな。シーガルが大破したとなるとメディックの方は撤退する手段がないし、戦車と正面からやりあえるだけの武装も備えていない。

 

 一刻も早く救援を出さなければ、メディック四人の身が危険だ。

 

「艦長、もっと高度を取らないと、艦底から航空隊を出すことができません」

 

「機関停止中のため、主砲、副砲とも使用不能」

 

 だが、状況は最悪に近い。

 

 折り悪くも機関部がコンデンサーの修理に取り掛かってしまっていて、エンジンを始動することができず、『ヤマト』はまったく身動きが取れない状況にあった。

 

「艦長、三式弾なら使えますし、主砲ならば十分に届きます。ここから遠距離砲撃してはどうでしょう?」

 

「ダメだ、敵とメディックの距離が近すぎる。下手するとメディックの連中まで吹っ飛ばすことになるぞ」

 

 南部砲雷長からの意見具申も即座に却下した。

 

 浮遊大陸の時と異なり、今度は敵のすぐ傍に味方がいるのだ。

 

 しかも地上にあっては地形の関係で、レーダーの有効範囲が非常に狭く、メディックの位置までは及ばないため、射撃諸元の算出は昔ながらの先方からの座標指示を基にした手動射撃だ。

 

 砲雷科の腕を信用しないわけではないが、言ってみれば目隠しをした状態で周囲の声だけを頼りに輪投げ―――それも一度に三輪を投げる―――をするようなものだ。

 

 到底正確に狙えるものではないし、この『ヤマト』にも実弾射撃では嘗ての戦艦同様に散布界というものはある。

 

 ほんの少しでも逸れて、味方に被害が出ては目も当てられない。

 

 レーダー誘導ができないため、ミサイルも使用不可である。

 

「採掘班の撤退状況は?」

 

「敵に足止めされて遅れています」

 

 速射砲による撤退援護もうまくいっていない。

 

 『ヤマト』の速射砲は上方構造物の対空戦闘を想定しており、地上への機銃掃射のような使用法は前提に入っていない。

 

 まして『ヤマト』は艦底に第三艦橋がある関係で、着陸していてもやや浮いている状態で、速射砲の下仰角はさらに狭い。

 

 宇宙での戦闘であれば、艦の上下向きを回転させれば良いだけだが、重力のある地上に着陸していてはそうもいかない。

 思わぬ形で弱点が露呈した形となってしまった。

 

 こうなれば頼みは航空隊であるのだが・・・・・・。

 

「応急長、何とかケツだけでも持ち上げられんか?」

 

 メインエンジンが停止しているのならば、補助エンジンで何とかならないかと思ったが、現場で修理作業の指揮をしている徳川機関長の代わりに艦橋に上がっていた山崎奨応急長は首を振った。

 

「出力が足りません。それに今エンジン噴射すると採掘班を巻き込む恐れがあります」

 

 ダメか。

 さらに新見情報長から「今の状態で艦尾を上げても、まだ高度が足りません」とダメ押しを喰らう。

 

「警戒隊はまだか?」

 

「急行していますが到着まで最短でもあと15分」

 

 メディックや採掘班の装備を考えると、警戒隊が到着した時にはもう手遅れになっているかもしれない。

 

 だが艦底から航空隊を出せない以上、ほかに打てる手は・・・・・・。

 

 

 ―――「それだと、ある程度高度が必要だな」

 

 ―――「その際には上部格納庫の『コスモゼロ』で対処が可能です」

 

 

 ・・・・・・あった。あるじゃないか、こういう時のための航空機が。

 

「艦長、上部格納庫の『コスモゼロ』を使おう、一刻を争う」

 

 沖田提督も私同様のことに思い当たったようだ。

 

「ちょうど意見具申しようとしていたところです、早速向かわせます」

 

 そう言って私は即座に艦内電話を取り上げる。

 

「艦橋より第二格納庫」

 

 私が連絡を入れると、ほとんど私の言葉を遮る勢いで加藤隊長の声が響いた。

 

「艦長、上にある『コスモゼロ』を拝借しますよ」

 

「おう構わん、使え使え、人選はそっちで決めろ」

 

 命令伝達はものの五秒で終わった。

 

 『ヤマト』に二機搭載されている『コスモゼロ』は、本来は古代戦術長用の機体で、もう一機は予備機だが、この際そんなことは言っていられない。

 

 加藤隊長以下、航空隊の連中も先行偵察で自分たちがミスをしたと思いつめていたのだろう。

 私が連絡を入れなければそのまま無断で出ていきそうな勢いであった。

 

「おい通信、採掘班とメディックにもう少し辛抱するように伝えろ、機関部は修理作業急げ」

 

 やることはやった。

 

 事態は全く楽観できない状態が続いているが、何とか打開の目処は立った。

 

 なんとか頑張ってくれよと思った時、早くも『コスモゼロ』が一機発艦していった。

 

 加藤隊長に命令を伝えてからまだ五分と経っていない。

 

「早いな」

 

 『ヤマト』から飛び出した『コスモゼロ』は機首を急激に上げて上昇したかと思えば、逆落としに急降下しつつ機関砲で敵戦車を仕留め、さらに上昇、急降下と、ヒットアンドアウェイ戦法を繰り返す。

 

「いい腕だな、誰だあれは?」

 

 件の『コスモゼロ』は、急上昇、急降下がほとんど直角に近い。

 

 実に単純な話だが、急降下攻撃を加える際、角度が強ければ強いほどスピードはつくが、高速になりすぎて標的を狙い難く、オーバーランしてしまうことも多い。

 

 しかも標的は艦船よりもはるかに小さい戦車だ。

 にも関わらず、極めて正確に一撃必殺を繰り出している。

 

 嘗ての帝国海軍の零戦・艦爆乗り達にも引けを取らない腕前に思わず感心していると、もう一機の『コスモゼロ』が戦列に加わる。

 

 ―――結構遅かったな?

 

 一機目の発艦から二機目が追いつくまでに随分と間があったが、航空隊の連中、早い者勝ちにでもしたのだろうか?

 

 もしこの時の航空機間の通信が艦橋にも繋がっていたら、最初に飛び出した『コスモゼロ』パイロット―――山本玲三尉の運命はだいぶ違っていたかもしれない。

 幸か不幸か、私や沖田提督が事実を知るのは、もう少し後のことである。

 

「艦長、レーダーに感。敵の母艦です!!」

 

 岬准尉が敵の母艦の出現を知らせたが、二機の『コスモゼロ』はこちらが指示するまでもなく、“パッ”と二手に分かれ、一機がメディックの救援に、一機が敵母艦の対処に当たった。

 幸い、この時になってやっと警戒隊が到着し、戦列に加わった。

 

 こうなれば形勢逆転、精々一〇〇メートルそこそこの敵揚陸艦はもうどうしようもない。

 

 必死の対空砲火を“ヒラリヒラリ”と掻い潜った航空隊の集中攻撃によって、我々の見ている前で爆発・轟沈するのに、そう時間はかからなかった。

 

「やれやれ、助かった」

 

 太田気象長がそう言ったのを皮切りに、艦橋全体に安堵感が広がる。

 

「採掘班の被害状況は?」

 

「削岩機が幾つか大破しましたが、幸い死傷者は出ていないようです」

 

 よかった。真田副長や榎本掌帆長は上手く躱してくれていたようだ。

 

 となると、後はメディックチームである。

 

「メディックから連絡はないか?」

 

「先ごろより通信が途絶えています」

 

 相原通信長の報告に内心不安がよぎる。

 

 つい先程、救援が向かう旨を伝えた時には森船務長から返事があったのだが、その直後に突然途絶えてしまったのだ。

 

 何かあったのかもしれない、一刻も早く安否を確認しなければならないが。

 

「機関の方はどうか?」

 

「コンデンサーと伝道管の応急修理はまもなく終わります」

 

 確認したところ、応急修理が終わった時点で航行は可能であり、本格修理の方は航行中でも行えるようだ。

 

「採掘班収容終わりました」

 

 これでメディック以外の作業は全て終了となった。

 

「艦長、ほかの作業は終わっていますし、いっそ『ヤマト』でメディックを迎えに行ってはどうでしょう?」

 

 島大介航海長からの意見具申に、「そりゃあ、いい」と同意する。

 

 時間的にも短縮できるし、万一の事態にもそのほうが対処しやすいだろう。

 

 沖田提督からも許可を頂き、『ヤマト』は抜錨、航空隊を収容した後、救難信号発信地点に微速で向かうこととなった。

 

 不思議なことに抜錨直前からエンケラドゥスの軽い重力下では非常に珍しく、雪がちらつき始めていた。

 

 

――――――

 

 

「まもなく、救難信号発信地点上空です」

 

 発進から約三〇分後、『ヤマト』は救難信号の発信地点に到着しようとしていた。

 

「通信、メディックから応答はないか?」

 

「ありません」

 

「よし、総員目を凝らせ、近くに難破船があるはずだ」

 

 そう言って、私は双眼鏡を構える。

 

 心配されたのか、沖田提督も艦橋前部まで出てきて周囲を見回している。

 

 救援要請が発せられたのだから、地割れに堕ちているということはないはずである。

 ―――新たに発生していなければ、の話だが。

 

 双眼鏡で目を凝らしていると、艦首前方、距離にして凡そ二千メートルに、岩石、氷塊の類とは異なる、明らかな人工物と思われる物体が見えた。

 

 と同時に、正面に信号灯の花火が上がったのを私は認めた。

 

「おおっ、あいつら無事だったか」

 

 その信号灯のすぐ傍に、こちらに手を振って合図する人影を認めて“ホッ”とした。

 信号灯はアナライザーが上げたものだろう。

 

 『ヤマト』はさらに低速で進み、やがて難破船を左舷下方に臨む位置に停止する。

 

「救命艇降ろし方用意」

 

 四人を収容するよう命じてから、私は改めて難破船を見やる。

 

「『磯風型』、だな」

 

「えぇ」

 

 隣に立つ沖田提督の言葉に頷く。

 

 凍りついてしまっているが、その形状は『磯風型突撃宇宙駆逐艦』に相違なかった。

 

 だが、駆逐艦の左舷中部に記された艦名を見た瞬間、私の心もまた凍りついた。

 

「・・・・・・『ユキカゼ』」

 

 思わず言葉が漏れた。

 

 間違いない。三週間前の『メ一号作戦』において奮戦し、最後は艦隊撤退の殿となって凄惨な死闘の末撃沈された駆逐艦『ユキカゼ』であった。

 

 闘いの末に戦闘力を喪失して漂流し、土星の引力に引き込まれてエンケラドゥスに墜落したものと思われた。

 

 沖田提督の顔を見ると、眼を大きく見開いて絶句していた。

 多分、私も似たような顔をしているだろう。

 

「艦長、すまないがしばらくここを頼めるか?」

 

 視線を『ユキカゼ』から私に向けた沖田提督が言った。

 

「少し上に上がる。古代が戻ったら提督室に呼んでくれ」

 

 沖田提督の言葉に“ハッ”となった。

 

 『ユキカゼ』の艦長 古代守は、今更言うまでもなく古代進戦術長の実兄である。

 

 艦体の大小無数の損傷を見れば、本当に戦って戦って戦い抜いたのだということは疑いようがない。

 

 ・・・・・・そして、生存者を望むだけ無駄であろうことも。

 

 奇しくも、兄の墓標を見ることになってしまった戦術長が平気でいるはずがない。

 

 顔がひきつり、口が乾く。

 

「有賀君」

 

 そんな私の目の前を通り過ぎざま、沖田提督は小声で言った。

 

「君が、そんな顔をしてはいかんぞ」

 

 その言葉に私は無言で目を伏せた。

 

 古代戦術長のことだけではない。

 

 私が『ユキカゼ』という艦に、そしてその乗員に特別な思い入れがあることも、この人は知っていたのだ。

 

 短い励ましの言葉が嬉しかった。

 

 

――――――

 

 

 その後、医務室で簡易的な検査を受けて艦橋に上がってきた森雪船務長から、メディック班の活動報告を受けた。

 

「救難信号は、第一艦隊所属駆逐艦『ユキカゼ』のものと判明。同艦に生存者はありませんでした」

 

「・・・・・・そうか」

 

 森船務長の報告に、言葉にならないうめき声が上がり、艦橋内を沈黙が支配した。

 

 ――やはり、ダメだったか。

 

 古代戦術長の席に自然と目が行く。

 

 古代戦術長の姿はない。

 医務室簡易検査を先に終えて、艦橋に上がってきた古代戦術長は顔面蒼白ながら、毅然とした表情で報告をしようとしたのだが、私はそれを遮って、

 

「報告なら船務長から聞く。貴様は提督室に上がれ」

 

 と、命じた。

 

「報告をして来い、『ユキカゼ』の」

 

 怪訝そうな顔をしていた古代戦術長は、静かに俯いて上に上がっていった。

 

 戦術長の席には、ベルトの付いたホルスターに収まったコスモガンが掛かっている。

 

 提督室に上がる前に戦術長が置いていったものだ。

 

 報告によると、メディック班は二両のガミラス戦車に襲われ、さらに敵兵が乗り込んできて森船務長は危うく拉致されそうになったと言う。

 

 途中で船務長から通信が途絶えたのはこの為で、艦橋要員―――特に南部砲雷長―――は顔を引きつらせた。

 

 護衛役の古代戦術長が、『ユキカゼ』艦内で不慮の事故に見舞われた原田衛生士を救助している最中の、全くの不意打ちであった。

 

 だが、その後の古代戦術長の対処は冷静で、銃撃戦の末、敵兵の排除と森船務長の救出を見事に成し遂げた―――戦車にも襲われたが、件の『コスモゼロ』の救援が間に合い九死に一生を得たとのこと―――。

 

 その時に戦術長が使用していたのがこのコスモガンであった。

 

 恐らく、銃撃戦の際に自身の持っていた武器を失ってしまい、偶々艦内に落ちていたコスモガンで応戦したのだろう。

 

 ―――コスモガンに掘られた所有者の名前は“古代守”であった。

 

 結果として、戦術長は兄の銃に助けられるという傍から見ればドラマチックな形となった。

 

 だが、私たちの中にそんな風に思う者はいない。

 

 多くの人々にとっては『ユキカゼ』や古代守といった名前は、単純な活字の羅列にすぎないが、共に戦った者にとっては違う。

 

 こと私にとっては、この時代に降り立った当初からガミラス戦役を戦った艦であり、一緒に過ごした生身の仲間達の名前だった。

 

 コスモガンと凍りついた『ユキカゼ』を見ると、立派な戦友たちを失ってしまったのだという喪失感が胸に広がってくる。 

 

 ―――宇宙ゆかば、氷漬く屍、か。

 

 だが、『ヤマト』にはそんな感傷を持つ時間も、まして礼式を執り行う時間もない。

 

 地球の運命を背負う航海を再開しなければならない。

 

「総員配置につけ、出航用意」

 

 そう命令し、私は最後にもう一度『ユキカゼ』に向き直り、挙手の礼を捧げた。

 

 不思議と私の耳に、どこからか『銀河航路』の歌が聞こえてきた。

 

 誰が唄っているのか、どこから聞こえてくるのかはわからないが、確かに聞こえた。

 

 雄々しく、勇ましく、されど悲愴なその歌声は、あるいは『ユキカゼ』乗員の魂の歌声であったのかもしれない。

 

 彼らには『海ゆかば』よりも、この『銀河航路』こそふさわしいと感じた。

 

 その歌声を聴いているうちに、私の脳裏にありとあらゆるこの艦での思い出が次々と蘇ってくる。

 

 いきおいそのまま、私の意識は回想へと引き込まれていった。

 

 駆逐艦『ユキカゼ』、そして古代守という男と出会ったあの日に・・・・・・。

 

 

 

                         ―――人類絶滅まで、あと363日。

 

 

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