あまり話は進まず、むしろ過去編です。
トリコは要所要所で過去編とかないからオリジナルで作るの大変
少し過去の話をしよう。
それは千代の息子が病気によって亡くなった時まで遡る。
千代の息子は生まれつき体が弱く、まともに食事が取れないほどだった。
だからこそ、グルメ時代に生まれたというのに食事の楽しさを味わうこともできない運命と、伝えてやることができない自分を呪っていた。
そんな時、IGOの一龍から修業を付けてほしいと珍ちゃんが預かってきたのは息子と同じくらいの齢のライズとゾンゲだった。
『ぎゃああぁぁババァだ!』
『お婆ちゃんを見ると腹が痛くなって……やめろ、そんなの修業じゃなくて拷問やで!!』
『人の顔見るなり失礼な奴らだよ』
最初は息子の件もあって荒れてた時だったから急にやってきた二人には特に思い入れもなく、むしろ面倒ごとを押し付けられたと邪険に思ったこともあった。
しかし、仮にも食林寺の師範代であるがゆえに数多い弟子たちからは尊敬と畏敬を以て接せられてきただけあって常に孤独だった。
それに比べてあの二人は純粋にアタシを慕って―――
『こりゃ! それは息子のために作ったシャボンフルーツだよ!!』
『やべっ見つかった! 逃げろ!』
『食える時に食わねば、生き残れない!』
『節乃から何を教わってんだいお前等!?』
るということはなく、このふたりはまあ、なんとも世間知らずでシャボンフルーツを調理したときもどこからともなく現れてつまみ食いするクソガキどもだった。
だからこそ、孤独でより闇に染まった心が完全に堕ちることはなかったんだと思う。
二人につまみ食いされてもシャボンフルーツがつまみ食いされて嫌がるどころか、逆に活性化して美味しくなったことに気付き、二人の食運に興味を持ってから初めて二人におせっかいを始めていったのかもしれない。
『こんなもんじゃ珍ちゃんに名前を覚えてもらうだなんて夢のまた夢だよ! せいぜい気張りな!』
『誰がババァでも怖い。オレ様わかるんだよね』
『なんか言ったかえ!!』
『俺何も言ってないのに!?』
疑問を抱きつつあった食義であれども師範代を長く続けていれば才ある者には興味を抱き、口や手を出すことは当然のことだった。
そうしている間だけ、無力さや虚しさから解放されたから。
そうしている内に何だかんだで修業に食らいついてくるライズとゾンゲに千代は少しずつ穏やかな表情を見せることも増え、ライズにシャボンフルーツ以外の料理を修業と称して教えては、できた料理をゾンゲも招いて一緒に食べるようになってきた。
そして、いつもの修業の毎日を過ごすうちに、歳が近いだけで感情移入していった時、ふと床に就く息子のことを漏らしてしまった。
『あの子が普通でいられたら、お前たちのようにヤンチャになっていたのか、それとも物静かな子になっていたのかなと想像してしまうんだよ』
『鬼の目にも涙アダッ!』
『余計なこと言うなっての……俺らの歳と近いなら一度でいいから会ってみたいなぁ、なんて』
『……会ってみるかい?』
『え、マジで?』
美味しい物を食べられない代わりに友達を作れれば、そう思って二人をベッドから起き上がれず、一日のほとんどを寝たきりで過ごしていた息子に会わせてみた。
そして、生涯初めてにして最後の友達ができた。
表情一つ変えなかった息子の世界が初めて色を帯びたように笑顔が増えた。
それだけでも報われた気がした。
だけど、ライズは持ち前の頭脳の高さより若くもGTロボの開発に携わっており、詳しい話は分からないけど、外部に漏らせない極秘技術を息子のためだけに持ってきた。
ライズの食べた物の味を電気信号で息子に味わわせてくれる装置を使って、あたしの料理を食べさせた時のことは一生忘れない。
『肉の味、魚の味、甘くて、辛くて、苦くて、すっぱくて……なんだか分からないけど……すっごくて!』
『そうか……そうかい……それが、『美味しい』ってことなんだよ……っ!』
息子のために危ない橋を渡ってまで料理を味わう喜びを教えてくれた。
その後、ライズたちは息子のために色々としてくれたけど、結局息子は一足先に逝ってしまった。
でも、それまでの間にあたしの料理をふんだんに振舞ってあげることができた。
直接食べさせることはできなかったけど、息子は今際の際の中で遺してくれた言葉があった。
『ボクはずっと満腹だったよ……お母さんがずっと愛情という料理を食べさせてくれたから』
『あぁ……うあああぁぁぁ……』
『ライズくんとゾンゲくんのおかげで食べ物の味を知ることができたけど、それよりも美味しい愛情の味をくれてたんだ、ありがとうお母さん』
『頭が良くても、何でもできるわけじゃない……俺は結局、あいつに半端な希望を見せて未練を抱かせただけだったのか……』
『てめえが腐ってんじゃねえ! あんな笑いもしなかった奴が最期に見せた笑顔をわすれてんじゃねえ! じゃねえと、あいつが報われねえだろうが!』
ライズたちは自分に力がなかったと亡くなった後も悔い、何もしてやれなかったと後悔するライズと息子の意思を汲み取って涙を流しながら前を向いて叱咤するゾンゲはお互いに衝突していたけど、それだけであたしの心はいくらか救われていた。
亡くなる直前まで今まで注いであげられなかった分の愛情を注ぐつもりで自分の作れる限りの最上の料理を作り続け、息子のために尽くすことができた。
『お前たち二人を招いてよかった……一緒にいた時間は刹那の如く一瞬だったけど、二人が息子に、わたしたちにしてくれたことは一生忘れない。ありがとう』
腹を満たすことができなかったけど、心が満たされていたことは息子に代わって千代は晴れやかな表情で食林寺を去る二人を見送った。
しかし、話はここからまだ続く。
その時の千代にとって食義の掲げる『万物への感謝』を空しいものだと感じ始めた。
今まで拠り所としていた食義に対して不信感を抱きつつあった千代に同じく息子を亡くしてた珍は言ってしまった。
『こんな時だからこそ、感謝を忘れちゃいかんのだ。ここで闇に墜ちれば息子だけでない、尽くしてくれた二人に対しての裏切りにもなる』
しかし、その言葉は千代に届かなかった。
珍は敬虔な食義の信奉者であり、息子を亡くした心の拠り所を食義に委ねていた。
故に、千代は胸にため込んだ物を吐き出した。
『息子が苦しんだことに感謝、死んだことにも感謝、感謝感謝と腹も膨れさせることもできない空虚な感謝に何の意味がある!? あの子は感謝に救われたんじゃない、救ってくれたのも尽くしてくれたのも『あの子たち』だけだっ!!』
二人の悲しみも
違いがあるとすれば
ただそれだけの違いが二人の間に軋轢を生んだ。
ライズとゾンゲの修業が終わったあとしばらくして、二人はぶつかり合い、当時の食林寺はもちろん、ロストフォレストの6割が消失するほどの夫婦喧嘩が始まったことは今でも食林寺では語られる伝説となっている。
夫婦喧嘩というが、実際は千代の長年溜めていたどす黒い感情をぶつけ、珍はひたすらそれに耐えるだけとなっていた。
壮大な夫婦喧嘩が一週間、食没で貯めた栄養が両者ともに尽きるまで続き、黒い感情をぶつけた千代は倒れる珍に静かに零した。
『今はただ、食義から離れたい』
『……そうか』
『だから珍ちゃん……すまんの』
それから珍と千代は別居状態に入り、それから両者ともに顔を合わせることはなかった。
「昔を思い出しておるのか? そんな殊勝な心がまだあったとは驚きじゃ」
千代と共に上空に浮かぶスプーンドームの中で千代と珍は向かい合っている。
そんな千代に珍は重い口を開いた。
「……千代ちゃんは食義に絶望し、ここを去ってから幾何かの時が流れたが、どんなに気力を失えどこのような凶行に走るような憎しみもなかったはずじゃ」
「時は人を変える。それに対して珍ちゃんは未だに感謝感謝と進歩がないのう」
嘲るような千代の挑発に応じることなく、珍は一切の油断も見せないまま千代との対話を続ける。
「今回の襲撃で食林寺の各支部は壊滅されたが、死者は0……千代ちゃんであればたとえ師範代がいようとも皆殺しにできたはずじゃ」
「目的は支部の破壊、巣穴さえ潰せばアリなど丁寧につぶす必要もないからのう」
「それに、今の千代ちゃんからは殺気が……」
珍からすれば千代の気配は襲撃者というにはあまりに異質だった。
美食會であればもっと過激に被害を出してもおかしくはない。
襲撃者は千代を含めて複数いたというのに、わざわざそれを黙認するとは思えない。
珍からすれば千代が外道に墜ちたというにはあまりに人道的過ぎる。
千代の激しい憎悪は過去の夫婦げんかで垣間見たが、その時ほどの感情の荒ぶりが感じられない。
あの時の千代であれば容易く人の命を摘み取っていただろう。
一つ、珍の中で一つの可能性が浮かび、心の迷いが晴れてきた。
その僅かな心の隙を突かれた。
「油断大敵じゃえ」
「っ! 千代ちゃ……っ!」
体を貫く鋭く、繊細な衝撃と共に珍の意識は有無を言わさず暗闇に落とされた。
「トリコさぁん!」
「灰汁獣を一撃か……これが四天王トリコの力……」
場所は代わり、暴れまわっていた灰汁獣に師範代が総出で対処しようとしていたが、進退を繰り返す拮抗状態に持ち込まれていた。
灰汁獣に配合されていた食義の使い手、もしくはそれに近い技術を持った獣の特性で師範代たちは苦戦を強いられていた。
しかし、そこへシャボンフルーツで飢餓状態から回復し、より進化したトリコが戻ってきたことで事態は逆転した。
トリコの食義と食没を極めた釘パンチで灰汁獣は実力を見せられぬまま連撃を食らい続け、限界を迎えて爆散した。
「今のは何発入れたか自分でもわからねえ……呼吸する感じで何気なく入れてみたが、まだいけそうだな」
「すごい……あの灰汁獣を一撃で……」
「この力、既に師範代クラスを超えている……!」
今まで修業を見てきたシュウはもちろん、初めて見たトリコの実力に誰もが絶句した。
珍師範から詳細だけは聞いていたが、一年足らずで最難関の修業を乗り越えたことも驚くに値するが、目の前で見せた強さは想像をはるかに超えていた。
しかし、最大の敵は灰汁獣だけではない。
そんな懸念があるから師範代たちもトリコも警戒を解かずに宙に浮くスプーンドームを見つめる。
すると、何の前触れもなくスプーンドームの境目が少しずれてできた隙間から巨大なものが落下し、地面を砕いた。
「これは一体……!」
何が起きているのか、そう思いながら土煙が晴れた先には信じがたい光景が待っていた。
「し……っ!」
「師範っ!!」
顔が紫に腫れ上がった珍が大の字で意識を失っている。
「ひっひ……こんな状況にも感謝しなさい……」
「千代……さん」
すぐ傍に千代もスプーンドームから降りて地面に静かに着地した。
その姿を捉えた師範代たちは構えることすら忘れて戦慄する。
師範が負けた、いくら相手が千代だからと言って考えもしなかった最悪な事態に戦意を喪失した。
分かっているのだ、あの場でライズが介入していなければ全員、千代によって呆気なく全滅させられていたことに。
かつて同じ師範代とはいえ、両者の間には隔絶された実力差があると。
失意に沈む師範代たちであるが、この男だけは真っすぐに視線を千代に定めていた。
「あんたが千代か」
「そういうお前は美食屋トリコ……その気配、食義を完全に極めたようじゃな」
「あぁ……だが、あんたは食義を地に堕としたようだがな」
「感謝するしか能のない食義など最初から地に堕ちておる……しかし、奥義まで極めたお前はやっかいじゃ。今ここで消しておくかのう」
千代が懐から二本の包丁を取り出した瞬間、空間が粘性を帯びて重くなった感覚を覚えた。
「見せてやる、そして誇るとええよ。一振り一億円と呼ばれた国宝級の包丁さばきをその身で味わえるのだから」
「悪いが俺が味わうのは飯を口に突っ込んだ時だけだ……それに、外道の振る包丁なんざ一円の価値もねえよ」
感謝の中にほとばしる怒りを胸に、トリコは腕のナイフを鳴らすのだった。
ライズ……彼方にまでぶっ飛ばされ、現在帰還中
千代→ライズとゾンゲ……過去話にシレっと載せたフラグを回収。もはや普通に親子とすら思っている。
千代→珍……原作ほどの憎悪は既に発散済みだが、それでも夫婦仲は冷めている。
千代→美食會……原作通りに謎の人物から誘われた。
トリコ→千代……言動と洗練された食義感謝の念に違和感