中央暦1639年5月15日 ギム
ロウリア王国東部諸侯団クワ・トイネ先遣隊約2万の兵は、敵戦力と遭遇することなくギムの西側6kmの位置まで進軍していた。
作戦本部からの指令では、あと2kmの地点まで進める必要があったが、何か嫌な予感したため、司令官であるジューンフィルアは深入りを避けて野営していた。
彼らは1週間威力偵察を繰り返し、公国軍の気力を奪う作戦を実行していた。精神的な消耗を狙っていたのである。
国連軍到着後から数日後。
動かない戦況に、クワ・トイネ側の司令官ノウは焦っていた。敵兵2万がギムから西側6kmの位置に布陣していることは、国連軍から
敵騎兵300名による挑発行為がそんな彼らの心を乱す。場外で怒声をあげ去っていく行為は繰り返し行われることで、クワ・トイネ軍の神経を確実にすり減らしていた。無駄に矢を射ることもできず、少数で迎え撃って大事な騎兵を死なせたくはない。本格侵攻かどうかの判断もつかず、兵が昼夜問わずに神経をすり減らし続け、目に見えて士気は下がっていた。
敵陣に対するワイバーン攻撃は、着陸時に敵ワイバーンに狙われて終わりのため、安易に動かせない。
このままでは、敵本隊が到達するまでの時間で兵がもたなくなる。
「ぬぬ……ロウリア兵め、卑怯な真似をしおって。突っ込んでくれれば戦いようがあるというのに。どうするべきか……」
こう着状態が続き、ノウら司令部は苛立ちを募らせいた。それを宥めたいモイジら幹部も代替案があるわけではないので、口籠ることしかできない。
その時、扉がノックされ伝令兵が入ってくる。
「失礼します。国連軍より連絡が入りました!」
「読めっ!」
「はっ!『ギムの西側6km付近に布陣する軍は、ロウリア軍で間違いないか?ロウリアであるなら、支援攻撃を行うので司令官の許可を請う。また、クワ・トイネ軍が攻撃に巻き込まれないよう、ロウリア軍半径から半径5km以内に友軍及び民間人がいないか確認したい』とのことであります」
ノウは、快く思わない国連からの連絡に少なからず安堵した。この状況を打開してくれるというのであれば、縋りたい気分だった。
そんな胸中はおくびにも出さずに、部下に強気な態度を取って見せる。
「基地から出るなと言っているのに……結局は手柄が欲しいのだな。まあいい、国連軍がどんな戦いを見せるのか、見てみるのも一興だろう。支援攻撃を許可すると伝えろ!」
ノウの返答は速やかに国連軍作戦本部には伝えられる。
「総司令官、クワ・トイネのノウ将軍より支援攻撃の許可が出ました。いつでも作戦を開始できます」
「分かった。
ーー通信士、国連本部と各国政府に通達。本時刻より、『
アイゼンハワーの無線は秘匿回線を使用し、全軍に通達される。作戦開始の発令を受け、各国陸軍部隊は直ちに動いた。
・夜豹師団第一堡塁大隊 炎王3型40両
・第2軍団第2機甲旅団第5野戦砲兵連隊 M134 130mm自走レールガン砲20両、M122 155mm自走榴弾砲40両、M295A14(EXMARS)30両
・第1砲兵旅団第1王立砲兵連隊 AS-100 130mm自走レールガン砲15両、M280A05(GMRLS)10両
・第3機甲師団第54砲兵連隊 ジャンヌ 100mm自走レールガン砲30両、M270(MLRS)20両
・第32旅団第10野戦砲兵連隊 M270(MLRS)5両が、行動計画に従いその砲身をロウリア軍に向ける。
ギム後方、敵正面に構えるアメリカ軍、左奥の台地から狙う日本・イギリス軍、右奥盆地に陣取るフランス・カナダ軍の三方位作戦から圧倒的な火力をぶつける作戦で、文字通り肉片すら残さない無慈悲な猛攻が仕掛けられるのだ。
ロウリア王国東部諸侯団 野営地
その日は雲が少なく、いい天気だった。
朝は少し肌寒く、空気は乾燥しているものの澄み渡り、遠くの空までよく見渡せる。
ジューンフィルアは少し高い丘から、2万の兵が寝起きする野営地を眼下に見て、深呼吸する。彼らは士気旺盛だった。交代で300名ほどの騎士が夜間威嚇に向かう。他の者は十分な睡眠が取れているので疲れが溜まりにくい。敵はギムを絶対防衛線としており、50騎近いワイバーンを所有している。対空においては必須な兵器だが、何故か使用することはなかった。それに城塞都市として守りが固いエジェイではなく、防御が弱いことから事実上捨て石となるギムを何故決戦の場に選んだのか。その理由すらも分からない。
不吉な気配がある。このまま本隊の到着まで待てば、ワイバーンによる上空支援を受けられるし、圧倒的な兵力をもってギムやエジェイを落とせるだろう。
彼が、戦場の誰もがそう考えていたーー『それ』が来るまでは。
東の空に現れる白い点。微かに響くバタバタと空気を叩く音。その音源は大きくなり、何かが近づいてきていると理解するまでそう時間はかからなかった。
「何の音だ?」
ジューンフィルアをはじめ、戦場のあらゆる人物が空を見上げる。率いてきた馬たちは聞き慣れない音に驚き、暴れ出す。野営地はにわかに騒がしくなる。
「おい!なんだあれは!?」
「新種の竜か?」
変な形をした箱型の何か。その上には何かが超高速でぐるぐる回っている。それが近づくと音は轟音となり、猛烈な風が吹き荒れる。
「くそ!総員、戦闘配置!」
戦闘を知らせる太鼓の音が鳴り響き、兵士たちが慌ただしく準備を始める。やがて、野営地上空の弓矢が届かない高空に停止したそれは、開かれた胴体から白い何かを撒き始めた。ヒラヒラ舞い落ちたものを拾った兵士たちは、真っ白で上質な紙であることに驚く。ロウリア王国で流通していた紙は汚れがついた実に書きにくいものであり、その差に初めて警戒心を抱いたものも少なくなかった。
ジューンフィルアの下にも届けられたその紙面には、大陸共通語の短い文章でこう書かれていた。
『貴国の行動は国連憲章に明確に違反している。2時間以内に陣地を撤収し、クワ・トイネ公国領域内から撤退せよ。さもなくば、貴軍には破滅の道しか残されない。賢明な判断を期待する。
国連クワ・トイネ防衛軍総司令官 ジョン・W・アイゼンハワー』
(ついに来たか……噂の国連軍)
凍りつかせる内容の書面にジューンフィルアは武者震いした。噂に聞く国連軍はかつてない強敵らしい。彼らが何万人を引き連れて参戦するかは分からないが、こちらとて2万の大軍。少し攻撃されたくらいで崩れるものではない。
(しかし、攻撃をわざわざ教えてくれるとは、律儀な軍だ)
ジューンフィルアは隊列を組むよう兵士に指示を出し、徐々に落ち着きを取り戻した兵士たちが野営地を出て戦闘準備を開始した。
日本派遣軍 夜豹師団 前線基地
「アイゼンハワー将軍より、作戦開始の合図は出された。本作戦は敵に予想を凌駕する出血を起こさせ、敵の交戦意欲を挫くことにある。そのためには敵の部隊を可能な限り、一気に叩くことが必要だ。伊唐参謀長、彼らの動きは?」
第三次世界大戦で活躍したトーチカ戦車である炎王を、榴弾に特化して再設計した炎王3型を40両派遣している日本。ビルを粉砕できると言われる155mm自走榴弾砲よりも防御面と攻撃面で優れた兵器は、間違いなくこの戦いに役立つことになる。
「観測機からの映像を見る限りですが、撤退するような動きはありません。それどころか隊列を組み、戦闘態勢を整えつつあります。なお、ノウ将軍に確認したところ、付近に友軍はいないとのことです」
熊谷は目を瞑る。心の中で、何も知らずに死んでいく全ての兵士に祈りを捧げた。
「撤退勧告を無視したのであれば、こちらは予定通り攻撃するまでだ。参謀長、第一堡塁大隊に通達。攻撃を許可する」
「了解。ーー本部より大隊へ。射撃を開始せよ。目標、ギム西側に展開中のロウリア軍!!炎王、発射用ォー意ッ、撃てッ!!」
150mm砲が轟音と共に砲撃を開始する。「海戦では負けたが、陸戦では勝てるかもしれない」との僅かな希望を打ち砕くが如く、猛烈な火力が襲いかかる。果たして何人が原型を留めていられようか。
日本の行動は無線ですぐに各国軍団や師団に伝わる。最初に呼応したのは、日本と同じ場所に陣を構えるイギリス軍だ。
「旅団長、夜豹師団の攻撃開始を確認しました!」
「よし、こちらも攻撃を開始せよ。まずは、GMRLSからだ。」
「了解。標的、ギム西側のロウリア侵攻軍!多連装ロケットシステム、発射用意……撃て!」
前世MLRSの進化版であるGMLRSは、16発のロケット砲を搭載している。加えて今回装填されているのは、1発あたり800個の子弾のクラスター弾だ。非装甲物に対しても装甲物に対しても絶大な効果をもたらす強力な兵器である。
それが今、轟音と共にロケット弾を連続して発射し始めた。各車両から4〜5秒おきに爆炎が舞い、発射装置から光の尾を引いて空に消えていく。さらに130mm自走レールガン砲が砲撃を開始する。
「ブラッドレー軍団長、敵に撤退の動きなし!隊列を組んで防御を固めているとの報告も上がっています」
「ロウリア軍はあくまで侵攻をやめない気か。ならば、こちらもそれ相応の対応を取ることにする。作戦参謀、EXMARSに攻撃開始を通達せよ。まあ、ロウリア軍には強力すぎて榴弾砲を使うまでもなく、全滅するだろうが」
ギム後方、敵を正面から迎え撃つ形となったアメリカは、イギリスが運営するGMLRSよりも1世代上をいく、EXMARSを配備していた。10発のロケット砲こそGMLRSに劣るが、地対地ミサイルを発射することができ、加えて軽量・小型化によって迅速に戦地に運び込むことが可能である。
地対地ミサイルの発射後、遅れて130mm自走レールガン砲と、155mm自走榴弾砲も攻撃を開始する。
「師団長、アイゼンハワー総司令官より攻撃指示が出ました。敵部隊については日本の警告に関わらず、撤退の兆しなしを確認。こちらはいつでも攻撃できます」
「うむ。海上では思った以上の戦果は出せなかった。だが、陸上でも同じだと思ったら大間違いだ!フランスの意地を見せるのだ、兵士たちよ!ロウリア共にくれてやる玉葱などない!!」
ギムの右奥に陣を構えるフランス第3機甲師団第54砲兵連隊長のハイになった号令に動じず、砲兵連隊のMLRSが轟音と共にロケット弾を連続して発射する。12発のロケット砲に積まれるのは、600個の子弾をばら撒くクラスター爆弾だ。
加えて、フランス陸軍が誇るジャンヌ 100mm自走レールガン砲が小銃よろしく、間髪入れずに攻撃を加える。
「連隊長。各国、攻撃を開始しました。我々も攻撃を開始しましょう」
「ふむ。他国と劣る我々がどれだけ力を振るえるか分からないが、やるだけやろう。発射を許可する」
フランス軍と共に陣にいたカナダ陸軍第32旅団第10野戦砲兵連隊長の号令に、焼け石に水程度の助力しかならないが、配備されたMLRS5両がロケット弾を発射する。他陣地に比べると実に見劣りするが、軍備を縮小していたカナダ陸軍にとってはこれが限界だった。
3つの方向から雨のように降り注ぐ5カ国のロケット弾や榴弾。この世の全てを消すが如くの火力は、クワ・トイネ公国の脳裏に強烈に焼きつき、かつての古の魔法帝国の存在をチラつかせた。
そして、この甚大なる火力の前に残れる兵などこの世にはいないことを、世界に見せつける。
ジューンフィルアが立つ丘の下の平野部には、整然と並ぶ東部諸侯団2万がいる。2時間前に飛来した奇妙な乗り物から撒かれたビラは、兵たちの目にも入り、自分たちが挑発されたものと勘違いして士気が高揚していた。
国連なる国家連合が如何に強くとも、これほどの練度と数を誇る軍が簡単にやられはしまい。
(敵はまだいない……。何故だ、確かな死の予感がする。これは一体ーー)
自分の背筋が冷たくなったのを感じた直後、突如として隊列前方から中央が大きく爆発し、土煙と轟音が平野部に轟く。
「何が起こった!?状況は!?」
ジューンフィルアの叫びに答えるものはいない。猛烈な爆発はまるで雨のように降り注ぎ、隊列は乱れることすらなく、僅かな肉片を残して粉々になる。猛烈な爆発を生き残った僅かな兵は恐慌状態となり、爆発が止む僅かな瞬間に四方八方に泣き叫びながら逃げ惑う。
時折聞こえてくるパラパラといった聞き慣れない音が連続して発生すると、黒い爆発と共に兵が倒れていく。大きい爆発と小さな大量の爆発が戦場に吹き荒れ、既に倒れた屍にすら再び爆発が降り注ぐ。
「バカな……バカな……やめてくれぇぇーー!!」
現実離れしたその光景を前にジューンフィルアは呆然とし、みっともない大粒の涙をごぼしながら許しを乞い始める。
同時刻、作戦本部からその光景を見ていたノウやモイジたちは絶句していた。周囲にいる作戦参謀や魔術部隊を束ねる魔導師たちも同様だ。
「なんだ……これは?敵陣で火山でも噴火したのか……?」
誰ともなく呟くが、正確無比に敵陣が爆発しているので、それが自然現象ではないと悟る。
「敵が消滅していく……一体、何が?」
「ま……まさか、国連軍の攻撃では?」
「バカな!国連軍だとしたら、一体どこから攻撃しているというのだ!?付近に国連軍はいないぞ!奴らがいるのは我々の後方6kmだぞ!?」
広い範囲が爆発し、衝撃波が人間を薙ぎ倒す。煙がまるで噴火のように噴出する。息すらさせない間隔で大爆発を次々に起こし、地面には何も残らない。
「魔導師殿、あれは爆裂魔法か?」
ノウは望遠鏡を覗いたまま固まる魔導師に問うた。
「バカな……バカな……」
様子がおかしい魔導師は、カタカタと震えて目を見開く。
「ノウ殿……こ、これはとても表現することができませんよ!!爆裂魔法?とんでもない、国連軍が全ての大魔導師級の兵士であっても不可能ですよ!!神竜のブレス……?いや、神竜でもここまでのことは……!」
国家の要職に就くことができる達人である魔導師が見た、国連軍のロウリア王国に対する爆裂魔法の投射は、例え国連軍全員が大魔導師であっても作り出せないほどの威力があった。
「こ、この攻撃……まさか、国連軍は『古の魔法帝国軍』の系統を組む者たちなのか……?」
魔導師の呟きは誰の耳にも聞こえずに空に消えていく。否、彼らの耳には入ることすらないだろう。
凄まじい轟音と共に敵の練度が高い精鋭軍が消えていく。敵の姿は瞬き一つするたびに、練度など一笑するが如く、文字通り消滅していく。
広大な範囲に展開していた敵が、長い時間をかけて鍛え上げた強敵たちが、その武技を発揮することなく一方的に虫のように殺される。そこにあるのはただ、効率的な処刑される敵の哀れな姿。
ノウたちは国連軍との絶望的な戦力差を心と身体に刻み込んだ。
「もう……やめてくれ……すまなかった、許してくれぇぇ……」
数時間前まであった勇ましい姿などない。ジューンフィルアは効率よく消されていく兵たちを前に精神が崩壊し、ただ許しを乞うことだけだった。
今まで戦ってきた戦友、歴戦の猛者、優秀な将軍、家族ぐるみの付き合いのあった上級騎士、共に強くなるために汗を流した仲間たちーー全てが虚しくなるほどあっさりと死ぬ。ロウリア兵たちは逃げ回る暇すらなく消されていく。
小さな爆発から運良く逃げられたとしても、続けてやってくる爆炎の餌食となっていった。
「何故、何故なんだぁ……我々が何をしたと言うんだぁぁ……」
今更後悔しても遅い。地獄の釜を開け放ったのはロウリア王国なのだから。
「……ァハハハハハハ!!王国はもう終いだぁ!ハハハーー」
極度の絶望と得体の知れない攻撃への恐怖は完全に彼の心を破壊した。味方が次々倒れているにも関わらず、ジューンフィルアはただ嗤うのみ。そして、戦場において死は等しく平等だ。死んでゆく部下たちに謝罪すら許さず、砲弾の直撃を受け、ジューンフィルア四肢ごと意識を刈られた。
この日、僅か3分という時間でジューンフィルア以下、ロウリア兵2万は国連軍の全力砲撃を受け、文字通り消滅した。後日、これを目撃した1人であるノウは自らの戦闘概念かけ離れた、たった3分という短時間の猛烈な攻撃をこう振り返る。
「その日、クワ・トイネ兵は1人も死ななかった。何故だと思う。国連軍の神竜のブレスすら比にならない攻撃が、瞬く間にロウリア兵を葬ったからだ。私は驚きと共に恐ろしさを感じた。これほどの兵器を生み出せる国家がいた前世界とは、一体どんな世界だったのか。
ーー今でこそ笑い話になるが、当時は彼らを本気で『古の魔法帝国軍』であると勘違いしたほどだ」
軍事技術面での知識はかなり疎いので、もしかしたら非科学的と思われる兵器が登場したと感じる方も多いでしょう。
しかし、ここは紺碧・旭日の世界。技術は我々の世界よりも進んでいるということを頭に置いて読んでいただければ幸いです。
さて、皆様。先日は誕生日を祝っていただきありがとうございました!
私、npdもすごく嬉しかったです!今後とも精進していきますので、どうぞよろしくお願いします!